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    右京「呪怨?」

    1: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:03:40.78 ID:cw/0nUsY0
    このssは私が五年前に速報で書いた右京「呪怨?」の完全リメイクになります。
    当時の誤字脱字や未熟な文章はすべて修正、それに相棒本編に合わせて話の内容もいくつか変更させています。
    長文ですが興味のある方は是非読んでみてください。

    2: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:04:22.99 ID:cw/0nUsY0

    呪怨


    強い恨みを抱いて死んだモノの呪い。


    それは、死んだモノが生前に接していた場所に蓄積され、『業』となる。


    その呪いに触れたモノは命を失い、新たな呪いが生まれる。


    3: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:04:54.80 ID:cw/0nUsY0



    プロローグ



    2017年12月31日―――

    「よ、暇か。…って何してんの?」



    「おや、見てわかりませんか。大掃除ですよ。」



    今日は年の終わりにあたる大晦日、特命係の部屋では大掃除が行われていた。


    叩きで本棚の埃を落とす杉下右京に床下の汚れを雑巾で拭き続ける冠城亘の二人。


    右京が落とした埃に塗れながら冠城は文句ばかり愚痴っていた。



    「ゲホ、ゴホ、何でこんなに汚れが溜まっているんですか?」



    「それは…ここ数年色々とありましたからねぇ…」



    本棚の埃を叩きながら物思いに耽る右京。


    この特命係の部屋でこうして大掃除を行うのは実に二年ぶりだ。


    その理由は冠城の前にこの特命係に在籍していた甲斐享ことカイトが原因となる。


    彼が引き起こしたダークナイト事件。


    さらに冠城亘の警視庁採用と特命係はこの二年間とにかくドタバタしていた。


    そのせいでいくら普段は暇な特命係といえど大晦日の大掃除を行う余裕はなかった。



    「だからこうして二年ぶりに大掃除をしているんですよ。」



    「なるほどな、こんな埃まみれじゃコーヒーも飲めん。悪いが失礼するよ。」



    せっかく仕事の合間を抜け出してコーヒーを飲みに来たのに


    これでは敵わないと思ったのか早々に退散する角田課長。


    右京も自分が担当する分の掃除を終わらせたのかいつものように紅茶を嗜んでいる。


    特命係の部屋は右京と冠城のデスクの中間で隔たりがある。


    二人は大掃除をする際に共有スペース以外は自分たちで分担して掃除を行っていた。


    だから早々に終わらせた右京が冠城に構わず紅茶を飲んでも咎められることもない。

    4: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:06:08.05 ID:cw/0nUsY0


    「分担して掃除しようと言ったのはキミですから手伝いませんよ。」



    「ハイハイ、わかりましたよ。ところで右京さんこの三が日は何か予定ありますか?」



    「一応ありますよ。

    昔の知り合いが集まって花の里で新年会を開く予定です。

    よかったらキミも来ませんか?」



    「いや、俺はいいです。女性と二人きりならともかくその手の集まりは遠慮します。」



    花の里で美人女将の幸子と二人きりの新年会なら実に魅力的な誘いだ。


    だがそこに右京の古い知り合いも交じるのなら話は別だ。


    そんな知り合いだらけの集まりに初対面の自分が参加したら気まずくなることは確実だ。


    その場で右京の昔馴染みが和気藹々と話し合っている中で


    自分一人だけ白ワインをちびちびと飲み続けるなど余りにも惨めでならない。


    そんな仲間外れみたいな思いをするのは御免だ。


    仕方がないから今年は一人寂しく新年を迎えようと思い


    最後に自分のデスク下を掃除しようとそのデスクを退けようとした時だ。



    5: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:06:45.91 ID:cw/0nUsY0


    「何だ…これ…?」



    そこには埃に塗れながらあるモノが落ちていた。


    それは二つのモノ。ひとつはB3ほどの大きさの画用紙。


    それも子供が描いた絵が載せられている。


    絵には三人の人物が描かれていた。中央に小さな男の子。左右には男と女。


    それにペットなのだろうか黒い猫。恐らくこれは家族を描いたものだ。


    絵の印象からして恐らくは小学校低学年が描いたものとみて間違いない。


    だがその絵の中で冠城は奇妙に思えたものがあった。



    「この髪の長い女は…何だ…?」



    思わず口に出してしまったがどうしても気になった。


    絵の印象のせいだろうかその母親が妙に不気味に見えてしまった。


    気になった冠城は裏面を覗いてみた。


    もしもこれを子供が描いたのなら裏に名前を書いているはず。


    そう思って裏面を覗くと確かに名前が書かれていた。そこにはこんな名前が記されていた。



    [佐伯俊雄]



    この絵を描いたであろう少年の名前。


    冠城は何故かこの名前がどうしても気になってしまった。


    6: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:07:23.31 ID:cw/0nUsY0

    「それで僕に何の用事ですか?今日くらいは早く帰って紅白でも見たいんですけどね。」



    ここは警視庁生活安全部サイバーセキュリティ本部。


    その室内で冠城は警察学校の同期生であり


    さらにかつての事件で


    自分が法務省のキャリアを失うきっかけとなった青木年男を尋ねていた。


    事ある毎に頼ってきて、また何か厄介な頼み事だろうと頼ってくる冠城を邪険に扱う青木。


    元々青木は特命係の右京と冠城に復讐するため警視庁に採用された。


    さらに今日は大晦日。


    このサイバーセキュリティ本部は警視庁の部署でも一、ニを争うほどの激務を担っている。


    普段は暇な窓際部署の特命係とはちがい激務を熟す青木はようやくまともな休日を取れた。


    それなのに仕事納めの直前に冠城の妙な頼みなど聞きたくもないのが本音だ。



    「だからちょっと協力してほしいんだよ。

    昔特命係が解決した事件で佐伯俊雄って子供が関わった事件を調べてほしいだけなんだ。

    なあ、頼む!この通り!」



    「昔特命係が関わった事件?
    それなら当事者の杉下警部にでも聞けばいいじゃないですか。

    どうして僕に頼る必要があるんですか。」



    まさに青木の言う通りだ。


    以前、特命係が解決した事件なら青木に頼むよりも当事者の右京にでも聞けばいい。


    だがそんなことは青木に言われなくても出来ない理由があるからだ。


    実はここへ来るまでの間、冠城は佐伯俊雄について右京や伊丹たちにそれとなく尋ねた。


    しかし返事はろくなものではなかった。



    7: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:08:16.04 ID:cw/0nUsY0

    『佐伯俊雄?知りませんねぇ。』



    右京はそんな名前の少年には会ったことがないという。


    あの右京が事件関係者の名前を忘れるはずがない。


    つまり右京には本当に覚えがないということだ。


    さらに特命係が過去の事件に関わったとするなら


    捜査一課の伊丹たちもこの佐伯俊雄に関わりがあるかもしれない。


    そう踏んだ冠城は伊丹と芹沢にも尋ねたのだが…



    『佐伯俊雄?いや、そんな名前は知らないよ。』



    『けど…何だ…その名前を聞くと妙に背筋がゾッとするな…』



    伊丹と芹沢もそんな名前を聞いたことがないという。


    それでも佐伯俊雄の名前を聞いてなにやら妙に顔色を悪くしたのだけは印象に残った。



    「それで諦めきれなくて僕のところに泣きついたわけですね。」



    「まあ大まかに説明するとそういうことだ。

    いくら彼らの記憶になくても特命係の部屋に長年埃まみれになっていたモノだ。

    これは俺の勘だがこの絵は間違いなく何かの事件の証拠品だったはずだ。」



    普段の冠城は決して勘などというあやふやなモノを信じたりはしない。


    自分の経験とそれに推測に基づいて考えを巡らせる。


    そんな冠城が珍しく自身の直感を頼った。


    自分でも何故ここまで自信を持って言えるのかはわからないが恐らくこれは理屈ではない。


    それにあの特命係に置かれていた品だ。不用意に置かれていたとは思えない。


    これには必ず何か意味が有るはずだと冠城の直感がそう告げていた。



    9: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:12:36.23 ID:cw/0nUsY0


    「まあ冠城さんが何を信じようが勝手ですがね…

    悪いですけど僕はもう退勤させてもらいますよ。

    事件ならともかく私用で僕のプライベートを邪魔しないでください。」



    そんな冠城の頼みなど聞く耳持たず、青木は鞄を持って帰り支度を始めた。


    青木にしてみれば貴重な時間を潰してまで冠城の頼みを聞く理由などない。


    ちなみにだがこのサイバーセキュリティ本部でも部署を上げての忘年会がある。


    今日がその日なのだが青木も一応誘われてはいたが


    本人の警察嫌いなのとおまけに馴れ合いは結構との理由で突っぱねられた。


    誘った同期も付き合い程度なので断られてもどうでもよかった。


    そんなわけで青木がこうして一人さっさと帰るのも仕方なかった。


    「青木巡査部長!どうかお願いします!」


    そんな青木に向かって冠城はキレイなまでにペコリと頭を下げた。

    ちなみに警察学校では同期だが階級では一応青木の方が一階級上に値する。

    まあ普段は生意気なこの男に頭を下げられるのは悪くはない。

    それにもしかしたら過去の事件を暴いて杉下右京の粗を探れるいい機会かもしれない。

    そう考えた青木は渋々ながらも冠城の願いを聞き入れた。

    10: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:13:10.09 ID:cw/0nUsY0

    「けど名前だけじゃ調べようがありませんよ。他に何か手掛かりはないんですか?」



    「まあ…あるにはあるが…」



    実は先ほどの掃除で発見したのは絵が描かれた画用紙以外にもうひとつあった。


    それは古びたノート。


    こっちはかなり年季の入ったモノで恐らく10年以上は使い古されたものだ。


    だがこのノートは調べようにもどういうわけだが中が張り付いて読むことが出来ない。


    無理やり剥がせば間違いなく破れてしまい中が読めなくなる。


    それでもひとつだけ読める部分があった。


    それはノートの最初のページに記されている住所。そこにはこう記されていた。



    「東京都練馬区寿町4-8-5。この住所を調べてくれ。必ず何かの事件が起きていたはずだ。」



    それから青木は冠城の指示に従い住所とそれに佐伯俊雄の名前を検索してみた。


    すると青木が操るPCのモニターにその検索されたワードがヒットされたようだ。

    11: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:14:21.71 ID:cw/0nUsY0

    「一応出てはいますけど…変だな…これファイルが二つもあるぞ…?」



    「それってどういうことだ?」



    「冠城さんの予想通り過去にこの住所で事件が起きています。

    けど同じ日付で事件のファイルが二つも存在しているんですよ。

    こんなことは普通ならありえない。」



    青木からの返答に冠城もまた妙な違和感を抱いた。


    つまりこういうことだ。通常事件が起きればその詳細は警察のデータベースに保存される。


    だが冠城たちが調べた住所で起きた事件は


    どういうわけか同じ日付でこの件に関するファイルが二つ保存されている。


    何故こんなことになっているのか?確かに青木の言うように気になることではあった。



    「それでこのファイルの作成者は誰だ?」



    「待ってください。ひとつは捜査一課ですね。

    あれ?でもこれ…角田課長のとこの組対5課も関わってるな。

    それで…もうひとつは…特命係…?」



    もうひとつのファイルを作成したのは特命係と聞いて冠城はそのファイルに注目した。


    やはり冠城の推測通りこの絵とノートはなんらかの事件における証拠品だ。


    それが何故か特命係に忘れ去られたかのように放置されていた。


    真実を必ず見出す杉下右京がそんなミスを犯すか?答えはNOだ。


    それに右京にもこの絵とノートを見せたがまるっきりノーリアクションだった。


    つまり右京自身も知らない事実が事件の中に隠されていると冠城は確信した。


    12: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:15:10.72 ID:cw/0nUsY0

    「これは少し僕も気になってきましたね。こうなったらとことん付き合ってあげますよ。」



    「それならこの特命係が作成したファイルを出してくれ。

    きっとこのファイルにこの絵とノートに関わる事件があるはずだ。」



    特命係が作成したファイルを調べるように指示する冠城。


    青木もこの件で特命係の粗を探り当てたらと愉快な気分でこの事件を調べだした。


    これでかつて杉下右京が関わった事件に触れることが出来る。


    そんな期待に不謹慎にも期待を寄せる冠城だが…


    それでも少し気になることがあった。


    それはこの絵とノートを調べようとした時に右京から告げられた忠告だ。



    『もう終わった事件を嗅ぎ回るのはやめなさい。触らぬ神に祟りなしですよ。』



    杉下右京がそんな忠告を自分に告げた。率直に言って彼らしくない言動だ。


    あの発言はまるでこの事件に触れてほしくないようなそんな気がする。


    それでも今はどうでもいい。


    早くこの絵とノートの謎を解き明かそうという好奇心が躍起になっていた。


    だが…それは過ちだった…


    杉下右京は常に正しい。彼の言葉を信じるべきだった。


    この呪われた事件を紐解くことがどれほど危険であるのか冠城は理解していなかった。


    13: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:16:37.32 ID:cw/0nUsY0
    とりあえずここまで
    このssは当時の内容を四代目相棒の冠城さんとついでに青木くんの視点で描いています

    14: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:17:25.55 ID:cw/0nUsY0


    <<第1話 剛雄>>



    2008年10月―――



    東京都練馬区某所にあるアパートで惨殺死体が発見された。


    死体を発見したのは隣室の住人。


    それから通報を受けて駆けつけた警視庁の捜査一課により直ちに現場検証が行われた。


    米沢たち鑑識が現場検証を行っている中、


    捜査一課の伊丹たちもこの光景に思わず吐き気を催すほどだ。



    「ウゲェ…酷い状態ですね…思わず吐きたくなりますよ…」



    「こんなところで吐くんじゃないぞ。

    刑事のゲロで現場荒らされたなんて笑い話にもならないんだからな!」



    「たくっ!何年刑事やってんだ!新米じゃねえだろ!」



    「だが確かにこいつは酷過ぎるな…なんだってんだ…」



    「米沢さん…こんな現場でも黙々と仕事してるんですね…」



    「まあプロですから。駅のホームで引かれた死体の方がもっと酷いですからな…」



    ベテランの刑事でさえ目を覆いたくなる惨殺死体。現場はこの室内に位置する台所。


    そこは被害者の体内から大量に飛び出た血に塗れており


    それほどまでにこの殺害現場は凄惨な光景に包まれていた。


    15: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:17:58.39 ID:cw/0nUsY0

    「まあ…俺もこんな惨殺死体の殺人現場は仕事でなけりゃ絶対に来たくはないがな。」



    「同感ですな。

    ですがその惨殺死体の殺人現場に好き好んで来る方もいらっしゃるようですよ。」




    こんな現場に好んで足を運ぶ人間がいる?
    そんな米沢の言葉を聞いて伊丹がうしろを振り向いてみると…



    「失礼しますよ。ここが殺害現場ですね。」



    「うへぇ、酷えことになってんな。」



    「呼んでもいないのにまた来たか…」


    「コラー!亀山係の特命!!
    いつもいつも勝手に来るんじゃねえ!お呼びじゃねえんだよ!?」



    「誰が亀山係だ!ちゃんとなぁ…特命係の亀山さまと呼べ!」



    「何気にさま付してんじゃねえよ!?」



    「先輩もう特命係である事に違和感なくなっちゃいましたね。」



    やはり呼んでもないのにやってくる警視庁の暇人たち。


    それはご存知、特命係の杉下右京に亀山薫の二人だ。


    亀山は出会い頭に犬猿の仲である伊丹と張り合い


    右京はそんな二人の諍いなど気にもせず現場を見回していた。



    16: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:18:30.14 ID:cw/0nUsY0

    「確かお宅ら先日瀬戸内米蔵先生を検挙して

    今日はその裏付けの調書を取ってたんじゃないんですか?」



    「ええ、その調書の作業も終わって戻る最中にこちらで事件だと聞いたもので伺いました。」



    「大至急こっちに来てやったんだよ。感謝しろよこの野郎!」



    「うっせえ!早く帰れ!」



    どうやら用事を済ませたついでにこの現場へ立ち寄った特命係の二人。


    ちなみにその用事とは


    先日、衆議院議員の瀬戸内米蔵のパーティーが行われたホテルで起きた殺人事件だ。


    その被害者は亀山の同級生である兼高公一。


    彼はNGOとしてサルウィンで井戸を掘るボランティア活動を行っていた。


    兼高を殺害した犯人はその日ホテル滞在していた大企業の部長小笠原雅之。


    だがこの事件には黒幕がいた。


    それが元法務大臣にして右京たちにも顔馴染みである瀬戸内米蔵だった。


    彼はサルウィン政府が腐敗している現状を嘆いており


    そのために不正な手段を用いて人の命を救おうとした。


    だがその行いは最悪な結果を招いた。


    亀山の旧友でありサルウィンのために尽くそうとした兼高は死に


    瀬戸内のために尽力を尽くした小笠原もまた殺人罪により逮捕された。


    さらに瀬戸内自身も特命係の手により物資横領の罪で逮捕に至った。


    誰もが人の命を救おうと行動に出た行いが招いた悲劇だ。


    17: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:18:57.50 ID:cw/0nUsY0

    「それで被害者の身元は?」



    「殺されたのはこの家に住む『小林真奈美』さんですね。発見したのは近所の隣人です。

    妙な音がしたのでこちらに来たら玄関から血だまりが溢れてたので通報したとの事です。

    殺害方法は刃物による刺殺です。ちなみに妊娠中だったそうですよ…だからお腹の子も…」



    「まったく胸糞悪い話だぜ!
    妊婦殺しただけじゃ飽き足らずお腹にいる赤ん坊まで殺しやがって…」



    「お腹の中にいる赤ん坊まで?それは一体どういう意味ですか。」



    右京の疑問に米沢が見た方が早いと察したのか被害者の遺体を右京と亀山に見せた。


    その遺体は腹を捌かれていた。恐らく犯人は被害者の腹を切り開き何かを取り出した。


    犯人は被害者を殺害して遺体から何を取り出しのか?
    この答えは遺体の付近に置かれてある真っ赤な血に染まった小さな袋の中にあった。


    18: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:19:42.12 ID:cw/0nUsY0

    「うげ…何だこりゃ…」



    「オイ!吐くんじゃねえぞ!こんなところで吐いたら現場からしょっ引くぞ!」



    「わかってらぁ!けどこいつは…」



    その袋の中身を見て思わず亀山は吐き気を催した。


    そんな亀山のあとに右京もその袋の中身を見た。


    するとそこにあったのは赤く塗れた小さな死骸。


    全身が羊水と血でまみれで


    さらに糸にも思える赤い紐が引き千切られた痕跡があるまるで人間の臓器らしきモノ。


    この袋に入っている得体の知れないモノを見て右京はこれが何なのかすぐに察しがついた。



    19: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:20:35.55 ID:cw/0nUsY0

    「これは…胎児ですね…

    それもまだへその緒も付いているとは出産時期には早い状態です…」



    「杉下警部のお察しの通り犯人は

    被害者のお腹の中にいる赤ん坊を刃物で無理矢理切り開き取り出したのでしょうな…」



    右京の答えに補足するように付け足す米沢。


    正直に言って二人ともこれが事件でもなければまともに触れたくもないはずだ。


    それほどまでにこの現場は凄惨すぎた。



    「なんて酷い事を…犯人絶対に許せねえ!」



    「お前に言われなくたってなぁ!俺たちが絶対に犯人捕まえてやらぁ!」



    この凄惨な殺人を犯した犯人を必ず捕まえてみせる。そういきり立つ亀山と伊丹。


    当然だ。これは人の行いを超えているまさに鬼畜な所業だ。


    こんな犯人を野放しにすれば必ず第二、第三の犯行が起きる。


    それだけは必ず阻止しなければならない。

    20: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:21:01.10 ID:cw/0nUsY0

    「ところで被害者は妊娠していたというのならこの家には旦那さんがいるはずですね。」



    「ご主人は小林俊介、小学校の教師です。

    さっきから携帯に連絡してるんですが音沙汰無しなんですよ。

    まったく女房と子供が惨殺されたってのにどこで何やってんだか…」



    先ほどから三浦が連絡をしているのにどうしても連絡が繋がらない。


    女房とお腹の子がこのような目に遭ったというのに旦那は何をしているのか?
    何故連絡が繋がらないのか。その疑問に伊丹たちはこんな結論を出した。



    「もしかしたら旦那が犯人かもしれねえ。よし、旦那を探すぞ!」



    伊丹たち捜査一課は被害者の夫である小林俊介を第一容疑者として捜査を開始。


    すぐに夫の身柄を確保へと移った。


    伊丹たち捜査一課が犯人を旦那であると決めつけていたが、


    そんな伊丹たちは無視して右京と亀山は独自に現場検証を行っていた。



    21: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:21:56.69 ID:cw/0nUsY0


    「おや、受話器が外れていますね。」



    「恐らく犯人と揉み合ってる最中に外れたのでは…」



    「とりあえず通話記録を割り出してもらえますか。」



    「細かい事がなんとやらですな。わかりました。」



    部屋の固定電話が外れていることを指摘してそれを調べるように米沢に指示を出す右京。


    そんな中、亀山は犯人に対して今だに怒りを募らせていた。



    「しかし被害者の女性を殺しただけじゃ飽き足らず、

    お腹の子供までこんな惨たらしい目に合わすなんて…これは怨恨の線が濃いですね!」



    「確かに僕も動機は怨恨だと思います。

    しかし問題は何故ここまで惨たらしく殺したかですが…」



    「やはり伊丹たちが言うように旦那が殺したんですかね?」



    「もしそうならわざわざ自宅に死体を残すと思いますか?

    こんな家の中で殺せば一発で自分が犯人だと疑われてしまいますよ。」



    右京の指摘するように自宅で犯行に至れば容疑者が自分であると特定される危険がある。


    そのリスクを犯してまで犯行に及ぶとはどうしても考えにくい。


    どうやら犯行を裏付けるにはまだ判断材料が足りない。


    そう思った右京は小林の職場である小学校を訪ねようとした。


    ちなみに小林の職場である小学校はこのアパートから歩いて数分の近場にある。


    そんなわけで小林の職場へと向かうことにした。


    22: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:22:23.84 ID:cw/0nUsY0


    「さっきも刑事さんたちにお話ししましたけど…あの強面の刑事さんに。」



    「すいませんねぇ。ヤツらとは部署が違うんで…」



    「申し訳ありませんがもう一度お話を聞かせてもらえますか。」



    さっそく小林の職場を訪ねた右京たちは


    彼の上司でもありこの学校の校長に彼の勤務態度などについて伺っていた。


    ちなみにだが右京たちと入れ替わりで既に伊丹たちも聞き込みに来ていたようだ。


    これは毎度のことだが警察でも捜査部署が異なれば聞き込みも何回も繰り返しになる。


    さらに言えば特命係には捜査権は存在しない。


    そのためこうしたニアミスが起こるのは毎度のことだ。

    23: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:23:01.40 ID:cw/0nUsY0

    「小林先生の勤務態度に問題なんてなかったですよ。

    まあ問題があったといえば彼が受け持つクラスの児童の方なんですけど…」



    「児童の方とはどういうことでしょうか。」



    「これはさっきの刑事さんたちには関係ないと思って話さなかった事なんですけど、

    実は小林先生が受け持つクラスには一人だけ不登校児がいましてね。

    名前が『佐伯俊雄』という子なんですが…」



    「佐伯俊雄くんですか。何故その少年は不登校を?」



    「クラス内ではイジメの問題はなかったそうです。

    何か問題があったとするなら恐らく…家庭の問題でしょうな。」



    「家庭の問題?」



    「こんな事大きな声では言えませんがね…

    俊雄くん…虐待に合ってる可能性があるんですよ…」



    小林の受け持つクラスの児童、佐伯俊雄。


    その少年が家庭で虐待を受けている可能性がある。


    それがこの校長が知る限りで小林の身辺に起きている問題と思われることだった。


    児童虐待。確かにクラスの担任にしてみれば問題ではあるはずだ。


    24: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:23:29.87 ID:cw/0nUsY0

    「そんな…大変じゃないですか!児童相談所には連絡したんですか!?」



    「あんなところ…

    確たる証拠がなきゃろくに動いちゃくれませんよ。

    それで先日小林先生が自宅訪問に行ったらしいんですが…」



    「それでどうなりましたか?」



    「実はそれ以後音沙汰が無いんですよ。まさか佐伯さんと何かトラブルがあったんじゃ…」



    それが校長の知るすべてだった。教師である小林に問題点はなかった。


    問題があったとするなら彼が受け持つクラスの児童である不登校児の佐伯俊雄。


    佐伯俊雄、一見事件とは何の繋がりもなさそうな少年だが


    右京はどうしてもその少年のことが気になった。



    「これから佐伯さんのお宅を訪ねたいと思います。出来れば住所を教えてもらえませんか。」



    「わかりました。あ、そうだ!もしよかったら持って行ってほしいものがあるんですが…」



    それから校長はこれから佐伯家に向かおうとする右京たちにあるものを託した。


    それは画用紙だ。そこには家族の絵が描かれていた。


    恐らく授業で家族をテーマにした絵を描くように言われたのだろう。


    だがその絵の印象は…何故か髪の長い母親だけ妙に異様な風に描かれていた…

    25: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:24:10.25 ID:cw/0nUsY0

    「佐伯さ~んいますか!警察ですよ!」



    それから学校を出た右京たちはその足で佐伯家を訪ねていた。


    東京都練馬区寿町4-8-5。


    周りはいくつもの新築物件が立ち並ぶ住宅地が密集している中で


    築20年は経過している中古の一軒家がポツンと並んでいた。それが佐伯家だ。



    「佐伯さん、いるなら返事してくださ~い!」



    留守なのかそれとも居留守を使っているのか


    亀山は力強く玄関をノックしているが応答はない。


    住人が出てこなければ聞き込みもできない。これではお手上げだ。


    だがそんな亀山を尻目に右京は家のポストを覗いていた。



    「右京さん何してんですか!人の家なんすよ!」



    「ですが新聞が何日か溜まっていたのが少し気になっていたので…」



    確かに右京が指摘するようにこの家のポストにはニ、三日分の新聞が溜まっていた。


    この家に住人がいれば当然ポストから新聞を取り出すはずだ。


    それを怠っているということはこの家の住人は不在ということになる。


    そうなると住人はどこへ行ったのか?
    この家の住人の安否を気遣う亀山だが


    そんな時、右京はポストの中を開けて何が入っているのか確認していた。

    26: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:24:58.77 ID:cw/0nUsY0

    「いいんですか?住人に知られたら怒られちゃいますよ?」



    「細かいことが気になるのが僕の悪い癖ですよ。

    それよりも見てください。新聞紙の下に何か置いてありますよ。」



    溜まっていた新聞紙の下に置かれていたモノ。


    それは一冊のノートだ。外見は特にこれといって普通のノートと変わりはない。


    唯一点、そのノートの裏には名前が表記されていた。


    『川又伽椰子』


    恐らくこのノートの持ち主である女性の名だ。


    しかし亀山は疑問に思った。川又とはどういうことだろうか?
    この家の住人の苗字は佐伯。それなのにノートの持ち主の苗字は川又。


    さらに何故住人の苗字と異なる人物のノートがこんなところに置いてあるのか?
    この二つの問題に思わず疑問を抱いた。


    27: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:25:27.19 ID:cw/0nUsY0


    「おや、この文章は…」



    「何が書かれていたんですか?」



    「おやおや、キミも気になりますか?」



    「やっぱりこういうのはどうしても気になっちゃうじゃないですか。それでなんて…」



    取り出したノートの中を右京と一緒に確認する亀山。


    いくら咎めても右京はそれを聞き入れてはくれないだろうし


    それに亀山自身もノートの中について妙に気になっていた。


    そんなわけでノートを読んでみたがそこには驚くべき記述が載っていた。


    28: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:27:42.64 ID:cw/0nUsY0


    小林俊介 生年月日 昭和49年 2月3日


    血液型O型

    29: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:28:12.78 ID:cw/0nUsY0

    平成10月3日


    今日、小林くんと目があった♡小林くんはまたいつもの本屋に来た。


    私は声も掛けることもなく彼の様子を伺った。


    彼の本を読む姿は実に凛々しいものだ。


    30: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:28:39.44 ID:cw/0nUsY0

    平成10月5日


    喫茶店に入る小林くんを見かけた。彼はコーラを飲み干していた。


    31: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:29:07.39 ID:cw/0nUsY0


    平成7年10月7日


    また小林くんが本屋に来ていた。


    彼は漫画コーナーで立ち読みしている。棚からチラっと見たら彼と目があった。


    小林くんは私に気付かなかったけど私は小林くんのことが好き。

    32: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:29:38.66 ID:cw/0nUsY0


    平成7年11月8日



    小林くんがタバコを吸っていた。タバコの銘柄はマイルドセブン。


    どうやら小林くんのお気に入りらしい。


    小林くんは箱の方が好きだ。

    33: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:30:04.22 ID:cw/0nUsY0

    平成8年1月11日



    小林くんが道端で吐いた。お酒を飲んだせいた。


    付き合いの飲み会で誘われたのが原因だ。


    小林くんはお酒が弱いのに無理をするなんて…


    34: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:30:33.11 ID:cw/0nUsY0

    平成9年1月13日



    小林くんに馴れ馴れしい女が現れた。名前は真奈美。


    いいえ、あの女の名前なんかどうでもいい。何だあの女は…?
    きっと私と小林くんの仲を引き裂こうとしているんだ。


    私はあんな女とはちがう。小林くんのすべてを知っている。


    そもそも小林くんは私の王子さまであんな女なんて知らない。


    それで小林くんは私のことを好いていて…


    35: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:31:08.31 ID:cw/0nUsY0

    平成10年5月5日



    今日、親がお見合いの相手を連れてきた。


    名前は佐伯剛雄。私の恋する小林くんとは似ても似つかぬ男だ。


    親の勧めということもあり無碍に断ることも出来ず付き合うことになった。


    けど最悪だ。相手の男が私に一目惚れしてきた。


    私はあなたのことなど好いてなどいないのに…

    36: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:31:43.10 ID:cw/0nUsY0

    平成10年9月10日



    どうしてこんなことになったんだろ…


    私はあの男と結婚することになった。


    あの男の実家はお金持ちらしい。だからお金を出して私の両親を説得させたようだ。


    なんて強欲な人なんだろうか。こんな結婚なんて惨すぎるわ。


    夢にまで見た小林くんとの結婚。それがこんな形で打ち砕かれるなんて…


    こうして私の初恋は成就することもなく終わりを告げた。



    37: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:33:37.77 ID:cw/0nUsY0


    平成11年4月4日



    夫との間に子供が生まれた。


    私が産んだ子供をとても愛らしく思っている。


    それにしてもよく子供を産めたものだ。


    夫は知らないけど病院で検査を受けた時は望み薄だと思っていたのに…


    名前は私が付けてもいいということなので『俊雄』と名付けた。


    あの男は自分の名前が子供に与えられてこちらが引くほど喜んでいた。

    38: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:34:47.62 ID:cw/0nUsY0

    平成20年4月7日



    今日は嬉しいことがあった。息子の俊雄が小学3年生に進級した。


    なんとその担任はあの小林くんだ。


    彼とは大学時代で別れたのにまたこうして再会出来るなんて…


    やはり運命は私たちを見捨てなかった。


    ああ、小林くん。私たちはやはり結ばれる運命だったのね。

    39: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:35:15.44 ID:cw/0nUsY0


    『小林くんが好き!』『小林くんが好き!』『小林くんが好き!』『小林くんが好き!』


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    40: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:35:44.94 ID:cw/0nUsY0



    「うわぁっ!?」



    亀山は驚きのあまり読んでいた日記を投げ出してしまった。


    それは読んでいて鳥肌が立つほど奇怪な文章が綴られていた。


    この川又伽耶子なる人物の日記は


    この家に住む佐伯俊雄の担任、小林俊雄に片想いの恋を抱いている内容だ。


    日記を読む限りでは両人が相思相愛だという印象はまったくない。


    恐らく川又伽耶子は小林に対してストーカー行為を行っていたのではないかと疑うほどだ。


    こうして日記を読み終えた直後のことだ。



    41: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:36:14.44 ID:cw/0nUsY0

    「おいアンタら、ウチの前で何をしている!」



    「へ?ウチ?」



    「そうだ、ここは俺のウチだ!お前ら何をしているんだ!?」



    そこに一人の男が現れた。不精髭を生やした中年の男性。


    その強面の人相からしてかなり不機嫌そうな雰囲気を佇んでいる。


    さらにこの男の癖なのだろうか初対面の右京たちの前で親指の爪を噛んでいた。


    赤の他人の前で爪を噛むなど衛生面においてかなり不躾な行動だ。


    それを人前で平然と行う仕草から右京たちのことをかなり不快に思っているのが伺える。


    さらに着ている服がかなりの軽装からしてこの男が家の家主だと伺えた。



    「この家のご主人、佐伯剛雄さんですね。失礼しました。我々は警察の者です。」



    「警察だと?」



    「ハイ、警視庁特命係の杉下です。」



    「同じく亀山です。」



    「警察が何しに来た?」



    右京は家主であるこの男に


    俊雄のクラスの担任である小林俊介が行方不明で


    何か心当たりがないかと尋ねたがその返事はというと…

    42: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:37:12.48 ID:cw/0nUsY0

    「フンッ!人さまの女房に手を出したヤツの事なんぞ知らん!」



    「手を出したってどういう事ですか?」



    「アンタらもその日記を見たんだろ。ならわかるだろ!」



    家主の佐伯剛雄は右京たちが持っている日記を指してそう吐き捨てた。


    察するにこの日記の主である川又伽耶子はこの剛雄の妻。


    さらに言えば伽耶子はこの家に住む佐伯俊雄の母でもあると推測できた。


    そしてその不機嫌な理由も察しがつく。


    自分の妻がこのような日記をつけていればそれも納得だ。


    だがこんなことで引き下がる特命係ではない。



    「ところでひとつお願いがあるのですが俊雄くんと会わせてもらえますか。」



    そんな剛雄の凄みなど一切気にせず俊雄を出してほしいと頼む右京。


    だが剛雄は息子の俊雄は病気で寝込んでいるの一点張り。


    こう言われたらさすがにどうにもならない。


    俊雄が姿を現してくれたら


    身体にあるかもしれない傷跡を確認して俊雄を保護することも出来たかもしれない。


    だが肝心の俊雄が姿を見せないことには話にならない。


    そもそも虐待というのはかなりデリケートな問題だ。


    本人が躾と言い張ればそれまで、さらに言えば特命係には捜査権がない。


    そのため強硬手段も取れないので今の段階ではどうにもならない状況だ。



    「一目だけでも構いません。俊雄くんと会えませんか。」



    「知るか!ヤツの嫁とガキが殺されようと俺の知ったことか!?」



    そう吐き捨てるように怒鳴ると


    剛雄は玄関のドアを乱暴に閉めてそのまま家に閉じこもった。


    すぐに亀山が玄関をノックしたが応答は無し。こうなればもうお手上げだ。

    43: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:37:58.73 ID:cw/0nUsY0


    「どの道我々は令状を得ているわけではありません。今日のところは帰りましょう。」



    「けどあの親父絶対子供を虐待してますよ。このままにしておいていいんですか!」



    「だからですよ。

    このまま僕たちが彼にストレスを与え続けていればその矛先は誰に向かうと思いますか?」



    結局、問題の佐伯俊雄に会うこともできず引き下がる特命係。


    納得できないと態度を見せながらも


    目の前で子供が虐待を受けてる可能性があるのに何もできないもどかしさに駆られる亀山。


    そんな時だった。



    「女性…?」



    ふと佐伯家の窓に一人の女性が佇んでいた。


    白いワンピースを身に纏い長い黒髪をなびかせた幸薄そうな美女。


    だが亀山はこの美女にどこか不気味な雰囲気を感じた。


    ひょっとして彼女があの日記の主である伽耶子なのでは…?
    そう思いつつも右京に促されてこの日は大人しく引き下がるしかなかった。


    そんな伽耶子は特命係の二人が立ち去るのを静かに見送っていた。


    44: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:38:32.52 ID:cw/0nUsY0


    夕刻時―――
    ここは右京の前妻、宮部たまきが経営する小料理屋「花の里」



    「じゃあ何かね?
    虐待の可能性がありながらノコノコ帰ってきちゃったわけ?情けないわねぇ…」



    「俺だってさぁ…踏み込みたいよ…けど無理なんだよしょうがねえだろ…」



    「ええ、令状がありませんから今の段階ではどうしようもありません。」



    いつものように花の里で夕飯を食べている右京と亀山。


    それと亀山の妻の美和子が先ほどの佐伯家での出来事について語っていた。


    目の前で子供が虐待されているかもしれないのに


    オメオメと引き下がるしかなかった夫の不甲斐なさを情けないと不満を募らせる美和子。


    実は今回の事件、警察が周辺住民への配慮のため


    マスコミには情報が完全にシャットアウトされていた。


    そのためマスコミは今回の事件を探ることが適わず


    記者の美和子自身も納得がいかない様子だ。


    だがそれは捜査に携わる亀山とそれに右京も同様だった。

    45: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:39:09.57 ID:cw/0nUsY0

    「ところで話は戻しますけど小林俊介は何処へ行っちゃったんですかね?」



    「そうですね。

    妻と子供が殺されたという事は彼の身にも何か異変があったとみて間違いないと思います。

    もしかしたら彼も既に…」



    右京はそれ以上のことを言わなかったが既に小林俊介が死んでいる可能性は否定できない。


    捜査本部は小林俊介を第一容疑者として方針を固めている。


    だが特命係の二人は彼の犯行だとはどうしても思えなかった。


    そんな中、事件の内容について聞き耳を立てていた女将のたまきがあることを呟いた。



    「それにしても…

    お腹の中の子供まで恨むだなんて…まるで嫉妬のような感じがしますね。」



    「嫉妬…ですか?」



    「ほら、推理小説とかでもあるじゃないですか。

    無理矢理別れさせられた女性が嫉妬に悩んで相手の子供を殺しちゃうとか。

    そういう時は憎んでいる相手本人じゃなくて

    本人の親しい人を殺した方が余計苦しむんじゃないかって話ですよ。」



    「……なぁ…たまきさんってたまに凄く恐い事をさらっと言うよな…」



    「そうだよ。だから絶対たまきさんを怒らせちゃダメなんだからね!」



    「なるほど、本人ではなくその親しい相手ですか…」



    たまきの助言を聞いて何か思うところがある右京。


    こうして一夜は開けた。


    46: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:39:45.32 ID:cw/0nUsY0

    翌日―――


    「おはようございま~す。遅れてすいません!」



    「遅刻とは関心しませんね。どうしたのですか?」



    「あ、実は…来週サルウィンに行って兼高の件について報告しようと思うんすよ…」



    「なるほど、それでパスポートを申請しに行ったわけですね。」



    「あれ?右京さんが読んでるノートってもしかして…」



    「ええ、昨日佐伯家で見つけた日記を持ってきたのですが。」



    「あのノート持ってきちゃったんですか!警察官がそんな事しちゃダメでしょ!」



    「それはともかくこの日記を読んでみてとても興味深い事がわかりました。」



    右京が日記を読み漁り知り得たのは小林俊介と佐伯伽耶子の関係についてだ。


    実はこの二人、元々は大学の同級生とのこと。


    だが日記を読む限りではどう考えても小林の方に面識があるのかは怪しいところだ。


    さらにもうひとつ、


    日記の内容を知るためにある場所に問合せをしてその回答を待っているところだ。

    47: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:42:00.04 ID:cw/0nUsY0

    「佐伯伽耶子が小林俊介をストーキングしていたことはこの日記を読む限り明らかです。

    それがこの事件にどう繋がるのか?
    そこを読み解かない限り答えにたどり着けない気がします。」



    「いや、俺としては伽耶子が犯人だと思いますね。

    昨日たまきさんが言ってたじゃないですか。本人よりも身近な人間をなんたらって…

    つまり伽耶子は望まない結婚をした。それなのに片思いの相手は幸せに暮らしている。

    伽耶子にはそれがなによりも許せなかった。だから犯行に及んだ。どうっすか?」



    亀山の推理は伽耶子犯人説だ。


    確かに伽耶子には小林に対してストーカー行為を働いていた。

    そんな伽耶子にしてみれば今の小林は殺意の対象になる可能性がある。

    右京自身も今の推理に一理なくはないが…



    「50点というところでしょうか。

    キミにしては珍しくいいところまで突き詰めていると思いますよ。」



    「え~?何が悪かったんすか?」



    「犯行現場をよく思い出してください。

    妊婦を殺害してお腹にいた胎児を取り出し惨殺した。

    これだけの力技を女性一人で行ったとは僕には信じがたいですね。」



    右京の言うようにあの犯行はかなりの力技が要求される。

    どう考えても女性の細腕で成立させるのはかなり難しいところだ。


    さらに指摘するなら日記を読む限りだと伽椰子が小林を恨んでいる節は見受けられない。


    むしろ伽椰子は小林との再会を喜んでいるという描写が見られた。



    「右京さんの言う通り男の犯行ならやっぱり犯人は小林なんすかね?
    後輩の芹沢を脅して聞いてみたんですけど被害者には他に男関係はなかったみたいだし…」



    「さあ、まだなんとも言えません。

    しかし僕の考えだと事態は一刻を争うことになります。

    ですが問題は僕たちに捜査権限がないことですね…」



    いつものことだが特命係は警察部署であるにも関わらず捜査権限はない。

    つまり犯人がわかったとしても令状を取ることなど不可能。

    しかしこのままでは最悪の事態が起こりかねない。

    こうして部屋で手を拱いている場合ではないのだが…

    48: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:42:38.14 ID:cw/0nUsY0

    「よっ、暇か?コーヒー貰いにきたよん♪」



    「いや…コーヒーなんてどこで飲んでも一緒でしょ…」



    「何言ってんの!ここで飲むのが一番じゃないのね♪」



    いつもの習慣かのように特命係にある


    コーヒーメーカーでインスタントのコーヒーを美味しそうに飲み干す組対5課の角田課長。


    そんな能天気な角田だがふとあるものに目を止めた。



    「あれ…こいつ…」



    「おや、課長はその名をご存知なのですか?」



    「ああ、だってこいつは…」



    角田の思わぬ発見により事件はこの後急展開を迎える事になる。


    49: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:43:15.43 ID:cw/0nUsY0


    数時間後―――

    「佐伯さん、業者の者ですけど開けてもらえますか?」



    「業者だと?そんなモノは頼んでいないぞ!」



    「でもねぇ、ここだと言われてきたものでして…ちょっと玄関開けてもらえますか?」



    佐伯家にある宅配業者が荷物を持って現れた。


    家主の佐伯剛雄は面倒ながらも玄関のドアを開き荷物を受け取ろうとした時だ。



    「ハイ警察!」



    「佐伯剛雄!匿名のタレコミがあったので捜査させてもらうぞ!」



    現れたのは角田課長率いる組対5課。


    その後ろには右京と亀山の二人も同行していた。

    何故捜査一課ではなく組対5課が動くことになったのか?

    その理由は実はこの佐伯剛雄自身にあった。

    51: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:45:05.17 ID:cw/0nUsY0


    「匿名のタレコミがあるって言ったろ!

    まあ匿名というよりも特命からのタレコミなんだけどな…

    佐伯剛雄!城南金融の幹部で麻薬密売の噂のあるお前さんだ。

    簡単に捜査の令状が取れたぞ!」



    普段は特命係にやってきてのほほんとしている角田課長だが

    これでもヤクザ絡みの案件をいくつも捜査している現場の叩き上げだ。

    そんな角田ならば悪名高い城南金融の幹部の名前はすべて把握していた。


    そのため令状も簡単に取れたというわけだ。



    「騙すような真似をしてすみませんねぇ。

    ですがこちらも人命が掛かってます。

    亀山くん、急いで家の中を調べてください。俊雄くんの保護を最優先で!」


    「おい、大木!小松!お前たちも亀ちゃんの手伝いに行ってやれ!」


    右京たちの指示ですぐに家の中に突入する亀山たち。


    そんな亀山たちの侵入を剛雄は阻もうとするが


    既に右京たちにその身を拘束されて満足に身動きがとれない。


    剛雄にとってこれではどうにもならない状況だ


    「いい加減にしろ!こんなの不当捜査だ!何故俺がこんな目に合わなきゃ…」


    「それでは佐伯剛雄さん、率直に言います。
    小林真奈美さんとそして体内にいる赤ん坊を殺害したのは…あなたですね。」



    あの惨殺事件の犯人は目の前にいる佐伯剛雄だと告げる右京。

    いきなりの事態に困惑した様子を見せる剛雄だが…

    何故自分が犯行に及ばなければならないのかと反論してみせた。


    「何を下らないことを…何故俺がそんな女を殺さなければならない…」


    「最初に僕がここに来た時あなたはこう仰った。
    『ヤツの嫁とガキが殺されようと俺の知ったことか』
    しかし今回の事件は小林さんの奥さんはともかく子供のことは伏せられていたんですよ。
    それを知るのは我々警察関係者かもしくは犯人以外は知りえないはずですよ。」


    そのことを指摘されて剛雄はしまったと呟いた。

    それと同時に家に突入した大木と小松が二階に上がるとある異変を察知した。

    52: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:47:10.30 ID:cw/0nUsY0


    「2階の部屋なんですけど一室だけ鍵の掛かっている部屋があります!」


    「恐らくその部屋です。
    構いません!ドアを壊してもいいからその部屋に入ってください!」



    右京の指示を聞いた大木と小松はすぐに部屋のドアを壊しだした。

    堪りかねた剛雄はこれ以上やるなら弁護士を呼ぶぞと脅すが

    その間にもドアが壊れるのは時間の問題だ。



    「なぁ…警部殿…一体2階に何があるんだい?」


    「課長、このおウチですが車がありませんね。」


    「車だと?」


    「殺人が行われた場合、まず処置をしなければならないのは死体の始末です。
    人間一人を処分するにしても安易に捨てるわけにもいかない…
    まあこの場合一番無難なのは山奥の深くか、それとも海の中に捨てるのが一番でしょうが
    それらを行えない場合どうしますか?」


    「そりゃ…自分の見える範囲に死体を…そうか!じゃあ2階には!?」


    さすがに角田も右京がこの家で何を見つけようとしているのかようやく察したようだ。

    その間にも大木と小松が部屋のドアをこじ開けた。

    急いで部屋に入った彼らだがそこで二人は思わぬものを発見した。


    53: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:48:00.83 ID:cw/0nUsY0


    「ありましたー!死体です!」


    「男の死体と…それと女が惨たらしく切り刻まれている死体です!」



    部屋にあったのはビニールの袋に入れられた男女の死体。

    男の方は所持品で確認できたが捜査一課が指名手配している小林俊介だ。

    女は恐らくこの家に住む佐伯伽耶子。その二人の死体が揃って部屋に放置されていた。

    それに死因だが大木たちが言うには小林の方は外傷が少ないが

    女の方が刃物で複数の箇所が切り刻まれた形跡があった。

    特に酷いのは喉だ。声が出せないように喉仏を潰されている痕跡があった。

    そのことを聞いた角田はすぐに伊丹たち捜査一課に連絡をするように指示を出す。

    既にこの件は組対5課の領分を超えている。

    だがこの佐伯剛雄は何故このような惨殺を行ったのか?それが疑問だった。

    すべてが明かされた後、剛雄は俯きながら自らの行いを自白した。

    54: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:49:18.05 ID:cw/0nUsY0

    「そうだ…俺がやった…俺が伽椰子を殺した…」


    「何でだ!自分の女房を殺す動機が何処にあるってんだ!?」


    いくらヤクザモノとはいえ自分の妻を殺すなど角田にはその意図がまったく見えなかった。

    さらに言うなら息子の担任教師である小林俊介も同様だ。

    一体どんな動機があれば一連の惨殺事件を行えるのか理解できなかった。


    「それは妻の伽椰子さんが愛した人が
    ご主人である剛雄さんではなく彼女が昔から愛していた小林俊介さんだからですよ。」


    右京は伽耶子の日記を取り出しながらそう告げた。

    今回の事件に関する動機。それは昨日たまきが言ったように嫉妬によるものだ。

    だがその嫉妬はこの日記の主である伽耶子のモノではない。

    伽耶子の夫である剛雄のモノだ。

    55: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:50:47.94 ID:cw/0nUsY0


    「それじゃあ…動機は…浮気ってことか…?」



    「確かに浮気といえばそうかもしれません。
    ですが実際に小林さんと伽椰子さんはそんな関係ではなかったはずですよ。
    それに浮気と言っても彼女の一方的なモノだったはずなのは明らかでした。」



    「それじゃあ…何でこいつは殺したりなんか…」



    浮気でなければ動機は何なのか?

    そこで右京は日記に書かれていたある一文を読み出した。

    それにはこう記されていた。

    『それにしてもよく子供を産めたものだと思う。病院であんなことを告げられたのに…』

    この文について右京はある疑問を抱いていた。


    「この文ですが何かおかしいと思えませんか?
    『よく子供を産めたものだと思う。』
    この文を解釈すると
    本来なら剛雄さんと伽耶子さんの間に子供が産まれることはなかったということです。
    それなのに二人の間に俊雄くんという子供が生まれた。さて、どういうことでしょうか?」


    「つまり…二人の身体には何か異常があるということか…?」


    「まさにその通りです。
    気になったのでかつて伽耶子さんが俊雄くんを産んだ産婦人科の病院を調べました。
    するとあることが判明したのです。
    佐伯剛雄さん、あなたは精〇欠乏症と診断されていました。」



    それは妻の伽耶子しか知らなかった事実。

    精〇欠乏症とは男性不妊が原因とされる症状。

    男性の精〇欠乏があれば当然子供が生まれる可能性は低い。

    それなのに俊雄という子供が生まれた。それが今回の事件の動機だった。


    56: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:51:59.50 ID:cw/0nUsY0


    「ちょっと待てよ。精〇欠乏症なのに子供がいるってことは…まさか…」


    「そう、佐伯剛雄が一連の惨殺事件を犯した原因は…

    あなたは自分の息子である俊雄くんが自分と血縁関係にないと疑ったからですね。」


    自らの身体にある異常と

    さらにそれが動機に繋がる原因を告げられて剛雄は観念したのかすべてを自白した。

    かつて剛雄は愛する伽耶子との間に子供を熱望していた。そして俊雄が生まれた。


    そこまではよかった。万事順調に行っていた。

    だがある日のこと、妻に異変が起きた。

    普段は物静かな伽耶子が妙に楽しそうにしていたからだ。

    それを見て不審に思った剛雄は密かに伽耶子の日記を覗いた。

    するとそこにはかつて伽耶子が小林を愛していたこと、自身の精〇欠乏症。

    さらに伽耶子は今でも小林のことを愛していることがわかった。


    「昨日アンタらが見つけた日記。
    あの日記を見て…俺は気付いたんだ…
    小林って男と伽椰子が浮気をして出来たのが俊雄だってな!」


    「つまり自分の子供じゃないのに腹が立って相手の女房とその子供を殺したってわけか…」


    これで事件の動機は明らかとなった。

    剛雄は妻の浮気が許せなかった。だから小林の妻である真奈美を惨殺した。

    その狂気はまだ生まれてもいなかった彼女のお腹の子にまで及んだ。

    だが剛雄が許せなかったことはそれだけではなかった。



    57: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:54:11.86 ID:cw/0nUsY0


    「それに伽椰子は子供に『俊雄』なんてふざけた名前を付けやがった…」


    「何で『俊雄』って名前がふざけた名前なんだよ?普通の名前だろ!」


    息子の俊雄という名前。

    日記を読んで確認したが子供の名前は伽耶子が付けたものだ。

    俊雄という名は角田が指摘するように普通の名前だ。

    だが伽耶子が小林に想いを募らせていることを知れば

    俊雄という名前にはある意図が含まれていることがわかった。


    「やはりあなたはそのことに気付いたようですね。
    そうです。伽椰子さんは愛する人の名前を子供に付けた。
    だからこそ小林俊介の『俊』の字を『俊雄』くんの『俊』の字として名付けたのでしょう。」


    それが恐らく俊雄が虐待されていたとされる原因。

    俊雄が生まれた時、

    剛雄は自分の名前である『雄』の字が俊雄の名前に用いられたことを非情に喜んだ。

    だがそれは伽椰子が剛雄を欺くために仕組んだことだった。

    伽椰子は自分の子供に愛する人の名前を付けたかった。

    だから剛雄の『雄』の字を入れた。

    すべては小林俊介の『俊』の字を入れるために仕組んだ企みだった。

    そのことを知って剛雄の中に激しい殺意が芽生えた。

    9年間も愛情を注いだ息子が実は赤の他人だった。

    それも愛しの妻にすべて欺かれてのこと。その行いを許せるわけがない。

    それがこの事件における本当の動機だった。



    58: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:55:09.91 ID:cw/0nUsY0


    「そういえば亀山は何処に行ったんだ?」


    「確か2階の屋根裏を探してるはずですけど…」


    事件の動機を聞きながら角田はふとあることに気づいた。

    それは先ほどから亀山の気配がないことだ。

    同時に右京は

    すべてを明かされて打ちのめされている剛雄にまだ聞かなければならないことがあった。


    「佐伯さん、まだあなたに聞かなければならない事があります。
    俊雄くんはどうしましたか?僕の考えが正しければ恐らく俊雄くんは…」


    右京の考えでは被害者たちを尽く惨殺した剛雄のことだ。

    既に俊雄も殺されている可能性が高い。

    それでも警察としてはなんとしても俊雄を見つけ出さなければならなかった。

    たとえそれが既に亡骸だったとしても…

    だが剛雄の口から出た答えは右京の予想し得なかったものだった。

    59: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:56:19.83 ID:cw/0nUsY0


    「俊雄…あいつは…いなくなった…」


    「本当なんだ…俺は伽椰子を殺した後に俊雄も殺そうとした。」


    「その前に飼い猫のマーが邪魔で殺しちまったが…
    あいつは1階の押し入れにいると思って開けてみた…だが…姿は見えなかった…
    それから俺は家の中を隈なく探したが俊雄の姿は見つからなかった…
    俊雄が何処へ行ったのかなんて俺が訊きたいくらいだ!」


    俊雄がこの家からいなくなったと聞くと右京はすぐさま本部に応援を要請した。

    俊雄はまだ小学3年生。

    さらに言うなら父親である剛雄に殺されかけた身だ。一刻も早く保護しなければならない。

    すぐに携帯で連絡を取ろうとするが中々繋がらない。

    こうしている間にも俊雄はどうなっているのかわからない。

    さらに言うならこの剛雄の証言もどこまで宛になるのか定かではない。

    もしかしたらこの証言自体が嘘という可能性すらある。

    とにかく一刻も早く俊雄を見つけ出さなければならないと焦りを募らせていた時だ。


    玄関先からガタゴトと奇妙な音が発した。

    まさか…俊雄ではないのか…?

    一瞬、そんな期待が右京に過ぎりそのドアが開けられるのを待った。

    そしてドアから出てきたのは…

    60: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 22:59:01.62 ID:cw/0nUsY0


    「右京さん!よかった…まだ無事だったんですね!」


    そこにひょっこり姿を見せたのは先ほどから何処かへいなくなっていたはずの亀山だ。

    何故いきなり亀山が玄関から現れたのか?

    まだ俊雄も発見できてないのにそのことを咎めようとした時だ。


    「みんな急いでここから逃げましょう!」


    突然、亀山はすぐにこの場を出ようと告げた。

    そんな亀山に何を馬鹿な事を言っているのかと角田は異論を唱えた。

    当然だ。既に死体が出た以上、これは殺人事件だ。

    すぐさま現場を保存して応援に来るはずの捜査一課を待たなくてはならない。

    それなのに警察官が現場を放置して立ち去るなど言語道断だ。

    61: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 23:00:34.59 ID:cw/0nUsY0


    「右京さん!佐伯伽耶子はもう死んでるんですよね!」


    「ええ、既に彼女の死体が発見されていますからねぇ。」


    「チクショウ…おい…佐伯剛雄…
    お前のせいでとんでもないことになっちまったんだぞ!
    わかるか…お前のせいで…俊雄くんは…それにすべてが…」


    「おいおい亀ちゃんなんだってんだよ?ちゃんとわかるように説明してくれよ!」


    「説明している時間がありません!
    とにかく今すぐここから出るんです!
    右京さん、俺のことを信じてください!お願いします!!」


    まるで何かの脅威に焦っているのか

    この亀山の発言に右京はその真意をまったく見い出せずにいた。

    誰もが亀山が取り乱した発言だと思うかもしれない。

    普通の警察官ならまず正気を疑うような発言だ。

    だが右京はちがった。何故かこの時、右京だけは亀山の言葉を信じることができた。

    それは長年、亀山と相棒を組んできた右京だからこそ感じ取れるモノだ。


    「課長、大木さんと小松さんを呼んでください。
    すべての責任は僕が取ります。
    ですから大木さんと小松さんを呼び戻して至急この家を出ましょう。」


    こうして右京に促されながら角田もまた連れてきた大木たちを呼び戻し

    さらに逮捕したばかりの佐伯剛雄を連れてこの家を立ち去った。

    それから本庁に戻った特命係は刑事部長の内村に烈火の如く怒鳴られ散々な目に合った。

    特命係が内村に怒られることは毎度のことだ。だが今回はそれだけではなかった。

    実は右京たちが去った後ですぐに最寄りの所轄が現場に到着した。

    だがそこで彼らが見たものは小林俊介の遺体のみだった。

    どういうわけか佐伯伽椰子の遺体が無くなっていた。

    それに捜索中の佐伯俊雄も…

    その後、捜査一課が血眼で近隣を捜索したが

    結局、佐伯俊雄とそれに伽椰子の死体は発見することは出来なかった。

    62: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 23:01:26.43 ID:cw/0nUsY0


    「それでどういうことか聞かせてもらえますか。」


    内村部長から散々叱責を受けた後、部屋へと戻ってきた右京は亀山に家での動向を尋ねた。


    「すみません…どうしても言えないんです…」


    だが亀山はこの件に関して何故か口を閉ざした。

    いつもの亀山らしくない。

    これまで共に事件を解決してきたが亀山は一度として右京に秘密を持ったことなどない。

    さらに言えば今回の事件は単なる殺人事件ではない。

    年端もいかない少年が行方不明となっている。

    生死不明で安否も定かではない佐伯俊雄を一刻も見つけ出さなくてはならない。

    それなのに個人の秘密などと言っている場合でないことくらい亀山も理解しているはず。

    だが亀山は何も話そうとはしなかった。

    63: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 23:03:39.68 ID:cw/0nUsY0

    「そうですか、わかりました。どうしても言えない。
    つまり言えない事情があるなら僕はこれ以上キミを言及する気はありません。
    ですが俊雄くんと伽椰子さんの死体行方以外にもひとつ不可解なモノがあります。
    それは電話です。」


    それは最初の被害者である小林真奈美が発見された際、彼女の家に置かれていた固定電話。

    あれを米沢に調べてもらったところ、通話記録が判明した。

    なんとその電話は小林の携帯に繋がっていたそうだ。


    「あの電話、掛けていたのは逮捕された佐伯剛雄でした。
    取り調べで自白しましたが先日、すべてを知った彼は怒り狂い妻の伽椰子を殺害した。
    だが怒りが収まりきらない剛雄はその足で小林真奈美を殺害。
    ちょうどその時、
    俊雄くんの様子を見に来た小林さんに彼の家から電話を行ったと証言したそうです。
    その理由は自分が小林さんに妻と子供を殺したことを報せて
    彼が苦しむ様を見たかったとのことらしいですよ。」


    「それで…何が言いたいんですか…」


    「僕が疑問に思うのは被害者たちが殺害された順番についてです。
    剛雄の証言が正しければ一連の事件において最初に死んだのは妻の伽椰子だった。
    次に殺されたのが小林真奈美、そして最後に殺されたのが小林俊介。
    ですが僕はこの順番は不可解であると思います。
    最初に殺されたのは伽椰子であることは間違いありません。
    問題は最後に殺された小林俊介です。」



    この事件を通じて右京が疑問を抱く点。

    小林俊介は剛雄から自分の妻と子供を殺されて言葉にショックを受けた。

    ここで問題なのが何故小林は妻と子が死んだというのに警察に通報しなかったのか?

    剛雄は小林を苦しませるために自身が真奈美を殺したと言わしめた。

    さらにもうひとつ疑問が生じる。何故小林は殺害されたのか?

    剛雄が連絡を行ったのだとすれば

    小林は警察に通報するなりの方法があったはずだ。

    しかしそんな通報はなかった。さらに剛雄は気になる証言を行っていた…


    「佐伯剛雄は妻の伽耶子、それに小林真奈美を殺害したことは認めました。
    ですが最後の一人、小林俊介を殺害したことに関しては否定しています。
    剛雄は小林真奈美への犯行を終えた直後、家に戻ると何故か彼は死んでいたそうです。
    小林俊介を殺害した犯人は別にいる。僕はそう思っています。」


    右京の推理を聞かされて亀山の表情は険しいものとなっていた。

    これだけ言えば亀山も何か言うのではないかと思ったがそれでも亀山は沈黙を続けた。

    そんな亀山に対して右京は再度あることを尋ねた。


    「それと今の話をまとめると
    キミが昨日見た佐伯伽椰子は既に死んでいたことになります。
    もう一度尋ねますがキミが昨日見た女性は本当に佐伯伽椰子だったのですか?」


    「それは…間違いないはずですよ…
    恐らくね…右京さんまた佐伯家に行く気ですよね…
    それだけはやめてもらえますか…」


    佐伯家に行くのはやめてくれ。

    まだ事件は終わっていないというのにこれ以上事件に関わってほしくないと亀山は告げた。

    やはり亀山らしくない。何が亀山をそこまでさせるのか。

    一体亀山はあの家で何を見たのか?右京にはそれがわからなかった。

    64: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 23:05:11.05 ID:cw/0nUsY0


    「あら、なんだか亀山さんにしては随分と消極的な発言ですね。」


    そこへ現れたのはかつての右京の上司であり

    この特命係を創設した張本人でもある警察庁の小野田官房長。

    本来ならこの男が左遷部署の特命係に姿を現すなどまずありえない。

    だがそれでも尋ねた理由は今回の事件にあった。


    「どうしてこちらへ?」


    「お前たちの不始末のために呼び出されたんですよ。
    いくら犯人逮捕が出来たとはいえ
    遺体の消失、おまけに少年の行方不明、それらを放置して警察官が現場を離れた。
    これじゃあ内村さんがクビだと騒いでも仕方ないよね。」


    普段、特命係が問題を起こした際はこの男が盾となり彼らを庇ってきた。

    しかし今回の事態は頂けなかった。

    犯人宅への強行突入とその犯人逮捕は緊急時だったので見逃すことができる。

    だがそれらを帳消しするかのような遺体損失という大失態。

    これはさすがの小野田でも庇いきれるものではない。

    そのため小野田も何故犯人逮捕まで至りながら

    無断で現場を離れたのかその理由を知るために特命係を訪れたわけだ。


    「迷惑かけてすんません…」


    「そう思うなら事情くらい聞かせてくださいよ。亀山さん。」


    「本当に言えないんです。
    けど右京さん…今あの家に行くのは本当にやめてください。
    恐らく何年か後でまたあの家で何か恐ろしい事件が起こるはずです。
    それまで絶対にあの家には近付かないでください!」


    亀山は何故か佐伯家に近付くなという警告を右京に訴えた。

    だがさすがの右京もいくら亀山の言うこととはいえ

    その理由もわからず仕舞いでは安易に従うことが出来なかった。

    65: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 23:06:26.66 ID:cw/0nUsY0


    「キミの話はどうも肝心な部分が抜けています。それでは従う事は出来ませんね。」


    「せめて理由を言ってほしいですね。
    まだ佐伯俊雄少年が生存している可能性もありますから
    捜索を止めるわけにはいかないんですよ。」


    「危険…だからです…
    これから先あの家は恐らく近付いただけでやばい事が起こるはずです!
    俺も詳しい事は言えないんです!いえ…言っちゃいけないんです。
    それに俊雄くんはもうこの世にはいません。あの子はあの世の住人になったんですから…」


    右京と小野田には亀山の言っていることがちっとも理解出来なかった。

    あの家が危険?既に犯人の佐伯剛雄は逮捕されている。それ以上に何があるというのか?

    さらに言えば佐伯俊雄についてもだ。

    今の話からして亀山は俊雄について心配している様子は見受けられなかった。

    いや、それどころかそんな俊雄をまるで恐怖の対象だと思う節がある。

    亀山の話はどうも支離滅裂な話でさすがの右京と小野田も付いていけなかった。

    しかしあの亀山がここまで言うのなら何かあると思い右京はそれ以上詮索しなかった。


    66: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 23:07:44.17 ID:cw/0nUsY0


    「わかりました。
    キミがそこまで言うのなら僕はもう何も言いません。先に帰ります。」


    「本当にすいません!けど右京さん、これだけは絶対に覚えててください。
    今は佐伯家に行ってもどうしようもありません…
    けど数年後にあの家で事件が起きた時…その時は…必ずなんとかなるはずですから…」


    亀山はまるで予言かのようにこの先起きるを語った。

    その話を聞いて何故か自分でも奇妙なくらい納得する右京。

    それから亀山は胸元からあるものを取り出した。それは伽耶子の日記だ。

    どうやら亀山は現場へ駆けつける前にこの日記を誤って持ち出していたらしい。

    そのことについてはどうでもいいと思い目を瞑る右京。

    だが一方で小野田はまだ納得してなかった。

    まだ被害者少年が発見されていないのに

    事件が終わらないうちに手を引くのは明らかに警察官としての行動から逸脱している。


    「なんとも的を得ない話ですね。お偉方は納得出来ませんよ。」


    「それなら官房長、ちょっと二人きりでお話があるんですけど…」


    納得できない小野田に対して右京に内密で二人きりで話をする亀山と小野田。

    その夜のことだ…

    右京はとある回転寿司屋に小野田から呼び出された。


    67: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 23:09:15.85 ID:cw/0nUsY0


    「やっぱりここのお寿司も案外いけるわね。」


    「だからお皿はレーンに戻さないでください。」


    いつものように食べた寿司のお皿をレーンに戻しながらそれを右京に咎められる小野田。

    あんな事件があった直後に自分を食事に呼び出す。

    そんなわけがない。どうやら食べながらでもないと話せないことがあるようだ。


    「亀山くんと何を話していたのですか?」


    「………やっぱり気になる?
    あとで彼から直接聞かされるかと思うけど
    亀山くんは今回の事件の責任を取って近々辞職します。
    あ、ちなみに僕は彼を引きとめようとしたのよ。
    けど彼ったらサルウィンでボランティア活動したいっていうからその意志が固くてね。
    さすがに無理強いは出来なかったのよ。」


    今回の事件の責任を取って亀山が辞職する。

    そこまでして亀山は事件について語ろうとはしないとは…

    以前の亀山ならありえない行動だ。

    右京が知る亀山は左遷部署の特命係に送られた後も

    捜査一課に戻ろうと手柄を立てることに躍起になっていた。

    そんな刑事という職に固執していた亀山が警察をあっさり辞めるとは…

    確かにサルウィンでボランティア活動することは立派な行いだ。

    だがそれと今回の事件に関しては別問題。

    いくら刑事を辞めるにしてもこの事件を解決させるべきではないか?

    それなのにどうしてこのような曖昧な形で事件を終わらせるのか?

    右京はこの亀山の不可解な行動にまったく理解ができなかった。


    「彼は言ってましたよ。
    今回の失態はすべて自分のせいにしろと…
    それでお前が警察に残れるようにしてほしいと土下座して頼み込みました。
    まったく理解できない話ですよ。そう、ちっとも理解できないんですよね…」


    なにやら小野田は意味深な発言を繰り返そうとしている。

    それから神妙な表情を浮かべながら

    隣で無言のまま寿司を食べ続ける右京にあることを告げた。

    68: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 23:10:07.39 ID:cw/0nUsY0


    「――――僕死ぬらしいの。」


    「はぃぃ?」


    「だから死ぬらしいの。これも亀山さんから言われたことなの。
    近いうちに何故か僕が死ぬって聞かされてね。
    けどそれがどんな事情で死ぬのか一切わからないのよね。」


    小野田が死ぬ…?

    それが亀山から聞かされたことだった。

    最早右京にも何がなんだかさっぱりわからなかった。

    一体亀山はあの家で何を見たのか?

    69: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 23:10:36.22 ID:cw/0nUsY0


    深夜―――

    警視庁の拘置所にて剛雄は身柄を拘束されてこの拘置所の独房に入っていた。


    自分以外は誰もいないこの独房。


    何人も惨殺を行った凶悪犯だ。他の犯罪者から隔離されて厳重に管理されていた。


    また剛雄自身も一人でいた方が心地よかった。


    彼にはまだ殺意があった。それは未だ生き残っていると思われる息子の俊雄だ。


    この9年間、自分を欺き続けた伽耶子の半身。


    それを殺さない限りは死んでも死にきれない。


    そう苛立ちながら自らの爪を噛んでいた時だ。



    70: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 23:11:05.95 ID:cw/0nUsY0


    ………ぁ………あ………あ゛………



    ふと、何処からともなく不気味な呻き声が聞こえてきた。


    だがおかしい。ここは警視庁の独房だ。こんなところに不用意に訪れる人間はまずいない。


    まさか看守が自分の様子を見に来たのでは?
    それならこれは絶好のチャンスだ。隙を見て看守を殺してこの場から脱走しよう。


    そう期待を寄せながらチャンスを待ち続けた。



    『あ゛…あ゛…あ゛…』



    それと同時に呻き声の主はどんどん近づいてきた。


    だがその呻き声が近くなると同時にもうひとつ奇妙な音が聞こえてきた。


    それはガサゴソとまるで何かのビニールが擦れるような音だ。


    何でこんな音が聞こえてくる?近づいて来るのは看守か?
    この不可解な行動に得体の知れない恐怖を感じる剛雄。そんな時だ。



    71: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 23:11:31.40 ID:cw/0nUsY0

    ((ガシャンッ!))



    人知れず独房の扉が開いた。恐る恐る背後を振り向く剛雄。


    するとそこにいたのは…



    「 「ギャァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!」 」



    警視庁の独房内に剛雄の悲鳴が響き渡った。


    急いで係の看守が彼の独房へ駆けつけるとそこには剛雄が恐怖に慄いた顔で死んでいた。


    こうして一連の惨殺事件は犯人死亡という形で幕を閉じた。


    この事件から暫くして都内で小菅彬によるウイルス騒動の事件が発生し、


    その事件を解決した直後、亀山薫は警視庁を辞職。


    亡き友人の志を受け継ぐためにサルウィンへと渡った。


    2年後、亀山の言う通り小野田公顕は警視庁の幹部職員に逆恨みの形で刺されて死亡。


    尚、現在でも佐伯俊雄の捜索は続けられているが………未だに発見されてはいない。



    <<第1話 剛雄 完>>


    72: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 23:12:38.38 ID:cw/0nUsY0


    ××××××××××××


    「何だ…これ…?」


    それがこのファイルを読んだ冠城の感想だった。

    事件自体は確かに残忍な犯行だった。それはわかる。

    だが犯行以外にも不可解な点があった。それはやはり亀山の行動だ。

    彼の行動は明らかに不審な点が多い。冠城は亀山と直接対面したことはない。

    だがあの偏屈な右京と長年相棒を組んできた男だ。かなり信用されていたはず。

    それなのに亀山は警視庁を退職するまであの家で起きたことを最後まで話さずにいた。

    その理由が冠城にはまったく理解できなかった。


    「まさかこのノートが佐伯伽椰子の日記だったとは…」


    先ほどまでは中身が張り付いていたノートが自然に捲れるようになった。


    そこにはファイルに記述された通り、

    この事件の被害者である小林俊介への想いを綴った文章が記載されていた。

    日記の内容を読んだだけで伽椰子の歪んだ愛情とこの事件の異常性が伺えた。

    73: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 23:14:12.02 ID:cw/0nUsY0


    「ちなみに小野田官房長ですが
    このファイルで亀山さんが予言していたように
    二年後の警視庁籠城事件直後に死亡していることが確認されています。
    亀山さんが言っていたことは正しかったようですよ。」


    青木が亀山の証言を肯定するかのように

    2010年に起きた警視庁篭城事件のファイルを取り出した。

    冠城も報道で知った程度だが

    確かにこの事件で小野田は警視庁の幹部職員に刺されて死亡している。

    だが何故それを亀山は知り得たのか?この時、彼は既にサルウィンへと旅立っていた。

    それに小野田の死は犯人の逆恨みによるものでかなり突発的な犯行だった。

    本来なら小野田の死に関わることすらありえないはずなのにだ。

    さらに気になるとすればこの佐伯家で起きた事件自体だ。

    これほど凄惨な事件が自分の記憶になかったなどありえない。

    それなのにこうしてファイルに目を通すまで知ることもなかったのはあまりにも不可解だ。


    「それと亀山薫の退職ですけど懲戒処分にはなってません。
    おかしいですね。遺体消失なんて失態を犯したら懲戒免職は確実ですよ。」


    さらに青木に頼んで亀山の人事ファイルを調べてもらったが

    彼の退職理由はあくまで自主退職でありこの佐伯家で犯した失態が理由ではなかった。

    いくら特命係が当時からお偉方に贔屓にされていたとはいえ

    それでもこの失態だけは贖えるものではない。


    「ところで冠城さん、この事件まだ続きがあるようですよ。」


    青木の指摘するようにこの事件のファイルはまだ二つ残されていた。

    それは小野田が死亡した直後の2011年、さらに2013年にあの家を巡って起きた事件。

    年代から推測してそれは亀山の後任にあたる神戸尊と甲斐享がいた頃に起きたものだ。

    まさか杉下右京の歴代の相棒たちがこの家に関わっているとは…

    それを知りさらなる興味を抱いた冠城は青木と共に残り二つのファイルを覗くことにした。

    その探究心がさらなる深みに足を踏み込むとも知らず…

    74: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 23:16:06.87 ID:cw/0nUsY0


    <<第2話 信之>>


    2011年8月―――


    「小野田くんの墓参り、代わりにしてくれてすまんね。」


    「いえ、僕たちもいずれは伺おうと思っていましたから。」


    ここは東京拘置所の面会室。

    そこで右京は相棒の神戸尊と共にとある男と面会を行っていた。

    その男とは瀬戸内米蔵。

    以前は衆議院議員で一時は法務大臣まで上り詰めたが

    兼高公一の事件で自身が不正を行った件が発覚したことにより逮捕された。


    「やはり仮釈放請求は通りませんでしたか。」


    「ああ、こうして自分の過ちを悔やむことになるとは皮肉なもんだ…」


    瀬戸内は逮捕後も小野田と度々面会を行っていた。

    その理由は小野田の旧友にして国際的テロ組織赤いカナリアの幹部である本多篤人。

    実は小野田は生前、

    赤いカナリアが本田の釈放と引き換えに都内で炭疽菌を散蒔くと脅迫された。

    その事件は右京たちの協力もありなんとか未然に防がれた。

    それでも犠牲が大きかった。

    この事件に当たっていた公安の人間が

    暴走を起こし首謀者である赤いカナリアのメンバーが殺害された。

    この事件で小野田は誰の犠牲も出ない事件解決を望んでいた。

    そんな小野田の願いも虚しく大きな犠牲が出てしまった。

    そのことを悔やんだ瀬戸内は仮釈放を申請。理由は小野田への弔いを行うためだ。

    だがその申請は結局通らず代わりに右京たちに小野田の墓参りに行ってもらった。

    75: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 23:17:10.43 ID:cw/0nUsY0

    「小野田くんが亡くなって早一年か…俺よりも若いくせに先におっ死んじまうとは…」


    「人間の生き死に年齢は関係ないですよ。
    こればかりは運命としか言いようがありませんよ。」


    「運命…ですか…もしかしたらそうだったのかもしれませんね…」


    「どうしたんだい杉下くん?何か知っているような顔をしてるが。」


    「実は…亀山くんが警察を辞める前に妙な事を言っていたのを思い出しまして…」


    それから右京はこの場にいる神戸と瀬戸内にあることを打ち明けた。

    それはかつて佐伯家で起きた殺人事件。

    その直後、亀山が言っていた奇妙な発言と小野田の死についても…


    「佐伯といえば確か練馬区で起きた惨殺事件の犯人ですよね。
    犯人は捕まったけどその日の夜に警視庁の拘留所で死んだと聞いています。」


    「それに佐伯俊雄、事件当時9歳の少年も未だ行方不明。
    当時警察は少年の行きそうな場所を徹底的に調べたのですがねぇ…」


    事件から3年経過した現在でも佐伯俊雄の行方は明らかになっていない。

    世間ではやはり父親に殺された死亡説が出回っているが

    その死亡説を確かめようにも肝心の遺体すらまだ発見されておらず

    まるで神隠しにあったかの如く忽然と消えたままだ。

    そういえばと右京はかつて亀山が言っていたあることを瀬戸内に尋ねた。

    76: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 23:18:22.89 ID:cw/0nUsY0


    「ほう、亀山くんはその俊雄少年の事についてあの世の住人になったと言ったのかい。」


    「ええ、僕には皆目見当も付かないので。
    よろしければ仏法に御詳しい瀬戸内先生ならご存知ではないかと思うのですが…」


    「そりゃアレだな、『亡者』の事じゃねえのかな。」


    「お言葉ですが亡者とはなんですか?」


    「生臭坊主の説法になるがね、
    亡者ってのは何らかの理由で死んでしまい成仏できずに彷徨う魂のこった。
    そんな連中が何を思って彷徨うかわかるかい?」


    「さあ、何でしょうかね。」


    「恨みだよ。
    連中は生前何か強い想いを現世に残しちまった哀れな連中なわけだ。
    それが…やがて呪いを生む。」


    「呪い…ですか?
    この近代科学が発達した21世紀の時代に呪いだなんて…
    お言葉ですが前時代的過ぎますよ!」


    呪いなど馬鹿げている。

    いくら瀬戸内が元々は仏門の家柄だったとはいえ彼は法務大臣だった男だ。

    そんな法に正通した彼が呪いなどと思わず神戸は苦笑する。

    だが瀬戸内に至ってはかなり真面目だった。


    77: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 23:19:30.12 ID:cw/0nUsY0


    「呪いに時代なんて関係ねえさ。ただ深い業があればそれでいい。
    だからこそ殺人事件なんて血生臭い行為が未だに行われているわけじゃねえか。
    それは俺なんぞよりもキミたちの方がよく理解してるんじゃないのかい。」


    「仰る通りです。そうなると俊雄くんは…」


    「仏法では親より早く死んだ子供は
    三途の川へ連れて行かれて石を積まなきゃならんと言われている。
    だが…もしもだ…俊雄くんが生きて亡者となっていたとしたらだ…
    恐らくそいつは現世に留まり…より強力な呪い、つまり『呪怨』を生むんじゃねえのかな。」


    呪怨、それは右京と神戸が初めて聞く言葉だ。

    文字にするだけでも禍々しいものを感じさせるその言葉。

    これにどんな意味があるのか?


    「こりゃ俺が作った造語だからな、辞典になんか載ってねえんだがね。
    意味は…強い恨みを抱いて死んだモノの呪い。
    死んだモノが生前に接していた場所に蓄積され、『業』となる。
    その呪いに触れたモノは命を失い、新たな呪いが生まれる。
    つまりだ、呪いの連鎖ってモンは簡単に断ち切れないって事さ。」


    それは普段、殺人事件に関わる右京たちには妙に実感できる話だった。

    呪いの連鎖、かつて佐伯家で起きた事件はまさにそれに当てはまるものだ。

    この話をした瀬戸内はこんなものは年寄りの戯言だから聞き流せというが

    右京にはこの話こそあの事件の核心を突くものに思えてならなかった。

    こうして要件を済ませた二人は拘置所を去った。


    78: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 23:20:42.68 ID:cw/0nUsY0

    警視庁に戻るとすぐに内村部長に呼び出された。


    その理由というのが以下のものだ。


    「引き篭り少年の更生…?」


    「そうだ、先日練馬署の少年課が奇妙な行動をする少年を補導してな。
    親御さんに聞いたところ少年は引き篭りとのことだ。そこで…お前らも一応大人だ。
    いいか!その少年を学校に通わせるようにしておけ!」


    ある意味、嫌がらせにも近い仕事を押し付けられた特命係。


    頼まれたらどんな仕事でも引き受けるのが特命係の役割だ。

    そんなわけで戻って早々に右京たちはその引き籠もりとなっている少年こと

    鈴木信之という中学生の少年を訪ねることになった。



    79: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 23:22:01.89 ID:cw/0nUsY0


    「いやあ、まさか警察の方が息子にここまで親身になってくれるとは思いませんでしたよ。」



    ここは鈴木信之の父親が経営する不動産屋。

    鈴木信之は母親を亡くしており、

    現在は父親の達也と二人暮らしの父子家庭という事情のために職場を訪ねていた。


    「すみませんねえ。わざわざ職場の方に来て頂いて…
    女房がいればこんな事にはならなかったんですがね。
    しかしまさか警視庁の刑事さんが来てくれるとは思いませんでしたよ。」


    「いえいえ、警察は市民の味方ですから。」


    「単に面倒事を押し付けられたとも言いますが…」


    父親の達也に愛想笑いを浮かべる右京と隣で皮肉を呟く神戸。

    そんな話はさておいて達也は右京たちに息子の信之の家出の奇行について説明した。

    信之はここ最近誰とも喋らず、毎日部屋に閉じ籠って

    何も映らないTVをジッと眺めている

    その光景はまるで何かこの世のモノではないモノを眺めているかのようだと達也は語った。


    「…という訳なんですが…」


    「そう言われましても…僕たちはその手の専門家じゃないので…」


    思春期の少年というのは奇行に走りがちだと聞く。

    世間でいうところの中二病の一種か何かじゃないかという節もあり

    神戸はそこまで深刻だとは思わなかった。

    もしもそこまで深刻なら精神科のカウンセリングでも受ければいい。

    元々の専門外である自分たちにはそのくらいしか助言はできなかった。

    そんな神戸を尻目に右京はこの不動産屋の表にある物件を眺めていた。

    そこで気になる物件を見つけた。

    80: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 23:24:00.47 ID:cw/0nUsY0


    「まあ…まずは信之くんと直に会ってみましょう。話はそれからという事で…
    ところでひとつ聞きたい事があります。
    これは僕の個人的な興味なのですが、
    確かこの近所で三年前に佐伯という一軒家で殺人事件がありましたね。
    あの物件…売れたのですか?」


    「ええ、おかげさまで。それがどうかしたんですか?」


    「表に貼られている中古物件の一覧を見ましたら佐伯家の物件が、
    売買済になっていましたのでどなたが購入されたのか気になりましてね。
    ちなみにあの事件に僕も関わっていましたのでその後の状況を聞いてみたくて…」


    「すみませんね、細かい事が気になる人なんですよ。
    けどそれって事故物件ですよね。そんな訳あり物件がよく売れましたね?」


    「まあ…そこはどうにかしてといった感じで…」


    神戸の少々きつい質問に戸惑いながらも苦笑いで曖昧な返事をする達也。

    まあ購入者の事情など様々だ。

    旧佐伯家の物件は中古で自己物件とはいえ都内23区に位置する庭付きの住宅。

    たとえ曰く付きとはいえ多少の問題に目を瞑れば購入する人間もいるはずだ。

    そんな経緯からその自己物件が売れた事情は察することなど容易だ。

    だが問題はそんな曰く付きの物件に手を出して購入者には何の異常もないのかという点だ。

    どうやら問題がないわけではないようだ。

    達也はその物件についてあることを語りだしだ。

    81: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/13(火) 23:25:06.74 ID:cw/0nUsY0


    「ここだけの話にしてもらえると助かるんですけど…
    実は…あまり大きな声では言えませんが…
    あの物件ですが…あの後入った家族が…自殺しましてね…
    それで売る前に霊能力のある妹の響子にその物件を見てもらったんですよ。」


    「妹さん…霊能力者なんですか…?」


    「妹は昔から変なモノが見えるって言ってましたので、
    それで見てもらったんですけど…その時に妹が変な事を言ったんですよ。
    『購入する人間に清酒を飲ませろ。もし吐いたりしたら絶対に売るな!』と…」


    何故そこで清酒が出るのか?

    それを疑問に思う神戸に対して右京が補足するようにある説明を行った。

    清酒には古来から霊的な作用があると伝えられている。

    もしもその家に悪霊がとり憑いていれば清酒に霊を移り、

    その清酒が一瞬にして腐る作用がある。

    妹の響子は清酒の反応でその家に悪霊がいないか確かめようとしたのかもしれない。


    「まあ……そんな心配はありませんでした!
    無事に物件も売れましたし♪それじゃちょっとウチの方へ行きましょうか!」


    確かに曰く付きの事故物件だが売れてしまえば問題ない。

    そう能天気な発言をする達也。

    そんな達也とは反対に今の話でどうにも腑に落ちない点がある右京。

    とりあえず達也に案内されて彼の自宅へと赴くのだが…

    なんとその自宅だが、先ほど話題となった佐伯家の元家主である佐伯剛雄の犯行現場。

    つまり被害者の小林真奈美が惨殺されたアパートだった。


    84: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:09:11.33 ID:VKN7a1Ov0


    「それじゃここって…あの小林一家の元住居なんですか!?」


    「ええ、間違いありません。
    それにしてもまさか…その部屋に住まわれていたとは…」


    右京から当時の事件を聞かされて驚きを隠せない神戸。

    よくもまあこんな物件に住み着けるものだと呆れ返った。

    これなら息子の信之が引き篭るのも当然ではないかと思うほどだ。

    その事について達也に尋ねてみたところ返事はというと…


    「いやあ、さすがにここは誰も入りたがりませんからね。
    それなら自分で使った方が得でしょう。
    私たちは幽霊とか信じてませんから大丈夫ですって!」


    「そんなモンなんですかね…」


    「気にしない人なんでしょうね。」


    かつて佐伯剛雄が妊婦の小林真奈美を殺害後、お腹の子供すら惨殺してみせた凶悪事件。

    その犯行現場に住み着くなどさすがに正気の沙汰を疑いたくもなるが…

    さて、そんな時だった。

    85: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:11:47.93 ID:VKN7a1Ov0


    「ちょっと!いるんだろ!開けとくれよ!」


    隣室に住んでいると思われる老婆が達也の住む部屋をノックしていた。

    それにしても明らかに強く叩いている。

    状況から察するに何か急を要する事態なのだろう。

    そんな老婆に達也が声をかけた。


    「何なんですか!そんなにノックすることないでしょ!」


    「鈴木さん!
    実はねえ今お宅で若い女の悲鳴と赤ん坊の泣き声がしたのがしたのよ!
    まったく喧しいったらありゃしないわ!」


    女の悲鳴と赤ん坊…?

    それはありえない。鈴木一家は父と息子の父子家庭だ。

    当然若い女と赤ん坊など存在しない。

    だが老婆は間違いなく女の悲鳴と赤ん坊の鳴き声を聞いたという。

    そのことを不審に思った右京と神戸は鈴木宅の玄関ドアを開けてみた。

    家の中はどうやら引越ししてきたばかりなのか荷物がろくに荷解きされてない様子だ。

    ダンボールやそれにこれは父親の達也の酒乱癖なのかビール缶があちこちに散乱している。

    そんな家の様子を伺いながら右京たちは部屋の奥へと入った。

    86: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:12:52.30 ID:VKN7a1Ov0


    「あ…あぁ…あ…」


    するとそこにはとある若い女性が白目を向いて気絶していた。

    さらにもう一人中学生ほどの少年が無言のまま体育座りで何も映らないTVを眺めていた。


    「響子!信之!?おい!どうしたんだ!しっかりしろ!?」


    どうやらこの二人、達也が事務所で話していた息子の信之と妹の響子のようだ。

    達也は何度も二人に呼びかけた。

    だがどういうわけか二人はその呼びかけに応じない。

    この部屋で何が起きたのか?

    そんな疑問を抱く中、信之があることを呟きだした…

    87: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:14:26.00 ID:VKN7a1Ov0


    「男の人が…隣の部屋で…女の人を…包丁で刺し殺していた…」


    信之の言葉を聞いた右京と神戸はすぐに隣の部屋を確認するが…

    だがそこには何もない。

    ちなみに隣の部屋は台所になっている。

    その台所だが右京はかつてこの台所で起きた惨劇を思い出した。


    「この台所、かつての被害者小林真奈美さんが殺害されたのは確かここでしたね。」


    「ねえ信之くん、他に何を見たんだい?」


    「その男の人…女の人のお腹から…赤ちゃんを取り出していた…」


    かつて佐伯剛雄が犯行に及んだ惨殺事件。

    今の信之の証言は確かにその時の状況と一致する。

    だがそれはもう過去の話だ。何故今更そんなことになるというのか?

    まさか信之は過去の映像でも見ていたとでもいうのか?

    それこそありえない話だ。

    きっと父親からこの部屋で起きた事件を聞いたから

    勝手に作り話をでっち上げているに決まっている。

    思春期の年頃にはよくある話だと神戸は思ったのだが…

    とりあえず響子を安静にさせるべく神戸と達也は寝かしつけていた。

    その間に右京は家の中をいくつか物色してみると幾つか気になるモノを発見した。

    それは玄関に捨てられていたお札、それに台所に置いてあった清酒の入った瓶だ。

    88: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:16:02.27 ID:VKN7a1Ov0


    「お札に清酒?こんな物がなんだというんですか?」


    「このお札…僕は専門家ではないのでわかりませんが…
    これは恐らく悪霊退散のお札じゃないのでしょうかね。
    考えてみればこの物件は事故物件です。
    このようなお札が一枚貼られていてもおかしくはないでしょう。」


    「それじゃあ…その清酒は…」


    「そう!問題はこの清酒ですよ。神戸くんちょっと飲んでみてください。」


    勤務時間内だというのに酒を飲んでもいいのかとつい疑問を抱いたが…

    それでも右京のことだ。何か意図があってのことにちがいない。

    そう直感した神戸は家主の達也に断りを入れて

    コップに一口分の清酒を注いでそれを飲んでみた。

    303: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 17:23:40.64 ID:VKN7a1Ov0


    「ブハァッ!オゲェ!ゲホッ!ゲホッ!何ですかこのお酒!?酷い味だ!?」


    「酷い味ってそんな…つい三日前に買ったばかりですよ…?」


    あまりの酷い味に清酒を吐き出してしまう神戸。

    他人さまの家でさすがに失礼だと思われる行為だが本当に最悪な味だった。

    普段はワインを嗜む派の神戸でも清酒が飲めないわけではない。

    だが飲んだ瞬間、まるで全身に吐き気を催す程の悪寒が過ぎった。

    それほどまでにこの酒は最悪なモノだった。

    89: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:16:55.87 ID:VKN7a1Ov0


    「それでこの腐った清酒がどうしたというんですか?」


    「この家にはビール缶が散乱していました。
    少し変だと思いませんか?
    ビール派の人間が清酒を飲もうとするのは僕としては引っ掛かるんですよ。」


    「お言葉ですが…ビール派の人間だって清酒くらいは飲みますから!」


    「勿論その可能性はあります。
    しかし問題は何故この清酒が数日前から台所に放置されているのかです。
    ビール缶が散乱している状況からして達也さんはかなりの酒豪だと伺えます。
    それでは何故、数日前に買った清酒を飲みもせずに台所に放置したのか?
    もしかしたらこの清酒は達也さんが本来飲むために買った物ではなく
    別の使用目的のために購入したのではありませんか。」


    右京の推理に神戸は不動産屋で達也が語っていたことを思い出した。

    それは霊能力者の響子が達也に旧佐伯家を購入する者に清酒を飲ませろと指示したことだ。

    つまりこの清酒の使い用途は旧佐伯家へのお祓いを行うためのものだった。


    「でも…それだと…やっぱりおかしいですよ。
    何でその清酒が使われないでこの家にあるんですか?
    確かその佐伯家はとっくに売買済にされたと鈴木さんは言っていたはずです。
    あ、まさか…」


    「そう、達也さん。
    あなたは響子さんの忠告を無視してあの物件を売ってしまったのですね。」


    この指摘を受けて達也もさすがに気まずくなってしまった。

    幼い頃より妹の響子と接してきた達也は彼女の霊能力者としての力を信じていた。

    だが自分たちにも生活がある。

    あの物件が欲しい購入者がいるなら売らなければならない。

    そのため達也は響子の忠告を無視してあの物件を売ってしまったそうだ。

    90: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:17:38.46 ID:VKN7a1Ov0


    「こっちだって商売なんですよ!
    いくら事故物件だからって都内にある物件を遊ばせとくなんて出来るわけがないでしょ!
    それに…一応先方の方には前もって事故物件だと知らせてありますし…」


    「確かにあなたの行いに違法性はありません。
    それに響子さんと信之くんの状態が
    こんな風になってしまったのも決してあなたのせいだとも言えません。」


    「けどこうなった以上はあの物件から手を引いた方がいいですよ。
    それにこの部屋からも出るべきですよ。
    少なくとも信之くんはなんらかの悪影響を受けているのは間違いないはずですから。」


    確かに生活のためとはいえ、息子と妹は最悪な状態に陥った。

    それでもいきなり見ず知らずの刑事たちから

    家を出て行けと言われてはいそうですかと納得できるわけもない。

    二人だって暫く安静にしていれば落ち着くだろうと達也は高を括っていたのだが…

    91: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:18:25.74 ID:VKN7a1Ov0


    「 「ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!??」 」


    突然、寝かしつけていた響子が悲鳴を上げながら起き上がってきた。

    それは最早異常としか言いようのない光景だ。

    なんとか必死に落ち着かせようとする達也。だが…


    「もうダメ!みんな…みんな殺される!?」


    みんな殺されると、響子は発狂しながらもこの場にいる右京たちに何度も訴えた。

    それがまるでこの部屋に潜む得体の知れない何かに抗っているように思えた。


    「刑事さん…俺たちどうしたらいいんですか…」


    「とりあえずこの家を出る事をお勧めします。
    息子の信之くんと妹の響子さんを連れて暫くご実家へ預けておいた方が良いと思います。
    神戸くん、僕らは明日かつての佐伯家に行きましょう。」


    「まさか杉下さんは旧佐伯家にも何かあると疑っているんですか?」


    「そう考えるべきだと思いますよ。この状態の響子さんを見ればね…」


    確かに響子の状態は普通ではない。

    右京たちは精神科のカウンセラーなどではないが

    それでも彼女が異常であることくらいはわかる。

    その原因が環境にあるのならこの場から遠ざけるべきだと助言してみせた。

    「わかりました。それで現在佐伯家に入居している方は何というお名前ですか?」


    「今は北田さんという夫婦が住んでます。
    けど刑事さん…私は今朝お伺いしましたがその時の北田さんは至って普通でしたよ?」


    「一応念のためにですよ。まあ何事も無ければ良いのですが…」


    こうして右京と神戸に見送られながら達也は急ぎ家から響子と信之を連れ出した。

    先ほど発狂した響子は家から連れ出された後もコクリ…コクリ…と頷き続け

    まるで何かに憑りつかれたかのように奇怪な行動を取っていた…

    92: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:19:12.84 ID:VKN7a1Ov0

    翌日―――


    「神戸くん、遅いですねぇ。」


    右京は一人、東京都練馬区寿町4-8-5の住所へとやってきていた。

    そこはかつて佐伯家のあった場所で現在は北田という一家が暮らしている。

    その家の前で右京は相棒の神戸が来るのを待っていた。

    遅れること30分、ようやく愛車のGT-Rに乗った神戸が現れた。


    「すみません。お待たせしちゃいましたね。」


    「大丈夫ですよ。ところで遅れた理由はなんですか?」


    「実は免許の更新に行ってきたんですよ。」


    これが証拠だとでも言うかのように神戸は更新したばかりの免許を右京に見せた。

    なにやら自慢したがっているがその理由は免許の種別がゴールドだからだ。

    これは当然のことだが無事故、無違反の場合

    運転手の免許区分はゴールドに区分けされている。

    ちなみに神戸は2年ほど前に右京たちがERS(顔認証システム)の事件で

    違反を犯したと疑われたが神戸があれはシステムの誤作動だと猛抗議してみせた。

    その結果、ゴールド免許を保持することができたとのことだ。


    93: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:19:48.31 ID:VKN7a1Ov0


    「あれは顔認識システムの誤作動だと蒙抗議しましてね…
    その甲斐あってゴールドになった訳ですよ。
    ちなみにパンチ穴の開いた前の免許証も記念に貰ったんですけど見ます?」


    「ドヤ顔は結構、行きますよ。」


    普段は右京に運転の荒っぽさを注意されている神戸だが

    自身が無事故無違反を象徴するゴールド免許をこれみよがしに自慢してくる。

    そんな神戸を尻目に右京はとある一軒家の前に立った。

    そこはかつて旧佐伯家、正確には既に北田という夫妻が購入した物件だ。

    昨日の響子を見るにこの家でまたもや何かが起きていることだけは確かだ。


    「はーい!あら?どちらさまで?」


    「失礼、警視庁特命係の杉下という者です。」


    「同じく神戸です。実はちょっとお話があるのですが…」


    「わかりました。どうぞ中へ入ってください。」


    旧佐伯家から出てきたのはこの家の現住人である北田夫婦の妻である良美。

    彼女は訪ねてきた特命係を快く家に招こうとしていた。

    こうして二人はさっそく家の中に入ろうとした時だ。

    94: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:20:37.77 ID:VKN7a1Ov0


    「失礼、僕は後からにします。神戸くんだけ先に家の中に入ってください。」


    こうして神戸だけが先に家の中に入っていく。

    その間に右京はあるモノに注目した。それはこの家の玄関前のポストだ。

    見るとそこには3日ほど新聞や郵便物が放置された状態だ。

    これが長期間の留守ならわからなくもない。

    だがこの家の住人は先ほどの良美からしてちゃんと在宅している。

    それがどうしてこんな放置された状態になっているのかどうにも奇妙だ。

    だが右京にとってさらに奇妙なことがあった。


    「おや、奥に何か挟まっていますね。」


    他の郵便物の他に何かがあることに気づきそれを取り出してみせた。

    だがそれは…本来なら…この家に存在するはずのないものだった…

    95: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:21:09.82 ID:VKN7a1Ov0


    「これは…日記…?」


    そう、右京が取り出したモノはかつてこの佐伯家で起きた惨殺事件で

    佐伯一家の遺品となった伽椰子の日記だった。

    だが本来、この日記はここに存在するはずがない。

    何故ならあの事件後、

    この日記は事件の本来なら俊雄の絵と共に

    証拠品として警視庁の遺留品置き場に保管されていたはずだ。

    それがどうしてこの家のポストに挟まっているのか?

    これはまさしくこの家でまた何か奇妙な事件が起きているという明らかな証拠だ。

    そのことを察した右京は急いで先ほど家の中に入った神戸の身を案じ

    自身もまたすぐに家の中に入ろうとしたその時だった。

    96: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:21:41.95 ID:VKN7a1Ov0


    「待ってください!」


    誰かがいきなり背後から右京の肩を叩いた。

    それは明らかに聞き覚えのある声だ。

    ふと振り返るとそこには意外な人物がいた。


    「ハァ…ハァ…なんとか間に合ったようですね…」


    なんとそこにいたのは先ほど家の中に入ったはずの神戸だ。

    これはありえない。

    神戸が家から出てきたのなら

    すぐにわかるはずなのに神戸は明らかに家の外から自分の肩を叩きに来た。

    つまり神戸は家の外から現れたということだ。


    「神戸くん…先ほど家の中に入ったキミがどうしてここに?」


    「杉下さん!ここはもう危険です!早く逃げましょう!」


    「はぃ?」


    家の中に入って行った神戸が急に背後から現れた。

    それだけでも奇妙なのにそれだけでなく家から逃げろという発言。

    いつもの右京ならそんな言葉には従えなかったろう。

    だがこの時何故かかつて亀山が言った

    この家に絶対に入るなという忠告を思い出し、神戸の言う通りすぐさま立ち去った。

    97: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:22:20.61 ID:VKN7a1Ov0


    「…」


    そんな右京と神戸が立ち去る姿を窓越しから良美は不気味な目つきでジッと眺めていた。


    「あの…奥さん、どうかなされたんですか?」


    「いいえ、それよりもお連れの刑事さん遅いですね。」


    なんとそこには奇妙な事に、

    先ほど右京と一緒に出て行ったはずの神戸が、

    何故か良美と一緒に家のリビングで彼女に勧められるままお茶を飲んでいた。


    「あの人のことですから
    きっと細かいことが気になってるんですよ。お気になさらないでください。」


    ニッコリと営業スマイルで神戸は右京の行動を

    いつものことだと気にせずマイペースでお茶を飲み続けていた。

    だが言われてみれば確かに遅い。まさか本当にこの家には何かあるのか?

    そう考えた神戸はお手洗いに行くと伝えてリビングを出て

    怪しまれない程度にこの家の様子を探ってみることにした。

    そこでふと目にしたのが台所だ。その台所の前に一枚の絵が置かれていた。

    98: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:22:52.87 ID:VKN7a1Ov0


    「これは…子供が描いた絵…?」


    気になって絵を調べると意外なことがわかった。裏面に書かれていた名前は佐伯俊雄。

    かつてこの家で行方不明になった男の子の名前だ。

    それがどうして台所の前に置かれていたのか?

    嫌な予感がした神戸は台所の扉を開けてみた。するとそこではある男が倒れていた。


    「しっかりしてください!…ダメだ…もう死んでる…」


    すぐさま倒れている男を介抱しようと駆け寄るがその身体は既に冷たかった。

    察するに死後2日近くが経過している。

    死体が苦手な神戸はそれを直視することは出来ないが

    倒れている男の死因は明らかに頭部を殴打されたことによる撲殺。

    幸いにもこの男は身元を証明する持ち物を所持していた。

    それで判明したことだがこの男の名は北田洋。現在のこの家の主であり良美の夫だ。

    だがこうなると事態は最悪だ。その理由は妻の良美にある。

    こんな台所に二日近くも倒れている夫に気づかないはずがない。

    さらに言うなら神戸が先ほど飲んでいたお茶もここで汲んでいた。

    つまり良美はこんな死体が放置されている場所で招いた客人に平然とお茶を出していた。

    そう思うと神戸は不快極まりない吐き気に襲われた。

    99: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:23:21.01 ID:VKN7a1Ov0


    「鬱陶しかったんです…」


    「コーヒーの豆がブルーマウンテンじゃないとダメだとか卵の黄身を半熟にしろとか…」


    「私もう…良美じゃないのに…」


    そこへ背後から良美が忍び寄ってきた。

    その手には何故かフライパンが…しかもそのフライパンには血痕が付着していた…


    「あなた…まさか…そのフライパンで…」


    「ええ、夫を殺しました。こんな風にして…」


    その瞬間、ガンッと大きな衝撃音が響いた。

    神戸は良美のよってフライパンで頭を殴られてそのまま床に倒れた。

    その良美の背後には白塗りのゾンビのような姿をした少年が現れ、

    良美は手を繋いで先ほどまでいたリビングへと戻っていった。

    倒れた神戸の手には先ほど見つけた俊雄の絵が固く握りしめられていた…

    100: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:24:02.65 ID:VKN7a1Ov0


    その頃、先ほどGT-Rに乗り急いで佐伯家を後にした右京と神戸だが

    右京は何故あの家から立ち去らなければいけないのかを神戸に尋ねたが返答は…


    「すみません…今は言えません…」


    「やはりキミも同じ事を言うのですね。かつての亀山くんもそうでした。
    何の説明もなくあの家から避難しろとの一点張り、一体キミたちは何を見た…
    いえ、何を知ったのですか?」


    「本当にすみません…今は言えないんです!」


    「そうですか。
    ところでキミ…頭から血が出てますが怪我しているのですね。
    どこでそんな怪我を負ったのですか?」


    「そうか…さっき思い切り殴られたからな…痛たた…」


    神戸は手で血を拭おうとした時だった。

    右京の手元に置かれていた絵とそれに日記を見て思わず驚いた。

    それを見て右京はまたもや奇妙に思えた。

    何故なら神戸にはこの絵と日記のことに関してはまだ伝えていないはずだ。


    「……恐らく僕がまた北田さんのところに戻ると言ってもキミは反対するのでしょうね。」


    「ええ、お言葉ですが断固として阻止します。」


    「…それでは鈴木さんの実家に行ってもらえますか。僕の考えが正しければ恐らく…」


    「わかりました。
    けど期待はしないでください。誰か一人でも生き残ってれば御の字なんですから…」


    こうして神戸は車を反転させて一路、鈴木達也の実家に向かうことにした。

    既に事態は最悪な展開を迎えつつある。それでも誰か一人でも助けられたらいい…

    そんな思いを募らせながら二人が乗ったGT-Rは鈴木達也の実家へと急行した。

    101: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:25:18.21 ID:VKN7a1Ov0


    「夜分にすみません。警視庁の杉下という者ですが…」


    それから数時間掛けて鈴木達也の実家に到着した。

    既に時刻は真夜中、本来ならこんな時間に尋ねるべきではないのは重々承知している。

    だがこの緊急事態のため急いで鈴木親子の所在を確認しなければならない。

    だから何度も玄関をノックしたのだがどういうわけだか応答がない。

    この家の車も自転車もあるから外出した形跡は見られない。

    こうなれば強硬手段も致し方ないと思いベランダから乗り込もうとした時だ。


    「あ…刑事さんたち…」


    玄関から達也の息子である信之が現れた。

    とりあえず伸之の無事を確認することはできた。

    だが他の住人はどうなったのか?急いでそのことを尋ねてみるのだが…

    102: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:26:01.17 ID:VKN7a1Ov0

    「みんな…みんな…死んだ…あの女の人と…子供が…」


    女と子供。信之の話を聞いて右京たちはすぐさま家の中へと入った。

    だがそこでは最悪な光景があった。

    居間にてこの家の主である鈴木泰二とその妻ふみの死体があった。

    二人の死に顔はまるで何か得体の知れないモノに恐怖し…

    それから逃げようとした態勢で死んでいた。

    さらにもう一人、部屋の奥で不気味に笑う女の姿があった。響子だ。


    「…フフフ…ハハハ…」


    達也のアパートで発狂した彼女は

    最早正気ではなく赤ん坊の人形を抱えて狂ったようにあやしていた…

    それを見た二人はまるで子を想う母の姿に重ねてしまった。

    その後、神戸の通報を受けた地元警察が到着。

    二人の死因は心臓麻痺によるショック死と診断され事件性は無いと判断された。

    生き残った響子と信之だが響子は精神病院に入院させられ、信之も…

    父親である達也は何故か行方不明になったために遠縁の親戚に預けられる事になった。

    こうしてこの事件は一応の幕が閉じられようとした。 だが…

    103: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:26:30.14 ID:VKN7a1Ov0

    「納得いきません。
    どうもあの家では佐伯家の事件以来奇妙な事ばかりが起きています。
    これは最早事件性があると僕は判断します。」


    「杉下さん…いくら僕らがそう訴えても
    上は鈴木一家の事件を事故死と判断して捜査を打ち切っています。
    それに…いくら探したって証拠なんか出やしませんよ…」


    事件はまだ終わっていない。そう結論づける右京とそんな右京を宥める神戸。

    いつもなら右京の独断を宥めつつも

    神戸自身もまた真実を知るためなら茨の道を突き進むタイプだ。

    だが今回に限っていえば彼は消極的だ。

    そんな神戸の事件に対する態度に右京はかつての相棒の姿を重ねていた。


    104: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:26:58.48 ID:VKN7a1Ov0


    「そして僕が最も気になるのはキミの捜査に対する態度です。
    以前の亀山くんもそうでした。
    あの家で何かがあった直後、キミと同じくこの事件に消極的になってしまった。
    彼は警察を辞めるまであの事件について何も語ろうとしなかった。
    恐らくキミと同様の何かを体験したのではないのですか?」


    「やっぱり…何か気付いちゃいましたか…」


    「これを見てください。
    北田さん宅のポストに入っていた絵とそれに日記です。
    本来ならこの二つの物品は佐伯家で起きた事件の証拠品として
    この警視庁の遺留品倉庫に保管されていなければならないものでした。
    それがどういうわけか人知れずあの家に戻っていた。おかしいと思いませんか。」


    「杉下さんは何が言いたいんですか…?」


    「かつて僕もあの家で彼女の佐伯伽椰子の日記を読みました。
    内容は小林俊介へのストーキング行為に関する記載でした。
    佐伯伽椰子、それに彼女の息子俊雄、
    僕にはまるでこの二人があの家に近付く者たちに不幸を与えているように思えます。」


    これまでに犠牲になった人間たち。

    加害者である佐伯剛雄をはじめ小林俊介、その妻の真奈美、

    さらに鈴木達也、それに彼の父親に母親、響子など彼らはあの家に関わった。

    いや、厳密に言えば家ではなく人に関わったからではないか?

    右京はこの事件の背景にはまだ得体の知れない何かが潜んでいる気がしてならなかった。

    105: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:29:21.81 ID:VKN7a1Ov0


    「杉下さん…あの家に行く気ですね…」


    「行きます!恐らく北田さん夫婦にも何か危険が迫っているはず。
    …いえ…もう何かが起きてしまっていると考えるべきではないでしょうかね。
    キミのその頭の怪我ですがそれは北田さんの奥さんにやられたモノですね。」


    右京からの指摘を受けて神戸はガーゼで止血されている自らの頭部を摩った。

    その指摘通り確かにこれは北田良美によって殴打した負傷だ。

    神戸が証言すればすぐさま良美を傷害の現行犯で逮捕することも可能だが…


    「フフ、そこまでわかってしまうとは…
    けどそれでもあの家に近づけさせませんよ。
    それにもう…北田さんたちは手遅れでしょうね。あの夫婦もきっと…今頃は…」


    「手遅れ…ですか?」


    「ええ、間違いなく。
    だからあの家には絶対に近付かないでください。
    それとこれから僕の言う事を絶対に守ってほしいんです!
    もしこれから先に奇妙な少年や女性が現れても絶対に近付いたり話しかけたりしないで!
    あと数年…いや二年以内に今よりももっと悲惨な事態が起きます!
    それまで絶対にあの家には近付かないで…ください!
    そして…これはあまり関係ないかもしれませんが…
    その頃には僕は特命係にはいないかもしれません…」


    「いきなり話が変わりましたね。それは何故ですか?」


    「実はその辺の事情が僕にもわからないんですよ。おかしいですよね…自分の事なのに…」


    鬼気迫る神戸の訴えはかつて警察を辞めてでも右京を止めた亀山のそれと酷似していた。

    二人がこんな意味のない行動をするはずがない。これにはきっと理由がある。

    だが今はそれを聞く時ではない。

    結局3年前と同じく右京は相棒の頼みを聞くしかなかった。

    106: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:29:49.48 ID:VKN7a1Ov0


    それから数ヶ月後―――


    「大河内さんが僕を呼び出すなんて珍しいですね。どういった風の吹き回しですか?」


    「実は先週、城戸充という男が自殺してな…
    その男がこんな遺書を残していたんだ。
    内容は自分が無実である事、そして神戸…お前の事を絶対に許せないというモノだった。」


    「僕を許さないって…まさか…」


    「それともうひとつ、
    これは関係ない話だが遺体があった現場には…奇妙な少年がいたらしい。
    その少年は肌に生気が無く…
    尋ねると妙な奇声を上げて何処かへ消えるようにいなくなった。
    まるで猫が鳴くような声をしてな…」


    その後特命係が捜査した結果、城戸充の冤罪が判明。

    当時その裁判で神戸は嘘の証言をしてしまった事を悔やみ、

    この事が後々尾を引く結果となった。

    その後、元警視庁副総監の長谷川宗男により神戸は否応無しに特命係を去る形となった。


    107: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:30:36.93 ID:VKN7a1Ov0


    ××××××××××××


    「ますますわからん。どうなっているんだ?」


    それが神戸の関わった

    2011年に佐伯家を廻って起きた事件のファイルを読んだ冠城の感想だ。

    またもや不可解な謎が残ったままだ。

    未だに失踪したままでいる鈴木達也、それに北田夫妻も…


    「ファイルを読む限りだとこの三名は結局行方不明のままですね。
    どちらも失踪届すら出されていないようですし
    身内に心配してくれる人間がいなかったんですね。可哀想に…」


    わざとらしく悲しい素振りを見せながら語る青木に冠城は疑問を抱いた。

    失踪届が出されていない?

    それはおかしい。北田夫妻はともかく鈴木達也は当時の特命係と関わっていた。

    つまり右京たちが鈴木達也の失踪届を出していないということになる。

    馬鹿な、鈴木達也には息子の伸之と精神病院に送られたが妹の響子がいたはずだ。

    家族が居る達也のために失踪届を出さないなんてありえない。

    それにもうひとつ言えば神戸だ。ファイルを読む限りだと彼はこの家で何かを目撃した。

    そしてそのことを右京に隠している節があった。

    彼とは以前にとある事件繋がりで会ったが

    あの杉下右京と3年近くも共に相棒を組んでいた男がこんな無意味な行動を起こすか?

    答えは否だ。彼もまたかつての亀山薫と同じく何かを隠している。

    108: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:31:16.79 ID:VKN7a1Ov0


    「ちなみに神戸さんが関わった事件はこれですね。」


    青木が警視庁のデータベースで検索したのは城戸充という男が関わっていた事件だ。

    事件の発端は1996年、当時彼は被害者である綱島瑛子にストーカー行為に及んでいた。

    当時、彼女は知り合いの神戸に城戸の件を相談。

    神戸は警察官として彼に何度もストーカー行為を止めるように警告を促した。

    そんな時に綱島瑛子は殺害された。容疑者として浮かび上がったのは城戸充。

    だが城戸は犯行を否認、それどころか面識のあった神戸に助けを求めた。

    そんな神戸だが親しかった綱島瑛子の死により彼に対して恨みに近い感情を抱いていた。

    神戸は裁判の際、城戸のストーカー行為にいくつかの偽証を図ってしまった。

    その時の神戸自身に罪の意識はなかった。

    何故なら既に城戸が第一容疑者であり彼の犯行だと誰もが信じきっていた。

    その感情が後に取り返しのつかない過ちを犯した。

    後に杉下右京は真犯人が

    事件当時、彼女が住むマンションの管理人だった若林晶文だと突き止めた。

    つまり城戸は冤罪だった。そのことを知り神戸は深く後悔した。

    あの時、もしも裁判で偽証など行わなければ彼は有罪にならなかったのではと…


    「なるほど、特命係も一枚岩じゃないようですね。」


    ファイルを読み警察官が犯した罪を知りご満悦気味な青木とそれとは対照的に

    かつて城戸の冤罪に

    間接的ながら手を貸してしまった神戸の心境を知り冠城は複雑な思いを抱いた。

    確かに神戸が行ったことは罪に問われるかもしれない。だが既に時効だ。

    それに彼が証言を行ったからといってそれが裁判に大きな影響を及ぼしたとも限らない。

    当時、この冤罪事件に関わった警察官や判事は犯人と軒並みグルだった。

    従って裁判で不利な証言をしたところでその状況を覆す材料があったとは思えない。

    だが冤罪が明かされた直後の神戸はどうだっただろうか?

    事件後もあの真実を追求することを信念とする杉下右京の元にいる。

    もしも自分ならそれに耐えることなど出来やしない。

    きっと罪悪感のプレッシャーに押し潰される。だからなのだろう。

    神戸が特命係を去った理由、表向きは警察庁への復帰による人事異動だが本当は…

    過去に冤罪を犯した自分が真実を追求する杉下右京の元に居るのが耐えられなかった。

    それが冠城の考える神戸が特命係を去った本当の理由だと察した。

    109: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:32:43.87 ID:VKN7a1Ov0


    「なるほど、特命係だって叩けば埃がいくらでも出てくるんですね。
    けど特命係にはガチで犯罪をやらかしている人間がいますよね。
    そう、ダークナイト事件の犯人。甲斐享とか…」


    「おい、ここでその話は…」


    冠城に咎められて笑いながら失敬とわざとらしい態度を取る青木。

    こんな警視庁のど真ん中でダークナイト事件についての発言はさすがにまずい。

    神戸の後に現れた杉下右京の新たな相棒となった甲斐享。

    彼は数年前、頻繁に起きる事件加害者を制裁したダークナイトと呼ばれる連続犯だった。


    「まあ神戸尊の事件とはちがって甲斐享には同情なんてしませんよ。
    なんたって今は警察庁長官官房付なんて閉職に追いやられていますけど
    数年前まで警察庁次長だった甲斐峯秋の息子。
    そんなリア充のお坊ちゃんが事件を起こすんだからとんだ甘ったれだ。
    だから同情の余地はありませんよ。」


    相変わらず警察官が起こす不祥事には辛口な青木だがその意見に共感できなくもない。

    神戸とは冠城自身も面識はある。

    かつて杉下右京の相棒だった男だけあって一癖あるが信頼の置ける人物だった。

    だが甲斐享については面識もないしそもそも周りの環境にもかなり恵まれていた。

    そんな甲斐享が事件加害者に対して暴力という制裁を下すのは

    世間の人から賞賛を浴びたかもしれないが暴力を振るって解決など幼稚な犯行だ。

    事実、青木の指摘する甘ったれというのもかなり的を得ていると思ってもいいだろう。

    110: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:33:25.16 ID:VKN7a1Ov0

    「それでこのお坊ちゃんも佐伯家の事件に関わっているようですね。」


    青木が次に出したファイルの日付は2013年になっている。

    時期からして当時の相棒だった甲斐享も関わっているとみて間違いない。

    さらにいうならこれ以降のファイルがないということは

    この時点で佐伯家に関する事件になんらかの決着がついたことを物語っている。

    こうして二人は最後のファイルを読むことにした。

    111: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:34:11.74 ID:VKN7a1Ov0


    <<第3話 俊雄>>


    2013年3月―――


    その日、右京の指名により

    新しく特命係に配属された甲斐亨は恋人の悦子からある相談事を受けていた。


    「介護士の友達と連絡が付かない?」


    「そうなのよ!
    彼女の職場にも連絡したらもう三日も無断欠勤して
    むしろこっちが行方を知りたいくらいだって言われたのよ…」


    悦子は親友の仁科理佳と連絡がないことに不安を抱いていた。

    こんな物騒な世の中だ。何かの事件に巻き込まれたのではないか?

    そんな不安から彼女は恋人の甲斐享ことカイトに相談をしていた。

    カイトも恋人の頼みならばとその頼みを快く了承した。


    「…というわけでこれから悦子の友達を探しに行きますんで。」


    翌日、さっそく悦子の友人である仁科理佳を探すべく

    一応上司に当たる右京に断りを入れてカイトは調査に赴くことにした。

    112: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:34:59.79 ID:VKN7a1Ov0


    「なるほど、それでどういう状況で行方不明になったのか詳細は聞きましたか?」


    「その介護士の仁科理佳さんはホームヘルパーやっているそうで、
    同僚の人が言うには彼女は担当の家に向かった直後に連絡が付かなくなったそうです。」


    「状況から察するに恐らく訪問先の家で何かあった可能性が高いですね。
    カイトくん、そのお宅には連絡をしたのですか?」


    「それが…彼女の職場の人が
    訪問先の住人、担当の家は徳永さんっていうんですが
    そこに連絡してみたんですけど徳永さんが言うには『何も知らない』の一点張りで…」


    「少々気になりますね。僕も一緒に行きます。
    とりあえずその御友人の訪問先に行ってみましょう。その訪問先はわかりますか?」


    コートを取り出してカイトと共に出かける用意を始める右京。

    そんなカイトから理佳の訪問先の住所を告げられた。

    訪問先の住所とは東京都練馬区寿町4-8-5。

    それを聞いて右京はすぐに特命係の部屋を飛び出すようにして出て行った。

    そんな右京を駆け足で追うカイト。

    何でいきなり急ぐのかと疑問に思うカイトに

    かつてあの家で起きた不可解な事件はまだ終わっていないことを確信した右京。

    こうして二人は旧佐伯家に向かった。

    113: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:35:33.97 ID:VKN7a1Ov0


    「やはりこの家でしたか…」


    「杉下さんから聞いたけどまさか仁科さんの訪問先が…あの旧佐伯家だなんて…」


    車から降りてかつての佐伯家にたどり着いた右京とカイト。

    カイトもまた道中で佐伯家の事件を知り

    かつて惨殺事件が起きたこの家を頬から冷や汗を垂らしながら眺めていた。


    「ごめんくださ~い。警察です。誰かいませんか~?」


    玄関からの呼びかけに誰も応じない。

    かつてなら家の住人がすぐさま対応に出たものだが…

    既に事態は最悪の展開が起きているのではないか?

    かつて亀山薫が、神戸尊が右京の立ち入りを禁じた旧佐伯家。

    だが彼らはこうも言っていた。

    今は無理でもいつの日か必ず解決出来るはずだと…

    もしかしたら今がその時なのかもしれない。

    彼らの言葉に確信を持った右京は相棒のカイトの制止も構わず無断で家の中へ入った。

    114: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:37:14.95 ID:VKN7a1Ov0


    「それにしても気味の悪い家だな。しかもこの荒れ様は何なんだよ…」


    カイトがぼやいたが家の中はゴミ屋敷の状態と化していた。

    理佳の職場で問合わせて確認したがこの家の住人は三人。

    この家の世帯主である徳永勝也、妻の和美。

    それと勝也の母でもあり理佳が訪問介護を行っていた幸枝だ。

    そこで右京は玄関前に置いてある靴を確認した。靴は全部で四足ある。

    ひとつは男物、恐らくこの家の主である勝也のものとみて間違いない。

    残り三足は女物。ひとつはデザインからして老人向けのモノだ。幸枝が履いている靴だ。

    もうひとつはそれよりもデザインが若いが落ち着いた履物であることから妻の和美のモノ。

    それでは最後に残った靴。これは明らかに若者向けのデザイン。

    それにこの家の住人は三人なのに四つめがあることは…

    つまりこの靴の持ち主は行方不明となっている仁科理佳の履物である可能性が高い。

    やはり理佳がこの家にいるのは間違いないようだ。


    「とりあえず1階を中心に探したいと思います。」


    「何で1階なんですか?」


    「仁科理佳さんは幸枝さんの訪問介護を行っていた。
    介護を受けるとなると足腰の不自由なご老人だということは容易に想像できます。
    そんな体の不自由な人を二階に住まわせると思いますか?」


    右京の説明に納得するカイト。こうして二人は一階を中心に探し出した。

    リビングや台所、それにトイレや風呂場などやはり人の気配はない。

    そこで最後に残った奥の部屋を覗いてみるとそこには一人用の布団が敷かれていた。

    察するにここは幸枝の部屋らしい。

    その布団には誰かが包まっているように見えた。そこで布団を取ってみると…


    115: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:38:38.56 ID:VKN7a1Ov0


    「ひぃっ!死んでる!?」


    なんとそこには寝間着姿の老婆が酷い形相で亡くなっていた。

    死体からの異臭が漂っており死後数日は経過していることは間違いない。

    だがそうなると仁科理佳は何処へ行ったのか?


    「うわぁぁぁぁ!?」


    突然カイトの悲鳴が響いた。

    すぐにカイトの方を振り向くとなんとカイトの足元に若い女性が倒れていた。

    この家の住人にしては年若い。どうやら彼女こそ右京たちが探していた仁科理佳のようだ。


    「…」


    だが発見された理佳は放心状態でまともに話せる状態でもなく

    右京たちが何度呼びかけても応じなかった。

    これでは埓が明かない。

    仕方なく彼女を近隣の病院に運び二人は警視庁本部にこの事態を連絡。

    それから一時間後、この現場に応援が駆けつけた。

    116: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:39:20.46 ID:VKN7a1Ov0


    「ここが現場か…待てよ?確かここって…」


    「以前旦那が奥さん殺した家ですよ。それで子供も未だに見つかってないとか…」


    「その後もこの家の入居者は立て続けに行方不明になってるという曰く付きの家だ。」


    「まったく…よくもまあこんな家に住みたがるモンだ、それで仏の身元は?」


    「徳永幸枝、この家の住人です。
    ただ数年前から高齢の所為で痴呆症が酷いようで
    週に何度かホームヘルパーが訪問しに来る事になってるそうですよ。」


    「それで死因は?」


    「心臓麻痺ですな。まあ仏さんも高齢でしたし死因は大して問題ではないのですが…」


    通報を受け駆けつけた伊丹たち捜査一課が現場検証を行っていた。

    現場状況は既に米沢たち鑑識が把握しており

    この部屋で死亡したとみられる幸枝の死因も心臓麻痺であるなら事件性はないはずだ。

    だがいくつか気になる点もある。

    それはやはり幸枝の死に顔だ。

    あれほど恐怖に引きつった死に顔はどうやったあんな風になるのか疑問だ。

    さらにもうひとつ、この家の残り二人の住人。勝也と和美と連絡が取れない状況だ。

    この不可解な事態を唯一把握している仁科理佳も病院に担ぎ込まれて話せる状態ではない。

    117: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:42:01.31 ID:VKN7a1Ov0


    「ショック死でショック状態…お後がよろしいようで…すみません。不謹慎でしたな。」


    「くだらねえダジャレ言ってる場合か!クソ、こうなると厄介だな。」


    事故死なら遺族に連絡しなければならないのだがそれが出来ないのでは話にならない。

    だがここでもうひとつ考えられる可能性もある。

    もしかしたらこれは事故と見せかけた他殺ではないのか?

    状況から判断してヘルパーが数日もこの部屋で死体と共に過ごしていた。

    さらに遺族は未だ連絡が付かない状況。

    ひょっとしたら介護に疲れた遺族が幸枝を放置してみすみす死なせたのではないか?

    そう判断できなくもない状況ではないかと伊丹なりに推理してみせるが…


    「伊丹さん、その推理はまだ飛躍しすぎではありませんか?
    介護疲れで事故死に見せかけた殺人を行うのならもっと自然な方法がありますよ。
    ですが今回の状況はあまりにも不自然です。
    ここは息子夫婦にもなんらかの事態に巻き込まれていると考えるべきだと思いますよ。」


    「また出たよ…相変わらず神出鬼没ですなぁ警部殿!」


    「やっぱり特命係が絡んでたんだ。」


    「まったくお宅らの行くところ死体の山じゃないんですか?」


    「皮肉は結構、ところで芹沢さん。
    息子の勝也さんの携帯番号がわかるなら家の中に掛けてもらえますか。」


    捜一トリオからの皮肉を交わしながら芹沢に勝也の携帯に掛けるよう指示を促す右京。

    だが何度掛けても勝也は連絡に出やしない。

    そんな中、右京は耳を澄ませながらある音を探っていた。

    1階にそれらしい音がなく2階へと移動しながら探りを入れていた。

    118: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:42:46.18 ID:VKN7a1Ov0


    ((トゥルルルルル))  ((トゥルルルルル))


    するとどうだろうか。

    二階から微かだが携帯のコール音が聞こえてきた。

    その音を辿るとある部屋へと行き着いた。

    それはかつてあの佐伯伽耶子と小林俊介が惨殺された死体が置かれていた部屋だ。

    さらにこの部屋、奇妙なことに奥にある押入れの襖がテープで巻きつけられていた。

    まるでこの襖から出られないように

    幾重にも貼られたガムテープを取り押入れを開けるが何もない。

    だがコール音はこの上から鳴り響いているのがハッキリと聞こえてくる。

    そこで伊丹がまず押入れから通じるこの家の屋根裏を開けてみた。


    「ひぃぃっ!?」


    そこで伊丹は驚くべきものを発見する。

    気になった右京もあとから続いてそれを見つけるのだがなんとそこにあったのは

    勝也とそれに和美が死体となって発見された。

    これにより捜査一課は事件性があると判断、さっそく捜査を行うが…


    「とりあえず怨恨の線から調べる。旦那の職場に行くぞ!」


    伊丹たち捜査一課はまず怨恨から調べる事になり事件現場を後にする。

    残った右京とカイトは引き続き現場を捜索するが…

    119: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:43:24.66 ID:VKN7a1Ov0


    「つまり彼らが亡くなったのは四日前という訳ですか?」


    「ええ、間違いありませんな。
    屋根裏で見つかった息子夫婦の死体は
    大まかな検死の結果からして死後四日以上は経過していると思います。」


    「待ってください。それっておかしくないですか?」


    「そうですね。息子さん夫婦が既に四日以上前に死亡しているとなると、
    仁科さんの職場の方が
    この家に連絡した時に一体誰が電話に出たのかという事になるわけですが…」


    まさか死人が電話に出たはずがない。

    つまりそれはこの家に仁科理佳や徳永一家以外にも誰かがいたということだ。

    さらにもうひとつ気になる点があった。それはこの家に置かれている固定電話。

    それには留守番メッセージが残されていた。


    『もしもーし!仁美です。誰かいませんか?もしもーし、和美さんいませんか?
    母さんの具合どうなんでしょうか?心配しているのでとりあえず一度連絡をください。』


    連絡してきたのは仁美という女性だ。

    調べてみるとこの徳永一家にはもう一人家族が存在していた。

    死んだ勝也の妹で名前は徳永仁美。

    気になった右京は先ほど発見された勝也の死体が手にしていた携帯電話を調べた。

    すると仁美からの三日以前から着歴がいくつも入っていた。

    だが不思議なことにその着信はそれ以降無い。

    ひょっとして連絡が取れたのか?いや、それはありえない。

    何故なら勝也たちは三日前に亡くなった。

    つまりそれ以降連絡したところで当然繋がるわけがない。

    まさか…仁美は勝也たちの身に何か起きていたことを知っていたのではないか…?

    120: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:43:53.19 ID:VKN7a1Ov0


    「あれ?何だこれ?」


    「どうしましたか?」

    「いや…写真を見つけたんですけど…
    かなりボロボロで…けどこれって…親子の写真ですよね…?」


    それはもう何年も放置されたままだった一枚の写真。

    中年の男とそれに写真が破れたせいで顔が見えないままになっている母親らしき女性。

    その二人の中央に位置する小学校低学年くらいの年齢の少年。

    これはどう見ても徳永家のモノではない。

    何故なら写っている男は死んだ勝也とは明らかに別人な強面の顔をしている。

    それを見て右京はこの男の名を告げた。


    「この男、佐伯剛雄ですね。」


    それを聞いてカイトは思わずゾッとした。

    何故ならこの写真はかつてこの家で惨殺事件を起こした佐伯家の人々を写したものだ。

    まさかこんな写真がまだ残っているとは誰も思わなかったはずだろう。

    とにかくこれでいくつかのことが判明した。そろそろ病院に運んだ理佳も目を覚ますはず。

    そこで右京たちも米沢にこの場を任せて理佳への聞き込みに向かった。

    121: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:45:01.43 ID:VKN7a1Ov0


    「仁科理佳さんですね、もうお身体は大丈夫ですか?」


    「はい。おかげさまで…」

    「亨から連絡もらって
    すぐに病院に来たけど理佳、あれからすぐに意識が回復して良かったわ。」


    「悦子こそ…仕事大丈夫なの?」


    「親友が大変な時に呑気に仕事してられないでしょ!」


    右京たちが理佳の搬送された病院に駆けつけると

    そこでは既にカイトの恋人にして理佳の友人でもある悦子がお見舞いに来ていた。

    親友だけあってわざわざ職場を早退してまで駆けつけた悦子。

    だが駆けつけた理由はそれだけではなかった。


    「理佳…きっと失恋したばっかで気落ちしてたんだよ…だから…」


    「ちょっとやめてよ悦子。他の人たちが聞いてるんだよ。」


    どうやら理佳だが少し前に恋人と別れてしまったらしい。

    これに関しては特に事件とは無関係だなと決め付けるカイト。

    それはともかく理佳に徳永家で何が起きたか聞かなければならなかった。

    122: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:45:28.15 ID:VKN7a1Ov0


    「さっそくですがお話聞かせてもらえますか?」


    「ハイ…わかりました。
    三日前、私はホームヘルパーとして徳永さんの家に派遣されました。
    そこは何故かゴミが散らかって荒れ放題で…
    鍵が掛かってなかったので家の中に入ったんですけど
    そしたら…幸枝さんが倒れていて…その時はまだ生きていたんです。
    それから私は幸枝さんの介護をしたり
    散らかった部屋を片付けたりして、2階の部屋も掃除しようとしたら…
    変な鳴き声が聞こえてきたんです!」


    「その鳴き声とは?」


    「猫の鳴き声でした。
    『ミャー』って声が聞こえて…それで2階の部屋の押し入れを開けたんです。
    中に黒い猫を見つけて…私…その猫を抱こうとしたんです…そしたら…そしたら…」


    「その猫の居た場所に急に男の子が現れたんです!
    私ビックリして…センターからもそんな連絡を受けてなかったものだから…
    それでその子の名前が確か…」


    少年は―――俊雄。そう名乗った。

    その後、俊雄を連れて幸枝のところへ戻るところまでは覚えていた。

    それから先のことを理佳は何も覚えていなかった。

    微かに覚えているとすれば枕元で幸枝がブツブツと何かを呟いた後、

    彼女の影から何か得体の知れないモノが出てきたような気がしただけ。

    しかし今の話を聞いて右京は改めて理佳にあることを確認した。

    それは先ほど徳永家で見つけた一枚の写真を理佳に見せた。


    123: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:46:01.78 ID:VKN7a1Ov0


    「理佳さんが見つけた少年はこの子でしたか?」


    「そうです。間違いなくこの子です。この子が俊雄くんです。」


    写真に写っている男の子が先ほど会った俊雄だけ確認した理佳。

    だがそれは本来ならありえないことだ。


    「それはあり得ません。」


    「な…何故ですか?」


    「この写真に写っている少年の名前は佐伯俊雄、
    5年前父親である佐伯剛雄が起こした殺人事件以来行方不明になっています。
    それにこの写真が撮られたのも5年前、
    既に5年も月日が流れているのに俊雄くんが
    成長せずにこの姿のままというのは少々辻褄が合わないと思いませんか。」


    「それじゃあ…私が見たのは…イヤァァァァァッ!?」


    右京から告げられた事実を知らされ思わず悲鳴を上げる理佳。

    無理もない。まさか自分が接した少年が5年前行方不明になったままの少年で

    さらに言えばその姿が当時と同じであるなど普通では考えられない。

    そんな得体の知れない場所で三日間過ごしていたなど普通なら恐怖で怯えて当然だ。

    とりあえず動揺する理佳を悦子に託して右京たちは次なる人物に会いに行く。

    その相手は徳永仁美。今となっては徳永家最後の生き残りだ。

    124: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:46:27.80 ID:VKN7a1Ov0


    「…どちらさまですか…?」


    「あの…徳永仁美さんですよね?警察の者なんですけど…」


    さっそく仁美のマンションを訪ねたが何故か彼女は来客者が来たというのに

    シーツに顔を包み玄関越しから見える

    部屋の窓には新聞紙を敷くという奇妙な行動を取っていた。

    この奇妙な行動は何なのか?だがそれよりもまずは事件についてだ。


    「先ほど連絡したんですけどご家族の方が亡くなられました。
    それでこんな時になんですがご遺族であるあなたにもお話をと思い伺ったんですけど…」


    明らかに異常な行動を見せる仁美に聞き込みを行おうとするカイト。

    そんな時、玄関に貼られていた新聞紙が

    剥がれそうになりどうにも邪魔だと思ったカイトがそれを取ってしまった。

    125: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:46:55.02 ID:VKN7a1Ov0


    「やめてぇぇぇぇぇ!絶対に窓を開けないで!あいつが…あいつが来る!?」


    突然仁美が血相を変えてカイトの行動を妨げた。これにはさすがに驚く右京とカイト。

    そんな仁美だがすぐさま新聞紙を元の状態に戻してなんとか落ち着きを取り戻した。


    「取り乱して…ごめんなさい…」


    「いえ…こちらこそすいません。
    ところで会社の方に問い合わせたらもう三日近く無断欠勤してると聞いたんですけど…」


    「…そんな事より…お話って何ですか?」


    「既にご存知だと思われますがあなたのお母さまと兄夫婦が亡くなられました。
    最後の着信があなたの番号でしたので何かご存じならばお伺いしたいのですが…」


    仁美は暫く沈黙をした後何かに怯えながら話を始めた。それは今から四日前に遡る。


    「四日前の事でした。私はいつものように兄の家に行ったら…
    和美さんはいなくてお母さんだけしか見当たらなくて…
    それで私は和美さんの代わりにお母さんのお夕飯を作ってたら…
    お兄ちゃんが現れて…和美さんはどうしたのか聞いたら買い物に行っただとか…
    都合が悪いとか言って…それから突然変な事を言い始めたんです…」


    「確か…『俺はあの女に騙されていた』とか『俺の子じゃない』とか…
    普段ならやらない親指の爪を噛みながらブツブツとそう呟いたんです。
    それで私はすぐに追い出されてしまったんです…
    その事が気になった私は翌日家に電話してみたんです、けど誰も出なくて…
    次に兄の携帯にも掛けみたんですけどそしたら…変な声が聞こえたんです…」


    「変な声?」


    「そうです…確か…」


    『ア゛…アアアア…ア゛アアアアア…』


    それはどこからともなく聞こえてきた不気味な呻き声。

    明らかに人の声であることにちがいはない。

    だがこの部屋には右京とカイト、それに仁美の三人しかいない。

    誰もこんな不気味な呻き声など発していないのだが…?

    126: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:47:23.18 ID:VKN7a1Ov0


    「こんな声が…え?嘘…何で聞こえてくるのよ…イヤァァァァァァ!?」


    「ちょっと仁美さん!落ち着いて!」


    この部屋に漂う不気味な存在に思わず恐怖し発狂してしまう仁美。

    その様子を見て右京は2年前に佐伯家関連の事件で発狂した鈴木響子を思い出した。

    今の仁美はあの時の響子とまったく同じだ。

    恐らく同様の事態が仁美にも起こりつつあると思って間違いない。

    それから仁美は右京たちが居るにも関わらずベッドの中へと潜り込んでしまった。


    「もうずっとよ…あの日から変な女が…」


    「あいつは私を殺しに来るのよ。きっとそうだわ。」


    「だから兄や母が殺されたのも…あいつの…あの女が………」


    怯えながら話していた仁美の声が急に途絶えた。

    どうかしたのだろうかとベッドの中を覗こうとした時だ。

    127: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:47:55.51 ID:VKN7a1Ov0


    「 「ギャァァァァァァァァッ!?」 」


    ベッドのシーツ越しから突然仁美の叫び声が響いた。

    一体何が起きたのか急いで駆け寄ろうとした。

    すぐさまシーツから仁美の腕が出てきて助けを求めるかのように訴えていた。

    その手を掴んだ右京とカイトは仁美をベッドから引きずり出そうとするのだが…


    「何だよ…この力…どうなってんだ…!?」


    だが大の男が二人掛りだというのに仁美はベッドから連れ出すことが出来ない。

    それどころかこのままだと

    自分たちもベッドの中に飲み込まれるのではないかと不安が過ぎった。

    こうなれば…

    右京はすぐにシーツを掴み取りその正体を確かめようとした。だが…


    「あ…あぁ…」


    そこには泣きながら怯える仁美だけしかいなかった。

    他には誰もいやしない。それでは先ほどベッドの中で仁美を襲ったのは何だったのか?

    まさか仁美の悪戯?いや、それはありえない。

    先ほど自分たちを引っ張ろうとした力は非力な女性が出せるようなモノではない。

    だが何か不可解な現象が起きていたことだけは確かだ。それは一体何だったのか?

    128: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:48:24.45 ID:VKN7a1Ov0


    「とりあえずこの部屋を出ましょう。
    どうにもこの部屋はあなたに悪影響を与えているようですよ。」


    こうして仁美はカイトに連れられて部屋を出て警察の保護下に置かれることになった。

    それから部屋を出て行くのだが去り際、

    右京はこの部屋で目に見えない得体の知れない存在に向かってあることを告げた。


    「聞こえますか。あなた方の正体は見当がついています。
    五年前から続くこの事件の因縁を今度こそ断ち切らせてもらいますよ。」


    何かに向かってまるで宣戦布告かのように告げた右京はそのまま部屋の扉を閉めた。

    だがそれと同時に先ほど貼り直した新聞紙が破れ落ち、

    そこから不気味な目が見開いた。

    それはまるで右京たち特命係を

    新たな標的として見定めたかのように彼らを睨みつけていた。

    129: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:48:50.06 ID:VKN7a1Ov0


    「固定電話の指紋の検出ですか?」


    「ええ、仁科さんの勤めていた介護施設の方が
    徳永家に連絡した際必ず連絡に出た人間がいるはずです。
    その指紋の採取は出来たのでしょうか?」


    「一応出来たのですが…
    前科者のいない正体不明の指紋が検出されただけですね。
    この指紋の主が誰なのかが問題ですが…」


    「でしたらこのノートを使ってください。」


    警視庁へと戻った右京たちは

    さっそく鑑識課の部署にいる米沢に固定電話を調べてもらうためにあるモノを渡した。

    右京が取り出したノートはかつて佐伯剛雄が起こした事件の際に、

    右京が佐伯家から持ち出した佐伯伽椰子の日記だ。

    このノートは2年前に北田家を訪れた際にあの家のポストに何故か放置されていた。

    そのことを不審に思った右京はあれから密かにこのノートを所持していた。

    とりあえずこのノートを受け取った米沢はすぐにノートの指紋と一致するのか調べた。

    だが右京たちが事件の捜査を行っている一方で

    この警視庁内では得体の知れない存在が不穏な動きを見せていた。

    130: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:50:52.11 ID:VKN7a1Ov0


    「どうだ。この新しく作った歴代刑事部長の写真立ては!見事なモノだろう!」


    「まったくもってその通りですなぁ!ほら、お前たちも早く感想を言え!」


    同時刻、伊丹、三浦、芹沢、の捜査一課三人は内村の部屋へと呼び出されていた。

    ちなみに要件というのは単なる自慢話だ。

    内村はこの部屋に新しく置かれた歴代刑事部長の写真立てを並べて自慢していた。

    そう嬉々に自慢する内村を冷ややかな目で見つめる伊丹たち。

    そんな彼らの感想は以下のものだ。


    「ハ…ハァ…えぇ…見事ですよ…」(棒読み)

    (大至急来いと呼び出されて来てみりゃ自慢話かよ…)(本音)


    「まさに圧巻ですなぁ…」(棒読み)

    (こりゃ税金の無駄遣いだ…)(本音)


    「いやー、凄いなぁ…」(棒読み)

    (デコに肉とか書いて落書きしてやりたい…)(本音)


    事件で忙しいという時によくも呼び立ててくれたなと内心呆れている様子。

    だが実はこれは建前。呼び出した本題は徳永家で起きた事件についてだ。

    131: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:51:28.83 ID:VKN7a1Ov0


    「うむ、いずれこの中に私の写真もデカデカと立てる予定だからな!
    フフフ、将来は警視総監となる私だ!歴代の先輩方よりももっと派手に…
    おっと、まだ自慢をしてやりたいところだがお前らを呼んだのはそれだけではない。」


    「例の徳永家の事件だが何か進展はあったのか?」


    「現在我々は被害者たちへの怨恨の線で調べています。ですが…」


    「被害者全員がショック死ですので犯人を特定出来る物証が中々発見出来なくて…」


    「あの家…
    以前にも事件があったり転居してきた人間が失踪したりと曰くつきですからね…
    もしかしたら犯人は幽霊じゃないかと…」


    捜査一課は他殺の線で動いているがやはり決め手となる証拠がないのが現状だ。

    仮に容疑者を特定できたとしても

    死因がショック死では殺人で起訴することも危ぶまれる状況。

    おまけに芹沢に至ってはもういっそのこと幽霊の仕業にしてしまおうと嘆く有様だ。


    「馬鹿者!犯人を見つけるのがお前たちの仕事だろ!
    いいか、マスコミの馬鹿どもが
    この事件を幽霊だのオカルトの仕業だなんぞと騒ぎ始めている!
    我々警察がそのような戯言を真に受けてみろ!警察の威信丸潰れだぞ!!」


    「内村部長の仰る通りだ。
    いいか絶対に犯人を挙げるんだぞ!
    人間の犯人をだぞ。間違っても幽霊の犯人なんぞを挙げるな!」


    三人は理不尽だとも思う命令を聞き部屋から出て行った。

    だが内村部長はこの時、一瞬だが奇妙モノを目撃してしまった。


    132: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:52:10.55 ID:VKN7a1Ov0


    「おい…」


    「ハッ!何でしょうか?」


    「あいつらがこの部屋を出て行く時白い肌をした小学生くらいの子供がいなかったか?」


    「ハハハ、何を仰いますか。ここは警視庁ですよ。子供なんていませんよ。」


    「あぁ…そうだな…」


    この時、誰も予想していなかった。

    佐伯家に出向いた者たちがあの忌まわしき呪いを警視庁内にも降り撒いていた事に…

    そしてこれが後に大惨事を招くとも知らず…

    133: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:52:45.48 ID:VKN7a1Ov0


    ××××××××××××


    「へえ、これが佐伯俊雄くんの描いた絵ですか。」


    鑑識から戻ってきた直後、カイトは右京が保管していた俊雄の描いた絵を眺めていた。

    一見、普通の子供が描いたと思われる何の変哲もない絵だ。

    だがカイトはこの絵にある違和感を抱いていた。


    「この絵なんですけど…
    子供って正直な部分があるじゃないですか。
    それで思ったんですけどなんか親の残虐性を表しているように思えるんですよね。
    まぁ俺の気の所為かもしれませんけど。」


    親の残虐性。これはカイトのプライベートが含まれているが彼の家族関係…

    いや、正確に言えば警察庁次長の父親とはかなり不仲だ。

    そんなカイトの視点からこの絵を見ると

    やはりこの家族が仲のいい関係だったとはどうにも信じ難かった。

    その一方で右京は旧佐伯家の見取り図を何度も見直していた。

    134: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:53:27.21 ID:VKN7a1Ov0


    「それで杉下さんは…まだあの家の見取り図と睨めっこですか?」


    「ええ、何故徳永夫妻は二階の屋根裏にいたのか?
    僕には何かヒントがあるように思えてならないのですが…」


    「俺が見た感じだとあの夫婦の遺体は…何かに逃げてたって感じがするんですよね。
    ほらあの2階の屋根裏に続く襖にガムテープが貼られてたじゃないですか。
    あれって自分たちで閉じ籠ってたんじゃないですかね?」


    「それとも…或いは…何かを閉じ込めようとしたのかも…」


    「何かって?」


    「理佳さんの言葉を思い出してください。
    彼女はあの襖で黒猫と少年を目撃したと言っていました。
    もしもそれが本当なら勝也さんが閉じ込めようとしてたのは…」


    「その少年と黒猫…けど俺たちが行った時そんなのがいた痕跡すらなかったですよ。」


    「それを仁科さんが解いてしまったとしたら…どうでしょうか。」


    「まさか杉下さんはその黒猫と少年が
    徳永一家を皆殺しにしたとでも言う気ですか?
    そんなことありえないでしょ!?」


    確かにそんな馬鹿げた考えなどありえない。

    だがこれまで二度に渡りあの家に関わってきた右京も

    そんなありえないことがありえてしまうという奇妙極まりない現象を何度も目撃していた。

    もしかしたら本当に

    あの家には人ではない何かが蠢いているでのはないかと思わず勘ぐりたくなるほどだ。

    135: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:54:26.85 ID:VKN7a1Ov0


    「よ、暇か?」


    「暇じゃないですよ。見りゃわかるでしょ。」


    「いや暇だろ…そんな子供の絵とにらめっこしてんだからよ。」


    捜査に行き詰まっているところに角田課長が現れた。

    マイペースに自らのマイカップにインスタントのコーヒーを注いでいたが

    コーヒーを飲んでいる角田にちょうどいい機会だと思った右京はあることを尋ねてみた。


    「角田課長、聞きたいことがあります。
    五年前に逮捕された佐伯剛雄についてですが
    あの時は俊雄くんの安否を気にするあまり彼の人物像を推し量ることが出来ませんでした。
    課長は彼について何かご存じな事はありませんか?」


    「佐伯剛雄か、ヤツは結婚する前までは結構無茶な事ばかりする男だったよ。
    それが…たぶん結婚して子供が生まれてからかな。ヤツは麻薬関連からは手を引いたんだ。
    それなのに…佐伯剛雄は殺しを行う直前になり再び麻薬に手を出した。
    現にヤツを逮捕した際に薬物検査したらしっかり反応が出たんだぞ。」


    右京は五年前の佐伯剛雄が逮捕された時のことを思い出していた。

    あの時は偶然にも角田が剛雄は城南金融で麻薬関連に手を染めていたから令状を取れた。

    だが今にして思えば何故剛雄は麻薬に手を染めたのか?

    今の話だと剛雄は結婚して子供が生まれたことで一度足を洗おうとした。

    そんな剛雄がもう一度道を踏み外す出来事があったとすれば…


    136: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:54:55.19 ID:VKN7a1Ov0


    「なるほど、つまり俊雄くんの出生の秘密が
    彼の…いえ佐伯家に関わった人たちの全てを狂わせてしまったのですね。」


    「まあ…当時警部殿の推理を聞いて俺も思ったがさ…
    自分が汗水流して働いてたのに実は他人の子供を育てていましたなんて知ったら…
    そりゃ麻薬に手を出したくもなるわな。
    そういう面じゃ男として個人的に奴さんへ同情出来なくもないんだけどさ。」


    剛雄はしあわせな結婚生活を歩むことで一度は更生したかに思えた。

    だが実際に妻の伽耶子が愛していたのは小林俊介であり

    自分が大切に育てていた息子はその小林の子供だった。

    角田の言うように剛雄の目線から考えれば同情の余地はあったのかもしれない。


    「それであの家でもヤツが使用していた麻薬の品を押収したわけだよ。
    そういえばあの家で捜査した所轄の刑事たちが続々と退職やら失踪したりしたな。」


    相次ぐ刑事の退職に失踪。

    まさかそこまで事態が深刻になっているとは予想外だった。

    右京は角田から当時あの家に踏み込んだ所轄の刑事に話を聞くべく急いで向かった

    137: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 06:59:30.72 ID:VKN7a1Ov0


    「あれ?杉下さんと甲斐さんじゃないですか。」


    「おや、理佳さん。もうお仕事に復帰したのですか?」


    「ハイ、家で寝込んでるより外で働いてる方が気が休まるので。
    ところで今日は何の御用ですか?事件の事ならまだ思い出せないんですけど…」


    翌日、右京たちはとある人物に聞き込みを行うべく介護施設へと訪ねていた。

    そこには既に職場復帰を果たした仁科理佳の姿もあった。

    だが二人が会いに来たのは理佳ではない。

    それは五年前、あの佐伯家で捜査を行った所轄の刑事で名前は吉川。

    吉川は既に警察を辞めてこの施設へ入居していた。

    138: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 07:00:00.88 ID:VKN7a1Ov0


    「吉川さん?それならこの人がそうですけど。」


    「え!この人が!?」


    「おやおや…」


    なんと目の前で理佳が車椅子を引いている老人こそ右京たちの目的の人物である吉川だ。

    吉川は五年前までは所轄署の刑事を勤めていた。それが今ではどうだろうか?

    わずか五年で吉川は酷くやつれ果てていた。

    まだ70歳にすら達していないのにもう90歳は超えている老人に思えてならなかった。


    「いないいない…バァ~!」


    さらに困ったことに吉川は痴呆症まで発していた。

    この場に子供なんていないのにまるで小さな子供をあやすような仕草を行っている。

    その様子を見てカイトはこれではまともな話が出来ないと諦めるしかなかった。


    139: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 07:00:29.20 ID:VKN7a1Ov0


    「ダメだこりゃ、全然話にならない。」


    「失礼ですが吉川さんはずっとこの状態なのですか?」


    「ハイ、けどこれでも落ち着いている方なんですよ。
    ここに入居した当時は
    いつも何かに怯えていたらしくて表に出ようともせずに部屋に籠りっきりで…
    奥さんもいらっしゃるんですけど匙を投げたというか…それでウチに入居してるんです。」


    「いないいない…バァ~!」


    「ひとつお聞きしたいのですが…吉川さんの身内に幼いお子様はいますか?」


    「いえ…私が知る限りじゃいないと思いますけどそれが何か?」


    「先ほどから吉川さんを見ていると
    まるで子供をあやしているように思えましてね。
    もしかして身内にお子様でもいるのかと思ったのですがねぇ…」


    子供…それを聞いて理佳はふと思い出したことがあった。

    それはあの三日前に起きた忌まわしい出来事…

    幸枝が死ぬ直前のことだ。

    140: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 07:00:57.01 ID:VKN7a1Ov0


    「影が動いたんです…」


    「影?」


    「私の影です…
    影が不気味な形に変化して髪の長い女になって…それが幸枝さんを襲ったんです!」


    影が変化して幸枝を襲った?

    いくらなんでもそんな非科学的な…

    だが話はそれだけではなかった。


    「その後私はショックで気絶して…気絶する前に私の事を見ていたんです…」


    「そう…あの俊雄っていう男の子が…」


    「髪の長い女…それに俊雄と名乗る少年…」


    「うぅ…イヤだ…気持ち悪い…ウゲェ…」


    幸枝死亡時のことを思い出し吐き気を催してしまった理佳。

    結局、吉川への聞き込みは思ったほどうまくもいかず

    さらに言うなら理佳が思い出したことすら事件性があるのかも疑わしい。

    ハッキリ言えば収穫はゼロに等しいものだ。

    だが右京たちはこの時まだ知らなかった。

    同時刻、警視庁内では世にも恐ろしいことが起きていた…

    141: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 07:02:08.39 ID:VKN7a1Ov0


    「よ、暇…な訳ないよな。」


    「これはこれは角田課長が直々にこちらにいらっしゃるとは、どういったご用件で?」


    「ちょっとこの事件についてな、ところでお前さんは何してんだい?」


    とある事件で米沢のいる鑑識に頼みに来た角田課長。

    そんな米沢だがある古びたノートを読んでいた。

    それは先ほど右京から借り受けた佐伯伽椰子の日記だ。


    「うわっ!何じゃこの内容は?」


    「どうもこの日記の主である佐伯伽椰子なる女性は、
    ストーカーの気があったらしく
    小林俊介なる人物を必要以上にストーキングしていたらしいですな。
    そしてその事柄を全てその日記に記入していたようです。」


    「女のストーカーねぇ。
    男なら理解出来るが女のストーカーってのは俺にはどうにも理解出来んわな…」


    「同感ですな。しかしこの日記で一番不気味なページがあるのですが…ここです。」


    日記をペラペラと捲り米沢はあるページに指を指す。

    そのページはまるで黒魔術のような目を催して描いたページ。

    恐らく伽椰子は自分の目を描いたのであろう。

    米沢は好奇心から角田課長にそのページを見せた。


    「これなんてオカルトマニアに見せたらたまらないですな。
    不謹慎ながら私が警察官でなければネットに公開したいところですよ!」


    「コラコラ、警察官が何を言ってんだか…しかし俺にもよく見せてくれねーか。」


    「ハハハ、好奇心には忠実ですな。ではご一緒に!」


    戯れからもう一度そのページを読み込もうとしたその時だ。


    『ア゛…アアアア…ア゛アアアアア…』


    何処からともなく奇怪な声が発せられた。

    気づけば二人の姿はどこにもなかった。

    142: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 07:02:35.50 ID:VKN7a1Ov0


    「フフフ、やはりこの位置に私の写真を貼ってだな…」


    「ええ、そうですな!あれ?写真が何かおかしくないですか?」


    同じ頃、内村は歴代刑事部長の写真立てにそろそろ自分のモノも飾ろうと画策していた。

    そんな時、いつものようにお世辞を捲し立てていた中園がある変化に気づいた。

    その写真立てが歴代刑事部長ではなく髪の長い奇妙な女のモノにすり替わっていたからだ。

    だが奇妙な現象はそれだけではない。

    突如、その写真から大量の髪の毛が溢れ出た。


    「な…何なんだこれは!?」


    「誰か来てくれー!!」


    溢れ出た髪の毛が内村と中園の身体に縛り付けられた。

    その髪は彼らの全身を覆い…


    『ア゛…アアアア…ア゛アアアアア…』


    それから数分後…


    「あれ?今さっき刑事部長の部屋から声がしたんだけど?」


    気になった芹沢が部屋を確かめに来たがそこには誰の姿も無かった…

    143: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 07:04:54.09 ID:VKN7a1Ov0


    「おい、さっきはどうしたんだ?」


    「さっき部長の部屋に行ったんですけど誰もいなかったんですよ。
    おっかしいよな。絶対声がしたはずなのに…」


    「それよりも事件だがどうする。怨恨の線は薄いんじゃないか?」


    「ああ…被害者家族に殺すほど恨みのあった人間はいないしおまけにアリバイまである…
    だからといって金銭を盗まれた訳でもないから物取りの犯行って訳でもねえ。
    まったく三人も死んだのに捜査線上に犯人が一人も浮かび上がらないってのも珍しいな。」


    「ここはひとつ、杉下警部に聞いてみるってのはどうですかね?
    何かのヒントになるかもしれませんよ。」


    「コラ芹沢…いつも言うが捜査一課としてプライドを…」


    「だが芹沢の言う通りだ。このまま何の進展も無いままという方が不味いだろ。」


    「しょうがねえな…ここは恥を忍んで…」


    一方、捜査一課の伊丹たちもこの状況で手詰まりの有様。

    この状況を打開しようと恥を忍んでも特命係の右京に手掛かりを得ようと考えていた。

    そこへとある男が伊丹たちの前に現れた。それはこの捜査一課に在籍してはいるのだが…


    144: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 07:05:20.81 ID:VKN7a1Ov0


    「お~い!みなさん!大発見!大発見ですよ~!」


    「あれ?陣川さんどうしたんですか?」


    陣川公平、この捜査一課に所属する経理担当だ。

    経理としては優秀だが本人は刑事を目指しているのだが

    当人は思い込みの激しい性格のため過去に何度か誤認逮捕を犯した経験があった。

    そのせいで一時は特命係に左遷される事態にまで至った。

    こうした経緯から伊丹たちからはトラブルメーカーとして敬遠されていた。


    「またどっかの一般人を指名手配犯と間違えて誤認逮捕しましたか?」


    「ムッ!そういう意地悪な事を言う人たちには教えてあげられないな!」


    「じゃあ結構です。それじゃ行くか。」


    「ああ、油売ってる暇は無いしな。」


    「ちょ…ちょっと待ってください!しょうがないなぁ…教えちゃおうかな!」


    「おい…芹沢…お前聞いてやれ…」


    「えっ!俺が!?しょうがないな…え~と陣川さんは何を発見したんですか?」


    どうせまたろくでもないことだろうと面倒くさそうに対応する芹沢。

    だが陣川は今回に限っては妙に自信満々な態度を取っていた。

    その理由がこれだ。

    145: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 07:13:17.39 ID:VKN7a1Ov0


    「フフフ!
    実は例の徳永家の事件について
    気になる情報を持っている参考人の女性を連れて来ました!!」


    「なんだと!?」


    「そんな人間がいたのか!」


    「その人何処に?何て名前なんですか?」


    「何処って…すぐそこの部屋の前にお連れしてますよ。」


    「よっしゃ!さっそく聞き込みだ!」


    「これで事件が進展するぞ!」


    「もしかしたら今回は俺たちだけで解決出来ちゃいますねぇ♪」


    思わぬところから事件を進展させる情報提供者が現れた。

    こうなればもう特命係の手など借りる必要もない。

    そう期待しながら伊丹たちはその女性が待つ部屋へと駆け込んだ。

    しかし彼らは最後まで陣川の話を聞くべきであった。何故ならその女性の名前は…


    「まったく…みんな話も聞かずに行くんだから…
    そちらの参考人の女性は佐伯伽椰子さんという名前ですよ!」


    『ア゛…アアアア…ア゛アアアアア…』


    「いやぁこんな事言うのもアレなんですけど初対面でちょっと美人かなと思ったり
    もしかしたら伽椰子さんが僕の運命の人なんじゃないかと思ったり…あれ?誰もいない?」


    それから伊丹たちのあとに続いて陣川も部屋へと入ったが…

    そこには陣川以外誰もいなかった。

    伽椰子も…それに先ほど急いでこの部屋へと入った伊丹、三浦、芹沢、三人の姿も…

    こうして特命係が不在の間でこの警視庁内部の至る箇所で恐ろしいことが起きていた。

    だがこの怨念は留まるところを知らない。

    やがては警視庁だけでなくとある場所にまで及んでいた。

    146: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 07:13:52.60 ID:VKN7a1Ov0


    「仏説摩訶般若波羅蜜多心経…」


    「観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄 舎利子…」


    東京拘置所、この独房にある一室に一人の老人が収監されていた。

    5年前、サルウィン国への不正な物資横領の罪で逮捕された瀬戸内米蔵だ。

    彼は己を戒めるためのお経を唱えていた時だ。廊下から奇妙な気配を感じた。


    『あ゛…あぁぁぁ…』


    後ろを振り向くとそこには因縁ある者たちがいた。

    その先頭にいたのは兼高公一。

    彼はサルウィン国での物資横流しに気づいて真相を探ろうとしたが…

    瀬戸内の協力者によって殺害され無念の死を遂げた。


    「なるほど、俺を殺しに来たわけか。」


    別に驚きはしなかった。いつかはこうなると思っていた。

    だがもう一人、彼の後ろから現れた人物は瀬戸内にしても意外だった。


    『あ゛…あぁぁぁ…』


    もう一人はなんと瀬戸内と深い交友もあり

    さらに2009年の警視庁篭城事件の直後に亡くなった小野田官房長。

    何故彼が自分の元へ現れたのかは察しが付いていた。

    恐らく本田篤人釈放の際に協力を行ったがその際に死人が出てしまったことだ。

    小野田はこの件について過去の贖罪からか犠牲者を一人も出したくはなかった。

    そのことを瀬戸内に託したはずなのに…


    「これも因果応報ってヤツか。構わねえ、やってくれ。」


    これも自業自得だ。そう観念した瀬戸内は亡者と化した二人に大人しく襲われた。

    どうかこれで憎しみの連鎖を断ち切ってほしい。そう切に願ってその身を犠牲にした。

    147: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 07:14:29.13 ID:VKN7a1Ov0


    その後、一通りの捜査を終えた右京たちが警視庁へと戻ってきた。


    「カイトくん、気になりませんか?」


    「気になるって何がですか?」


    「ここは警視庁。東京都の治安の要とも言える場所ですよ。
    それなのに僕たちは先ほどから誰とも遭遇していない。
    門番にいるはずの制服警官すらいないのはどう考えてもおかしいじゃありませんか。」


    右京の指摘するようにこの警視庁は普段から多くの人間が出入りしている。

    それが今日に限ってはまるで無人の空家といった状態と化しているのは確かに奇妙だ。

    まさか特命係には内緒で避難訓練でも行っているわけでもないだろうし

    とにかくここにいても仕方がない。

    右京は米沢からあの日記を返却してもらうために鑑識の部署へ

    カイトは一旦特命係の部屋へと戻った。


    148: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 07:14:56.33 ID:VKN7a1Ov0


    「ここも誰もいないのか。」


    特命係の部屋に戻る際に通らなければならない角田課長率いる組対5課の部署。

    いつもなら誰かしらいるこの部署も全員が不在だ。

    まあ別に珍しいことじゃない。

    普段は特命係にやってきてのほほんとコーヒーを飲んでいる角田課長だが

    あれでもヤクザ相手に立ち回る強者だ。

    大捕物の際も暇な特命係まで総動員させて犯人逮捕にあたるほどだが…

    それでもここまで人気の無さはどうにも不気味でならない。

    そう思いつつ特命係の部屋に戻ると隅っこで何か物音が聞こえてきた。

    カイトが恐る恐る覗いてみるとそこには…


    「あの…陣川さん?こんなとこで何してんですか?」


    「オォッ甲斐くん!よかったぁ~ようやく人に会えた!」


    「それよりも何でこんなに人がいないんですか?」


    「知らないよぉ!気付いたらみんないなくなってたんだよ!?」


    陣川の説明にまさかと驚くカイト。

    だが陣川すら知らないうちに警視庁の職員全員が謎の失踪を遂げた?

    いくらなんでもこんな馬鹿げた事態はありえない。

    そう思っていた時だ。


    『あ…あぁ…』


    そこへ角田課長と大木、小松と組対5課の面子が戻ってきた。

    どうやら何もなかったようだ。カイトと陣川は思わずホッとしたが…

    戻ってきた彼らの肌は生気の抜けたまるで抜け殻のように化していた。

    149: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 07:15:28.73 ID:VKN7a1Ov0


    「やはりここも誰もいませんか。」


    一方、右京は米山に鑑識の結果を聞きにきていたがこちらも無人であった。

    米沢の机にあるのは右京が依頼した調査結果の報告書。

    その調査を行う際に右京が貸した伽椰子の日記のみだ。

    ちなみに米沢が記した報告書には例の固定電話から伽椰子の指紋が検出された。

    だがそうなると既に死亡している伽耶子が

    どうして徳永家の電話に指紋を残せたのかという疑問が生じる。

    そこへ右京の携帯に着信が入った。

    アドレスを確かめてみるとこの状況においてなんとも意外な人物からの連絡だった。


    「もしもし、神戸くんですか。お久しぶりですね。約一年ぶりでしょうか?」


    『お言葉ですが…挨拶は省きます。杉下さん…今すぐ警視庁から逃げてください!』


    「それは…どういうことなのですか?」


    それは警告だった。右京自身も一瞬これが冗談かと疑おうとした。

    何故ならここは警視庁。東京都の安全を守る要ともいえる場所だ。

    そんな警視庁で警察官が逃げなければならない事態などあるはずがない。

    だが神戸の口ぶりからしてとてもではないが冗談とは思えなかった。

    そのことを聞いて一旦この部屋を出ようとした時だ。

    右京はとんでもない光景を目の当たりにした。廊下からある集団がゆっくりと歩いてきた。

    それは右京が知る彼らだった。

    150: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 07:16:35.89 ID:VKN7a1Ov0


    『あ゛…あぁぁ…』


    伊丹、三浦、芹沢、そして米沢、内村、中園、大河内…

    右京の知る警察官たちが亡者と化した姿となってこの警視庁内を闊歩していた。

    それはつまり…彼らは死者と化した…

    彼らは生命などない操られるままに動く糸人形にしか過ぎない。

    まさかの事態にさすがの右京の頬に一筋の冷や汗を垂らし動揺を顕にしていた。

    そんな右京に神戸は携帯越しで再度警告を呼びかけた。

    151: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 07:17:02.90 ID:VKN7a1Ov0






    『警視庁は佐伯伽椰子によって呪われてしまいました!すぐに逃げてください!?』





    152: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 09:23:12.51 ID:VKN7a1Ov0


    「あの…角田課長?その…大丈夫ですか?」


    「か…甲斐くん…その人たち…おかしくないか…」


    一方その頃、カイトと陣川の二人にも危険が迫っていた。

    亡者と化した角田たちの魔の手が彼らに迫りつつあったからだ。

    未だこの状況を把握しきれていないカイトと陣川は

    既に角田たちが亡者と化したことに気づいていない。


    「課長…やめてください…苦しい…」


    そんなカイトたちに襲い掛かり首を絞めて窒息させようとする角田たち。

    その力はとてもじゃないが尋常ではなく

    またこの状況に未だわけもわからないカイトと陣川は成す術もない。

    まさに絶体絶命のピンチに追い込まれるのだが…

    153: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 09:23:38.51 ID:VKN7a1Ov0


    「カイトくん!大丈夫でしたか?おや…陣川くん…キミまでいるとは…」


    そこへ彼らを押しのけて右京が颯爽と助けに現れた。

    まさに地獄に仏とはこのことだ。

    窮地を脱したカイトと陣川は合流した右京と共に

    再び起き上がろうとする角田たちから離れるべく急いでこの場を出て行った。


    「杉下さん!これはどういう事なんですか!?」


    「簡単に説明すると特命係が本当に警視庁の陸の孤島になってしまったようです。」


    右京の返答に思わず首を傾げる二人。

    確かに特命係は警視庁の陸の孤島と呼ばれる左遷部署だ。

    それが不幸というべきか幸いというのか孤立した部署のおかげで被害を受けずに済んだ。

    現在、警視庁内でこの事態に対処できるまともな部署はこの特命係しかいない。

    だが警視庁の全職員がこんな状態では右京たちに出来ることなど何もない。

    今はこの警視庁の建物を脱出するしかない。だが脱出時は顔見知りの面子が混じっていた。


    154: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 09:24:09.50 ID:VKN7a1Ov0


    『あ゛…あああ…』


    「嘘だろ…サイバー犯罪対策課の岩月さんと小田切さんまで…」


    かつてビリー・ヘンリーの事件で関わったサイバー犯罪対策課の岩月彬と小田切亜紀。

    佐伯家との事件に何の関わりもない彼らすら亡者と化していた。

    既にこの警視庁内は佐伯伽耶子の使役する亡者によって溢れかえっていた。

    顔見知りの人たちの変貌に驚きつつも右京たちはなんとか地下の駐車場へとたどり着いた。

    だがそこで彼らは最悪な光景を目撃した。


    『あ゛…あああ…』


    『あ゛あああ…』


    駐車場に止まる黒塗りの公用の高級車。

    それは警察関係者でも幹部クラスの人間でないと乗車出来ない車だ。

    その車から二人の男たちが姿を現した。

    なんとその男たちはこの警察組織の上層部に位置する者たちだ。

    155: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 09:25:51.51 ID:VKN7a1Ov0


    「田丸総監…それに金子長官が…」


    警視庁警視総監である田丸寿三郎、それに警察庁長官である金子文郎。

    共に警視庁、それに警察庁のトップである二名。

    その二人までもが既に亡者と化した姿で右京たちの前に立ちはだかった。


    「そんな…警察の幹部が何でこんなことに…」


    警察組織のトップが変わり果てた姿を見てさすがにショックを受けるカイトと陣川。

    そういえばと右京もまた今日は警視庁で定例会議があったことを思い出した。

    その会議には警察庁からは金子長官とあと一人加わっていたはずだ。

    そう思っていた時だ。


    『あ゛ああああ…』


    この二人の奥からもう一人亡者が姿を現した。

    その亡者を見てカイトは思わず駆け寄ろうとした。何故ならその亡者とは彼の父親だ。


    「なんなんだよクソ親父が!アンタこんなとこで何をしてんだよ!?」


    そこにいたのはカイトの父親にして警察庁次長の甲斐峯秋。

    いくら親子関係が不仲でも実の父親が亡者となって変わり果てた姿は

    息子のカイトにはショックでしかなかった。

    だがこれで警視庁と警察庁のトップが亡者と化したのなら警察組織は崩壊したも同然だ。

    まさに万事休すといった状況。

    押し寄せる亡者たちを前にして抗うことも出来ず彼らと同じ末路を辿るのかと思った時だ。

    156: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 09:26:26.65 ID:VKN7a1Ov0


    ((ブロロロロロロンッ!))


    この駐車場に一台の車が猛スピードで駆けつけてきた。

    それは黒のGT-Rだ。突然現れたこの車のドアが開きドライバーが姿を現した。


    「杉下さん!早く乗ってください!」


    そのドライバーは警察庁に異動した神戸尊だ。

    まるでこの事態を予想していたかのように駆けつけてくれた神戸は

    すぐに右京たち三人を車に同乗させてこの場を後にした。


    「親父…チクショウ…何でこんな事に…」


    後部席で未だに変わり果てた父親の姿にショックを隠せずにいるカイト。

    そんなカイトを陣川が励ましながら右京は神戸に現時点における正確な情報を尋ねた。


    「神戸くん、先ほどは助かりました。どうもありがとう。」


    「本当はもっと早く駆けつけたかったんですけど…
    警察庁へ異動になってしまったので
    旧佐伯家で起きた事件を今日の報道で知ったばかりだから…」


    「既に伊丹さんたちもヤラれてしまいました。そちらの警察庁はどうですか?」


    「駄目ですね。こっちも警視庁と同じで酷い有様ですよ…」


    神戸が語るには既に警察庁も職員の大半が亡者と化していたらしい。

    その事実を知らされてカイトと陣川は愕然とした。

    何故なら警視庁、それに警察庁はこの東京を犯罪の魔の手から守る要の砦だ。

    その砦が亡者たちの手に堕ちたとなればこの東京の治安は誰が守るというのか?

    157: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 09:27:11.10 ID:VKN7a1Ov0


    「そんな…警視庁と警察庁が壊滅の被害を受けたらこの東京はお終いですよ…」


    「陣川さんの言う通りだ。犯罪者たちによる無法地帯になってしまうじゃないですか!?」


    「いや、その心配はないよ。」


    「それってどういう意味ですか?」


    カイトの疑問に答えるように神戸は車に搭載されているカーTVやラジオを付けた。

    だがどれもまともに機能してはいない。

    ノイズが乱れてまともに配信などされていない状況だ。

    それどころかまともに車を走らせているのは神戸の運転している車のみで、

    他の車はガードレールにぶつけていたりあるいは無人のまま放置されていたりと、

    まるで右京たち以外の東京都民はみんないなくなってしまったかのようであった。


    「実は杉下さんたちと合流する前に鈴木響子さんと信之くんの消息を探ったんです。
    響子さんは精神病院を抜け出し行方不明で、
    信之くんはとりあえず保護者の親戚の方に携帯番号を聞き出したんですけど通じなくて…」


    2年前に旧佐伯家の周囲で起きた事件の関係者である鈴木信之の安否を確認するために

    神戸から渡された彼の携帯に連絡を試みる右京。

    可能ならすぐにでも信之を助けなければならない。

    だが聞こえてくるのはコール音だけで中々連絡に出てくれない。

    ひょっとして信之も既に亡者と化してしまったのか?

    そんな不安が過ぎるが…

    158: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 09:27:37.01 ID:VKN7a1Ov0


    『あ…あぁ…』


    すると連絡が繋がったようで携帯越しから怯えた少年の声が聞こえてきた。

    恐らくこの携帯の主である信之からだ。

    右京はすぐに彼の安否を尋ねて可能なら助けに行くと告げようとした時だ。


    『助けてッ!!』


    携帯越しから信之の助けを訴える叫び声が響いた。

    その声を聞いて右京はすぐに状況を問い質そうとした。


    『あの女の人が…襲ってきた…』


    『それも一人なんかじゃない!たくさん…あぁ…そんな…』


    『どうして…僕は見逃してくれるって言ってくれたのに…』


    『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?』


    その悲鳴と同時に信之との連絡は途絶えた。状況から察するにもう手遅れだ。

    今から信之の元へ向かったところで同じ目に遭うのが目に見えていた。

    そんな助けを求める信之を救えなかったことに自身の至らなさを感じる右京。

    だが今は後悔している場合ではない。一刻も早くこの事態を対処しなければならない。

    そう決意を改めた矢先に神戸が走らせている車が向かっている方角に気づいた。

    この車はまっすぐ練馬区を目指していた。


    159: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 09:28:05.06 ID:VKN7a1Ov0


    「神戸くんまさかこの車の行き先はあの家ですか?」


    「ええ、旧佐伯家です。あれから二年が経ちました。今こそあの家に行くべき時です。」


    二年前、神戸は右京に時が来るまであの家に立ち入るなと警告を促した。

    そしてあれから二年が経過した。だが何故それが今なのか?

    さらに言えばどうして神戸は

    まるでこうなることを予め知っていたかのような行動を取っているのか?

    右京にとって未だに気になることばかりだが今はそんなことも言ってはいられない。

    神戸の言うようにこの事態の元凶である佐伯家に向かわなければならないのは事実だ。

    そんな矢先、後方から猛スピードで近づいてくる車が見えた。

    赤いサイレンを鳴らしているのは警察のパトカーだ。それに乗っているのは…

    160: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 09:28:49.37 ID:VKN7a1Ov0


    「嘘だろ…あれは…伊丹さんたちだ…」


    後部席に乗っていたカイトがいち早く気づいたが亡者と化した伊丹たちが後をつけていた。

    伊丹たちを乗せたパトカーは神戸のGT-Rに対して真後ろから追突させてきた。


    ((ドンッ!)) ((ドンッ!))


    その衝突音に揺れる車内。既に両車両とも時速100キロ近くで走行している。

    カイトや陣川が何度も伊丹たちに呼びかけているが

    操られている伊丹たちにそんな聞く耳などない。

    このままでは両車揃って衝突事故を起こすのは時間の問題。そしてついに…


    「 「うわぁぁぁぁぁぁっ!?」 」


    パトカーの無理な体当たりで両車は揃って横転。

    幸いにも全員かすり傷の軽傷で済んだが

    運転席にいた神戸だけはどうやら足が引っかかり身動きを取れずにいた。


    161: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 09:29:15.78 ID:VKN7a1Ov0


    「は…早く車から行ってください…ここまで来ればあの家は目と鼻の先ですよ…」


    「しかし神戸くん…キミを置いては…」


    身動きの取れない神戸を案じる右京たち三人。

    こんな状態の神戸を放置して行けば亡者と化した伊丹たちの格好の餌食だ。


    「いえ…僕は後から行きます…杉下さんたちは一足先に旧佐伯家に向かってください!」


    「けど…こんなとこに置いていけないですよ!」


    「いいから早く行くんだ!急がないと手遅れになるぞ!?」


    カイトや陣川は神戸を置いていくことに抵抗を感じていた。

    だが神戸の言うように

    この異常事態の原因である佐伯家に一刻も早く向かわなくてはならない。

    そのため右京は非情の決断を下すしかなかった。


    「わかりました。絶対に来てくださいよ。」


    「そんな…杉下さん…それだと神戸さんが…!?」


    「出来るだけ僕たちに注意を促すように移動しましょう。
    そうすれば彼らも神戸くんではなく僕たちを標的にするはずです。」


    身動きの取れない神戸の代わりに自分たちが囮になって行動することでその目を逸らす。

    今の右京たちに出来る選択肢はそれしかなかった。

    そんな右京の意見を受けて了承した

    カイトと陣川は派手な行動で伊丹たちの目を逸らしながら移動を開始。

    こうして右京たち三人は佐伯家を目指して走り去っていった。

    162: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 09:29:43.38 ID:VKN7a1Ov0


    「杉下さん…行ってくれたか…」


    これで自分の役目は終わった。

    そう思いながら神戸は未だ身動きがとれない自らの足元に視線を向けた。

    実は神戸の足は車に挟まってなどいなかった。だが身動きが取れないのは確かだ。

    それなのにどうしてこんな嘘をついたのか?

    その理由は未だに神戸の足を掴んで離さないある存在が原因だ。


    『ア゛…アアアア…』


    運転席の真下から憎しみに満ちた目で神戸を睨みつけるこの亡者。

    それは城戸充。かつての冤罪事件で神戸は彼が自殺を遂げたことを悔いていた。

    いくら事件の真相が暴かれても神戸が無実の人間を冤罪に貶めたことに変わりはない。

    そんな城戸の憎しみは死後も晴れることなくこうして神戸自身にまとわりついていた。

    163: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 09:30:39.94 ID:VKN7a1Ov0


    「まさかこんな形で再会するなんて…これも因果応報ってヤツかな…」


    かつて神戸は自らに助けを求めた城戸に対して裁判で不利な証言を行った。

    あの圧倒的に不利な状況で自分が唯一信じた人間に裏切られた。

    それは死後も怨念と化すには十分な理由なのかもしれない。そして神戸自身も悟った。

    これは自分が受け入れるべき罪なのだと…

    そう覚悟を決めた時、

    先程までノイズ混じりで付けっぱなしだったラジオからある音声が流れた。


    『………』


    それは神戸がまだ会ったことないが特命係と関係ある人物の訃報。

    その訃報を聞いて改めて思い知らされた。

    やはりあの家に関わった者は誰であれ呪われる運命にある。

    この連鎖を断ち切るには…


    「杉下さん…この未来を絶対に変えてください…」


    すべてをかつての相棒である杉下右京たちに託して神戸はそっと自らの目を閉じた。


    『ア゛アアアアア…』


    亡者と化した城戸の呻き声と同時に運転席にいた神戸の姿は忽然と消えた。

    それと同時に先ほどラジオから伝わった訃報が再度流れた。


    『本日未明、サルウィン国で
    ボランティア活動を行っていた日本人の亀山薫さんが死体となって発見されました。
    死因については現在調査中で…』


    ………

    ……


    164: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 09:31:06.83 ID:VKN7a1Ov0


    ××××××××××××


    「どうなってんだ…これ…?」


    それがここまでファイルを読み続けた冠城の感想だ。

    まさかの展開にさすがの冠城も思わず目を背けたくなるようなものばかりだ。

    伊丹たちが死んでさらにかつて杉下右京の相棒だった神戸やそれに亀山までもが死んだ?

    馬鹿な…有り得るはずがない…

    何故ならこれは今から五年前の事件だ。

    もし彼らがこの事件で死亡したというなら

    それ以降に警視庁に入った自分は彼らと知り合うことなど不可能だ。


    「オイ…どうなってんだ…?こんなことありえないだろ!?」


    「そんな僕に怒鳴らないでくださいよ!
    これはファイルに書いてあることを読み綴っているだけなんですからね!?」


    思わず隣にいる青木に八つ当たりするかのように怒鳴り散らしてしまったが

    青木の言うように自分たちはこのファイルに記載されていることを読んでいるだけだ。

    それにしてもこれは…

    あまりにも衝撃的な内容に理解することが追いつけない。

    こんな悪霊に警察組織が全滅させられたなどまるで海外のB級ホラー映画でもありえない。

    165: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 09:31:32.47 ID:VKN7a1Ov0


    「どうします。読むのやめますか?」


    そんなに不快に思うのなら読むのをやめたらいいのかと青木に尋ねられた。

    青木の言うようにこれ以上ファイルを読む必要などないのも事実だ。

    冠城が法務省から出向してさらに警視庁へ入庁してから既に二年近くが経過した。

    その間に多少なりとも親しくなった人間が

    次々と殺されていくこのファイルを読むのは不快に思うのは確かだ。

    だが…それでも…


    「いや、乗りかかった船だ。最後まで読んでおきたい。次へ進めてくれ。」


    「はいはい、わかりましたよ。けど今度は突っかからないでくださいよ。」


    青木に指示を促し冠城は最後までファイルを読み続けた。

    自分自身どうしてファイルを読み続けようと思ったのか正直よくわからなかった。

    まともに考えればこのファイルに記述されている内容は

    すべて非科学的なものばかりで実際に起こりえた事実であるはずがない。

    それでも冠城はどうしてもこの事件の真相を知りたかった。

    それは好奇心もあるがそれ以上に何かの意志が駆り立てた。

    その正体が何であるのかはわからないが…

    166: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 10:24:59.10 ID:VKN7a1Ov0


    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


    神戸と別れた右京たちは亡者の群れからの追跡を交わしようやく佐伯家にたどり着いた。

    周りを見渡しても人気はまったくない。

    どうやら先ほどの警視庁と同じく既にこの周囲の人たちもやられているのだろう。

    だが今はこの元凶となった佐伯家だ。

    未だに警察が貼った立ち入り禁止の表示をくぐり抜けて三人は家の中へと入った。


    「やはり誰もいませんね…」


    先に家の中へと入ったカイトが言うようにやはり家の中はもぬけの殻。

    相変わらず不気味な雰囲気を漂わせさらに無人であるため電気もついておらず

    家の中はほぼ真っ暗闇な状態だ。

    それから三人はリビングへと入った。するとそこに一人の女性が倒れていた。

    すぐに駆けつけてみると倒れているのはなんと仁科理佳だった。

    167: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 10:25:29.28 ID:VKN7a1Ov0


    「理佳さん大丈夫ですか!」


    「う…うぅ…ん…」


    カイトが介抱するが幸いにも理佳は気を失っていただけで命に別状はなかった。

    とにかく自分たち以外に生き残りがいて助かった。

    そう安堵しながら何故理佳がこの家にいるのかその事情を尋ねた。


    「あれ?私どうしてこんなところに…」


    「それは俺たちが聞きたいですよ。何で理佳さんはここにいるんですか?」


    「あなたたちと別れた後に
    この家の事が気になって来てみたんですけど…それから…何で倒れたんだろ?」


    どうにも理佳は気を失う前の記憶がかなり曖昧になっているようだ。

    それ以外は特に異常はない。そう思っていたのだが右京は理佳の手元に注目した。


    「失礼ですが何かお持ちのようですね。」


    「あ、本当だ。けどこれって…」


    理佳が持っていたのは一枚の紙切れだ。

    一見何の変哲もない紙切れだ。だがそれはよく見ると…

    その紙には以下の内容が記されていた。

    168: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 10:25:54.39 ID:VKN7a1Ov0


    ―尋ね人―


    警視庁特命係:杉下右京警部


     同所属:甲斐亨巡査部長

    169: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 10:28:47.72 ID:VKN7a1Ov0

    それは尋ね人の手配書だ。

    特命係の右京とカイトの二人に関するもの。そんな内容が記載されていた。

    これだけでもかなり気味の悪い展開だがそれだけではない。

    いい加減明かりを点けたらなんとこのリビングの至るところにこの手配書が貼られていた。

    それはまるでもうお前たちには逃げ場などないと暗示しているかのようだ。


    「おやおや、これは手の込んだ真似をしますね…」


    「これってどういう事なんですか…」


    「恐らく警告でしょう。我々に逃げ場は無いとそう伝えたいようですね。」


    「クソッ!隠れてないで出て来いよ!」


    こんな悪質な嫌がらせに思わず苛立つカイト。

    今まで特命係の活動を通してどんな凶悪犯だろうと捕まえてきた。

    だが今回に限ってはこれまでの犯人のような目に見えない存在だから厄介だ。

    そんな苛立つカイトを尻目に右京は全員に二階へ行くように指示を促した。

    こうして全員は二階の徳永夫妻の遺体が置かれていた天井に通じる部屋へと入った。

    170: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 10:29:23.58 ID:VKN7a1Ov0


    「さて、それではこの事件の真相を僕なりに推理してみました。
    いくつか超常現象的な面も含まれますがそこは予め了承してください。」


    「さっき車の中で
    この事件の犯人は佐伯伽椰子だって言いましたけどアレって本当なんですか?」


    「そんな…でも伽耶子さんは5年前に亡くなっているって…」


    右京とカイトの話に思わず遮るように意見する陣川。

    ここまでの道中で佐伯家に関する説明を受けた陣川にしても

    佐伯伽耶子がこの一連の騒動を引き起こしたなど信じられるはずもなかった。


    「佐伯伽耶子はこの家で非業の死を遂げた人物です。
    この世の全ての人間を呪わずにはいられない。
    だからこそ彼女は死んでもなお人を…いえ…この世を恨み続け…
    このような恐慌に及んだのでしょう。」


    “恨み” “怨念” 

    そんな人間の負の感情が伽耶子の力を増大させていると考えている右京。

    それは伽耶子の生い立ちを理解していれば納得のいく答えだ。

    伽耶子の生涯は決して報われたものではなかった。

    愛しい人と結ばれることも出来ず、愛してもいない男との結婚。

    さらにはその男に惨殺された。

    そんな彼女ならこの世を滅ぼすほどの怨念を宿すなど造作もないのだろう。


    「そんな悪霊みたいなのが犯人じゃ居場所なんて特定出来ないじゃないですか!?」


    「いえ、居場所なら特定は出来ます。
    ところで話は変わりますが…
    仁科さん、あなた先日恋人に別れ話を持ちかけられたそうですね。」


    「え…えぇ…けどそれが何か?今のこの事態と関係があるんですか!?」


    伽耶子についての言及からいきなり自分の恋愛事情に尋ねられて思わず動揺する理佳。

    こんな非常事態に何をふざけたことを聞くのかと苛立ってしまう。

    カイトと陣川も理佳と同様に

    そんな理佳の恋愛事がこの事態とどう結びつくのか理解できずにいた。

    そんな時だった。

    171: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 10:29:56.43 ID:VKN7a1Ov0


    「うわっ!」


    「痛っ!?」


    一階からなにやら男たちの声が聞こえてきた。

    もしや自分たち以外にも誰かこの家に入ってきた者がいるのか?

    それはひょっとして伊丹たちのような伽耶子に使役された亡者では?

    そう警戒したカイトたちはすぐに下に降りて侵入者の様子を見に行くことにした。

    こうして二人は一階に駆け下りて部屋には右京と理佳の二人だけが取り残された。

    そんな二人を見送った後に理佳の前で右京の推理は続けた。

    172: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 10:30:43.77 ID:VKN7a1Ov0


    「さて、思わぬ邪魔が入りましたが僕の推理を続けましょうか。
    理佳さん、僕はこう思っています。
    屋根裏で死亡した徳永勝也さんは誰かに操られていたのではないかと。」


    「操られていたってどういう事ですか?」


    「いえ、操られていたというよりも正確にはとり憑かれていたと言うべきでしょうね。
    何故ならいくら悪霊でも成人男性や女性を2階に持ち上げるのは困難でしょう。
    ですが…勝也さんが自分から入ったとなれば話は別です。
    それならば何の問題もありませんからね。」


    「そんな…馬鹿げている…証拠はあるんですか?」


    「勝也さんは亡くなる前日に妹の仁美さんと会っていたそうです。
    彼女の証言によると彼は亡くなる前に、
    『俺はあの女に騙されていた』『あいつは俺の子じゃない』と言っていたそうです。
    しかしこの言葉はどれも勝也さんに当てはまらない。
    何故ならば徳永夫妻にお子さんはいません。」


    それは理佳も既に把握している徳永家の家族構成。

    この家に子供など存在しない。

    つまり仁美が聞いた勝也の独り言は明らかに言動が不一致している。

    だが右京はかつてこの家において一人だけその言葉に当てはまる人物を知っていた。

    173: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 10:31:19.81 ID:VKN7a1Ov0


    「この言葉に当てはまる人物は佐伯剛雄、五年前この家で妻を惨殺した男です。
    彼は精〇欠乏症で息子の俊雄くんが自分の子ではないと疑っていました。
    つまり彼にならこの『俺はあの女に騙されていた』『あいつは俺の子じゃない』
    という言葉が見事に当てはまるんですよ。」


    「つまり杉下さんは何が言いたいんですか…」


    「徳永勝也は死ぬ直前、佐伯剛雄にとり憑かれていた。僕はそう考えています。」


    その推理を聞いて理佳は思わず呆れてしまった。

    幽霊に取り憑かれたなんて到底警察官の言葉とは思えない。

    だがこの状況だ。普段なら真に受けないだろうがそれならば納得がいかなくもなかった。


    「仮に勝也さんがとり憑かれていたとしてそれがどうしたというんですか!
    勝也さんが亡くなった今じゃとり憑かれていたなんて無意味な追求ですよ!?」


    「いいえ、無意味などではありませんよ。大事なのはここからなのですから…
    ところで理佳さん、あなたは三日もこの呪われた家に居てよく助かりましたね。
    警視庁なんて既に亡者の巣と化していますよ。
    佐伯伽椰子にはあなたを殺す機会がいくらでもあったはず、
    それなのにあなたは未だに生かされている。それは何故でしょうか。」


    「そんなのわかりませんよ!偶然じゃないんですか!?」


    いきなり自分のことについて追求されてしまい狼狽え出した理佳。

    何故そんなことを聞くのか?それには理由があった。

    その理由とは理佳とそれにかつてこの家の住人だった伽耶子の共通点だ。


    174: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 10:31:52.13 ID:VKN7a1Ov0


    「それは…あなたは恋人に別れ話を切り出されたように佐伯伽椰子自身も…
    かつて想い人であった小林俊介という男性を愛していました。
    しかし自身の家庭の都合で彼と離れ離れになる事になり…本来なら好きでもない男性と
    結婚する羽目になった…だからこそあなたは…」


    「佐伯伽椰子に取り憑かれてしまったのではありませんか。」


    ありえない…そんな推理など馬鹿げている…

    それがここまで右京の推理を聞いた理佳の感想だ。

    何故自分が伽耶子に取り憑かれなければならない?

    失恋したから?それも伽椰子と同じく?そんな人間など世間にごまんと存在する。

    その中でどうして自分だけが伽椰子にとり憑かれるのかまったく理解できなかった。


    「あなたが介護センターで担当している吉川さん、彼の行動がヒントになりました。
    僕たちが会いに行った時、彼はずっと『いないいない…バァ~!』と
    まるで子供をあやしている真似事をしていましたね。」


    「確かにそうでしょうね、しかし彼には見えていたとしたらどうでしょうか。
    実はあの場にもう一人いて…それが子供で…さらにその子供が…
    佐伯俊雄くんだとしたらどうでしょうか。」


    「そんなのあり得る訳が…」


    「いいえ、十分にありえます。
    あなたが俊雄くんの母親である佐伯伽椰子に憑りつかれていたとしたら
    俊雄くんがあなたの周りに居た事が充分納得がいきます。
    俊雄くんは父親である佐伯剛雄に虐待されていました。そんな彼の唯一の味方が恐らく…
    母親である佐伯伽椰子だった。
    そんな頼れる母親の霊に憑かれたあなたの周りに俊雄くんが居た。
    少々非現実的ですがそう考えれば納得できなくもないんですよ。」


    「あなたが佐伯伽椰子にとり憑かれているなら話は簡単なのですよ。
    徳永夫妻が屋根裏で死んだ後に佐伯伽椰子に憑りつかれたあなたがこの押し入れの
    ガムテープを貼ればいい。至って単純な事だったのですよ。」


    「アハハハハハハ!
    杉下さんって本当面白い方ですね!私が…憑かれたとか…
    そんな…馬鹿げた事…真顔で言うんだもの…」


    「それではもうひとつ言っておきましょうか。この僕たちの尋ね人の手配書…
    幽霊がこんな物作りますかね。
    あなたが作ったのではありませんか?
    いえ…正確に言えば佐伯伽椰子によって作らされたのでしょうが…」


    「アハッ!アハハ…アハハ…ハハ………」


    理佳は右京の推理を聞き馬鹿笑いするがその笑いがピタリと止む。

    その代わりにある声が聴こえてきた。

    あの悍ましい声が…

    175: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 10:32:21.18 ID:VKN7a1Ov0


    『あ゛…あ゛あああああ…』


    それは一瞬の出来事だった。

    笑い声が止むと理佳は先程まで普通だった顔色が見る見る青白く染まっていき

    街中を彷徨いている亡者と同じ姿と化した。

    やはり右京の推理通りだった。この家で三日も居て何もなかったはずがない。

    既に理佳も伽耶子の呪いにより取り憑かれていたようだ。


    『あ゛…あ゛あああああ…』


    そんな亡者と化した理佳は右京に襲いかかろうと詰め寄ってきた。

    だがここでやられるわけにはいかない。

    すぐさま右京は豹変した理佳をこの部屋に閉じ込めた。

    閉じ込めた後もドンッ!ドンッ!とドアを叩きつけた。

    その間に右京は先ほど一階に降りたカイトたちと合流すべく廊下を駆け下りた。

    176: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 10:33:03.34 ID:VKN7a1Ov0


    その頃、一階に降りたカイトと陣川は…


    「さっきの声は誰だったんだ?」


    「まったくあっちもこっちもおかしな事態が続いてこの家は一体どうなっているんだ?」


    薄暗い家の中を手探りで移動していた。

    先ほど二階に上がる際、電気を消してしまったのがいけなかった。

    あれを消さなければこんな薄暗い家の中を移動する羽目にならずに済んだのにと

    ぼやきながらも先ほど声がしたリビングの方へと訪れていた。


    「痛たた…急にこの人と頭ぶつけちゃって…あなた大丈夫でしたか?」


    「えぇ…大丈夫っすよ…すいませんねぇ頭ぶつけて…」


    この二人、部屋が薄暗いせいか顔はハッキリと見えないが成人男性らしく

    一人はガッシリとした体型で

    もう一人は少々なよっとした頼りなさそうな感じのまるで正反対な二人組だ。

    177: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 10:33:29.63 ID:VKN7a1Ov0


    「とにかく無事な人たちがいてよかった。もう大丈夫ですよ。俺たち警察ですから!」


    「え?警察?俺も警察だよ!」


    「お言葉ですが…僕も警察官です。」


    カイトが見つけた男たちは二人組のようでお互い初対面らしい。

    おまけに身分は二人とも自分と同じく警察官だと告げた。

    警察官にしてはどうにも違和感があるのだが…

    それはともかくどうしてこの家に入ってきたのかカイトは二人にその事情を尋ねた。


    「けどあなたたち徳永さんの家に上り込んで何をしてたんですか?」


    「徳永さん?何言ってんだ?ここは佐伯さんの家だろ?」


    「ちょっと待ってください!ここは北田さんのお宅ですよ?」


    「 「 「え?」 」 」


    徳永?佐伯?北田?

    カイトとその二人が同時に告げたこの家の家主の名は明らかに異なるものだ。

    現在この家は徳永一家のものだ。それは間違いない。

    だが二人は確かにこの家の家主は佐伯であり北田だとそう告げた。

    その二つの名はカイトも把握している。それはかつてこの家に住んでいた家主の名だ。

    178: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 10:33:57.51 ID:VKN7a1Ov0


    「佐伯と北田って確か…昔この家で事件に合った家族の名字じゃ…」


    「お言葉ですが…佐伯って確か…夫が妻を惨殺した家庭の事じゃ…」


    「待ってくれ…アンタら何でそれを知ってんだ?俺たちはその捜査に来たってのに…」


    この三人の会話を傍から見ていた陣川も違和感を抱いた。彼らの言動は明らかに不一致だ。

    現在の状況を踏まえた上で

    この三人の誰が正しい発言をしているのかといえばそれは勿論カイトだ。

    だが他の二人もまったくおかしな発言をしていないというわけでもない。

    この家に来るまでの道中で陣川も佐伯家に関する一連の事件を聞かされたが

    佐伯と北田はかつてこの家の家主だった。

    だがどうして昔の家主の名前を告げたのかそれが疑問だ。


    179: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 10:34:46.17 ID:VKN7a1Ov0


    「とりあえず落ち着いてください。
    アンタたちはこの家に何の用があって来たか教えてもらえますか。」


    「俺は…その…
    ここの主人の佐伯剛雄が殺人を犯した可能性があるから令状取って捜査しに来たんだよ!
    俺は1階を探してたんだがそしたらリビングで『ミャー』っていう猫の鳴き声がして…
    行ってみたらこの人とぶつかったんだ。」


    「あなた…一体何年前の話をしてるんですか?それ3年も前の話でしょう!
    ちなみに僕はこの家に住む北田夫妻にお話を聞きに来たんですけど…
    そうだ…台所で旦那さんの死体を見つけたんですよ!
    けどその後…奥さんにフライパンで殴られて…それでもなんとか立ち上がって
    奥さんが向かった居間に行こうとしたらこの人とぶつかったんです。」


    やはりこの二人どうにも奇妙だ。

    まるで当時この家で起きた出来事をたった今起きたかのように語っている。

    だがそんなことはありえない。

    佐伯一家の惨殺事件は今から5年前に起きたもので北田家の失踪も既に2年前の出来事だ。


    「なんだかアンタたちの話どっかおかしいんだけど…」


    「そう言われても…佐伯家の事件は杉下さんから聞いた話だから…」


    「おいアンタ!右京さんと面識があるのか!?」


    「当然ですよ。なんせ僕は杉下さんの相棒ですからね。」


    「何言ってんだ!右京さんの相棒は俺に決まってんだろ!」


    「いや…杉下さんの相棒は俺だから!」


    なんとこの二人、杉下右京と関わりがあり自分こそが右京の相棒だと言ってのけた。

    そんな二人に堪らず自分こそが右京の相棒だとカイトまで言い張る始末。

    だがそのやり取りを見ていた陣川はこの二人に何か見覚えが有るように思えた。

    こうなれば最後の手段を行うしかない。それは彼らの身分を提示してもらうことだ。

    それならばと納得したようで

    二人は胸元のポケットから警察手帳を提示して自らの身分を明かしてみせた

    180: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 10:35:12.10 ID:VKN7a1Ov0


    「警視庁特命係の甲斐亨!」


    「警視庁特命係の神戸尊です!」


    「警視庁特命係の亀山薫だ!」


    「 「 「………」 」 」


    「 「 「何ぃっ!?」 」 」


    薄暗かな部屋に明かりが点けられて三人はようやく対面を果たすことができた。

    そこには杉下右京の相棒にしてかつて特命係に在籍していた刑事たち三人が対面していた。

    だがこれはここまでの展開からして決してありえない出会いだ。

    何故ならこの二人は既に命を落とした。それなのにどうしてこの場にいるのか?


    「亀山さんにソンくん!?ていうかソンくん生きてたんだね…よかった!!」


    「ちょっと陣川さん!
    急に抱きつかないでくださいよ…ていうか生きてたってどういう意味ですか?」


    「亀山さんって確かサルウィンに旅立ったていう人ですよね。どうしてあなたがここに?」


    「おいおい、待ってくれ!
    特命係って俺と右京さんしかいないんだぞ!何でアンタらが特命係なんだよ!?」


    さらに言うならこの二人の言動はやはり奇妙なものだ。

    まさに当時のことばかりしか語ろうとしていない。しかしこれはどういうことなのか?

    何故歴代の特命係がこの場に集まったのか?その理由は何なのか?

    181: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 10:35:39.81 ID:VKN7a1Ov0


    「なるほど、そういう事でしたか。これで長年の謎がようやく解けました。」


    そんな三人の背後から現れたのは右京だ。

    先ほどこの部屋の明かりを点けて二人の正体を確かめた右京はある結論にたどりついた。

    右京はその結論を実証すべく二人にあるものを提示させた。

    亀山にはパスポートを、神戸には期限切れの免許証をそれぞれ提示するように指示した。

    それから亀山と神戸が出したパスポートと免許証を見て右京はある確信に至った。


    「やはり僕の思った通りです、それでは説明しましょう。
    亀山くん、神戸くん、キミたちはこの時代に…
    過去の世界からこの未来にタイムスリップしてしまったようですね。」


    いきなりのタイムスリップ発言にさすがにこの場にいる全員がまさかと驚くばかり。

    だがタイムスリップなどそんな証拠がどこにあるのか?

    そこで右京はその証拠を提示すべく

    先ほど亀山と神戸から提示されたパスポートと免許証で説明してみせた。

    182: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 10:44:54.61 ID:VKN7a1Ov0


    「まずこの亀山くんのパスポートを見てください。
    入国スタンプが押されるところに何も無い…真っ新な状態じゃないですか。」


    「あ、そうか。
    もしここにいる亀山さんがこの時代の亀山さんなら
    サルウィンの入国スタンプが押されているはずですからね!」


    さすがにパスポートのような重要物は簡単には誤魔化せる代物ではない。

    そのパスポートにサルウィン国への入国した痕跡がないというのは明らかに不自然だ。

    さらにもうひとつは神戸の免許証もそうだ。

    既にパンチ穴が空いて失効されて2年も経過した免許証など所持する必要はない。

    以上が右京の推理する亀山と神戸が過去の時代から現れた証拠だ。


    「…それじゃあ…右京さん…あなたは…」


    「僕たちの知っている杉下さんではなくて…」


    「僕はキミたちの知る杉下右京ではなく未来の杉下右京ということになりますね。」


    「いや…それにしても右京さんや陣川さんは全然変わんないから実感ないですね…
    しかし…この二人が俺の後任なら…
    俺は2013年にはもう特命を辞めちゃっている訳なんですね…」


    「僕も…2013年には警察を辞めているか
    もしくは部署を異動になっていると…そういう解釈になるんでしょうか?」


    「ええ、二人とも特命係を去って今はこちらのカイトくんとやっています。」


    「あの…その…こんな形で先輩方にお会いするとは思いませんでした…」


    「俺も…まさか未来にタイムスリップして後輩に会う事になるとは思わなかったよ…」


    「なんというか貴重な体験ですね…」


    こんな異常事態でまさかの歴代特命係の邂逅を果たした右京たち。

    本来なら感慨深いことなのかもしれない。

    だがどうしてそれぞれ時代の異なる者たちがこうして集まることになったのか?

    183: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 10:45:22.37 ID:VKN7a1Ov0


    「恐らくこの現象は…この家が原因でしょう。
    この家に溜めこまれた呪いの力が増大してしまい時空が歪められた。
    その結果、過去の世界から亀山くんと神戸くんがやって来てしまったのだと思われます。」


    「ここが未来の世界…
    教えてください右京さん!一体未来で何が起こったというんですか!?」


    そんな亀山の疑問に答えるべく右京はこのリビングにあるベランダを指した。

    そこには呻き声を上げながらこの家に迫ろうとする伊丹たち亡者の姿があった。

    184: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 10:45:55.08 ID:VKN7a1Ov0


    『あ゛…ああああ…』


    変わり果てた同僚の姿を見てさすがにショックを受ける亀山と神戸。

    まさか自分たちが辿る未来がこんな絶望的な結末を迎えることになるなんてありえない。

    だがどんなに認めたくなくてもこれは紛れもなく現実だ。


    「僕たちが気付いた時には…この世界はこんな地獄に…」


    「俺たち以外の人間はもう…無事じゃないでしょうね…」


    「何なんだよこれは…」


    「一体何でこんな事に…」


    「佐伯伽椰子…さらにその息子である俊雄くんの仕業に間違いないでしょうね。
    思えば事の発端は彼らに合ったのですから。
    佐伯伽椰子は夫の剛雄の手により無残な死に方をした。
    その恨みを晴らすために剛雄を殺害したもののそれだけでは恨みは収まらず、
    佐伯家に関わる者を次々と殺害していった。
    この家で事件が起こる度に
    警察関係者、報道、更には興味本位でこの家に肝試し気分で訪れる者たちが現れる。
    佐伯伽椰子はそうした人々を次々と呪い、その呪われた人々がさらに呪いを増やし…
    それが広まってこのような事態にまで発展してしまったのでしょう。」


    発端となった5年前の事件。

    あれから5年の歳月が経ち、その間にも呪いの力は増していった。

    伽耶子の呪いにより殺された人たちの行き場のない怨念はこの呪いの家の糧となり

    それが呪いの力を増大させていた。

    この事態はそんな人間の負の力が交じり合うことにより起きた現象だと右京は語る。

    185: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 10:46:22.75 ID:VKN7a1Ov0


    「なんてこった…それじゃあ美和子やたまきさん…
    それに官房長までこんな風になっているって事ですか!?」


    「お言葉ですが…官房長は既に亡くなっています。
    2010年に刺されてしまい…だから今回の件とは関係ないと思いますよ。」


    「官房長が亡くなってる!?マジかよ…」


    神戸から小野田官房長の死を知らされてまさかと驚く亀山。

    そんな亀山の反応を見て何故5年前に亀山が小野田の死を予言してみせたのかがわかった。

    だが今はこの事態をどう対処すべきかだ。

    いくら特命係の面子が集まろうとこの現状を打破する解決策がなくては意味がない。


    「けど…何で亀山さんたちだけ過去からタイムスリップしたんですか…?」


    「そういえばそうだね。何か理由があるんですか?」


    「理由と言われてもなぁ…」


    「特に何も思い当たる節が…」


    こんなタイムスリップを引き起こす現象に何の覚えもないという亀山と神戸。

    だがそこで神戸はあることに気づいた。それは自分がずっと手に握り締めていたモノ。

    北田洋の遺体を発見する直前に拾った佐伯俊雄が描いた絵だ。

    そんな神戸を見て亀山もまたあることに気づいた。

    それは誤って持ってきてしまった伽耶子の日記だ。

    186: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 10:46:50.28 ID:VKN7a1Ov0


    「なるほど、そういうことですか。
    キミたちがこの未来の世界にタイムスリップした原因は
    この家に纏るその二つのモノを持っていたからですね。」


    思えば5年前、右京がこの家を調べ出した理由は俊雄の絵とそれに伽耶子の日記だ。

    もしもこの事態が伽耶子の呪いによって引き起こされたのなら

    これらのモノはこの一連の事件を解き明かすための鍵となる。

    右京は亀山と神戸から絵と日記を受け取るとそれをリビングにあるテーブルに並べた。


    「そんなモンを一体どうする気ですか?」

    「僕の考えが正しければこの二つの品はこの家の呪いの集合体。
    謂わばこの家の呪いの象徴とも言えます。
    そして佐伯伽椰子と同じくもう一人この呪いを生み出す元凶である…そう…」


    右京が推理を語っている時だった。

    ギシギシとこのリビングのソファを揺らす音が聞こえてきた。

    今、この場にいる人間は誰も座ってなどいないはずだ。

    気になった全員がふとソファの方へと視線を向けるとそこには一人の少年がいた。

    年齢は恐らく9歳くらいで生気が通っていない青白い肌にほぼ全裸に近い男の子だ。

    187: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 10:47:22.26 ID:VKN7a1Ov0


    「まさか…この子供は…」


    この少年にカイトは見覚えがあった。

    それは徳永一家の遺体を発見した時に出てきたかつての佐伯一家の写真。

    その中に写っていたあの少年に明らかに酷似していた。

    それは5年前に行方不明になって以来、

    これまでずっと捜索が行われてきたものの未だ行方不明になっていた佐伯家の一人息子。

    それが5年前と変わらない風貌でこの場に現れた。


    「やはり…この家で二つの品が揃えばキミが現れると思っていましたよ。
    母親の佐伯伽椰子と共に幾多の人間を呪い続け…
    そしてこの大惨事を引き起こしたもう一人の張本人、佐伯俊雄くん。」


    この5年間、母の伽耶子と共にこの家に関わるすべての人間を呪殺してきた佐伯俊雄。

    それがこの呪われた日記と絵を提示したことによりようやく姿を見せた。


    『ミャァァァァ…』


    そんな右京たちを前にしてまるで猫の鳴き声かのように叫び出す俊雄。

    まるで正気を感じさせない俊雄に右京たちは一体どのような行動に出るのか…?

    188: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 10:47:48.78 ID:VKN7a1Ov0


    ―――

    ――――

    ――――――


    そこは薄暗い場所…


    「ハァ…ハァ…」


    中年の男がいた。その男はとても苛立っている。

    血に染まった刃物を握り締め

    ガリッ!ガリッ!と自分の爪を噛みながら血まみれ姿のままストレスを和らげている。


    「あぁ…やめて…お願い…」


    もう一人…女もいた。男に対して何度も命乞いをしている。

    女はもう限界だった。

    身体の至る箇所を男が持っている刃物で切り裂かれた激痛により

    思うように動くことが出来ずこの場から逃れることは困難だ。

    それでも男は憎たらしげに女を睨みつけながら恨み言を吐き出した。


    189: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 10:48:25.79 ID:VKN7a1Ov0


    「お前は俺を裏切った!あの子は俺の子じゃなかったんだ!」


    「ちがう…ちがうの!?」


    「黙れぇぇぇぇ!!」


    かつて男は目の前にいるこの女を誰よりも愛していた。

    だが女は自分の好意を無碍にして他の男を愛してしまった。

    それだけではない。

    この女はその男との間に生まれた子供を自分の息子と長年に渡って偽り続けた。

    それはこれまで注いできた深い愛情がとてつもない憎しみと化した最悪の光景だ。

    そして男の怒りは頂点に達した。男は持っていた刃物を振り降ろし、女を殺そうとした。

    190: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 10:48:58.23 ID:VKN7a1Ov0


    「待ちなさい!!」


    だが間一髪で男の凶行は遮られた。

    何故ならこの家に5人の刑事たちが姿を現した。それは警視庁特命係だ。


    「どうやら間に合ったようですね。」


    「佐伯剛雄確保!オラ、大人しくしろ!」


    「杉下さん、女性の方も大丈夫ですよ。怪我はしているけど軽症です。」


    「俊雄くんも保護しました。もう大丈夫です!」


    特命係の行動は迅速だった。

    右京と亀山が凶行に及ぼうとした剛雄を押さえつけて拘束。

    神戸が傷ついた伽耶子を庇い、それに二階で怯えていた俊雄をカイトと陣川が保護。

    こうして佐伯剛雄の凶行は未然に防がれた。

    191: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 10:49:30.91 ID:VKN7a1Ov0


    「アンタら一体何者なんだ!?」


    「申し遅れました。我々は警視庁特命係です。」


    「こうして直接会うのは二度目だな!佐伯剛雄!」


    「二度目だと?俺はお前らなんかとは会ったこともないぞ…?」


    この状況をちっとも理解できず狼狽える剛雄。

    特に剛雄が奇妙に思うのは

    自分を取り押さえている刑事たちと以前にも会ったような素振りを見せていることだ。

    自分の記憶が正しければこんな刑事たちなど一度として会ったことはない。

    それなのにどうしてと疑問に思った。

    だがそんなことよりも今はこの状況をどうにかしなければならなかった。


    「いくら警察だからって令状も無しで勝手に他人の家に上がっていいのか!?」


    「うっせえ!自分の女房殺そうとしたくせに令状だとか一丁前な事言ってんじゃねえ!」


    「それに令状なんか無くても
    この状況下ならあなたを緊急逮捕できますのでどうぞご安心ください。」


    確かにいくら捜査権限のない特命係でも

    殺人が行われる寸前の現場に立ち合わせたら緊急逮捕は認められる。

    だがそれでも剛雄にとっては疑問だった。

    何故家の中での犯行をこの刑事たちは嗅ぎつけたのか?

    剛雄は右京たちに何故この事態に駆けつける事が出来たのか問い質そうとしたが…

    192: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 10:50:31.07 ID:VKN7a1Ov0


    「あなたが疑問を持つのはもっともでしょうが
    それはあなたが気にするべき問題ではありません。
    それよりも佐伯剛雄さん。あなたが妻である伽椰子さんを殺そうとした理由は…
    この伽椰子さんの日記を読んだから…そうですね。」


    「そうだ、その日記に書かれていた小林って男が俊雄の本当の父親なんだろ!」


    右京から伽耶子を殺害しようとした動機を問われながら剛雄は白状した。

    確かに犯行動機は伽耶子の日記を読んだせいだ。

    日記に書かれていたように俊雄の父親が自分でないことに絶望して犯行に及ぼうとした。

    そんな剛雄に亀山や神戸はそれなら離婚でもすればいいと主張する。

    だが剛雄には離婚に踏み切れない理由があった。

    右京はそんな剛雄の顔をジッと見てある事を指摘する。


    「眼球の充血具合、
    それに目の周りの隈や顔色、剛雄さん。あなた間違いなく麻薬常用者ですね。」


    「そういえば角田課長が佐伯剛雄を
    麻薬の容疑で令状取ってましたけどまさか本当に麻薬をやってたなんて…」


    「そして伽椰子さん…あなたもその麻薬のお零れを授かっていましたね!」


    「奥さんの伽椰子さんまで!?」


    「そうです。麻薬を所持しているヤクザ、暴力団の家庭なら
    その家族や身内まで麻薬常用者になるケースが多いですからね。
    妻である伽椰子さんも麻薬常用者であってもおかしくないと思いませんか。」


    まさか夫婦揃って麻薬に手を出していたとは…

    堪らずカイトがこの狂った夫婦に対して怒鳴り声を上げた。


    193: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 10:51:19.52 ID:VKN7a1Ov0


    「両親が揃って…麻薬常用者って…アンタら何考えてんだよ!」


    「俺だって子供が生まれてからは麻薬とは縁を切ろうとしたさ…
    けど俊雄が俺の子じゃないとわかったら…目の前が真っ暗になって…
    もう何を信じたらいいかわからなく…だから麻薬に手を出したんだ!」


    剛雄の苦悩の叫びは保護された俊雄の耳に入った。

    その様子を見てカイトと陣川は子供になんてことを言うのかと剛雄を咎めた。

    だが伽耶子に復讐を果たせなかった剛雄には悔やむことしか出来なかった。

    そんな剛雄を見かねた右京はあることを告げた。

    それは五年前に言えなかったもうひとつの真実についてだ。

    194: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 10:51:51.75 ID:VKN7a1Ov0


    「剛雄さん、実はあの時…いえ…失礼しました。
    この時間軸のあなたに言うのは初めてでしたか。とにかくお伝えしたい事があります。
    あなたは恐らくこの日記に書かれている伽椰子さんの想い人である小林俊介の名前。
    俊介の『俊』が俊雄の『俊』に使われていた事を知り伽椰子さんや俊雄くんに虐待した。
    そうですね?」


    「ああそうだ!
    それに俺は医者を問い質したら精〇欠乏症だと言われて…
    俺の身体じゃ子供が生まれるはずなんてないんだよ!?」


    「ふざけんな!血の繋がりがないからって女房と子供を殺していい理由にはならねえよ!」


    「亀山くんの言う通りですよ。
    そのせいであなたは危うく実の息子を殺すところだったのですからね。」


    それはまさかの事実だった。

    右京にそう告げられて剛雄はすぐさま息子の俊雄を凝視した。

    伽耶子の日記を読んで以来、俊雄を実の子と信じることが出来ずにいた。

    それがまさか実の子だと告げられ困惑した。だがこれはどういうことなのか?

    195: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 10:53:52.49 ID:VKN7a1Ov0


    「右京さん…佐伯剛雄は精〇欠乏症だって病院の先生が言ってたはずじゃ…?」


    「確かに彼は精〇欠乏症なのは間違いありません。
    それでも俊雄くんが佐伯剛雄の息子なのは確かです。その証拠がこちらです。」


    それから右京は伽耶子の日記を取り出してあるページを開いた。

    それは平成10年9月10日の日付に記されたある文章についてだ。


    「このページにはこう記されていました。
    『こうして私の初恋は成就することもなく終わりを告げた。』
    初恋、つまり伽耶子さんにとって小林俊介は初恋の相手だった。
    ですがここで気になるのは初恋の相手である小林さんにと結ばれたかどうかです。
    失礼ですが日記を読む限りでは伽耶子さんが小林さんと結ばれたような描写は無い。
    さらに指摘するなら伽耶子さんが小林さんと再会したのはつい最近です。
    このことからわかるように伽耶子さんが小林さんと付き合っていたというのは
    第三者である僕の視点からしてありえないことだと断言できます。」


    右京の指摘にそれまで絶望に陥っていた剛雄にわずかばかりの希望が降り注いだ。

    だがそれとは反対にショックを受ける伽椰子、そんな右京の推理はさらに続いた。


    「僕は俊雄くんが生まれた産婦人科の病院を尋ねました。
    そこで伽椰子さんの担当をした医師から話を聞いたのですが
    俊雄くんはとても低い確率で生まれたあなたの実の息子と診断されました。
    もし僕が言っている事が間違っているというのならDNA検査でもなされてはどうですか。
    それで間違いなくあなたの子であると判明しますよ。」


    「じゃあ…俊雄は本当に俺の…」


    「それにもうひとつ証拠があります。それは名前です。
    俊雄くんの『雄』の字、
    恐らくこの字はあなたの『剛雄』という名の『雄』から取られたものではないのでしょう。
    伽椰子さんもその事を承知で名前を付けたのではないかと思われます。」


    よかった。本当によかった。

    剛雄は心の底から右京に告げられた真実を喜んだ。

    やはり俊雄は実の子だった。これほど嬉しく思ったのは俊雄が生まれて以来だ。

    それと同時にこれまで俊雄に抱いていた憎しみが嘘のように晴れた。

    これで以前と同じように俊雄を愛することができる。そう思っていた。だが…

    196: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 10:54:21.29 ID:VKN7a1Ov0


    「そうよ…俊雄は紛れもなく…あなたの子よ…」


    これまで一連の流れを傍観していた伽耶子はまるで何かを諦めたかのようにそう告げた。

    その言葉を聞いてようやく剛雄はこれまでの疑いを晴らせて安堵した。

    だがそんな剛雄とは違い伽椰子の表情は曇っていく。その理由は…


    「私は…本当は…小林くんとの子供が欲しかった…
    アンタなんかこれっぽっちも愛しちゃいない…俊雄もただ生んだだけ…
    せめて子供に好きな人の名前を入れておきたかった…けど私にはそれすら許さなかった…」


    かつて伽耶子は大学で出会った小林俊介を心から愛していた。

    だが彼は自分とはちがう他の女と結ばれてしまった。

    それから伽耶子はなにやらブツブツと唱えるように呟き出すと

    その矛先を息子の俊雄へと向けた。


    「俊雄…何故あなたはこんな男の子供として生まれてきたの?
    私はこんなにも小林くんを愛しているのに何であなたはこの男の子供として生まれたの?
    あの女は…真奈美は…小林くんの子をちゃんと産めるのに…何で私は…
    私は…私だって…小林くんの子供が欲しかったのにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!?」


    そんな伽耶子の豹変ぶりにこの場にいる全員が恐怖した。そして察することが出来た。

    伽耶子にとって俊雄とは小林俊介の代用品。

    かつて伽耶子は小林俊介に恋焦がれた時期があった。

    それは他人にしてみれば青春時代にのみ許された淡い初恋だった。

    だが伽耶子にとってはちがう。彼女は今でも小林を愛している。

    だから息子に小林の名前を一文字与えて愛を注いだ。

    それは母親としての純粋な愛情ではない。

    未だに恋焦がれる片思いの相手を想ってこその行い。

    それはまさに狂気と呼べるものだ。

    197: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 10:55:19.94 ID:VKN7a1Ov0


    「いい加減にしなさいッ!!」


    そんな伽耶子を右京が一括した。

    その声にさすがの伽耶子も思わずビクッと怯えてしまう。


    「あなたは俊雄くんの母親でしょう。
    そんなあなたが子供の存在を否定してどうするというのですか!
    そして剛雄さん。
    あなたは血の繋がりを疑い妻である伽椰子さんと実の子の俊雄くんを殺そうとした!
    これが……こんな事が……実の親のやる事ですか!?」


    「大人として…いえ…親として恥を知りなさい!!」


    その言葉に剛雄と伽耶子は何も反論することが出来ず打ちのめされた。

    最早自分たちに親の資格などない。

    父親の剛雄は麻薬に手を出し殺人未遂を犯した。

    伽耶子も同様に麻薬に手を出し、さらには俊雄をかつての想い人と重ねていた。


    「既にあなた方は良い大人です。恋や快楽に夢を見る時間は終わっているんですよ。」


    最後に告げられた右京の言葉に二人はようやく悪夢から覚めることができた。

    思えば最初は誰もが純粋に人を愛したかっただけだった。

    だがその愛を向けられた相手が自分を愛してはくれなかった。唯それだけの話だ。

    それから暫くして通報を受けて駆け付けた警察が到着した。

    その通報を受けて駆け付けた刑事たちとは…

    198: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 10:55:45.19 ID:VKN7a1Ov0


    「通報があって駆け付けてみれば…」


    「まさかお前らだったとは…しかももう俺たちの出番殆ど無いじゃねーか…」


    「亀山先輩、これはどうなっているんすか?」


    「ご苦労様、事件は終わってるからな。
    犯人はこの佐伯剛雄だ。殺人未遂、麻薬所持でしょっ引いてくれよ。」


    現れたのは伊丹たち捜査一課の面子だ。

    伊丹に手錠を掛けられた剛雄はそのままパトカーに乗せられていく。

    それに捜査一課の他にも駆けつけてくれた人間がいた。それは組対5課の角田たちだ。


    「警部殿、まだ麻薬がこの家にあるんだな。」


    「ええ、妻である伽椰子さんへの殺人未遂、息子である俊雄くんへの児童虐待、
    さらには麻薬所持、とりあえずこれで立件出来るはずですよ。
    ちなみに麻薬の方は2階の屋根裏にあると思われますので急いで確認お願いします。」


    右京に促されて角田もまた迅速に捜査を進めた。

    元々剛雄はその筋の人間だった。これで大元のヤクザを一網打尽に検挙出来る。

    こうして捜査は順調に行われていった。

    199: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 10:56:56.20 ID:VKN7a1Ov0


    「それにしても相変わらず行動が早いというか…
    やる事がもう犯人連行する事しか残ってないじゃんかよ。
    俺たちにも少しは活躍させろよ亀ちゃん!」


    「いやぁ、それ程でもないんですけどね!
    でもいいじゃないですか。手柄はそっちに渡してるんですから!」


    「匿名係の亀山ぁ!
    捜査一課を顎でこき使いやがって…
    窓際部署は大人しくしてろっていつも言ってるだろ!」


    「誰が匿名係だ!?漢字間違えてんぞバカ野郎!!」


    「殺人未遂じゃなぁ!大した手柄にもならねえんだよ!」


    「先輩、そんな不謹慎な発言は駄目ですよ。」


    「そうだぞ、こうして子供の命が助かったんだ。幸いだと思えよ。」


    「まあ…たまには亀でも役に立ったってわけか…」


    「うっせー!バーカ!」


    亀山と捜査一課のメンバーがいつものやり取りを行っていた時だ。

    剛雄に続いてもう一人パトカーに連行されていく人物がいた。

    それは剛雄と同じく麻薬中毒の疑いが見られる伽椰子だ。

    刑事たちに見送られながらパトカーに乗せられていく伽椰子。

    そんな伽椰子だがひとつだけ気掛かりなことがあった。

    200: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 10:58:16.44 ID:VKN7a1Ov0


    「刑事さん、俊雄はどうなるんですか?」


    やはり気になるのは俊雄だ。

    夫婦揃って警察に逮捕されたとなると母としては一人息子の安否が気掛かりだった。


    「先ほど近所の方があの子を預かってくれましたよ。」


    「こんな親が逮捕された光景なんて子供に見せるわけにはいきませんからね。
    とりあえずはこの近所に住む鷲尾さんが俊雄くんを預かってくれてますよ。
    けど当分会えませんからそのつもりでいてください。」


    「あぁ…ご主人が財務省の役人の…
    確かあそこの子と俊雄が昔から仲良かったわね。
    娘さんはこの前に死んじゃったみたいだけど…」


    右京と亀山の説明にとりあえずは安堵する伽耶子。

    だが麻薬中毒の疑いが出た以上は暫くの間は俊雄との対面は許されないだろう。

    さらにいえば親戚縁者もろくにいないので最悪の場合、俊雄は児童養護施設に送られる。


    「もうあの子の事なんてどうでも…」


    既に伽椰子には希望はなかった

    たとえ命が助かったとしても愛する小林俊介は自分とは違う他の女と家庭を持ち、

    さらにはその女との間に子供まで出来た。

    だが自分は…望んでない男と結婚し子供を生み…さらには危うく殺されそうになり…

    そんな苦しい現実を避けるために夫が所持する麻薬のお零れにありつく始末。

    すべてを失った伽椰子に生きる望みは残っていなかった。

    201: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 10:58:52.27 ID:VKN7a1Ov0


    「果たしてそうでしょうか。それではこの絵を見てください。」


    右京が見せたのは俊雄が描いた家族の絵だ。

    その絵は真ん中に居る俊雄とそれに父親の剛雄と母親の自分が描かれている。

    だがその絵に描かれている自分たちは明らかに怖さを感じさせた。

    それはこの絵の描き手である俊雄が自分たちを恐怖の対象としているということ。

    だからこんな絵を描いたのではないかと伽耶子は疑った。


    「確かにこの絵に描かれているように
    俊雄くんはあなた方に悪意を抱いているのかもしれない。
    ですがこの絵には他に誰も描かれていません。
    俊雄くんにはあなたたち両親しか頼れる人がいないんですよ。」


    「そうですよ!アンタにはまだ俊雄くんがいるんだ!血の通った実の息子が!
    アンタ母親なんだぞ!ちゃんと立ち直って…俊雄くんと一緒に人生やり直すんだよ!」


    まだ自分には家族が居る。

    そう励まされながら伽耶子はこの場にいない自分の息子に対して涙を流した。


    「う…うぅ…うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…」


    今更悔やんでも仕方がない。

    もしかしたら俊雄にはもう二度と許してもらえないかもしれない。

    それでもあの子には自分たちしかいない。

    こんな情けないかもしれないがそれでも自分は俊雄にとっては大事な母親だ。

    だからこそ思った。たとえ何年掛かってでも俊雄を迎えに行こう。

    パトカーに連行されながら伽耶子は心の中でそう誓ってみせた。

    202: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 10:59:21.56 ID:VKN7a1Ov0


    「それではあとはお任せします。我々はこの家でまだやる事があるので失礼します。」


    「じゃあな、ヘマすんじゃねえぞ。」


    「うるせえ!後は調書取って送検するだけだ。ヘマしたくても出来ねえっての!」


    そう減らず口を叩きながら右京と亀山は再び佐伯家へと入って行った。

    事件も速やかに解決したのでもうこの場所に用はない。

    伊丹たちも本庁に戻ろうとしたその時だ。一台の車がこの現場に駆けつけた。

    見るとその車からは二人の男たちが現れた。

    車から降りてきた二人の男たちにその場にいた誰もが驚きを隠せなかった。

    203: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 10:59:50.86 ID:VKN7a1Ov0


    「失礼、事件だと聞いてやって来たのですが…」


    「へ?け…警部殿!?」


    「あれ?何かもう犯人逮捕されちゃってるみたいなんですけど…」


    「か…亀山!?」


    「どうやらそのようでしたね、僕たちの出る幕は無いようですよ。」


    「伊丹くん、たまには自分たちで犯人逮捕できるなんてスゴいねぇ♪
    キミもやれば出来る子だったんだねぇ…ていうかお前口開けてポカーンとしてんだ?
    バカみてえだぞ!それより右京さん、これからどうしますか?」


    「そうですねぇ。もう夜になりますのでこの後は花の里にでも行きましょうか。」


    「了解っす!じゃあな伊丹~♪」


    事件が早期解決したと聞くと右京と亀山はさっさとその場から立ち去ってしまった。

    残った伊丹たちはというと…


    「な…なぁ…今あいつら…家の中に入って行ったよな…」


    「間違いないッスよ…俺ちゃんと見ましたから…」


    「それなら何で…車に乗って別方向から現れたんだ…?」


    「これってもしかして…ドッペルゲンガー?」


    何が何やらわけがわからず呆然としていた。とにかくこれで事件は終わった。

    そんなわけで未だ困惑しながらも伊丹たちもさっさとこの現場から離れていった。

    その一部始終を先ほどこの家に入った右京と亀山は静かに見届けていた。

    204: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 11:00:16.25 ID:VKN7a1Ov0


    「どうやら鉢合わせしないで済んだようですね。」


    「いやぁ、危なかったですね。
    あと一歩遅かったら過去の俺たちと鉢合わせしてたかもしれませんでしたから。」


    先ほど現れた自分たちと鉢合わせすることもなくホッと一安心する二人。

    そんな右京たちのところへカイト、それに神戸と陣川が合流してくれた。

    三人はこの近所にある鷲尾家に俊雄を預けた後にある場所に行っていた。

    それは不動産屋だ。


    「頼んでおいた事はやってもらえましたか?」


    「バッチリです。
    先ほど不動産屋の鈴木達也さんを訪ねて
    この物件には関わらないようにと念を押しておきましたから。
    警察の捜査が入っておまけに麻薬まで所持していたと因縁めいた事言っておきましたから
    これで佐伯家がこの家を手放しても誰もこの家を購入しようとは思いませんよ。」


    「それじゃあ俺たちがこの時代でやるべき事は終わったわけですね。」


    「そうですね。これでキミの未来は変わりますよ。佐伯俊雄くん。」


    右京に名指しされた佐伯俊雄。

    先ほど鷲尾家に保護されたはずの俊雄が

    この家の階段に座りながらたった今この家で起きた全ての出来事を見届けていた。

    一体この家で何が起きているのか?それはすべてこの目の前にいる俊雄の力によるものだ。

    205: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 11:00:51.03 ID:VKN7a1Ov0


    「まさか…亡者の俊雄くんに頼んで僕たちを過去の…
    まだ犯行が行われていない世界に送ってもらうなんて…通常じゃありえない方法ですよ。」


    「あの家で時空が歪むほど呪いが満ち溢れていた状態だったからこそ出来た方法ですよ。
    正直僕も成功するとは思ってもみませんでしたがね…
    さて、俊雄くん。キミの人生はこれで再び生を受けられます。
    ですからどうか…あの地獄の世界を…救ってくれませんか。」


    右京たち特命係は俊雄の力を使ってこの過去の世界へとやってきた。

    その理由は唯一つ、あの地獄に成り果てた未来を修正するためだ。

    そして一連の出来事を知って俊雄も改めて思い知らされた。

    これまで俊雄は生きながら亡者と成り果て母の傀儡として生きてきた。

    だが過去にやってきたことで母が自分を小林俊介の代用品であることを知って失望した。

    自分は母から本当に愛されたわけではない。それは歪んだ愛情を否定された瞬間だった。


    「確かに俊雄くんにとっては知りたくもない事実だったかもしれません。
    それでもこの世界での伽椰子さんは実の息子であるキミのために変わろうとしている。
    どうでしょうか。もう一度、生命ある未来を歩んではみませんか。」


    「頼む!この通りだ!」


    「キミもこの世界で僕たちと一緒に生きて行こう。」


    「そうだ!あんな真っ暗闇な世界…何も無いんだぞ!」


    右京たちは俊雄に対して懸命に訴えた。今ならもう一度やり直せることができる。

    今度こそもう一度親子として歩んでいけるはずだ。

    その瞬間、ある不可思議な現象が起きた。この場にいる全員が眩い光に包まれたからだ。

    206: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 11:01:19.31 ID:VKN7a1Ov0


    「どうやら…それぞれの元の時代に戻る時が来たようですね。」


    「お別れ…ですね。」


    「そうみたいッスね…といってもまたすぐに俺たちの世界の右京さんとは会えるけど…」


    「そうですね。ところで亀山くんに神戸くん、僕はキミたちにお願いがあります。」


    別れ際、右京は亀山と神戸にあることを頼んだ。


    「元の時代に戻ったら
    ここでの出来事を出来れば誰にも明かさず誰もこの家に入るなと警告してもらえますか。」


    「誰にも…ですか?それって俺たちの時代の右京さんにもですか?」


    「お言葉ですが何故その様な回りくどい真似するんですか?
    過去の自分に知らせればスムーズに事が運ぶんじゃないのでしょうか?」


    「僕の性格からして…理由を話せば否応なくこの家に関わってしまうでしょうね。
    そうなれば悪戯に被害が増えるだけですよ…
    ならば必要最低限の情報だけを教えた方が良いと思いませんか。」


    右京の返答に二人も思わず納得した。

    あのような絶望に染まった未来を見せつけられたら右京の頼みを断ることは出来ない。

    だがこの時の右京は彼らに対して申し訳ない思いを募らせていた。

    もしもこの頼みを彼らが了解してくれたとしても待っているのは最悪の末路だ。

    何故なら亀山は佐伯家の事件で伽耶子の遺体損失の責任を取らされて退職に追い込まれ

    さらに神戸もまた亡者たちの手に掛かり…

    右京にとってもこれは苦渋の決断だった。

    それでも彼らにしか頼めなかった。何故なら彼らは杉下右京の頼れる相棒だからだ。

    207: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 11:01:47.44 ID:VKN7a1Ov0


    「二人とも、頼みましたよ。必ず成功させてください。」


    「ウッス!わかりました!」


    「ええ、任せてください。」


    二人は右京の頼みを返事ひとつで了解してくれた。

    それと同時に眩い光が反射して全員の視界を遮らせた。

    だがその直前に彼らは目撃した。

    生気を取り戻した俊雄が黒い猫と共に光の先へ旅立つ姿を…

    208: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 11:03:22.54 ID:VKN7a1Ov0


    <<2008年>>


    「う…うぅ…ここはどこだ?」


    ふと亀山薫は目を覚ました。そこは先ほどまで居た佐伯家だ。

    だが先ほどとはちがって家の中に違和感を抱いた。それもかなり不気味なものだ。

    その違和感でようやく気づいた。ここは元の世界で自分は還ってきた。

    そしてすぐに自分が置かれている状況が理解できた。

    先ほどの出来事は決して夢ではない。あれはこれから現実に起きる出来事だと…


    「おや、亀山くん。どうしましたか。」


    そんな時、家の玄関が開き右京が中に入ろうとした。

    まずい。右京がこの家に入れば呪われる。

    そう思った亀山は咄嗟に右京たちを連れてこの家から立ち去った。

    今はどうにも出来ない。時が来るまで待たなければ…

    209: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 11:03:51.15 ID:VKN7a1Ov0


    <<2011年>>


    気づけば神戸尊はフラフラと住宅街を歩いていた。

    先ほど北田良美に頭を殴られた痛みがまた響いて意識が朦朧としていた。

    何で自分はこんな住宅街を歩いているのかと疑問に思った時、ある家のリビングを覗いた。

    するとそこにいたのは…


    「いやぁ、美味しいですねぇ。」


    呑気にお茶を啜っているのはなんと自分自身だった。

    それを見て先ほどまで朦朧としていた意識がクリアになった。

    自分は過去の世界に戻ってこれた。だが家の中にいるのは自分だけだ。

    肝心の右京はどこにいるのかとすぐに探した。

    すると玄関のポストで何かを発見した右京が家の中に入ろうとしていた。


    「待ってください!」


    すぐさま神戸は右京を引き止めて車に乗り込み北田家を去っていった。

    心残りがあるとすればまだこの時代にいる自分のことだが…

    しかしその自分にこれから過去に行ってもらわなければならない。

    正直、痛い目に合うのは嫌だがこれも運命だと思って諦めるしかなかった。

    210: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 11:04:20.42 ID:VKN7a1Ov0


    <<2013年>>


    ここは警視庁にある特命係の部署。

    そこには右京、カイト、それに陣川の三人が居た。


    「どうやらここは特命係の部屋ですね。」


    「俺たち…戻れたんですか…?」


    「でも…隣の組対5課は誰もいないみたいですけど…」


    自分たち以外誰もいないこの状況にふと三人にある不安が過ぎった。

    もしかして失敗したのか?

    結局あの地獄の世界に逆戻りしたのかと不安に駆られていると誰かが部屋に入っていた。

    それは角田課長だ。


    「あの…角田課長?」


    カイトは恐る恐る角田課長を尋ねてみた。

    先ほどみたく亡者として襲って来るのではないかと疑っているからだ。

    211: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 11:04:48.48 ID:VKN7a1Ov0


    「よ、暇か?」


    「あの…角田課長ですよね?」


    「何言ってんだお前?俺が他に誰に見えるってんだよ。」


    角田は部屋に入るなり置いてあるコーヒーポッドを使用してマイカップに注いでいた。

    いつものような手馴れた動作だ。


    「さっきまでウチ会議しててさ。
    明日は朝から…城南金融の摘発だよ。おかげで今夜は泊まり込みだ…」


    それからぞろぞろと大木や小松など組対5課の捜査員たちが現れた。

    どうやら他の部屋で会議を行っていたみたいだ。

    その様子を見てカイトはようやくひと安心した。


    「これってつまり…
    事件は無事解決したって事ですかね?やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


    「ああ!世界は救われたんだ!!」


    カイトと陣川は大声でこの生還を喜んだ。

    こうして世界は元通りになった。あの禍々しい亡者は消え去り悪夢は終わった。

    そう、すべては終わった。


    <第三話 完>

    212: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 11:05:26.54 ID:VKN7a1Ov0


    ××××××××××××


    「………これで終わりか?」


    「そうですよ。見ての通りファイルはこのページで終わっています。」


    以上のファイルを読み終え、冠城と青木は呆気に取られていた。

    ちなみにファイルを読み終えた二人の感想は以下のものだ。


    「何だ…これは…?」


    正直に言ってそれ以上の感想は他になかった。つまりこの話を要約するとこうだ。

    特命係が得体の知れない存在からこの世界を救ったということになる。

    馬鹿げている。そんなことがあるわけがない。これはきっと誰かの悪戯に決まっている。


    「それでもうひとつの伊丹さんたち捜査一課が記録したファイルですが…
    このファイルが作成されたのは今から十年前の2008年。
    それで何が起きたかというと佐伯家で夫の剛雄が妻の伽耶子を殺そうと殺人未遂が発生。
    駆けつけた警察官によって犯人は現行犯逮捕。
    同時に家から麻薬を押収して同じく麻薬を使用していた妻と一緒に逮捕されたようです。」


    青木の説明によりある程度の納得は出来た。

    本来、佐伯家で起きた事件は伊丹たちが作成したファイルに記されたものだ。

    ちなみにこの事件はニュースや新聞で多少は取り上げられたが

    すぐに忘れられる程度に済まされた小さな事件だ。

    もうひとつの特命係が記録したファイルのような大事件ではない。

    だから本来佐伯家で起きた事件が冠城の記憶にないのはわかった。

    それに一連のファイルにあった

    亀山の退職理由や鈴木達也の失踪届が出されなかった理由も納得した。

    もし世界が修正されたのならその時点で最初から何もなかったということになる。

    だから亀山が失態を犯したという事実も存在しない。

    それに鈴木達也の失踪届も出されていない。それでも冠城は今ひとつ納得していなかった。

    213: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 11:05:54.15 ID:VKN7a1Ov0


    「あ、まだ納得してないって顔をしていますね。
    それなら確実な証拠を見せてあげますよ。
    最後の2013年に起きた事件の日付に注目してください。」


    青木が指摘したのは2013年に徳永家で起きた事件の日付だ。

    その日付だが2013年3月13日と記されてある。

    この日付に何の意味があるのか?冠城にはその意味がわからなかった。


    「実はこの日、とある事件が発生していました。それがこの事件です。」


    青木はある事件のファイルを上げた。それは今から7年前に起きた強盗殺人事件。

    犯人は大場三郎。

    ファイルによるとこの日、大場の女からの通報で伊丹たち捜査一課は逮捕しに向かった。

    だが通報をされたことを察した大場はそぐさま逃走。

    自暴自棄になった大場はかつての恩師瀬田江美子の家に向かい

    そこで瀬田江美子とそれに教え子の鷲尾隼人なる少年を人質にした。

    だがその道中で二人は大場から逃亡、

    さらに隼人は逃亡する際に川に溺れて大場もバイクに跳ねられて死亡するといった顛末だ。

    それでこの事件が特命係とどう関係するのか?

    214: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 11:06:23.70 ID:VKN7a1Ov0


    「この事件、鷲尾隼人少年を助けたのがなんと特命係なんですよ。」


    青木がその後の詳細を説明してくれたが

    右京とカイトはどういうわけか瀬田江美子の自宅の異変に気づき捜索を開始。

    そこで瀕死だった鷲尾隼人に救命措置を施して少年はどうにか一命を取り留めた。

    それで青木が何を言いたいのかというとこういうことだ。


    「もし佐伯家で呪われた事件が発生していたら
    特命係の杉下さんとダークナイトは鷲尾隼人の命を救っている暇はなかったはずです。
    つまりどう考えても正しいのは伊丹さんたちのファイルなんですよ。
    もうひとつのこのオカルトじみた出鱈目なファイルは
    誰かが誤って作成した性質の悪い悪戯に決まっていますよ。」


    以上がこのファイルを読んだ青木の見解だ。

    それを告げると同時に青木はこの悪戯と思しきファイルを消去した。

    青木も今回の件でもしかしたら右京を追い込む復讐に繋がるのではないかと期待していた。

    だがこんな悪戯みたいな出まかせではどうやっても復讐に利用出来る代物ではない。

    とんだ時間の無駄だったと思い、未だ考え込む冠城を置いてさっさと帰宅していった。

    それでも一人残された冠城はどうにも納得が出来なかった。

    青木が消し忘れたPCのモニターを覗きながら意味深に考え込んでいた。

    216: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 11:08:23.25 ID:VKN7a1Ov0


    <<最終話 少女>>


    あと数分もすれば新年が開けるという大晦日の真夜中。

    夜の住宅街をシルバーのスカイライン・セダンが疾走していた。

    車が向かう先は東京都練馬区寿町4-8-5。

    ようやく目的地にたどり着くと車から颯爽と一人の男が出てきた。


    「ここが佐伯家か。」


    車から降りたのは冠城亘だ。

    先ほどのファイルを読んだ冠城は居ても立ってもいられなくなりこうして現地を訪れた。

    ファイルに記されたように真新しく揃え立つ住宅に比べて

    一軒だけ古びた家というのが悪い意味で悪目立ちしていた。

    そんな佐伯家の玄関前には『空き家』という張り紙が貼られていた。

    どうやら佐伯一家は既にこの家を手離しているようだ。

    217: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 11:09:51.76 ID:VKN7a1Ov0


    「お邪魔…します…」


    一応断りを入れて家の中に入ったがやはり人などいない。

    もう何年も誰かが出入りした形跡もなく家中が埃まみれだ。

    それにしても家の中とはいえかなり肌寒い。

    一応分厚いコートを羽織ってはいるが無人の住宅で暖房器具が動いているわけでもない。

    現在、外の気温はマイナス2度。この家も同様の肌寒さを感じさせる。

    本来ならこんな無人の家に忍び込むなど警察官としてあるまじき行動だ。

    そんな冠城だがコートの胸元からあるものを取り出した。それは日記と絵だ。


    「あのファイルが正しければ
    かつてこの家で杉下さんはこの二つの遺品を使って世界を修正してみせた。
    もしもそれが正しいのであれば…」


    俊雄の絵と伽耶子の日記を取り出してかつて右京が行ったことを実行してみせた。

    だが何か変化が起きたわけではない。特に何の異常も見受けられない。

    当然だ。タイムスリップなんてまともに考えればありえないことだ。

    まるで狐に化かされた気分だが元々単なる興味本位でしかなかった。

    それでも心の何処かでこの家で

    あのような恐ろしい出来事が本当に起きたのではないかと信じたい気持ちはあった。

    これでハッキリした。やはり青木の指摘したようにあのファイルは単なる悪戯だ。

    さあ、もう帰ろう。気づけばもうすぐ年が明ける。

    そしてこの近隣のお寺から除夜の鐘が鳴り響いた。

    218: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 11:10:18.95 ID:VKN7a1Ov0


    ((ゴォォォン!)) ((ゴォォォン!))


    2018年1月1日、年が明けた直後のことだ。何か奇妙な違和感が漂った。

    それは決して口では簡単に説明出来るようなものではなく…

    だが何かおかしい。そう感じながらも佐伯家を抜け出して路上に止めた愛車へと向かった。

    愛車へ向かう途中、冠城は持ってきた絵と日記をどうするか悩んでいた。

    いくらあのファイルが悪戯だったとしても

    この二つの証拠品は紛れもなく佐伯伽耶子とその息子である俊雄のモノだ。

    本来ならこの二つは二人に返却するのが筋だ。だが事件から既に10年も経過している。

    さらにいえば現在あの二人がどこに住んでいるのか自分にわかるはずもない。

    従ってこの物品を返却しようにもそれが出来ないといった困った状況に陥っている。

    こうなればもう一度青木に頼んで現在の佐伯一家の所在を確かめてもらうしかない。

    さすがにこんな頼み事を聞いてくれるかは微妙だが

    公僕として市民から預かった証拠品を無闇に処分などすれば問題だ。

    とりあえずこの二つは持ち帰ろうとするが…

    219: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 11:10:51.47 ID:VKN7a1Ov0


    「アンタ…何でそれを持ってるんだ…?」


    ふと背後から誰かが自分に声を掛けてきた。

    周りを見回してみるがこんな真夜中の住宅街に自分の他に誰かいるわけでもない。

    つまりこの背後から声を掛けてきた誰かは間違いなく自分に声をかけたということだ。

    とにかく振り返ってみたが路地に明かりが点いてないせいでその人物の顔は見えない。

    背格好からして二十代前後の若い男でこの青年にこれといって見覚えはない。

    それなのにどうしてこの青年は自分に声を掛けてきたのか疑問に思えた。


    「オイ、無視しないでくれ。どうしてそれを持っているのかって聞いているんだ!」


    「……悪いけど何を言っているのか意味がわからないぞ?」


    「惚けんな!それだよ。その絵と日記だ!それはあの佐伯家にあったモノだろ!?」


    その青年は苛立っているがどういうわけかこの絵と日記の秘密を知っていた。

    馬鹿な…何故この絵と日記を知っている…?

    もしこの絵と日記を知っている者がいるとすれば

    それはかつてあの起こりえたかもしれない事件に関わった杉下右京とその相棒たち。

    あとはあのファイルを読んだ自分と青木の二人だけだ。

    だからそれ以外の人間がこの絵と日記の秘密を知っていることはまずありえない。

    220: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 11:11:17.40 ID:VKN7a1Ov0


    「悪いけどそれをこっちに渡してくれ。
    アンタにはそれがどれだけ危険なものかわかってないみたいだからな。」


    さらにこの青年は絵と日記を引き渡すように要求してきた。

    どうやらこの青年はこれらのモノが危険なものであることを把握している。

    つまりこの青年はあの事件の関係者では…?

    そう勘繰っているとこの騒ぎを聞きつけたのか警官が駆けつけてきた。


    「どうしました。何かトラブルですか?」


    まずい。まさか現職の警察官が同業者に職務質問されるとは…

    こんなのは笑い話にもならない。とにかくまずは疑いを晴らさなければならない。

    すぐにポケットから身分証を提示して目の前にいる警官に同業者だと伝えよう。

    すると青年も自分と同じくポケットから何かを取り出そうとしていた。

    どうやら自分と同じく身分証を提示して疑いを晴らそうとしているのだろう。

    それから冠城は自らの警察手帳を提示して警官の前で自らの身元を明かした。

    221: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 11:11:58.61 ID:VKN7a1Ov0


    「警視庁の冠城亘です。」


    「あ、俺も警視庁の甲斐享です。あれ?アンタも警察官なんですか?」


    警官にライトを照らされてようやく青年の顔がハッキリとわかった。

    だがその青年の正体を知り冠城は思わず驚愕した。

    何故なら甲斐享といえばあの甲斐官房付きの御子息にしてダークナイト事件の犯人だ。

    だが彼は現在、刑務所に服役中の身だ。

    いや、その前に甲斐享はたった今警察手帳を提示していた。

    どういうことだ?既に甲斐享は3年前に逮捕されている。

    その際に彼は懲戒免職処分を受けて警察官としての身分を剥奪された。

    従ってこの警察手帳を提示することなど本来は不可能だ。

    だがそんな疑問を抱く自分を尻目にカイトは警官たちにある質問を行っていた。


    「ところでパトロールなんて何かあったんですか?」


    「それが…実はこの近くにある鷲尾という家で子供が誘拐されたという通報があって…」


    警官たちが語るにはすぐ向かいの家にある鷲尾なる家で誘拐事件が発生した。

    誘拐されたのはその家の息子である鷲尾隼人くん。

    今日は息子の12歳の誕生日を祝うというのに何で誘拐など…

    彼の両親はそのことを深く嘆いているという現状を告げられた。

    その後、問題はないとのことで冠城とカイトはすぐに解放された。

    再び二人きりの状況になったがやはりカイトが気になるのは冠城が所持している絵と日記。

    何故こんなモノを持ち歩いているのか。

    冠城の事情を知らないカイトにしてみればそのことがかなり疑問だった。

    222: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 11:12:45.30 ID:VKN7a1Ov0


    「それで冠城さんといったよな。アンタどうしてその絵と日記を持っているんだ?」


    さすがの冠城も返答に困り果てていた。

    何故なら冠城自身も平静を装っているがこの状況にかなり困惑していた。

    今の警官たちが話していた事件は五年前に起きた鷲尾隼人少年の誘拐事件だ。

    その事件についてたった今起きたように語っていた。つまりここは過去の世界だ。

    さらにカイトがこの絵と日記の所在を確かめるということは

    カイトはこの絵と日記に何かの力が宿っていることを知っている。

    それが意味するのはあのファイルにあった事件が実際に起きたモノだという事実だ。

    今まで半信半疑でいたがこうして自分自身が

    この不可思議な現象を目の当たりにしているのであればもう信じるしかなかった。

    223: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 11:13:11.37 ID:VKN7a1Ov0


    「わかった。すべてを話そう。俺は2018年1月1日の未来からやってきた。」


    我ながら馬鹿なことを言っているなと自覚をしている。

    それにカイトに至っても何を言っているのかと呆れたような素振りを見せていた。

    カイトがこの事実を認めたくないのはわかる。普通なら信じられるはずがない。

    本来ならこんな事実を認めさせることなど出来やしない。

    だが冠城にはカイトにこの事実を認めさせるだけの材料があった。


    「信じられないのなら証拠がある。俺は未来の特命係に在籍している。」


    そのことを告げられるとカイトは不快そうな顔つきに変わった。

    何故目の前にいるこの見ず知らずの男が未来の特命係に居る?

    杉下右京の相棒は自分だ。それ以外の誰かなど決してありえない。

    そんなあからさまな態度が見え見えだった。

    確かにカイトからしてみればいきなり未来からやってきたなど言われたら冗談に思うはず。

    それにどうして未来の自分が特命係を離れなければならないのか?

    そう疑問を抱くカイトに冠城はある事実を突きつけようとしていた。

    224: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 11:13:39.48 ID:VKN7a1Ov0


    「何故自分が特命係を離れなければならないのかって疑問に思っているよな。
    それについては簡単だ。キミの行いが右京さんにバレたからだよ。ダークナイトくん。」


    ダークナイト。そう告げられるとカイトの顔は真っ青になった。

    それと同時にカイトは目の前にいるこの男が未来から来たという事実を

    否応なく信じざるを得なかった。

    そんな動揺するカイトの反応を見て冠城自身は予想通りだと思った。

    この時、カイトは既にダークナイトとしての活動を始めていた。

    あの杉下右京ですら事態が発覚する直前まで

    カイトがダークナイトとして犯行を繰り返していたことにまったく気付かなかった。

    そのことをいきなり現れた冠城に告げられてカイトは動揺を隠せずにいた。


    「それじゃあ…俺が特命係を去った理由は…」


    「もうわかっているはずだ。
    これより二年後、キミの犯行はあの杉下右京の手により暴かれた。
    俺はその半年後にキミの後任として特命係にやってきた。」


    それから冠城はこれよりカイトが辿る顛末を語った。

    今から二年後、相棒の杉下右京によりダークナイトの正体が暴かれること。

    その際、恋人の悦子は妊娠中でそんな彼女を置いて刑に服さなければならないこと。

    さらに父親の甲斐峯秋もカイトの逮捕が影響して失脚した。

    これよりカイトの身に纏るすべてを打ち明けてみせた。

    225: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 11:14:15.95 ID:VKN7a1Ov0


    「ハハ…なんだよそれ…最悪すぎるだろ…」


    自分が辿る末路を知りカイトは愕然とした。

    冠城はそんなカイトを見ても正直自業自得だと思い同情する気にもなれなかった。

    元々冠城はカイトとは面識がないため特別な感情移入など持ち合わせてはいない。

    だがそれを抜きにしてもカイトが愕然とするなど当然の結果だと思っている。

    本来なら市民を守り、法を順守する警察官が裏で私刑を行っていた。

    それだけでも許されるべきことではない。

    だがもっと許されないのは自分の身勝手な行いに巻き込まれた人たちがいることだ。

    それは先ほど上げた悦子や峯秋は勿論だがあの杉下右京も同様だった。

    右京は立場上カイトの直属の上司に当たる。そのため右京も無期限の休職処分を受けた。

    本来ならその時点で警察官としての復職は絶望的だったが

    甲斐峯秋の力添えでなんとか現職に復帰することができた。

    それがなければいくら右京とはいえ今でも現職への復帰は不可能だっただろう。

    警察官の無期限休職など事実上の懲戒免職も同然だ。

    もしも右京が休職されたままなら冠城自身も警察に入ることもなかっただろうし

    さらに言うなら右京がいなければどれだけの未解決事件が多発していたのやら…

    それを思えば甲斐享が犯した罪を許したくはなかった。

    もしも犯行に及ばなければきっと幸せな未来を歩めたはずだ。それを自分の手で遮った。

    こんな愚かな行為を肯定する気になど決してなれなかった。

    226: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 11:14:41.24 ID:VKN7a1Ov0


    「………アンタは俺の犯した罪を暴くためにわざわざ未来からやってきたのか?」


    罪を暴かれたことに動揺しながらもカイトは冠城が未来からやってきた理由を尋ねた。

    いきなり現れた男から自らの過ちを追求されればこうもなるだろう。

    確かにカイトの罪を暴きたいという思いは冠城にはある。

    冠城はかつて法務省の役人だった。

    どんな犯罪だろうと真っ当な法の裁きを下すべきであることを信条としている。

    それ故に法を遵守する立場にある警察官が法を破り私刑を行うなど許すことは出来ない。

    本来ならカイトの罪は今すぐにでも咎めるべきものだ。だがそれは無理だ。

    何故ならここは過去の世界。もしもこの時点で歴史が書き変わればどうなるのか?

    あのファイル通りなら右京たちは時間軸を変えたということになる。

    それはこの通り世界が本来あるべき姿へと修正された。

    だがそれをもう一度繰り返したらどうなる?

    ひょっとしたら何かの拍子で最悪な未来に変わってしまうのではないか?

    いくら罪を正すためとはいえそこまで危険を犯すわけにはいかない。

    さらに言えば自分がこの世界に現れたのは恐らくカイトの件とは無関係のはずだ。


    「俺はキミの罪を問い質すためにこの世界に来たわけじゃない。」


    「それなら…何しに来たんだよ…?」


    「それはこの絵と日記に関係しているんだろうな。
    もしキミと右京さんが過去の世界を修復して
    すべてが解決されたのなら俺がこの世界に来ることは不可能だったはずだ。
    だからこれは…」


    冠城が何かを言いかけようとした時だった。向こうからカイトを呼ぶ声が聞こえてきた。

    一体誰なのかと気になった冠城が確かめてみるとなんとそこには右京がいた。

    いや、正確には彼は自分の知る杉下右京ではない。

    恐らくこの過去の時間軸に当たる杉下右京ということになる。

    こうなると厄介だ。自分が右京と出会うのはこれより二年後の2015年だ。

    それより先に出会ってしまえば未来が変わる危険がある。

    そう察した冠城は急いでそこから走り去り近くの物陰に隠れ込んだ。

    227: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 11:15:08.45 ID:VKN7a1Ov0


    「カイトくん、どうかしましたか?」


    「あ…いえ…なんでもありません…」


    そんな隠れた冠城を未だ動揺したままカイトは心配そうに見つめていた。

    ところで右京だが隣に一人の少女を伴わせていた。

    年齢は10歳くらいで表情がやけに曇りがちな不安そうな子だ。


    「杉下さん、この子はどうしたんですか?」


    「実は先ほど佐伯家の前を彷徨いていたので保護しました。
    ですがいくら事情を聞いても何も話してはくれないので正直困っています。
    せめて名前くらい教えてほしいのですがねぇ。」


    名前も名乗らずにいる奇妙な少女。

    そんな少女だがようやくその重い口を開いて自らの名を告げた。

    228: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 11:15:37.55 ID:VKN7a1Ov0


    「家出少女…」


    そう名乗ってみせたがどう考えてもそれは偽名だ。どうやら本名を名乗る気はないらしい。

    この子にどんな事情があるのかはわからない。いや、この際だからそれは置いておこう。

    それよりも問題は右京とカイトだ。何故二人がこの場所にいるのかそれが疑問だ。

    するとそこへもう一人やってきた。それはなんと陣川だ。


    「杉下さ~ん!カイトく~ん!お待たせしました。頼まれていたものを買ってきましたよ。」


    「ご苦労さまです。それでは行きましょうか。」


    「行くって…本当に入るんですか…?だって事件はもう終わったはずでしょ…」


    陣川と合流した右京たちはこれからある家に入ろうとしていた。

    そこは先ほど冠城が入ったはずの佐伯家だ。

    右京たちにしてみればあの忌まわしい出来事が多々起きた因縁の家。

    まともな人間なら二度と関わりたくもないそんな家に再び足を踏み入れる。

    それは一体何のためだ?


    「恐い…昔この家で…人が殺されたんですよね…」


    この家と何の縁もない家出少女ですら不気味な雰囲気を感じていた。

    当然だ。これまでこの家に関わってどれだけの命が失われてきたことか。

    いくら脅威が去ったとはいえ、こんな家に好んで立ち入るなど正気の沙汰じゃない。

    だが右京はそんなことなどお構い無しに入った。

    そんな右京に連れてカイトと陣川、それに家出少女もまたこの家に立ち入った。

    唯一人、冠城だけは玄関の窓から

    四人の動向を覗きながらこれから何が起きるのかを見届けようとしていた

    233: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:09:33.49 ID:VKN7a1Ov0


    「中に入ったはいいけど…なんだこりゃ…」


    「ゴホッ、ゴホッ、そこら中埃だらけですね…身体に悪いです…」


    陣川と家出少女が指摘するようにどうやら2013年の段階でも

    この佐伯家は長年空き家の状態で人の入った形跡は無いままだ。

    それからカイトは先ほどこの近辺で得た聞き込みからの情報を右京に伝えた。


    「近所の人の話だと佐伯家は五年前に佐伯剛雄の親族が家を売り払ってしまったそうです。
    その後は神戸さんの手筈通り変な噂が立って
    この家の買い手は現れないのでご覧の通り今も空き家のままです。」


    「カイトくんの言う通りこの五年間誰も家に入った痕跡は見当たりませんね。」


    「どうやら杉下さんの心配は無用だったみたいですね。
    佐伯伽椰子はいなくなり亡者たちも消滅した。まったく杉下さんは心配性なんだから。」


    確かに亡者たちはいなくなりこの世界に平和が戻った。

    この過去の世界は平和そのものだ。

    外で覗いている冠城ですらカイトの言葉を肯定したいと思う。

    だが右京の考えはそうではなかった。

    234: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:12:21.58 ID:VKN7a1Ov0


    「いいえ、僕にはそうだとは思えません。まだ事件は終わっていないとみるべきです。」


    今の発言にカイトと陣川は思わず驚いたが冠城もまた右京と同じ考えだった。

    その理由は冠城自身にある。

    もしも本当にすべてが解決されたのなら自分はこの過去の世界に招かれることはなかった。

    つまりまだこの事件は終わっていないということになる。

    そんな話を聞いて未だ半信半疑なカイトと陣川を納得させるべく右京はあることを語った。


    「カイトくん、キミはこの世界が本当に元の世界だと思えるのですか?」


    「だってそうじゃないですか!
    あの時俊雄くんが俺たちをこの世界に導いてくれたはずですよ!?」


    「僕が思うにこの世界は確かに僕たちがいた世界とほぼ同一であると思います。
    しかしそれだけです、あの時僕たちは過去の世界に行きあの未来を修正したと思った。
    ですが今の僕たちは恐らくあの時の影響を受けたのか
    元の世界に戻ったわけではなく実際は新たに生まれた他の時間軸へ移動した。
    つまり佐伯伽椰子の呪いが発生しない時間軸への移動。
    謂わばパラレルワールドが発生したのだと思います。」


    まさか警察官の口からパラレルワールドなんて言葉が聞けるとは…

    こんな状況だが冠城は一瞬だけ口元が緩んでしまったがそれなら納得ができる。

    何故ならこの話に確固たる証拠がある。

    それはあのファイルに記載されていた2008年と2011年の二つの時代にいた右京の相棒。

    亀山薫と神戸尊、彼ら二人が生き証人だ。

    二人がそれぞれ元の世界に戻ったからこそ右京はこの家の呪いにとり憑かれずに済んだ。

    だがそれは裏を返せば亀山と神戸の二人を犠牲にしたことにも繋がる。

    右京たちは知らないだろうが

    あのファイルには亀山と神戸があの呪われた世界で死亡したと記載されていた。

    酷な言い方だがこの世界は彼らの犠牲の上に成り立っているということになる。

    235: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:13:50.39 ID:VKN7a1Ov0


    「けどそれが今更何の関係があるんですか?
    もうこの世界は平和だ。何も問題が無いじゃないですか!」


    そんな右京の疑問に陣川が反論を繰り出した。

    確かに亀山と神戸の犠牲はあった。だがそのおかげでこの世界の平和は戻った。

    これ以上何の問題があるのかとそう尋ねてみせた。


    「果たしてそうでしょうかねぇ。」


    「それってどういう意味ですか?」


    「先ほども言った通り僕はこの世界は違う時間軸だと申し上げました。
    僕たちが過去の世界であの悲惨な事件を止める事に成功できた。
    それによってこの世界の佐伯伽耶子は人を呪わずに済んだ。
    ですが元の世界の佐伯伽椰子はどうでしょうか。彼女はどうなったと思いますか?」


    「そりゃ…成仏したんじゃないですか?あの時の俊雄くんみたいに…」


    「いいえ、そんなはずはありません。」


    「え?何でですか?だって俊雄くんは成仏したはずでは!」


    「確かに俊雄くんは成仏した。しかし成仏したのは俊雄くんだけです。
    伽椰子は成仏などしておらず未だにあの呪われた亡者のままであると思うべきです。」


    それが右京の抱いている懸念だった。実は冠城も同様の懸念を抱いていた。

    あのファイルを読み漁り思ったのはやはり佐伯伽耶子という女の存在だ。

    ファイルには俊雄が成仏したことにより一件落着のように記載されていた。

    だがこれはどう考えてもおかしい。本来あの呪いを起こしたのは佐伯伽耶子のはずだ。

    俊雄だけが成仏してそれですべてが解決したなどそんな単純な話では済まされない。

    つまり俊雄の成仏など真相を偽るためのフェイクであり

    この事件の元凶である伽耶子はまだ何処かに潜んでいると考えるべきだ。

    236: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:14:39.86 ID:VKN7a1Ov0


    「でも杉下さんの話が正しければここは違う世界なんですよね?
    それならもうこの世界には呪われた亡者たちや…あの佐伯伽椰子はいないんじゃ…」


    カイトの言うようにこの世界に戻れたのは右京、カイト、陣川の三人だ。

    佐伯伽耶子など影も形もない。しかし右京の見解は違った。


    「その佐伯伽椰子が僕たちと共にこの世界に来ていたとしたらどうでしょうか。」


    「なっ!そんなバカな!?あり得ないですよ!」


    「そうですよ!大体彼女がどこにいるというんですか!?」


    右京の見解にカイトと陣川は激しく異論を唱えた。

    二人はかつてあの地獄を体験してしまった。

    ようやく解決したというのにまたあの地獄に逆戻りするなど認めたくない気持ちはわかる。

    だが右京の見解通り伽耶子が野放しにされたらどうなる?

    この世は再びあの呪われた世界と化すだろう。

    だからこそ今ここで伽耶子の正体を突き止める必要があった。

    だが突き止めるにしてもどうすればいいのか?

    この場に霊能力者がいるわけでもないのに悪霊みたいな存在に気づけるはずがない。

    そう思っていた矢先、右京はあることを指摘した。

    237: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:15:06.77 ID:VKN7a1Ov0


    「僕たちがあの亡者で溢れた警視庁から脱出してこの佐伯家に来た時…
    仁科理佳さんとお会いしましたよね。残念ながら彼女はとり憑かれていました。
    あの佐伯伽椰子の怨念にとり憑かれてそのまま亡者と化して僕に襲い掛かってきました。
    ですが襲い掛かる前に部屋に閉じ込めておきましたから問題はありません。」


    「なんてこった…理佳さんも手遅れだったのかよ…
    けどさっきの話で杉下さんは伽椰子に憑りつかれた理佳さんを部屋に閉じ込めたから
    そもそも追って来られないはずですよ。」


    「ここで注目すべき点があります。徳永家に置いてあった固定電話です。
    そこに佐伯伽椰子の指紋が残されていました。
    何故とり憑かれた仁科理佳さんではなく佐伯伽椰子の指紋が残されていたのか?
    それは彼女が呪いの力で彼女自身が増殖したからではないでしょうか。」


    「伽椰子が増殖!?そんなバカな事が…」


    「そんなバカな事があり得たんですよ。あの鈴木信之くんの最後の連絡の内容。
    『あの女の人が…襲ってきた…それも一人なんかじゃない!たくさん』と言い残していた。
    あの最期の言葉が正しければ伽椰子は呪いの力を使い増殖をしたかもしれません。」


    右京の推理はあまりにも荒唐無稽な話だった。

    部外者である家出少女は付いていくことも出来ずにいた。

    だがこの推理が意味することはつまりはこういうことだ。


    「そしてその彼女は今も僕たちと一緒に居ますよ。」


    もしも伽耶子が呪いの力で増殖したのであれば彼女は誰かに憑いている可能性がある。

    それは一体誰なのか?

    その事実を告げられた陣川はすぐさまこの中で最も怪しい人物を指した。

    238: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:16:02.97 ID:VKN7a1Ov0


    「家出少女。キミがこの中で一番怪しいじゃないか!」


    「そんな…私は…」


    「キミはいつの間にかこの家の前に居て僕たちが来るのを待っていた!
    しかもキミは自分の名前すら教えようとしない!キミこそが佐伯伽椰子じゃないのか!?」


    「ちがいます!私…本当に何も知りません!?」


    陣川は年端もいかない家出少女に激しく詰問した。確かにこの少女はかなり怪しい。

    本名を口にしないだけでも相当だがこの家で起きたことを踏まえれば

    この家出少女こそ佐伯伽耶子にとり憑かれているという可能性はかなり高い。


    「陣川くん待ちなさい。彼女は本当に何も知りませんよ。」


    「けど…杉下さん…この子がこの中で一番怪しいじゃないですか!」


    「確かにこの少女は不審な点が多い、しかしこの少女は間違いなく事件とは無関係ですよ。」


    右京に制されて渋々ながら家出少女から離れる陣川。

    だがそうなると他に怪しい人物は…

    そんな時、カイトはふと窓から覗き込んでいる冠城を思わず睨みつけた。

    その視線を向けられて冠城はすぐにそこから目を逸らしてしまう。

    確かにカイトにしてみれば

    こんな状況で未来からやってきたという冠城に疑いを向けるのは当然だ。

    だから疑われても文句は言えないのだが…

    239: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:16:47.86 ID:VKN7a1Ov0


    「まあとにかく、みなさん落ち着いてください。
    この中に潜んでいる佐伯伽耶子をあぶり出す方法はあります。
    それをこれから行いましょう。」


    そう告げると右京は先ほど陣川に頼んで買ってきたものを取り出した。

    それは一升瓶だ。

    その瓶に汲まれているものを紙コップに入れてこの場にいる全員に配り出した。

    中に入っているのは水だということだが

    そんなものを使ってどうやって伽耶子の正体を暴くというのか?

    240: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:17:32.38 ID:VKN7a1Ov0


    「とりあえずこれでも飲みながら落ち着いて僕の推理を聞いてもらえますか。」


    「推理って何ですか?」


    「おかしいと思いませんか。
    あれだけの犠牲者を出しながら何故仁科理佳さんだけ憑りつかれた状態であったのか?
    これには理由があるからだと僕は推理しています。」


    「あの…そもそも理佳さんがとり憑かれているってどうしてわかったんですか?」


    何故右京が理佳がとり憑かれているとわかったのか?

    その答えはひとつ、境遇だった。

    かつて伽耶子は小林俊介という想い人が居た。

    だがその恋は成就することもなく淡い失恋で終わった。

    それは仁科理佳も同様だった。彼女もまた恋人と別れた経験を持つ。

    伽椰子は理佳の失恋に共感を抱いたからこそ理佳にとり憑いたと右京は推理してみせた。


    「なんかわかる気がする…
    女の人って恋愛話になると他人事でも自分のことのように思えるから…」


    そんな右京の推理に思わず同じ女性である家出少女も同意した。

    それにカイトも悦子が理佳の失恋に関して親身になっていたことを思い出した。

    確かに女性は恋愛事に関しては鋭いものがある。

    つまり伽椰子がとり憑いたのは女性特有の感情があってこそだ。

    それは同じく佐伯家の呪いに巻き込まれた鈴木信之にも言えることだった。

    あの少年は母親と死別した過去を持つ。それはかつてこの家で起きたかもしれない惨劇で

    唯一人生き残った俊雄と重なったのではないか?

    だからこそ鈴木一家が殺害されていく中で信之のみが生き残った。

    241: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:18:14.71 ID:VKN7a1Ov0


    「すべては佐伯伽耶子が女性であり母であるが故の犯行だった。
    ですがそれもやがては憎悪という感情に覆され共感を得た二人ですら殺害するに至った。
    人を呪わずにはいられないという習性が共感を得た人間すら最後は殺害する。
    まさに業といえるべきものですよ。」


    「つまり伽椰子から共感を得るには…」


    「そう、この中に仁科理佳さん以上に恋愛面において決して報われない人物がいます。」


    恋愛において報われない人間。

    それを聞かされたカイトと家出少女はすぐにそのことを否定した。

    何故ならカイトは恋人の悦子との関係は至って順調であり

    家出少女もまたこの歳でまだ恋愛など経験したことがないと強く訴えた。


    「失礼しました。みなさん先ほど渡したお水を飲んで落ち着いてください。」


    そういえばと先ほど渡された紙コップに注がれた水を飲み込む一同。

    だがその時だった。

    242: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:18:49.36 ID:VKN7a1Ov0


    「ゲホッ!うぇぇ…」


    右京、カイト、家出少女は口に含んだその水をすぐに吐き出した。

    吐き出した理由は簡単だ。これが実は水ではなく酒のせいだ。

    しかも単なる酒ではない。それは口に含むと思わず吐き気を催すような悪寒を感じた。

    未成年の家出少女は勿論だが

    普段は酒を嗜むカイトもこんな腐ったような酒は飲んだことがなかった。


    「これ…ゴホッ…お酒じゃないですか!」


    「ええ、あなた方に飲んでもらったのは清酒です。
    未成年にお酒を飲ませるのはどうかと思いましたがどうしてもある事を確かめたかった。」


    「それって一体何を試すつもりだったんですか?」


    「以前にもこの家で同様の事が試されました。
    鈴木響子さんという霊能力を持つ女性がこの家を購入する際に…
    『購入する人間に清酒を飲ませろ、もし吐いたりしたら絶対に売るな!』
    そう警告していた。
    つまりあなた方が飲んだ清酒が腐った味だったのは悪霊の影響。
    だから今みたく口に含んだ瞬間に拒絶してしまったのでしょうね。」


    「けど…だからってこれが何だというんですか?」


    「カイトくん、それに家出少女さん、あなた方の反応は正解でした。
    こんなお酒を飲んで違和感を抱いて吐き出したのは正常な状態だという証拠です。」


    そこでようやくカイトと家出少女は気づいた。

    つまり伽椰子にとり憑かれている人間とはこの腐った酒を平然と飲み干せる者。

    そんな中、一人だけこのコップ一杯分の清酒を余裕で飲み干した人物がいた。

    それを見てこの場にいる全員が伽耶子は誰にとり憑いたのかがようやく判明した。

    243: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:19:15.32 ID:VKN7a1Ov0





    「そう、このお酒を平然と飲んでいる陣川くん。
    キミこそが佐伯伽椰子にとり憑かれている元凶ですよ!」





    244: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:19:50.59 ID:VKN7a1Ov0


    その事実を告げられてこの場にいる全員が清酒を飲み干した陣川に注目した。

    確かに陣川は恋愛面に置いて報われたことがない。

    過去に幾度か事件関係者の女性に片思いを抱いたがそれは報われずに終わった。

    さらにこれはこの時代においては未来の出来事に当たるが

    コーヒーショップの店主・矢島さゆりが殺害される事件があった。

    その際には犯人への怒りからか執念で逃走した犯人を見つけ出して復讐を行おうとした。

    大袈裟かもしれないが陣川の恋愛の報われなさは不運を通り越して宿命すら感じるほどだ。


    「ちょっと待ってくれ!僕がとり憑かれているという証拠はあるんですか!?」


    「証拠ならあります。こちらを見てください。」


    右京が取り出したのは一枚の紙だ。

    それは恐らくあの呪われた世界においてこの家中に貼られた右京とカイトの手配書。


    「この手配書ですが何故このような手配書が作られと思いますか?
    それはあの時点で
    佐伯伽椰子の魔の手から生き残っていた人間が僕とカイトくんだけだったからですよ。」


    「だけどその手配書には…」


    「そうだ!その手配書には陣川さんの名前が無いですよ!?」


    家出少女の指摘でカイトも気づいたがこの手配書には陣川の記述がなかった。

    考えてみればこれはおかしい。陣川もあの亡者たちの魔の手から逃げ切っていたはずだ。

    それなのに名前が無い理由があるとすれば…

    つまり陣川は既に佐伯伽耶子の手に堕ちていた。

    だからこそ、この手配書に名前を記述する必要がなかった。

    それが警視庁で陣川が唯一人生き残っていた理由だ。

    245: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:20:18.99 ID:VKN7a1Ov0


    「それにもうひとつ証拠があります。この清酒です。
    恐らくこの清酒が腐った原因は佐伯伽椰子の怨念に憑かれたキミの影響だからでしょうね。
    この家自体は僕たちが過去の世界に行ったから怨念は関係ない。
    あるとすれば僕たちの周りに悪霊に憑りつかれたキミがいたからですよ。」


    右京の推理により陣川へと疑いを向ける一同。

    そんな陣川だがなにやらブツブツと何かを呟きだした。


    「待ってください…そんな…お酒を飲んだり手配書に…名前が載ってなかったくらいで…」


    最初はなにやら反論を呟いていたがやがて声が聞き取れなくなるほど小さな声になり

    最後は奇妙な唸り声を出すようになった。そう、あの声だ。

    246: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:20:47.02 ID:VKN7a1Ov0


    『あ゛…あ゛…ああ…』


    右京はこの反応を見て少女とカイトを陣川から遠ざけようとする。

    だが…既に遅かった。

    陣川の身体から何か得体の知れないモノが浮かび上がり抜け落ちてしまった。

    そして陣川はその場に倒れ伏してしまった。


    「陣川くん、大丈夫ですか。」


    「うぅ…ん…アレ?僕は今まで何をしてたんだ?
    確か…警視庁に入ろうとする佐伯伽椰子という女性を案内して…それから…
    おかしいな…それ以降の記憶が無いぞ?」


    どうやら陣川は正気を取り戻したようだ。だがそれで事態が解決したわけではない。

    そんな時だ。


    ((ベチャ)) ((ベチャ))


    二階から奇妙な音が聞こえてきた。

    それは得体の知れない何かが這いずるような不気味な音だ。

    やがて二階のドアが音もなく開きだした。そして階段から何か…いや…それは女だ。

    生気を感じさせない青白い肌に髪の長い不気味な女が這いずるようにその場に姿を現した。

    247: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:21:21.92 ID:VKN7a1Ov0


    「ようやく会えましたね。佐伯伽耶子さん。」


    右京にその正体を見破られた女。それは佐伯伽耶子。

    かつてこの家で夫である佐伯剛雄に惨殺され非業の死を遂げた伽耶子。

    死後も彼女の業の深い怨念は留まるところを知らなかった。

    唯一心の繋ぎ留めでもあった息子の俊雄すら利用して

    この家に関わる者たちすべてを惨殺してその呪いの力を強めていった。

    だが右京たち特命係によって世界は改変された。

    そんな伽耶子の次なる標的は右京とカイトの二人だ。

    伽耶子は四つん這いの体制で二階からゆっくりと降りてきた右京たちに近づいてきた。

    一歩、また一歩と近づく伽耶子。


    「あ…あぁ…化け物…」


    「化け物…確かにそうだな…こんなの人間じゃねえよ…」


    その不気味な姿を前にしてカイトと家出少女は足元が震えだしまともに動けずにいた。

    だが二階から姿を見せたのは伽耶子だけではなかった。

    もう二人、伽耶子の後ろから肌白い亡者たちが現れた。

    それは右京がかつて最も信頼していたあの二人の男たちだ。

    248: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:21:48.68 ID:VKN7a1Ov0


    『あ゛…ああああ…』


    『あ゛あああああ…』


    それは右京たちと共に過去の世界に行ったはずの亀山薫と神戸尊の二人。

    この事態に思わずカイトたちに動揺が走った。

    命を賭して過去の右京に警告を促したはずの彼らがこんな変わり果てた姿で現れたのか?

    あまりの衝撃に理解が出来ずにいた。


    「やはりこうなってしまいましたか。僕としたことが迂闊でした。」


    まるでこうなることを予め知っていたかのように呟く右京。

    それは五年前の2008年での世界で既にわかっていたからだ。

    右京たちが世界を改変するということ、

    それは同時にあの呪われた世界に

    亀山と神戸の二人を犠牲にしなければならないという犠牲を伴う手段だった。

    本来なら右京もかつての相棒たちを犠牲にするやり方など決して選択しなかったはず。

    だが他に方法はなかった。

    そのせいで二人は命を落とし伽耶子が使役する亡者として右京たちの前に立ちはだかった。

    249: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:23:02.71 ID:VKN7a1Ov0


    『あ゛あああああ…』


    伽耶子に操られた亀山と神戸は右京とカイトの二人を拘束。

    どれだけ抵抗しようと身動きが右京たち。そんな二人の元へ伽耶子が近づいてきた。

    今度こそ確実に自らの手でトドメを刺そうとする伽耶子。

    この状況を覗き見していた冠城もなんとか動こうとするが…

    だが膝が震えて満足に動くことが出来ずにいた。

    どんな人間だろうと怨念の塊であり伽耶子の前には成す術もない。

    このままでは右京たちが餌食になるのは時間の問題。まさに絶体絶命の状況。


    「フフ、どうやらここまで僕の予想通りの行動に出てくれましたね。」


    こんな状況で不敵な笑みを見せる右京。

    まさかこの最悪な状況を切り抜ける打開策があるとでもいうのか?

    だが考えてみればここは過去の世界だ。

    つまり未来からやってきた冠城にしてみれば

    今この場で起きている出来事は既に終わったことでもある。


    「佐伯伽椰子さん。
    僕たちを過去の時間軸から追いかけてきた時点で既にあなたは終わっているんですよ。」


    伽椰子は右京の言葉に意味がまったく理解できなかった。

    だがまもなく右京の真意をこの場にいるすべての者たちが知る事になる。

    250: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:23:29.59 ID:VKN7a1Ov0


    「あれ…みんなの身体が…なんか透けてる…」


    その異変に気づいたのは家出少女だ。

    なんと家出少女以外この家にいる者たち全員の身体が透け始めた。

    それは伽耶子とそれに使役されている亡者の亀山と神戸。

    さらに右京、カイト、陣川の三人も同様の事態が起きていた。

    一体これはどういうことなのか?


    「どうやら僕の思惑通りですね。
    先ほど申し上げたように、僕たちは別の時間軸からやって来た謂わば異物の存在です。
    この時系列に悪影響を及ぼす僕たちがいつまでもこの時間軸に存在できると思いますか?」


    「それじゃ…これは一体!?」


    「事象というべきでしょうか。
    僕たちは歴史の修正作用によりまもなくこの時間軸から消え去るんですよ。」


    それがこれから右京の行おうとする伽耶子の怨念を払う手段だった。

    そんな右京の話を受けて伽耶子は玄関に置かれた鏡を覗いた。

    見ると自分の姿が消えつつあるのがわかった。これでは完全に消え去るのは時間の問題だ。

    そう悟った伽耶子はその怒りの矛先を右京へと向けた。

    251: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:24:09.04 ID:VKN7a1Ov0


    『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛…』


    伽耶子は怒り狂いながら右京に襲いかかった。

    このままでは右京が危ない。未だ身動きの取れないカイトがなんとか助けに入ろうとする。

    だがその行動に何の意味もなかった。

    何故なら伽耶子の身体は右京をすり抜けてしまい触ることが出来なかった。


    「もう…触れる事も出来ないんですね…」


    家出少女が先ほどまで恐怖の対象だった伽耶子をまるで憐れむように見つめていた。

    恐らく無理に行動した所為なのだろうか、伽椰子の存在が急激な速さで消えつつあった。


    『あ゛あああああああ…』


    存在が消えゆく中で伽椰子は奇声を発した。

    だがそれは先程までの恐怖に満ちたものではない。

    それはまるで悲鳴だ。


    『消えたくない。お願い!助けて!』


    右京たちにはそう訴えているように感じていた。

    かつて非業の死を遂げた伽耶子はすべての人々を呪った。

    だがそんな伽耶子にも最期の時が訪れようとしていた。

    252: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:25:46.11 ID:VKN7a1Ov0


    「そうやってあなたは助けを乞うのですね。ですが…
    佐伯伽椰子、これはあなた自身の罪です。
    かつてあなたはこの世界を呪いによって破滅へと導こうとした。
    それは決して人が行ってはならない禁忌だった。
    そのせいで何の罪もない大勢の人たちが死んだ。その中には僕の大切な人たちもいた。」


    「本来ならこのやり方は警察官としてあるまじき行いなのでしょう。」


    「ですがこれは誰かがやらなければならなかった。
    あなたはその罪を償わなくてはいけない。
    あなたの犯した罪はたとえ過去が修正されようとしても決して消えることのない罪です。」


    「あなたは今こそ犯してきた罪と向き合う償う時が来たのですよ!」


    右京の言葉と共に伽耶子の存在は消滅した。だが消滅する寸前のことだ。

    それは伽椰子にしかわからないことだった。

    気づけば伽椰子は独りで何処かに立ち尽くしていた。

    そこは闇に包まれたとても暗く決して光など差さない何もない場所。

    そこには誰もいなかった…自分が使役する亡者も…血を分けた実の息子である俊雄も…

    しかし彼女は気付いた…背後から押し寄せる不気味な気配に…

    その気配を察した伽椰子はすぐにうしろを振り向いた。するとそこにいたのは…

    253: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:26:12.40 ID:VKN7a1Ov0


    『 『 『あ゛あああああああああああああ…』 』 』


    そこにいたのは無数の亡者たちだ。

    夫の剛雄をはじめ、鈴木達也と息子の信之と妹の響子。

    北田洋と妻の良美。徳永達也と妻の和美、母の幸枝。

    介護ヘルパーの仁科理佳と所轄署の吉川。

    剛雄を先頭にかつて佐伯家に関わった者たちが亡者となり伽椰子に襲い掛かってきた。

    だがそれだけではなかった。伽耶子の前にある二人の男女が迫ってきた。


    『あ゛あああああああ…』


    それはかつての想い人である小林俊介、

    それと彼の妻にして伽耶子にしてみれば恋敵でもあった真奈美。

    彼らもまた亡者として伽耶子に襲いかかった。

    剛雄たちだけでなくその昔待ち望んでいた小林とこんな形で再会を果たす伽耶子。

    こんな再会など自分は望んでなどいない。そう思った矢先のことだ。

    背中にベチョッという触感が伝わった。

    まるでドロドロとした汚らしい何かが張り付いたような感覚だ。

    一体何が背中に付いたのか?

    恐る恐るその背中に張りつかれた異物の正体を確認すると…その正体は…

    254: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:27:11.28 ID:VKN7a1Ov0


    『あ゛ああああああああ…』


    伽耶子が振り返ってみるとそこには気味の悪い胎児がいた。

    まだ生まれるには早すぎた

    母親の胎内にいなければ生きることなど出来るはずもないか弱い存在。

    それは五年前、

    小林夫婦の住むアパートで母親と共に剛雄の手によって惨殺された名も無き胎児。

    その胎児が自らの恨みを晴らそうと伽耶子にとり憑いた。

    この場に集った者たちの思いは唯一つ。


    『よくも殺してくれたな。許さない。お前も同じ苦しみを味合わせてやる。』


    『呪ってやる。未来永劫呪い続けてやる。』


    『佐伯伽椰子、お前も呪われてしまえ!』


    彼らの思いは伽椰子への憎悪に満ちた怨念と化した。

    その怨念に囚われ伽椰子は次第に闇の中へと引き込まれていった。

    まさに因果応報といった報いだろうか。

    かつて伽椰子が人々に招いた怨念は伽耶子自身に振り返った。

    そして彼らは伽椰子を引きずるように深い…深い…闇へと堕ちていった…

    255: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:27:58.20 ID:VKN7a1Ov0


    「これで佐伯伽耶子は消滅したんですね。」


    「そのようですねぇ。彼女はこれから自らの罪を償わなくてはならない。
    それは彼女自身がその過ちと向き合わない限り未来永劫苦しむことになるでしょう。」



    佐伯伽椰子は完全に消滅した。 それと同じく亡者と化した亀山と神戸も消えた。

    消えていく寸前、彼らの顔はまるで満足したような穏やかな表情を見せていた。


    「亀山くん、神戸くん、どうも…ありがとう…」


    消えゆくかつての相棒たちに感謝の言葉を贈る右京。

    思えば彼の犠牲なくして伽耶子の怨念を断ち切ることは出来なかった。

    右京自身、彼らを犠牲にしなければならないやり方については断腸の思いがあったはずだ。

    そんな別れを惜しむ右京たちにも異変が起きつつあった。


    「杉下さん!これは一体どういう事なんですか!?説明して…あれ?僕の身体が…!?」


    この状況を全く理解出来ず激しく動揺していた陣川が消えた。

    それだけではない。右京たちの身体も徐々に透けていた。

    どうやら右京たちにも最期の時が訪れようとしていた。

    256: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:28:26.18 ID:VKN7a1Ov0


    「あなたたち…消えちゃうのに…恐くないんですか…」


    まるで運命を受け入れるかのように静かに待つ右京とカイト。

    もうすぐその存在が消滅するのに

    何故動揺することもなく落ち着いているのか…?

    そんな家出少女の疑問に右京は悔いるようにこう呟いた。


    「これが僕に与えられた罰だからですよ。」


    「罰ってどういうことですか…?」


    「僕はこの事件を解決するためとはいえかつての相棒を犠牲にしてしまった。
    こうして誰に知られることもなく存在が消えていくことが僕に与えられた罰です。
    これが彼らを犠牲にしてしまった僕の結末に相応しいのでしょう。」


    今回の解決方法は命を重んじる右京にしてみれば

    致し方なかったとはいえ犠牲を払わなければならないものだった。

    それでもこんな過ちを犯した自分を許す気はない。

    だからこそ、この結末を甘んじて受け止めるつもりだった。

    だが右京が悔いるのはそれだけではなかった。

    257: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:29:23.18 ID:VKN7a1Ov0


    「それに佐伯伽椰子についてもです。
    いくら許されない過ちを犯したとはいえ出来ればこのような解決は避けたかった。」


    「そんな…だってあの人は…」


    「確かに佐伯伽耶子の罪は許されないものでした。
    ですが僕は警察官です。警察官とは罪を犯した者を罰するだけではありません。
    その罪と向き合い過ちを正す。
    彼女を闇に突き落とすのではなく光に導いてあげるべきだった。それなのに僕は…」


    確かに伽椰子の罪は許されるべきものではない。

    だからといって彼女を闇の中に閉じ込めたことを後悔する右京。

    そんな右京だが今回の方法で一番悔いるのは相棒のカイトについてだった。


    「それとカイトくん、本当に申し訳ないと思っています。
    キミには何の罪もないというのにこんなことに付き合わせてしまいました。」


    右京から謝罪の言葉を促されて思わず苦笑いを浮かべるカイト。

    その理由はやはり冠城から指摘された未来の自分についてだろう。

    彼はこれよりダークナイトの犯行に及ぶ。

    それは今回の右京が行った解決方法よりも身勝手な犯行だ。

    それを思えばカイトがこうして消滅するのも

    自らの罪を清算するという皮肉めいた結末なのだろう。

    258: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:29:58.62 ID:VKN7a1Ov0


    「ところで家出少女さん。
    そろそろあなたについてお聞きしたいことがあります。
    あなたもまたこの世界の人間ではありませんね。」


    「そんな…けど…どういうことですか…!?」


    「先ほど、この家に入る時に彼女はこう言いました。
    『昔この家で…人が殺されたんですよね』
    この発言は本来ならおかしいと思えませんか。」


    そういえばと冠城もようやく気づいた。

    そもそもこの世界は右京たちの手によって改変されている。

    右京たちが過去の世界で佐伯剛雄の犯行を阻止した時点で殺人事件など起こるはずがない。

    それなのにこの家出少女はこの家で人が殺されたと言った。

    つまりこの家出少女は…


    「私…本当はもう死んでいるんです…」


    それから家出少女は自らの正体を明かした。


    「私はこの近所に住む鷲尾という家の娘でした。」


    「けど5年前に悪い病気に掛かって死にました。」


    「お父さんとお母さんが懸命に看病してくれたのに…」


    「私には隼人という弟がいます。けど弟も体が弱くて…
    そんなあの子が12歳の誕生日を迎えることになりました。
    それでお父さんたちがそのことをお祝いして誕生パーティーを開く…はずでした…」


    この家出少女の弟、鷲尾隼人だがどういうわけか連絡が取れない状況にあった。

    家出少女はそんな家族を不憫に思いこうして生前の姿で現れた。

    だが既に死んだ身である彼女にはこの事態を解決する術はない。

    だから右京に見つかるまで家の周りを彷徨くことしか出来ずにいた。

    259: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:31:00.54 ID:VKN7a1Ov0


    「鷲尾隼人…そうか…キミはあの行方不明になった子のお姉さんなんだな…」


    「それに鷲尾家で五年前の世界で俊雄くんを預かってもらいました。
    なんとも奇妙な偶然です。その家の子が行方不明とは…何か因縁を感じてなりません。」


    「今日は弟の12歳の誕生日なんです。
    弟は私と同じ先天性の病気で12歳までに発症したら命は無いと言われて…」


    「なるほど、12歳の誕生日の今日まで弟さんは無事発症せずにすんだという訳ですね。」


    「お父さんとお母さん…
    今日まで頑張ったんです…それなのに…弟が死んだら…
    私だけじゃなく弟までいなくなったらきっと悲しみます!だから…だから…」


    家出少女は縋るような思いでその心中を訴えた。

    その事情を聞いて右京は鷲尾隼人が行方不明になった経緯を推理した。

    家出少女が言うには隼人は卓球クラブに所属して

    そのコーチを務めている瀬田江美子と仲が良くてよく家に遊びに行ったらしい。


    「カイトくん。鷲尾家に身代金の要求はありましたか?」


    「いえ、ありませんでした。というか犯人からの連絡自体なかったんですけどね。」


    「これは事態がかなり切迫してますよ。
    犯人の正体は不明ですが
    目的が営利目的でないのなら犯人の狙いは金銭ではなく…相手の命…
    つまり最初から殺人が目的なのかもしれません。」


    「それじゃあ隼人くんは既に殺されている可能性が…」


    弟が殺されているかもしれないという可能性を聞いて家出少女は酷く動揺した。

    当然だ。実の弟が殺されているかもしれないと知らされて冷静でいられるわけがない。

    だからといって行動に移すことも出来ない。

    見ての通り右京とカイトの二人は存在が消滅する寸前で

    家出少女に至っては既に死んだ身であるために家族の前に姿を見せることが出来ない。

    さらにこの状況を覗いている冠城も自分が動くにしてもここは過去の世界であり

    この世界でなんらかの行動に出ることにより未来に支障を来すわけにはいかない。

    つまりこの世界の人間ではない彼らでは鷲尾隼人を救うことが敵わない。

    だが事態は急を要している。

    一刻も早くなんらかの手を打たなければ少年の命が危険に晒される。

    そして右京はこの家出少女にこの事態を解決出来る方法を告げた。

    260: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:31:55.55 ID:VKN7a1Ov0


    「それならばあなたはこれから花の里という飲み屋に行ってくれませんか。」


    何故この状況で花の里に行けと…?この右京の発言に冠城は思わず首を傾げた。

    だが隣にいたカイトは右京の思惑に気づいた。

    それから彼は携帯を取り出して誰かにメールを送ろうとしていた。

    それを終えるとカイトは未だにこの状況を覗いている冠城に視線を移した。

    その目はまるで冠城にこの後のことを託すかのように訴えていた。


    「花の里に着いたらある人間が必ず現れます。それはあなたの知る人間です。
    その人に今の事情は説明しなくてもいいので
    あなたはそのコーチのお婆さんの家まで案内してください。
    急いでください。すべてはあなたに掛かっているのですからね。」


    これからの行動について家出少女にその一切を説明する右京。

    その説明を終えると右京とカイトの身体が消滅しようとしていた。

    いよいよ右京たちもこの世界から消滅する時が訪れたようだ。


    「どうやら僕たちもそろそろ時間のようですね…」


    「まったく…もう少し延長してくれりゃ俺たちで隼人くんを探しに行ったのに…
    神さまも融通が利かないよな。それじゃあな家出少女、絶対に隼人くんを助けるんだぞ。」


    こうして事態を乗り切るための方法を教えられた家出少女はそれを行おうと行動に出た。

    けどこの家を出ようとした時にあることに気づいた。

    それはまだ右京たちの名前をまだちゃんと聞いてなかったことだ。


    「あの…そういえば…あなたたちのお名前はなんというんですか…?」


    「これは失礼、まだ名乗っていませんでしたね。警視庁特命係の杉下右京です。」


    「同じく特命係の甲斐享だ。じゃあな家出少女。しっかりやるんだぞ!」


    自らの名を告げると右京たちは満足そうな表情で静かに消滅した。

    佐伯伽椰子、それに特命係の面々が消え去り家出少女は一人となった。

    だがこれで終わったわけではない。

    先ほど右京から教えられた花の里へ向かわなくてはならない。

    家出少女は誰もいなくなったこの家にペコリとお辞儀をした。

    それが今となっては自分に出来る精一杯の感謝の印だ。

    261: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:34:58.69 ID:VKN7a1Ov0

    「それじゃあ行こうか。」


    「あの…あなたは…?」


    「俺は冠城亘だ。心配しなくてもいいよ。彼らと同じ特命係だ。」


    いきなり現れた冠城に思わずキョトンとする家出少女。

    本来ならこの時代に影響を与えることは許されない。

    だがこの少女が花の里までの道筋を知っているとは思えないので冠城が道案内をする。

    まあこのくらいなら未来に支障を来すこともないだろう。

    それから家出少女は冠城に案内されて花の里の店前までたどり着いた。

    しかしたどり着いたはいいが冠城が店の中に入るわけにはいかない。

    冠城がこの店を知るのはこれから約二年後になる。

    それなのにこのタイミングで女将の幸子に会うわけにも行かない。

    それでも冬の寒空だ。こんな冷えた夜に子供を野晒しには出来ない。

    そこで暖を取るために近くにある自販機に暖かい飲み物を買いに行った。

    そんな飲み物を買っている最中だが右京は何故花の里に行くように促したのか?

    その意図がわからない。いや、待てよ。ここが過去の世界でもうひとつの時間軸なら…

    もしやと右京の思惑に気づいた冠城が急いで家出少女の元へ戻ろうとした時だ。


    「お一人ですか?」


    家出少女が店の入り口付近に座り込んでいると一人の男が現れ少女に声を掛けてきた。

    その様子を物陰で覗く冠城にはこの男が誰なのかよくわかっていた。彼は杉下右京だ。

    そしてこの瞬間、ようやく右京の意図が理解できた。

    つまり右京は本来この時間軸にいる自分自身にあとのことを託していた。

    そして家出少女もこのことを理解したようで店に入った後、

    自分を家まで連れて行ってほしいと促しながらある場所まで案内した。

    そこは事件があったとされる瀬田江美子の家の近隣。

    家出少女を送り届けた後、

    右京はその老婆の家で不審な動きがあった事を察知して事件の捜査を開始した。

    そして家出少女の弟である鷲尾隼人少年を助け出す事になる。


    <<最終話 少女 完>>

    262: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:35:57.62 ID:VKN7a1Ov0


    <<エピローグ(前編) 特命>>


    2008年10月―――


    気づけば冠城は何処かの小学校にいた。

    気になってとある教室を覗いてみるとそこには二人の警察官らしき人物がいた。


    「小学生のみなさん、今日はピー○ーくんと一緒に学びましょう。」


    『いいかいキミたち、悪い事なんかしちゃダメだぞ!
    伊丹っていう人相の悪~い刑事がキミたちの家まで押しかけて逮捕されちゃうからね!』


    それは右京ともう一人…警察のマスコットキャラピー○ーくんの着ぐるみを着た亀山だ。

    どうやら二人は犯罪撲滅週間のため、この小学校に児童たちの指導を行っているらしい。

    上から頼まれたらなんでもやるのが暇な特命係の役割。

    身近な犯罪について細かく説明する右京に対して小学生男子から

    その着ぐるみ暑くないの?とか

    夢のないことを言われて思わず挫けそうになる亀山を眺めるとどうにも笑いがこみ上げた。

    こうして指導も終わって児童たちもいなくなり後片付けをする右京たち。

    そんな右京たちのところへ一人の教師が現れた。先ほどのクラスの担任教師だ。

    263: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:36:25.65 ID:VKN7a1Ov0


    「先ほどは失礼しました。申し遅れましたが私は担任の小林という者です。
    しかしまさか警視庁の刑事さんがお越しくださるとは思ってもみませんでしたよ。
    それだけ警察が児童に対して親身だという事ですよね。」


    好意的な解釈をしてくれたがどうせ内村刑事部長あたりからの嫌がらせだろう。

    ところで冠城はこの担任どこかで見覚えがあった。

    そういえば小林と名乗っていたが…まさか…?


    「失礼ですが…刑事さんたちと以前どこかでお会いしませんでしたか?」


    「いえ、あなたとは初対面のはずですが…」


    「何か…初対面って気がしませんね…」


    「けど来てくれて本当に助かりましたよ。
    あんな事件があった後じゃ児童も不安がりますからね。」


    「事件?」


    「佐伯って家で殺人未遂の事件があったじゃないですか!
    それから麻薬まで出てきて犯人はその家の旦那さんでしょう。
    この近所じゃその話で持ちきりですよ。」


    佐伯…?麻薬…?

    そこで冠城はクラスに貼られていたカレンダーの日付を確かめてみると

    その日付は2008年の10月と記載されていた。これでようやく状況を把握できた。

    ここは2008年の世界で右京たちが改変した修正後の時間軸だ。

    264: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:37:10.03 ID:VKN7a1Ov0


    「ああ、そういえばそんな事件がありましたよね右京さん!」


    「僕たちはその事件を担当していなかったので詳細は存じませんが
    夫が妻を殺害しようと犯行に及んだそうですね。
    ですが駆けつけた警察官に取り押さえられてそれも未遂に終わったと聞きました。」


    「その事件俺たちも知らせを受けて駆け付けたのに
    伊丹たちや角田課長がすぐに現場で犯人逮捕してましたからね。
    結局俺たちはすぐに帰っちゃいましたけど…
    そういえば…それから暫く…
    みんなが俺たちの事をまるで幽霊を見るような変な目で見てましたよね?」


    「そういえば角田課長も変な事を言ってましたね。
    僕たちを見るたびに『ドッペルゲンガー』だとか『一卵性の双子の兄弟はいるのか』と…」


    なるほど、どうやらあの事件後に少々奇妙な事態になっていたようだ。

    右京たちは知らないがあのファイルを読んだ冠城にはその理由はわかっていた。

    あの事件で偶然にも過去と未来の右京たちが

    その場に居合わせていたなど伊丹たちには知る由もないのだから。


    「まぁそんな訳でして…
    ただ…厄介な問題がありましてね…
    その事件を起こした犯人がウチの児童の親でして…」


    「それは大変ですね。でもそれじゃあその子は…」


    「ええ、殺害されそうになった奥さんも
    麻薬常用者であったため同じく逮捕されたと聞いています。失礼ですがその児童は…」


    佐伯家での事件は本来起こりえた殺人事件から殺人未遂とそれに麻薬押収に修正された。

    だが佐伯家は両親揃って逮捕された。

    従って夫婦の息子である俊雄は児童養護施設へと送られる。本来ならそのはずだった。

    265: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:37:36.90 ID:VKN7a1Ov0


    「実は私の家で引き取る事にしたんですよ。
    …といっても母親が施設から出てくるまでの間なんですけどね。」


    「本当ですか!その子の親戚とかどうしたんですか?」


    「それが…誰もあの子を引き取ろうとしなくて…」


    「無理もないでしょうね。
    逮捕された夫の佐伯剛雄は城南金融で麻薬を流していたそうですし
    そんな厄介な家族と関わりになりたくないのでしょう。」


    「けどイジメとか大丈夫なんですか?」


    「大丈夫ですよ。ウチのクラスじゃそういう事はさせませんから。
    それに…あの子の母親とはちょっと縁がありましてね…」


    どうやら小林俊介は事件後に気づいたようだ。

    かつて自分が俊雄の母である佐伯伽耶子が大学の同期だったこと。

    その縁を感じたのか俊雄を引き取ることを買って出たそうだ。


    「実は俊雄くんのお母さんと私は
    大学が同期だったらしくてこれも何かの縁だと思いましてね…」


    「『だったらしく』…ですか。随分と曖昧な表現を使われるのですね。」


    「お恥ずかしながら大学時代は彼女の存在をまったく知らなかったので…
    それに私ももうすぐ親になるので子供を見捨てたくなかったんですよ。」


    小林は自らに子供が出来ることをとても喜ばしく思っていた。

    彼の子供とは以前の時間軸で剛雄に惨殺された生まれてくるはずだった胎児のことだろう。

    その子供が今度は何事もなく無事に生まれてくる。

    本来の時間軸を知らない小林はまさに幸せの絶頂にあった。

    こうして話を終えた右京たちは小学校を後にした。

    その帰り道、二人は歩きながら

    先ほどの俊介が教え子を引き取った話を聞き何か想うところがあった。

    266: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:38:11.00 ID:VKN7a1Ov0


    「あの先生立派ですよね。いくら教え子だからって余所の子を引き取ろうとするなんて…」


    「きっと子供が生まれる事が彼に人としての責任を果たさせようとしたのでしょう。
    それこそ打算や同情などではない別の…慈しみ…慈愛というモノかもしれません。」


    「慈愛か…」


    「それにしても亀山くん…よく今回の仕事を引き受けましたね。
    てっきりキミの事ですから着ぐるみを着た仕事なんて嫌がるものかと思っていましたよ。」


    かつて特命係に左遷されるまで捜査一課で活躍していた亀山には

    こういった雑用の仕事を不得意とする人間だ。

    だが今回はどういうわけか率先してこの仕事を引き受けたらしい。

    その理由は先日、親友の兼高公一が亡くなったことの報告をするために

    サルウィンへ向かったのが大きな起因だった。


    「いやぁ…今までの俺ならそうだったかもしれませんが…
    なんというか…その上手く説明できないんですけど…
    子供たちに正義を教えるっていうのに使命感を感じたっていう気がして
    こんな俺にも何か出来る事があるんじゃないかと思ったんですよ。」


    「おやおや、先日サルウィンへ行った時に何か影響を受けたのですか?」


    「ハイ、充分影響を受けましたよ!」


    「そうですか。」


    力強く返事をする亀山に何か強い決意を感じた右京。

    それから数ヶ月後、亀山薫は自らの意思で警察官を辞職。

    この後は妻の美和子を伴ってサルウィン国へと旅立った。

    それは亡き友人の志を継ぐため。

    そしてサルウィンの子供たちに本当の正義を教えるために…

    267: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:38:37.32 ID:VKN7a1Ov0


    2011年10月―――


    再び場面が変わった。次に冠城が目覚めた場所はとある墓地だ。

    そこにはやはり右京ともう一人は神戸尊が老婆を伴って墓参りをしていた。

    彼らが弔っている墓には『城戸』という名前が刻まれていた。


    「刑事さん、充のために墓参りにまで来てくださってありがとうございます。」


    どうやら彼らが弔っているのは城戸充の墓だ。

    一緒に息子の死を弔ってくれた右京と神戸に母親は深々と頭を下げていた。


    「いえ…今の僕にはせめてこれくらいの事しか出来ませんから…」


    冤罪により刑務所に入れられて

    ろくに人付き合いのなかった息子のために弔ってくれたことを母親は感謝した。

    だが神戸してみれば本来感謝される謂れはない。

    むしろ城戸の母親からは憎まれてもいいとすら思っていた。

    何故なら自分もまた城戸を冤罪に追い込んだ一人でしかない。

    こうして墓参りに来たのも純粋な想いだけでなく罪の意識からでしかなかった。

    そんな神戸と右京が墓参りを終えて帰る途中にある家族と鉢合わせした。

    268: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:39:04.76 ID:VKN7a1Ov0


    「コラ信之!ちゃんと母さんの墓参りをしないか!」


    「兄さん、そんなに怒鳴らないの!」


    それは鈴木達也とその息子信之、それに達也の妹でもある響子の家族たちだ。

    どうやら彼らもこの墓地に墓参りに来ていたらしい。


    「失礼、そちらもお墓参りでしたか。」


    「あぁ…すみません…お恥ずかしいところを見せてしまって…
    実は先日家内を亡くしてしまって、それで息子と妹を連れて墓参りに来たのですが
    この通り母親が死んで以来息子が口を聞いてくれなくて…」


    「兄さんはガサツ過ぎるのが悪いのよ。
    この年齢の子は繊細なんだから!
    この前だって一見のお客さんに事故物件を売りつけようとしたりして…」


    「事故物件?するとあなたは不動産屋さんですか?」


    「はい、そうですけど…うん?」


    達也は何やら神戸の顔を見るなり思い切り凝視してみた。

    すると大声を上げてあることに気づいた。

    269: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:39:30.60 ID:VKN7a1Ov0


    「アァ――――ッ!アンタ3年前に私にあの家を売るなと言った刑事さんだ!?」


    「神戸くん、キミこの人と面識があったのですか?」


    「お言葉ですが…あなたとは会った事が…
    アレ…待てよ?そういえばどこかで会ったような気が…」


    突然大声を上げられても神戸は何のことだかさっぱりわからなかった。

    だがこの光景を覗いていた冠城には達也が驚いた意味がわかっていた。

    こうなった原因は3年前の2008年に別の時間軸からやってきた神戸にあった。

    これまた別の時間軸の右京からの指示で

    神戸は当時の達也に接触して今後佐伯家の物件に関わるなと警告を促していた。

    だがそのことをこの時間軸の神戸は知る由もなかった。


    「はて?何故でしょうかね。僕もあなたと会ったことがある気がするのですが…」


    面識は無いはずなのにそれぞれ見覚えがあるという不可解な三人。

    それが他の時間軸であった出来事だとは想像もつかないだろう。

    だがそれよりも問題は信之だ。彼は未だに母親の墓参りを拒絶していた。


    「信之くん、何故お母さまのお墓を直視しないのですか?」


    「お母さんが死んだって事…信じたくないから…」


    まだ14歳の信之には母親の死を受け入れることは難しかった。

    ある日、何の前触れもなく大事な肉親が死んだ。

    それを受け入れる準備もまだだというのにどうしてと信之は嘆くばかりだ。


    「そうさ、人間なんて案外あっさり死ぬんだよ。
    残された人間がいくら後悔したって何もならないんだ。」


    そんな信之に対して神戸は冷たく突き放すかのように母親の死を理解させようとした。

    その言動に思わず達也と響子は何を言うのかと目くじらを立てるが…

    270: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:39:58.18 ID:VKN7a1Ov0


    「だからせめて…供養してやる事が残された人間の役割だと俺は思うよ…」


    残された人間の役割。死んだ人間が生き返ることなど決してありえない。

    死は何の前触れもなく誰にでも訪れる。それは確かに不幸な出来事だ。

    だがそれでも人は前に進まなくてはならないと神戸は落ち込む信之にそう促した。

    そんな神戸の意思を汲むかのように信之は母親の墓の前でそっと手を合わせた。

    こうして弔うことが残された者の役割であるかのように…


    「すみません。変な説教染みた事を言っちゃって…」


    「いえ、そんな事ありませんよ、亡くなった義姉さんもきっと満足してますから。」


    「おや、その様な事がわかるのですか?」


    「ちょっと杉下さん!?すみませんね、この人こんな性格なモノで…」


    「実はウチの妹には霊能力がありましてね、昔から何でも見えちゃうんですよ!」


    「おや!それは素晴らしい!それでは僕たちにも何か見えるのでしょうか?」


    響子が霊能力を持ち合わせていると聞いて思わずはしゃいでしまう右京。

    そんな響子の能力を通して彼女は二人にあるものを視た。


    「そうですね、そちらの神戸さんでしたっけ? あなたの方には…男の人が見えますね。」


    神戸の背後にいる霊と聞いてそれは城戸充ではないのか?

    そう疑う神戸に彼はどんな様子なのかと響子に尋ねた。


    「なんだかとても穏やかな表情をしているわ。これなら安心して成仏しますよ。」


    霊となった城戸充は既に恨みなど抱いてはいなかった。

    それを聞いて神戸は少しだけ肩の荷が降りたような気がした。

    しかし響子が伝えたいことはまだあった。響子は何かを聞き取りある言葉を神戸に伝えた。


    「ありがとう。彼はそう言っています。」


    「ありがとう…ですか…まさかお礼を言われるなんて…」


    本来ならお礼なんて言われる筋合いはない。

    それでも城戸にしてみれば自分の無実を晴らしてくれたことに代わりはなかった。

    その言葉を聞いて神戸は思わず涙ぐんだ。

    思うことがあるとすれば唯一つ、城戸の魂が安らかに成仏してほしいことだけだ。

    ちなみに右京も自分の背後に何か憑いてはいなのか尋ねたが…


    「あなたは…初老の男性が見えますね…官僚っぽい感じの男性が…」


    そのことを聞いて覗いていた冠城は思わず苦笑いを浮かべた。

    それは間違いなくかつての小野田官房長以外にありえなかった。

    こうして鈴木一家と別れて帰路に着く右京と神戸たち。

    そんな時にある夫婦とぶつかってしまった。

    271: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:40:30.76 ID:VKN7a1Ov0


    「痛っ!」


    「すみません!大丈夫ですか?」


    「ウチの主人がすみません。あら?どこかでお会いしませんでしたか?」


    「い…いえ?会った事はありませんね。」


    この夫婦、かつての北田洋と良美夫妻だ。

    彼らも墓参りのためにこの墓地へと訪れていたようだ。

    そんな謝罪を済ませる妻の良美とは対照的に

    夫の洋はなにやらブツブツと独り言を呟いていた。


    「うぅ…これというのも今朝のコーヒーの豆がブルーマウンテンじゃなかったからだ。
    いや…卵の黄身が半熟じゃなかったからかな?とにかく今度から気を付けてくれよ!」


    どうやら洋もまた相変わらず注文が多いようだ。

    その神経質が災いしてかつての世界で妻の良美からフライパンで殴られたというのに。

    見かねた神戸はそんな洋にある忠告を促した。


    「そんな無茶な注文ばかりしていると頭をフライパンで殴られちゃいますよ。」


    その言葉に思わず首を傾げる北田夫妻。

    そんな忠告を残してその場から立ち去る神戸だが…

    272: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:41:20.26 ID:VKN7a1Ov0


    「キミ、何故先ほどあのご主人にフライパンで頭を殴られるなどと言ったのですか?
    本来フライパンとは調理器材であり決して人を殴る凶器ではありませんよ。」


    「それは…僕にもよくわからないんです…
    ただ…あの奥さんの顔を見たら何故かそう思ってしまって」


    「そうですか、それよりもよかったですね。」


    「よかったとはどういうことですか?」


    「城戸充のことですよ、彼からお礼を言われたのでしょう。」


    「そんな…いくら本人からお礼を言われても…犯した罪は一生消える事はありません。
    城戸充の冤罪はこれから一生付き合っていかなければならない僕自身の罪です。
    だからこの罪はたとえ彼が許してくれても一生背負い続ける覚悟です。」


    神戸の不器用ながらも愚直な信念を聞いて思わず呆れながらも同意する右京。

    それに対して神戸も右京ほどではないと思わず意を唱えた。

    こうして墓参りを終えた二人は空を見上げた。

    陽の光がこの墓地周辺をこれでもかというほど照らしていた。

    まるでその光が城戸充の魂をあの世へと導くかのように思えた。

    273: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:41:46.34 ID:VKN7a1Ov0


    2013年3月―――


    冠城はまたもや異なる時代へと飛ばされた。だがそこは先ほどまで居た佐伯家周辺だった。

    何故こんな場所に飛ばされたのかと疑問に思う中、

    なんと佐伯家に忍び込もうとする三人の少女たちを目撃した。


    「ねぇ、やっぱまずいんじゃないの?」


    「大丈夫だって、ここの家はもう何年も前から空き家だから!」


    「確か5年くらい前にこの家の旦那がクスリやって捕まったんだって!」


    「しかも奥さんを殺そうとしたんだって!これってやばくね?」


    「…でも…」


    「心配ないって、こんな空家入っても誰も文句言わないし!」


    どうやら肝試し感覚で入ろうとしているらしい。これはまずい。

    いくら伽耶子の脅威が去ったとはいえまだ何が起きるのかわからない。

    急いで止めなければと少女たちに駆け寄ろうとした時だ。

    274: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:42:13.56 ID:VKN7a1Ov0


    「おやおや、いけませんねぇ。空き家とはいえ無断で侵入するのは犯罪ですよ。」


    「そうそう、法律でも3年以下の懲役または10万円以下の罰金が科せられちゃうよ。」


    「ちょっと!アンタたち何よ!?」


    「我々は警察の者です。
    ここを通りかかったらあなた方がこの家に入ろうとしたのを見かけたものでして。」


    そこへ都合よく右京とカイトが現れてこの三人を注意してくれた。

    さすがにこの女子高生たちもこんな下らない遊びで

    警察に補導されるのは御免かと思ったのかそそくさと退散していった。

    そんな女子高生たちを見送ると彼らは再びある場所へと歩き出した。

    一体どこへ行くのだろうか?気になった冠城は密かに二人を尾行。

    すると二人はこの家の向かい側にあるとある一軒家に入っていた。

    表札を見るとこの家の主は『鷲尾』とあった。

    ひょっとしてと思った冠城は警察官としてはあるまじき行動だが

    密かに庭から入り込みベランダから家の様子を覗き込んだ。

    275: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:42:42.63 ID:VKN7a1Ov0


    「刑事さんたち、息子の誕生パーティーによく来てくださいました!」


    「本当にあなた方には感謝しきれません!」


    「いえいえ、僕たちは職務を全うしたまでですよ。」


    冠城の予想は的中した。

    この家は2013年に誘拐事件の被害にあった鷲尾隼人の自宅だ。

    両親が官僚なだけあってこの辺りでもかなり立派な邸宅だ。

    そのリビングで改めて隼人少年の誕生日パーティーが執り行われていた。

    右京たち特命係は隼人の命を救った恩人としてこうして招かれたようだ。


    「フンッ!まさかお前たちまで呼ばれていたとはな!」


    「まったく暇な窓際部署め!」


    「内村部長に中園参事官!?何でここにいるんですか!?」


    「こちらの鷲尾氏は財務省の官僚だ。この機会に仲良くしようと思ってな。」


    「決して下心があっての事ではないぞ!」


    いや、それ間違いなく下心あってのことだよなと

    カイトとそれに覗いてる冠城が心の内でそうツッコミを入れた。

    それにしてもパーティーの主役である隼人の姿が見えない。

    まさかまた何かトラブルに巻き込まれたのではと心配する一同。

    するとそこへ主役の隼人が元気よく玄関を開けてリビングへと入ってきた。

    276: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:43:19.35 ID:VKN7a1Ov0


    「お父さん、お母さん、ただいま!」


    「お帰りなさい。もう、帰りが遅いから心配したじゃないの。」


    「ゴメンね。実は友達を連れてきたから遅くなったんだ。」


    すると隼人の後ろからお邪魔しますと一人の少年が現れた。

    年齢からして14歳くらいの制服を着た男子中学生だ。

    さらにその子は背中に5歳になる少女をおんぶしていた。


    「こんにちは。今日はお招き頂いてありがとうございます。」


    「あら!俊雄くんに妹ちゃんも、いらっしゃい。どうぞ上がって!」


    俊雄と名乗る少年は妹と一緒に用意されていた席へと座った。

    まだ上手にスプーンとフォークを持てない幼い妹に丁寧に世話を施す俊雄を見て

    随分と仲のいい兄妹だとこの場の大人たちは誰もが感心した。

    そんな妹の世話をしている最中に俊雄はあることに気づいた。


    「ところで…僕…お二人とどこかでお会いした事がある気がするんですけど…」


    「さて?僕は初対面だと思いますが…」


    「俺も…キミとは会った事ないな、けどなんだろ…初めて会った気はしないな。」


    「同感です。確かに以前どこかでお会いした気がするのですが…不思議ですねぇ…」


    なにやら俊雄は特命係の二人と以前どこかで会った覚えがあると告げた。

    同時に右京とカイトも俊雄とは初めて会った気がしなかった。

    その話を聞いてまさかと疑う冠城…

    各々が疑問を抱く中で右京は俊雄にある質問を行った。

    277: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:44:04.96 ID:VKN7a1Ov0


    「ところで俊雄くんと隼人くん。
    お友達だそうですが俊雄くんの方は中学生ですね。
    普通キミたちくらいの年齢なら同世代の人間を友達にすると思うのですが…」


    俊雄と隼人は年齢が二歳ほど離れている。

    それにも関わらず仲が良いのは珍しいことではないが

    年頃の小学生が歳の離れた上級生と親しいのは少々気になっていた。


    「俊雄くんは昔この辺りに住んでたんです。
    その時にウチの子とよく遊んでくれてそれで知り合ったんですよ。」


    「なるほど、そういう事でしたか。」


    「でも待てよ、この辺りで引っ越したなんてさっきの空き家くらいじゃ…」


    「空き家といえばあの家で確か5年くらい前に事件があったな。」


    「そういえばありましたな。
    事件が早急に解決したため捜査本部も作らずに終わりましたが…
    確かあの事件は夫が妻を殺害しようとしたとか…それにその夫は麻薬も所持してたと…
    さらに言えば夫妻の子供も危うく殺されかけたというろくでもない顛末でした。」


    やはりそういうことかと冠城はこの状況を理解した。

    このパーティーに出席しているあの少年は本来なら亡者と化したはずの佐伯俊雄だ。

    それも右京たちが時間軸を修正したことにより彼はこうして健やかに成長した姿で現れた。

    ちなみにこれは偶然だが過去の世界で右京たちは俊雄をこの家に預かってもらっていた。

    その縁がこうした形で繋がりを見せるとは思わなかった。

    278: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:44:31.75 ID:VKN7a1Ov0


    「ハイ…僕はそこの家の子供です。」


    「まったく子供がいるのに麻薬に手を出すとは!」


    「親の風上にも置けませんな!」


    せっかくのパーティーで思わず鬱屈した表情を見せる俊雄。

    それとは対照的に俊雄の両親に対して内村と中園はけしからんと憤慨した。

    それでも子供のパーティーを利用して

    胡麻摺りしている二人に言われる筋合いはないなとカイトと冠城は内心毒を吐いていた。


    「これはせっかくの場で失礼しました。その様な経緯があったとは知らなかったもので…」


    「いえ、いいんです。親がやった事は事実ですし…僕も危うく殺されそうでしたから。
    あの時、刑事さんたちが乗り込んでこなかったら僕は今頃死んでいたはずです。
    それにあの後周りの人たちが本当によくしてくれましたからね。」


    俊雄が健やかなる成長ぶりを見せたことでホッとひと安心する一同。

    そんな時、右京はこのリビングに飾られてある一枚の写真立てに注目した。

    それは何年か前に取られたと思われる鷲尾一家の集合写真。

    その写真にはまだ幼い隼人と両親、それに一人の少女が写っていた。

    279: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:45:08.28 ID:VKN7a1Ov0


    「この写真ってあの子ですよね!」


    「ええ、間違いありません!僕たちの前に現れた家出少女ですよ!」


    数日前、隼人を助けた時に何故か誘拐された事件現場まで導いてくれた謎の少女。

    まさかこの家の娘だったとは予想外だった。

    このことを知った右京たちはすぐに家出少女について尋ねたのだが…


    「失礼ですが、
    こちらには隼人くん以外にもう一人お子さんがいらっしゃるのではないですか?」


    「はい、実は娘がいたんですよ。」


    「けど…その子は先天性の病気で…思えば何もしてやれなかったわ…」


    この事実を聞かされて二人は思わず驚愕した。

    当然だ、まさか自分たちを導いた存在が幽霊だったなんて普通ならありえない事だ。

    だがこれで納得できた。

    だからこそあの子は自分たちに救いを求めたのだと…

    280: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:45:35.11 ID:VKN7a1Ov0


    「実は僕たちが隼人くんの危険を察知出来たのはこのお姉さんのおかげでした。
    きっとお姉さんは天国からキミの危機を知って僕たちにその事を伝えに来たのでしょう。
    恐らくこれはご両親の祈りが天に届いた。これこそまさに奇跡と言えるでしょうね。」


    右京から自分が助かった経緯を聞かされて隼人は涙を流した。

    いや、隼人だけでなく両親も涙した。今は亡き姉が自分の危機を報せてくれた。

    かつて何もしてやれずに死なせてしまった不憫な娘だと一家は悔いていた。


    「ありがとう…本当に…ありがとう…」


    娘の遺影を前にして家族は心から感謝の言葉を贈った。

    弟を救ってくれてありがとう。どうか安らかに眠りなさい。

    そう祈りながら隼人の誕生パーティーが開かれた。


    「写真立てといえば今度歴代刑事部長の写真立てを制作する予定でしたな。」


    「うむ!そうだ、私を中心に歴代刑事部長の写真立てをズラッと…」


    『あ゛…あぁぁ…』


    「!?何だ…今のは!妙に背筋が凍るようなこの感覚は…」


    「どうかなさいましたか部長?それで写真立ての方は如何なさいますか?」


    「やはりやめておこう…国民の血税をそんな無駄な事に使っちゃいかんよキミ!」


    こうしてパーティーが終わり右京たちは俊雄とその妹を家まで送りながら

    その道中でふと、どうしてもひとつだけ気になることがあった。

    281: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:46:18.72 ID:VKN7a1Ov0


    「何故あの家出少女は僕たちを選んだのでしょうか?
    警察官なら都内だけでも4万人近くいます。
    その警察官の中で何故あの少女と面識も無い僕たちであったのか疑問に思いませんか?」


    「いや…そういうところはファンタジーだと思ってくださいよ。」


    「まだ疑問はあります。あの少女は花の里で待っていたのです!
    普通なら困り事があれば最寄りの交番なり所轄に駆け込めばいい。
    それなのに少女に場違いな飲み屋にあの少女は居た!
    つまりあの少女は最初から知っていたわけですよ。
    あの店に警察官である僕たちが立ち寄る事を!」


    右京は家出少女がどうして花の里で自分たちを待ち構えていたのか気になっていた。

    そんな心霊体験に興奮する右京を冷ややかな目で見つめるカイト。

    その手のことはファンタジーだとでも片付ければいいのに妙な性分だと嘆いた。

    だがその背景には五年にも及ぶ壮絶なドラマがあったことを二人は知る由もないだろう。

    さすがの右京もまさかそこまで推理することは出来なかった。

    282: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:46:54.23 ID:VKN7a1Ov0


    「お~い!二人とも!」


    そこへ俊雄たちに向かって手を振ってくる一人の男が駆け寄ってきた。

    彼は小林俊介。俊雄がおんぶする妹の父親でありさらに…


    「お義父さん、来てくれたんだね。」


    「二人とも、ちゃんといい子にしてたかい?」


    「おや!あなたは…確か以前小学校でお会いした…」


    「あの時の刑事さんじゃないですか。その節はどうもお世話になりました。」


    俊雄を引き取ってから彼此五年が経過した。彼は俊雄を養子として家に招いていた。

    小林も右京のことに気づいたようで挨拶を交わした。

    ところで小林だがこうして外まで出迎えるのはある理由があった。


    283: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:47:28.30 ID:VKN7a1Ov0


    「実は大事な話があるんだ。
    お前のお母さんが近々施設から出てくるそうなんだ。それで話というのは…」


    そこまで言うと俊雄の顔色が険しいものへと変わった。

    その様子を見て右京たちも理由を察していた。

    先ほど鷲尾家での会話にもあったが俊雄の両親は殺人未遂と麻薬摂取の容疑で逮捕された。

    当時、幼い俊雄にしてみれば自分を殺そうと父親と麻薬に逃げた母親。

    父親はまだ刑期を終えていないようだが母親は麻薬の治療を行う施設へ入所していた。

    それで肝心の要件とはこの母親がなんと俊雄と会いたいと言ってきた。


    「僕…もう母さんとは…会いたくない…」


    俊雄はそんな母親との対面を拒絶した。一見非情かと思われるがこれは当然のことだ。

    当時、俊雄が父親から虐げられている間に母親はその現実から逃れるため麻薬に逃げた。

    それは幼かった俊雄にしてみれば絶望に値する光景だ。

    だから両親に失望した俊雄は母親からの申し出を断ろうとしていた。

    確かに俊雄の気持ちは理解できる。当時、俊雄が虐げられていた境遇を思えば尚更だ。

    だがここで母親からの申し出を断れば俊雄は二度と母親と会うことはないだろう。

    それは容易に想像できることだ。

    それでも、もし母親が更生しているのならばと信じた右京はあることを俊雄に申し出た。


    284: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:47:56.77 ID:VKN7a1Ov0


    「俊雄くん、お母さんと一度だけ会ってあげてください。」


    「で…でも…」


    「まず会って、それから話をしてみてください。
    キミがお母さんを許せないという気持ちはわかります。
    ですがあの事件からもう5年が経ちました。お母さんも変わったかもしれません。
    それにはまずお母さんがどういう人間なのか…施設に入りどう変わったのか…
    キミは知るべきだと僕は思いますよ。」


    確かに母親は許されざる罪を犯した。

    それを俊雄が受け入れたくないという気持ちは理解出来る。

    だがそれは同時に母子の縁が切れることも意味する。

    それでも俊雄にとって生みの母親は伽耶子しかいない。

    これはこの場にいる右京たちや俊雄はまったく知らないことだろうが

    伽耶子が罪を犯した理由はかつて恋焦がれた小林俊介へと一途な恋心にあった。

    しかしそんなものは俊雄にしてみれば何の関係もなかった。

    当時の幼い自分が虐げられる理由ですらない。

    そんな哀れで愚かな母親を許したくはないと同時に

    やはり心の何処かでもう一度母親を信じたいという希望もあった。

    だからもう一度だけ会ってあげて欲しい。それからすべてを決めればいい。


    「わかった。僕、お母さんに会ってみるよ。」


    こうして俊雄はもう一度だけ母親に会う決意を固めた。

    そのことを聞くて右京とカイトは軽く会釈してその場を去った。

    その帰り道のことだ。この近隣にある介護施設である親子を目の当たりにした。

    285: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:48:22.03 ID:VKN7a1Ov0


    「母さん、ここでの生活はどうだい?」


    「快適だよ、家の中で寝たきりよりもずっとマシさ。」


    「もう…お義母さんたら自分でここに入る事さっさと決めるんだから!」


    「アンタたちは早く孫の顔でも見せて私を落ち着かせてくれりゃいいんだよ。」


    「お母さん、和美さんだって心配して言っているんだからそんなこと言っちゃダメよ。」


    それは徳永勝也と和美夫妻。それに妹の仁美に母親の幸枝。

    家族揃って笑顔でこの施設に入居した幸枝のお見舞いに訪れていた。

    その笑顔はとても穏やかなものでかつての時間軸で

    佐伯家の恐怖に怯えていた頃とは想像もつかないものだ。

    そんな徳永一家の横を車椅子の乗った老人が声を掛けてきた。


    「幸枝さん、まったくアンタは…
    せっかく子供さんが来てくれたのにそんな蔑にして!それじゃ碌な死に方せんぞ!」


    「余計なお世話さ、私はもう病室へ戻るよ。」


    「フフ、皆さん仲が良いんですから。」


    それはかつてあの佐伯家を捜索した所轄刑事の吉川、

    それに彼の車椅子を押しているのは介護士の理佳だ。

    二人もまた伽耶子の呪いから解き放たれてこうして穏やかな時を過ごしていた。

    286: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:49:05.92 ID:VKN7a1Ov0


    「いいですね、俺も子供に囲まれたあんな老後を迎えたいや。」


    「まだ若いのに随分と先の事を仰いますね。」


    そんな平穏な光景を見て老後の安寧を思うカイト。

    右京の言うようにまだ結婚すらしていないカイトが心配するようなことではない。

    それでも将来はあんな家族を築きたいとカイトは切に願った。


    「ところで今日の事で思ったのですが…
    いえ…今日の事だけでなく実は…数年前から僕は何か奇妙な違和感を抱いています。」


    「奇妙な違和感?それってどういう意味なんですか?」


    「その正体がわかりません。
    思い出そうとするとまるでその事を思い出してはいけないと思ってしまい
    思い出せなくなる…奇妙だと思いませんか?」


    右京の話はまるで頓珍漢なものだがカイトはその悩みにどういうわけか共感を抱いた。

    実はカイトもここ最近になってある違和感を覚えた。だがその正体がわからない。

    右京と同じくそのことを思い出そうとすると

    何故か靄が掛かったかのように記憶の断片すら覗くことが叶わなかっ

    287: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:50:18.39 ID:VKN7a1Ov0


    「その話…なんとなくわかる気がします。
    俺も最近何か違和感を感じるんですけど…その正体がわからなくて…
    けど心のどこかで何故かその事を思い出しちゃいけないって…感じて…」


    「まるでパンドラの箱ですね。
    神に託された箱をパンドラという女が開けてしまい
    中からこの世の災厄が解き放たれてしまった伝承かもしれません。」


    「けどパンドラの箱って最後は希望が残っているんじゃないですか?」


    「希望ですか。そうですね…希望が…この世界に溢れてくれるといいのですが…」


    「ありますよ。この世には希望なんてそこら中に転がっているんですから。」


    希望、彼らの見つめる先にはかつての佐伯家があった。

    かつてこの家において絶望という名の呪いが振りまかれた。

    この5年間、忌まわしい絶望に何度も挫けそうになった。

    それでも杉下右京の相棒たちは最後の希望を繋いでいた。

    その希望が報われ、こうして平穏な世界が取り戻された。


    <<エピローグ(前編) 特命 完>>

    288: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:51:00.92 ID:VKN7a1Ov0


    <<エピローグ(後編) 伽耶子>>


    気づけば冠城亘は埃まみれと化した佐伯家の中、元の場所へと戻っていた。

    そして理解した。かつてこの家で特命係と佐伯伽耶子の因縁。その真実を…

    杉下右京はこの家について何も知らないと答えた。当然だ。

    佐伯家で起きた事件を解決したのはあの忌まわしい時間軸に居た右京であり

    この時間軸にいる自分が知っている右京はこの家に関わりすら持ってはいなかった。

    だから右京は決して偽ってなどいなかった。

    それは同様にかつてこの家に関わった右京の相棒たちや伊丹や芹沢たちにも言えることだ。

    誰もこの家で起きた事件など知らない。

    そう、あの封じられていたファイルを紐解いた自分以外は…

    腕時計を見ると時刻は既に朝の6時前を指していた。どうやら長居しすぎていたらしい。

    さあ、もう帰ろう。そう思った矢先のことだ。

    289: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:52:50.03 ID:VKN7a1Ov0






    ……………ぁ…………あ゛…………あ…………






    290: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:53:28.78 ID:VKN7a1Ov0


    それはとても不気味な呻き声だった。

    冠城の背後から聞こえてくるこの呻き声に額から一筋の冷や汗が垂れ落ちた。

    この声は知っている。先ほど過去の世界で聞いたあの怨霊と化した佐伯伽耶子の呻き声だ。

    まさか…ある嫌な予感が過ぎった冠城は

    長年この家の廊下に放置されていたあるモノを見つけてそれを手に取った。

    それは清酒の入った一升瓶。

    五年前の2013年に右京が伽耶子の正体を炙り出すために用いたその清酒を一口含んだ。


    「ゲホッ…酷い味だ…」


    だが口に含んだ瞬間、これまで感じたこともない嫌悪感が伝わり思わずそれを吐いた。

    これでハッキリした。まだ『居る。』

    この家にはまだあの女が…呪われた怨念…佐伯伽耶子が居る…


    『あ……あ……あ゛……ぁ………』


    最初は微かだった呻き声が発せられる度に近づいて来るのがよくわかる。

    恐らく自分のところへ近づいてくるのだろう。

    だがどういうことだ?伽耶子との決着は既に5年前に着いたはずだ。

    それがどうして今になって伽耶子が悪霊と化して再び現れるのか理解出来なかった。

    そんな戸惑う冠城の元に携帯の着信が鳴り響いた。着信の相手はなんと青木年男からだ。

    291: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:54:22.13 ID:VKN7a1Ov0


    『もしもし…冠城さんですか…』


    急いで連絡に出ると青木はなにやら酷く怯えていた。

    まさかと思った冠城はすぐに何があったのか尋ねた。


    『実は…警視庁を出てからずっと変な気配がするんです…』


    『今は自分のアパートに戻っているけど…それでもずっと誰かに見られてる気がして…』


    『あの変なファイルを見てからこうなんですよ!一体どういうことなんですか!?』


    青木からの連絡を聞いて冠城はこうなった事態を思い出した。

    そもそもの発端は自分が俊雄の絵と伽耶子の日記を見つけたからだ。

    恐らくあれは五年前に消えた呪われた世界から移動した右京たちが持ち込んだモノ。

    だがここでひとつだけ気になることがある。

    警視庁のデータベースに記録されていた佐伯家の事件に関するファイルは誰が作成した?

    あのファイルを記録したのは特命係だと記されていた。

    しかし冷静に考えてみればあんなファイルを右京が残すだろうか?

    答えは否。それは絶対にありえない。

    かつて呪いの世界を創り出した伽耶子の痕跡を杉下右京なら決して残すはずがない。

    それでは一体誰があのファイルを遺したのだろうか?

    292: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 16:57:12.58 ID:VKN7a1Ov0


    「そうか…佐伯伽椰子…アンタ自身だったのか…」


    冠城は背後に近づいて来る伽椰子に対してそう呟いた。

    正確に言えば伽椰子本人ではなくとり憑いていた陣川にやらせたのだろう。

    陣川ならアレでも警視庁の職員で以前は短期間だが特命係にも在籍していた。

    つまりあのファイルはもしもの時のために残しておいた伽椰子のバックアップだった。

    それがこの五年掛けてようやく封印が解けた。

    あの佐伯伽椰子が暗闇の底から復活を遂げようとしていた。


    『冠城さん…助けてください…変な不気味な声が来るんです…なんとかして…』


    携帯越しから青木の助けを呼ぶ声が聞こえてきた。

    普段は邪険に扱っているし嫌なヤツではあるがこうなった原因は自分にある。

    なんとかしてやりたいが冠城自身にも伽椰子の魔の手が迫りつつある。

    一体どうすればいいのか…?

    293: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 17:01:18.58 ID:VKN7a1Ov0


    「こうなったら…」


    そんな時、冠城は先ほど過去の世界に飛んだ時の出来事を思い出した。

    かつて右京はこの悪霊を深い闇へと封じ込めた。

    あの方法は右京たち自身の存在を消滅させるという自己犠牲によるものだ。

    もしもアレと同じ解決方法を望むのなら方法は唯一つ、

    伽椰子が遺したあのファイルを読んだ自分たちがこのまま手に掛けられることで

    誰に知られることもなく伽耶子の存在を抹消させるしかない。

    元々自分の不始末でこうなった。この脅威が外に出ればどんな事態に陥るか…

    だから覚悟は出来ている。だが…ひとつだけ躊躇せざるを得ない要素があった。

    この方法では犠牲が生じてしまう。

    犠牲とは青木のことだ。彼は今回の件で巻き込まれただけにしか過ぎない。

    いくら嫌なヤツだからといってもさすがに巻き添えを喰わせるのは酷だ。

    それでも今ここでなんとかしなければまた五年前と同じ惨劇が起きる。

    それだけはなんとしても阻止しなければならない。

    こんな元旦の日に初日の出も見ずに死ぬなんて冗談では…

    294: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 17:02:19.73 ID:VKN7a1Ov0


    「考えろ。こんな時…杉下右京ならどうする…?」


    思えば右京が行った方法は本当に完全なる解決方法だったのか…?

    いや、今にして思えば彼は伽耶子を闇に封じる際に後悔していた素振りがあった。

    つまりあの方法は一時的なその場しのぎではあったがやり方は誤りだったのかもしれない。

    それがたとえ大勢の人々を殺めた罪人だとしてもだ…

    それでは本来なら右京はどんな解決策を望んでいたのか?

    ひょっとして彼は怨念と化した伽椰子すらも救いたかったのではないのか?

    もしもそうだとして一体どうやって救えばいい?そういえば…

    そこである答えを導き出した冠城は廊下を一歩ずつ歩き出した。

    だがその足取りはまるで鎖にでも繋がれたかのように重たかった。

    力を入れないと何かに引っ張られて何処かへ連れて行かれそうな感覚が過る。

    それでも踏ん張らなければならない。とにかく一歩、また一歩と歩いた。

    本来なら数秒でたどり着けるはずの玄関が遠くにあるように思えてならない。

    そしてなんとか玄関前にたどり着いたその時だった。

    玄関の扉を開けようとドアノブに手を伸ばした。すると誰かが自分の手を掴んできた。

    ガシッと掴んできた腕は人の温もりなど感じさせない冷たい腕だ。

    なんとか解こうとしても、とてつもない力に押さえつけられて振りほどく事も出来ない。

    こんな細い腕のどこに大の男を締め付ける力があるのか不思議でならなかった。

    それから冠城は恐る恐る、この腕の先を覗いた。


    『あ゛…あぁぁぁ…』


    そこには一人の女がいた。

    腰まで伸びた長い髪に白いワンピースを着た恐ろしい形相をしたこの女。

    過去の世界で目撃したあの佐伯伽耶子だ。

    伽耶子と顔を合わせてしまいその恐ろしさに硬直して身体が満足に動かない。

    そんな伽耶子だが顔を近づけようとしてきた。

    どうやら過去の犠牲者と同様に自分のことも殺すつもりらしい。

    あともう少しだというのに…

    このまま大人しく殺されなければならないのか。

    295: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 17:06:43.31 ID:VKN7a1Ov0


    『――――あとのことは頼みます。』


    そんな孤独と恐怖に打ち負けそうになった瞬間、ふと誰かの声が過ぎった。

    それは彼だ。甲斐享。

    過去の世界で消滅する寸前だったカイトを窓から覗いていた時、

    目が合った彼から告げられたかもしれない言葉だ。

    そうだ。この事件は杉下右京の相棒たちが希望を繋いできた。

    かつて亀山薫は警察官としての職務を捨ててでも右京たちの身を守った。

    同じく神戸尊も過去に犯した罪と向き合いながら彼らをこの家に導いた。

    すべてはこの事件を解決するため、そして自らの正義を貫いたからこそだ。

    それにカイトとて同じだ。あの時、彼は自分の消滅を受け入れた。

    自らの罪とそれに後のことを冠城に託して…

    杉下右京の相棒たちが繋いできた希望はまさにこの時のためにあったのではないか?

    そして自分も…

    冠城がこの事件に興味を抱いたのは単なる好奇心だけではなかったのかもしれない。

    それはこの家とか関わった特命係として使命ではなかったのだろうか。

    ならば彼らが繋いできた希望を自分で絶やすわけにはいかない。

    今こそこの事件に幕を下ろす。十年前から続くこの呪われた負の連鎖に決着をつける。

    それが特命係の宿命ならば…


    「この…行け…あと少しだ…」


    決意を新たにした冠城は再び腕に力を入れて扉のドアノブを回そうとした。

    踏ん張れ。恐怖に怯えるな。あと少しだ。

    自分自身を叱咤激励してなんとかこの扉を開けようとした。

    それでもあと少しというところでどうしても扉を開けることが出来なかった。

    伽耶子の力による影響なのか金縛りにあっているかのように未だに全身が硬直している。

    そのせいで唯一動ける腕にどうしてもあとほんの少しの力が入らない。

    その間にも伽耶子が冠城に迫ろうとしていた。まずい。殺される。

    まさに窮地に立たされたこの瞬間、思いもよらない事態が起きた。

    296: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 17:08:26.10 ID:VKN7a1Ov0


    扉が自然に開き出した。冠城自身が開けたわけではないのにどうして…?

    同じく扉が開いたことで伽耶子も驚きを隠せなかった。

    何故なら扉から一筋の光が差したからだ。光は伽耶子の全身に当てられた。

    その眩しさに思わずたじろぐ伽耶子。この光の正体は何なのか?


    「これは新年の夜明けだよ。」


    冠城は自分の腕時計で現在の時刻を確かめながらこの光の正体を告げた。

    今の時刻は早朝6時過ぎ、この時期なら朝日が見える時刻だ。

    何故伽耶子にこの太陽の光を浴びせるのか?過去の世界で既に右京は答えを示していた。

    かつて呪いという闇が伽耶子の心を支配した。

    その闇の底に伽耶子を堕とすことは決して完全な解決には至らない。

    負の連鎖を完全に断ち切るのは闇ではない。光であるべきだ。


    『……光……暖かい……』


    初日の出を拝む伽耶子の目から一筋の涙が零れ落ちた。

    伽耶子は光の中に何かを見つけたのかそっと手を伸ばそうとしている。


    『と…し…お…』


    俊雄と…恐らく光の中に自分が居た時間軸の俊雄を見ているのだろう。

    それから伽椰子は光に導かれるようにこの場から消えた。

    余りにも一瞬で、それでいて呆気ない終わり方だった。いや、これでいい。

    この事件は既に5年前に終わっていた。これは過去の亡霊が生み出した幻にしか過ぎない。

    その亡霊がようやく闇から抜け出せた。すべては終わった。

    そして一連の出来事を見届けた冠城は緊張の糸が途切れたのかその場で気を失った。

    297: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 17:09:58.14 ID:VKN7a1Ov0


    …ぎ…く…


    …か……ぶ……ん…


    「冠城くん、いい加減起きたらどうですか。」


    「ふぁ……右京さん!どうして!?」


    気づけば目の前に杉下右京が居た。しかも外に連れ出されていた。

    一体どうして右京が自分の目の前にいるのか?

    この事態に何がどうなっているのかわけがわからず狼狽えていた。


    「あ…その…とりあえず聞きたいのは…俺どうしてたんですか…?」


    「今から1時間前、
    この家に入ろうとしたら気を失ったキミが扉から倒れるように現れました。
    まさかと思い救急車を呼ぼうと思いましたがどうやら寝ていたみたいなので
    起きるのは待っていたのですがまさか1時間も寝られるとは思いませんでした。」


    右京は呆れるように今の状況を説明してみせた。

    そのことを知った冠城はすぐに腕時計で現在の時刻を確かめた。

    既に時刻は朝の7時を回っていた。

    右京の言うようにあれから1時間も寝過ごしていたようだ。

    そのことに気づいた冠城はすぐさま携帯を取り出して青木に連絡を取った。

    連絡に出た青木は携帯から怒鳴り散らしていたものの無事であることは確認できた。

    ちなみに青木もまた冠城と同様の方法を行っていたらしい。

    余りの恐怖に耐えかねた青木はベランダから外に逃げようカーテンを開けた。

    すると丁度、朝日が部屋に入り込み気づけば恐ろしい気配が忽然と消えたそうだ。

    とりあえず無事で良かった。

    青木の無事を確認した冠城は今回の件はすべて忘れろと忠告を促して連絡を切った。

    それにしても気になるのは右京だ。どうして彼がここにいるのか?

    何故ならこの時間軸の右京は佐伯家の事件とは一切関わり合いがない。

    つまり彼がこの家を訪ねに来る理由がないのにどうして来たのか?その理由を尋ねた。

    298: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 17:11:31.20 ID:VKN7a1Ov0


    「実は今から5年前のことです。ある奇妙なメールを受け取りました。」


    右京は自らの携帯を提示してそのメール文を冠城に見せた。

    それは以下の内容が記されていた。


    『杉下さん、5年後の2018年1月1日に東京都練馬区寿町4-8-5に向かってください。』


    それはまるで先ほどまで起きていた出来事を予言するかのような内容だった。

    一体誰がこんなメールを送ってきたのか?

    気になった冠城はこのメールを出した送り主を確認した。するとそれは意外な人物だった。


    「カイト…まさかこれは甲斐享からのメール…?」


    「そうです。5年前の3月13日のことです。
    いつものように花の里へ向かおうとしたらカイトくんからこのメールが届きました。
    気になりましたがそのすぐ後に僕たちは鷲尾隼人くんの誘拐事件に遭遇して
    彼にこのメールについて問い質すことをすっかり忘れていました。」


    事情を聞いて冠城はあることを思い出した。

    2013年の世界でカイトが消える直前、誰かにメールを送っていた。

    なるほど、これですべてがひとつに繋がった。

    それは冠城が過去の世界に行った時にカイト自身もある疑惑を抱いていた。

    もしも2013年で伽椰子との因縁に決着がついていたのなら

    未来から冠城が現れることは決してあり得なかった。

    いずれ伽椰子は復活する。カイトもそのことを危惧していた。

    だから彼は消える直前、冠城にすべてを託した。

    そして冠城の助けとなるべく

    この時間軸の右京にメールを送ることで彼をここへ来るように仕向けた。


    「実は僕自身も昨日までは忘れたままでしたよ。
    そう、キミがあの妙な絵と日記について聞いてくるまでは…
    細かいことが気になるのは僕の悪い癖ですから。」


    カイトは右京の性格を把握していた。

    こんなメールを残せばきっと右京はこの家を訪ねるはずだと確信した。

    さすがは元相棒だと思わず苦笑いを浮かべてしまった。

    299: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 17:12:42.10 ID:VKN7a1Ov0


    「それでキミはどうしてこの空き家を訪ねたのですか?
    わかっていると思いますが空き家といえど不法侵入を犯しているわけですよ。」


    「あ、それは…とある事件の証拠品を関係者に返却しに来たんです。」


    「証拠品とはあれのことですか?」


    右京が指したのは今も開けられたままの扉の先にある玄関前に置かれた絵と日記だ。

    それはまるで長年離れ離れになったままの母と子がようやく再会した場面を思わせた。

    形がちがうがあの呪われた時間軸の伽耶子と俊雄もこうして再会を果たせた。

    もうこの親子の仲は引き裂かれることもないだろう。


    「キミ、持ち物はちゃんと本人に返すのが基本ですよ。
    いくら不在とはいえこのまま放置して帰るのは警察官としてどうかと思いますがねぇ。」


    「苦言はご尤もです。唯、今回に限ってはたぶんこれが正解なんです。お叱りは後ほどで。」


    「よくはわかりませんがそこまで言うなら…
    ところで何か奇妙ですねぇ。以前にもこんな事情をわからずに押し通された気がします。」


    「まあ、右京さんにもわからないことくらいあってもいいじゃないですか。
    世の中知りすぎるとろくなことがありませんよ。
    それこそこの世が破滅を辿るようなそんな事態がね…」


    何も知らない右京に冠城はまるで皮肉かのような警告を促した。

    もうこの世界にあのような惨劇は起きないだろう。

    それでも好んで鬼の棲家に入り込み薮を突く真似は避けたい。

    この事件はようやく終わりを迎えたのだから…

    300: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 17:13:34.20 ID:VKN7a1Ov0


    「それでは要件は済んだのですから早く行きましょう。
    いくら空き家とはいえ、警察官がいつまでも無断で居ていい場所ではありませんよ。」


    「そうですね。それじゃあ…」


    右京に促されながら冠城はこの家の扉を静かに閉めた。

    扉を閉める寸前、

    もう一度寄り添い合うように置かれた絵と日記を見つめながら願った。

    どうかこのまま安らかに眠ってほしい。

    今度こそ静かな安らぎを―――

    こうして十年に及ぶ特命係と佐伯家の因縁は静かに幕を下ろした。


    <<エピローグ(後編) 伽耶子 完>>

    301: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 17:20:04.32 ID:VKN7a1Ov0
    とりあえずこれで特命係と佐伯一家を巡る因縁の物語は終わりです。
    最後呆気ないなと思われる方は申し訳ありません
    元々このssは当時の拙い文章を修正したくて書いただけのものですから

    ちなみにラストは当時は伽椰子を闇に封じるやり方でしたが
    もしも他に方法があるならどうしようかなと思い逆の方法で光に導くやり方を取りました。
    当時のラストがよかったんじゃねと思う方はごめんなさい。


    306: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 18:30:18.38 ID:ldDR8pRf0
    乙です

    307: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/03/14(水) 19:39:47.37 ID:KqeqXPnq0
    読ませて頂きました、呪怨は原作からしてバットエンドばっかりでしたからこうしたハッピーエンドで終わる物語は読んでて気持ちが良いです
    作者様もお疲れ様でした、

    引用元: 右京「呪怨?」修正版

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    コメント

    1. 以下、SS宝庫がry-

      2018年1月1日の東京の日の出時刻は6時51分。
      住宅街だと、太陽が直接見えるのは更にもうちょっと後の時刻になります。
      いえね、細かい事が気になる性分でして。
      相棒SSですしww

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