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    渋谷凛「ジャストライト」

    1: ◆TOYOUsnVr. 2018/04/13(金) 03:07:54.13 ID:NDASyQPp0

    静まり返ったレッスンスタジオの廊下に、ぺたぺたという音が響いている。

    同じアイドルの子や警備員の人たちは靴だから、来館者用のスリッパの音だとわかった。

    そして、利用時間を過ぎたレッスンスタジオ、それも私のルームにやって来るのなんて、たぶん一人だけ。

    私のプロデューサーだ。

    ぺたぺたはだんだん大きくなり、やがてルームの前で止まる。

    間もなく扉が勢いよく開け放たれ、予想どおりプロデューサーが入ってきた。

    「お疲れー」

    平常運転の意味なく楽し気な声色と表情だ。


    SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1523556473


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    2: ◆TOYOUsnVr. 2018/04/13(金) 03:08:21.37 ID:NDASyQPp0



    「ちょっと早かったか」

    流れる汗や上気した肌は誤魔化せず、それを見て申し訳なさそうにプロデューサーが言う。

    「ううん、大丈夫。今からダウンするから」

    確かにもう少し練習していくつもりだったけれど、それならそれで、とキリをつけることにした。

    「じゃあアイシング用の氷とか、取ってくるよ」

    「うん。ありがと」

    そうして私は、ぺたぺたが遠ざかっていくのを聞きながら、念入りに柔軟を行った。

    3: ◆TOYOUsnVr. 2018/04/13(金) 03:09:12.64 ID:NDASyQPp0



    少しして、プロデューサーがアイシング用品を持って戻ってきて、わざとらしく私の隣にどさっと座り込む。

    そうして、氷を私の首筋に当てようとしてきたので、払いのけてやる。

    「ばれたか」

    「もう。くだらないことしないでよ」

    プロデューサーは悪びれもせずに笑って氷嚢を手渡す。

    それを受け取り、私は酷使した筋肉を冷やすことに努めた。

    プロデューサーはというと、アイシングのために私の両手が塞がっているのをいいことに「ほら、水分摂って」だとか「アミノ酸も」だとか言って、何かと口元へと運んでくる。

    疲労に包まれている状態では、抵抗する元気もない。

    だから、半ば諦めて、受け入れる。

    どうやらプロデューサーはそれが嬉しいらしく、より一層にこにことしているのだった。

    4: ◆TOYOUsnVr. 2018/04/13(金) 03:09:46.33 ID:NDASyQPp0



    ひとしきりクールダウンを終えた私は、レッスンルームを後にして、汗を流すべく更衣室に来ていた。

    ルームのカードキーやアイシング用品などの備品の返却は全てプロデューサーに任せた。

    それらの雑用は、もちろん私からお願いしたのではなくプロデューサーが「やっておく」と言い出したことであり、遠慮合戦で私が押し負けたためであった。

    汗を吸いずしっとした重さを持つレッスンウェアを脱いで、シャワー室へと入り、蛇口を捻る。

    少し待ち、温かい水であることを指先で確認し、一思いに浴びた。

    5: ◆TOYOUsnVr. 2018/04/13(金) 03:10:14.78 ID:NDASyQPp0



    シャワーを浴び終えた私は持ってきていた着替えを身に付け、手早く髪を乾かす。

    荷物をまとめて更衣室を出て正面玄関へと降りると、備え付けのベンチで携帯電話をいじっているプロデューサーがいた。

    「お待たせ」

    「ううん、今来たとこ」

    ばかみたいな返事を無視して「今日は何のお誘い?」と聞いてみたところ、プロデューサーはむっとした表情を作って「ツッコんでよ」と不平を言った。

    「自主練の終わり頃からずっといたでしょ?」

    「そうそう。それが欲しかった」

    「はぁ、もう。……それで、今日はなんで来てくれたの?」

    「今日レッスン入れてたのは知ってたから、その後もどうせ自主練してるんじゃないかな、って思って」

    「来る前にメールしてくれたらいいのに」

    「それもそうなんだけど、びっくりさせたかったし」

    「あんまりびっくりしてないけどね」

    「ってことは、俺が来るかもー、って期待してたってこと?」

    「さぁ、どうかな。っていうか、来た理由はわかったけど、用件は?」

    墓穴を掘ったことに気が付いて、慌てて話題を逸らす私だった。

    6: ◆TOYOUsnVr. 2018/04/13(金) 03:10:55.05 ID:NDASyQPp0



    「担当アイドルとのコミュニケーションをちゃんと取ろう、みたいな話は結構言われててさ」

    「うん」

    「まぁ、つまり、そんなわけ」

    「それ、私に会いたくて来たってことだよね」

    「そうとも言える」

    「あれ、正直だ」

    「そう。正直なんだよ俺は。そして正直者には然るべき褒美がないといけないと思う」

    ああ言えばこう言う、を体現しているかのように自分のペースで話を繰り広げるプロデューサーと、それに付き合う私。

    オウムのように「ご褒美は?」と連呼するプロデューサーの声を遮るようにして、べしっと背を叩いてやり、ベンチから立ち上がった。

    「夜ご飯。連れて行かれてあげる」

    言って、私が微笑むと、プロデューサーは「斬新なデートのお誘いだなぁ」と呟いて、同じくベンチから立ち上がった。

    7: ◆TOYOUsnVr. 2018/04/13(金) 03:11:30.57 ID:NDASyQPp0



    プロデューサーの運転する車に揺られ、ファミリーレストランにやってきた。

    私が「ファミレスかー」とからかうと「おしゃれなレストランはこれくらいの時間に閉まるから仕方ないだろ」と正論を返された上に「贅沢ばっか言う女は嫌われるぞ」と嫌味までくっつけられた。

    「ふーん。私のこと嫌いなんだ」

    言われっぱなしも癪なので、持ち得る手札の中でも最強に近いカードを切って、反撃を試みる。

    「いや、そうとは言ってないだろ」

    「だって、贅沢言うと嫌われる、って」

    「一般論的な話だってば」

    「自分は例外、ってこと?」

    「うん」

    「贅沢ばっかり言う女の人が好きなんだ?」

    「そう見える?」

    「うーん。あんまり、かな」

    「あのさ」

    「ん?」

    「この話やめない?」

    「素直に言ったらいいのに」

    「言ったら言ったで照れるくせに」

    「よくわかってるね」

    「そりゃ、担当プロデューサーだからな」

    なんて、意味と中身のない軽口の応酬が、店内に入り席に通されるまで続いた。

    8: ◆TOYOUsnVr. 2018/04/13(金) 03:12:03.83 ID:NDASyQPp0



    メニューをぺらぺらとめくり、商品名のすぐ下に記されているカロリーを見ては、頭を悩ませる。

    もちろん避けるべきはカロリーよりも糖質であることは知っているけれど、数値の大小に対して何も思わないわけではない。

    そんな私に反して、プロデューサーはすぐに決めてしまったようで「これにするわ」とメニューを指差している。

    プロデューサーの選んだものを簡潔に表すと、お肉、お米、揚げ物。

    気遣いの欠片もない選択だ。

    そうして、悩んでいるのがばからしく思えてきたため、私もお肉を食べることに決めた。

    「じゃあ、私はこれ」

    メニューをプロデューサーに見せて、指で示す。

    せめてもの抵抗として、鶏肉のものを選んだ。

    9: ◆TOYOUsnVr. 2018/04/13(金) 03:13:05.48 ID:NDASyQPp0



    しばらくして、二人分の料理が運ばれてきた。

    眼前に置かれた熱々のステーキプレートの上でじゅうじゅう音を立てている鶏肉は、殺人的な魅力を放っていて、思わず「わあ」と声を上げてしまう。

    ごく普通のファミレスの、なんでもないメニューであったけれど、少し遅い夕飯ということもあって空腹が限界を迎えていた私には、とてつもないご馳走に見えた。

    私のその様が面白かったらしく、プロデューサーはくすくす笑いながらフォークとナイフを手渡してくる。

    「食べようか。待ちきれないみたいだし」

    軽口に軽口を返す暇はもうなく、ただ「うん」と返し、二人して「いただきます」をした。

    10: ◆TOYOUsnVr. 2018/04/13(金) 03:14:36.14 ID:NDASyQPp0



    不定期的に会話を交えてはいるものの、それよりも食欲を優先してしまい、気が付けばお皿の上は空になっていた。

    一足先に食べ終えていたプロデューサーが「食べたなぁ」とお腹をぽんぽんと叩く。

    「おじさんくさいよ」

    「どうせ凛から見たら俺はおじさんですよー。あ、おしぼりで顔拭いたらもっとおじさんっぽくなるかな」

    「絶対やめて」

    「真顔で怒られた」

    「ホントにやめてよ?」

    「やったことない、って。ほら、遅くなっちゃうから出ようか」

    いつの間にかプロデューサーは伝票を持っていて、いつもどおり私に異を挟む暇なんて与えてくれないみたいだった。

    11: ◆TOYOUsnVr. 2018/04/13(金) 03:16:07.01 ID:NDASyQPp0



    ファミレスを出て、再びプロデューサーの車へと乗り込んで家路を辿る。

    そんなさなかで、疲れと満腹感による睡魔に私は襲われていた。

    舟を漕ぐ私を見て、プロデューサーは「寝てていいよ」と微笑む。

    からかうようないつもの笑顔とはまた違う表情で、それになぜだか安心してしまう。

    ほどなくして、私は意識を手放し、眠りに落ちた。

    12: ◆TOYOUsnVr. 2018/04/13(金) 03:16:35.27 ID:NDASyQPp0



    「りんー」と間延びした調子で私を呼ぶ声と、肩を軽く揺する振動で目を覚ますと、もう家の前に到着していた。

    「あ、ごめん」

    「ううん。疲れてたよな。連れ回してごめん。ゆっくり休んで」

    「うん」

    「じゃあまた」

    「うん。おやすみ」

    中途半端に覚醒した脳で言葉を紡いで、のっそりと車を降りた。

    プロデューサーが手を振り「またね」と言って、車を発進させる。

    その後ろ姿が見えなくなった頃に、私の意識は戻ってきた。

    やっちゃったなぁ、と後悔しながらポケットから携帯電話を取り出す。

    すぐさまメッセージアプリを開いて文字を入力して、送信。

    『今日はありがとね。寝ちゃってごめん。ごはんご馳走様でした』

    瞬く間に既読の通知が表示され、その数秒後に返信が来た。

    『かわいいやつめ』

    画面に向かって「うるさい」と呟いて、携帯電話をポケットにしまった。



    おわり

    引用元: ・渋谷凛「ジャストライト」

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