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    「工藤新一は、消えろ」

    1: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)00:19:17 ID:LjkqVwhwX

     思えばAPTX4869は、それはそれは完璧な毒薬だったのだ。
     その完全なデータを得られず、記憶と予想で灰原が作った試作の解毒剤は過去、どれも数時間から数十時間でAPTX4869の効能に負けた。
     それほど恐ろしい薬だったんだ。その犠牲者であったベルモットがその研究を葬り去ろうとしたのも無理はない。

     ……黒の組織との決着は、すべて、ついた。
     後は……灰原が黒の組織の残骸から得たデータを元にして完璧な解毒剤を作るだけ。
     灰原は、

    「あなたを工藤新一に戻したら、この研究に関するすべてのデータを破棄するわ」

    そう俺に言った。



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    2: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)00:19:37 ID:LjkqVwhwX

    「オメーは? 戻らないのか?」

    と尋ねたら、

    「私には……戻ることを待つ人がいないから。逆に、灰原哀の存在を必要としてくれる人がいるから」

    との彼女の答え。
     それは、俺も長らく付き合ってきた少年探偵団のメンバーを指すんだろう。

    「……彼らに話すんでしょう?」

     灰原の問いに、「ああ」と応える。


    5: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)00:20:05 ID:LjkqVwhwX

    「あいつらが理解出来るかは分かんねーけど、『江戸川コナンは消えたわけじゃない。姿を変えてオメーらの前にいる』ってな。……子供だけど、正直……あいつらはわかってくれるんじゃねーかなって思ってる。何だかんだであの事件漬けの日常に良く付いてきたよ、あいつら」

    「そうね、……普通の子ならとっくの昔に音を上げていたと思うわ。彼らは賢い子供だと思う」

    「だから、『工藤新一』を……『友達』だって認めてくれるって信じてる。もうバラしても何の問題もねーし」

     それを聞いて、灰原はクスリと微笑んだ。

    「10歳も年の差があるのに、随分対等な意識なのね」

    「……まあな。最初小学校に通う羽目になって戸惑ってた『江戸川コナン』を癒して救ってくれたのは、あいつらに他ならねーから


    8: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)00:20:54 ID:LjkqVwhwX

     元に戻る事が決まった当初、俺は江戸川コナンを知る人に、工藤新一が同一人物だと告げるべきか、迷った。
     江戸川コナンは単に海外へ渡った、とでも告げるべきだろうか、と。
     でも。
     たぶん、泣く人間がいる。
     何も説明せずに消えれば泣く人が。
     そうして、黒の組織を壊滅出来た今、その事実を隠す理由は何一つ無くなったのだ。
     後は相手がそれを信じて受け入れてくれるかどうか、それだけだ。

    「……取り敢えず、始めましょう。あなたが工藤新一に戻る儀式を」

     灰原に促されて、俺は博士の家の研究室に入った。


    10: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)00:21:11 ID:LjkqVwhwX

     最初に伝えたいのは、一も二もなくずっと「工藤新一」を待って、「江戸川コナン」を守ってくれていた彼女。
     博士の家から出ると、俺はまず江戸川コナンの身に着けていたものすべてを工藤邸に置いて来た。
     灰原が洗濯と、ご丁寧にアイロンまでしてくれたその服はピシッと折りたたまれている。
     下着もあったのはやや照れ臭かったが、まあガキの下着だし、灰原もさして気にしていないようだった。
     服の上に探偵グッズを載せると、長らく世話になったな、と「江戸川コナン」に言うかのように服に声を掛けて。
     それから俺は足早に毛利探偵事務所に向かう。
     蘭は何て言ってくれるだろう。
     いや、俺の方が何て言えばいい?
     ただいま、蘭。
     帰ったぜ、蘭。
     ……もうどこにも行かねーから。


    11: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)00:21:36 ID:LjkqVwhwX

     きっとまた事件が起これば確実に破られるだろうその約束を、それでも出来るだけ守るつもりで蘭にそう告げたら……彼女はそれを信じてくれるだろうか?
     そして、自分は……「江戸川コナン」としてずっとそばに居たんだ、と告げたら。
     コナンが消えれば泣く人の中に俺は蘭を含んでいる。
     蘭は一時期工藤新一と江戸川コナンが同一人物かと疑っていたけれど、周囲の協力によってほぼ別人だと認識しているはずだ。
     ……そして、あの蘭の性格。
     俺が戻ったのを喜ぶと同時に、コナンが居なくなったことを寂しがるに違いなかった。
     遠慮がちに事務所のドアを開けると中はガランとしている。
     おっちゃんはどこかに出掛けたか、……でも蘭は?
     そう思って見回した時

    「……コナン君?」

    と、か細い声が聞こえた。


    13: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)00:22:17 ID:LjkqVwhwX

     振り向く。
     憔悴しきった蘭が、立っていた。
     俺の姿を見て蘭は一瞬目を見開く。
     それから。
     両手で口元を覆い、しばらく黙って俺を見つめると、息を一つ、ごくりと呑んで

    「……新一、おかえり」

     微笑みながらそばに寄ってきた。

    「……おっちゃんは?」

    「例の組織のことで警視庁に呼ばれたみたい。後処理を手伝って欲しいって」

    「そっか……」

     再びしばしの沈黙が訪れる。
     何て切り出せばいい。
     何を話せばいい?
     俺は深呼吸してから、やっと口を開いた。

    「蘭、……あの、さ。オメーに最初に話しておきたいことがあって、……」

     躊躇いながら言うと蘭は頷いて、言った。

    「私の『推理』が当たってたら、私の考えてたことを新一は今から話してくれるんだと思う。でも、それは私が先回りして話すんじゃなくて、新一から聞きたい」


    15: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)00:23:09 ID:LjkqVwhwX

    「……」

     俺は頷く。
     それから辿々しく、告げた。

    「じゃあ核心を最初に話しちまうけど……江戸川、コナンの正体は……俺、だったんだ……」

     その言葉に蘭は嬉しそうに笑んだ。

    「やっぱりそうだったんだ」

    「え……」

     蘭の反応に、逆に動揺してしまう。
     蘭は俺の手を握って、言った。

    「ずっと不思議だったの……。私がコナン君と新一はひょっとして同じ人? って思うたびに、それを覆すように新一が現れて。タイミングが良すぎたのよね。どうやって新一とコナン君が同時に存在したのかはわからなかったけど、でも、やっぱりコナン君と暮らすうちに、コナン君は新一なんじゃないかって気持ちが募ったのよね……。だけど、もしそうだとして、いつも新一がわざわざ遠くにいる振りして電話してくれることとか、コナン君がそのことを何で話してくれないのかとか、色々理由を考えたら、そのことはコナン君が……新一が話してくれる時まで、私も黙ってた方がいいと思ったの。だから私も知らない振りしてた」


    16: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)00:23:38 ID:LjkqVwhwX

    「蘭、お前……」

     呆れるくらいに聡明な女。
     灰原も頭のいい女だが、それとは方向性の違う聡明さ。
     それは一重に彼女の他人を思いやる気持ち、そこから発しているに違いなかった。

    「それにね」

     蘭は続けた。

    「コナン君と居ると、まるで新一と居る時みたいに安心出来たから。だから、……『新一』が居ない時でも頑張れたのは……そのおかげだと思う。考えてみたらそうよね、コナン君は新一だったんだもの」

    「どうやってあんなチビになってたかとかは? 気にならねーの?」

     そう尋ねると、蘭はおかしそうに笑った。

    「前にも言ったけど、博士の力を借りて身を隠してたとかじゃないの?」

     果たしてAPTX4869のことを細かく説明する必要があるだろうか。
     博士の力を借りてた、……大体その認識であっているのだ、そう考えて俺は説明を省く事にする。

    「オメーさ、小五郎のおっちゃんより探偵向いてるんじゃねぇか?」

     それを聞いて蘭は困ったように笑った。


    17: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)00:24:35 ID:LjkqVwhwX

    「それより新一、今夜はどうするの? うちに泊まる? それとも……」

    「……ん、今夜は自宅に帰る。一晩気持ち落ち着けてから、色んな人に説明してまわんねーとならないしな」

    「分かった。じゃあ明日は付いていっていい?」

    「むしろ頼むぜ」

     蘭のサポートがあると助かるから、そういい残して俺は、毛利探偵事務所を後にした。
     ……本当は、本当はあの場でアイツを抱きしめたかった。
     そして恐らくアイツもそれを望んでいたに違いない。
     瞳が揺れていた。
     きっと泣くのを我慢していたんじゃないかと、思った。
     俺が事務所を訪れた時の憔悴仕切った表情、俺を……いや、コナンをずっと待っていたのだ。組織との対決に、蘭の静止を振り切って飛び出した無謀な子供を。
     そうして、やってきたのが「工藤新一」だった、……それですべてが終わったと彼女は悟ったに違いなかった。


    18: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)00:25:55 ID:LjkqVwhwX

    「バーロ、……いい女すぎんだよオメーは」

     物分りが余りにも良すぎて、逆に不安になってしまう。
     もっと我侭を言えばいいのに。
     抱きしめて、って言えばいいのに。
     言わないのは? その必要がないから?
     ひょっとして俺は蘭の恋愛対象から外されてて、蘭のあの様子はただ身内を心配する気持ちによるものでしかなかった、とか?
     そう考えて俺は苦笑した。
     それから、灰原の言葉を思い出す。

    『私には……戻ることを待つ人がいないから。逆に、灰原哀の存在を必要としてくれる人がいるから』

     俺の正体を知る人達は皆、コナンにも同様に接してくれた。
     工藤新一、という存在を待っていたのは蘭ただ一人だったんじゃないか?
     もしその蘭から必要とされなくなったんだったら、……俺は。
     俺は、何のために、……。


    19: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)00:26:42 ID:LjkqVwhwX

     急に心にポッカリと穴が空いた気分になる。
     考えすぎだ、と思いたかった。
     蘭が抱擁を求めてこなかったのは、きっと戻ったばかりの俺を気遣ってくれたのだろうと、……頭でそう考えても感情が追い付かない。
     蘭、お前のことだけずっと考えて、その為にこの体に戻ったのに、……蘭、俺は。

    「こんなに月が美しい夜に、ご機嫌斜めのようですね。何かありましたか名探偵?」

     空から急に声が降ってきた。
     ハッと見上げると、そのシルエットは月の明かりで逆光になっていて、……それでも分かった。
     こんなマントを広げて高みから気障なセリフを言う奴は、俺の知ってる奴には一人しかいない。
     俺は先ほどまでの気持ちを隠そうと、不敵に笑ってみせる。

    「今夜は予告日じゃなかったんじゃねーか?」

    「これはご挨拶だな。せっかく名探偵が組織を壊滅させた事と、高校生に戻った祝いでもしてやろうと思ってわざわざ来てやったのに」

    「余計なお世話だ。怪盗に祝われる謂われはねーよ」

    「ほんっと元に戻っても性格わりーのな、お前」

     怪盗が呆れて溜息を漏らす。


    20: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)00:27:43 ID:LjkqVwhwX

    「うっせーな。祝いに来たなんて嘘なんだろ?」

    「ま、……俺に取っては好敵手がデカいか小さいかは関係ないけど」

     そういうと、キッドは立っていた電柱のてっぺんからふわりと降りてきた。
     なら何の為にわざわざ俺の前に現れたのか、しかもよりによって、ものすごくヘコんだこの時に。
     俺が警戒を解かずに睨んでいると、キッドは軽く笑って、言った。

    「『工藤新一』は、消えた方がいいんじゃねーか?」

    「……は?」

     思わず間抜けな声を上げるも、キッドは更に続ける。

    「オメーの大事な幼馴染の彼女。彼女の存在が、工藤新一に戻る理由だったんだろ。なのに冷たく接されたら……傷つくよな、普通の感情持ってるなら」

    「は、何言ってん……」

     だが俺は最後まで否定しきれない。
     冷たかった?
     蘭の態度が?
     以前の蘭なら、俺を見たら飛びついてきた……それをしなかった理由。
     考えれば考えるほどぐるぐるしていく。

    「俺が……、不甲斐なかったから」


    21: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)00:29:06 ID:LjkqVwhwX

     呟くようにそういうと、怪盗は「お」と反応を示した。
     俺は続ける。

    「アイツに教えるわけにはいかなかったとは言え、工藤新一、としてずっとそばに居てやれなかったのは確かだ。アイツを置き去りにして事件に関わって、何度も何度も泣かせて……そんな俺を待つのがいい加減疲れた、って言われちまったら……弁解する余地も、アイツの心を取り戻す方法も、ねえんだよ……」

    「だから言ってるんだよ」

     キッドは俺に近寄る。
     そこから動かない俺の頬に白い手袋をはめたその手を添えて。
     そうして、言った。

    「工藤新一は、消えろ」

    「意味がわかんねーよ。死ねってことか?」

     キッドはフッと笑うと頬に添えた手を下ろし、そのまま腰に当てて偉そうに言った。

    「本日はこの怪盗キッド、予告無しに宝物を盗ませて頂きに参上しました。今回の仕事は今迄のものと違って、痕跡を残さずに完璧に仕上げたいもので」

    「予告無しに、……盗み?」

     呆気にとられて相手を眺める。


    22: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)00:30:19 ID:LjkqVwhwX

     そもそも今までだって大した痕跡は残さなかったし、どんな痕跡を残そうと確実に逃げ切ったコイツが……完璧に手に入れたい物?
    「それってなんだ? 俺に対する挑戦、なんだよな?」

    「まあそう受け取って頂いても」

     キッドはニッと笑うともう一度手を伸ばしてくる。
     そうして俺に顔を寄せて、そっと囁いた。

    「こんな鈍感なバカ探偵は、頭のいい探偵事務所の彼女には不釣り合いだから」

    「なっ……」

     顔を離そうとした瞬間に、眼前が廻った。
     なんだこれ?
     熱が急激に上がってくる。
     そして、苦しい、……この感覚は。
     おい待てよ灰原、今回の解毒薬は完璧だったはずじゃねーのかよ。
     これじゃまるで不完全だったあの試作品の、……。
     いや、待て、
     まさ、か、……。

    「キッド、オメー……APTX4869を……」

     するとキッドは視線を逸らし、何か考え込むような表情を一瞬見せる。
     それから俺に視線を戻して、言った。


    23: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)00:30:53 ID:LjkqVwhwX

    「もうこの薬に関するデータは破棄されたんだったな? てことは、オメーが『工藤新一』に戻れることは二度と無い。さようなら。高校生探偵、工藤新一……短い命だったな」

    「っ、ざけんな、テメー……、っ」

     殴り掛かるが容易く片手で受け止められてしまう。
     何か飲まされたわけじゃなかった、なら考えられ事は……コイツは恐らく薬のデータを手に入れてそれを揮発化させた、そうして俺に吸わせて、……ああ。
     なんだかもう何もかもどうでも良くなってくる。
     あの毒薬を二度も喰らってまた生きているかの保証は無い。
     何だか、このまま永遠に目覚めなくてもいいような気がしてきた。
     俺の全部を掛けて失いたくなかった蘭の心がもう手に入らないなら、……このまま死んだって同じだ、きっと……。


    24: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)00:31:09 ID:LjkqVwhwX

     そんなことを考えながら地面に崩折れる。
     それにしたって、何で。
     俺に薬を盛った怪盗を地面に突っ伏しながら睨み上げ、それでもその謎が気になった。
     このハートフルな怪盗は人が死ぬのを是としないはず。
     なのに、もう一度喰らえば今度こそ死ぬかもしれない毒を俺に投与した、……何故。
     意思が朦朧とすると同時に、あの感覚を感じる。
     手が、足が、短くなっていく。
     ああもう、コナンの姿には二度と戻りたくねーのに。
     子供の身体になっちまったら、……蘭を抱き締められなくなる……。
     そんなことを考えながら、俺の意識は闇に沈んでいった。


    25: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)00:33:14 ID:LjkqVwhwX

    ■■■■■■■■■■


     新一が事務所を出ていってからというもの、どうしても胸騒ぎが治まらなかった。
     まるであの時みたいに。
     トロピカルランドで新一と別れた時みたいに。
     ううん、新一は家に帰っただけなんだから、事件に関わりに行ったんじゃないんだから……。
     そう自分に言い聞かせて、冷たくなった両手をぎゅっと組んだ。
     でも新一のことだから、家に帰るまでにまた事件に巻きこまれてたりして……。
     そんなことを考えて、息を吐く。
     私が不安になってるのはきっとそれだけじゃない。
     触れて、くれなかった。
     私から手を掴んだだけで、新一からは全然触れてくれなかった。
     本当なら新一の顔を見たあの瞬間にとびついて泣きじゃくりたかったけど、きっとそうしたらアイツを困らせる気がしたから我慢した、のに。


    26: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)00:35:11 ID:LjkqVwhwX

     もし新一が抱き締めてくれたら、その時は泣いてもいいかな……なんて。
     でも結局新一は抱き締めてくれなかった。
     それどころか「ただいま」の一言も、結局言ってくれなかった。
     何でだろう、新一に心変わりする何かが「コナン君」として生きる間にあった?
     そこまで考えて私は首を振る。
     ……心変わりも何も、新一が本当に私を好きだったかどうかも、わかってなかったじゃない……。
     一度だけ、たぶん私の事を…「好きな女」って言ってくれた。
     でもそれが私の先走りの勘違いなら恥ずかしいから、新一の口からもう一度はっきりと聞けるのを待ってた。
     ううん、当たって砕けてもいいから私から言いに行くのも考えてた。
     でもそれを言わせる暇もなく、アイツは消える。
     思わせぶりな態度ばかり取って、私を置いていつも居なくなる。


    27: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)00:36:00 ID:LjkqVwhwX

    「私、ひょっとしてただの幼馴染の、……友達としてしか見られてなかったのかな? 正義感の強い新一だもん、友達のことほっとけないから色々連絡してくれたり、助けてくれたり、とか、……それだけ、だったのかな。好きな女って、幼馴染として好き、とかそんな、……感じの」

     無意識のうちに涙が零れ落ちる。
     こんなに、こんなに新一が帰ってくるのを……ううん、全部解決して本当のことを言ってくれるのを、待ってたのに。
     新一の……コナン君のあの視線は、全部ただの同情だったの?
     そこまで考えてから、私は両頬をパチンと叩く。

    「こんなウジウジしてるのは毛利蘭らしくない!」

     聞けばいい。
     元から砕ける覚悟は出来てたんだから。
     新一の気持ちを、聞けばいいんだ。
     それで私のことを何とも思ってないのなら、きっぱり諦めて新しい人生を始めればいい。
     ……きっぱり諦めるのには少し時間がかかるかも知れないけど。
     そう決意すると、私は新一の後を追う為に事務所を飛び出した。
     もう少しで新一の家に着く、そんな距離まで来た時。
     視界に信じられない光景が飛び込んでくる。
     月明かりに照らされる白い影、そして……その腕に抱えられた誰か。
     あれは、あれは。

    「コナン君!」


    28: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)00:38:49 ID:LjkqVwhwX

     思わず叫んだ。
     影がニヤリと笑う。

    「こんばんは、探偵事務所のお嬢さん。月の綺麗な夜ですね」

    「あなた、怪盗キッドでしょう? どういうこと? 新一は高校生に戻ったはずなのに……どうしてまたコナン君になってるの?」

     するとキッドは「ふー」と首を横に振る。

    「倒れてしまったから抱き起こしただけですよ。大方、最後の解毒薬も効果が薄かったのでは?」

     彼の言葉に、私は耳を疑った。
     解毒薬? 何のこと?

    「解毒薬、て何……?」

     尋ねると、キッドは冷笑を浮かべる。

    「ご存知ありませんでしたか……大人を子供にし、幼児化させる毒薬。……それの、解毒薬、です」

    「どういう意味?、……新一がコナン君になってたのって何かの毒のせいだった、ってこと? 博士の発明とかじゃなかったの? 解毒薬が効かないって、そんな強烈な毒だったの?」


    29: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)00:39:23 ID:LjkqVwhwX

     彼がその真相をどこまで知っているかはわからない、けれど混乱した私はキッドに向けて質問をぶつけまくった。

    「まあ……」

     キッドは空を仰ぐ。
     月に視線を向けて、そして。

    「私は恐らく、パンドラの涙の効力に近い……もしくはひょっとして、そのものだったのではないか……と思っています」

    「パンドラの涙?」

    「おっと失礼、貴女はご存知なかったかも知れません。……とにかく、人の寿命を操作するという呪われた手段ですよ。その犠牲になったのがベルモットという例の組織の人間だったり、灰原哀という少女だったり、そして……この工藤新一だったりしたわけです」

     キッドの演説に私は息を呑んだ。
     哀ちゃんも……随分大人びた子だとは思ったけど、そうだったんだ。
     それなら彼女のクールな雰囲気も、納得がいく。
     それにパンドラの涙というのが何かはよく分からないけど、新一がなかなかコナン君から戻れなかったその毒というのが……どれだけ強力で恐ろしいものか、だけは何となくわかった。
     現に今、決心して完全に戻ったと確信しただろうからこそ、事務所にコナン君のことを明かしに来た新一が……またコナン君に戻ってしまってるんだから。


    30: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)00:41:25 ID:LjkqVwhwX


     そう、良く考えたら博士の発明で小さくなったんなら、私がどうしても逢いたいって言った時にはきっと新一は来てくれたはず。
     それが出来なかったのは毒を飲まされていて、解毒方法が例の組織の中にあったから?
     時々本当に新一として現れたのは、一時的に毒の効果が薄まったからで……その度に私の前からいきなり居なくなったのはまた毒性が戻ったからか、それともその度に敵にその毒を飲まされたとか?
     納得のいく部分とそうでない部分が私の頭の中で入り混じった。

    「あ、りがとう……事情はなんとなくわかったわ。取り敢えずコナン君、じゃなくて新一、連れて帰るから……」

     言いながら両腕を差し出すと、キッドは目を伏せて首を横に振った。
     何?
     どういう意味?

    「……キッド?」

    「名探偵は戴いていきます、お嬢さん。本当なら貴女にも悟られずに立ち去りたかったんですが……偶然なのか想定なのか、貴女の勘は名探偵の推理に勝るとも劣らぬ力を持っていますね。素晴らしい」

    「何バカなこと言ってるの!? 新一を返して!」


    31: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)00:43:06 ID:LjkqVwhwX


     思わず声を荒らげてしまう。

    「あなた、倒れたから抱えただけって言ってたでしょう?」

    「それはまあ。さっきの現場の説明をしただけで……私が彼の年齢を奪ったわけでも、彼の意識を奪ったわけでも無いという、ね。ですが、彼の身柄は奪わせて頂きます。……邪魔なんですよ、仕事場にウロチョロされて」

     それを聴きながら、私はゆっくりとキッドに近付いた。
     雰囲気が、違う。
     いつもと纏っている空気が違う。
     私は彼に、ずっと新一に似た空気を感じていた。
     それは過去、新一に化けた姿に騙されたせいかも知れないし、そうでなくとも背格好や声が新一に似てるからだったからかも知れないし、仕事の時に人を傷付けることは絶対しないという信条のせいかも知れない、盗んだ宝石も結局何らかの方法で持ち主に戻す、……泥棒なのに泥棒らしくない、けれどプロフェッショナルな彼の仕事がどこか、新一と重なっていたせいからだったかも知れない。
     なのに今は……。
     ただの、敵。
     プロの泥棒。
     ……怪盗。


    32: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)00:45:14 ID:LjkqVwhwX


     私が新一に触れる程の距離に近づいても、彼は身じろぎ一つしなかった。
     黙ったまま鋭い瞳でこちらを射ぬいてくるだけ。

    「お願い、新一を返して」

     私は思い切って訴える。

    「やっと帰って来てくれたの、……お願い」

    「……もう解毒方法はこの世に存在していません。彼は一生このままですよ。それでも?」

     キッドが静かに言う。
     私は頷く。

    「この子が新一としての記憶と意識を持ってて、ちゃんとそばに居てくれるならそれでいいの。10歳の外見差くらい何よ。……そりゃその、私がおばさんになった時は、新一も若い子の方がいいって思っちゃうかも知れないけど……」

     後半を濁しつつも取り敢えず主張してみたけど、キッドは呆れたように溜息を漏らした。

    「……違うんです。『一生このまま』なんです」

    「え? だから……」

     私は彼の言葉の意味を考えて、青ざめる。
     ……ひょっとして。


    33: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)00:47:23 ID:LjkqVwhwX


    「……まさか、一生……小学一年生なの……?」

    「語弊がありました。一生、ではなく。永久に……このままなんです。貴女がやがて歳を取り、寿命が尽きて亡くなっても。彼は永久にこの身体のまま過ごしていくんです」

    「そん、な、……なに、それ……」

    「ベルモットという人物の正体はハリウッドの大女優シャロン・ヴィンヤードであり、また実はその娘、クリス・ヴィンヤードととも同一人物だった。その話はご存知ですか?」

     頷いてみせる。
     彼女は、彼女の命を助けた私と新一には不思議な感謝の念を抱いている、だから私と新一だけは殺させない……むしろ護りたいと、対峙した時に聞かせてくれた。
     そして、その時に自身の正体も。
     だから自分はその研究を研究者ごと潰さなくてはならない、と言っていた。

    「歳を……取れなくなった、って……」

    「それですよ。この名探偵も同じ運命を辿るのではないかと私が推測した理由は」

    「……」


    35: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)00:50:01 ID:LjkqVwhwX


     キッドは、続ける。

    「歳を取らないと言うことは身体機能の老化、劣化が起こらない。すなわち自殺したり、他殺や事故死などの横死が起こらず、通常の生活を送った場合……永久に生き続けることが可能なんです」

     私は目を伏せて考え込んだ。
     それが本当だとしたら。
     もしかして……私は、新一の隣にいることを許される人間じゃないんだろうか。
     同じ条件、対等な立場で居られるのは、そう……例えば哀ちゃん。
     彼女がもし解毒薬を飲んでいたとしても、きっと今頃、今の新一と同じように元に戻ってるに違いない。
     もしそうなら……。

    「でも、その事とあなたは関係ないじゃない。新一を連れて行ってどうするの? まさかあなたの信条を翻して、新一が邪魔だからって殺すの? ……新一のことは阿笠博士になんとかしてもらうわ、だから……返して」

    「……参りましたね」

     キッドは、いつものポーカーフェイスを崩すと困ったように笑った。

    「私だって本当ならこんな厄介事は抱えたくないんですよ。でも残念ながら彼のこの症状は、私が長年追い求めた、呪われし宝石の呪いに酷似している。……だから調べなくてはならない、彼の身体を手掛かりにして。だから関係無くはないんです」

    「そんなのあなたの都合……」

     私が言い終わる前に。
     目の前がいきなり煙幕で包まれた。
     何、これ……意識が……。
     やめて、お願い……新一を連れて行かないで。
     お願い……。


    36: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)00:50:58 ID:LjkqVwhwX


    ■■■■■■■■■■

    「はぁーあー……あー……ったく何処まで面倒見させりゃ気が済むんだよ、名探偵」

     ま、8割くらい俺のおせっかいが招いた部分があるが。
     眠らせたお姫様を探偵事務所まで送り届けると、小さな名探偵を抱えてハンググライダーで滑空しながら、俺は大きく溜息を吐いた。
     コイツ、まだ起きない。
     最初は死んだのかと思ってビビったけど、呼吸を確認するとしっかりしていたのでひとまず安堵した。



     つーか。
     ぶっちゃけて言うと、コイツを誘拐する気は本当にまったくなかった。
     何で成り行きでこうなっちゃってんのか。
     ほんとにさ、黒の組織壊滅おめでとさん、高校生に戻れてメデタシメデタシって言いに行っただけなんだよ俺は。
     予告状出してないのも当たり前、だって別に何も盗む予定は無い。
     でも空気読んじまったわけだ、「怪盗キッド」は。


    37: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)00:55:12 ID:LjkqVwhwX

     高校生にやっと戻って愛しの彼女と再会したってのに、名探偵がやたら落ち込んでる姿がちょっと面白くて、からかいたくなった。 そして、祝いに行ったのを嘘だと否定したコイツに、少しムカついたこともある。
     もっとぶっちゃけて言えばむしろ彼女の方を攫いたかった。
     んで軽くセクハラでもして、名探偵がそれに怒って助けにやってきて、ああついでに暗号で誘拐先を知らせてやったらもう完璧に楽しんでくれっかな。
     で二人がくっついて誤解も解けて、メデタシメデタシって言ってやってやろうと思ったのにさ。
     ……なのに何でこの愉快な名探偵は俺の目の前で人体変化マジックショーを披露してくれますかね。
     いや、さすがの俺でもあんなマジックは無理だ、お手上げ。だってトリックがないからな。
     コイツが……アポトキシン、だったか? を俺が使ったんじゃねーかと疑った時、「黒羽快斗」なら、違うと即座に否定出来ただろう。
     が、ポーカーフェイスがウリの「怪盗キッド」はついノリノリで、それを肯定するような発言をしてしまったのだ。
     ムカつかせてくれたことへの仕返しの意味もあった。


    39: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)00:56:31 ID:LjkqVwhwX

     だから名探偵が起きたら「なーんちゃって、俺じゃねーよ」なんて言おうと思ってたのに何だか知らねーけど起きないし、そうこうしてるうちに彼女は来ちまうし。

    「ったくサッサと弁解させろよな」

     寝ている名探偵に話しかけるように呟く。
     彼からの反応は無い。
     まあそれはいいとしてだ。
     さっき俺が彼女にべらべらと語った推測は、おそらく間違ってない。
     あの研究者の彼女はそこまで読んでいたんじゃなかろうか、なのに自分は大人に戻らないと宣言した?
     盗聴していた時の彼らの会話を思い出す。


     今回コイツがこんなことになったのは、何か彼女が一枚噛んでる。そんな気がする。
     それに、幼児化することとパンドラとの関係性を調べたいってのもまた本音だ。
     だがその為に灰原哀という少女にご協力を願うのは、何となく気が引けた。
     何しろ外見は小学生女子なわけで、その身体にイロイロするとなると別の世界に行っちまいそうだ。
     それにあの娘は扱いが難しそう。
     その点コイツなら多少乱暴に扱ってもまあ何とかなるだろう、そういう意味では俺の目の前で変化してくれたのは、俺の勝手な都合的には助かった。
     ま……パンドラの秘密が解けた暁にはコイツの身体も戻してやれるかも知れない。
     てなわけでご協力頼みますよ、名探偵。
     俺はひとりごちると、隠れ家の一つとして使っている屋敷にやって来た。


    40: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)00:57:53 ID:LjkqVwhwX

     まだ正体もなく眠るクソガキをベッドに横たわらせ、さて。
     今夜は疲れた……そろそろ黒羽快斗に戻って休みたい。
     明日学校もあるし、遅刻したら青子がうるせーしな。
     だがその前に名探偵の処遇だ。
     このままほっといたら目を覚まして勝手に逃げ出すだろう、そうしたらわざわざ連れて来た意味が無い。
     いっそふんじばっとくか?
     いや、俺のいない間に目を覚ましてトイレに行きたくなられると困る。
     なら一つしかないか。

     このアジトは怪盗キッドに取って砦であり、もしもの場合の罠でもある。
     外敵の侵入を許さない様にする数々の仕掛けが設置されているのだ。
     それは逆に内部に置いては、家主である俺を除いた人間を閉じ込める仕掛けにもなる。敵を追い込んで囚えることにも使えるわけだ。
     そんな仕掛けを俺は今回、この実験動物……もとい、名探偵に使うことにする。


    41: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)00:58:25 ID:LjkqVwhwX

     屋敷の中には一応立てこもり用に水も食料もあるし、大丈夫だろう。
     仕掛けを作動させると窓に鉄格子がハマり、あらゆる外界との出入口が閉鎖された。
     俺は玄関から出て最後の仕掛けの鍵をかける。
     中からは開かない。
    「また明日来るからさ、出来ればそれまでに起きててくれよ、名探偵」
     そうドアに声をかけて、俺は屋敷を後にした。


    42: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)01:00:32 ID:LjkqVwhwX


    ■■■■■■■■■■

     目を覚ますと、見慣れない天井が視界に広がった。

    「なん、だ、ここ……」

     掠れた声を出して、そして自らのその声に愕然とする。
     掌を眼前に掲げてみれば、それは高校生の手ではなくどう見ても小学生の手。

    「夢じゃ……なかったんだな。いやむしろ工藤新一に戻ったあの時間の方が夢、か?」

     もしそうなら、その方がいい。
     それなら灰原は薬のデータをまだ破棄していないから、元に戻る希望がある。
     そして、蘭。
     キッドに言われて確認しちまった「蘭の冷たい態度」……あれが夢なら。
     だが、俺は自分の着ていた服を見て何もかもが夢じゃなかったと悟り、そしてがっくりとした。


    43: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)01:01:09 ID:LjkqVwhwX

     昨日工藤新一として着ていたシャツだ。
     それ以外は何も身に着けていなかった。
     当然ながらコナンの時に使用していた眼鏡もない、その事実が俺が昨日は工藤新一だったのだという事を後押しする。
     道の真ん中で突然変化したんだ。ズボンも下着もブカブカで穿けないだろう。
     シャツだけは辛うじて着たままでいることが出来たようだ。
     それとも脱げちまったが、ここに連れて来た奴が着せてくれたのかも知れない。

    「トランクスねーとスースーして気持ちわりぃ……」

     思わず呟くと、俺は一体誰がここに運んだかを考えた。
     と言っても考えるまでもねーか、キッドだ。
     見知らぬ通りがかりの人なら警察を呼んだだろうし、……あ、いや待てよ、まさか児童略取とか。


    44: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)01:02:03 ID:LjkqVwhwX

     と思ったが倒れる直前に目の前にキッドがいた事をもう一度思い出す。
     仮に俺を殺すつもりでAPTX4869を嗅がせたんだとしたら、俺の息の根が止まっていないのを確認するまで離れないだろうし……そして実際止まっていないのだから、トドメを刺すはずだ。
     それをしなかったんなら、殺すつもりはなかった。
     そして俺を道端に転がしておくのは難だったから、この家に連れてきた……?
     だが引っ掛かる。
     なら何の為に薬を嗅がせたんだ?


    45: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)01:02:46 ID:LjkqVwhwX

     いや待てその前に、……あんな至近距離のキッドに薬の影響は出なかったのか?
     ……もしかして……俺は何か思い違いをしてるんだろうか。
     まあいい、その辺りは今度アイツに会ったら問い正すとして、今は帰らねーと。
     そして灰原に相談するしか無い。
     データは破棄しちまってるだろうが、以前からアイツの作ってた試作品を頼りにするなら、何とかなるかも知れない。
     裸足だしこの格好だし、そもそもどんだけ遠くに連れて来られたかわからねぇから、子供の足で帰れるかわからないのは若干不安だが……このままキッドが戻るまで大人しくしてるわけにもいかねぇ。
     そう思って玄関まで来たが扉が開かないことに気づいた。

    「何だこれ。鍵がねぇ」


    46: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)01:04:07 ID:LjkqVwhwX

     普通、玄関のドアと言う物は外からの侵入者を防ぐ為に内側から鍵が掛けられるようになってるはずで、鍵が無いならじゃあ開くはずで、しかし俺の常識を覆すそのドアは押しても引いてもビクともしなかった。
     その後、どこか他の出入口がないか探したが全てアウト。
     窓には鉄格子がハマってるし、ドアに鍵が無いと言うことはピッキングすらも出来ないってことだ。

    「あんのヤロー……」

     キッドがここに運んできた、ってのは当たってたみてーだが、児童略取ってのもまた当たってたらしい。
     それからしばらくの間格闘していたが、どうにも手詰まりなことを知ると……俺は元居たベッドに寝転がって不貞寝することにした。
     更にそれからしばらく経った頃だろうか。

    「お目覚めですか、王子様」

     気障ったらしい口調で今回の事件の犯人が入ってくる。
     俺は起き上がって胡座をかき、ヤツを睨み付ける。

    「気色わりぃ。つかぶっ殺すぞ殺人未遂コソ泥誘拐犯」

    「探偵が殺人を公言するなどとは面白い冗談ですね。……そんなに不貞腐れんなよ、江戸川コナンの服持ってきてやったんだからよ


    47: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)01:05:34 ID:LjkqVwhwX


     言われて奴の手元を見ると、確かに昨日着ていた……博士の家を出た後自宅に置いてきたはずの服がある。

    「ああ、気が利くなサンキューってテメー! 不法侵入しやがったな!!」

    「他人の家とか店から盗んだんじゃねーからいいだろうが。わざわざ金かけて買うのも嫌だし、そもそもお前の服のサイズなんか知らねーし」

    「おー、金かけるのが嫌、だあ? 良く言った、勝手にこんなとこ連れて来といて良く言った!!」

    「何だあのままほっといて車にでも轢かせときゃ良かったのか、ああじゃあ今から縛って線路に放置して電車に轢いてもらおうな、ハイ」

    「人身事故はみんなの迷惑になるからやめとけ、ってそうじゃない、そうじゃなくて!!」

    「大体オメーんちに行ったのだって、オメーが道路に脱ぎ散らかした服持ってくついでだったんだから仕方ねぇだろ!! あんなとこに男物のズボンやらパンツやら落ちてたら気味わりぃだろうが!!」

    「だったら服だけじゃなくて俺も帰しやがれバーロー!!」


    48: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)01:06:00 ID:LjkqVwhwX

     肩でゼイゼイいいながらお互い睨み合う。
     それから、少し落ち着いたらしい奴は頬をポリポリと掻くと、決まり悪そうに言った。

    「……最初は連れて来る予定はなかったんだよ。けど成り行きでこうなっちまった」

    「どんな成り行きだ、どんな」

     呆れて腕組みして見せると怪盗はハハッと苦笑した。
     ……にしても、こうして話してると昨日のキッドとは打って変わった印象だ。
     以前からコイツとこうやって軽口を叩き合うのは楽しかったし、こんな言い合いが出来るのは後は服部や灰原くらいしか思い浮かばない。……後は園子とかか?
     ……俺って密かに友達少ねーのかなあ、なんて自嘲しつつも、俺の軽口と渡り合う頭脳を持ってるメンバーがコイツらなんだと思い直してみた。
     まあ自惚れ臭くはあるが、実際クラスメートに本気でやり合っちまうと高確率で叩きのめしちまう、それを痛感したのが小学五年の時だった気がする。
     以来、他人にはある程度のブレーキを掛けながら付き合ってきた。
     ……だから、楽なんだ。
     ブレーキを掛けなくてすむ、キッドのような存在が。

    「……で。聞きてーことが山積みなんだけどよ。答える気あんのか?」

    「……あーまぁ、出来る限りは」


    49: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)01:08:06 ID:LjkqVwhwX


     キッドが頷いたのを見て俺はまず一番聞きたかったことを切り出した。

    「……何で、APTX4869を俺に使った?」

    「それ。俺も最初に話したかったことなんだよな」

     は? と眉を顰めると、キッドは頷きながら続きを言った。

    「俺は何もしてねぇ」

    「…………は?」

     唖然として見つめてしまう。
     俺の顔にキッドはおかしそうに笑ったが、睨み付けると笑いを治めた。

    「ぶっちゃけて言うが、オメーが投与してもらった解毒薬、それが完成品じゃなくていつもと同じ試作品だったんじゃねーか……俺はそう睨んでる」

    「何、……言ってんだ?」

     思わず金魚の様に口をパクパクさせてから。
     唾を一つ飲み込み、俺は次の言葉を続けた。

    「だって組織は壊滅したし、灰原が試作品を寄こす理由って? それに第一オメーが、」

    「俺は思わせぶりなことは言ったが、実際その毒を盛ったとは言ってねぇよ」

     記憶を掘り起こす。
     ……確かに。

    『もうこの薬に関するデータは破棄されたんだったな? てことは、オメーが『工藤新一』に戻れることは二度と無い。さようなら。高校生探偵、工藤新一……短い命だったな』

     ……盛ったとは、言ってない。


    50: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)01:09:04 ID:LjkqVwhwX

    「てめぇ……謀りやがったな」

    「ムカついたんだよ。だから軽く仕返しさせて貰っただけだってーの」

    「ムカついたって何だよ……」

     呆れて睨むが、キッドは「別に」とだけ短く言うと

    「とにかくオメーが江戸川コナンに戻ったのは俺のせいじゃねぇ、それだけは確かだ」

     真っ直ぐな瞳で言う。
     コイツは怪盗で人を欺くことに長けた人間だが……これは嘘を言ってる目じゃない。

    「……じゃあ信じてやるよ。ならオメーの説が正しかったとして、灰原が試作品を寄越した理由は何だと思う?」

    「それは追々推理してこうぜ。先に聞きたいことがあるんじゃねーのか、名探偵?」

    「あ」

     キッドに促されてハッとする。
     俺はキッドのネクタイを掴むと思い切り引っ張り、鼻先に噛み付くようにして言った。

    「俺をここに連れて来た理由は何だ。しかも厳重に監禁しやがって」

    「厳重にしないとお得意の頭脳駆使して逃げるだろ。逃げられたら監禁の意味ねーの、わかる?」

    「俺が知りたいのはそこじゃねぇっつの」

     顔を離してついでにネクタイも離す。
     キッドはネクタイを直すと、一つ息を洩らした。


    51: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)01:10:45 ID:LjkqVwhwX


    「昨日……お前が気絶してる間に、探偵事務所の彼女が来たんだ。たぶんオメーを追っかけてな」

    「……蘭、が?」

     目を瞬かせるとキッドは頷きながら続けた。

    「……で、オメーがまた『江戸川コナン』に戻った理由について二人で推理を話し合った。その話をしてるうちに、APTX4869って薬はひょっとしてパンドラの涙を基に精製されたんじゃねぇかって考えに至ったんだよ」

    「お前が探してるっていう、永遠の命を与える宝石、ってヤツか……」

    「そう」

     キッドは天井を仰ぐ。
     俺は話を聞きながらも、取り敢えずキッドが持ってきたコナンの衣服に着替え始めた。

    「まだボレー彗星が現れてないから、ひょっとしたら一万年前に採取されたパンドラの涙かも知れねぇが。とにかくそうなると、パンドラの手掛かりになるかも知れないオメーの身体が欲しい、手に入れて調べてみたい。……だから連れて来る羽目になったんだ」

    「気色わりぃ言い回しすんなよ。ま、とにかく事情は分かった。……なるほどな、歳を取らないベルモット。そして俺も灰原もそう言えば小学校のクラスの奴らより成長が遅い気はしてた。成長しない身体、……それは即ち永遠の命に繋がるわけだ」

     するとキッドがパンパン、と手を叩く。

    「さすが名探偵。この短い会話でよくぞ俺と同じ結論に辿り着いた」


    52: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)01:11:32 ID:LjkqVwhwX

    「バーロ。俺と灰原のことはともかく、ベルモット、APTX4869、パンドラ、の単語が揃えば犬や猫でもわかるだろ」

     いやさすがに犬や猫にはわかんねーと思う、と苦笑するとキッドは「そう言えば」と懐から眼鏡を取り出した。

    「若返り、そして止まる成長。……まさしく不老不死の力。……化学的にも生物学的にも物理学的にも考えにくい力。パンドラ以外有り得ねぇと思わないか?」

    「同感」

     眼鏡を受け取ってみるとそれはコナンとして使っていた、あの追跡機能付き眼鏡。
     以前からの習性で特に気にせず掛けたが掛けてみてから疑問に思った。

    「……なんで眼鏡まで?」

    「その顔が見慣れてるのもあるけどよ。オメーもその方が慣れてるんじゃねぇかと思ってさ」

    「ああ、まあ……」

    「本当は眼鏡ナシのオメーの顔がガキの頃の俺の顔にそっくり過ぎて、気味わりぃからとかじゃねぇからな」

    「一言多いんだよてめぇは」


    53: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)01:12:20 ID:LjkqVwhwX


     奴の余計な悪態はさておき。
     俺が灰原から貰ったのは試作品だったとする。
     完成品が出来た、とあの日彼女は確かに俺に言った。
     灰原が俺を騙したんだろうか?
     いや、待て、その前に。
     灰原は薬を飲む前の俺に何といった?

    『あなたを工藤新一に戻したらこの研究に関するすべてのデータを破棄するわ』

    『オメーは? 戻らないのか?』

    『私には……戻ることを待つ人がいないから。逆に灰原哀の存在を必要としてくれる人がいるから』

     灰原は、……知っていたはずだ。
     この身体のままでいたら、永久に生きなければならねぇことを。
     あれだけ大量にあの薬についてずっとデータを取っていて、あの薬について恐らく最も熟知した人間で。
     シャロン……ベルモットっていうわかりやすいサンプルを目の当たりにして。
     でも、灰原のキャラとそれが結び付かない。
     永遠の命を欲した?
     あの灰原が?
     そんな、まさか。


    54: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)01:15:21 ID:LjkqVwhwX

    「どこまで推理した? 名探偵」

     ずっと黙って考え込んでいた俺に、キッドが声を掛けてくる。
     顎に手を当てて尚も考え込みながら俺は答えた。

    「灰原が永遠の命を欲しがったんじゃねぇかな、ってところまで。……けどそんなもの欲しがるキャラじゃねぇんだよなぁ。それに俺を騙して試作品を飲ませた理由もサッパリだ」

    「ふん……なるほど、ね」

     今度はキッドが考え込み始めた。
     俺とは違う視点の人間がいると視野が広がって助かる。
     俺はじっと奴の考えを待つ。
     ややあって。

    「一つだけ、……ま、それもあの彼女のキャラには合わねぇが……一つだけ、可能性のあることがある」

    「何だよそれ?」

     するとキッドは少しだけ、躊躇ってから、それを口にした。

    「……オメーだよ、名探偵」


    55: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)01:17:12 ID:LjkqVwhwX


    「何が」

    「オメーと一緒に……永遠の時を生きたかった、んだとしたら?」

    「…………は?」

     何を唐突に言ってんだコイツは。
     呆れて首を振る。

    「いや、共闘意識はあったけどその前にアイツとはただのダチだぞ? そりゃ大事なダチではあるけど、アイツもそれは同じはずだし」

     俺のその言葉に、キッドはまるで睨むな様な視線を向けてきた。
     何だってんだ。

    「名探偵はあらゆる事に精通してんのに、自分に向けられる好意にだけは疎いんだよな……だから蘭ちゃんのことも疑っちまうんだ。本当に鈍感バカ探偵だな」

    「はぁあ? 何なんだ、何でそこで蘭が出てくるんだよ! しかもまたバカ探偵とか言いやがったなテメー!」

     その俺の言葉に、キッドはやれやれと肩を竦める。
     そうして、首を横に振った。


    56: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)01:18:38 ID:LjkqVwhwX


    「……じゃ、も一つついでにバカ探偵。彼女がオメーと一緒に永遠の時を生きたいと願ったんだとしたら。試作品を渡してきた理由も繋がる。オメーを騙して一度工藤新一に戻し、『じゃあ戻れた事だし、もうこの研究のデータは完全に消すわね。残しておいたら悪用される可能性があるから』なんて言ってデータを完全破棄。そこでまた江戸川コナンに戻っちまって、二度と工藤新一になれないオメーが出来上がり、だ」

    「何でもいいけど灰原の声真似はやめろ」

     俺の抗議に、キッドは「ひひっ」と笑ってから、言葉を続けた。

    「……で。そうなるともうAPTX4869自体も二度と作れないから、……探偵事務所の彼女が入り込む隙も無くなる」

     そこまで言われて俺はハッと息を呑んだ。
     そうだ、……この薬が仮にパンドラの涙を元に作られたものだとして、パンドラの秘密がもしも解けなかったら……俺の人生はやがて蘭と交差することは無くなる。
     その代わり、灰原とは……ずっと重なったままになる……?

    「そんな、まさか、ハハッ、馬鹿言ってんじゃねーよ、あの灰原だぜ? 何で灰原が、……そんな、……」

     語尾が、弱くなった。
     俺は茫然と怪盗の顔を見上げた。


    57: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)01:20:34 ID:LjkqVwhwX


    ■■■■■■■■■■

     目を覚ますと朝だった。
     もう起きないと学校に行くのに間に合わなくなっちゃう。
     ……支度、しなくっちゃ。
     呟いて身を起こす。
     朝ごはん作って、お父さんとコナン君起こして、……あっ、そうか、コナン君ってもういないんだっけ……。
     それからハッとして自分の体を見下ろした。
     昨日の服のまま。
     でも私が眠っていた場所は確かに自分の部屋。
     だったら誘拐されたとかそういうわけじゃないみたい。
     ……誘拐?
     この単語で私は完全に覚醒して、ガバッとベッドから飛び降りた。

    「新一、……、新一っ」

     新一の自宅にまず電話して、それが留守番電話に切り替わったところで電話を切ると、今度は携帯電話に掛ける。
     繋がらない、電源が切れているか電波の届かないところに……のアナウンスが無情に流れる。
     最後の望みと、阿笠博士のところに掛けてみた。

    『はい、阿笠です』

     電話口からは、博士と一緒に暮らす少女の声。


    58: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)01:21:30 ID:LjkqVwhwX


    「哀ちゃんおはよう。私、蘭だけど……そっちにコナン君泊まってないよね?」

     すると電話口の少女は少しだけ間を置き。
     それから、話し出した。

    『工藤君……まだあなたに話してないのかしら』

     私がコナン君の名前を出したのに返ってきたのは「工藤君」という名前。
     それを聞いて少しだけ胸がチクッとしたけど、すぐに思い直す。
     彼女も新一と同じ毒を飲んでいたというなら、コナン君の正体をすでに知っていて当たり前。
     ……新一に戻れた後、私より先に彼女に報告したとかそんなわけじゃない、きっと。大丈夫……。

    「大丈夫、聞いたよ。あのね……コナン君が居なくなったから電話したんじゃなくて、新一が居なくなっちゃったの、……しかもコナン君の姿に戻っちゃったみたいで。だからコナン君が行ってないかな、って聞いたんだ」

    『江戸川君の姿に……戻った……』


    59: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)01:22:39 ID:LjkqVwhwX

     考え込むような哀ちゃんの声。
     私は更に続ける。

    「怪盗キッドに……攫われたのよ。私、目の前にいたのに、助けられなかった……」

    『怪盗キッド、ね……。彼、宝石だけじゃなくて人間も盗むようになったのね』

    「うん、なんだかキッドらしくないなとは思うけど……新一が家にも帰ってなくて博士のところにも居ないなら、それしか考えられないの……」

     そうして、再びの、間。
     やがて。

    『ねえ、今からにうちに来て欲しいんだけど……学校休んでもらえないかしら』

    「え……」

     まさか、彼女は何か知ってる……?

    「わかった……行くね」

    『待ってるわ』

     電話を切る。
     何を話すつもりなんだろう。
     良くわからないけど、胸がざわざわする。
     本当ならすぐにでも新一を探しに行きたい。
     でもあの怪盗が、私なんかが探した程度で見つかる場所に居るはずがないし、哀ちゃんの態度が何より気になる。
     私は服を着替えて園子と学校に電話すると、そのまま事務所を後にした。


    60: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)01:24:22 ID:LjkqVwhwX

    「いらっしゃい。博士は例の組織の後処理に出かけてるわ、どうぞ上がって」

    「うちのお父さんと同じね」

     そう、本当なら新一もそれに参加しなくちゃいけないはず。
     そして私はそれを手伝ってるはずだったのに。
     ……哀ちゃんは、大人の姿になっていなかった。
     彼女も昨日の新一みたいに解毒薬の効果が毒に負けたのか……それとも彼女は初めから飲んでいないのか。

    「お邪魔します」

     居間に通される。
     研究資料らしきものがあちこちに散らばっているのを、哀ちゃんは軽く片付けた。
     きっと彼女も小学校を休んだんだろうな。

    「あの……哀ちゃん、まさか新一の居場所知ってる?」

     尋ねる。
     哀ちゃんは首を横に振る。

    「さすがにあの泥棒さんが工藤君を連れてどこに行ったかは知らないわ。でも彼らの組み合わせならきっと工藤君は無事でしょうし……あなたを呼んだのは、あなたに一つだけ、覚悟を決めて欲しかったことがあったの」

    「覚悟?」


    61: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)01:25:04 ID:LjkqVwhwX


     オウム返しに尋ねると哀ちゃんは頷いた。

    「手っ取り早く言えば……彼はもう二度と、『工藤新一』にはなれない」

    「……」

     それは昨日キッドにも言われたことだった。
     私が何も言わないのを見て、彼女は言葉を続ける。

    「……私があの研究のデータをすべて捨ててしまったから」

     それには驚いて私は思わず顔を上げた。

    「ど……どういう事? データを哀ちゃんが捨てた? そもそもそのデータをどうやって手に入れてたの? あ、ひょっとして博士が手に入れたか何かして……それを哀ちゃんが捨てたの? どうして?」

     疑問符を浮かべて問う私に、哀ちゃんは小学生には似合わないシニカルな笑みを浮かべて言う。

    「私は元々工藤君と同じように大人だったの。でも、工藤君と同じ理由で子供になってしまった。……大人だった時の名前は、宮野志保。宮野志保は元々例の組織の研究員で……大人を子供に、……いえ、生物を若返らせるあの薬は、私が作ってしまったものなのよ」

    「宮野……志保さん……」

     名前を、呟いてみる。


    62: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)01:26:31 ID:LjkqVwhwX


    「私は組織を裏切り、子供の姿になって逃げ出した。そして同じ境遇で生きていると思われた工藤君を探して頼った。博士と共に暮らしながら、手元にデータのないあの薬の成分を必死に思い出したり、手掛かりを得たりして、解毒薬の試作品を何度も作った。それを工藤君に何度も飲んでもらっていたの」

     なるほど、と哀ちゃんの説明で色んなことが頭の中で整理されてきた。
     キッドが化けたりしたんじゃない、本物の新一が時々現れたのは、その解毒薬を飲んだってことなのね。
     それはわかるんだけど……。

    「ねえ哀ちゃん、組織との戦いは終わって完全な解毒薬を作った、ってことでしょ? その研究データを捨てちゃったの? どうして」

    「…………」

     さっきまであんなに饒舌だった哀ちゃんは急に黙ってしまった。
     しばらくの、沈黙。
     そうして。
     哀ちゃんが、口を開く。

    「ねえ、……もし工藤君と一緒に永久に生きることが出来る方法があるって聞いたら、あなたはどうする?」

    「え?」


    63: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)01:29:15 ID:LjkqVwhwX


     ポカン、とする私に、哀ちゃんは更に尋ねてくる。

    「永遠の時を共にする代わりに、周りの人間はあなたと工藤君を置いてどんどん成長してしまう。やがてあなた達と親しい人はみんな死んでしまって。あなたには工藤君しか頼れる人が居なくなる。なのに工藤君の心が、永い時を過ごすうちにあなたから離れてしまったりしたら……いえ、逆もあるわね。あなたの心が工藤君から離れたら。周りにはあなたの境遇を理解してくれる人は誰一人として居なくなるわ。あなたはその孤独が訪れる可能性がある状況に、身を投じることが出来る? 工藤君と永遠の時を過ごす為だけ、に」

     急にこの子は何を言い出すんだろう。



     新一と一緒に永遠の時間を過ごすなんて、そんな夢物語みたいな……、いいえ、それは昨夜私の頭にもよぎったことだった。
     もしキッドが話した通りで、新一がずっとあのままで、哀ちゃんもずっとこのままなら。
     哀ちゃんと新一は私が死んでも二人でずっと生きていくことが出来る。
     永遠の命を得た、小さな恋人達として。
     ……恋人?
     私の胸が急に痛くなった。
     さっきの哀ちゃんの言葉を思い返す。
     哀ちゃんは、新一と永遠に過ごす覚悟が出来てるってこと?
     それって、それって、つまり、……
     そして新一が私に触れてくれなかった理由。
     ああ、そっか、そうなんだ。
     私の中でストンと何かが落ちた。


    64: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)01:31:23 ID:LjkqVwhwX


     そっか、新一は……自分と唯一の秘密を分かち合って一緒に戦ってきた彼女のこと、好きになっちゃったんだ。
     だから昨日来たのは、私に最後のお別れをする為。
     キッドの介入でなんだかおかしなことにはなったけれど、でも、でも、全部辻褄が合う。
     そっか、なんだ、なぁんだ……。
     頬を熱いものが伝っていく。
     でも、それを拭う気にならない。
     ずっとずっと、新一が帰ってくるのを待っていたのに。
     どうして私にもっと早く話してくれなかったんだろう新一は、私だって戦いたかった。
     悪の組織と、……そして彼女と。
     彼女に恨み言をいうつもりはない。
     戦う、って覚悟が本当は出来てなかったのかも知れない。
     だから、新一から言ってほしいなんてもっともらしい口実で逃げて、コナン君が新一だと気づいてたってことを……私はアイツにずっと言わなかった、言えなかった。


    65: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)01:33:10 ID:LjkqVwhwX


     ふいにハンカチで横から涙を拭われる。

    「……哀ちゃん」

    「泣かないで、お願い、……泣かないで。あなたは何も悪くないの。全部……私のせい」

    「ううん。……私にはきっと新一と永遠に過ごす覚悟なんて出来ない。きっと怖くなってヘコたれちゃう。……私が新一から離れることはきっとないけど、新一が私から離れたら……その時新一に孤独を味わわせることになるのが、怖い。だから、……だから哀ちゃん、新一をお願い。もうこれから新一が頼れるのは、あなただけなの。私はもう……新一に追い付けない。私には一緒にいる権利が無くなってるから。それは哀ちゃん、もうあなたのものだから」

    「…………」

     目を細め、彼女はじっと私を見る。
     彼女からもらったハンカチで私は涙を拭った。
     しばらく俯いて黙っていた彼女は。
     柔らかく微笑むと、こう言った。

    「きっと近いうちに工藤君はあなたの下へ帰るわ、安心して。江戸川君の姿じゃなく、工藤君の姿でね」

    「何、それ、……どういう意味? 哀ちゃん……」

    「……ごめんなさい。話はこれで全部終わりよ。……一人になりたいの、いいかしら……呼んでおいて追い出すみたいで申し訳ないけど」

    「……わかったわ。ハンカチ、洗って返すね」

     哀ちゃんは何も応えずに私から背を向ける。
     私はそのまま黙って阿笠邸を出た。


    66: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)01:34:39 ID:LjkqVwhwX


    ■■■■■■■■■■

    「あら。早かったわね。さすが天下の名探偵と天下の大怪盗さん、と言ったところかしら」

    「灰原、オメーやっぱり……」

     このクールな女史が、縮んだ名探偵の姿を見て、驚きの声を上げてさえくれれば。
     俺達の推理は間違ってた、だから一から考え直そうぜ、名探偵。そう言えたのにな。
     彼女は工藤邸にいた。
     阿笠博士の家を訪ねても留守で、1時間ほど待機してみたが帰ってくる気配がない。
     そのうち博士が先に帰ってきたりしたら話がややこしくなりそうだったので、名探偵にさっき渡した追跡眼鏡を使ってみることを提案した。
     隣の家にいたのを気付かなかった間抜けさを呪いながらも、扉を開けると待ち構えていた彼女の姿。
     その第一声がさっきのアレだ。


    67: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)01:35:25 ID:LjkqVwhwX


    「工藤君が怪盗さんに連れて行かれたって聞いてね。二人の頭脳があれは早い段階で私に辿り着くと思ってたんだけど、思ったよりもずっと早かったわ」

    「単に、俺が元に戻る為の相談をしに来ただけとは思わないのか?」

     名探偵が尋ねると、彼女は首を横に振る。

    「私の反応を見て『やっぱり』って言ったでしょ。……罠を仕掛けてあったのよ。解毒薬の効果が切れたわけじゃなくて、何者かにAPTX4869を盛られたように見せかける、ね。そうすればあなたは必ず、その犯人を探すだろうと思ったから」

    「なーるほど」

     まだ動揺を隠せない名探偵の代わりに、俺は口を開く。
     彼女の瞳が俺を見上げる。

    「単に解毒の効能が失われたにしちゃ、名探偵がオネンネしてる時間がやけになげーと思ったんだ。つか今までそんなんで意識失ったことあったか?」

     な、名探偵? と声を掛ければ、「……あんま、ない」と返ってくる。
     再び彼女に視線を戻し、俺は続きの言葉を紡ぐ。


    68: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)01:37:33 ID:LjkqVwhwX


    「そう、それが仕掛け。今まで解毒薬が切れるたびに苦しみこそしただろうが、意識を失うことはなかったはずという先入観。それは恐らく、解毒の方ではなく本体の毒であるAPTX4869を最初に食らった時に起こったことなんじゃねーか? 苦しんだ後、意識喪失」

     ここまで話していると下からじろりと睨みあげる視線を感じた。
     冷や汗を書いて一瞥し、慌てて視線を逸らす。
     名探偵は不貞腐れた口調で言う。

    「どっかの誰かさんがー、ちょうどいいタイミングでふざけてくれたお陰で、余計にAPTX4869だと思い込んじまったんだよなー」

    「そ、それは悪かったって」

     俺達の会話を聞いて、少女が「フフッ」と笑いを漏らした。

    「ご協力感謝するわ、怪盗さん。ただ……あなたがいなかったら工藤君はもう少し真相に辿り着くのが遅れたかも知れないわね。だって工藤君、あなたが目覚めた時に身柄が自由なら、すぐに私の所に来て今後の対策を相談していたでしょう? 私に騙されたとも気づかないまま」

    「そ、……れはそうなんだけどよ……」


    69: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)01:39:19 ID:LjkqVwhwX

     決まり悪そうにクソガキが頬を掻いてるのを見て得意になった俺は、「続けっぞ」と声を掛けた。

    「なあ名探偵。最大の罠が今の彼女の言葉の中にあったの、気づいたか?」

     俺の言葉に

    「……ああ。出来れば考えたくない可能性、だったけどな」

    頷くと、名探偵は鋭い瞳で彼女を睨み付けた。

    「……俺が仲間を信用している、という事実をオメーは利用したんだ。完璧な資料さえあれば灰原なら完成品を作れるのは当たり前、組織との戦いが終わった今なら、灰原がそれを完成させてくれるのも当たり前、……まさか罠に嵌めて試作品を渡してくるなんて夢にも思わない、その信用と信頼を」

     名探偵の話を聞くと彼女は不敵に微笑む。
     そうして。


    70: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)01:40:33 ID:LjkqVwhwX

    「そうよ、大正解。……裏切られてショックだった? 所詮元々はあの組織に居た女だって、思ったかしら」

    「バーロ」

     目を据わらせると、名探偵は溜息を吐いて頭の後ろで手を組んだ。
     そして、困ったように笑った。

    「オメーの愛情表現はわかりにく過ぎんだよ」

    「あら、私があなたの事を好きだとでも思ってるの? とんだ自惚れね」

    「ああ思ってるさ。ただしそれは」

     そういって、名探偵はポケットから探偵バッジを取り出した。


    71: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)01:41:41 ID:LjkqVwhwX


     彼女が訝しげに名探偵を見つめる。
     俺はただ黙って二人を見つめる。
     名探偵は、それを玄関の明かりに照らしながら、言った。

    「歩美、元太、光彦、博士……この4人に対しても同等、なんだろ?」

     え、と思って彼女を見やる。
     彼女は無表情だ。
     名探偵の様子が、最初に工藤邸を訪れたばかりの時とは一変していた。
     まさかこの僅かな会話で、彼女の真の意図を見抜いた……ってことか?
     力強い自信がコイツの口調に戻っている。
     ……ハハッ、やっぱすげーわコイツ。

    「灰原、お前の部屋のどこかに……あるんだろ。APTX4869が。恐らく、4錠。しかも毒性を抜き、若返りの効能も抜いて、成長停止の効能のみに絞った新作が」

     その言葉に彼女までが困った笑顔を浮かべた。


    72: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)01:43:04 ID:LjkqVwhwX

    「……そこまで見抜かれたら観念するしかないわね。そうよ、工藤君の考えた通りよ」

     二人の間に不思議な空気が流れる。
     俺は肩を竦めて名探偵にゴネた。

    「なー名探偵、俺怪盗だからオメーほど推理は得意じゃねーんだよなぁ。早く種明かししてくんない?」

    「へいへい」

     名探偵が手をひらひらとさせる。
     だが、その顔はどことなく嬉しそうだ。
     俺が理解しきれなかったことに優越感でも感じたのかよコイツ、だってオメーらの相互関係なんか知るか。
     そんな俺の憤慨を意に介さず、名探偵は言った。

    「灰原が求めたのは……『俺との永遠の時間』なんてヤツじゃない。コイツが望んだのは、あくまで『灰原哀』の永遠の時間なんだよ」

    「……といいますと?」

     彼女はただ、黙って聞いている。


    73: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)01:45:03 ID:LjkqVwhwX

     
    彼は更に続ける。

    「オメーはたぶん知らないと思うが、今の灰原には……いや、灰原の正体である宮野志保、には……もう家族がいない。組織に入った時点ですでに幼少期だったはずだから、親しい友人なんかもいなかったはずだ。だから……『灰原哀』になったことで得た、博士と少年探偵団のメンバーは……コイツに取って家族のように大切な存在になっていた。……違うか、灰原?」

    「違わないわ」

     彼女が淡々と応える。
     探偵は頷き、続きを語る。

    「その家族と永遠に居られたら……それはどんなに幸せなことかと考えるのは、……俺は解る気がする」

     ふーむ、と俺は考えた。
     その考え方は俺も解る。
     恋人同士の二人きりの永遠、も確かにロマンチックだろう。
     だが……例えば俺、黒羽快斗の周りの奴らがずっと、永遠に同じ日常を過ごしてくれたら……それはきっと楽しいことに違いない。
     誰一人失いたくない、ずっと一緒に居たい、と。

    「……我ながら愚かな話だとは思うわ。事の分別が付いていない年齢の子達にそんな物を飲ませたところで、心だけは成長していく。いつか分別が付くようになった時、きっと彼らは私を恨むでしょうね。奇妙な身体にされてしまったことを。……何より、あなたが一番、ね」


    74: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)01:46:57 ID:LjkqVwhwX


     淡々と、しかし切なそうに言う彼女に。
     名探偵が強く言った。

    「恨むわけねーだろ」

     ハッと彼女が顔を上げる。

    「オメーも俺も、どんだけ俺達探偵団が強く繋がってるか、わかってんだ、知ってるんだよ。だから俺は工藤新一が江戸川コナンだったことをアイツらに話そうと思ったし、だからオメーは今回のことを考えついた。好奇心が強いアイツらのことだ、……永遠に今のメンバーで謎を追い続けられたらきっとそれは、楽しいことだって思うはず。三つ子の魂百まで、って言うように人の基本的な性質は一生変わらねぇ。確かにその状態になれば、自分達の家族やら他のダチやらはみんな成長し、いつかいなくなっちまうが……その事で余計に仲間意識、家族意識が強まって行くはずだ。自分一人じゃない、ずっと一緒に居てくれる家族のような友達がいるんだから不安じゃない……ってな。そしてそれは同時に……灰原、オメーは関わった周りの人間に愛されてるってことなんだ。だからお前を恨むはずなんて、ない」

     彼女はそこまでの演説を聞くと俯いた。


    75: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)01:48:16 ID:LjkqVwhwX


     肩が、震えている。
     何だか抱き締めたくなるような、か細い肩。
     小学生の姿なのに小学生じゃない、大人の色気。
     けどそんな場合じゃねぇのは、場の雰囲気からさすがにわかる。
     名探偵は更に言う。

    「だがメンバーの中でただ一人俺は、それを絶対に受け入れられない理由があった。必ず工藤新一に戻らなきゃならない理由があった。だからオメーは……あんな罠を仕掛けたんだ。工藤新一に戻りたくても戻れなくなる、決定的な口実を作る為に」

    「……私の中で勝手に期限を決めて、あなたがそれまでに真相に辿り着いたら、今回の計画は断念しようと思ってたわ。だから単純な試作品じゃなくて、少し手の混んだことをさせて貰ったの。……そして。あなたは、辿り着いてしまった。私が想定していたよりもずっと早く」

     彼女の言葉に、名探偵は口元を釣り上げる。
     いつもなら観客を魅せる側の俺が……二人のやりとりに、完全に魅せられていた。

    「私の負けよ……工藤君」


    76: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)01:49:34 ID:LjkqVwhwX


    「……俺にしがらみがなかったら間違いなくその案に乗ってたぜ? それほどオメーらと居るのは楽しすぎるんだよ。つーか、今だってさ。もし灰原が戻る手段を用意してなかったら、受け入れても構わねぇかなってくらい思ってんだ……ま、オメーが用意してないってのは有り得ないけどな」

    「しがらみじゃなくて……あの子がいなかったら、の間違いでしょ」

     先程まで震えていた肩はもう震えていない。
     彼女は自分を取り戻したように言う。

    「あの子に感謝なさい。あの子の言葉がなかったら私は正気に帰れなかった。さすがあなたの選んだ相手ね。……愛した相手を永遠に陥れる事がどんなに恐ろしいことかと、……彼女の言葉がなかったら私は気付かなかったかも知れない。この期に及んでもまだ意地を張って、やはり計画を遂行しようとしたかも知れない」

    「蘭に会ったのか……」


    77: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)01:51:09 ID:LjkqVwhwX

     
     なるほど、きっと探偵事務所の彼女は起きてから名探偵を心配したに違いなかった。
     それをひょっとしてこの小さな彼女に相談したのかも知れない。
     けどおかしいな……博士の研究所にも盗聴器を仕掛けてあったはず。
     だからこそ俺は、工藤新一が戻ったらデータを破棄するって話を知ってたわけで。
     二人が接触してたならわかるはず、なんだけどなぁ……。
     俺が怪訝そうにしている顔に気づいたのか、彼女はポケットから何かを取り出して差し出す。

    「女性のプライバシーを盗み聴くなんて、紳士を自負するにしてはデリカシーが無いわね」

    「……キッドキラーの周辺の動きは、出来るだけ把握していたいもので」

     壊れた盗聴器を受け取ると名探偵が呆れていた。

    「探偵事務所にも仕掛けてんじゃねぇだろうな」

    「さぁ?」

     そしらぬ顔をしてみせる。
     はぁ、と大きく溜め息を漏らした名探偵に、彼女が一つの小箱を差し出した。


    78: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)01:52:13 ID:LjkqVwhwX


    「……正真正銘のAPTX4869の解毒薬よ。完全に毒性を打ち消し、あなたの中の免疫力を高めて二度と再発しないようにする、……私の人生における最高傑作」

    「……」

     名探偵は何故かそれを受け取るのを躊躇っている。
     ややあってから。
     彼は女史に尋ねた。

    「オメーは? 戻らないのか?」

     それを聞いて、彼女は自嘲気味に笑ってから。

    「……戻るわ。そしてあなたと同じように、あの子達に話す。……永遠なんて時間じゃなくて、あなた達と同じ時間を……共に生きたいと思ったもの」

    「……そっか」

     名探偵は満足そうに頷くと、素直に薬を受け取った。


    80: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)01:54:13 ID:LjkqVwhwX


    ■■■■■■■■■■

    「なあ、工藤新一は消えろっつーのはどういう意味だったんだよ」

     何故か。
     ここは。
     昨日閉じ込められた、アイツのアジトだ。
     しかも江戸川コナンのままで。
     正直なんで俺は自分がここにいるのかわからない。
     薬を飲もうとしたら二人が何故かジーッと見てるもんで、さすがに男の裸の変身シーンなんて趣味の悪い物を見せたくなかった俺は、二人を追い出そうとした。
     灰原もいつもは薬を飲む時は場を外してくれてたのに、今回に限って何なんだよ。
     すると、いきなりキッドに首根っこを捕まれ持ち上げられた。

    「困るんだよな。オメーらのことが解決したのはいいんだけどさ、俺の要件が全然すんでねーわけ」

    「それ、って……オメーの探してるお宝の手掛かりの為に、俺の身体を色々弄って調べたいっていう……アレ?」

    「そう、怪盗紳士じゃなくてヘン夕イ紳士だったわけね。頭が下がるわ」

    「へ……っ!?ち、ちちちちちーがうって! ガキの、しかも男の身体にそういう興味はねーから!」

    「なら灰原弄ってろよ」

    「……工藤君、その発言セクハラよ」

    「だー! もう! いいから名探偵、来い!!」

     そんなやり取りで気が付いたら俺はここに居た。
     途中激しく抵抗した覚えがあるんだが……。
     だがそれ以上にわけわかんねーのが、目の前にいるコイツだ。


    82: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)01:56:34 ID:LjkqVwhwX


    「はぁー……あぁー……」

     深い溜め息。
     身体を調べられるのも嫌だが、わざわざ連れて来といて何も行動しないのも、意味不明すぎて腹が立つ。
     つーか早く蘭のところに行きてぇ。
     だが何故かヘコむばかりで反応が薄いこの男に、俺は思い切って最後の疑問をぶつけてみた。

    「おい、質問に答えろ」

    「…………あ?」

     怪盗がやっと顔を上げる。

    「だから。工藤新一は消えた方がいい、消えろって言っただろ……あの意味を教えやがれ」

    「んだよ、名探偵のくせにわかんねーの? 蘭ちゃんが、オメーがただいますら言わない、一切触れてくれもしないから抱きつくことも出来なくて困っちゃって、でもそれを察しないでウジウジしてる鈍感バカ探偵は、彼女みてーなイイ女の前からは消えた方がいいんじゃね? ってただそんだけの話だったんだけど」

     虚ろな瞳で奴が言う。
     だが俺は反して「はぁ!?」と思わず声を上げてしまっていた。


    84: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)01:58:14 ID:LjkqVwhwX


    「ななな、なんだよそれ、だっていつもなら俺からなんかしなくたって、蘭から、その、アレだし、ただいまを言いそびれたのだって、アイツが江戸川コナンの正体に気付いてたのにビビったっていうかその」

    「思い込みってほんとこえーな名探偵……最後の戦いだったんじゃん? 彼女としてはまたオメーが日常の中に戻ってくれる、って思ったんじゃん? なのに抱き締めるどころか一切触らなかったら、……色んな勘違いするよな、『女の子』って生き物は。……名探偵、男女の性の違いくらいはわかりますよね?」

    「…………」

     ……反論出来ねー。
     俺が額にむの字に浮かべて黙っていると、さっきまでのヘコみはどこへやら。キッドはニッと笑ってこう言った。

    「だから鈍感バカ探偵ってんだよ。名探偵は事件に対しては名探偵だが、本当に他人から向けられる好意に対しては迷う方、の迷探偵だな」

     そこに至って、俺はあっと叫んだ。

    「テメー!! やっぱ探偵事務所盗聴してやがったな!? くっそ、テメーなんざヘン夕イ紳士ですらねー、ただのヘン夕イだ、ヘ・ン・タイ!!」

     コイツが蘭の……なんかこう色々を聴いてたかと思うと探偵って立場を忘れて、マジでぶっ殺したくなってくる。
     が、キッドは途端に意気消沈して再び「はぁー……あぁー……」と息を洩らした。

    「……なんなんだよ」


    85: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)01:59:52 ID:LjkqVwhwX

    「安心しろよ、さすがに女の子のプライバシーは探ってねぇ。仕掛けたのは応接室だけだ」

    「な、ならいいけどよ……つーかオメーさっきからなんなんだ。何ヘコんでんだよ」

     するとキッドは視線を逸らしながら、ポツ、と呟くように言った。

    「ヘン夕イ扱いされた」

    「……は?」

    「あの研究者の彼女にヘン夕イ扱いされた。しかもショタコンだと思われた。死にたい」

    「……………………は?」

     コイツは……。

    「今更だろそんなもん」

     くっだらねー、と毒づいてやると、急に怪盗は俺をキッと睨んできた。

    「女の子に対してヘン夕イ行為してるとか思われるならな、いいんだ、別にいいんだ、よりによってホモだと思われるとかマジで死んだ方がマシだ!!」

     じゃあ死ねばいいだろ、と思いつつもそれは口に出さず、

    「だから灰原にしときゃ良かったんだ。ま、自業自得だな。ハハハハハ、ザマーミロ」

    嘲り笑ってやるとキッドは何がしか考えたような顔をして。
     ニヤリと笑い俺の頭をガシリと掴んで、こう言った。


    86: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)02:00:41 ID:LjkqVwhwX


    「わーったよ、この際開き直ってテメーに『そういうコト』してやらぁ。でもってテメーをそういう道に引きずりこんで、探偵事務所の愛しの彼女に顔合わせられないようにしてやんぜ!! 巻き添えだ、ハハハハハ!!」

    「はぁ!? アホか、クソ、離しやがれこのヘン夕イ!! あっチクショウ時計型麻酔銃がねぇ!!」

    「あ、コレのこと? 抜かるわけねーじゃん」

    「バーロォーッ!!」

     今の姿でキッドの力に敵うはずもなく、俺はズルズルと別室に引っ張られて行った……。


    87: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)02:01:28 ID:LjkqVwhwX


     毛利探偵事務所の前。
     工藤新一の姿に戻った俺は、何故か緊張しながらビルの前に立っていた。
     ちゃんと蘭に言えるだろうか。
     これまでのいきさつを。
     ……あの後、何やら変な機械が大量に設置されてる部屋に引っ張り込まれた俺は、電気椅子のような物に括りつけられ、頭に「いかにも電気が流れますよ」なヘッドセットを取り付けられた。
     どうする気なのかと息を呑んで見守る。
     と、いきなり奴は成人向けのデータが収録されたディスク……いわゆる工口ビデオ、のパッケージを見せてきた。

    「……何のつもりだ」

    「これ見せて興奮する度に軽い電流流すんだよ、そうするとどうなるかわかるよな? 名探偵」

    「……素材が何もなくても、電流を流されるだけで興奮するようになるな、脳は」

    「そ。で、今度はゲイビデオを見せながら電流を流すようにする。すると?」

    「………………」

     奴が何を考えたかわかった俺は、青ざめつつも思い切り身体を捩って暴れた。

    「んっとにヘン夕イだなテメーは! ふざけんのも大概にしろ! 離せ!!」


    88: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)02:02:21 ID:LjkqVwhwX


    「やーだね。名探偵がわりぃんだぜ、この怪盗紳士のことバカにしやがるわ、俺の厚意は否定しやがるわ、ほんとにムカつくんだよオメーはよ」

    「俺の好意って、やっぱホモなんじゃねーか!」

    「そっちの好意じゃねぇ! 厚い方!!」

    「……あ?」

     はて、と考え込む。
     何か否定したことあったか?
     何だっけ?

    「なあ、何の話してんだよ」

    「ほーら見ろわかってねぇ。せっかく人が組織壊滅おめでとうって祝いに行ってやったのに、嘘だとかなんとか言いやがって」

     そういうとキッドは拗ねるように視線を逸らした。

    「は……? え…………、オメー、…………マジ?」

    「マジもマジ、大マジだっつーの。このハートフルな紳士は、ライバルの祝い事を素直に祝って差し上げられる、人間として出来てる怪盗なんだぜ? どっかの性格悪い名探偵とは違ってな?」

    「…………」


    89: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)02:03:22 ID:LjkqVwhwX

     目が点になるってのはこのことだろうか。
     それとも開いた口が塞がらない?
     俺は。
     あまりにも可笑しくて、思わず吹き出してしまった。

    「ぶっ……あはははは、あはは、あはははははは!! バッカじゃねーのオメー!! だって、嘘なんだろって言ったら否定しなかったじゃねーか!! むしろ肯定したじゃねーか!! カッコ付ける為だけに、そんな、それこそ自分が悪いのにわかってくれないとか拗ねて、ガキかよお前、あはははははは、あはははははは!」

    「現在進行形のガキに言われたくはねぇよ……」

    「いや、だって、いやははは、オメーからおめでとうなんて聞けるとは思わなかっ、あはははははは、悪い悪い、あはははははは!!」

     俺があまりに爆笑していると、キッドはむくれたままじろりと睨んできた。
     そうして。

    「さっきのアイディアは止めた。電流最大にして拷問モードに変更する」

     冷静に言い放つ奴の声に我に帰り、俺は「ゲッ」と笑いを治めた。
     やべー、……めちゃくちゃ怒ってる?

    「キ……キッドさん、それはたぶん死ぬんじゃねーかと……」

    「うっせー。テメェみてーな性格わりぃひねくれクソ探偵は死んだ方が世の為だ」


    90: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)02:04:33 ID:LjkqVwhwX


     そう言って手許のスイッチに手を伸ばす。

    「ご、ごめんマジで悪かった!! 代わりに良いこと教えてやっから、だからスイッチは押すな!! な!?」

    「ほーぅ、良いこと?」

     眼が据わってる、コイツかなり本気だ。
     俺は、冷や汗をかきながら話し始めた。

    「あ……あのさ……」


    91: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)02:05:55 ID:LjkqVwhwX




     まあそんなこんなでやっと解放された俺は、何とか工藤新一に戻り、こうして毛利探偵事務所の前にいるわけだ。
     蘭になんて言って謝るべきか……いや、謝るより先に「ただいま」?
     応接室のドアの前でブツブツ呟いて考えているといきなりドアが開き、俺は焦って後退ってしまった。

    「あ、あああ、あの、蘭、ごめん!!」

    「あーん? 俺は蘭じゃねーぞ探偵クソ坊主」

     は? と顔を上げればそこに立っていたのはおっちゃんだ。

    「あっ……ど、どうもこんにちは、おじさん」

    「ったく事件の後処理に全然参加しねぇで、何やってんだおめぇはよ。一番の当事者がいなきゃ現場検証も進まねぇだろ?」

    「す……すみません。なるべく早く伺いますので」

     組織との最後の決戦で、俺は何度か工藤新一に戻って警察と連絡を取ったり共闘したりしていたので、今回の事件の当事者として完全に認識されている。
     ともかく苦笑しつつも謝ると、おっちゃんは呆れた顔をしてから。
     俺の頭に手を置いて軽くぽんと叩いた。
     ポカン、としてしまう。

    「……ま、小僧にしちゃ今回の件は良くやったな。俺は今日もまた警視庁に行かなきゃならねぇが、落ち着いたら来いよ。蘭なら中にいるからよ」

    「……ありがとうございます」

     そういうとおっちゃんは階段を降りて行った。
     彼が俺とコナンの関係を聞いているかはわからないが、……以前に比べてなんとなく、距離が近づいた気がする。
     それから、……おっちゃんに「中にいる」と言われたあの人物。
     今度こそ。
     俺は、意を決して中に足を踏み入れた。


    92: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)02:07:19 ID:LjkqVwhwX


    ■■■■■■■■■■

     応接室の入り口で、お父さんが誰かと話してる。
     ううん、「探偵クソ坊主」なんて呼んでた。
     服部君じゃなきゃ、……後は一人しかいない。
     その人がお父さんとの会話を終えて入ってくる。
     コナン君じゃない。
     私と同い年の姿をした彼が、そこに、いる。
     彼は照れくさそうに笑うと、

    「……改めて……ただいま、蘭」

     そう、静かに言った。


    93: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)02:08:16 ID:LjkqVwhwX

     溢れてくる。
     私の気持ちも、涙も。
     言葉にならない。
     本当に、……本当にやっと、帰ってきてくれたんだ。
     涙を拭うのも忘れて新一に飛びつく。
     きつく抱き締めると……新一がそっと抱き締め返してから、目元に口付けて唇で涙を拭ってくれた。

    「待たせたな、ごめん……。何ていうかその……鈍感バカ探偵で、ごめん……」

     その言い回しに可笑しくなって、私は思わずくすりと笑う。

    「どうやってコナン君から新一に戻ったの? 怪盗キッドも哀ちゃんも、もう新一は新一の姿に戻れないって言ってた」

    「……灰ば、……宮野さんが、万が一の為に最後の解毒薬を取っといてくれてたんだ。その万が一、が起こっちまって焦ったけど、彼女の機転で助かった」

     敢えて宮野「さん」だなんて他人行儀な呼び方をしたのはすぐにわかった。
     新一が彼女に大きな信頼を寄せてるのは少しだけ悔しかったけど。
     でも、そんなことどうでもいい。
     一度は諦めた恋。
     新一が、帰ってきてくれた。
     もう私の下にはいないと思った新一が……帰ってきてくれた。

    「しんい、ち」

     掠れた声を上げてしまう。


    94: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)02:09:34 ID:LjkqVwhwX


    「私ね、ごめん、私ね、新一が哀ちゃんのこと好きになったんだと思ってた、もうここには帰ってこないんじゃないかって、私諦めた方がいいんだろうなって、……でも、考えれば考えるほど苦しくなったの、新一がトロピカルランドで遊んだ時を境にあんまり会えなくなったこと、コナン君が現れたこと、コナン君がずっとそばに居てくれたこと、コナン君をお世話してあげてたこと、コナン君が新一なんじゃないかって思った時のこと、コナン君が危ないことばっかりして、いつも事件に首をつっこんで、まるで新一みたいって思った時のこと、コナン君が事件のヒントとかいつも見つけて、きっと新一が小さかったらこんな感じだったかな、とか、新一が、いつもコナン君の姿で守ってくれたのかな、とか、……新一が戻ってきた時のこと、とか……ロンドンで、……好きな女って、言ってくれた、こととか、……全部、全部の新一が大好きでおかしくなりそうだった! ワガママな人間って思われてもいいから、哀ちゃん、と、喧嘩してもいいから、……新一と、……新一が、って、……」


    95: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)02:10:51 ID:LjkqVwhwX


     もう、それ以上は声にならない。
     しゃっくりでまともに話せない。
     新一は黙っている。
     でも、……そっと、……私を抱き締める力を強めてくれた。
     それから、耳元に囁くように言った。

    「いつも不安にさせてたな。ごめん、本当にごめん、……良かったらさ、俺にその責任、取らせてくれねーかな……」

     私はしゃくり上げながら、何とか尋ねる。

    「せきにん、て?」

    「蘭。……結婚、しよう」

     私の中で。
     この瞬間から時が動かないでほしい、そんなエゴイズムが走る。
     今、……今、なんて言ったの?

    「新一、……私、……」

    「高校卒業してからになるけどさ、……ずっと、一生……責任を取らせてくれねーかな……オメーを、ずっと……守りたいんだ……」


    96: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)02:12:34 ID:LjkqVwhwX


     私は涙を拭って。
     ちょっとだけ、わざとむくれて見せる。

    「それって責任感から? ……私のこと、単に、同情してるだけ、とか」

    「バーロ! ちげーよ! なら逆に言うけどな、オメーが嫌がったって俺は蘭のそばに居たいんだ!」

    「うん、……、うん、新一、あのね、私、私が、新一のこと嫌になることなんて、絶対、ないから、……ずっと一緒に居て。一生、……ううん、永遠、に」

    「……ああ。生まれ変わったって、必ず蘭のこと見つけ出して、一緒に居てやるよ……」

     新一を涙目で見つめる。
     唇が近づいてくる。
     私はそっと目を閉じる。
     新一の唇の温度を感じそうになった瞬間……
     いきなりその体温は消え失せた。
     少し待ってみたけど、来ない。
     あれ? と思って目を開けると新一がいなかった。


    97: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)02:13:41 ID:LjkqVwhwX


    「し、新一?」

    「ちっくしょー……」

     足元から懐かしい子供の声。
     驚いて下を見ると、私とずっと過ごしてきたあの小さな子がそこにいた。

    「『私の人生における最高傑作』じゃなかったのかよ……。なんでまたコナンになってんだよ……」

     思わず目をぱちくりさせてしまう。
     見ているとコナン君……新一はブカブカの服から慌てて携帯電話を探して、すごい勢いでどこかに電話し始めた。
     少しの間があって。

    「灰原!!」

     新一は、どうやら哀ちゃんに抗議を入れたらしかった。
     新一の怒号は続く。

    「また戻ったのねじゃねーだろ、呑気過ぎんだよバーロ! 何なんだよこれ! ……、……。いや、うん、まあ、それはあるかも知れねーけど……うん、……」

     それからしばらくして。
     新一は観念したように言った。

    「……わあったよ。……ああ、取り敢えず明日そっちに行く。うん、……うん。……ああ、すまねぇな、……それじゃまた明日」

    「ど、どうしたの?」


    98: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)02:15:21 ID:LjkqVwhwX


     目を丸くして尋ねると、新一は決まり悪そうに言う。

    「どうやら今まで試作品使い過ぎたから、耐性が相当強くなっちまったんじゃないか、ってさぁ……。調べてやるから明日来いって言われて……。……はー、よりによってこんな場面で……」

     がっくりと肩を落とす新一がなんだか可愛くて、私は思わずその小さな身体を抱き締めてしまった。

    「新一が新一ならどんな姿でもいいよ。それにこのコナン君サイズってすごく可愛いから、こっちの姿も私大好きだし」

    「……バーロ」

     新一が赤くなってるのを見て私は笑う。
     それから。
     どちらともなく顔を近づけて、そのまま唇を重ね合わせた。


    99: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)02:16:42 ID:LjkqVwhwX


    ■■■■■■■■■■

    「満月の、欠けること無き夜空の輝きも美しいですが……十六夜月の不均整に欠けながらも輝く姿、これもまた美しいとは思いませんか? お嬢さん」

    「ええ。人の心が欠けた姿に似ているそれは、とても儚げで美しいわね」

     女史の部屋の窓辺に腰掛け、声を掛ける。
     彼女は灰原哀から宮野志保に戻っていた。
     なるほど、……彼女にはあのクソガキのせいで変装させられたことはあったが、こうして改めて対面すると、アイツの幼馴染とは別の方向性でかなりの美人だ。
     こんな美人を振るなんて勿体無いことするよなぁ、あの名探偵。

    「で。怪盗さんがこんな夜中に何の用かしら? 工藤君ならここには居ないわよ、わかってるでしょうけど」

    「今夜は貴女がお持ちの物に用があって参上したのですよ、お嬢さん」

     ……あの時。
     クソムカつく性格極悪の名探偵は、こう言った。


    100: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)02:17:44 ID:LjkqVwhwX


    「あ……あのさ……。パンドラの関わりについてだけどよ、俺の身体調べるより灰原に聞いた方が早いぜ?」

     と。

    「そもそもあの薬を作ったのは灰原だ。オメーは灰原が薬のデータを破棄しちまったと思い込んでるようだが、俺の予想だとたぶんまだ捨ててねぇ」

     名探偵は何かを思い出しながら淡々と語る。
     俺は取り敢えずその演説を聞くことにする。

    「あの時聞いてただろ? 計画の為に4錠、APTX4869の新作を用意してたってのを。……アイツが新作を作るに当たって保険を掛けないわけがない、灰原の計画が実際遂行されちまったとして、何か起こった時に解毒する為にはデータは破棄出来ない。実際に捨てる必要は無いんだよな、厳重に保管して俺には捨てたって嘘つくだけでいい」

    「ほうほう、なるほど」

    「で、更に。蘭のおかげで気が変わるまでは計画を遂行するつもりでいた、みたいな意味のこと言ってたよな? それから負けを認めて自分も宮野志保に戻ると言った。つまり、俺用の解毒薬はすでに用意してあったとしても灰原用のはこれから用意するはずだ。……ぐずぐずしてると宮野志保に戻ったら、用無しになった新作の薬とデータ、今度こそ破棄しちまうぜ。こんなとこで俺と遊んでていいのか?」

    「なるほど? それが名探偵がここから逃げ出す為に必死に考えた口実ですか?」


    101: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)02:19:03 ID:LjkqVwhwX


    「バーロ、俺はな!」

     名探偵の少し焦った顔を見て俺は密かにほくそ笑む。
     そうして、コイツの鼻先をチョンと突付いてから。
     微笑んで、こう言ってやった。

    「名探偵。組織の壊滅、おめでとうございます」

    「…………」

     呆然とする彼をよそに、俺は更に続ける。

    「それからこれはまだ、ですが一応。高校生の姿にやっと戻れるようですね、先回りで申し上げておきます、おめでとうございます」
    「え、あ、……キッド?」

     まだ呆然とする名探偵を俺はじろりと睨んでやった。
     コイツは事件に関しては冷静だが、事件に関しないことには本当にテンパるタイプなんだな………。
     そんなことを改めて実感して。

    「名探偵、……おめでとうと言われたら? 返す言葉があんだろ?」


    102: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)02:20:19 ID:LjkqVwhwX


     俺のセリフに名探偵はハッと我に帰って、それから照れくさそうに赤くなりながら視線を逸らす。
     口から何か、ノイズのような物が発せられた。

    「…………ぜ」

    「ハイ? よく聞こえませんでしたが?」

     わざとらしく言いながら耳を口元に寄せると。
     いきなり、耳に激しい痛みが走った。

    「あいってええぇぇっ!!」

     ……噛られた。
     なんだこの凶悪生物は。

    「こっ……のクソ探偵!!」

    「ありがとう、今回は助かったぜって言ったんだよバーロー!! こんなことオメー相手じゃ恥ずかしいすぎんだよ、二度も言わせんじゃねー!!」

    「だったら一発で普通の音量で言や良かっただろ! 無意味に恥ずかしがってるから、余計に恥ずかしくなるんだよ! バーロ!」

     すると名探偵はむすっとしてから視線を逸らして息を洩らし。
     言った。

    「……悪かったな、色々と。今回のことはマジで助かった。……ありがとな……祝ってくれて」


    103: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)02:21:30 ID:LjkqVwhwX


     やっと報われた俺の祝いの言葉。
     納まるところに収まったそれは、俺の心に落ち着きを取り戻させる。
     俺は先程から手にしていたリモコンを、名探偵に渡した。

    「どういたしまして。……それでは私はここから去ります故、頑張って脱出してください。あ、ちなみに貴方が脱出なさろうとそうでなかろうと、時間が来たらこの隠れ家は爆破させて頂きます。他人に位置が知られてしまった隠れ家を、いつまでも残してはおけませんので」

    「オメーが勝手に連れて来といて何いっ……ま、待てよキッド! これ外してけ!!」

     ドアを開けて出ていこうとした俺の背中に名探偵が慌てて声を掛けてくる。
     これは、俺からの最後の意地悪だ。
     俺は顔だけを彼に向けて、言う。

    「今リモコン渡しただろう? それに拘束解除のスイッチがあるから自分で頑張って押せよ。あ、ただし電流流すスイッチもあるから間違って押したらあの世行きだな。そんじゃ」

     何も書かれていないボタンが10個ほど並んでいるリモコンを見て名探偵が青ざめる。
     ケケケ、と笑って俺は喚くアイツを無視して部屋を出た。
     ま、電流はとっくに切ってある。
     例えムカつく相手でもハナから殺すつもりはねぇし、これは名探偵に俺がどんだけ怒ったかわからせてやりたかっただけのパフォーマンス。
     感謝の言葉も聞けた。それで充分だ。
     俺はそれから別室のモニタで名探偵が脱出するのを確認してから、屋敷を爆破した。



    「あなたがお作りになった新作の薬。そちらに少々用がございます」


    107: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)02:23:25 ID:LjkqVwhwX


    「…………」

     彼女は黙って口元に手を当て、考え込む。
     ややあってから顔を上げた。

    「悪用されると……困るんだけど。早く処分しておくべきだったわね」

    「ご心配なく。私は元々それと同じ効用を持つ、呪われた宝石パンドラを探しておりまして……その呪いの宝石を叩き壊したいのです。それを探す手掛かりが貴女の薬にある、と睨んでいるのですが……いかがでしょうか。薬は調査の後、念入りに処分させて頂きます」

    「……」

     彼女は黙っている。
     俺の言葉を信用すべきか迷っているようだ。
     やがて。

    「……いいわよ。あなたなら痕跡を残さず、確実に処分してくれるでしょうから」

    「信用頂けて光栄の至り」

     俺の言葉に彼女はくすりと笑うと、鍵が掛けられた机の引き出し……その中に入った小さな金庫を取り出した。


    109: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)02:24:54 ID:LjkqVwhwX


    「……あなたが推測した通り、恐らくこの薬の成分には、そのパンドラ……という宝石に関わりがある成分が入ってる。私はその成分に付いては詳しくないわ。前任者から研究を引き継いだだけだから」

    「なるほど」

     彼女から、金庫から取り出した小箱を受け取ってみればそこにはカプセルが4錠入っている。

    「研究データについては悪いけど渡せない。工藤君がまた江戸川君の姿に戻ってしまったらしいから、……彼の身体を調べないと」

     それは今日の昼間のラブコメを盗聴してたから知っていたのだが、彼女は苦々しい表情を浮かべていた。

    「本当に、……工藤君がちゃんと戻れるようにした、はずなのに……。私が未熟だったから……」

     あの時彼女は「私の人生における最高傑作」と言っていた。
     予測不能な事態とは言え、研究者としてのプライドを砕かれたんだろう。
     どんだけ女泣かせなんだよあの名探偵。
     俺は苦笑してから彼女のそばに歩み寄り、そっと頬にキスを落とした。
     唖然とした彼女が俺を見る。

    「愛した男性の幸せを祈りたい、という貴女の姿勢には心打たれますね」

    「……何の話?」


    110: 1◆rrvt.lGSAU 2014/06/01(日)02:26:33 ID:LjkqVwhwX

     ツラっと彼女は言うが、明らかに動揺している。
     俺は彼女の手を取って軽く口付けてから言った。

    「心の傷を癒やすには新しい恋を始めるのが一番です。良ければ、貴女のお相手が出来そうな人間をご紹介いたしますが?」

    「それがあなただと言うなら、受けてもいいわよ」

     間髪入れずに言うと、クールに笑う彼女。
     魅力的だ、……名探偵が「しがらみがなければ彼女の案に乗っても良かった」そう言った意味がわかる気がする。

    「……残念ながら、私にも少ししがらみがございまして……」

    「そう。なら誰を紹介するつもりだったの?」

    「江古田高校に通う、ロンドン帰りの高校生探偵。工藤探偵ほどではないかも知れませんが……私は彼の能力も評価しています。容姿もなかなかに整った青年です。良ければお膳立ていたしますよ」

     俺の言葉に……女史は目を伏せ、……可笑しそうに笑いを漏らしながら、こう言った。


    「探偵さんは、もう懲り懲りよ……」




    END 


    115: 名無しさん@おーぷん 2014/06/01(日)02:29:38 ID:4hyN9nfYq

    お疲れさま
    いい雰囲気だった


    117: 2014/06/01(日)02:31:20 ID:AWbbxsqia


    よかったよー


    120: 名無しさん@おーぷん 2014/06/01(日)02:51:51 ID:Ci1IoOHjO

    何これめちゃめちゃ面白かった!乙!!


    121: 名無しさん@おーぷん 2014/06/01(日)03:00:00 ID:TW9XTcdu1

    これは良かった名作乙


    122: 名無しさん@おーぷん 2014/06/01(日)03:24:55 ID:MPRN0LfMS


    原作にありそう
    脳内再生余裕だった


    引用元: 「工藤新一は、消えろ」

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    コメント

    1. 以下、SS宝庫がry-

      雰囲気すき
    2. 以下、SS宝庫がry-

      おっもしろかったな
      白馬探はアツい

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