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    勇者「僕は魔王を殺せない」Part1

    1: ◆AYcToR0oTg 2014/11/23(日) 23:25:20.25 ID:yUmoqkvp0

    ――――少年期の終わり

    幼「ほらユウ! 早く来ないと置いてっちゃうんだから!」

    勇「待ってよオサナ! ……はあ、もう。一人でどんどん進まないでほしいな」

    ?『……者よ』

    勇「?」

    ?『勇者よ』

    勇「何だろ。女の人の声? 誰かいるの?」

    ?『あなたには、私の力を託します』

    幼「ユウってば! いつまでそんなところにいるの!」

    ?『来たるべき災いに、あなたが前へ進めるように』

    勇「オサナ、何か変な声がしない?」

    ?『そして人類が、大きな一歩を踏み出すために』

    幼「何それ。あたしには聞こえないけど」

    ?『それでは、またいつか。私の勇者』

    勇「あ、聞こえなくなった」

    幼「空耳だったんじゃないの」

    勇「そうかなあ」

    幼「それより早く行くわよ。ユウのおじさんが戻るまでに、ぜったい風の花を見つけるんだから!」

    勇「父さんは開拓に行ってるんだし、そんなすぐ戻らないよ。のんびり探せばいいじゃないか」

    幼「い、や、よ! ああもう、ユウのおじさんの小馬鹿にした顔が今でも忘れられないわ!」

    勇「僕としては、オサナを焚きつけていった父さんが恨めしくて仕方ないよ」


    一六歳の誕生日まであと半年を迎えたこの日。
    神託の意味がわからなかった勇者は、最後の平穏を過ごしていた。
    翌日。
    突如として現れた魔王により、開拓地は壊滅的被害を受ける。
    勇者の住む村までその情報が伝わったのは、ずっと先のことだった。

    SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1416752710



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    2: ◆AYcToR0oTg 2014/11/23(日) 23:26:54.78 ID:yUmoqkvp0

        ◇王城

    南の王「なるほど。それが女神の加護か」

    勇者(神託を受けた日から、少し意識するだけで作れるようになったこれが、女神の加護……)

    勇者(……父さん。今はどこにいるんだよ。僕が勇者になったって時にさ)

    南の王「伝承にはこうある。魔王現る時、勇者もまた選ばれる」

    南の王「勇者は女神の似姿に守られ、必ずや魔王を滅ぼす、とな」

    勇者「…………」

    南の王「だが歴史上、勇者が無事に魔王を討伐して帰ったことはない」

    南の王「それでもお前は、魔王の討伐に望む覚悟があるか」

    勇者「はい」

    勇者(開拓地にいた人は、ほとんど見つかっていない。死体さえないんだ)

    勇者「僕は必ずや、魔王を討ち滅ぼす所存です」

    勇者(なら、まだわからない。父さんはどこかで生きている。きっと)

    南の王「…………よく言った、勇者よ。ならば私は、王として助力を惜しまない」

    勇者「ありがとうございます」


    3: ◆AYcToR0oTg 2014/11/23(日) 23:27:53.46 ID:yUmoqkvp0

    南の王「お前はまだ若い。旅の仕方や戦いの作法も知らないだろう」

    南の王「全ては部下に任せてある。これからのことを聞くといい」

    南の王「期待しているぞ、勇者よ」

    勇者「はい」



    部下「勇者様には、これから半年ほど城に留まっていただきます」

    勇者「そんなにですか?」

    部下「勇者様は希望なのです。みすみす失うわけにはいきません」

    部下「騎士団の方から教わることは多いでしょう。急いては事を仕損じますよ」

    勇者「……ええ、わかっています」

    勇者「僕はまだ弱い。着実に力をつけないと」


    4: ◆AYcToR0oTg 2014/11/23(日) 23:28:49.31 ID:yUmoqkvp0

    ――――旅立ち

        ◇半年後

    勇者「お世話になりました」

    騎士1「はは、立派な男の顔になりやがったな」

    騎士2「何を言うか、勇者様に失礼だろう」

    勇者「いいですよ。騎士1さんや団長さんには勝てないままでしたからね」

    騎士1「俺を超えるのはもうすぐだったと思うけどな」

    騎士2「それに勇者様なら、魔法を使えば今でも騎士1くらい倒せますよ」

    騎士1「あん? 何か言ったかこの地震膝やろう」

    騎士2「大口叩きだと言っているんだ、靴下でも洗ってきたらどうだ?」

    勇者「僕を見送る時くらい、喧嘩しないでくれませんか?」

    団長「全くだな」ゴツン

    騎士1・2「痛っ」

    団長「勇者様の門出に泥を塗るな。騎士団の恥になる」


    5: ◆AYcToR0oTg 2014/11/23(日) 23:30:18.78 ID:yUmoqkvp0

    勇者「……団長。これまでありがとうございました」

    団長「そうかしこまらないでもらいたいな。勇者でなければ、ぜひ騎士団に欲しい逸材でしたよ」

    騎士1「おいおいすげえな、鬼の団長が褒めてるぜ」

    騎士2「明日は地面から槍が生えるかもしれないな」

    団長「お前らは今日から鎧を抱いて寝ろ」

    勇者(昔馴染みなだけあって、三人は相変わらず仲いいな)

    勇者(……幼馴染、か)

    団長「さて勇者様。お見送りといきたいところですが、ここでお別れとしましょう」

    勇者「かまいません。騎士団にも仕事があるでしょうから」

    団長「そうではなく。北の門で勇者様を待つお人がいます。会っていかれてはどうでしょう」

    勇者「待ち人ですか? 誰だろ……城下町にそこまで親しい人はいないけど」

    団長「行けばわかりますよ」


    騎士1「で、団長さんよ、あの小僧を待ってるのは誰だ」

    騎士2「アホウかお前は。そんなの女に決まってるだろう」

    騎士1「ははん、最後のお見送りか。健気なもんだねえ」

    団長「待っているのは確かに女だが、見送りではない」

    騎士2「は? どういうことです?」

    団長「健気な女がお淑やかとは限らない。そういう話だ」


    6: ◆AYcToR0oTg 2014/11/23(日) 23:31:41.36 ID:yUmoqkvp0

        ◇北の門

    勇者(あの人かな。鎧つけた女の人……長い橙色のくせっ毛? まさか)

    勇者「……オサナ?」

    幼「久しぶり。元気そうね、勇者さま」

    勇者「様なんてつけないでよ。僕はそんなに偉くない」

    幼「優男なのは変わんなかったのね。騎士団で揉まれて雄々しくなるかと思った」

    勇者「性格なんて簡単に変わらないよ。それよりどうしてここに?」

    勇者「というか、その格好は何?」

    幼「見てわからない?」

    幼「あたしも一緒に行くわよ、魔王の討伐に」

    勇者「言うと思った」

    幼「ユウの目的はおじさんを探すことでしょ」

    勇者「……否定はしないよ。でもそれだけじゃない」

    幼「あたし、おじさんには言ってやりたいことが沢山あるもの。だから、行くわ」

    勇者「連れていけないよ。ちょっと鎧つけただけで、戦えるわけもないのに」

    幼「村で剣術を習ってた時は、あたしの方が強かったわよね?」

    勇者「村を出てから半年間、騎士団でみっちりしごかれたんだよ。もうオサナにだって負けない」

    幼「なら、強くなったユウに負けないくらい強ければいいわよね?」

    幼「外に出ましょ。私の力を見せてあげるから」


    7: ◆AYcToR0oTg 2014/11/23(日) 23:32:45.68 ID:yUmoqkvp0

        ◇壁外

    勇者(イヤな予感がする。オサナの思い通りになってしまう予感が)

    勇者「力を見せるってどうするつもり? 僕と腕試しでもするの?」

    幼「それでもいいけど、近頃は魔物も増えてきてるし、魔物を相手にするわ」

    勇者「この辺りに出るのってトゲネコとかだよ。武器さえあれば誰でも倒せる」

    幼「ここ最近、一角獣の群れが近くにいるそうよ。騎士団で聞かなかった?」

    勇者「……本当に?」

    幼「まずは一角獣を見つけましょ。あたしが力不足だっていうなら、その時は諦める」

    幼「でもね、勇者はあたしを置いていくことなんてできないわ」

    魔剣士「この半年、努力したのは勇者だけじゃないんだから」

    勇者「魔剣士、ってことなら魔法を使えるのかな」

    魔剣士「ええ、回復魔法ならちょっとだけ。どう? 旅のお供に最適でしょ」

    勇者「回復魔法なら僕にも使えるよ。攻撃魔法も少しなら」

    魔剣士「あらそう、残念。でも魔法で売り込むつもりはないの、別にいいわ」

    勇者(本当に力で証明するつもりなんだ……参ったな)


    8: ◆AYcToR0oTg 2014/11/23(日) 23:33:41.74 ID:yUmoqkvp0

    魔剣士「あ、トゲネコ」

    トゲネコA・B「フシャーっ」

    魔剣士「やっぱり可愛いけど、トゲがあるから触れないのよね」

    勇者「もとは猫だけあって愛くるしいしね。魔王がいなきゃ、猫のままでいられたのに」

    魔剣士「それじゃ、あたしは右のトゲネコを相手するわね」

    勇者「わかった。じゃあ僕が先に行くよ。油断しないようにね、魔剣士」

    勇者(まず負けはしないけど……慎重に一撃!)

    トゲネコA「ニャフっ」

    勇者(浅かった。追撃っ)

    トゲネコA「にゃ~……」バタリ

    勇者「魔剣士は、っと」


    魔剣士「はあーっ」

    トゲネコB「ウニャっ!」バタリ


    勇者(……一撃?)


    9: ◆AYcToR0oTg 2014/11/23(日) 23:34:40.69 ID:yUmoqkvp0

    魔剣士「はい、こっちも終わり。腕ならしには物足りないところね」

    勇者「あのさ。今の剣筋、すごく見覚えがあるんだけど」

    魔剣士「それはそうでしょうね。騎士団長の奥さんに住み込みで教わったから」

    勇者(詐欺だ)

    魔剣士「あたし、才能あるみたいなのよね。団長さんから騎士団に入らないか誘われたもの」

    勇者「僕だってそうだよ」

    魔剣士「勇者も? 団長候補を二人も引き込もうとするなんて、したたかな人ね」

    勇者「……僕はそこまで言われてない」

    魔剣士「え?」

    勇者「…………」
    魔剣士「…………」

    魔剣士「先に進みましょうか。次の町までは二日くらいかかるんだし、今日は野宿だもの」

    勇者「このやり場のない気持ち、どうしてくれよう」


    10: ◆AYcToR0oTg 2014/11/23(日) 23:35:45.62 ID:yUmoqkvp0

        ◇翌日

    勇者「いたね」

    魔剣士「ええ」

    勇者(一角獣……角に毒があったはず)

    勇者「魔剣士、解毒<キヨム>は使える?」

    魔剣士「まだ回復<イエル>しか使えないの。勇者は?」

    勇者「僕も同じ。町は近いけど、毒をもらわないよう気をつけて」

    魔剣士「あら、心配してくれるの? あたしが負けるほうがいいんじゃなかった?」

    勇者「魔剣士が怪我していいなんて思うわけないでしょ」

    魔剣士「……そういうところが甘いのよ、勇者は」

    勇者「自覚してる。だから魔剣士を追い払えないんだし」

    魔剣士「いいじゃない、損はさせないわ」

    魔剣士「それじゃ、行きましょうか」


    11: ◆AYcToR0oTg 2014/11/23(日) 23:36:58.42 ID:yUmoqkvp0

    一角獣A「リーッ!」

    勇者「まずは角を折っ、て!」

    一角獣A「リリっ!?」

    勇者「それから首を落とす!」

    魔剣士「やあっ!」

    一角獣B「リぎゃっ」

    勇者(魔剣士は一撃で倒してるけど)

    勇者「毒をもらいたくはないし、無理せずやらないと」



    魔剣士「勇者! そっち行った!」

    勇者「わかった。氷魔<シャーリ>!」

    一角獣M「リぐっ」

    勇者「ふー……」

    魔剣士「囲まれるとさすがに大変だったわね」

    勇者「うん。一人だったら危なかったな」


    12: ◆AYcToR0oTg 2014/11/23(日) 23:37:55.40 ID:yUmoqkvp0

    魔剣士「へえ?」ニヤニヤ

    勇者「…………別に、大したことないよこれくらい」

    魔剣士「そりゃあ? 勇者一人でも倒せたでしょうけど?」

    魔剣士「でも、あたしがいるだけでずいぶん楽だったと思うのよねー?」

    勇者(否定できないのが、ね)

    魔剣士「これでも勇者は、まだあたしを置いていこうとする?」

    勇者「今すぐにでも村に帰ってほしい」

    魔剣士「…………そう」

    勇者「――――本音を言えば、一緒にいたい」

    魔剣士「ほんと?」

    勇者「しょげるのはやめてよ。その顔が苦手なの、知ってるでしょ」

    魔剣士「だって置いてかれたくないんだもの。あたし、待ってるだけの女になれないわ」

    勇者「がんこもの」
    魔剣士「わからずや」

    勇者「これからもよろしく」
    魔剣士「ええ。一緒にがんばりましょ?」


    13: ◆AYcToR0oTg 2014/11/23(日) 23:39:30.36 ID:yUmoqkvp0

    ――――青い覚悟の果実

        ◇町長宅

    町長「ようこそおいでくださりました、勇者様」

    勇者「僕はまだ何もなせていませんから、そこまで立てて頂かなくても……」

    町長「いえいえそんな。人々のために立ち上がった勇者様を無下にはできませんよ」

    町長「魔王が現れてから半年。野生の動物は魔物になり、被害は増える一方です」

    勇者「…………」

    町長「そんな中で魔王を討とうと志した勇者様を、歓迎せずにはいられません」

    魔剣士(勇者ってこういう持ち上げてくる人が苦手よね。誰にでも腰が低いし)

    町長「私たちにできるのは、勇者様に気持ちよく旅立って頂くことだけですからね」

    勇者「ありがとうございます。でしたら……あー」

    魔剣士(あ、適度におねだりして話を終わらせようとしてる)

    勇者「この周辺の地図をいただけないでしょうか。小さいものでかまいません」

    町長「よろしいのですか? 何なら四大陸の地図も用意しますが」

    勇者「歩きながら、魔物の住処があったら地図に書き込みたいのです。ですから、小さいものを」

    勇者「旅の先々で地図を手に入れた方が、細かい部分までわかりますからね」

    町長「なるほど、そういうことでしたら。すぐに用意させます。少々お待ちを」

    勇者「……はあ」

    魔剣士「町長が席を立ったとたん、溜息をついてどうしたの?」

    勇者「わかってるでしょ。意地悪を言わないでよ」

    魔剣士「勇者って甘やかされるのが苦手よね。変なの」

    勇者「小さい頃からずっと、誰かさんの面倒を見てたせいじゃないかな」


    14: ◆AYcToR0oTg 2014/11/23(日) 23:40:58.64 ID:yUmoqkvp0

        ◇宿

    魔剣士「勇者ー? 休んでるのもいいけど、旅の支度も済ませなさいよねー」

    勇者「わかってる。荷物は広げてないし、すぐ終わるから大丈夫だよ」

    町長『魔王を討とうと志した勇者様を……』

    勇者(使命を忘れたわけじゃない。でも僕は、まず第一に父さんの無事を確かめたい)

    勇者「…………」ボフッ

    勇者(手放しに褒められる勇者ではないよな)

    魔剣士「…………えい」

    勇者「うわっ! ちょっと、乗っからないでよ魔剣士!」

    魔剣士「難しい顔して何を悩んでるのよ」

    勇者「別に。なんでもないよ」

    魔剣士「嘘。あたしを騙せると思う?」

    勇者「騙されてくれないか期待してる」

    魔剣士「いいじゃない、魔王のことがついでだって」

    魔剣士「おじさんを見つけたいって勇者の気持ちを誰が否定できるの?」


    15: ◆AYcToR0oTg 2014/11/23(日) 23:42:10.63 ID:yUmoqkvp0

    勇者「でも、皆が勇者に期待しているのは」

    魔剣士「関係ないわよ。皆に望まれたからって勇者は喜んで死ねる?」

    勇者「何さ、その極端な意見」

    魔剣士「誰かを裏切ってるわけじゃないわ。ただ優先順位が違うだけ」

    勇者「魔王を後回しにしたら怒られないかな」

    魔剣士「怒られるかもしれないわね。だからこっそり探しましょうよ」

    勇者「……魔剣士は、どうしてこんな子に育っちゃったのかな」

    魔剣士「小さい頃からずっと、誰かさんに甘やかされたからじゃないかしら」

    勇者「失敗だったね」

    魔剣士「ええ」

    勇者「ところで、いつまで僕に乗っかっているつもり?」

    魔剣士「///」バッ

    魔剣士「ち、違うんだから! これは、その……勇者が! 勇者がいじけてるからいけないの!」

    勇者(優先順位、か。歴代の勇者もきっと、いろんな理由を抱えて旅立ったんだろうな)

    勇者(八人目の僕も、これまでの勇者と変わらない、かな?)


    16: ◆AYcToR0oTg 2014/11/23(日) 23:43:42.96 ID:yUmoqkvp0

    ――――閑話1

        ◇街道

    勇者「魔剣士っ……くそ、氷魔<シャーリ>!」

    ゲコッタB・C「ギギっ?」

    魔剣士「動きが止まった! たあっ!」



    勇者「うーん」

    魔剣士「魔物に勝ったばかりなのに、どうして難しい顔してるのよ」

    勇者「ずっと言おうと思ってたんだけど、前に出過ぎてないかな」

    魔剣士「え、あたし?」

    勇者「この辺りの魔物なら問題はないけどさ。魔物が強くなった後が心配だよ」

    魔剣士「あたしだって敵の強さには気をつけてるわよ。大丈夫だと確信したから前に出てるの」

    勇者「だとしてもだよ。前に出れば、それだけ魔物を引きつけるんだからさ」

    魔剣士「あたしの方が勇者より強いんだもの、そうするのが自然でしょ?」

    勇者「待って、聞き捨てならない。そりゃあ攻撃力は魔剣士の方が上だけどさ」

    勇者「まるで僕の方が弱いみたいに言わなかった?」

    魔剣士「みたいに、じゃないわ。だってあたしの方が強いでしょ?」

    勇者「魔剣士の目は節穴みたいだ。僕の方が弱いだって?」

    魔剣士「前に出過ぎるって勇者は言うけど。勇者の踏み込みが甘いからそんな誤解するのよ」

    勇者「一度話し合う必要があるみたいだね」

    魔剣士「必要なのは話し合いじゃないわ。果たし合い、でしょ?」

    勇者「受けて立つよ」

    魔剣士「泣かせてあげる」


    17: ◆AYcToR0oTg 2014/11/23(日) 23:45:00.47 ID:yUmoqkvp0

        ◆見張り台

    見張り1「ん? おい、あれ」

    見張り2「なんだあいつら、あんなところで木の剣を向け合って」

    見張り1「ばか、あいつらなんて呼ぶな。一人は勇者様だぞ」

    見張り2「そんなわけ……勇者様だ。南王家の紋章ついたマントしてる」

    見張り1「だろ。もう一人は、勇者様と一緒に旅してるっつう噂の剣士か?」

    見張り2「模擬戦ってわけか。面白い見物になりそうだな」

    見張り1「のんきなこと言ってる場合か!」

    見張り1「さっさと人を集めろ。どちらが勝つかでいい賭け事になるぞ?」


    18: ◆AYcToR0oTg 2014/11/23(日) 23:46:12.63 ID:yUmoqkvp0

        ◇壁外

    魔剣士「木剣での一騎打ちよ」

    勇者「魔法は使っても?」

    魔剣士「ご自由にどうぞ。負ける気がしないしね」

    勇者「言ったね。あとでズルだとか言い出さないでよ」

    魔剣士「そんな必要ないわ。勝つのはあたしだもの」

    勇者 ジリッ
    魔剣士 ジリッ

    魔剣士「やあっ!」


    19: ◆AYcToR0oTg 2014/11/23(日) 23:47:00.21 ID:yUmoqkvp0

        ◆壁外 門前

    見張り1「初手は剣士さんか」

      勇者「氷魔<シャーリ>!」

    見張り2「あらら、勇者様の魔法は大外れだ」

      勇者「くそ、氷魔<シャーリ>!」

    見張り2「また外れか? 勇者様もまだまだ力不足だな」

    見張り1「違う、剣士さんの動きを見ればわかるだろ」

    見張り2「んー? ああなるほど、左右に動かれないようにって氷の壁を作ったのか」

    見張り1「だが膝の高さくらいしかないし、あれなら軽く超えられるだろ」

    男8「俺は勇者様に賭けるぞ」

    少女4「剣士さまが勝つと思うなー」

    童女7「えー? ぜったい勇者さまだよー」

    見張り1「動きを遮られてることに、気づきさえすれば、な」


    20: ◆AYcToR0oTg 2014/11/23(日) 23:48:02.22 ID:yUmoqkvp0

        ◇壁外

    魔剣士(手堅い戦法。崩すのはちょっと骨が折れるかしら)

    勇者(団長候補ってお世辞じゃないみたいだ。足を止めて受けるのは厳しいかな)

    魔剣士「こ、のぉ! やっ! ……って、うわ!?」

    勇者(氷に足を取られた! 今ならっ)

    魔剣士「……なんちゃって」ピタ

    勇者「なっ?」

    勇者(上体は崩れたままで……! こ、のっ)

    魔剣士「はあっ!」バシッ

    勇者「くっ」カラン

    魔剣士(木剣を落とした? ……違う、手応えが浅い! 自分から離した!)

    勇者(これだけ踏み込めば剣は振れない! 手首をつかんで、足を払えば……!)

    魔剣士「きゃっ」

    勇者「僕の勝ち、かな。この距離で魔法を使われたら、魔剣士でも逃げられないよね」


    21: ◆AYcToR0oTg 2014/11/23(日) 23:49:07.71 ID:yUmoqkvp0

        ◆壁外 門前

    主婦1「どうなったの? 勇者様の勝ち?」

    爺さん5「なるほどの。剣の勝負だと思ってた剣士さんの負けじゃね」

    少女2「あれ? もう終わったのに、あの二人動かないね」

    童女3「おケガしたのかなあ?」

    見張り2「見つめ合って……おいおい、これはもしかするんじゃないか!」

    男3「だよなだよな! ここで行かなきゃ男じゃねえよ!」

    見張り1「はいはい、勇者様の勝ちー。配当を払うぞー」

    町長「いいや! 勝負はまだ終わってない!」

    見張り1「何を言い出すんだ町長さん。勇者様の勝ちさ、見てただろ」

    町長妻「あなたってば、自分が剣士様に賭けたからって」

    町長「違わい! ここからは男女の勝負だ! ここで動けなければ、その時は勇者様の負けだろう!」


    22: ◆AYcToR0oTg 2014/11/23(日) 23:50:18.06 ID:yUmoqkvp0

        ◇壁外

    勇者「…………」
    魔剣士「…………」

    勇者(気まずい……何か減らず口を叩くかと待ってたのに、どうして黙ってるんだよ。起きあがる機会を見失った……)

    魔剣士「――――ユウ」

    勇者「な、なに?」

    魔剣士「その、ね? いいよ」

    勇者(いやいや何がいいの? というかどうして目をつぶるのさ?)

    勇者「オサナ、その、僕は」

    勇者(ああもう、なんなんだよこれ! 僕にどうしろっていうんだ! というかいいよって、つまりそういうこと?)

    魔剣士(うわあ、うわあ! あたしってば何を言ったのあたしのバカ! 目をつぶるとかあからさますぎる!)

    勇者(でもその場の雰囲気に流されてってのはどうなんだろ。僕の気持ちは……違う、僕の気持ちは別としてっ)

    魔剣士(うぅ、怖い。雰囲気って怖いよっ。だって、勇者の顔をあんなに近くで見たの、すっごく久しぶりなんだよ?)

    勇者(こういうのって、もっとこう、段階を踏みながら経験するものだよ。知らないけどきっとそう。だから)

    魔剣士(ドキッとするじゃん。きゅんってなるじゃん。だからつい……でもだからってさあ!)


    23: ◆AYcToR0oTg 2014/11/23(日) 23:51:12.22 ID:yUmoqkvp0

    勇者(…………それにしても、さっきから町の方がうるさいな。なんなんだよもう!)

    魔剣士(というか勇者、何もしてこない? こっそり目を開けて……何でそっぽ向いてるのよ、そっちに何かあるわけ?)

    勇者・魔剣士「あ」

        ◆壁外 門前

    見張り2「やばい、かな。こっちに気づかれた」

    町長「だから言ってるだろ! これは男らしくなかった勇者様の負けだ!」

    見張り1「しつこいな! あんたが賭けたのは端金だろ! 町長なんだからケチケチするな!」

    見張り2「ま、こんだけ騒いでりゃ当たり前か」


    しぶしぶ町に宿泊した勇者たちだが、翌日、日が昇る前にはこそこそ町を出たという。


    24: ◆AYcToR0oTg 2014/11/23(日) 23:52:20.97 ID:yUmoqkvp0

    ――――閑話2

    勇者「そういえばさ」ザシュ

    トゲネコA「ニャフッ!?」

    魔剣士「なあに?」ズバッ

    トゲネコB「ニャグッ!?」

    勇者「その黒い指輪、いったいどうしたの?」

    魔剣士「これ? 騎士団長の奥さんからもらったのよ。悪夢の指輪っていうの」

    勇者「へえ。なんだか呪われてそうな名前だね」

    魔剣士「呪われてるわよ? 力が強くなる代わりに、体力が回復しなくなるらしいの」

    勇者「へ? 魔剣士はなんでそんなものを装備してるの?」

    魔剣士「あー、言ってなかったかしら。あたしって神性が高いから、ちょっとした呪いなら無効にできるのよ」

    勇者「……そんなことができるものなの? 初めて聞いたんだけど」

    魔剣士「ときどきいるみたいよ、あたしみたいな人」

    勇者「魔剣士はさらっと言ってるけど、それって凄いことだよね」

    魔剣士「あたしは実感わかないけどね。それこそ、世界に一人しかいない勇者が目の前にいるんだし」


    25: ◆AYcToR0oTg 2014/11/23(日) 23:53:38.42 ID:yUmoqkvp0

    勇者「僕は自分が凄いやつだとは思ってないよ」

    魔剣士「あたしだって同じよ。だからありがたがられても困るの」

    魔剣士「それに、ずっと昔にいた司教さんなんて、装備の呪いを消すことができたらしいわよ」

    勇者「神性が高いおかげで?」

    魔剣士「そう。それに比べたら、呪いを無効にするだけのあたしは大したことないじゃない?」

    勇者「同意はしかねる。でも、神性が高いおかげで回復魔法を使えるんだし、助かってるよ」

    魔剣士「勇者も回復<イエル>が使えるでしょ」

    勇者「そうだけど、一人だと魔力がもたないかな」

    魔剣士「回復<イエル>だと回数がかさむものね。高回復<ハイト・イエル>を覚えられるのはいつかしら」

    勇者「僕は当分先そうだよ。魔剣士は?」

    魔剣士「さっぱり。神性が高くても、やっぱり本職じゃないとすぐ使えるようにならないわよね」

    勇者「本職、か。魔剣士は仲間を増やすことをどう思う?」

    魔剣士「もう何人かいれば楽になるとは思うわよ? 生還率〇%の勇者様と一緒に冒険してくれる人がいるならね?」

    勇者「…………そこだよね、やっぱり。僕は死ぬつもりないけど、歴史が色々と物語ってるし」

    魔剣士「ま、悩んだって仕方ないわよ。仲間って巡り合わせだもの。その日が来るまでは、二人での旅を楽しみましょ?」


    26: ◆AYcToR0oTg 2014/11/23(日) 23:54:45.55 ID:yUmoqkvp0

    ――――血塗りの魔剣

        ◇飲食店

    魔剣士「ねえ勇者、噂は聞いた?」

    勇者「たぶん聞いてないよ。どんな?」

    魔剣士「なんでもね、この町に住んでる貴族の家って、魔剣が家宝らしいのよ」

    勇者「ふーん」

    魔剣士「ちょっと、なんで興味なさげなのよ」

    勇者「家宝なんでしょ? 僕たちとはご縁がなさそうだし」

    魔剣士「そんなのわからないじゃない! 『美しきお嬢さん、この魔剣を装備して下さいな』って言われるかもでしょっ」

    勇者「それ、貴族は魔剣士のことを呪おうとしてるよね。何をやらかしたの?」

    魔剣士「もうっ、どうしてそんなことばかり言うかなあっ。想像するくらいはいいでしょ!」

    勇者「ごめん、魔剣士が楽しそうだったから、つい」

    店主「料理お待ち。……けど旅人さん、あまり魔剣の話をしねえでくれないか。客が逃げちまうよ」

    魔剣士「あら、ずいぶんと信心深いのね。魔剣なんて言っても、呪われているだけの剣じゃない」


    27: ◆AYcToR0oTg 2014/11/23(日) 23:55:45.89 ID:yUmoqkvp0

    店主「そうでもねえよ。魔剣は人の生き血を啜るらしくてな、歴代の当主は不審な死に方ばっかりだぜ」

    勇者「偶然じゃないかなあ」

    店主「どうだかな。ま、魔剣のしわざにしろ偶然にしろ、噂のせいでろくな奴を雇えないらしいぞ」

    店主「チンピラみたいなのが屋敷に大勢いるんだ、貴族として示しがつかねえだろうさ」

    魔剣士「…………ねえねえ勇者。だったらなおのこと、あたしに魔剣を譲ってくれてもいいと思わない?」

    勇者「思わない。実害が出てるのに手放さないなら、よっぽど大切なものなんだろうし」

    魔剣士「もう! 少しは話を合わせてくれてもいいでしょっ」

    勇者「おじさん、この煮魚を一つ追加で」

    店主「へい毎度」

    魔剣士(今晩、寝てる時にベッドから落っことしてやるんだから)


    28: ◆AYcToR0oTg 2014/11/23(日) 23:56:48.76 ID:yUmoqkvp0

        ◇夜

    勇者「そろそろ機嫌を直していただけると嬉しいのですが」

    魔剣士「つーん」

    勇者「悪かったよ。魔剣の話、まじめに取り合わなくて」

    魔剣士「……あたしだって、魔剣を本当にもらえるとは思ってないわ。でも、一日中からかわれるのは許せないの」

    勇者「ごめん。どうしてかな、魔剣士に意地悪しくたくなってさ」

    魔剣士「反省、してるの?」

    勇者「してます」

    魔剣士「なら、もういい。ちょっとだけ許してあげるわ」

    勇者「ちょっとだけ?」

    魔剣士「何よ、不満?」

    勇者「そんなことはないよ」

    魔剣士「ふんだ、知らない」

    勇者(二、三日は引きずるかもな。どうして僕、魔剣士のことからかっちゃったんだろ)


    29: ◆AYcToR0oTg 2014/11/23(日) 23:57:49.59 ID:yUmoqkvp0

    コンコン

    ?「失礼、こちらは勇者様の部屋で間違いありませんかな?」

    勇者「どなたでしょうか」

    当主「この町に住む貴族の当主と言います。魔剣のことでお話がありまして」

    魔剣士「あたしたちは勇者です! 今扉を開けますね!」

    勇者「本人の前で身分詐称された」

    ガチャリ

    執事「…………」

    当主「夜分遅くの来訪ですが、できれば気を悪くしないで頂きたい」

    当主「勇者様の滞在を今しがた知り、取るものも取りあえず駆けつけた次第でしてな」

    勇者「構いませんよ。それだけ急ぎの御用だったんでしょう?」

    当主「いえいえ。勇者様は早朝に町を出発されることもあると耳に挟んだので、その前にお聞かせしたかっただけなのです」

    勇者「…………」
    魔剣士「…………」

    当主「おや、どうかなさいましたかな」

    魔剣士「大丈夫よ。それより、魔剣の話って何かしら?」


    30: ◆AYcToR0oTg 2014/11/23(日) 23:59:29.55 ID:yUmoqkvp0

    当主「率直に言いますが、場合によっては魔剣を勇者様たちに託したいのです」

    執事「!? 当主様、それは!」

    当主「下がれ執事」

    執事「ですがっ」

    勇者「そちらの方は?」

    当主「私の屋敷で執事をさせています。が、此度の話には関係がありません」

    執事「…………」

    魔剣士「……えっと、話を戻すけど。あたしたちに魔剣を譲る、それは条件付き、ということよね?」

    当主「条件だなどとんでもない!」

    当主「勘違いをさせてしまいましたな。単純に、魔剣は強力な呪いがかけられているため、ということです」

    勇者「呪いを無効にできるだけの神性があるなら、ということですね」

    当主「ええ。勇者様の旅を悪路へと変えるようなことがあっては、祖先に顔を向けることもできません」

    魔剣士「でも、家宝なのよね?」

    当主「だからこそ、この執事も先ほど止めに入ったのでしょう。が、屋敷に死蔵しては魔剣の真価が損なわれましょう」

    勇者「そういうお話でしたら、謹んでお受けしますよ」


    31: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 00:00:44.51 ID:doqYFDeG0

    当主「ありがとうございます、勇者様。でしたら、明日、旅に出る前に立ち寄って頂き――」

    執事「当主様。魔剣を勇者様に渡すには、神性の高い者で運ばねばなりません。手配に時間がかかります」

    当主「ふむ。魔剣を保管してある場所までご足労を願うわけにもいかないか」

    執事「昼までに人員を用意します」

    当主「それでよい。……勇者様、申し訳ありませんが、昼過ぎに屋敷に来て頂けますかな?」

    勇者「構いませんよ。お手数をおかけします」

    魔剣士「必ず行くわ」

    当主「色よい返事をありがとうございます。では、また明日お会いしましょう」

    執事「失礼いたしました」ガチャ、、、バタン

    勇者「話が終わるやいなや帰っていったね。気遣われたかな」

    魔剣士「ふふ。ふっふっふー」

    勇者「……ご機嫌だね」

    魔剣士「だって魔剣よ? あたし、魔剣士だけど武器は鉄の剣だったもの。これで名前負けしなくなるわ」

    勇者「魔剣に恋い焦がれる少女ってどうなんだろうね」

    魔剣士「素直ないい子だと思うけど?」


    32: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 00:01:57.71 ID:doqYFDeG0

        ◇早朝

    勇者「おかしくないかな」

    魔剣士「何が?」

    勇者「昼過ぎに来てほしい、って言われたよね?」

    魔剣士「でも最初は、旅立つ前にってお話だったじゃない」

    勇者「神性が高い人を探すからって話も出たでしょ?」

    魔剣士「でもね、あたし思ったのよ。魔剣のせいで使用人を集めるのにも苦労するのよね?」

    魔剣士「なら、神性の高い人が見つかっても屋敷に来てくれるかは怪しいじゃない?」

    勇者「本音は?」

    魔剣士「お昼までなんて待てない」

    勇者「血塗りの魔剣もここまで思われたら本望だろうね」

    魔剣士「そういう名前なの?」

    勇者「みたいだよ。呪いの詳細までは出回ってなかったんだけどね」

    魔剣士「……なんだ。勇者も魔剣に興味津々だったんじゃない」


    33: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 00:02:44.89 ID:doqYFDeG0

    勇者「僕は興味ないよ。神性は高くないから、きっと装備できないし」

    魔剣士「じゃあどうして魔剣のことを調べたのよ?」

    勇者「魔剣士が気にしてたからだよ」

    魔剣士「そう、だったの?」

    勇者「うん」

    魔剣士「なんていうかその……ありがと」

    勇者「照れないでよ。僕まで恥ずかしくなる」

    パカラッパカラッ

    勇者「……荷馬車か。こんなに早くから働いてるんだね」

    魔剣士「みたいね。あたしたちの村じゃ、教会の朝の鐘が鳴るまで仕事はしないのに」

    勇者「まだ大陸を越えてさえいないけどさ、世界は広いんだなって思うよ」


    34: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 00:03:58.03 ID:doqYFDeG0

    勇者「見えてきた。やっぱり貴族だけあって、屋敷は大きいね」

    魔剣士「どうしてお金のある人って、大きな家を建てちゃうのかしらね」

    勇者「欲しいものがたくさんあって、全部をしまえる家が欲しかったんじゃないかな」

    勇者(近くまで来ると、庭が荒れてるのって目立つんだな)

    魔剣士「どうしよ、ちょっと緊張してきちゃった」

    コンコン

    執事「どなたでしょう?」

    勇者「勇者です。魔剣のことでお伺いしました」

    執事「…………勇者様、ですか? 少々お待ち下さい」

    ガチャリ

    執事「失礼しました。なにぶん、約束は昼過ぎのため、こんなに早くお出でになるとは思わなかったもので」


    35: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 00:04:59.18 ID:doqYFDeG0

    魔剣士「ええ。そのことなんだけど、あたしは神性がとても高いのよ。だから魔剣を運ぶ人が必要なら、あたしが引き受けようかと思うの」

    執事「ですが……そう、あなたは勇者様のお仲間であらせられる。そのような雑事を任せるわけにいきません」

    魔剣士「気にしないで。あたしはただの村娘だもの。だからほら、敬語もきちんと使えないんだし」

    勇者(僕も村にいた普通の少年なんだけどね)

    執事「ですが……わかりづらいかと思いますが、当家にも様々なしがらみがあります。やはりお任せするわけには」

    勇者「……魔剣士」

    魔剣士「なに?」

    勇者「やっぱり出直そう。魔剣士の気持ちはわかるけど、執事さんを困らせるわけにはいかないよ」

    魔剣士「……そう、よね。わかったわ」

    執事「申し訳ありません。では、今のところはお引き取り願えれば」

    ?「その必要はありませんよ」


    36: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 00:06:18.17 ID:doqYFDeG0

    執事「――――奥方様」

    奥方「あなたは仕事熱心ね。けど、勇者様を門前払いしたとあっては、それこそ当家の名折れになりましょう」

    奥方「初めまして、勇者様。当主の妻で奥方と言います。勇者様の御威名は、わたくしたちも聞き及んでおりますよ」

    勇者「いえ、そんな。僕はまだ何もなせていません。名前だけが一人歩きしている状態ですから」

    奥方「あら、謙虚ですのね。魔王を倒さんと志すのだから、どれほどの偉丈夫かと思っておりましたけれど」

    奥方「その慎ましさが大衆に慕われる秘訣でしょうか」

    勇者(魔剣士……助けて)

    魔剣士(勇者なんだからがんばりなさいよ。とは思うけど、かわいそうだものね)

    魔剣士「ごめんなさい、こんな早くに来てしまって。ご迷惑じゃないかしら?」

    奥方「ふふふ、まさか。魔王が現れてから半年余り、主人は勇者様に魔剣を託したいと常々から申しておりましたもの」

    奥方「今もきっと、勇者様がいらっしゃるのを心待ちにしているはずですよ」

    執事「奥方様、勇者様と歓談されてはいかがでしょう。私は当主様を呼んで参ります」

    奥方「いいえ、あなたは下がってかまいませんよ。わたくしが勇者様たちを案内します」

    執事「…………いえ、私も共に向かいます。ご入り用なこともあるかと思いますので」

    奥方「そう? ならお願いしますね」


    37: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 00:07:25.89 ID:doqYFDeG0

        ◇屋敷内

    魔剣士「やっぱり早すぎたかしら……召使いの人とか、誰も働いてないし」

    勇者「教会の朝の鐘が鳴るまでは休んでるんじゃないかな」

    奥方「いえ、本当でしたら掃除をしているはずですよ」

    執事「申し訳ありません、奥方様」

    奥方「あなたの責任ではありません。不誠実な者しか雇えない、当家に問題があるのですから」

    魔剣士「あのー」

    奥方「何でしょう、剣士様」

    魔剣士「こんなことになってるのは、魔剣の風評が原因なのよね? それなのにどうして魔剣を手放さなかったの?」

    奥方「ふふ。家宝だから、というお答えでは不満でしょうか?」

    魔剣士「それだけ価値がある、ということかしら」

    勇者「ちょっと魔剣士」

    奥方「いいのですよ。その疑問はもっともです。ただ、そのお話は当主が語るのが適切でしょう。もう少し不思議がっていらして?」

    魔剣士「ええ、そうするわ」


    38: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 00:08:29.73 ID:doqYFDeG0

    奥方「では主人に声をかけてきますから、少しだけお待ちになっていて」

    ガチャリ

      奥方「あなた、勇者様たちがお見えに……あなた?」

      奥方「変ね、どこにいったのかしら」

      奥方「――――ひっ、いやあああ!」

    勇者・魔剣士「!?」

    執事「勇者様はここでお待ちを。私が見てきます」

    バタン

      執事「奥方様、どうなさいましたか」

      奥方「ち、血が! どういうこと!? もしかして、あの人の身に何か……っ」

      執事「お気を確かにしてください。私が確認します、奥方様はこちらへ」

    ガチャリ

    執事「申し訳ありません勇者様。魔剣の話は後日にして頂けますか」

    勇者「当主さんに何かありましたか?」

    執事「詳しいことは何も。わかっているのは、怪我をされたこと、連れ去られたことの二つだけです」


    39: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 00:09:24.39 ID:doqYFDeG0

    魔剣士「そんな……」

    奥方「うっ、うぅ」

    執事「奥方様、今はお休みください。すぐに旦那様の行方を探します」

    魔剣士(……むっ)

    勇者「当主さんを最後に見たのはいつですか?」

    執事「――――勇者様。今はお相手をしている時間がありません」

    奥方「半時ほど前です……今日は朝から忙しいと言ってらしたから、わたくしはその後別室にいたのですが」

    勇者「わかりました。ありがとうございます」


    40: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 00:10:39.93 ID:doqYFDeG0

        ◇町中

    勇者「魔剣士、ちょっと気になることがあるんだけど」

    魔剣士「あら奇遇ね。あたしもなの」

    勇者「荷馬車のことだね?」
    魔剣士「執事さんのことよね?」

    勇者「……執事さんがどうかした?」

    魔剣士「奥方さんを支えている時の目がいやらしかったの! あれは絶対に何か隠してるわ!」

    勇者「……怪しいかはともかく、屋敷の監視は必要だし、いいかな」

    魔剣士「荷馬車はどういうことなの?」

    勇者「貴族の家の方から来たでしょ。もし連れ去られたばかりなら、荷馬車が怪しいと思って」

    魔剣士「ならすぐに荷馬車を追いましょうよ!」

    勇者「それは僕がやるよ。魔剣士には屋敷を見張っていて欲しいんだ」

    魔剣士「どういうこと?」

    勇者「もしかしたら、当主さんはまだ屋敷の中にいるかもしれない。執事さんを監視しながら、怪しい動きがないか見ていて欲しいんだ」

    魔剣士「わかった、任せて!」

    勇者「無茶はしないで。僕も気をつけるから」

    魔剣士「大丈夫よ。絶対に執事さんの化けの皮をはいでやるわっ」

    勇者「……僕もすぐに合流するから、できるだけ監視につとめてよ?」


    41: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 00:11:48.27 ID:doqYFDeG0

        ◇問屋場

    勇者「すみません、お聞きしたいことが」

    問屋「なんでしょう」

    勇者「今朝早く、貴族の家から荷を受けた馬があると思いますが、積み荷をどこに運んだか教えてほしいんです」

    問屋「……勇者様、そいつは困りますよ。客の依頼をおいそれと教えれば、わたしらの仕事はなくなってしまいます」

    勇者(正攻法だとこうなるよね、やっぱり……嘘は気が進まないんだけど、しょうがないか)

    勇者「ここだけの話にしてもらいたいのですが、積み荷の一つは魔剣です」

    問屋「なんですって?」

    勇者「その呪いが何であれ、名のある魔剣は金になります。使用人の一人が、欲にくらんで横流しを企んだのです」

    問屋「なるほど、あそこの使用人なら……しかしなんてこった、魔剣を運んだ馬、なんて知れたら」

    勇者「そうですね、悪質な噂が立ちかねません。また、貴族の側としても事が表立つのを望んでいません」

    勇者「ですから、内密に教えていただきたいのです。部外者である僕は、仮に責任を押しつけられても、勇者の名を少し汚すだけですから」

    問屋「しかしそれだと、勇者様にどんな得があるので?」


    42: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 00:12:40.68 ID:doqYFDeG0

    勇者(こういう時はどうするんだったかな。商売人相手なら……そう)

    勇者「魔剣を受け取るのは、どこぞの富豪ではなく勇者だ、ということです」

    勇者(利を見せる。無償の善意は不信にしか繋がらない。……でしたよね、団長)

    問屋「なるほど……魔剣というからには、武器としては素晴らしいのでしょう。魔王を倒す一助になる」

    勇者「話が早く助かります。それで、どうでしょう? 教えては頂けませんか?」

    問屋「……条件が一つ。こちらは運んだ事実をもみ消します。それでも良いなら」

    勇者「わかりました。問屋場はこの件に関与していない、勇者の名に誓って証明します」


    43: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 00:13:42.11 ID:doqYFDeG0

        ◆屋敷

    執事「奥方様、少しよろしいでしょうか」

    奥方「あの人は見つかったの!?」

    執事「いえ。……ですが、屋敷の外でおびただしい量の血の痕が見つかりました。もしかすると当主様は、もう」

    奥方「そ、んな……」

    執事「現在、手を尽くして当主様の行方を探しています。もうしばらくの辛抱です、必ず見つけだします」

    奥方「――――そうね、必ず見つけだしなさい。恐らく単独の犯行ではないでしょう」

    奥方「相手は殺しても構いません。ですが一人は残すのです。当家に仇をなした人物を見つけねばなりませんから」

    執事「かしこまりました」

    執事「……時に奥方様」


    執事「事は血塗りの魔剣を勇者様に譲ろうとした矢先に起こりました。このような時ですが、魔剣の所在を確認したほうがよろしいかと」


    44: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 00:15:01.35 ID:doqYFDeG0

        ◇屋敷外

    魔剣士「うーん、ここには手がかりが何もないわね。血のにおいさえ残ってないし」

    魔剣士(やっぱり執事さんの行動を見張っているしかないかしら)

    魔剣士(……あ、誰か出てきた。執事さんと、召使いの人?)

      執事「いいか、お前は奥方を見張っていろ。魔剣の話を出しておいた、のこのこと魔剣を確認しに行くかもしれない」

      召使い1「わかりやした」

      執事「ちっ、面倒なことだ。当主のやつを拷問して吐かせれば、それが一番楽だったんだがな」

      召使い1「あのおっさんはどうしてるんで?」

      執事「運ぶだけ運んだが、他の指示はしていないから放置されているだろう。ゴロツキどもは自分だけじゃ動けん」

      召使い1「はは、使えないことですねー」

      執事「……お前は自分の仕事に取りかかれ。奥方から目を離すなよ」

      召使い1「へい」

    魔剣士(あの人、やっぱり!)


    45: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 00:16:06.23 ID:doqYFDeG0

      執事「…………来たか」

      召使い2「なんでしょう?」

      執事「召使い1が不穏な動きをしている。寝返るつもりかもしれん」

      召使い2「本当ですかい?」

      執事「ああ。もしもあいつが単独で何かを運び出そうとしたら、報告しろ」

      執事「魔剣ほどではないにしろ、この家にも金目のものはいくつかあるからな」

      召使い2「了解。じゃ、監視しときますよ」

    魔剣士(あの人、誰のことも信じてないのね)

    魔剣士(かわいそうな人)


    46: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 00:17:30.52 ID:doqYFDeG0

        ◇倉庫

    勇者(問屋場の情報ではここのはず。まだ移動してなきゃいいんだけど)

    ギャハハ…

    勇者(間に合った、かな)

      ゴロツキ1「ぼろい商売だな。このおっさんを運んだだけで銀貨5枚だぜ」

      ゴロツキ2「で、あの執事とかいう野郎が来たら、このおっさんの処遇が決まる。殺すにせよなぶるにせよ、楽なもんだ」

      ゴロツキ1「……だが、気を許すな。あいつは信用ならねえ」

      ゴロツキ2「はっ、違いねえや。なに、あいつが執心してるという宝の場所を聞いたら、さくっと殺してやればいいさ」

      ゴロツキ1「相手もそのつもりだろ。俺たちに話を持ちかけるくらいだ」

      ゴロツキ2「手のひらの上で踊ってんのはどちらかね。けけっ」

      当主「…………っ」

    勇者(無事で良かった。相手は二人、ならいけるかな)

    勇者「まずはこけおどし……風魔<ヒューイ>」コソッ

      ゴロツキ1「いてえ!」

      ゴロツキ2「急に風がっ! くそ、そこにいやがるのか!?」

    勇者(背中を見せた、ならっ)

    勇者「はあっ!」

    ゴロツキ2「うぐっ」ドテ

    ゴロツキ1「てめ、ぇ……」バタ

    勇者「ふぅ……剣なしでも何とかなるものだね」

    当主「んーっ、んーっ!」

    勇者「ご無事で何よりです。今助けますね」


    47: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 00:18:44.38 ID:doqYFDeG0

        ◆屋敷

    奥方(あの人がいない……どうしてこんなことに)

    奥方(いいえ、弱音を吐いてはダメ。今この家を取り仕切るのはわたくしなのだから)

    奥方(賊を処罰し、災いの根っこを見つけて、それから……)

    奥方「魔剣を勇者様に。あの人の心残りは、わたくしが引き継がなければいけませんよね」

    奥方(血塗りの魔剣……あの人の書斎にある、本棚をずらせば……)

    奥方(……無事だった。でも素直には喜べないわ。あの人が助かるなら、こんなものなくなれば良かったのに)

    奥方「こんなもの……っ!?」バチッ

    魔剣『真実を一つ教えよう』

    奥方(何? 魔剣を握っただけなのに、おかしな声が……)

    魔剣『当主の殺害を目論んだのは、執事だ』

    奥方「――――え?」

    魔剣『我を手に取れ。結末は我が用意する。――――さあ。背信者に血を流させるのだ』

    奥方「…………そう。そうね。勇者様に魔剣を渡すわけにはいきません」

    奥方「あの人の仇は、わたくしが…………」


    48: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 00:19:52.54 ID:doqYFDeG0

        ◇屋敷外

    執事「私は屋敷に戻る。あまり席を外しては怪しまれるかもしれないからな」

    魔剣士「あら、もう少しゆっくりしていったらどうかしら?」

    執事「!?」

    魔剣士「今度はあたしと密談しない? どうやって当主さんと奥方さんに頭を下げるか、とかね?」

    執事「……ちっ、ネズミのような女だ。人間様の事情も気にせず、どこにでも現れる」

    魔剣士「残念、あたしは動物に例えると猫らしいわよ。懐いていない相手には、トゲネコみたいになるでしょうけどね」

    執事「ならば躾の一つもしてやろう」ピィーッ

    執事「ここで働いている奴の大半は俺の手の者だ。喧嘩を売る場所がわるかったな」

    召使い3~15「…………」

    執事「その小娘に計画を知られた。殺すぞ。この家の没落を企んだ、当主殺害の下手人としてな!」

    魔剣士「結局は数に頼るのね。誰も信用していないくせに」チャキ

    魔剣士「誰も殺しはしないわ。けどね、剣の腹で殴られるのよ。骨の一本は覚悟しなさいよね!!」


    49: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 00:21:04.39 ID:doqYFDeG0

    召使い11「死ねえっ」

    魔剣士「足運びがなってない」ゴンッ

    召使い6「この!」

    魔剣士「腰が高い」ドカッ

    魔剣士「相手にならないわ。戦い方がまるでダメ。ねえ執事さん、こんな時間稼ぎをして何になるの?」

    執事「ちっ……」

    魔剣士「勇者はもうすぐ戻ってくるわ。あたし一人も倒せないのに、勇者まで相手取るつもりかしら?」

    執事(くそ、召使い1は何をしてる!? 魔剣の一つもあれば、あんな女……!)

      召使い1「う、うわぁああ!」

    執事「っ! くくっ、余裕ぶってるからだ、この女狐め」

    執事「召使い1! 魔剣をこちらに持ってこい!」

    召使い1「ひぃぃ! いやだ、いやだっ、死にたくない!」

    執事「おい貴様! 何を騒いでっ……」


    奥方「ねえ、どうして逃げてしまうの?」


    50: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 00:22:33.25 ID:doqYFDeG0

    執事「っ……」ビク

    奥方「わたくしはただ、執事がいる場所を教えて欲しいだけですのに」ザン

    執事(石像が……真っ二つだと?)

    奥方「あら? あらあら? ふふ、ふふふ、なあんだ、執事、あなたはそんなところにいたのですね」

    執事「奥方様、報告します。当主様殺害を目論んだのは、そこにいる」

    奥方「あなた、見ていて下さい。あなたを殺した不忠義者を、必ずや地獄に叩き落としてみせますから」

    執事「くそっ、ふざけやがって。魔剣の呪いにやられているのか……!?」

    魔剣士「奥方さん!」

    執事「こんなところで殺されてたまるか……魔剣があろうと、戦ったこともないババアに負けるわけがない」

    執事「殺してやる」

    魔剣士「!? 奥方さん、逃げてっ!」

    魔剣士(ダメ、あたしじゃ間に合わ……え?)

    執事「か、はっ……」

    奥方「ごめんなさいね魔剣さん。ちょっと切り方が浅かったみたい」

    奥方「でも久しぶりの血はおいしいでしょう? ならもっと、わたくしに力を貸して?」

    奥方「ここにいる全員、切り刻んであげますからね」クスリ


    51: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 00:23:29.92 ID:doqYFDeG0

    召使い4「う、うわああ」

    召使い9「逃げろ! なんだあれ、殺されるっ」

    執事「ぐっ、ざけるな、俺を置いて……逃げるなっ!」

    奥方「大丈夫よ、一人として逃がしはしません。追いかけて、追いつめて、全ての血を魔剣さんに捧げますもの」

    奥方「――――そして、栄えある一人目はあなたよ、執事」

    執事「ひっ、ひぃぃ」

    魔剣士「させ、ない!」

    ガキン

    奥方「どうしてわたくしの邪魔をするのでしょう」

    魔剣士「その男はろくでもない奴、よっ。でも奥方さんが殺しちゃダメなの。彼は社会の裁きを受けなきゃダメ、そうでしょ!?」

    奥方「そうでしょうか。わたくしはどうでもいいと思っています」ブン

    魔剣士「くっ」ギシ…

    魔剣士(一撃が重い、剣が折れちゃいそう)

    奥方「わたくしにとって何より大切なあの人を殺したんです。それをどうして、裁きを他人任せにできましょう」


    52: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 00:24:35.42 ID:doqYFDeG0

    執事「ふ、ふざけるな! まだあの男は殺してない!」

    魔剣士「当主さんは無事よ。勇者が助けに行ったものっ」

    魔剣『戸惑いは弱さを生む。弱さは悪をのさばらせる。ならば、悪を絶つのは覚悟である』

    魔剣士(この声は何……? 反響してるみたいにくぐもった声……)

    奥方「ふふ……安心なさって魔剣さん。わたくしは迷いません。必ず、この男を……っ」

    執事「ぅ、ぁ……」

    魔剣士(ダメ、あたしたちの声が届いてない……このままじゃっ)


    53: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 00:25:30.47 ID:doqYFDeG0

        ◇屋敷外

    勇者(あれは……どうなってるんだ?)

    当主「妻が持ってるのは、魔剣だ……あれには触るなと言ってあったのに!」

    勇者「暴れないでくださいっ。馬から落ちますよ」

    当主「下ろしてください勇者様! 私はあいつを止めねばなりません!」

    勇者「僕も同じ気持ちですよ! だから待って!」

    魔剣士「ユウ、者……っ?」

    当主「やめろっ。魔剣を離すんだ!」

    奥方「あなた……? あなたなの?」

    執事(い、今なら)ダッ

    奥方「あ……逃げ……逃が、しませんっ!」

    執事「うああああ!」

    当主「くっ……」バッ

    勇者(どうして飛び降りるかな! 速度を緩めてなかったら死んでるよっ)

    当主「駄目だ! 殺しちゃいけない!」


    54: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 00:26:26.76 ID:doqYFDeG0

    魔剣士「はああっ!」

    パキン

    魔剣士(あたしの剣は折れた……魔剣は?)

    勇者(奥方さんの手から離れたっ)

    当主「よかった……」ダキ

    奥方「あ、あなた……? わたくし、は」

    当主「悪い夢を見ていただけだ。もう終わっている」

    勇者「魔剣士、大丈夫だった?」

    魔剣士「ちょっと危なかった、かしらね。……この半年、ずっと使ってた剣が折れちゃったのが悔しいけど」

    勇者「折れた剣でもできることはあるんじゃないかな。逃げようとする執事さんを捕まえる、とかね」

    執事「っ……くそ」

    魔剣士「そうね、最後の役目には相応しいわ。あたしは折れた剣でもあなたに勝つ自信がある。それでもあなたは向かってくる?」

    執事「…………好きにしろ。俺はもう抵抗しない」


    55: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 00:27:42.66 ID:doqYFDeG0

        ◇屋敷内

    当主「危ないところでした。人を殺してしまえば、魔剣から手を離そうと、妻は魔剣の呪いに取り込まれていたでしょう」

    勇者「どういう呪いだったんですか?」

    当主「魔剣にとって都合のいい真実を与え、人を殺させることです」

    当主「執事は私の殺害を目論んだが、まだ殺してはいなかった」

    当主「ですが魔剣は、殺害の企みだけを妻に打ち明けた。その方が血を多く吸えると判断したのでしょう」

    魔剣士「厄介な呪いね……」

    当主「ええ。だからこそ、安易に手放すわけにもいかなかった。売り払われた先で、どんな被害が出るかもわかりません」

    当主「本当にありがとうございました」

    奥方「今回の御恩は一生忘れません。わたくしたちにできることがあれば、何なりと仰ってください」

    勇者「僕たちは多くを望みませんよ。魔剣の使い手に相応しいかどうか、見届けてもらえればそれで十分です」

    当主「それだけでよろしいのですか? 叶うなら、魔剣は最初から勇者様にお渡しするつもりでしたが」

    勇者「恥を忍んで言うなら、魔剣に打ち勝つだけの神性がなかった時に、魔剣士の剣を都合してもらいたいですね」

    奥方「それはもちろんですよ。わたくしを助けるために、剣を折られてしまったんですもの。きっと良い剣をお譲りします」

    魔剣士「あたしは魔剣に負けるつもりないけどね」

    当主「はは、剛毅なお方だ。……しかし、まず最初は勇者様に試してもらわなければなりません。この剣は、もともと勇者様のものなのです」


    56: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 00:28:59.66 ID:doqYFDeG0

    勇者「どういうことでしょう?」

    当主「血塗りの魔剣は、二代目の勇者が魔王と相打ちを遂げた後、お仲間により届けられたそうです」

    魔剣士(勇者の剣……それを知って、あの執事は手に入れようとしたのかしら)

    当主「詳しくはわかりませんが、親交があったのでしょう。もしも必要な時が来たら、次代の勇者に渡してほしいと託されたのです」

    当主「だが、それからの勇者様は神性が低く、魔剣をお渡しすることができなかった」

    魔剣士「女神様に選ばれた勇者でも、神性が高いとは限らないものね……」

    奥方「ええ。女神に選ばれる資質は、きっと他の何かがあるのでしょうね」

    当主「さて、では勇者様、お試し願えますかな?」

    勇者(もし僕が魔剣を使えるようなら、魔剣士は拗ねちゃうかもね……)

    当主「指先で、柄にそっと触れてみてください。それだけなら、魔剣の声を聞いても離れられるはずです」

    勇者「わかりました」ピト

    魔剣『真実を一つ教えよう』ジジ

    魔剣士(さっき外で聞いたのと同じ声だわ)

    魔剣『お前には魔王を倒す義務がある。なぜなら』

    勇者「っ」バッ


    57: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 00:29:48.31 ID:doqYFDeG0

    当主「駄目でしたか……」

    勇者「ええ。すみません、ご期待に添えず」

    奥方「では、次は剣士様がお試しになられますか?」

    魔剣士「はい、やってみますっ」

    魔剣士(うわぁ、どきどきする……神性には自信あるけど、本当に大丈夫かしら)ピトッ

    魔剣士「…………」
    勇者「…………」

    勇者「何ともなさそうだね」

    魔剣士「ふ、ふふ…………」

    魔剣士「やったっ!」

    勇者(ちょっと複雑な気分だけど、こんなに嬉しそうならいいか)

    勇者「おめでとう、魔剣士」


    58: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 00:30:56.22 ID:doqYFDeG0

        ◇町中

    魔剣士「ふふっ、魔剣に選ばれるなんて気分がいいわね♪」

    ガヤガヤ

    町人1「今、勇者様のお連れ、魔剣って言ったか?」

    町人2「なら腰に帯びているのは魔剣なのか……」

    勇者「市場でこれだけ注目を浴びたなら、後は大丈夫かな」

    魔剣士「そうね。でも一応、もっと騒ぎながら町を出ましょうか」

    魔剣士「貴族さんの偏見、なくなってほしいものね」

    勇者「立派な魔剣をもらったんだし、これくらいの恩返しはしないとね」


    65: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 11:58:45.60 ID:doqYFDeG0

    ――――閑話3

    魔剣士「やああっ!」ブォン

    人喰鳩「クルック!?」

    勇者「また一段と攻撃力が上がったね」

    魔剣士「そうね――――こうして振ってみると、魔剣の凄さが良くわかるわよ。これで力を失った状態なんだから、末恐ろしいわね」

    勇者「血を吸わせることで威力が増してくっていうのも怖い能力だけど」

    魔剣士「名剣だから呪われたのか、呪われたから名剣になれたのか、どちらかしらね」

    勇者「そんな魔剣の呪いを無効にできるくらいだから、魔剣士の神性って本当に高いんだね」

    魔剣士「……実はね、最初は聖職者になるよう団長さんには言われたのよ」

    魔剣士「神性の高さは回復魔法の効果に直結するし、より上を目指しやすいからって」

    勇者「それなのにどうして剣士を選んだの?」

    魔剣士「勇者はあたしが後ろから魔法を使う性格だと思う?」

    勇者「……だよね。遊びに行く時だって、僕を置いてどんどん先に行っちゃうし」

    魔剣士「あたしは待っているだけの女になれないの」

    勇者「魔王を倒す旅についてきちゃうくらいだから、それはわかってるよ」


    66: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 12:00:11.15 ID:doqYFDeG0

    勇者(それにしても、魔剣士が聖職者だったらどうなってたんだろ)

    ~~~

    魔剣士「ひどい怪我……高回復<ハイト・イエル>!」

    魔剣士「もう大丈夫? そう、良かった……///」

    …………
    ………
    ……

    魔剣士「勇者、あたしをかばって……解毒<キヨム>!」

    魔剣士「無茶、しないでよ……勇者が死んだら、あたし……っ」

    ~~~

    魔剣士「ちょっと勇者?」

    勇者「っ!」

    魔剣士「何をぼけっとしてるのよ。戦闘が終わった後こそ気を引き締めるものでしょ」

    勇者「……そうだね」

    魔剣士「まったくもう……あれ? 勇者、腕を怪我したの?」

    勇者「え? 本当だ、気がつかなかった」

    魔剣士「傷は浅いみたいだけど……念のため回復しましょうか。回復<イエル>」

    勇者「…………」

    魔剣士「はい、治ったわ。――――ちょっと、なんでじっとあたしを見るの?」

    勇者「…………いや、別に」

    魔剣士「そ、そう? 変な勇者っ」

    勇者(聖職者についた魔剣士も見たかったけど……これはこれで悪くない、かな)


    67: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 12:01:09.18 ID:doqYFDeG0

    ――――閑話4

    魔剣士「はあっ」ブン

    タートルエッグ「…………」ゴンッ

    魔剣士「っぅ……何よこいつ、すっごい堅い!」

    勇者「魔剣士、下がって! 雷魔<ビリム>!」

    タートルエッグ「!?」

    魔剣士「頭を出したっ、今なら……!」ズバッ



    勇者「魔剣士が斬れない敵って初めてだね」

    魔剣士「敵がどんどん強くなっているものね。あたし、もう一撃じゃ敵を倒せなくなってるわ」

    勇者「僕は旅の最初からずっとそうだけど」

    魔剣士「前から言ってるけど、勇者は踏み込みが甘いのよ。安全を重視してるのはわかるけど」

    勇者「意識はしてみるよ。あまり無茶はしたくないし、どこまでやれるかな」

    魔剣士「んー、たぶんね、攻撃魔法を使えちゃうのも原因なのよ」

    勇者「どういうこと?」


    68: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 12:02:14.91 ID:doqYFDeG0

    魔剣士「剣で攻撃はできるけど、一歩引いて魔法を戦いの主体に切り替えることもできる、っていうのが勇者の間合いでしょ?」

    勇者「……そう、だね。言われるまで自覚はなかったよ」

    魔剣士「悪いことではないのよ。実際、あの亀か卵かよくわからない魔物、魔法じゃなきゃ倒せなかったもの」

    魔剣士「でも、だからこそどっちつかずになっているとは思うわ」

    勇者「うーん。どうすればいいだろうね」

    魔剣士「そうねー。今のままだと器用貧乏ではあるけど」

    勇者「…………そう、だよね」

    魔剣士「あ、違う、違うわよ? そりゃあ一つに特化した人には敵わないでしょうけど、勇者はどんな魔物相手でも戦えるじゃない?」

    魔剣士「上手に戦って、足りないところは仲間と力を合わせることができるのよ」

    勇者「うん……」

    魔剣士「なんというか……料理でいう隠し味なのよ、勇者はっ!」

    勇者「…………隠し味か。勇者って名前のわりに地味な役割だね」

    魔剣士「え!? ああ違うの、例えが悪かったわ!」


    69: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 12:03:33.52 ID:doqYFDeG0

    魔剣士「ええっと……! 舞台とかの主役って、どうしても一つは欠点があったりするじゃない?」

    魔剣士「でもだいたい、それを補佐する万能な相棒がいたりするわよね?」

    魔剣士「勇者はつまり、そう、名脇役なのよっ!!」

    勇者「そうだね……旅の主役は魔剣士に譲るよ……」

    魔剣士「え!? あ、うぅ……こんなこと言いたいわけじゃないのにっ」

    勇者「…………」ズーン

    魔剣士「ゆ、ユウ? 落ち込まないで? あたしはあなたの良さをわかってるから」

    勇者「オサナ。僕の良さって何?」

    魔剣士(こ、これ以上の墓穴は掘れない……っ)

    魔剣士「ユウ、あたしの手を握って」

    勇者「うん」ギュ

    魔剣士「ユウはこうやって、あたしの手を引いて世界に連れ出してくれた。あたしは今、毎日が楽しいのよ?」

    魔剣士「まだ旅を始めたばかりだもの、うまくいかないことはたくさんあるわ。それでもあたしは、ユウと一緒に乗り越えたいと思う」


    70: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 12:04:26.54 ID:doqYFDeG0

    魔剣士「勇者は魔王を倒せるから勇者なの? ……そんなわけないわ」

    魔剣士「その背中を追いかけたい、多くの人にそう思わせられるから勇者なのよ」

    魔剣士「自信を持って。あたしは誰よりも、勇者の力を信じてるから」

    勇者「…………ありがと、オサナ」

    魔剣士「ううん、いいの」

    勇者(落ち込んだのはちょっとしたお遊びなんだけど、こんな熱心に励まされたんじゃ、立ち止まってはいられないかな)

    勇者「僕からも一つ。勇者が前に向かって歩けるのは、隣にいてくれる人がいるからだよ」

    魔剣士「……それってあたしのこと?」

    勇者「どうだろうね。そうだったらいいなと、僕は思ってる」


    71: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 12:05:19.31 ID:doqYFDeG0

    ――――魔女からの手紙

    魔剣士「ねえ勇者、あたし不思議に思ったことがあるの」

    勇者「町の人の懐から見えてる紙のこと?」

    魔剣士「そうそう。皆が同じものを持ってるみたいなのよ」

    勇者「何だろうね。ちょっと聞いてみる?」

    魔剣士「うん。気になってしょうがないもの」

    町人「……」スタスタ

    魔剣士「すみません、ちょっといい?」

    町人「旅人さんか。なんだい?」

    魔剣士「皆が持ってるみたいなんだけど、その紙ってなんなの?」

    町人「これは……」

    魔剣士「当たり障りなければ、見せてほしいのよ」

    町人「だ、駄目だ駄目だ! 他人には見せられないっ」

    魔剣士「いえ、無理にとは言わないわよ? 大事なものならいいの」

    町人「こんなものが大事なわけあるか!」


    72: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 12:06:30.71 ID:doqYFDeG0

    勇者「大事なものじゃないけど、皆が後生大事に持ち歩いてるってこと?」

    町人「仕方ないだろ……そうしないと、魔女にどんな呪いをかけられるか」

    勇者「魔女?」

    町人「あんたらは知らないだろうが、この町には魔女が住んでるんだよ」

    町人「まじない師をやってた母親は死んだが、一人娘は魔女として暮らしてるんだ」

    魔剣士「その魔女と手紙に何の関係があるの?」

    町人「これは魔女からの不幸の手紙なんだよっ。……持ち歩かないと不幸になるって言うから、皆しぶしぶ持ち歩いてるんだ」

    魔剣士「へーえ。皆して魔女の力を信じてるのね」

    町人「当たり前だ。まじない師をやってた母親は、人を呪って生計を立ててたんだぞ。娘の魔女だって人を呪えるに決まってる」

    勇者「町の人全員に不幸の手紙を配るあたり、しょぼいのかだいそれてるのかが微妙なとこかな」

    魔剣士「ちょっと会ってみたくなるわよね。話を聞いてみて、大した理由がないなら止めるよう説得してみる?」

    勇者「そうだね。皆が困ってるのを見過ごすわけにはいかないし」


    73: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 12:07:53.10 ID:doqYFDeG0

    町人「あー……いや、あんたらは何もしない方がいいぞ」

    魔剣士「どうしてよ?」

    町人「魔女は明日処刑されるんだよ。だから余計なことはしないでくれ」

    町人「魔女さえいなくなれば、不幸の手紙も力をなくすだろ。そうすれば全部解決だ」

    勇者「……穏やかじゃないね。やったことの罪と与えられる罰が釣り合ってない」

    魔剣士「不幸の手紙を配ったくらいで命を奪うのは、ね」

    町人「そうじゃねえよ。町の誰もそこまで非道じゃない」

    町人「魔女が処刑されるのは、人を殺したからだ」

    町人「自分と仲良くしてくれた唯一の女をだぞ。そんな魔女を、誰が許せるっていうんだ」


    74: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 12:08:57.89 ID:doqYFDeG0

        ◇夜

    魔剣士「はあ……」

    勇者「元気出してよ。……気の滅入る話ではあったけどさ」

    魔剣士「わかってるわよ。でもすぐには割り切れないの。明日には元通りになるから、今日だけは許して」

    勇者「許すとか許さないとか、そういう話じゃないよ。魔剣士の落ち込んだ顔は見たくないだけ」

    魔剣士「……今日の笑顔は品切れなの。また明日にでも見に来てくれる?」

    勇者「それはいいね。朝早くから店に並ぶよ」

    勇者「…………明日、朝すぐに町を出ようか」

    魔剣士「そう、ね」

    勇者(魔女の処刑は明日の一〇時、か。人を殺したんじゃ、死罪は免れない。処刑は妥当なんだけど……)

    勇者(人が死ぬって話を受け入れられるほど、僕らはまだ大人じゃない)

    勇者「窓、ちょっと開けようか。空気を入れ換えれば気も紛れるよ」

    魔剣士「お願い」

    勇者「わかった」ガラガラ


    75: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 12:10:14.06 ID:doqYFDeG0

    勇者「――――こんな時でも月は綺麗だね」

    魔剣士「……あなたが見てるから、月は綺麗でいられるのよ」

    勇者「はは、そうかもね」

    勇者「…………あれ」

    ?「…………」タッタッタ

    勇者「魔剣士ごめん、気の滅入ることを聞くよ」

    魔剣士「何?」

    勇者「魔女は東の大陸から来た移民の血筋で、南の大陸にはいない黒色の髪なんだよね」

    魔剣士「そう聞いたわね。それがどうかしたの?」

    勇者「今、窓の外を走っていった」

    魔剣士「どういうこと?」

    勇者「脱走、とか?」

    勇者・魔剣士「…………」

    勇者「追いかけてくる。魔剣士は休んでて」

    魔剣士「あたしも行くわよ。変なこと言わないで」

    勇者「今は何もしたくない気分じゃないの?」

    魔剣士「できることをやらなきゃ、あたしはいつか後悔するわ」

    魔剣士「だから行く。止めないで」

    勇者「止めないよ。魔剣士と一緒なら心強いからね」


    76: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 12:11:10.53 ID:doqYFDeG0

        ◇路地裏

    魔女「この区画に住んでいる誰なのかしらね?」

    魔女「……今日は星の多い日だこと。明日はわたしが死ぬ日なのに、こんなにも輝いてる」

    魔女「さっさと落ちてきなさいね? あの子が浮かべる場所もないじゃない」

    魔女(はあ。イヤになるなあ。誰かが追いかけてきてる。わたしは何一つ上手にできないみたい)

    魔女「早く出ていらっしゃいな? わたしに用事があるならね?」

    勇者「……一応、こっそり後を追っていたつもりのに」

    魔女「これでも忌まわしき魔女よ? 他人の魔力には敏感なの」

    魔剣士「待って。あたしたち、できれば何もしたくないの。逃げるのを見過ごすことはできないけど、牢屋に戻ってくれるなら攻撃はしないから」

    魔女(相手は二人、どちらも剣を持っている。魔力も感じられるし、距離を取れば安全ってこともなさそう)

    魔女「素直に戻らなかったら、わたしはどうなっちゃうかしら?」クスクス

    勇者「できるだけ怪我はさせたくないけど、剣を抜くことになる」

    魔女「勇ましいことね? 溜息が出ちゃうくらい」


    77: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 12:12:35.71 ID:doqYFDeG0

    魔女「……わたしはやらなきゃいけないことがあるの。大事なことよ? 明日は素直に殺されてあげるから、見なかったことにできなくて?」

    魔剣士「そういうわけにはいかないわよ」

    魔女「そうよねぇ? 困っちゃうな?」

    魔女「――――だから仕方ないものね? 上手によけてみせて?」

    勇者「!?」

    魔女「氷魔<シャーリ>」

    勇者(僕と魔剣士の足下をっ……というか、これが氷魔<シャーリ>だって!?)

    魔剣士「ゆ、勇者ごめん! 足を固められた!」

    魔剣士(勇者の時と同じ感覚で避けようとしたら……何よこれ、魔法の規模が違いすぎる!)

    魔女「あとはそこの僕だけね? 逃げないと、今夜は野宿になっちゃうかしら?」

    魔女「痺れなさい、雷魔<ビリム>」

    勇者「っ! しゃ、氷魔<シャーリ>!」

    魔女(氷で壁を作って……?)

    勇者「くっ」

    勇者(ちょっと感電したけど……直撃しなかったぶん、動ける!)


    78: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 12:14:05.18 ID:doqYFDeG0

    魔女「あ~あ、失敗しちゃったかな? 今夜は戻るから、もう剣を向けないでくれる?」

    勇者「……そっちが優勢だったはずだけど。諦めるのが早くないかな」

    魔女「もう魔法一回分の魔力しか残ってないの。我ながらうんざりしちゃう」

    勇者「まだ魔法を二回しか使ってないのに?」

    魔女「一つの魔法に魔力を込めすぎてしまうのよね? わたしは不器用なお姉さんなのよ?」

    魔剣士「こ、のっ」バキバキ

    魔女「……わたしの氷、そう簡単に砕けないはずなんだけどなあ? 雷は氷の壁で防がれちゃうし。今夜の相手は悪かったみたいね?」

    勇者「本気で魔法を使われたら、危なかったのはこっちだよ」

    勇者「直撃を避けようとしなければ、油断した僕たちを制圧できたんじゃないかな」

    魔女「あら、慰めてくれるの? それとも口説いているのかしら?」

    勇者「それは戦闘を続けたいってこと?」チャキ

    魔女「ちょっとした軽口よ? ふふ、ウブなことね」

    魔剣士「このっ、このっ」バキバキ

    魔女「……わたしは逃げないから、恋人を助けてあげたら?」

    勇者「魔剣士はそういうんじゃないよ」


    79: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 12:15:33.51 ID:doqYFDeG0

    魔女「若いのね? でもわたしの人を見る目は確かよ、心を偽っても見透かしてしまうの」

    勇者「僕も人を見る目はあるつもりだよ」

    勇者「少なくとも、あなたが悪人に見えないくらいには」

    魔女「…………ふふ、それはとんだ節穴ね? 心の闇が見えていないのよ?」

    魔剣士「やっと出られた……足が冷えちゃったわよ、もう」

    魔女「ごめんなさいね? あとで恋人に暖めてもらって?」

    魔剣士「ゆ、勇者はそういう相手じゃないわよっ」

    魔女「ふふ、あなたたちって面白い。こんな単純な子に負けちゃうなんて、魔女も大したことないのねえ?」

    魔剣士「……魔女はどうして親友を殺したの?」

    魔剣士「そんな人には思えないわ」

    魔女「恋人と同じことを言うのね? 聞いてると熱くなってきちゃう」

    魔剣士「あたしは真面目な話をしているのよ?」

    魔女「そうねー……でも話して何か得があるかな?」

    魔剣士「勇者が手を貸してくれるかもしれない、それは魅力的でしょ?」

    魔女「勇者……? へえ、話には聞いていたけど、こんなにかわいらしい男の子なのね?」


    80: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 12:16:57.79 ID:doqYFDeG0

    魔剣士(むむっ)

    勇者「事情を話すつもりはあるの? 口をつぐむなら、僕らは宿に帰るよ」

    魔女「話すのはいいのよ? でも聞いたなら、嫌がろうと協力してもらわなきゃ」

    勇者「……それでいいよ。だから話してほしい」

    魔女「話が早いのね? あなたの人の良さは、誰が食い荒らすのかしら?」

    魔剣士「あなた、あたしたちを味方につけるつもりあるの?」

    魔女「あら、ごめんなさいね? わたしってば人を傷つけながらしか話せないのよ?」

    魔女「――――だからかしらね? 誤解を重ねて投獄されて、友達の仇さえ討てやしない」

    魔剣士「どういうこと?」

    魔女「あの子は人間に化けた魔物に殺されてしまったの。復讐しようにも、どこに魔物が潜んでいるかわからないのよね?」

    魔女「だから小細工をして、魔物を見つけようとしていたの。でも途中で、家に隠していたあの子の死体を自警団に見つけられちゃって」

    勇者「それで捕まり、あわや処刑か。どうして家に隠したの?」

    魔女「……わたしの感傷かしら? 可愛い子だったのに、魔物は顔や体を容赦なく傷つけていたの。あんな姿、誰にも見せたくなくって」

    勇者「そ、っか」

    魔剣士「魔物を見つける小細工って、不幸の手紙のことよね?」


    81: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 12:18:17.04 ID:doqYFDeG0

    魔女「大正解。あれには仕掛けがあってね? 魔性に反応すると燃えるように魔力を込めてあるの」

    勇者「なるほどね。持ち歩かないと不幸になる手紙なのに、燃えてしまっては持ち歩けない」

    魔女「だから手紙を偽造するでしょうけど、わたしの魔力までは真似できない。わたしの作った手紙を持たなければ魔物ってことね?」

    魔女「あとはこの区画を探せば終わりだったのよ? あなたたちに邪魔されちゃって、失敗したのだけど、ね?」

    魔剣士「う……ごめんなさい」

    魔女「あらやだ、謝らないで? 今晩のうちに見つけられるかは賭けだったの。偶然がなきゃ見つけられないし」

    魔剣士「……言外に謝れって言われた気がしたのだけど」

    魔女「あらそうだった? 言葉の意味を深くとらえる人って大変ね?」

    勇者「魔剣士をからかわないでほしいな。後でご機嫌を取るのは僕なんだから」

    魔女「ふふ、いいじゃない。いちゃつく理由は多い方が良くてよ?」

    勇者「そんな風にからかうなら、魔物を見つける作戦はいらないってことだよね?」

    魔女「――――へえ? 面白いことを言うのね? これまでの話で効果的な作戦が思いつくほど、勇者くんはずる賢いんだ?」

    勇者「わりとありきたりな作戦だよ。あまり期待すると肩すかしかもね」

    魔剣士「どんな作戦なの?」

    勇者「不幸の手紙を捨てたら本当に不幸になるのか、試してみたいと思わない?」


    82: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 12:19:38.11 ID:doqYFDeG0

        ◇朝

    魔剣士「勇者は魔女の話を信じるのよね?」

    勇者「魔剣士は疑ってる?」

    魔剣士「いいえ。あたしの直感は魔女を信じろと言ってるもの」

    勇者「なら僕は、魔剣士の直感を信じるよ」

    魔剣士「ありがと」

    勇者「ふっ、くぁぁ……徹夜ってするものじゃないな」

    魔剣士「大丈夫? もう魔法は作り終わったのよね? 休むなら後で起こすわよ」

    勇者「んー、大丈夫。僕は広場に魔法を敷くまでが役割だし」

    魔剣士「ええ、その後は任せて。あたしがきっちり魔物を退治してあげるわ」

    勇者「僕も補佐くらいするよ。魔剣士ばかり危険な目に会わせたくないしね」

    魔剣士「もう、そこまで気遣ってくれなくてもいいのに」

    勇者「そういうわけにもいかないよ。勇者は追いかけたいと思わせる人じゃなきゃいけないんでしょ?」

    勇者「だから誰よりも前に立って歩かなきゃね」


    83: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 12:20:42.53 ID:doqYFDeG0

        ◇処刑場

    魔女(あの二人、うまくやってくれてるかしら)

    魔女(……おかしいのね、この魔女ってば。会ったばかりの人間を信用してる)

    魔女「くすっ」

      中年男「ひっ、魔女が笑ったぞ」

    魔女(わたしは笑うことさえ許されないのね。仮面でもつけて生きるのがお似合いかな)

    魔女(……なーんて。贅沢は言わない。仮面をつけたまま、ここで死んでもいいの。どうせつまらない命だものね)

    魔女(あの子の仇さえ討てれば、それでいい)

    魔女(――――でもそうね。ここを生きのびることができたら、わたしは何をすればいいのかな)

    処刑人「魔女を処刑台の前へ」

    魔女(ふふ。そろそろ仕事を始めないとね)

    処刑人「これより! 殺人の罪科により異端の魔女を処刑する!」

    処刑人「その咎は雪ぐことができず、奪われた命は帰らない。よって極刑は正当な処罰であるっ」

    魔女「…………ふふ。あははっ!」

    処刑人「黙れ! 喋る権利は与えていない!」


    84: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 12:21:42.59 ID:doqYFDeG0

    魔女「死体を見んと集まった無学無能な者共め! どこにも辿りつけないお前たちに、この魔女が特別な呪いを与えてやる!」

    魔女「呪われた魔女からの手紙を胸で暖め続けるがいい! 不幸はすぐさま、愚者の元へと降りるだろう!」

    勇者「それってつまり、持っていると不幸になるってことかー!」

    魔剣士「きゃあ大変! 早く捨ててしまわないとー!」

    勇者(魔剣士、演技がでたらめにヘタなんだね)

    町人「ひ、ひぃ! こんなものっ」ポイ

    町娘「汚らわしい! やっぱり持ち歩くんじゃなかったっ」ポイ

    町人?「…………」ポイ

    カキンッ


    85: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 12:23:32.42 ID:doqYFDeG0

        ◇昨晩

    勇者「本物の手紙には魔女さんの魔力がこめられてるんだよね? なら、魔女さんの魔力にだけ反応しない魔法を作ればいいんだよ」

    勇者「魔物が持っていれば、多少なりとも魔力を帯びる。魔物の偽造した手紙にだけ魔法は反応するはずだよ」

    魔女「……呆れた。理屈ではそうよね。でもそんな魔法を誰が用意するの? わたしは手紙に仕込んだ罠魔法でさえ一週間はかけてるのよ?」

    勇者「不幸の手紙の魔法さえ教えてくれれば、あとは僕が作るよ」

    魔剣士「勇者ってそういう頭を使う仕事が得意だものね」

    勇者「自慢はしづらいけどね。……というわけなので、雛形さえあれば朝までには終わらせてみせる。どうだろう、賭けてみてはくれないかな」

    魔女「そうねえ? 完成しなかった場合は?」

    勇者「牢獄まで迎えに行くよ。脱獄を手伝う」

    魔剣士「あまり勇者は出ない方がいいと思うわよ? あたしが行くわ」

    勇者「それでも僕が行くよ。力の及ばなかった自分が悪いんだしね」

    魔女「……手伝いまではしなくていいのよ? 間に合わなかったと教えてくれれば、あとは自分で抜け出せるもの」

    魔女「ほら、今日だってあっさりと脱走してみせたのよ?」

    勇者「あの、一応頑張るので、間に合った時の話をしていいかな?」

    魔女「うふふ、どうぞ?」

    勇者「魔女さんには処刑の直前で、不幸の手紙を持っていたら大変だって騒いで欲しいんだ。それを僕と魔剣士で焚きつければ……」

    魔剣士「なるほどね。人間に化けてる魔物も、手紙を捨てなきゃいけなくなるわ」

    勇者「捨てた途端、逃げられないように足は凍らせちゃうけどね」


    86: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 12:24:45.31 ID:doqYFDeG0

        ◇処刑場

    町人?「っ!?」カチコチ

    勇者「魔剣士、左に七歩!」

    魔剣士「はあぁ!」ブォン

    町人?「くっ!」ガシッ

    魔剣士「あたしの魔剣を易々と受け止めるのね。凄いじゃない、その熊のような右手?」

    少年「う、うわあ! 魔物がいる!」

    無職「ばか押すんじゃねえ! 俺に何かあったらどうする!?」

    町人?「くそ……お前たち、魔女の手先か!」

    勇者「言葉が悪いね。僕らは魔女さんの仲間だよ」

    魔剣士「勇者と魔女の一行、なんてどうかしら?」ググッ

    町人?「勇者……貴様のせいで……!」

    魔物「ならば隠れるのはヤメだ! 今ここで人間を皆殺しにしてやる!」

    魔剣士「させるわけ、ないでしょうが!」ブンッ

    魔物「食らうかっ」バシッ


    87: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 12:26:07.20 ID:doqYFDeG0

    勇者「魔剣士は下がって! 氷魔<シャーリ>!」

    魔物「魔法っ……この程度!」グッ

    魔物「くくっ、弱いなあ勇者! 大きなつららを作ることしかできないか!」

    勇者「――――魔女さん。仇を討つのは任せるよ」

    魔女「ありがとう勇者くん。お礼は後でたっぷりと、ね?」

    魔物「なっ! お前は最初から……っ」

    勇者「早く足下の氷を壊したら? もう間に合わないだろうけど」

    魔女「わたしの魔力全てを注いであげる。……高雷魔<エクス・ビリム>!」

    魔物(つららを目印に雷が……!)

    魔物「ぎ、ああぁぁ!」


    88: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 12:27:06.53 ID:doqYFDeG0

    魔剣士「魔女の魔法って凄い威力なのね……雷で焼け焦げて、ずっと煙が出てる」

    勇者「……いや、おかしいよ。煙の量がどんどん増えてる。魔剣士、あまり近づかないで」

    魔女「勇者くーん? どうかしたのー?」

    モクモク……ブワッ

    魔剣士「きゃっ」

    勇者「うわ!」

    魔剣士「何よ今の……すっごい風」

    勇者「代わりに煙は収まったけど……。――――? ……魔剣士、ちょっとこっちを見ないで」

    魔剣士「なんでよ?」

    勇者(人間、だよね。これ)

    勇者「……動物が魔物に変わるなら、人間が魔物になってもおかしくない、か」

    魔剣士「どうしたのよ、ぶつぶつ言って。もうそっち見てもいい?」

    勇者「見てもいいけど、覚悟はしておいて。今の魔物の正体は、できれば知らない方がいい」


    89: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 12:28:11.62 ID:doqYFDeG0

        ◇半月前 魔女の家

    魔女「トモ……? どうしたの、何があったの!?」

    友「はは、魔女ちゃんが焦ってるー……いつもの冗談は、どうしたの?」

    魔女「こんな時に何を言ってるのよ! ひどい怪我……すぐ教会に連れて行くからっ」

    友「お願い、待って。聞いて。わたしね、魔物に襲われちゃったんだよ……?」

    魔女「魔物? あなた、こんな夜中に一人で町の外に出たの?」

    友「違うよー……男の人にね、道を聞かれて……教えてたら、毛むくじゃらの腕で、ぐさーって」

    魔女「人間に化けた魔物、ね。安心して、わたしがこらしめてくる」

    友「魔女ちゃんに任せたら安心だねー。……ゲホッ」

    魔女「トモ! 駄目よ、しっかりして!」

    友「はは……もう無理、かなあ。眠くなってきちゃった」

    魔女「駄目よ、ダメっ。わたしを一人にしないでよぉ!」


    90: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 12:28:57.75 ID:doqYFDeG0

    魔女(せめて回復<イエル>だけでも使えたら……どうしてわたし、攻撃魔法しか使えないのっ!)

    友「――――ねえ魔女ちゃん」

    魔女「な、なあに、トモ?」

    友「また今度、川に星の石、浮かべに行こうね?」

    魔女「……ええ。必ず行きましょうよ。空にもっと星を浮かべたいものね?」

    友「楽しみ、だなあ」

    友「    」

    魔女「トモ……」


    91: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 12:30:02.37 ID:doqYFDeG0

        ◇壁外 門前

    魔女「あら二人とも、わたしに挨拶もせず行ってしまうの?」

    魔女「寂しくて、涙をこぼした手紙を送りつけたくなっちゃいそう」

    勇者「友達の供養に忙しいでしょ。別れの挨拶に行ったら、僕らを優先させなきゃいけなくなるし」

    魔剣士「大切な友達なんでしょ? お邪魔することはできないわよ」

    魔女「あなたたちって本当に甘ちゃんなのね?」

    魔女「魔女はこの町で忌まれる存在よ? あの子の家に行ったら、あの子が死んじゃったことの責任を取らされちゃうもの」

    魔剣士「どうしてよ。だって魔女は悪くないわ、全て魔物が原因なのに」

    魔女「正しさが人の心に届くとは限らないのよ? 歪んでしまった心はね、同じように歪んでいるものしか入らないの」

    勇者「だとしても、いつかは届くことを信じて前を向くしかないんじゃないかな」

    魔女「わたしはそんなに気が長くないの。気持ちが届く前に、この町のことを大っ嫌いになっちゃうでしょうね?」

    魔女「…………でもいいの。あの子に伝えなきゃいけないことは、もう伝えてきたから」

    勇者「そっか。なら良かったよ」

    魔剣士「それじゃあお別れの挨拶だけしちゃいましょうか」


    92: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 12:32:12.83 ID:doqYFDeG0

    魔女「ふふ? あなたたちってとんだ自信家なのね?」

    魔剣士「どういうことよ?」

    魔女「ここにひとりぼっちの魔女がいるのよ? 仲間になろうと手を差し伸べて、ついてこいと引きずっていくのは簡単じゃなくて?」

    勇者「僕がすごく悪逆非道な存在にされてる……」

    魔剣士「冗談を真に受けてどうするのよ?」

    勇者「……わかってるよ、それくらい」

    勇者「それより魔女さんこそわかってる? 勇者は魔王を倒して無事に帰ったことがないんだよ?」

    魔女「そうなのよね? わたしもまだ死にたくはないし、いざとなったら逃げちゃおうかしら?」

    魔剣士「処刑されるとわかっていて牢屋に戻った人の言葉じゃないわね」

    魔女「細かいことはおいおい話し合いましょ? それで勇者くん、どうかなあ?」

    勇者「仲間になってくれたら心強いけど……いいの?」

    魔女「そんなこと言っておいて、わたしが仲間だって言ったのは勇者くんなのよ? それとも撤回する?」

    勇者「――――よろしく魔女さん。魔王討伐の旅へようこそ」


    93: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 12:33:00.28 ID:doqYFDeG0

    魔女(川に流したあの子への手紙は、きちんと星の海まで届いてくれるかしら)

    魔女(ふふ、届くと思うのよね。どうしてだろ。わたしって理想主義者じゃないのになあ)

    魔女(……トモ。やっぱりわたし、あの町には居場所がないみたい)

    魔女(だから、居場所を見つけるために町を出てみようと思うの)

    魔女「わたしだけの星の海を探しに、ね」

    魔剣士「ねえ勇者、魔女が急に可愛らしいこと言い出したわよ?」

    勇者「そういう年頃なんじゃないかな?」

    魔女「もう、勇者くんも魔剣士ちゃんもひどいなあ? 二人の初恋が実らないよう、呪いをかけちゃうんだからね?」


    100: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 21:46:14.40 ID:doqYFDeG0


    ――――言葉責め(物理)

    魔剣士「魔女って普段の戦闘はどうするの?」

    魔女「あら、戦うか戦わないかを選んでいいのね?」

    魔剣士「違うわよ、ちゃんと戦って。……そうじゃなくて、魔法はあまり使えないのよね?」

    魔女「そうねえ。気にせず魔法を使うと、三回くらいしか詠唱できないのよ? われながら不便なことね?」

    勇者「魔力を込めすぎなければ大丈夫じゃないかな」

    魔女「それができたら苦労しないのよ? わたしってば魔力の制御がとーっても苦手なのよねえ」

    魔剣士「魔法を使うのがとーっても苦手なのはわかってるのよ。じゃなくて、普段はどうやって戦うのか教えてほしいの」

    勇者「うーん、杖で殴るとか?」

    魔女「任せて? わたしね、トゲネコと互角の勝負ができる女なのよ?」

    勇者「……殴るのはダメそうだね。反撃で負けちゃいそう」

    魔女「ふふ、でも殴るなんて野蛮なことは好きじゃないな? わたしは自分に見合った戦い方をするのよ?」

    魔剣士「どんなよ」

    魔女「あそこにカミカミカマキリがいるでしょ? 試しにあの子たちを攻撃してあげる」


    101: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 21:47:12.98 ID:doqYFDeG0


    魔剣士「構わないけど、けっこう強いわよカミカミカミャキリ」

    魔剣士「っ///」

    魔女「たぶん大丈夫、かわいらしいものカミカミカミャキリ」

    勇者「あまり近づきたくはないけどね、カミカミカミャキリ」

    魔剣士「ゆ、勇者まであたしのことバカにしてっ」

    魔女「……その貧弱な手足など折れてしまえばいいのよ」ボッ

    カミカミカマキリA「ィーッ」グサッ

    魔女「……気持ち悪い顔。近寄りたくもない」ボッ

    カミカミカマキリB「ャンッ」グサッ

    魔女「……だいたい名前が言いにくいの、このカミカミカミャキリ」ボッ

    カミカミカミャキリC「ェーン」グサッ

    魔女「こんなものかしらねー。どうどう? 勇者くん、魔剣士ちゃん。わたしの言霊ってこういうことができるの」

    勇者「傍目に見ていても、何がどう攻撃に繋がったのかがよくわからないよ」

    魔剣士「そうね、どうして倒れたの? ……カミカミカマキリっ! は」


    102: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 21:48:15.37 ID:doqYFDeG0


    魔剣士(ほら、ちゃんと言えたでしょ? 誉めてもいいわよ勇者?)

    勇者(また噛むまでそっとしておこう)

    勇者「魔法の一種ってことでいいのかな」

    魔女「魔法ではないの。わたしの母がまじない師だってことは聞いた?」

    魔剣士「…………ええ」グスン

    魔女「母の血を引くわたしはね、罵倒や侮蔑を言霊にして、それを魔法みたいに使うことに成功したのよ? ふふっ、わたしってば凄いなあ」

    勇者「本当に凄いんだけど、魔女さんの言い方じゃ凄さが薄れるよ」

    魔女「あら、誉めてくれていいのに。わたしって誉められると成長する子なのよ?」

    勇者(成長、って言いながら背中を反らせて大きな胸を主張させるのはわざとなのかな)

    魔剣士(むむっ)

    魔剣士「ゆ、勇者。あたしも誉められると伸びる子よ?」

    勇者「張り合うのはいいけど、どっちのことも誉めないからね」

    魔女「あら残念ね?」


    103: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 21:49:34.68 ID:doqYFDeG0


    勇者「話を戻すけど、その言霊って威力は調整できるの?」

    魔女「もちろん。例えば、そうね……」

    人喰鳩「クルック?」

    魔女「……あなたのような間抜けな顔した小動物が人間を餌にしようなど一〇〇年早いのよ、家畜の餌にもならないし、今すぐ地に落ちて灰になってしまえばいいのに」ボボッ

    人喰鳩「!?」グサグサッ

    魔女「どう? 言葉を長くして、思いを込めるだけで言霊の威力は増すの。だから余裕があったら強い言霊で攻撃しようかな」

    魔剣士「言霊なら魔力はそんなに使わないの?」

    魔女「ええ。具体的には試したことないけど、たぶん三桁ならいけるかなあ?」

    勇者「そっか。なら頼りにしてるよ」

    勇者「……あまり近くで聞きたくはないけど」

    魔女「うーん、反応悪いのね。やっぱり魔剣士ちゃんのカミカミカミャキリに持ってかれちゃったかなあ?」

    魔剣士「それはもう忘れなさいよっ」


    104: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 21:50:39.11 ID:doqYFDeG0


    ――――閑話5

    魔女「魔っ剣っ士ちゃーん?」

    魔剣士「何よ猫なで声出して。あたしに何か用事?」

    魔女「わたしってずっと気になってたんだけどね? 魔剣士ちゃんって勇者くんと恋人みたいな関係なの?」

    魔剣士「そ、そんなわけないじゃないっ」

    魔女「へえ? ならお互いに片思い中なのね?」

    魔剣士「そういうんでもないの!」

    魔女「ふーん、否定するのね? なら今度は勇者くんに聞こうかしら?」

    魔剣士「や、やめてっ」

    魔女「あらどうして?」

    魔剣士「そんな気ないって言われたら立ち直れないし……そうだよなんて言われちゃったら、勇者の顔を見れなくなっちゃう……」

    魔剣士「ううん、それならまだいいわっ。もしかしたら、恥ずかしくて勇者と一緒に旅することさえできなくなるかも……」

    魔女「魔剣士ちゃんってかわいいのね? ふふ、からかいたくなっちゃうな?」

    魔剣士「あたしからかわれるのは苦手なの……絶対にやめてくれる?」

    魔女「なら代わりに、勇者くんとのことを色々と教えてくれる?」


    105: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 21:52:39.69 ID:doqYFDeG0


        ◇町中

    町人「ここいらの魔物は元々虫だったのが多いんだよ。よっぽど大きいやつでも出なきゃ、魔物で困ることはないんじゃねえかな」

    勇者「そうですか。ありがとうございます」

    町人「いいってことよ。勇者様に情報を渡すのも平民の義務さ。……にしても、あんたちっとも勇者らしくねえのな」

    勇者「そうですか?」

    町人「俺みてえな口の悪い町人にも腰が低いしな。もっと偉ぶって町中の女をかっさらったりしねえのかい?」

    勇者「国外追放されかねないですね、それ」

    町人「はははっ、んな謙虚なこと言っておいて、仲間はみんな美人な女を揃えてんだろ?」

    勇者「…………はは、まさか」

    町人「ん? どうしたい勇者様、顔色が優れねえぜ」

    勇者(次は男の人を仲間に加えよう)


    106: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 21:53:58.13 ID:doqYFDeG0


        ◇宿

    勇者(この町は平和みたいだし、明日はすぐ出発できるかな)

    勇者(それまではしっかり休んでおかないと)

    勇者「…………ん?」

      魔女「まずねー、魔剣士ちゃんは宿でくらい剣を手放さないとね?」

      魔剣士「ふむふむ」

      魔女「あとはそうね、もうちょっとだらけた服装にしましょ?」

      魔剣士「えー? それは幻滅されそうじゃない?」

      魔女「そうじゃないの、自分の前でだけ油断した姿を見せてくれるのが胸にぐっとくるのよ?」

      魔女「だからほら、そんなにかっちりした服は脱ぎましょ? せめて肩を出したり、ひらひらしてて女性的な服で誘惑するの」

      魔剣士「でもあたし、そういうの家にしかないわ」

      魔女「ダメよ魔剣士ちゃん? 女の子なんだから、いつだって勝負できるようにしとかなきゃ」

      魔剣士「そう……そうよね! 明日市場に買いに行くわ!」


    107: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 21:55:08.71 ID:doqYFDeG0


      魔女「なら今夜はわたしの服を貸しましょうか?」

      魔剣士「……わざと言ってるのよね? 魔女の服があたしの体に合うわけないじゃない」

      魔女「だぼっとするでしょうけど、普段との違いは男性を意識させると思うのよ?」

      魔剣士「…………借りるわ。ありがと」

      魔女「どういたしまして?」



    勇者「聞かなかったことにしよう」

    勇者(でも魔剣士が扇情的な格好をするのはイヤだな)

    勇者(後でそこだけは口を出そう)

    勇者「というか、魔女さんはわかってるなら露出の少ない服を着てほしいんだけど」


    108: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 21:56:11.65 ID:doqYFDeG0


    ――――不死の落日

    魔剣士「死体が盗まれる?」

    勇者「そうみたい。王族の墓荒らしなら金品が目当てだろうけど、小さな村の墓を荒らすなら何が目的だろうね」

    魔剣士「そうねー……」

    魔女「まじない師の娘としては骨が思い浮かぶかなあ?」

    魔剣士「どうして骨?」

    魔女「雰囲気作りの小道具としても使えるでしょ? それに、死体の中で一番長く保存できるのは骨だもの」

    魔女「骨は魔術的にそれなりの価値があるのよ? だいたいは動物の骨を使うけどね?」

    勇者「でもそれなら、古い死体を優先して狙うんじゃないかな。最近埋められた死体ほど盗まれるそうだよ」


    109: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 21:57:19.19 ID:doqYFDeG0


    魔剣士「考えてるだけじゃわからないわね。勇者はどうしたいの?」

    勇者「大切な人の死体を盗まれたんじゃ、遺族が浮かばれないよ。よっぽどの理由がなきゃ何とかしたいね」

    魔女「ふふ、勇者くんってば正義漢だものね? ならわたしも協力しましょうか」

    魔剣士「それじゃ決まりね。……でも死体を盗んだ人はどうやって探すの?」

    魔女「墓荒らしは頻繁に行われるのかしら?」

    勇者「月に一度あるかどうかだって。小さな村だし、最近は人が死んでないから、しばらくは鳴りを潜めてるってさ」

    魔女「うーん、ずっとお墓で待っているわけにはいかないものね。一ヶ月も待っていたら魔王が拗ねちゃうし?」

    勇者「そうだね。だから待たずにこっちから行こうと思う」

    勇者「この村の西にある森は、手つかずで道さえ作っていないらしいよ」

    勇者「魔物が群生しているみたいでね。誰かが潜んでいるならそこが怪しいみたい」

    勇者「そこまで広い森じゃないようだから、二日あれば一通り探索できるそうだよ」

    魔剣士「了解。それじゃ準備をしましょうか」


    110: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 21:58:20.03 ID:doqYFDeG0


        ◇森

    岩石グモ「シャーッ」

    魔剣士「でか……何このクモ」

    魔女「気持ち悪い……もう帰っちゃダメかしら」

    勇者「この大きさの魔物がうじゃうじゃいるようだと、探索はちょっと危険かな……」

    魔剣士「ああもう、鳥肌が立つ! 早く倒しちゃいましょうよっ」

    勇者「そうだね。魔女さんは戦えそう?」

    魔女「それくらいはね? あまり見たくはないから、早く倒してくれると助かっちゃうな?」

    勇者「頑張ってみるよ。それじゃあ行こうか!」

    ………
    ……


    ?「あれは……」

    ?「ああっ! やっと帰ってきてくれたんですね!」


    111: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 21:59:42.67 ID:doqYFDeG0


    勇者「僕は今後、クモを見つけたらすぐに逃げようと思う」

    魔剣士「そうね。もうこりごりだわ」

    魔女「わたし帰ってもいい?」

    勇者「すごく困る。あのクモ、むやみやたらに仲間を呼ぶみたいだし。魔剣士と二人じゃもっとてこずると思う」

    魔剣士「そんなに強くないのが幸いよね……でも集団で襲ってこられると本気で気持ち悪いわ」

    魔女「口から吐く糸も問題よ? 臭いしべたつくし服の色が落ちるし……死ねばいいのに」ボッ

    勇者「ちょっと魔女さん、言霊できてる」

    魔女「あらごめんなさいね?」

    魔剣士「はあ……でも文句ばかり並べてられないわよね」

    魔剣士「幸い、向こうから近づいてくれたみたいだし」

    魔女「あらあら?」

    魔剣士「出てきなさいよ。木陰に隠れてるのはわかってるんだから」

    ?「…………」

    勇者(年の頃は僕らと同じくらいか。でも様子がおかしい……なんだ?)


    112: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 22:00:59.12 ID:doqYFDeG0


    ?「ゆ――――」

    魔女「ゆ?」

    ?「――――勇者さまっ!」ダキッ

    勇者「うわっ」

    ?「ぐすっ、ひっく。勇者さま、ずっとお待ちしてました……っ」

    勇者(あれ? この子……)

    勇者「ちょっと待って。僕は君のこと知らないよ」

    勇者「……魔剣士! 本当だから! その疑いの目は止めてよ!」

    魔剣士「何よユウってば。あんな簡単に抱きつかれちゃって。魔物だったらどうするわけ。だいたいあれくらい避けられるじゃない」

    魔女「魔剣士ちゃん、ちょっと落ち着いて? 村に戻ってからこってりとお説教すればいいじゃない?」

    勇者「僕の死期が早まってる……ねえ君、僕をよく見てごらんよ。君の知っている人じゃないはずだから」

    ?「何を言うんです? 勇者さまは勇者さま……」

    ?「…………」

    ?「あなた誰ですっ?」バッ

    勇者「やっと離れてくれた……だから人違いだって言ったじゃないか」


    113: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 22:02:08.68 ID:doqYFDeG0


    ?「ご、ごめんなさい。勇者さまだと思って、つい」

    魔剣士(……? 勇者で合ってるけど、何かおかしいわね)

    勇者「いや、勘違いしちゃったのはいいんだ。……ところで君、その体はどうしたの?」

    魔女「あら、何かあったの?」

    勇者「体が腐ってる。手と首が黒や焦げ茶に変色してるし、重度の壊疽(えそ)だと思う」

    勇者「服で隠れてる部分もひどいはずだよ。死んでいてもおかしくない」

    ?「はは……そうですね。でもボクは大丈夫なんです」

    ?「不死化の魔法を使っちゃったので」

    魔女「不死化、ね? 伝承でしか聞かないような魔法、使えるとは驚いちゃうな?」


    114: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 22:03:17.70 ID:doqYFDeG0


    魔剣士「……そんな魔法を使ったの?」

    魔剣士「あなたのその服、教会に仕える修道女のものでしょ?」

    修道女「はい。あ、でもでも、ただの修道女じゃありませんよ? ボクは勇者さまと一緒に旅して、魔王を倒したんですからっ」

    勇者「!」

    魔剣士「? それってどういう……」

    魔女「魔剣士ちゃん、ちょっと」コソッ

    魔剣士「何よ」コソッ

    魔女「勇者くんはきづいたようだけど……あの子の言ってることはたぶん本当よ?」

    魔剣士「だからどういうことなのよ」

    魔女「……勇者くんの先代、七代目の勇者さんは、修道女さんと二人きりで旅をしていたそうよ?」

    魔女「だから」

    勇者「……君が有名な、勇者と一緒に旅をした修道女なんだね?」

    修道女「有名だなんてやですよー。有名なのは勇者さまで、ボクはそんなに凄い人じゃないんですから」

    勇者「なるほどね、よくわかった。ところで、もうちょっとお話を聞きたいんだけど、いいかな?」

    修道女「いいですよー。勇者さまが戻るのを待つ間は暇ですからね」


    115: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 22:12:30.23 ID:doqYFDeG0


    勇者「ありがとう。君の家って森の中にあるの?」

    修道女「家、はないですよ。ちょっと開かれた場所があるので、ボクはそこで寝泊まりしているんです」

    魔女「……死体がなくなった理由、これでわかっちゃったみたいね」

    魔剣士「どういうことよ?」

    魔女「不死化したら、人間の死体しか食べられなくなるのよ? 白骨化しちゃっていたら食べられないもの、手を出さないはずよね?」



    修道女「ごめんなさい!」

    修道女「死体を盗んでいる時や食べている時の記憶はいつもなくて、食事が終わってから気づくんですけど……」

    修道女「近くの村からだろうとはわかってたんです。前まではこんなことなかったのに」

    勇者「これまではどうしていたの?」

    修道女「その……すぐお腹がすくわけじゃないので、森で迷って死んだ人がいたら食べていました」

    修道女「半年に一人くらいしかいませんけどね」

    魔剣士「あー、ちょっと待って。聞きたくない、想像しちゃう」

    勇者「……ごめん、興味本位でひどいことを質問してた」

    修道女「いえ、いいんですよ。人を殺してるんじゃないかって疑われてもおかしくありませんし」

    修道女「死体を盗んじゃったこと、謝りたいとは思っていたんです。でもこんな体で村に行ったら、悪霊として殺されちゃいそうです……」

    勇者「それなら君に悪気はなかったんだね?」

    修道女「信じてもらえるなら、ですけど……」

    魔剣士「骨はまだ残っているの? あたしたちが返してきてもいいけど」

    修道女「ありますよ。残っていた順にまとめてあるんですけど、身元がわかるでしょうか……」

    魔剣士「どうかしらね。そこは村に戻ってみないとわからないわ」


    116: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 22:13:49.71 ID:doqYFDeG0


    魔女「…………ねえ修道女ちゃん?」

    修道女「なんですか?」

    魔女「勇者さまを待ってる、のよね?」

    修道女「はい。勇者さま、魔王を倒した後にいなくなって……ここ、二人の思い出の場所なんです。帰ってくるの、ずっと待ってるんですけどね」

    魔剣士「いつ、から?」

    修道女「えーと……? 不死化したのが、魔王を倒してから一年ちょっとなんです。そろそろ何年になりましたかね」

    魔剣士(七代目勇者が亡くなったのは、もう一〇〇年近く前なのに……)

    魔剣士「あの……」

    魔女「魔剣士ちゃん。やめときましょ」

    魔剣士「でも……」

    魔女「正しさが人を救うとは限らないのよ。それに……いくら不死化したって、体はもう限界のはずだもの」

    魔女「絶望より、落胆の中で終わる方がいいとわたしは思う。魔剣士ちゃんはどう?」

    魔剣士「……あたしも、そう思うわ」


    117: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 22:15:21.07 ID:doqYFDeG0


    修道女「ごめんなさい。ボクのせいでご迷惑をかけて」

    勇者「気にしないで。僕たちが勝手にやっていることだから」

    勇者「それじゃ、また骨を取りに来るよ」

    修道女「はい、お待ちして――」

    魔女「風魔<ヒューイ>!」

    修道女(岩石グモ! こんな近くに……っ)

    魔剣士「はあっ!」

    勇者「修道女さん、下がって!」

    魔剣士「勇……ユウ、まずいかも。数が多すぎるわ」

    勇者「弱音を言ってもしょうがないよ。とりあえず、修道女さんを背にかばうように戦おう」

    魔女「…………あの、凄く言いにくいことがあるのよ?」

    勇者「うん、予想はついてるけど聞くよ。何?」

    魔女「わたし、あと一回くらいしか魔法使えない、かなあ?」

    勇者「魔女さんは修道女さんの近くで言霊をよろしく。僕と魔剣士で何とかする」


    118: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 22:17:28.85 ID:doqYFDeG0


    魔剣士「ここに来る途中も魔法使ったんだし、三回目は温存してるといいわ」

    魔剣士「まあ? あたしとユウで全部倒しちゃうかもしれないけど、ねっ!」

    修道女(岩石グモくらい、前なら自力で追い払えたのに)

    修道女(どうしよう、ボクはどんどん弱くなってる。こんなんじゃ勇者さまが戻ってこないのも当たり前ですよね)

    修道女「勇者さま……ボクに力を貸してください」

    魔女「……自分の足につまずいて転べばいいのに」ボッ

    岩石グモD「…………」チクッ

    魔女「言霊だけじゃ足りないなあ、やっぱり。困った虫だこと」

    魔剣士「こ、のぉ!」ブンッ

    魔剣士(体は岩石って言うほど堅くないのが幸いね。体重を乗せれば両断もできる)

    魔剣士(でもやっぱり数が多い! クモが仲間を呼ばなくなったら、魔女の魔法で一網打尽って感じがいいわよね)

    魔剣士「ふん、いいじゃないやってあげるわ! あたしとユウで片っ端から切り捨てるんだから!」

    勇者「勇ましくて頼りになるね」

    勇者「僕も負けてられない、な!」シュッ

    勇者(一息で断ち切るのは無理、かな。すぐに追撃をして倒していくしかないか)


    119: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 22:18:46.37 ID:doqYFDeG0


    修道女(懐かしい……前に出る勇者さまを、後ろから援護して……ボクもこうやって勇者さまと戦ってたんですよね)

    修道女(あれは何年前のことでしたっけ。わからないです。しばらく戦いから身を置いていましたし)

    修道女(でも、ここ『数日』で魔物が急に増え始めて……)

    修道女(? おかしいですよ。魔王は倒したのに、どうして魔物がいるんですか?)

    修道女「魔物が出るのは魔王が現れたから? でも魔王は勇者さまが……ボクが見てる前で倒したのに」

    修道女「あれ? その後ボクはどうしたっけ?」

    魔女(記憶の混乱、かしら? 良くない状況よねえ)

    魔女「そろそろ魔法を使おうと思うの! 前に出過ぎないでね?」

    魔剣士「待って、まだ森の奥から現れてる! もっと引きつけないと!」

    魔女「もう……っ。クモなんて嫌いっ」

    勇者「風魔<ヒューイ>!」

    勇者「僕の魔力もそろそろなくなる……魔剣士、これ以上クモの相手はできない!」

    勇者「魔女さん、村の方向に魔法を使って! 強引に突破しよう!」

    魔女「ええ、ならちょっと待っててくれる?」

    魔剣士「最後尾にはあたしが立つわ」

    勇者「いや、魔剣士は修道女さんと一緒にいて。魔法を使える僕の方が融通もきくだろうから」

    魔女「氷魔<シャーリ>っ」


    120: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 22:19:47.25 ID:doqYFDeG0


    魔剣士「修道女さん、こっち!」

    修道女「……待ってください! 上っ!」

    勇者「上……!?」

    勇者(こいつ、木の上から飛んできて……)

    勇者「くそっ、風魔<ヒュー」

    魔剣士「勇者っ!」

    ブォン

    修道女「――――え?」

    岩石グモU「シャッ?」

    勇者(女神の加護……僕を守るために出てきた?)

    勇者「っ、らあ!」ブン

    岩石グモU「ッッ」ズバッ

    修道女「…………」

    魔剣士「逃げるわよ! 早くっ」


    121: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 22:21:08.80 ID:doqYFDeG0


        ◇森 出口

    魔剣士「ここまで来れば大丈夫、よね」ハァ

    魔女「数で襲われると厄介よねえ? 勇者たちに襲われる魔物の気分はこんな感じかしら?」

    魔剣士「その冗談、面白くないわよ?」

    修道女「…………」フルフル

    勇者「大丈夫? 走ったのが体に障った?」

    修道女「いえ、大丈夫です。――――勇者さん、助けてくれてありがとうございました」

    魔剣士「勇者さん……っ?」

    修道女「女神の加護はボクも見たことあります。今の勇者はあなたなんですね」

    修道女「なら、あの人はもうこの世界のどこにもいないんですね」

    勇者「ごめん。僕たちは騙すつもりじゃ……」

    修道女「いいんですよ。ボクのために嘘をついたんですよね?」

    魔女「……修道女ちゃんはこの後どうするの? もう勇者さまを待たないなら、一緒に村まで行く?」

    修道女「村の人にはご迷惑をおかけしました。ボクはここに残ろうと思います」


    122: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 22:22:04.92 ID:doqYFDeG0


    魔剣士「でも、ここには魔物が多くいるわ。せめて安全なところに移動しましょうよ」

    修道女「いいんです。……もう、いいんです」

    修道女「はあ、勇者さまが迎えに来てくれないはずですよね。死んじゃってるんですもん」

    修道女「告白の返事、ずっと待ってたのになあ」

    修道女「……それじゃあ勇者さんたち、ありがとうございました」

    修道女「さようなら」

    魔剣士(まだ岩石グモは集まっているはず、よね。止めたいけど……)

    魔剣士(なんて声をかければいいのよ……っ)


    123: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 22:23:06.61 ID:doqYFDeG0


        ◇数時間後

    勇者(岩石グモは人間のにおいに集まる習性があるらしい)

    勇者(だから今回は、村人の遺骨を回収したらすぐに森を出るつもりだった。けど……)

    魔剣士「勇者、これ……」

    魔女「修道女ちゃんの着ていた服、ね」

    勇者(服は無惨に破られてる。当たりに散らばった岩石グモの死体の山と無関係じゃないだろうし。……その優しさは痛ましいよ)

    勇者「二人とも、ごめん。この後、もう一回ここに来ようと思う」

    魔剣士「修道女ちゃんのお墓?」

    勇者「うん。せめてそれくらいの弔いは許されるはずだよ」

    魔剣士「ええ、そうね」

    勇者「……僕はもともと、魔王を倒しても自分はちゃんと生き残るつもりだった」

    勇者「歴代の勇者に、生きて帰った人がいないとしても」

    魔剣士「うん」

    勇者「でもきっと、そう思うだけじゃ足りないんだろうね。修道女さんの待ってた勇者さまだって、死ぬつもりはなかったはずだから」


    124: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 22:24:13.83 ID:doqYFDeG0


    魔剣士「勇者は死なせないわよ」

    魔剣士「あたしがいる限り、絶対にそんなことさせない」

    勇者「うん。ありがとう」

    勇者「魔剣士を修道女さんみたいに待たせるわけにはいかないしね」

    魔剣士「言っておくけど、あたしは待たないわよ」

    魔剣士「勝手にいなくなったりしたら、追いかけてぶんなぐってやるんだから」

    魔剣士「…………だから、あたしとずっと一緒にいて」

    勇者「約束する。ずっと一緒にいるよ」


    魔女(わたしがいるの忘れていちゃつかれると、凄く困るなあ)

    魔女(……本当は知っていたのよね? 求める勇者さまが戻らないことを)

    魔女(魔王を倒して一年、体に限界が来る前に不死化したのは、そういうことでしょ?)

    魔女(修道女ちゃん。あなたの願いは実らなかったけど)

    魔女(あなたの思いは次の世代に伝わったと思うの)

    魔女(だから、あなたの勇者さまと二人で安心して見ていて?)

    魔女(勇者くんと魔剣士ちゃんなら、勇者の最後をきっと変えられる。根拠はちっともないけど、そう思うもの)


    125: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 22:25:01.03 ID:doqYFDeG0


    魔女「…………あら?」

    魔女(変ね。修道女ちゃんのしていた十字架の首飾り、服と一緒にあったはずだけど。いつの間にかなくなってる。見間違いだったかしら)


    126: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 22:26:04.05 ID:doqYFDeG0


    ――――超攻撃的パーティー

    魔女「次の町も近いし、本気で相手してあげるっ。炎魔<フォーカ>!」

    逆立ちぶーた「ぶひーっ!?」

    魔剣士「こんがりを通り越して消し炭になってるわ」

    勇者「恐ろしいね」

    魔女「心外だなあ。魔物をざくざくと切り分けちゃう二人に言われるなんてね?」

    魔剣士「あ、あたしはしょうがないじゃない? 血塗りの魔剣は血を求めているんだもの!」

    勇者「僕は勇者だから魔物を倒すのは使命だよ」

    魔女「二人ともひどいのね? わたしは皆の役に立とうと頑張ってるのに、そんな言い訳をするんだもの」

    魔女「まるでわたしだけ戦いを楽しんでいるみたいじゃない?」

    勇者「冗談はさておき、継戦能力は気がかりかな」

    魔剣士「そうね。魔物の潜む洞窟なんかに入ったら、すぐに魔力が尽きちゃいそう」


    127: ◆AYcToR0oTg 2014/11/24(月) 22:28:41.01 ID:doqYFDeG0


    魔女「ここはやっぱり、聖職者についたかわいい女の子が必要かしらね?」

    勇者「待ってよ。今どうして女の子に限定した?」

    魔女「勇者くんはお年頃だし? そういうことに興味を持つだろうからってお姉さんの親心よ?」

    魔剣士「ふーん……」

    勇者「魔剣士って僕を信用してなさすぎるでしょ。悲しくなる」

    魔女「ふふ、次はやっぱり従順な年下の子がいいなあ? 『勇者様、大丈夫ですか?』なんて駆け寄る子、勇者くんはお好き?」

    勇者「魔女さんの裏声がどっから出してるんだって感じで驚いたよ」

    魔女「批判がそういうとこだけなら、やっぱり仲間に加えるのは聖職者の子がいいのよね?」

    勇者「欲を言えばそうだけど、自分たちの都合だけで仲間に引き入れようとは思わないよ」

    魔剣士「一人で旅しようとしてた最初が嘘みたいね。勇者も成長したみたい」

    勇者「まあ、現実は見たかな。僕一人にできることはとても少ないんだって」

    魔女「それなら、勇者くんが頼りにできる仲間を探して、今日も次の町を目指しましょうね?」

    勇者「……次は男の人がいいな。ダメかな?」


    131: ◆AYcToR0oTg 2014/11/25(火) 23:04:29.81 ID:Omxn1hu50


    ――――孤児院の卒業

    魔女「まずいかしら? 天気が崩れてきちゃった」

    勇者「雨の日の野宿は……ちょっと勘弁だな」

    魔剣士「ちょっと勇者、イヤなこと思い出させないで」

    魔女「あら? 何かあったの?」

    勇者「夜は冷えるのに、焚き火ができないから見張っている時間が寒いんだよ」

    魔剣士「木の下にいても雨に濡れちゃうから、やる気がそがれるのよねー」

    勇者「それでこりたから熱と光を放つ魔石は買ったけど、雨の中じゃ気休めにしかならないし」

    魔女「ふーん? わたしも化粧崩れちゃうし、雨はイヤかなあ?」

    勇者「あれ、魔女さん化粧してたっけ?」

    魔女「知らなかった? ほら、近くで見てみて? 目元がわかりやすいと思うの」

    魔剣士(むむっ)

    魔剣士「勇者! あたしだって化粧してるんだから!」

    勇者「魔剣士が化粧してるのは知ってるよ」


    132: ◆AYcToR0oTg 2014/11/25(火) 23:05:17.33 ID:Omxn1hu50


    魔女「……魔剣士ちゃんの方が薄化粧なのに、どうして魔剣士ちゃんだけわかるの?」

    勇者「小さい頃から見ていたから、だろうね」

    魔女「勇者くんがそう言い訳するなら、そういうことにしておこうかしら?」

    魔剣士「も、もうっ。そんなことはいいでしょ! それより雨をしのげそうな場所を探しましょうよっ」



    勇者「これって畑だよね」

    魔女「この付近に住んでいる人がいるみたいね?」

    魔剣士「あ、見えたわ。あれじゃない?」

    魔女「修道院ね? お願いすれば泊めてくれるかしら」

    勇者「まずは行ってみようか。女神様の導きに感謝しながらね」


    133: ◆AYcToR0oTg 2014/11/25(火) 23:06:12.06 ID:Omxn1hu50


        ◇修道院(孤児院)

    勇者「ごめんください」

    魔女「んー、いないのかしら?」

    魔剣士「人の気配はあるわよ。いるはずだけど」

    女?「…………高氷魔<エクス・シャーリ>」

    勇者「!?」

    男?「うおおぉ!」

    魔剣士「魔女、下がって!」

    女?「…………補力<ベーゴ>、補守<コローダ>、補早<オニーゴ>」

    男?「八拳打!」

    勇者「っと、ほっ、はっ」イナシ

    魔剣士「ちょ、ちょっと待って! どうして急に攻撃するのよ!」

    女?「…………盗賊は敵。絶対に負けない」

    魔女「何か勘違いされてるみたいね?」


    134: ◆AYcToR0oTg 2014/11/25(火) 23:07:22.81 ID:Omxn1hu50


    勇者「受け身とってよ? 投げ飛ばす、から!」ブンッ

    男?「うお!?」

    勇者「聞いてくれ! 僕たちはすぐここを出て行く。だから攻撃は止めてほしい」

    男?「盗賊の言うことを誰が信じるか!」

    魔女「勇者くんの言葉も届かないみたいね?」

    勇者「仕方ないよ。二人ともごめん、やっぱり野宿みたいだ」

    魔剣士「勇者が謝らないでよ。あなたは悪くないじゃない」

    女?「…………まだ出て行かない。やっぱり、敵」

    魔剣士「待って!? 出てく、出てくから!」

    ?「騒がしいな。何をしている、女術師、男闘士」

    女術師「…………盗賊、追い払ってた」

    男闘士「そうだぞ! そいつら、畑を見てからこの孤児院に狙いを定めたんだ!」

    ?「それでどうして盗賊だとわかる?」

    女術師「…………だって、私の罠魔<トラトラ>にかかった」

    男闘士「だからそいつらは盗賊だ! そうだろ司祭さん!」


    135: ◆AYcToR0oTg 2014/11/25(火) 23:08:26.99 ID:Omxn1hu50


    司祭「よくわかった。お前たち、頭を出せ」ゴツンゴツン

    女術師「…………っ(泣)」

    男闘士「いってえ!」

    司祭「――――申し訳ありませんでした、勇者様。私はこの二人の保護者で、この孤児院の代表を務める司祭と言います」

    司祭「罰は私が受けますから、二人は見逃してもらえませんか?」

    勇者「いや、罰とかそういうのを下すつもりはないよ」

    男闘士「そうだよ、司祭さんが頭を下げる必要ない! だいたい、そんな冴えない奴が勇者のわけないだろ!」

    勇者「  」

    術師「…………両脇に女を侍らせてる。不潔。女の敵」

    勇者「  」

    司祭「勇者様のつけているマントを見ろ。南の王家の紋章がついている」

    男闘士「あんなの作り物に決まってる!」

    司祭「まったく。……勇者様。申し訳ありませんが、二人に女神の加護を見せていただけませんか?」

    司祭「身勝手なことばかり口にして、恐縮ですが」


    136: ◆AYcToR0oTg 2014/11/25(火) 23:09:31.59 ID:Omxn1hu50


    勇者「それくらいなら構わないよ。……だからその、あまり頭を下げないでくれないかな」

    勇者「――――」ブォン

    女術師「…………女神様の似姿」

    男闘士「すっげえ! 本物の勇者様だ!」

    女術師「…………勇者様、勇者様。いくつも町を救ったって聞いた」

    男闘士「魔物をずばっと一撃なんだろ!? 俺もそんなカッコいい奴になりたいんだ!」

    司祭「この大バカども」ゴツンゴツン

    女術師「…………っ(涙)」

    男闘士「いってえ! 何すんだよ司祭さん!」

    司祭「お前たちは勇者様に何をした。それを考えて、まずすべき行動はなんだ?」

    女術師・男闘士「…………ごめんなさい」

    魔剣士「こうして見ると、二人ともまだまだ子供よね」

    魔女「勇者くんや魔剣士ちゃんも、わたしからすればまだまだ子供よ?」

    勇者「何はともあれ、わかってもらえて良かったよ」

    勇者「……女の敵か。はあ」


    137: ◆AYcToR0oTg 2014/11/25(火) 23:10:59.61 ID:Omxn1hu50


    男闘士「おい、お前が変なこと言うから、勇者様が落ち込んでるぞ」

    女術師「…………あう、あう」

    女術師「…………ごめんなさい、勇者様。でも、勇者様みたいな英雄なら、妻が何人いてもいいと思う」

    女術師「…………元気、出して?」

    魔剣士「あたしは別に妻ってわけじゃ……だいたいまだ何も……いえ妻になってと言われたら悪い気はしないけど……」

    魔女「魔剣士ちゃんってダメな子でかわいいのね。それにしても、ふふ? わたしにまで手を出すなんて、勇者くんは悪い子ねえ?」

    勇者「僕、真剣に話に取り合わないとダメかな?」

    司祭「やれやれ……勇者様、昼食はお済みですか? お詫びといっては粗末ですが、よろしければご馳走しますよ」

    勇者「お言葉に甘えていいなら。……あと、できれば男闘士や女術師にするのと同じ自然な口調で話してもらえたら嬉しいんですけど」

    司祭「…………失礼ではないでしょうか?」

    魔剣士「気にしなくていいわよ。勇者ってば敬われるのが苦手なの」

    魔女「ふふ、勇者くんって威厳がないものね?」

    司祭「そういうことなら対等に話そう。敬う気持ちまでは捨てられないが」

    勇者「ありがとう、わがままを聞いてくれて」

    司祭「迷惑をかけたのはこちらだ、これくらいの配慮は惜しまない」


    138: ◆AYcToR0oTg 2014/11/25(火) 23:12:04.10 ID:Omxn1hu50


        ◇食堂

    魔女「ふーん? なら女術師ちゃんは、どんな魔法にも素質あるのね? 羨ましくなっちゃう」

    魔剣士「将来を選べるっていいことよね。いっそ回復と攻撃、どっちの魔法も極めてみたら?」

    女術師「…………でも、あの、私まだ簡単な魔法しか使えない」

    魔女「高位の攻撃魔法を使っていたでしょう? ならもう一息ね?」

    女術師「…………その一息が難しいって、魔術師のお姉ちゃんが言ってた」

    魔剣士「あら、そのお姉ちゃんはどこにいるの?」

    女術師「…………出稼ぎで北の大陸にいる。私の憧れ」


    男闘士「勇者様って剣を使うんだよな!」

    勇者「そうだよ」

    男闘士「それなのに俺を素手であしらったんだ! すげえ! さすが勇者様だ!」

    勇者「危なかったけどね。八拳打、だっけ? もうちょっと早かったらもらっていたよ」

    男闘士「んー、でも女術師に補助魔法全部使ってもらってあれだからなあ。まだまだ勇者様には勝てないや」


    139: ◆AYcToR0oTg 2014/11/25(火) 23:13:10.69 ID:Omxn1hu50


    子供1「ゆーしゃさまー、あそぼ?」

    子供2「おままごとやろう? あたしね、ゆうしゃさまのおよめさんやるー!」

    子供1「えー? ゆーしゃさまはぼくとゆーしゃごっこするんだぞ!」

    子供3「だめだよ、ゆうしゃさまはつかれてるんだから。ゆっくりしてもらおうよ」

    司祭「…………」クス

    魔女(あら。仏頂面の強面かと思ったら、笑うと優しい顔になるのね)

    司祭「すまないな勇者。騒ぐなと言っておいたんだが」

    勇者「構わないよ。みんなが喜んでくれるなら嬉しいし」


    140: ◆AYcToR0oTg 2014/11/25(火) 23:14:04.21 ID:Omxn1hu50


    勇者「……それと、一つ聞きたいことがあるんだけど」コソッ

    司祭「なんだ?」

    勇者「ここではちょっと。皆に聞かせていい内容かわからないから」

    司祭「ふむ。なら倉庫として使っている懺悔室で頼む」

    勇者「わかった。…………よーし皆、勇者はこれから司祭さんに旅の祝福を祈ってきてもらうよ」

    勇者「魔剣士や魔女さんの遊び相手になってあげてね」

    魔剣士「そうね、あたし寂しいなー、遊んでもらいたいなー」

    魔女「あら、魔剣士ちゃんって寂しがり屋なのね?」

    魔剣士「ちょっと、魔女?」

    魔女「まあわかっていたけれどね?」

    魔剣士「あなたとは後で、きちんと話し合う必要があるみたいね」

    司祭「では勇者、こちらに」


    141: ◆AYcToR0oTg 2014/11/25(火) 23:14:58.58 ID:Omxn1hu50


        ◇懺悔室

    勇者「男闘士と女術師のことなんだけど」

    司祭「二人が迷惑をかけた。いくら謝っても謝りきれないな」

    勇者「それはいいよ。でも、あの二人があんなにピリピリしていたのって、盗賊が出るからなの?」

    司祭「……孤児院の些事に勇者の手を煩わせるわけにもいかない。忘れてくれていい」

    勇者「そういうわけにはいかないよ。食事の施しまで受けたんだから」

    司祭「ちょっとした悩み事だ。話すのは構わないが、勇者が気をもまなくてもいい」

    勇者「内容次第だと思ってる」

    司祭「……今、孤児院は盗賊に、畑の野菜は魔物に狙われている」

    勇者「穏やかじゃないね」


    142: ◆AYcToR0oTg 2014/11/25(火) 23:16:26.99 ID:Omxn1hu50


    司祭「幸い、魔物は人を狙っていないし、盗賊は私や男闘士、女術師であしらえるほど弱い。だが、二つ同時に対処できる人数がいない」

    司祭「ここは孤児院で小さな子供が多いから、空けるわけにはいかない。そのせいで畑を荒らす魔物の対処が後手になっている。それだけだ」

    勇者「なるほどね。畑か孤児院、どちらにも人数を割り振ろうとしたら、片方を守るのが一人になっちゃうか」

    司祭「孤児院と畑は離れていないが、魔法で気づいてから向かっても、畑は少なからず荒らされてしまう。被害は最小限で済んでいるが」

    勇者「盗賊の方は?」

    司祭「そちらは単純に、孤児院をネグラとして欲しているようだ。街道からほどほどに距離が離れている、旅人を襲うのに都合がいいのだろう」

    勇者「なるほどね」

    司祭「すまないな、つまらない悩みを聞かせて」

    勇者「そんなことはないよ。だから、魔剣士や魔女さんに話したら放っておかないと思うな」


    143: ◆AYcToR0oTg 2014/11/25(火) 23:17:16.72 ID:Omxn1hu50


        ◇食堂

    魔剣士「こらしめてやるわ」

    魔女「悪い子にはおしおきしないとね?」

    勇者「話が早くて何よりだよ」

    司祭「協力してくれるのは助かるが……いいのか?」

    魔剣士「のんびりした旅ではないけど、だからって人を見捨てながら進むのは違うと思うわよ」

    魔女「勇者とは世界を救うものじゃなく、人を救うものだものね?」

    勇者「流し目でこっち見ないでよ魔女さん。言ってる内容がこそばゆいし」

    司祭「…………感謝する」


    144: ◆AYcToR0oTg 2014/11/25(火) 23:18:11.91 ID:Omxn1hu50


    子供2「? ゆうしゃさま、まだここにいるの?」

    勇者「そうだね、もうちょっとだけ」

    子供2「やたー。ならゆうしゃさま、おままごとしよ?」

    子供4「わたしゆうしゃさまのおよめさんやるー!」

    子供2「だめ! あたしがゆうしゃさまのおよめさんやるの!」

    子供3「いっしょにおよめさんやったら? ゆうしゃさまだもん、それくらいのかいしょうはあるよ」

    子供2「おー! あたまいい!」

    子供4「やったね、ふたりでおよめさんだね!」

    魔剣士「…………不潔」

    魔女「…………女の敵」

    勇者「魔剣士も魔女さんも、そういうのやめてよ……」

    女術師「…………女癖悪い」

    勇者「僕が何をしたんだよ」

    司祭「勇者。失礼だが、その子たちはまだ小さい。婚姻はあと一〇年は待ってほしいんだが」

    勇者「司祭さんまで言うのか! 本当に失礼だな!」


    145: ◆AYcToR0oTg 2014/11/25(火) 23:19:30.40 ID:Omxn1hu50


    司祭「冗談だ。……この子たちが楽しそうで、ついな」

    勇者「…………孤児ってことは、両親はもう?」

    司祭「ああ。魔王が現れる前から孤児院をやっているが、理由は様々だ」

    司祭「親を失う理由は、天災や魔物ばかりではないからな」

    勇者「これだけ笑えているんだ。辛いことがあっても、幸せには違いないよ」

    司祭「そう言ってもらえるのはありがたい。私は間違っていなかったのだと思えるからな」

    子供1「なんだよ、けっきょくおままごとかー! ゆーしゃさまとゆーしゃごっこしたかったのに!」

    勇者「……はは、そう怒らないで。明日は勇者ごっこしよう。たくさん魔物を見てきたからね、魔物の真似は得意だよ?」

    子供4「もー、あなたっ!」ダキッ

    勇者「おっと」

    子供2「あたしもーっ」ダキッ

    勇者「よしきた」

    子供4「きょうはいっしょにいちゃいちゃするんでしょー?」

    子供2「あたし、ゆうしゃさまといっぱいちゅーするんだー」

    勇者(本当にするんじゃないよね? 怖くて聞きたくないんだけど)


    146: ◆AYcToR0oTg 2014/11/25(火) 23:20:23.95 ID:Omxn1hu50



    女術師「…………」

    勇者「っ」ビクッ

    勇者「な、何かな?」

    女術師「…………仲良くしてあげて?」

    勇者(罵倒されるかと思った。根はいい子みたいだな)


    魔剣士「勇者ってばもてもてね」

    魔女「あら、嫉妬?」

    魔剣士「そんなんじゃないわよ。嬉しいだけ」

    魔女「ふーん、どうして?」

    魔剣士「魔物を倒すために必要とされるんじゃなくて、笑顔になるために必要とされてるのよ。嬉しいに決まってるじゃない」

    魔女「……いい女になりなさいね、魔剣士ちゃん?」

    魔剣士「なるわよ、当たり前じゃない」


    147: ◆AYcToR0oTg 2014/11/25(火) 23:21:16.54 ID:Omxn1hu50


    女術師「…………勇者様の嫁になるために?」

    魔剣士「っ」ケホッケホッ

    魔剣士「な、何を言い出すのよ!」

    魔女「まったく、面白い子なんだから。……女術師ちゃん、何かお話?」

    女術師「…………うん。二人に協力してほしいの」


    男闘士「司祭さん。勇者様に助けてもらうんだって?」

    司祭「勇者たっての希望でな。私たちは孤児院を、勇者たちは畑を見張ってくれるらしい」

    男闘士「俺、勇者様たちと一緒に畑を見てていいか? 稽古をつけてもらいたいんだ!」

    司祭「……畑の近くで稽古していると、魔物が現れなくなりそうだな。後で相談しておく」

    男闘士「やりぃ!」


    148: ◆AYcToR0oTg 2014/11/25(火) 23:22:08.67 ID:Omxn1hu50


    司祭「以前から思っていたが、男闘士はどうしてそんなに強さを求めている?」

    男闘士「? そんなの決まってるだろ。司祭さんにも幸せになって欲しいからだよ」

    司祭「私が?」

    男闘士「司祭さんもいい年なんだしさ、そろそろ結婚とかしないとだろ」

    司祭「一端の口をきくようになったな。だが人の心配をするのは三年早い」

    男闘士「はいはい、一六になるまでは子供だーってね。でも、俺は早く大人になりたいんだよ」

    司祭「……そうか」

    司祭「いくつになっても思い知らされる。子供の成長とは早いものだな」


    149: ◆AYcToR0oTg 2014/11/25(火) 23:23:02.09 ID:Omxn1hu50


        ◇夜 畑

    魔剣士「雨上がりだし、魔物がいつ来てもいいように見張らなきゃね」

    魔女「こんなにいい畑なんだものね? 魔物に散らかされちゃうのはもったいないかなあ」

    勇者「ごめん、ちょっといい?」

    魔剣士「なに?」

    勇者「実はさ、これから男闘士を指導することになっちゃって」

    魔女「あらそうなの?」

    勇者「僕は孤児院にいるけど、何かあったらすぐに駆けつけるから、二人で見張っていてもらえるかな?」

    魔剣士「考えることは一緒みたいね」


    150: ◆AYcToR0oTg 2014/11/25(火) 23:23:54.41 ID:Omxn1hu50


    勇者「何の話?」

    魔剣士「女術師と男闘士のことよ。そういうことなら、あたしが男闘士を鍛えるわ」

    魔剣士「あたしじゃ女術師の役に立てないし」

    魔女「勇者くんは確かにこちら側よね。でもいいの? わたしと勇者くんを二人きりにして?」

    魔剣士「そんなことで嫉妬しませんー! あたしは勇者のこと信じてるもの」

    魔女「わたしを信じてないあたり、ひどい話よねえ?」

    魔剣士「はいはい。それじゃ勇者、女術師のことは魔女から聞いてね」スタスタ

    勇者「つまり、どういうこと?」

    魔女「男闘士くんも女術師ちゃんも、強くなりたい思いは同じってことなのよ?」


    151: ◆AYcToR0oTg 2014/11/25(火) 23:24:47.34 ID:Omxn1hu50


        ◇食堂

    魔剣士「視線の動きがあからさま。てんでダメダメ」バシッ

    男闘士「いたっ!」

    魔剣士「どこを狙っているのか丸わかりよ。そんなんじゃ素人にしか通用しないわ」

    男闘士「くそっ、もう一回!」

    魔剣士「ええ、それくらいの負けん気はなくちゃね。あたしに勝てないようじゃ、勇者の相手なんて一億万年は早いわ!」

    男闘士「一億万年って……魔剣士さん、子供みたい」

    魔剣士「うるさいわね! さっさとかかってきなさいよ!」


    152: ◆AYcToR0oTg 2014/11/25(火) 23:25:42.24 ID:Omxn1hu50


        ◇朝 食堂

    魔女「そうすぐには出てきてくれないみたいね?」

    勇者「焦っても仕方ないよ。地道に頑張ろう」

    男闘士「あ、おはようございます勇者様」ボコボコ

    勇者「うわあ!?」

    魔女「あら、ぼろぼろにやられたことね? 魔剣士ちゃんって過激みたい」

    魔剣士「失礼ね。ちょっと力を入れすぎただけよ」

    勇者「だからって回復はしてあげなよ」

    魔剣士「してたわよ。でも途中で魔力が尽きちゃったの」


    153: ◆AYcToR0oTg 2014/11/25(火) 23:26:34.54 ID:Omxn1hu50


    男闘士「うすっ! 回復してはボコられ、回復してはボコられを一晩中繰り返しました!」

    勇者「そ、そう。とりあえず回復しよっか。回復<イエル>、回復<イエル>、回復<イエル>」

    男闘士「いてて……」

    魔女「ふあ~ぁ。さて、お昼までは寝ましょ? 午後は女術師ちゃんに頼まれているものね?」

    男闘士「俺も寝るっス! 体、バキバキなんで!」

    魔剣士「しっかり休んでおきなさいね。今晩も徹底的に鍛えてあげるわ」

    男闘士「う、うすっ! ががが頑張るっす!」

    勇者(魔剣士、何やったんだろ。声震えちゃってるよ)


    154: ◆AYcToR0oTg 2014/11/25(火) 23:27:34.31 ID:Omxn1hu50


        ◇午後 女術師の部屋

    女術師「…………魔女さん。女たらしさん。今日はよろしくお願いします」

    魔女「ふふ、こちらこそね?」

    女たらし「よろしく」

    勇者「…………」ペリッ オンナタラシ

    勇者「話はざっと聞いてる。魔法を完成させたいんだってね」

    女術師「…………うん。私、司祭さんに頼らなくてもいいように、この魔法を使いこなしたい」

    魔女「わたしは攻撃魔法しか使えないけど、理論はわかってるの。勇者くんもそうでしょ?」

    勇者「魔法の構成だけは勉強してるよ。……結界魔法って簡単な代物じゃないよね」

    女術師「…………わかってる」コクリ

    女術師「…………でもやらなきゃいけない。男闘士も頑張ってるから」

    女術師「…………魔女さん。勇者様。お願いします」


    155: ◆AYcToR0oTg 2014/11/25(火) 23:29:42.95 ID:Omxn1hu50


    ………
    ……


    魔女「うーん? 孤児院を覆えるくらいの結界を一人で作るなら、もうちょっと改良しないとダメそうね?」

    女術師「…………そう。戦闘に使うくらいのなら、今でもできる、けど」

    女術師「…………結界<グレース>」シャラン

    勇者「おお、凄いね」コンコン

    魔女「将来は有望ね? 勇者くん、この子を仲間に勧誘したら?」

    勇者「何を言ってるのさ」

    女術師「…………何のお話?」

    魔女「魔王を倒すための仲間になってほしいな、って思ったのよ?」

    女術師「…………ごめんなさい。嬉しいけど、私は孤児院を守るの」

    勇者「気にしないで。君の気持ちは立派なものなんだから」

    勇者「孤児院を守るのも、世界を守るのも、きっと違いはほとんどないんだよ」


    156: ◆AYcToR0oTg 2014/11/25(火) 23:30:42.77 ID:Omxn1hu50


    女術師「…………口説かれてる。やっぱり勇者様のこと警戒する」

    魔女「本当にね? 隅に置けない勇者くん?」

    勇者「そういうんじゃないのに……」

    女術師「…………ん、ごめんなさい。勇者様、優しいから嬉しくて」

    勇者「大丈夫だよ、それくらいわかってる」

    魔女「でも立派よね? 司祭くんと、男闘士くんと、三人でここを守りたいなんて」

    女術師「…………ちょっと違う。私と男闘士は、司祭さんに頼らなくても守れるようになる」

    女術師「…………司祭さんには、幸せになってもらいたいから」

        ◇女術師の部屋 外

    司祭「やれやれ」

    司祭(男闘士と同じことを言っているな)

    司祭(私の幸せ、か)

    司祭(身よりのない子供たちを育てあげるのは幸せだったが)

    司祭(寂しそうに見えていたなら、私もまだまだ未熟なようだ)


    157: ◆AYcToR0oTg 2014/11/25(火) 23:31:52.63 ID:Omxn1hu50


        ◇三日後夜 畑

    勇者「魔女さん。ようやく現れたよ」

    草食ウルフA~G「グルル……」

    魔女「結構な数だこと。お相手は大変かもね?」

    勇者「基本的には僕が相手をして、魔女さんは言霊で威嚇、逃げようとしたら氷魔法で追撃、ってとこかな」

    魔女「そうね? 畑に影響あったらまずいし、他の魔法は控えておこうかしら?」

    勇者「判断は任せる。行くよ!」

    ………
    ……


    勇者「いい加減、終われっ!」ズバッ

    草食ウルフI「キャイン」ドサッ

    勇者「はあ、はあ……仲間を呼ぶとか、ほんと、勘弁してほしいよ」

    魔女「増えなければあと五体、ね。勇者くん、まだいけそう?」

    勇者「いける。けど、そろそろしんどい。何とかまとめるから、魔女さんの魔法で一掃できないかな」

    魔女「あら、勇者くんは誰に言ってるの? この魔女は、魔法の威力なら女術師ちゃんにも負けないのよ?」


    158: ◆AYcToR0oTg 2014/11/25(火) 23:33:44.07 ID:Omxn1hu50


    勇者「……だったね。なら見せてもらおうか、魔女さんの力をさ」

    草食ウルフG、J~M「ウゥゥ……ッ」

    勇者(円を描くように、狼たちの周囲を動き回る)

    勇者「はっ!」

    草食ウルフK「ガゥッ」

    勇者(攻撃をさせないためにも、止まるわけにはいかない)

    勇者「よーく狙いを定めなよ。出てきたら切り裂いてやるからな!」

    草食ウルフG「ワンッ」

    勇者「出てくる、なっ!」ブンッ

    草食ウルフG「ワフンッ」

    草食ウルフM「ウ、ウゥッ」ジリジリ

    勇者「逃げるな! 氷魔<シャーリ>!」

    魔女「勇者くん!」

    勇者「!」バッ


    159: ◆AYcToR0oTg 2014/11/25(火) 23:35:15.25 ID:Omxn1hu50


    魔女「凍えなさい、高氷魔<エクス・シャーリ>!」

    草食ウルフL「キャ、キャウン」

    魔女「一匹外しちゃった! 勇者くん!?」

    勇者(孤児院の方に……行かせるか!)

    チャキッ

    魔剣士「行かせないわ。ここから先はあたしの持ち場なの」

    草食ウルフL「ガウッ!」

    魔剣士「…………一の剣、左目穿ち」

    草食ウルフL「ガフ……」ドサッ

    魔女(魔物とすれ違いざま、左側から一突き、ね。ちょっと先を越されたかしら)


    160: ◆AYcToR0oTg 2014/11/25(火) 23:36:28.74 ID:Omxn1hu50


    勇者「ごめん魔剣士、助かった」

    魔剣士「別にいいわよ。最初は三人で戦うつもりだったんだし」

    魔剣士「それで? あたしに手を出さないようお願いしたくらいだもの、ちょっとは手応えをつかめたの?」

    勇者「完璧ではないけど、魔法と剣の切り替え方はマシになってきたと思う」

    勇者「魔剣士はどうなの? 騎士団の剣技、さっき使ってみせてたけど」

    魔剣士「もう少し練習が必要ね。待ちかまえなきゃ使えないんじゃ実践向きじゃないし」

    魔女「もう、二人とも? わたしを一人にしていつまで喋っているの?」

    魔剣士「いいじゃない、ちょっとくらい。魔女は魔力を抑える練習してたのよね? 上手くいった?」

    魔女「ぜんぜんダメってとこね? 魔法三回で魔力を使い切っちゃうのは変わらないの」

    勇者「前途多難だね、三人ともさ」


    161: ◆AYcToR0oTg 2014/11/25(火) 23:37:13.64 ID:Omxn1hu50


        ◇司祭の部屋

    司祭(強い。が、まだまだ穴がある)

    司祭(攻撃役が回復まで兼任しているのだから、それも仕方ないが)

    司祭「せめてもう一人は仲間が必要だろうな」

    司祭「…………もう一人、か」

    シャラン

    司祭(? 急に目の前が……これは、結界魔法か)

    司祭「何だ? 何が起きている?」


    163: ◆AYcToR0oTg 2014/11/25(火) 23:40:24.24 ID:Omxn1hu50


        ◇孤児院 外

    魔剣士「始まったようね。ここからでも結界<グレース>が見えるわ」

    魔女「孤児院をすっぽり覆っている。急ごしらえだったのに、女術師ちゃんは使いこなしてるみたいね?」

    勇者「感心しているのもいいけど、様子は見に行こうよ」

    勇者「間の悪い盗賊たちと、二人は戦ってるはずだしね」


    164: ◆AYcToR0oTg 2014/11/25(火) 23:41:51.76 ID:Omxn1hu50


        ◆反対側

    盗賊首領「ちっ。魔物の相手で手薄になったかと思ったが、とんだ誤算だったな」

    盗賊A「結界。乗り込めない」

    盗賊B「油断して戻ってきたとこをグサァ作戦、失敗さね」

    女術師「…………」

    男闘士「逃がすと思うなよ。背中を向けたら、俺の拳をたたき込んでやる」

    盗賊B「で、どうします頭?」

    首領「厄介なガキ二人だが、五人がかりでなら負けはしねえだろ。畑にいる奴らが来る前に終わらせるぞ」

    盗賊C「へへっ、女の方はさらっていいっすよね?」

    盗賊D「またかよ。この好き者め」

    男闘士「てめえら……っ」

    女術師「…………相手に乗せられないで。負けちゃったら困る」

    男闘士「ふん、わかってるよ」


    165: ◆AYcToR0oTg 2014/11/25(火) 23:42:55.27 ID:Omxn1hu50


    男闘士「……わかってるけどなあ。許せねえことはあるんだよ!」バッ

    女術師「…………直情バカ」

    盗賊A「ふん。死ね」シュバッ

    男闘士(投げナイフ! だが遅い!)

    男闘士「一拳必殺!」

    盗賊A「ぐふっ」

    首領「んだと?」

    女術師「…………鳩尾を殴って一撃。強くなった?」

    男闘士「当たり前だろ。俺がどんだけ魔剣士さんに痛めつけられたと思ってんだよ」

    女術師「…………ん。打たれ強くなった?」

    男闘士「ちげえし! 魔剣士さんくらいの実力者じゃなきゃ、負けなくなったんだよ!」

    首領「はっ、所詮ガキか。……だがてめえら、油断するな。全員で囲め」

    盗賊C「へへへ! いいねえ君、その冷たい目。どんな風に歪んでくれるかなあ!」

    女術師「…………」

    盗賊D「おいおい、油断すんなよ。まだすばしっこいオスガキも残ってんだ」


    166: ◆AYcToR0oTg 2014/11/25(火) 23:43:40.13 ID:Omxn1hu50


    女術師「…………私を前座扱いとか、見る目がない」

    盗賊D「あン?」

    女術師「…………高炎魔<エクス・フォーカ>」

    首領「!? てめえら逃げろ!」

    盗賊C「ぎゃああああ!」

    男闘士「おい、殺すなよ?」

    女術師「…………そんなことしない。炎の温度は下げてある」

    首領「――――」ジリッ

    男闘士「おっと。おいおい首領さん、逃げるなよ? あんたらのせいで、こっちはさんざん迷惑を受けたんだ」

    女術師「…………みんなを怯えさせた。許さない」

    首領「ほざけ。弱い奴らは食われるだけなんだよ」

    女術師「…………なら、私たちに勝てないあなたは、社会に食べられる側」

    首領「黙れ! ぶっ殺してやる!」ダッ


    167: ◆AYcToR0oTg 2014/11/25(火) 23:44:35.95 ID:Omxn1hu50


    男闘士「女術師、下がってろ」

    首領「死ねえ!」

    男闘士「魔剣士さん直伝! 一の拳、左目抉り!」ドスッ

    首領「がっ……」

    女術師「…………へぇ」

    男闘士「やりぃ!」


    168: ◆AYcToR0oTg 2014/11/25(火) 23:45:18.24 ID:Omxn1hu50


        ◇物陰

    魔剣士「てんでなってないわ」

    勇者「まあまあ」

    魔剣士「思いっきり相手の左脇腹を見てるじゃない。あいつはあたしから何を教わったの? 鍛え直してやるわ!」

    勇者「魔剣士、止まる」ガシッ

    魔剣士「離しなさいよ勇者!」

    魔女「落ち着いて魔剣士ちゃん? ここはせめて、司祭くんに任せましょ?」


    169: ◆AYcToR0oTg 2014/11/25(火) 23:46:16.01 ID:Omxn1hu50


    司祭「騒がしいと思えば。私に内緒で何をしている?」

    男闘士「お、司祭さん! 見てたか、俺たちの活躍」

    女術師「…………司祭さんに頼らなくても、盗賊を倒せた」

    司祭「そうだな。お前たちは強くなった」

    女術師「…………ん」

    男闘士「だろだろ!? これなら司祭さんがずっと孤児院にいなくても、皆を守れるよな!」

    女術師「…………司祭さんが、自分の人生をなげうたなくて済む」

    司祭「男闘士。いつか言っていたな。私に幸せになってもらいたいと」

    男闘士「うん」

    司祭「私の幸せとは、なんだろうな」

    女術師「…………?」

    司祭「神に仕え、祈りを捧げ、一六になってからは孤児院に時間を費やした」

    司祭「もう一〇年になるか。だが苦しいと思うことはあっても、やめようと思ったことは一度もない」

    司祭「そんな風に生きてきた私だから、他の幸せなんてわからないな」


    170: ◆AYcToR0oTg 2014/11/25(火) 23:48:25.21 ID:Omxn1hu50


    女術師「…………私、司祭さんのことをお父さんみたいに思ってる」

    男闘士「俺は父親っていうより兄貴って感じだけどな」

    女術師「…………でも、悲しいけど、私たちは本当の家族になれない」

    女術師「…………人の温かさを教えてくれた司祭さんが、ずっと一人でいるのはよくない」

    司祭「男闘士にも言われたな。さっさと結婚しろと」

    司祭「思えば私は、一人の女性を真摯に愛したことがない、未熟者だったか」

    司祭「あまりにも出遅れてしまったが、間に合うだろうか」

    男闘士「大丈夫だろ、司祭さんなら」

    女術師「…………うん。老け顔だけど、まだ若い」

    司祭「そうだな。お前たちが言うなら、きっとそうなんだろう」

    司祭「――――全く。弟と娘に言われたなら、私も立ち止まるわけにいかないか」


    171: ◆AYcToR0oTg 2014/11/25(火) 23:49:25.13 ID:Omxn1hu50


        ◇朝

    魔剣士「盗賊のことは任せておいて。次の町で自警団に引き渡すわ」

    女術師「…………ん。お願いします」

    男闘士「次に会うまでに、絶対に師匠を越えてやるからな!」

    魔剣士「――――へえ? 威勢がいいことを言うようになったわね、男闘士? 何なら今すぐ受けて立つわよ?」

    勇者「大人げないよ魔剣士。悲しいのをごまかしたいからって戦いをふっかけないの」

    魔剣士「別にそんなんじゃないわよ……たぶん」

    魔女「ふふ? 魔剣士ちゃんは相変わらずね?」

    魔女「……ところで、司祭くんは見送りに来ないのかしらね?」

    男闘士「司祭さんって涙もろいからなー。それでも挨拶には出てくると思うけど」

    女術師「…………司祭さん、今朝からずっと荷造りしてる」

    勇者「昨日の話は聞いてたけど、そのことで?」

    女術師「…………たぶん。司祭さん、不器用だから」


    172: ◆AYcToR0oTg 2014/11/25(火) 23:50:36.75 ID:Omxn1hu50


    魔剣士「そういうことなら準備が終わるのを待つ? もし行く方向がおなじなら、一緒に行った方がいいわよね?」

    勇者「そうだね。ちょっとのんびりしてようか」

    ……


    司祭「準備に手間取ったが、勇者たちはまだいるだろうか……む?」

    子供4「ゆうしゃさま、わたしをおいていっちゃうの?」ウルウル

    子供2「あたしがそばにいれば、ほかにはなにもいらないっていったのに」グスッ

    子供1「あー! ゆーしゃさまがなかせたー!」

    子供3「ゆうしゃさまもひとのこだったね」

    勇者「はは……また遊びに来るよ。世界が平和になったらね。だから離してほしいなー」

    子供2「いや! ゆうしゃさまのいないせいかつなんてたえられない!」

    子供4「ゆうしゃさま、どうかわたしをおいてかないで?」

    魔剣士「へえ。ゆうしゃってばモテモテねー?」

    魔女「やさぐれちゃってる魔剣士ちゃんもかわいいのね? ……子供に嫉妬するのはどうかとも思うけど?」

    女術師「…………やっぱり不潔」


    173: ◆AYcToR0oTg 2014/11/25(火) 23:51:44.54 ID:Omxn1hu50


    司祭「最後まで変わらないな、お前たちは」

    男闘士「お、司祭さん。引っ越しの準備はできたのか?」

    司祭「引っ越しではなく旅立ちの間違いだ」

    男闘士「ん? 孤児院を出て町で暮らすんだろ?」

    司祭「それはしばらく先の話だ」

    司祭「――――勇者。折り入って頼みがある」

    勇者「お世話になったんだし、できることなら聞くよ。何?」

    司祭「私を旅に同行させてくれないか?」

    男闘士「は!? なんでそうなるんだよ!」

    女術師「…………勇者様たちは魔王討伐の旅。危険すぎる」

    魔剣士「確かに急な話よね。これまでそんな話は出てなかったもの」

    魔女「ふーん? 司祭くん、何か理由があるのよね?」

    司祭「幸せになって欲しいと男闘士や女術師から言われはしたが、ここが魔物に襲われる可能性は見過ごせない」

    司祭「魔物がいなくなれば安全とまでは言えないが、危険なことは目減りするだろう」


    174: ◆AYcToR0oTg 2014/11/25(火) 23:52:59.41 ID:Omxn1hu50


    勇者「だから一緒に魔王を倒そうって思ったの?」

    司祭「今は勇者や魔剣士が回復も担っているのだろう? 私が仲間になれば負担も減ると思うが」

    魔剣士「どうする? 勇者」

    魔女「いいじゃない? 仲間になりたいと言ってくれてるんだもの」

    魔女「司祭くんだってそれなりの覚悟があるんだと思うな?」

    司祭「無論、覚悟はしている。安全な旅ではないだろう。だがそれでも、やると決めたんだ」

    勇者「……そういうことなら、お願いするよ」

    男闘士「なんか考えてたのとは違っちゃったな」

    女術師「…………心配。でも、司祭さんが決めたなら、私は帰ってくるのを待つ」

    司祭「すまないな。だが二人になら、孤児院を任せられる。頼まれてくれるか?」

    男闘士「当たり前だろ。俺たちはもう子供じゃないんだ」

    女術師「…………ん」コクリ

    司祭「ああ。お前たちはもう子供じゃない」


    178: ◆AYcToR0oTg 2014/11/26(水) 18:45:21.65 ID:i7OG4VjD0


    ――――閑話6

    魔剣士「司祭の武器ってすっごく重そうよね」

    司祭「それほどではないと思うが。持ってみるといい」

    魔剣士「ええ。……いやいや重いわよ! なにこれ!」

    勇者「鉄製の丸棒だしね。そりゃあ重いでしょ。僕の二の腕くらい太いし」

    司祭「私には使いやすい大きさと重さだが」

    魔女「司祭くんは体が大きいものね? わたしたちと頭二つ分は違うもの」

    勇者「服がなければ聖職者だとは思えないくらいだね」

    司祭「ひどい言われようだな。これでも二〇年以上神に仕えてきた古株なんだが」

    魔剣士「まあいいじゃない。それだけ頑丈な体してれば、魔物との戦いもこなせそうだしね」

    勇者「そういえば、司祭さんってどういう風に戦う? 回復に徹するのか、前にも出るのか」

    司祭「前には出るつもりだが、あくまで勇者たちの回復と補助が役割だと思っている」

    魔女「実際に戦ってみた方が早いんじゃないかしら? ちょうど魔物がいるようだし?」

    甲殻鈍馬A・B「ング……」

    勇者「固そうだね。剣の刃が痛まないといいけど」

    魔剣士「鉄の剣だと不安よね。魔法を使っていけばいいんじゃない?」

    司祭「さて、私の力は勇者たちのお眼鏡にかなうかどうか」

    魔女「ふふ、頼りにしていいのよね、司祭くん?」


    179: ◆AYcToR0oTg 2014/11/26(水) 18:46:37.77 ID:i7OG4VjD0


    甲殻鈍馬A「ングッ!」ダッ

    魔剣士「足は速くないみたいね。でも動き回られるのは迷惑よ!」ブンッ

    甲殻鈍馬A「?」ガキン

    魔剣士「固っ! 何よもう、最近こういう魔物ばかりじゃない!」

    勇者「魔剣士、下がって! 炎魔<フォーカ>!」

    甲殻鈍馬A「ッ!?」

    司祭「固いのは外側だけだろう。殴打には弱そうだが、どうだ」ブオンッ

    甲殻鈍馬A「ングンッ!?」ベコッ

    魔女「あらあら、攻撃的だこと。……こそこそ動かないで、このノロマ」ボッ

    甲殻鈍馬B「ンググッ」グサッ

    魔剣士(正面からぶつかるのは得策じゃない。よっぽど体重を乗せないとあの甲皮に刃が通らない。背後からなら……)

    魔剣士「後ろ足なら守りが薄いみたいね。今度こそ斬ってみせるんだから!」

    甲殻鈍馬B「ングァ!」グンッ

    魔剣士「痛っ!?」

    魔剣士(まず……左手、折れてる? 後ろ足で蹴られるとは思わなかった……)

    甲殻鈍馬B「フシューッ」

    勇者「こ、っの! 魔剣士から離れろ! 氷魔<シャーリ>!」

    司祭「大丈夫か? 高回復<ハイト・イエル>」

    魔剣士「いったぁ……」

    司祭「骨折は治したが、私の神性では痛みまで消せない。しばらく堪えてくれ」


    180: ◆AYcToR0oTg 2014/11/26(水) 18:47:49.30 ID:i7OG4VjD0


    魔女「……魔剣士ちゃんに手を出すなんて。二度と歩けないようにしてあげる」ボッ

    甲殻鈍馬B「ングァ」グサッ

    勇者「これで終わらせる……雷魔<ビリム>!」

    甲殻鈍馬A・B「ングッ!?」


    勇者「魔剣士、大丈夫?」

    魔剣士「ええ、司祭に回復してもらったから。もうちょっとしたら剣も持てると思う」

    魔女「今回は魔剣士ちゃんの勇み足だったかしらね? 苦手な魔物の時くらい、わたしを頼ってくれていいと思うな?」

    魔剣士「そうね、焦っちゃってたと思う。気をつけるわ」

    勇者「でも司祭さんのおかげで助かったよ。回復<イエル>じゃ骨折は治せないから」

    司祭「私の力が認められたなら幸いだ。……せめてもう少し神性が高ければ、とは思うがな」

    魔女「自分の未熟を嘆いてばかりじゃ先に進めないでしょ? 自分にできないことを知って、少しずつ前に進むべきじゃなくて?」

    司祭「ふっ、そうだな」

    司祭「…………ところで、気になったんだが。魔女はどうして敵を罵倒しながら戦うんだ?」

    魔女「あれがわたしの戦い方なのよ? 魔物への悪口を、魔法に変えてぶつけるの。母がまじない師だったから、呪いはお手のものなのよ?」

    魔女「だからわたしがぶつぶつ言っていても、気にしないでほしいなあ?」

    司祭「それは構わないが……色々な戦い方があるものだ。世界とは広いんだな」


    181: ◆AYcToR0oTg 2014/11/26(水) 18:49:02.69 ID:i7OG4VjD0


    ――――関係模索

        ◇夕方 宿

    司祭「さて……三人は宿で休んでいてくれ。私は買い出しに出かけてくる」

    勇者「それなら僕も行くよ。人数が増えた分、荷物も多くなるだろうし」

    司祭「安心しろ、多少の荷物でまいるような体はしていない。ではな」

    勇者「あ、ちょっと司祭さん」

    バタン

    勇者「ああもう、ちょっと行ってくるよ」

    魔剣士「あたしも行きましょうか?」

    勇者「魔剣士は休んでていいよ。左手のこともあるしね」

    魔剣士「……そう? じゃあ、いってらっしゃい」

    勇者「いってきます」

    バタン

    魔剣士「うーん、司祭って真面目すぎるのかしらね。雑用は全部一人でこなそうとするし」

    魔女「そうねえ……」

    魔剣士「それにほら、野宿の時とか。火の番はあたしや魔女がやらなくていいようにって立ち回ろうとしてるじゃない?」 

    魔剣士「いつも気づかない振りして火の番しちゃうけど」

    魔女「そうよねえ……」

    魔剣士「……魔女。話を聞いてる?」

    魔女「ええ。お母さんの料理が恋しいのよね?」

    魔剣士「そんな話はしてないわよ!」


    182: ◆AYcToR0oTg 2014/11/26(水) 18:50:39.04 ID:i7OG4VjD0


        ◇夜

    勇者「~~♪」

    魔剣士「お金の計算をしてる勇者って幸せそうよね……なんか、かわいそう」

    勇者「ちょっと待って、なんで僕は憐れまれたの?」


    司祭「いつ見ても面白い子たちだな」

    魔女「あら、司祭くんってば保護者気分? 仲間相手にそういうのは感心しないなあ?」

    司祭「実際、一回り年上なんだ。そう思っても仕方ないだろう」

    魔女「そうかしら? 仲間は対等であるべきじゃなくて?」

    司祭「別に私の方が偉いというわけじゃない。目線が違ってしまうのは年齢的なものだからな」

    魔女「だとしても、わたしや勇者くんたちは守られるだけの相手じゃないのよ?」

    司祭「わかっている。そこまで口うるさくしているつもりはないが?」

    魔女「自覚がなかったのね? うるさくはないけど、気遣われすぎて面白くないと思っているのにな?」


    勇者「なんで急に険悪になってるの?」コソッ

    魔剣士「うーん、ちょっと心配よね」コソッ


    司祭「そうか。すまない、そういうつもりではなかった。気をつけよう」

    魔女「そうしてくれると助かるな?」

    司祭「……だが一つ言わせてもらうが、魔女のその服装はどうなんだ?」

    魔女「……何か文句があって?」

    司祭「うら若き女性がそこまで肌を露出するのは好ましくないだろう。魔物に攻撃されることも考えれば、旅に適さない服だと思うが?」

    魔女「どうして今になってそんなことを言ってくるのかしら?」

    司祭「孤児院に来たばかりの頃は、余計な口出しだと思っていたからな。今は仲間で、対等だろう? だから口を出すことにした」


    183: ◆AYcToR0oTg 2014/11/26(水) 18:51:52.17 ID:i7OG4VjD0


    魔女「肌を出しているのには理由があるの! その方が魔物の魔力を感じやすいもの。索敵に有効なの。だから着替えるつもりはないのよ?」

    司祭「そう言われてもな。いつ脱げるかと気が気じゃない服は、勇者の目にも毒だと思うが」

    魔女「毒? 司祭くん、わたしの体は見るに耐えないものだって言いたいのよね?」


    魔剣士「…………」ジーッ

    勇者「よこしまな気持ちで魔女さんを見てないよ。だからその目は止めてくれないかな」


    司祭「この場合の毒は、劣情をあおるものという意味だろう」

    魔女「それは仕方ないでしょ? 勇者くんは若いんだもの?」

    司祭「私もまだ若いつもりだが」

    魔女「どうかしら? 司祭くんって老成しすぎだものね」


    勇者「そろそろ二人を止めない? このままじゃ、いつどっちが怒りだすかわからないよ」

    魔剣士「どうかしらね……放っておいても良さそうな気がするのよ。乙女の直感としては」

    勇者「うーん。魔剣士の直感ってムラがあるから、あまり当てにするのもね」

    魔剣士「……ちょっと。それどういう意味?」

    勇者「そう怒らなくてもいいと思うけど。もともと直感なんだし、根拠があってのことじゃないでしょ?」

    魔剣士「そうだけど! あたしの言葉を信じてくれてもいいじゃない!」


    魔女「二人はどうして喧嘩してるのかしらね?」

    司祭「さあな。いつものことだ、どうせ数分で仲直りするだろう」


    184: ◆AYcToR0oTg 2014/11/26(水) 18:53:05.67 ID:i7OG4VjD0


    ――――悪魔との遭遇

        ◇資料館

    『女神に刃向かったことで世界の果てに幽閉された悪魔は、たぶらかす人間を探しながら私たちを眺めているのです』

    魔剣士「こういう伝承もあるのね」

    魔女「狡知に長け、人を惑わし、世の道理から踏み外させる。悪魔の習性は一般的だけれど、女神様が直接関わるのは珍しいかしらね?」

    魔剣士「へえ、そうなの?」

    魔女「悪魔と女神様が同じ話に出るときはね、人間が間に挟まっているのよ? 悪魔に騙された人間を女神様が救済する、みたいにね?」

    魔剣士「それならあたしも聞き覚えあるわ。恋人を失った男の話とか」

    魔女「南の大陸だとその話が一番有名だものね?」

    魔剣士「勇者ならもっといろんな話を知ってると思うけど」チラッ

      町長「いかがです勇者様。これだけ多くの逸話と資料を展示している場所は、城下町にもないでしょう!」

      勇者「はは、そうですね。僕も驚いているところです」

      町長「おお、勇者様からお褒めの言葉をいただけるとは! これは私の胸に留めず、広く紹介しなくてはなりませんな!」

      勇者「はは……は」

    魔剣士「もう。勇者ってば弱腰なんだから」

    魔女「町長さんも商魂たくましいのね? 勇者くんにこの資料館の話を広めてもらいたいんでしょう?」

    魔剣士「みたいね。気持ちはわかるけど、あまりいい気はしないわ」

    魔女「勇者くんを利用されてるみたいだから?」

    魔剣士「……そういうんじゃないけど、それでもいいわ」


    185: ◆AYcToR0oTg 2014/11/26(水) 18:54:34.76 ID:i7OG4VjD0


        ◇市場

    少年「やーい! 悔しかったらここまでおいでーだ!」

    少女「言ったなあ! ぜったい泣かせてやるんだから!」

    司祭(仲のよいことだ)

    司祭(孤児院はどうだろうな。男闘士と女術士がいれば危険はないだろうが、みんな元気にしてるだろうか)

    司祭「……いかんな。こんなことばかり考えるから、魔女に保護者だなんだとからかわれる」

      商人「はあ、困った困った」

    司祭「む……?」

      商人「どうしたものだろう。誰か心優しい人はいないものだろうか」

    司祭(ずいぶんとわざとらしい御仁だな)

    司祭「失礼。何かあったのか? 私でよければ力になるが」

    商人「本当ですか! いやあ助かりますな! ほとほと困り果てていて、どうしたものかと思っていたのです!」

    司祭「……して、何が?」

    商人「実は、川沿いを南下している途中で馬車が脱輪しましてな。人手を探していたのですが」

    商人「何しろこの町はケチで有名でして、お礼をふっかけられてしまうのです」

    司祭「……つまりあなたは、無償で助けてくれる人を探していたと?」

    商人「はは、いえいえそんな、無料でとは言いません。少しばかりのお礼は包みますとも!」

    司祭(あまり期待はしないでおくか。町長に呼び出された勇者も、そろそろ解放されているだろうからな)

    司祭「私が仲間と一緒に見てみよう」

    商人「おお助かります! いやはや、これは今朝の女神様へのお祈りが効きましたな!」


    186: ◆AYcToR0oTg 2014/11/26(水) 18:55:57.71 ID:i7OG4VjD0


        ◇川沿い

    魔剣士「似てる」

    魔女「そっくりよね?」

    勇者「…………」ゲンナリ

    司祭「どうしたんだ? 三人とも、渋い顔をして」

    魔女「ふふ、どうしてかしらね?」

    魔剣士「あのー、町長さんとはお知り合い?」

    商人「ふん、あんなやつなど! あのバカ兄は商売を捨てたクズですな!」

    勇者「やっぱり兄弟なんだ。ヒゲしか違いが見当たらないし」

    魔女「商売の熱心さは家柄だったのね?」

    商人「町長の話などいいではありませんか! ほら、見えてきましたよ! あれがわたしの馬車です!」

      御者「ひえ~!?」

    司祭「悲鳴、か?」

    魔剣士「ずいぶん力のない声だったわね」

    商人「くっ、あの新入りめ! 馬車をろくに走らせることもできないばかりか、見張りさえダメなのか!」

    勇者「まあまあ。……みんな、とりあえず行ってみようか」

    魔女「なんだかイヤな予感がするなあ?」


    187: ◆AYcToR0oTg 2014/11/26(水) 18:57:06.59 ID:i7OG4VjD0


    商人「おい御者! 何をしている!」

    御者「商人さぁん! こいつらが馬車に入ってくるんですよぉ」

    イヌイヌA・B・C「ワンッ」

    魔女「あらかわいい」

    商人「魔物じゃないか! すぐ追い払え!」

    魔剣士「イヌイヌって全く危険のない魔物だったわよね?」

    勇者「そうだね。凶暴性のない唯一の魔物だったかな」

    御者「そうは言っても魔物じゃないですかぁ~! 怖くて触れませんよぉ!」

    司祭「やれやれ、女々しいことだな」

    商人「御者、お前は次の町でクビだ!」

    御者「えぇ~?」

    勇者「まあまあ。とりあえず馬車を道に上げちゃおうか」

    魔剣士「勇者、疲れたから投げやりになってるわね」

    魔女「そうね? 魔剣士ちゃんが癒してあげたら?」

    魔剣士「聞こえなーい、聞こえなーい」

    勇者「司祭さん、そっちを持って」

    司祭「そちらは川辺だから足場が悪いだろう。代わるか?」

    勇者「大丈夫。任せてよ」

    司祭「ならいいが。いくぞ?」

    勇者「せー、のっ!」

    グググッ


    188: ◆AYcToR0oTg 2014/11/26(水) 18:58:31.01 ID:i7OG4VjD0


    商人「おお! 馬車が浮きましたな!」

    魔女「これくらい離れてやればちょうどいいかしら? 氷魔<シャーリ>」

    商人「なんと! 溝が氷で埋まりましたな!」

    魔剣士「……あたしだけやることなかったわね」

    商人「いやあ、迅速な対応でしたな! 流石は勇者様!」

    御者「こ、こらー、お前たちー! 暴れるなって!」

    商人「……まったく、あの御者と来たら!」

    イヌイヌB「わんっ」

    イヌイヌC「やんっ」

    御者「商人さんの荷物を持っていくな~!」タッタッ

    御者「あぁ!?」コケッ

    勇者「危ない!」

    グイッ

    ザブン

    御者「ほえ……あれ?」

    魔女「勇者くん!?」

    魔剣士「ユウ!」ダッ


    189: ◆AYcToR0oTg 2014/11/26(水) 18:59:38.49 ID:i7OG4VjD0


    勇者(失敗した、川に落ちちゃったか……御者さんは大丈夫だったかな)

    勇者(流れはそこそこ早いし、流される前に上がらなきゃ)

    ?「いいや、そのまま溺れとけ」

    勇者「?」

    ?「ほーら、ドブン」

    勇者(なっ!? 足を引っ張られて……息、が……っ)


    190: ◆AYcToR0oTg 2014/11/26(水) 19:02:27.95 ID:i7OG4VjD0


        ◇世界の果て

    勇者「ゴホッ、ケホッ」

    ?「よお、元気そうだな」

    勇者「――――君、誰?」

    悪魔「あん? オレの話は聞いただろ? 女神のせいでここに幽閉された悪魔だよ」

    勇者「……それはあくまで伝承でしょ。実話じゃない」

    悪魔「んだよ、頭のかてえ奴だな。じゃあ何か? 角や尻尾が生えてて肌の青いオレは悪魔以外のなんなんだよ?」

    勇者「魔物化した人間とか」

    悪魔「あー、いちいちうるせえな。オレぁ命の恩人だぞ? いちいち口答えすんじゃねえよ」

    勇者「命の恩人、ね。僕の足をつかんで溺れさせたの、君だと思ったけど」

    悪魔「ちっ、覚えてやがったか」

    勇者「記憶力はいいからね。……でも君の行動はちぐはぐだよ。僕を溺れさせといて、どうして助けたの?」

    悪魔「てめえに干渉するためだ。女神に監視されてるてめえと会うには、死ぬ寸前にかっさらうくらいしか方法がねえからな」

    勇者「……監視って言い方はどうかと思うよ。女神様から勇者に選ばれた以上、見られていてもおかしくはないけどさ」

    悪魔「はっ、あんなアバズレに見初められて喜ぶとは、とんだ甘ちゃんだな。乳離れできてねえのかてめえ?」

    勇者「女神様の悪口を言うもんじゃないよ」

    悪魔「てめえは何も知らねえからそんなことが言えんだよ。女神の奴はなあ、」

    悪魔「――――――――――――――――――――――――――?」

    勇者(なんだろう。声が出てない?)

    悪魔「おい。聞こえなかったのか?」

    勇者「君の声が出ていなかったんだよ」

    悪魔「…………ちっ。女神の加護があるうちは無理か」

    勇者「君、何がしたいのさ」


    191: ◆AYcToR0oTg 2014/11/26(水) 19:04:15.02 ID:i7OG4VjD0


    悪魔「おいてめえ、今すぐ女神の加護をぶっ壊せ」

    勇者「そんなことするわけないでしょ」

    悪魔「オレはてめえのためを思って言ってるんだよ!」

    勇者「なら事情を説明しなよ」

    悪魔「事情を説明するには女神の加護を壊さなきゃ無理なんだよ!」

    勇者「はあ。君の境遇は聞いてるけどさ、だからって女神様を憎んでも状況は変わらないでしょ」

    悪魔「ちっ。この女神信奉者が」

    勇者「人類を救おうとしている女神様に、その言い方はどうなのさ」

    悪魔「あの売女が救おうとするのは人類だけだろうが」

    勇者「……魔物も救わなきゃダメってこと?」

    悪魔「そうじゃなくてなあ――くそ、これ以上は気づかれるか」

    勇者「気づかれるって、女神様に?」

    悪魔「オレは無理矢理てめえを連れてきたからな。今の世界に勇者が不在だとまずいんだよ」

    勇者「よくわからないけど、元の場所に戻してくれるならありがたいね」

    悪魔「はっ、言ってろ恩知らずが」

    悪魔「――――勇者」

    勇者「何?」

    悪魔「次はてめえを本当に助けてやる。だから、てめえはオレを助けろよ?」

    勇者「話はよく飲み込めないけど。その時は助けるよ。きっとね」

    悪魔「はん、約束だ」

    悪魔「てめえが死ぬのを待ってるよ、バカな勇者め」


    192: ◆AYcToR0oTg 2014/11/26(水) 19:06:23.00 ID:i7OG4VjD0


        ◇川辺

    勇者「ん……」

    商人「おお、生き返りましたな!」

    司祭「勇者を勝手に殺すな」

    魔剣士「よかった……よかったっ」ギュッ

    勇者「オサ、ナ?」

    魔女「もう、心配かけるんだから。あとでオシオキね?」

    勇者「魔女さん……何が起きたんだっけ?」

    魔女「まだぼーっとしてるみたいね? 覚えてないかしら? 御者くんを助けようとして、勇者くんは川に落ちちゃったのよ?」

    司祭「勇者を助けるために魔剣士も川に飛び込んだ。お前は魔剣士に助けられたんだ」

    御者「す、すみません、勇者さん……」

    勇者「……いや、無事だったならそれでいいよ。本当なら溺れなかったはずだし」

    司祭「妙な言い方だな。どういうことだ?」

    勇者「ちょっと……いろいろあったんだ。目を覚ますまでの間に」

    司祭「ふむ?」

    勇者「オサナ、もう大丈夫だから。泣かないでよ」ナデナデ

    魔剣士「もう……ユウのバカ」

    勇者(白昼夢みたいなものかな。死ぬ間際に記憶がよみがえるのとは違うだろうけど。……なんて。夢じゃないことくらい、よくわかってる)

    勇者「悪魔、か」


    193: ◆AYcToR0oTg 2014/11/26(水) 19:06:58.29 ID:i7OG4VjD0


    勇者(それにしては、不釣り合いな首飾りをしてたけど)


    194: ◆AYcToR0oTg 2014/11/26(水) 19:08:10.78 ID:i7OG4VjD0


    ――――目指す場所

    魔剣士「ただいまー」

    魔女「勇者くん、頼まれていた地図はこれでいいのよね?」

    勇者「二人ともありがとう。司祭さん、こっちに来てくれる? これからの旅路を確認したいんだ」

    司祭「ああ、今行く」

    勇者「それじゃ、地図を広げてっと」バサッ

    魔剣士「あたしたちの暮らしてた村はどこかしらねー。あ、ここらへん?」

    勇者「もっと下だよ。ここだね」

    魔剣士「ずいぶん端っこにあるのね。じゃあ今の場所は?」

    魔女「それはここでしょう?」トントン

    魔剣士「へーえ、ずいぶん歩いてきたのね。こうして見るとなんだか感動しちゃう」

    勇者「道のりとしてはまだ半分ってとこだよ」

    司祭「待たせた」

    魔女「大丈夫よ? まだこれまでの道を振り返っていたところだもの」

    勇者「南の大陸を縦断してきたからね。色々と思い出もあるし」

    魔女「わたしはここから仲間になったのよね」

    司祭「私はこの街道から外れたところか。まだまだ新入りということだな」

    魔女「一番の年長者なのにね?」

    魔剣士「はいはい、魔女はそうやってからかわないの」


    195: ◆AYcToR0oTg 2014/11/26(水) 19:09:47.63 ID:i7OG4VjD0


    勇者「話を進めるよ。……明日一日かけて北上して、港町につく。そこからは船旅になるね」

    魔剣士「北の大陸まで、ね」

    勇者「そう。魔王が今どこにいるかはわからないけど、最初に現れたらしい開拓地には行っておきたいから」

    魔女「魔王がいるのは開拓地の奥だと噂されているものね?」

    魔剣士「それとは別に勇者は、お父さんを探さないといけないのよ」

    司祭「初耳だな。どういうことだ?」

    勇者「僕の父さんは開拓に参加していたんだ。……魔王が現れて以来、消息はわかってない」

    魔女「そう。……無事だといいのだけど、ね?」

    勇者「僕だって子供じゃないからわかってる。魔王が現れてからもう一〇ヶ月、たぶん父さんは生きてないと思う」

    勇者「でも、せめて遺骨くらいは母さんに届けたいなって」

    魔剣士「勇者……手、震えてる」ギュッ

    勇者「ん、ありがと。はは、自分で言うほどは割り切れてないのかな」

    司祭「――――では、当面の目的地は北の大陸の開拓地だな」

    魔女「海の上かあ。わたしは東の大陸の血筋らしいけど、南の大陸からは出たことないのよね?」

    司祭「私もだな。勇者と魔剣士もそうだろう?」

    魔剣士「ええ。それどころか、こうして旅をしてなきゃ村から出なかったかもしれないわ」

    勇者「僕は……どうだろうな。いつか村は出たんじゃないかと思う」

    魔女「あらどうして? 村には魔剣士ちゃんがいるのに、満足できなかった?」

    魔剣士「ちょっと魔女!」

    司祭「やれやれ。だが、どうして村を出ていたと思うんだ?」


    196: ◆AYcToR0oTg 2014/11/26(水) 19:11:33.69 ID:i7OG4VjD0


    勇者「知りたいことがたくさんあったから、かな。西の大陸は技研を中心とした文明の機械化が進んでいる」

    勇者「東の大陸なら結界魔法を筆頭に面白い魔法の始まりの地だし、北の大陸は上半分が謎に包まれてる」

    勇者「自分が暮らしてる南の大陸でさえ、知らないことの方が多かった」

    勇者「僕はたぶん、世界が広いことを実感したかった。だから勇者になる前から旅をしようとは思ってたんだ」

    魔女「なるほどね? でもそれなら、勇者くんは未来の子供に夢を与える立場になるかしらね?」

    司祭「……ああ、なるほどな。勇者は文明の発達と共にあった、か」

    魔剣士「なによ二人だけ納得して。どういうこと?」

    魔女「例えばね、世界で最初の船は、魔王討伐に向かう勇者さんが中心となって開発されたそうよ?」

    司祭「魔物から人々を守るためにと作られた結界魔法に、魔力を帯びた水を参考に作った解毒魔法も同様だな」

    勇者「ここ南の大陸で言うなら灌漑(かんがい)技術が顕著だね。……良くも悪くも、魔王の脅威にさらされた時に技術革新が起きているから」

    魔剣士「ふーん。勇者と魔王の戦いってそういう側面もあったのね」

    勇者「犠牲になった人のことを思えば、小さな利益だろうけど」

    魔女「争いの後で生活が豊かになるというのも皮肉よね?」

    司祭「…………さて。このままいけば数日中に海の上か。そうなる前に、孤児院へ手紙を送っておこうか」

    魔女「あら、面白そうね? わたしも女術士ちゃんに送ろうかしら」

    魔剣士「あたしは両親に送らないと。勇者は?」

    勇者「僕は母さんと、魔剣士の家にも送るよ。心配かけてるだろうし」

    魔剣士「んー、あたしの心配をしてくれるほど繊細な人たちだったかしらね」

    勇者「答えづらいことを言うね……」

    勇者(――――いよいよ開拓地が近づいてきた。覚悟はしてるけど、割り切れない気持ちもある)

    勇者(父さん。僕は父さんの死を受け止められるくらいには、大人になれたかな?)


    203: ◆AYcToR0oTg 2014/11/27(木) 05:55:56.57 ID:n8MTD8vz0


    ――――大陸の外へ

        ◇海上

    魔剣士「んーっ、潮風って気持ちいいわね!」

    勇者「海、気に入った?」

    魔剣士「ええ。船旅も悪くないなって思うわ」

    魔剣士「……ま、魔女はダメみたいだけど。今も司祭に看病されてるもの」

    勇者「乗ってすぐ気持ち悪そうにしてたからね。まだ出発したばかりだから、魔女さんはしばらく辛いだろうけど」

    魔剣士「どれくらいで北の大陸に着くの?」

    勇者「三日三晩はかかるかな。三日後の午前中には向こうの港に着くと思うよ」

    魔剣士「へえ、結構かかるのね」

    勇者「船が進む早さは徒歩とそんなに変わらないからね」

    魔剣士「船の大きさを考えたら、早いのか遅いのか微妙なところかしら」

    勇者「早くすることは今でもできるらしいよ。揺れがひどくなるだけでさ」

    魔剣士「魔女には優しくない乗り物になっちゃうわね」クス

    勇者「もう船には乗らないと言い出しかねないかな」

    魔剣士「それくらいなら、もう言い出していると思うわよ?」


    204: ◆AYcToR0oTg 2014/11/27(木) 05:56:58.06 ID:n8MTD8vz0


    魔女「わたし、もう船には乗らない……」

    司祭「酷なことを言わせてもらうが、帰りはどうするつもりだ?」

    魔女「南の大陸なんて、もういいのよ……わたし、帰る場所がないもの」

    魔女「北の大陸で骨を埋める……」

    司祭「やれやれ。いつものようにからかうこともできないか」

    魔女「ふん、だ……大人しい女のほうが男は好きなんでしょ……」

    司祭「魔女の意見を否定する気はないが、大人しいのと弱っているのは違うだろう」

    司祭「今の魔女の方が好みだという馬鹿な男がいたら、殴りつけるところだ」

    魔女「……ふんだ。かっこつけちゃって……」

    司祭「魔女相手にかっこつけてどうする」

    魔女「……わたしは、大丈夫だから。海を見てきたら?」

    司祭「何だ急に。しおらしいことを言い出して」

    魔女「うるさいのよ……看病させて、悪いなとは思ってるの」

    司祭「勇者か魔剣士と交代した時にでもな。あの二人もしばらくしたら戻るだろう」

    魔女「バカねー……久しぶりの二人きりなのよ、時間を忘れるに決まっているもの」

    司祭「それならそれで構わないが。あの二人は一六になったばかりなんだ、大人になりきれる年齢じゃない」

    司祭「勇者と魔剣士が楽しんでいる時くらい、私が魔女の相手をすればいいだろう」

    魔女「……ふん、だ」

    魔女「ほんと、バカなんだから……」


    205: ◆AYcToR0oTg 2014/11/27(木) 05:58:00.74 ID:n8MTD8vz0


        ◇二日後

    旅人「おい」

    勇者「……」

    旅人「おい!」

    勇者「……もしかして、僕に声をかけてる?」

    旅人「当たり前だろ、他に誰がいるんだよ」

    勇者「ごめん、人の名前は忘れないほうだけど、君が誰だかわからないな」

    旅人「おれは旅人ってんだよ。覚えたか?」

    勇者「僕は勇者っていうんだ、よろしく」

    旅人「誰がテメエの名前を聞いたよ? 自惚れんなバーカ」

    勇者「……それで、何か用事?」

    旅人「あん? 用事がなきゃ、おれはテメエに話しかけちゃいけねえのかよ?」

    勇者(めんどくさい人に話しかけられちゃったな)

    勇者「そうではないけどね。僕に話しかけてくるのって、何かしら聞きたいことなり頼みたいことなりある人が多いから」

    旅人「はん! 女神みてえな頭の固い女に従えられてる奴に頼むことなんざねえよ」

    勇者「……女神様の悪口は感心しないな」

    旅人「けっ、テメエは誰とでもお友達になるような聖人君子じゃなきゃ認めねえのか? とんだ偽善者だな!」

    勇者「悪口を公言するのと、好きになれない人がいるのは一緒くたにしちゃいけないよ。……ねえ、君は僕に喧嘩を売りにきたの?」

    旅人「テメエなんざ喧嘩を売る価値もねえな! どんな腑抜けが勇者なのか見に来ただけだよ! じゃあな!」

    勇者(行っちゃったか。なんだったんだろ)


    206: ◆AYcToR0oTg 2014/11/27(木) 05:59:00.28 ID:n8MTD8vz0


    船員1「旅人? そんな人はこの船に乗ってないはずですよ?」


    207: ◆AYcToR0oTg 2014/11/27(木) 05:59:53.91 ID:n8MTD8vz0


        ◇入港

    勇者「魔女さん、大丈夫?」

    魔女「大丈夫じゃないのよ……でもちょっとはよくなったかしら」

    司祭「停泊するまでは立ち上がることも覚束なかったがな」

    魔女「司祭くんうるさい……」

    魔剣士「はいはい。新天地に着いた早々、喧嘩しないの」

    勇者「魔剣士が喧嘩を仲裁するのって違和感あるな」

    魔剣士「あたしだって成長したもの。今なら勇者に一騎打ちで遅れを取らないわよ?」

    勇者「うんそうだね、凄いね」

    魔剣士「……見てなさいよ。いつか負かしてやるんだから」

    司祭「成長はどこにいったんだかな」

    魔女「はあ、気持ち悪い……」

      ウオビトA「…………」

      アンフィビ「なるほど、あれが勇者。いかほどのものでしょうか」

      アンフィビ「行きなさい。船は破壊して構いませんよ」

      ウオビトA「…………」コクリ


    208: ◆AYcToR0oTg 2014/11/27(木) 06:01:30.70 ID:n8MTD8vz0


    ドンッ

    魔女「また揺れ……うっ」アオザメ

    魔剣士「止まっていてもこんなに揺れるのね」

    勇者「違う、さっきは完全に右に傾いた。停泊中にあんな揺れ方することはほとんどない」

    魔剣士「……え、どういうこと?」

    勇者「ちょっと周りを見てくる」

    魔剣士「勇者、待ってよ! あたしも行くから!」

    司祭「魔女。立てそうか?」

    魔女「無茶を言わないでほしいのよ……」

    司祭「なら仕方ない、船の周囲を氷魔<シャーリ>で固めてしまうといい。接岸しているから、揺れも多少はなくなるはずだ」

    魔女「……何が起こっているのかしら?」

    司祭「わからないが、何か起きてからでは遅いだろう」


    209: ◆AYcToR0oTg 2014/11/27(木) 06:02:37.20 ID:n8MTD8vz0


        ◇船上

      ウオビトB・C・D「……っ!」ドゴン

    魔剣士「勇者、あれ!」

    勇者「任せて、風魔<ヒューイ>!」

      ウオビトB「!」ザブン

    魔剣士「海に潜って逃げた、のよね?」

    勇者「わからない。とにかく船から下りよう」

      船員「うわあ!」

    勇者「魔剣士!」

    魔剣士「わかってる!


    210: ◆AYcToR0oTg 2014/11/27(木) 06:04:11.73 ID:n8MTD8vz0


    魔女「高氷魔<エクス・シャーリ>!」

    司祭「ふんっ!」ブオン

    ウオビトF「ケフッ」ベチャッ

    司祭「船の中に隠れているといい。私たちが魔物を倒す」

    船員1「あ、ありがとうございます!」

    魔女「司祭くん、大丈夫?」

    司祭「まずいな。船にどんどん上がってきている。数も多い」

    魔剣士「二人とも、無事!?」

    魔女「こっちはなんとかね? でも、油断できない状況かしら?」

    勇者(船を乗降できないよう、舷梯に魔物が集まってる。動きが合理的すぎる)

    魔女「勇者くん、どうする? 船を下りるなら、集まっている魔物を一掃しましょうか?」

    勇者「船の中にはまだ人が残ってる、離れられないよ。船の周り、魔女さんが魔法で固めたんでしょ?」

    勇者「足場がしっかりしてるなら、ここで魔物を叩くしかない」

    魔剣士「ああもう、考えるのは勇者に任せる! こっちに寄ってくる魔物、倒してくるから!」

    司祭「援護してくる、後は頼む」

    勇者「……魔女さん、魔力はできるだけ温存して」

    魔女「理由があるみたいね? 気をつけようかしら?」

    勇者(魔物に誰かが指示を出している。厄介かもしれない)

    勇者「僕も前に出る。魔女さんは司祭さんの近くにいて」

    ウオビトA「……」ベチャ、ベチャ

    勇者「僕はあまり注目されたくないんだ。こんなお出迎え、ごめんだよ!」


    211: ◆AYcToR0oTg 2014/11/27(木) 06:05:32.17 ID:n8MTD8vz0


    アンフィビ「ふむふむ。ウオビトでは刃が立ちませんか」

    アンフィビ「とはいえ攻撃は届く、でしたらウオビトを三〇体も差し向ければ息も上がるでしょう」

    アンフィビ「どうせ結末は変わらないのです。なら勇者はここで死んでも問題ないでしょう?」

    ……


    魔剣士「こ、のっ」ギシッ

    勇者「はっ!」ズバッ

    司祭「ふぅ……今ので、終わりか?」

    魔剣士「はあ、はあ」

    勇者「魔剣士、背中に怪我してる?」

    魔剣士「大丈夫よ……ちょっと、体当たりされただけ」

    司祭「すまない、回復が遅れてしまった。回復<イエル>」

    勇者「魔女さん、魔力は残ってる?」

    魔女「あと一回分、ってところかしら? ごめんなさいね、途中で使ってしまったの」

    勇者「しょうがないよ、途中からみんな手が回らなくなってた。出し惜しみしたら、全滅してもおかしくない」

    司祭「話は後だ、船に残っている人を陸に下ろさなければいけないだろう。また魔物に襲撃されたら厄介だ」

    魔剣士「そう、ね……今すぐ……っ」バッ

    ベチャッ

    アンフィビ「おや、よけますか? 動きを止めていただけたら簡単だったのですが」

    勇者「……やっぱり隠れてたんだね。出てこなければよかったのに」

    アンフィビ「そうもいきません。勇者を殺すせっかくの機会ですから」

    アンフィビ「私はアンフィビ、魔王様直属の部下をしています。勇者が死ぬまでの短い間ですが、よしなに」


    212: ◆AYcToR0oTg 2014/11/27(木) 06:07:59.68 ID:n8MTD8vz0


    司祭「勇者。まだいけるか?」

    勇者「僕は何とか。司祭さんこそ、まだ回復できそう?」

    司祭「長期戦は無理だ。魔女に魔法を温存させていたんだろう? すぐに終わらせるしかない」

    勇者「それができるなら、ね」

    勇者(ぬめぬめとした表皮……カエルみたいな両生類に近い生態かな。さっき魔剣士にぶつけようとした液体が気になるけど)

    アンフィビ「では参りますよ。そー、れっ」

    勇者「!?」ガキッ

    アンフィビ「おや、よく反応しました。顔を引き裂けると思ったのですが」

    魔剣士「勇者から離れなさいよ!」ブンッ

    アンフィビ「おっと、なかなかの切れ味ですね。よく鍛えられた剣をお持ちのようだ」

    魔剣士(嘘……ほとんど刃が通らなかった)

    アンフィビ「しかし弱々しい……かーーっ、ぺっ!」

    魔剣士「っ!」ベターッ

    アンフィビ「これで動けませんね、さあ死になさい!」

    魔剣士「こ、のっ!」ガキンッ

    アンフィビ「おや、私の粘液を浴びながら、剣を盾にして攻撃を受けましたか。勇者のお供をするだけありますね」

    アンフィビ「しかし、今度こそ動けません」ニヤー

    魔剣士「くっ」ベターッ

    魔剣士(か、体が床からはがれない……っ)


    213: ◆AYcToR0oTg 2014/11/27(木) 06:08:57.51 ID:n8MTD8vz0


    司祭「はあ!」ブオン

    アンフィビ「ふむ」ピタ

    司祭「くっ……」ブルブル

    アンフィビ「聖職者にしては戦い慣れていますね。鉄の棍で背中を強打、それならばさしもの私も動きを止めるでしょう」

    勇者「風魔<ヒューイ>!」

    アンフィビ「おっと」シュパッ

    アンフィビ「これは困りました。手で受け止めたら、自慢の水掻きが切れてしまいましたね」

    勇者「ずいぶんとお喋りだね……やかましいったらないよ」

    アンフィビ「おや、これは失礼。なにぶん退屈な戦闘でして。どう勇者を殺してみせるかと、余計なことを考えてしまうのですよ」

    魔女「……そのぬめぬめとした体で歩き回らないでほしい、船が汚れちゃう、そんなこともわからない低脳なのかしら」ボボッ

    アンフィビ「ほう?」チクッ

    アンフィビ「今のはおもしろいですね。あなたの中には人間への悪意が詰まっているようだ。外に出し、魔力で固め、ぶつけることで攻撃する」

    アンフィビ「魔物に近い戦い方と言えますね」

    司祭「ふざけるな、魔女は人間だ」ブォン

    アンフィビ「対してあなたは、おもしろくも何ともない」グンッ

    司祭「がっ」

    アンフィビ「腹部への膝蹴りで戦闘不能、ですか? 筋骨隆々とした体は見せかけのようですね」

    司祭「…………まだ、だ」

    アンフィビ「おやしぶとい」


    214: ◆AYcToR0oTg 2014/11/27(木) 06:10:46.62 ID:n8MTD8vz0


    アンフィビ「ふふ、さてさて」ペタペタペタ

    勇者(……? どうして今、わざわざ僕たちから距離を取った?)

    アンフィビ「ではそろそろ、勇者を殺させていただきましょうか」

    アンフィビ「――――極氷魔<グラン・シャーリ>」

    魔女「っ! 高炎魔<エクス・フォーカ>!」

    アンフィビ「ふむ、あなたの魔法は通常のそれよりも、ずっとずっと威力が大きいようだ」

    魔女「……あら、お褒めいただけるのね?」

    アンフィビ「ええ、素晴らしいですからね。……が、私には届かない」

    魔剣士(くっついた服は破いた、鎧と靴を脱いだ。あと床に張り付いているのは……)

    アンフィビ「さて、魔法は相打ちに終わりましたか。ではもう一度、試しましょう」

    魔女(ふふ、笑えない冗談ね……わたしは魔力が残ってないのに)

    魔女「次は何の魔法かしら? 炎魔<フォーカ>? 雷魔<ビリム>?」

    アンフィビ「そうですねえ……いっそ全部、ではいかがでしょう?」ニヤァ

    魔女「!?」

    アンフィビ「いきますよ? 極<グラン・」

    魔剣士「やあぁ!」ブンッ!!

    アンフィビ「!?」ザクッ

    魔剣士「はぁ、はぁ」

    アンフィビ「……あなたは戦線から離脱したものと思っていましたが。油断しましたね、これでは左手が動かない」

    司祭(魔剣士、手の皮膚を力ずくではがしたか。無茶をする)


    215: ◆AYcToR0oTg 2014/11/27(木) 06:13:27.24 ID:n8MTD8vz0


    司祭「高回復<ハイト・イエル>!」

    魔剣士「ごめん、ありがと……」

    アンフィビ「しかしその回復は無駄ですよ。私に傷をつけたあなたに敬意を表し、勇者より先に殺してあげましょう」ペタペタペタ

    勇者(また……どうして追撃しない? 何を嫌がって動いて……)

    勇者「…………魔女さん。残りの魔力は?」

    魔女「無茶、言わないでくれる? もう空っぽよ?」

    勇者「僕の魔力全部を渡す。魔女さんには魔法を使ってほしい」

    魔女「わたしの魔法であの魔物を倒せるかしら?」

    勇者「アンフィビに魔法を使われたら難しいと思う。だから――――」



    魔女「――――賭け、ね? 勇者くんの読みが間違っていれば、わたしたちが負けちゃうけど?」

    勇者「その時は、僕が命がけでアンフィビを倒す。最悪、あいつは僕さえ殺せばいなくなるはずだから……」

    魔女「捨て身の覚悟は嫌いよ? だから、自分の知恵を信じなさいね?」

    勇者「わかった」ダッ

    魔女「…………勇者くんからもらった魔力、ちょっと足りないのよね。がんばって練り上げて、魔法の威力を高めましょうか」


    魔剣士「強がるのはいいけど、片腕となったあなたなら、あたしは互角に戦えるんじゃないかしら?」

    アンフィビ「さて? どうでしょうね?」

    勇者「一対一にこだわる必要はないよ。僕と魔剣士、二対一だ」

    魔剣士「勇者……」

    アンフィビ「おや、二人がかりなら私を倒せると?」


    216: ◆AYcToR0oTg 2014/11/27(木) 06:14:29.66 ID:n8MTD8vz0


    司祭「補早<オニーゴ>、補守<コローダ>」

    勇者「司祭さん」

    司祭「私の魔力はこれで尽きた、怪我はしばらく我慢してほしい」

    勇者「――わかった」

    魔剣士「はっ!」

    アンフィビ「不意打ちでなければ、私を斬ることはできません」

    アンフィビ「他の二人も同様です!」ダンッ

    勇者「がっ」

    司祭「かふっ」

    アンフィビ「まずは死になさい、勇者!」ヒュッ!

    勇者「くっ、そ」

    ブォン

    アンフィビ「おや? 勇者をかばった、それが女神の加護ですか」

    アンフィビ「さすが、お気に入りなだけありますね?」

    魔女「勇者くん!」

    勇者「魔女さん、構わない! 吹き飛ばせ!」

    アンフィビ「あなたが魔法を準備しているのはわかっていました。また相殺してあげましょう」

    魔女「高風魔<エクス・ヒューイ>!」

    アンフィビ「? どこに向かって魔法を」

    勇者「決まってるでしょ。空に浮かぶ雲にだよ」


    217: ◆AYcToR0oTg 2014/11/27(木) 06:15:42.62 ID:n8MTD8vz0


    アンフィビ「…………忌々しい勇者ですね。いつ気づいたのやら」

    勇者「あれだけ日の光を避けて歩き回ったんだ、僕だって気づく」

    勇者「もう太陽を隠す雲はない。これで形勢は逆転できたかな?」

    アンフィビ「私は逃げる、と言ったら?」

    魔剣士「逃がすと思うの?」

    アンフィビ「おお怖い。ですがいいのですか? 私を殺す間に、港に上がったウオビトが人々を殺しますよ?」

    勇者「!?」

    アンフィビ「そして私は、勇者たちに倒されるつもりがありません。まだ五分と五分、よい勝負ができると思いますよ?」

    アンフィビ「どうしましょう? 続けますか? 次回に持ち越しますか?」

    勇者「……魔剣士、船から降りて」

    魔剣士「でも」

    勇者「僕もすぐに行く」

    魔剣士「…………ええ、わかった」

    アンフィビ「賢明ですね。女神に気に入られるだけはある」

    勇者「次は確実に倒すよ」

    アンフィビ「今度は間違いなく殺しましょう」

    アンフィビ(さて、太陽に体を相当焼かれましたか。こうまで日光に弱い私の体には、嫌気が差しますね)

    アンフィビ「さようなら、勇者。束の間の命を楽しみなさい」ペタ、ペタ、ペタ


    218: ◆AYcToR0oTg 2014/11/27(木) 06:16:48.88 ID:n8MTD8vz0


    司祭「逃がしていいのか?」

    勇者「次があるなら、今は悔しさを噛みしめる。あっちにこそ、死にものぐるいで倒しにこなかったことを後悔させるよ」

    勇者「次は負けない。絶対に」

    ………
    ……


    船長「怪我をした人は少なく、また怪我の程度も軽いようです」

    勇者「そうですか。よかった」

    船長「…………そうですな」

    船長「しかし、船はもうダメでしょう。魔物の攻撃、魔法の余波、とてもではないが命を預けられません」

    勇者「――――すみません。僕らの力が及ばず」

    船長「あなた方は皆の命を守った。……命だけは守ることができた。それだけの話でしょう」

    勇者「…………」


    船員2「あんなんで、本当に魔王を倒せるのかよ……」


    魔剣士「っ!」

    乗客1「あの魔物が気まぐれを起こさなかったら……」

    乗客2「もしかして、今度こそ世界は魔王に支配されちまうんじゃ……」

    魔女(ま、人間なんてこんなものよね)

    司祭「…………」

    魔剣士「な、なんでよ……命をかけたのは勇者なのに、どうしてそんなこと言われなきゃ……!」

    勇者「魔剣士、いいんだ」

    魔剣士「でもっ」

    勇者「僕が行く先々で厚遇されるのは、魔王を倒す力があると思われてるからだよ。その当てが外れたら、失望されてもしょうがない」

    魔剣士「…………っ」グッ

    魔剣士(あたしの力が足りなかったから……だから勇者が悪く言われちゃってるんだ)


    219: ◆AYcToR0oTg 2014/11/27(木) 06:18:13.57 ID:n8MTD8vz0


    ――――新たな一歩

        ◇宿

    魔女「僕らは強くならなきゃいけない、ね?」

    勇者「うん。こんなこと、わざわざ僕が言わなくても皆は努力してたけどね……それでも、これからは本腰を入れなきゃいけないと思う」

    魔剣士「ええ。あたし、もっと強くならなきゃ」

    勇者「魔剣士の場合、単純な強さより戦闘での負担をなんとかしなきゃだね」

    勇者「攻撃の要として一番前に出てるけど、その分だけ魔物に攻撃されちゃうから」

    魔女「わたしはやっぱり、魔力の消費かしらね? 困ってはいたけど、ずっと解決はできないでいたもの?」

    司祭「私は神性の低さが気になるが……こればかりは生まれ持ったものだ、変えられない。他の何かで補うしかないだろう」

    魔剣士「具体的な問題がないのって、勇者くらいよね。魔法と剣の両立、最近はよくできてるでしょ?」

    勇者「……いや、僕は致命的な問題があるよ」

    魔剣士「そんなのあったっけ?」

    勇者「魔物をしっかり倒すには、攻撃力が足りていない」

    魔女「そう? もともと勇者くん、敵の弱点を見つけながら戦う方よね? あまり力不足って感じはなかったような?」

    勇者「だからこそ、かもね。自分の未熟さをごまかせていたから」

    司祭「……それぞれの問題を、あの魔物が再び現れるまでに解決しなければ、か。間に合うか怪しいところだな」

    勇者「アンフィビと再戦する時期はこっちで調整できるよ。太陽をあれだけ嫌うようじゃ、川辺とかでないと活動できないと思う」

    魔剣士「なら、いざ倒そうと思ったら相手の得意な場所に出向かなきゃなのね」

    魔女「あとは雨の日に気をつけるくらいかしらね? またわたしの魔法で雨雲を吹きとばしちゃおうかしら?」

    司祭「魔物も馬鹿ではない。同じ戦法を取られかねないなら、やはり陸地では襲ってこないだろう」

    勇者「僕もそう思うよ。だからしばらくは、自分たちのことに集中して大丈夫じゃないかな」


    220: ◆AYcToR0oTg 2014/11/27(木) 06:19:14.79 ID:n8MTD8vz0


    魔剣士「……あの、勇者? ちょっと相談があるんだけど」

    勇者「何?」

    魔剣士「南の大陸を出る前に聞いたんだけどね、この近くに呪われた鎧が封じられた塔があるらしいの。そこに行きたいなあって」

    魔女「あら、魔剣士ちゃんらしいお願いね?」

    魔剣士「ダメ?」

    勇者「いいよ。明日にでも塔の場所を聞いてみようか」

    司祭「……呪われた鎧に思いを馳せるあたり、最近の若い女性にはついていけないな」

    魔女「魔剣士ちゃんを女性の代表格とされちゃうのは困るなあ? わたしみたいに女性らしい人もいるのよ?」

    勇者「魔女さんの女性らしさはもっと隠した方がいいと思うよ」

    魔女「あら、勇者くんってばどこを見て言っているのかしら?」

    魔剣士「というか勇者は、あたしの女性らしさが否定されたことに何か言ってほしいわ。傷つくじゃない」

    勇者(……僕たちはまだ、強くなろうと一歩を踏み出したばかりだけど)

    勇者(どうしてだろう。この四人でなら大丈夫だって、根拠もないのに信じられる)

    勇者(仲間って、いいものだな)


    223: ◆AYcToR0oTg 2014/11/27(木) 20:27:38.45 ID:n8MTD8vz0


    ――――理非の塔

    魔女「ふふ、困りものよね?」

    魔剣士「笑い事じゃないわよ!」

    司祭「怒鳴っても仕方ないだろう。勇者も必死に考えているんだ、静かにした方がいい」

    勇者(魔剣士が苛立つのもしょうがないかな。……まさか入り口が見つからないなんて)

    勇者「見つかったのは怪しい謎かけだけ、か」

      上りたければ下るがいい

    司祭「魔剣士も一緒に考えたらどうだ?」

    魔剣士「あたし、頭を使うのは苦手なのよ……こういうのは全部勇者がやってくれたんだもの」

    魔女「勇者くんは魔剣士ちゃんをいつも甘やかしているのね? お優しいこと?」

    司祭「そうからかうな。魔女も頭脳労働者だろう? 何か思いつかないか?」

    魔女「あら、この魔女を誰だとお思い? もちろん考えがあるのよ?」

    魔剣士「なら先に言いなさいよ!」

    魔女「ふふ、怖い怖い。この場合はね、上るための道は地面を掘って見つけろってことじゃないかしらね?」

    司祭「なるほどな」


    224: ◆AYcToR0oTg 2014/11/27(木) 20:28:22.05 ID:n8MTD8vz0


    魔剣士「そういうことね! で、どこを掘ればいいの?」

    魔女「さあ?」

    司祭「勇者の考えがまとまるまで待つか」

    魔剣士「そうね」

    魔女「冷たいのね? 真面目に考えたのになあ?」

    勇者(掘る、ではないと思うな。下ると明言する以上、どこかに道があるはずだけど)

    勇者「三人とも、周囲に何かないか探してくれないかな? 塔から離れる必要はないから」

    魔剣士「はいはーい」

    司祭「わかった」

    魔女「ねえ勇者くん? 地面を掘るってどう思う?」

    勇者「この塔を作った人は知恵比べがしたいみたいだよ。体力に頼る方法ではないと思うな」

    魔女「は~い。それじゃあわたしも、真剣に探すとしましょうね?」


    225: ◆AYcToR0oTg 2014/11/27(木) 20:29:21.93 ID:n8MTD8vz0


    ……


    魔剣士「何か、と言われてもそれらしいものはないわね」

    魔剣士(枯れ井戸なんて珍しくもなんともないし)

    ……


    魔女「うーん、めぼしいものはなかったかな?」

    司祭「こちらも同様だ」

    勇者「僕の方もダメだった。魔剣士は?」

    魔剣士「あたしの方もなかったわ」

    司祭「勇者はどんなものがあると期待したんだ?」

    勇者「上りたければ下るがいい、を素直に受け取ってみようかなって。どこかで地下に行く道があるかと思ったんだけど」

    司祭「思ったより単純に考えるんだな」


    226: ◆AYcToR0oTg 2014/11/27(木) 20:30:10.06 ID:n8MTD8vz0


    勇者「でも何もないんじゃね。僕の読み違いみたいだ」

    魔女「うまくいかないものね? はあ、ダメだとわかったらのど乾いちゃったなあ」

    魔剣士「へえそうなの? 水が飲みたいならそこの枯れ井戸に行ってきたら?」

    勇者・魔女・司祭「…………」

    魔剣士「な、なによ? ちょっとからかったくらいでそんなに怒らなくても……」

    勇者「いや、いいんだ。とりあえずその枯れ井戸に行ってみようか」

    ……


    勇者「深さは……大したことなさそうだね。井戸の形をした入り口なのかな」

    魔剣士「へえ! 勇者、よく気づいたわね!」

    勇者「はは。うん、たまたまだよ」

    魔女「…………」ウズウズ

    司祭「魔女、余計なことは言うな」

    魔剣士「? まあいいわ、それじゃ早く降りましょうよ」


    227: ◆AYcToR0oTg 2014/11/27(木) 20:30:46.65 ID:n8MTD8vz0


    勇者「待って、一応確認しとかないと。炎魔<フォーカ>」シュボッ

    魔剣士「木の枝に火をつけてどうするの?」

    勇者「井戸に落とすよ。実は空気がありませんでした、ってなると井戸の底で全滅しちゃうし」

    司祭「細かいことに気が回るものだな」

    魔剣士「でしょ?」

    魔女「どうして魔剣士ちゃんが自慢げなのかしらね?」

    勇者「……大丈夫、みたいだね。それじゃ降りようか」


    228: ◆AYcToR0oTg 2014/11/27(木) 20:31:30.78 ID:n8MTD8vz0


        ◇塔の中

    魔剣士「また謎かけがあるのね……」

      軍隊アリは空を見ない

    魔女「この塔、魔剣士ちゃんとの相性が最悪みたいね?」

    ………
    ……


    ………
    ……


    229: ◆AYcToR0oTg 2014/11/27(木) 20:32:12.79 ID:n8MTD8vz0


    司祭「さて、そろそろ五分になるが。扉は開くか?」

    ギィ

    勇者「よかった、これで進めるね」

    魔女「それはいいのだけど、魔剣士ちゃんがへばってるのよね?」

    魔剣士「もうイヤ……全部でいくつ謎かけがあるのよ……」

    勇者「今ので最後みたいだから、元気を出しなよ」

    魔女「あらそうなの?」

    司祭「『その理性は本物なり』か。ならこの先に噂の鎧があるのだろう」

    魔剣士「ホント!?」

    魔女「これまで一問も解けなかった魔剣士ちゃんだけど、鎧を手に入れても大丈夫かしらね?」

    魔剣士「う……」


    230: ◆AYcToR0oTg 2014/11/27(木) 20:33:09.94 ID:n8MTD8vz0


    勇者「どちらにしろ呪われた装備らしいから、魔剣士に装備してもらわなきゃ困るよ」

    司祭「疑っていても話が進まないだろう。塔の試練をほとんど乗り越えた勇者か、神性の高い魔剣士かは、試してみた方が早い」

    魔女「それもそうよね? ふふ、楽しみだなあ?」

    魔剣士「だ、大丈夫よ! 鎧の呪いなんかに負けはしないわ!」

    勇者「その意気その意気。頑張ってね」

    司祭「……勇者は欲しいと思わないのか? 武器も防具も、目立った特長のない既製品だろう?」

    勇者「羨ましくはあるけどね。旅の途中で、勇者にしか装備できないって触れ込みの剣でもあれば嬉しいかな」

    司祭「ふ、そうか。見つかるといいな」

    魔女「二人とも、話しているのはいいけど、もう鎧が見えてきてるのよ?」

    魔剣士「あれ、よね」

    司祭「ほう。呪われた装備のわりに、綺麗な鎧だな」

    魔女「ホントよね? 魔剣士ちゃんの魔剣と比べちゃうと、拍子抜けかな?」

    魔剣士「魔剣は鞘で隠れるからいいけど、鎧があまり毒々しい感じだと、着けるのイヤになるじゃない……」

    勇者「理非の鎧、って名前らしいね。塔の名前をそのままつけたみたいだ」


    231: ◆AYcToR0oTg 2014/11/27(木) 20:34:11.23 ID:n8MTD8vz0


    魔女「でもこれ、本当に呪われているのかしらね? ふふ、ちょっと触ってみたりして?」ピト

    魔女「――――最近の勇者くん、わたしを見ても反応が薄いなあ。もっと過激な服装とかどうかしらね」

    魔剣士「魔女! 急に何を言い出すわけっ!」

    魔女「はっ!?」バッ

    司祭「どれだけ低俗なことを考えているんだ、魔女」

    魔女「違う、違うのよ? 勇者くんがわたしの格好に慣れたなとは思うけど、誘惑しようとか思わないもの?」

    勇者「……そっか。やっぱり呪われてるんだね。効果はなんだろ。錯乱とか、理性の低下とか、そういう感じかな」

    魔剣士「つまり本性が出るってことね?」ジロリ

    魔女「魔剣士ちゃん、わたしをにらまないで? 勇者くんを取ったりしないから、ね?」

    魔剣士「べ、別にそんな理由で怒ってるんじゃないわよ!」

    魔女「……司祭くん?」

    司祭「なんだ?」


    232: ◆AYcToR0oTg 2014/11/27(木) 20:34:54.86 ID:n8MTD8vz0


    魔女「次は司祭くんの番ね?」

    司祭「……さて、何の話だ?」

    魔女「とぼけちゃイヤよ? 次、鎧に触るのは司祭くんね?」

    司祭「冗談だろう?」

    魔女「あらできないの? 聖職者でも、心の中ではいけないことを考えてるのかしら?」

    魔女「ふふ、それが暴かれるのはイヤでしょうし、しょうがないかな?」

    司祭「む……」

    司祭「いいだろう、次は私が触る」

    勇者「そんな張り合わなくても」

    魔剣士「そうよ。油断して触った魔女が悪いんじゃない」

    魔女「でもわたしだけ被害を受けるのって、不公平だと思うなあ?」

    勇者「小さな子供みたいなこと言うね」

    司祭「放っておけ。私の理性を証明してみせるだけだ」ピト

    司祭「――――男女同室で宿に泊まるのは勘弁してほしいな。色々と、困る」


    233: ◆AYcToR0oTg 2014/11/27(木) 20:35:49.03 ID:n8MTD8vz0


    魔女「へえ?」

    司祭「!?」バッ

    魔女「ねえ司祭くん? わたしたちと一緒の部屋だと、何が困るのかなあ?」クスクス

    司祭「……さあな、鎧の呪いで錯乱していたのだろう。わからない」

    魔女「わたしは鎧に触れてるのよ? そんな嘘で言い逃れできると思って?」

    勇者「だからやめるように言ったのに」

    魔剣士「二人とも、年長者にしては変なとこで子供よね」

    勇者「……司祭さん。旅の資金はそこまで厳しくないし、男女で部屋分けしようか?」

    司祭「いらん気を使うな!」

    魔女「あら珍しい。司祭くんが怒鳴るなんてね?」

    司祭「っ……勇者、次はお前の番だろう」

    勇者「僕まで巻き込まないでほしいな」

    魔剣士「あ、でも試してみるのはいいんじゃない? 魔女や司祭と違って、勇者ならちょっと理性が下がっても問題ないと思うわよ」

    魔女・司祭「…………」ズーン


    234: ◆AYcToR0oTg 2014/11/27(木) 20:36:31.29 ID:n8MTD8vz0


    勇者「……まあ、魔剣士が言うなら」

    勇者(そんな風に言われたら断れないしね)

    勇者(自分を信じるしかないか……)ピト

    魔女・司祭「…………」ソワソワ

    勇者「――――この鎧は魔剣士に渡さない」

    魔剣士「へ?」

    魔女「あら、勇者くんでもダメみたいね?」

    司祭「はは、仕方ないだろう魔女。悪く言うものじゃない」

    勇者「――――強い装備を手に入れたら、魔剣士はもっと前に出る。そしたら、怪我をする。死んじゃうかもしれないんだ!」

    勇者「――――だから魔剣士には渡さない!」

    魔女「……笑った自分が恥ずかしいな?」

    司祭「言うな、私も悲しくなる」

    魔剣士「勇者……」


    235: ◆AYcToR0oTg 2014/11/27(木) 20:37:45.30 ID:n8MTD8vz0



    勇者「――――こうして旅をするのだって、本当はイヤなんだ。危険な目に遭わせたくない」

    勇者「――――僕のせいで怪我をしたらって、考えたらいつも怖くなる。だから……」

    魔剣士「勇者」

    勇者「――――っ」

    魔剣士「鎧から手を離して」

    勇者「――――い、嫌だ!」

    魔剣士「その鎧はあたしが装備する。少しでも怪我をしなくて済むように」

    勇者「――――だって、それじゃあ」

    魔剣士「ならあたしに勇者を一人にしろって言うの? いつ傷ついて倒れるかもわからないのに、大人しく待てと言うの?」

    魔剣士「……イヤよ、絶対にイヤ」

    魔剣士「あたしだって勇者が傷つくのは怖い。ユウが勇者に選ばれなきゃよかったって思ってる」

    魔剣士「でも、選ばれちゃったんだもの。だからあたしは、自分が後悔しない道を選ぶわ」

    勇者「――――魔剣士……」

    魔剣士「あたしは勇者の隣にいる。置いていったりなんて許さない。だから、鎧から手を離して」


    236: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/27(木) 20:38:25.88 ID:n8MTD8vz0


    勇者「っ」バッ

    勇者「…………ずいぶん恥ずかしいことを言うね、魔剣士ってば」

    魔剣士「ちょっと、思い出させないでくれる? 変なこと言い出す勇者が悪いんじゃない」

    勇者「はは、そうだね。……ところで、司祭さんと魔女さんは座り込んで何してるの?」

    司祭「気にするな、汚れている自分を自覚しただけだ」

    魔女「どうしてこんな大人になっちゃったのかしらね?」

    勇者「……ま、いいか。それじゃ魔剣士、最後に終わらせちゃって」

    魔剣士「んー……これまでの惨事を見てると、ちょっと怖じ気づいちゃうわよね」

    勇者「魔剣士なら大丈夫だよ。僕は信じてるから」

    魔剣士「――そう? なら試してみるわ」ピト


    237: ◆AYcToR0oTg 2014/11/27(木) 20:39:29.26 ID:n8MTD8vz0


    魔剣士(うわ……頭がぐわんぐわんする)

    魔剣士(なんだろ、ぼーっとして……ああ……難しいことを考えるの、面倒よね……このまま思考を投げ出しちゃえば……)

    勇者『僕は信じてるから』

    魔剣士(っ!? って何考えてるのよあたしは! 勇者の期待を裏切れるわけないじゃない!)

    魔剣士(刃向かうんじゃないわよ鎧のくせに! だまってあたしに従いなさい!)

    ――――バチッ

    魔剣士「ん……?」

    勇者「魔剣士、どう? 大丈夫?」

    魔剣士「ええ、いけそう。……ふふ、呪いに勝ったわ!」

    魔女「最初の予定通り、ね?」

    司祭「丸く収まったなら何よりだな。……なかったことにしたくはあるが」

    魔剣士「そういえば司祭。あたしたちと一緒の部屋だと、何が困るのよ?」

    司祭「気にするな。忘れろ。いいな?」

    魔剣士「何よ凄んじゃって。ねえ勇者、あたしたちと一緒の部屋だと何か困るの?」

    勇者「…………」

    勇者「さあね。僕にはわからないかな」


    238: ◆AYcToR0oTg 2014/11/27(木) 20:40:50.71 ID:n8MTD8vz0


    ――――理非を問う

        ◇夜 宿

    魔女「むにゃ……」zzz

    司祭「――――」zzz

    勇者「……」ムクリ

    カチャ、カチャ

    魔剣士(zz……ん、ん~?)

    カチャ、チャキ

    勇者「……」

    ガチャ、パタン

    魔剣士「ユウ、者?」

    魔剣士(なん、だろ……きちんと装備して、出てった?)

    魔剣士「何かあるのかしら……追いかけないと」

    魔剣士(っと。一応あたしも装備してこう)

    カチャカチャ


    239: ◆AYcToR0oTg 2014/11/27(木) 20:41:41.10 ID:n8MTD8vz0


        ◇町外れ

    勇者「…………二の剣、空縫い」シャッ

    勇者「…………三の剣、影払い」チャキ

    勇者「…………四の剣、死点繋ぎ」チャッ、、、

    勇者「やっぱり流れがぎこちないか。実戦で使えないどころか、相手がいない時でさえこれじゃ、先が思いやられるな」

    勇者「……魔剣士は満足してないみたいだけど、左目穿ちはほぼ完璧だった。せめてあれくらいには使えなきゃ」

    勇者「もう一度、」

    魔剣士「右手に力を入れすぎ。そんなんじゃいつまで立っても修得できないわよ」

    勇者「魔剣士……? どうしてここにいるのさ」

    魔剣士「それはあたしの言葉よ。鎧までつけて出て行くから何かと思ったら、こんな時間に剣の特訓?」

    勇者「ちょっと、眠れなくてね」

    魔剣士「子供みたいなこと言うんじゃないわよ。明日があるんだから、疲れをとるために力ずくで寝なさいよね」

    勇者「でもさ」


    240: ◆AYcToR0oTg 2014/11/27(木) 20:43:32.20 ID:n8MTD8vz0


    魔剣士「はあ、いいわ。ちょっと相手をしてあげる。あたしが勝ったら、大人しく休みなさいね」

    勇者「……素手?」

    魔剣士「木剣の用意がないの。勇者は剣を振ってもいいけど?」

    勇者「いいよ、僕も素手で相手する」

    ジリッ

    勇者「……ふっ!」ガッ

    魔剣士「悪いけど時間をかけるつもりはないの」フッ、、、

    魔剣士「無手、影払い」バッ

    勇者「っと、わ!?」

    魔剣士「受け身は取れた?」

    勇者「ってて……全力で足を払いに来たね」

    魔剣士「足首を裏から払う。技を知っててやられるんなら、一人で特訓する意味はないわよ?」

    勇者「『まず防げ。それから技を教えてやる』、か」

    魔剣士「騎士団の教えね。そのせいで、あたしや勇者は技を自力で身につけなきゃいけないんだけど」

    勇者「半年じゃ教われなかったみたいだしね、お互いに」


    241: ◆AYcToR0oTg 2014/11/27(木) 20:44:26.44 ID:n8MTD8vz0


    魔剣士「全くだわ。……ふう」ストン

    勇者「どうしたの、隣に座って」

    魔剣士「もう特訓は終わりでしょ? あたしも一休みするの」

    勇者「こんな野原で?」

    魔剣士「いいじゃない。今夜はこんなに星が綺麗なんだもの」

    勇者「……そうだね。寝転がってると、一面の星が眩しいくらいかな」

    魔剣士「あらいいわね。首が痛くなるし、あたしも寝転がろっと」ゴロン

    勇者「…………」

    魔剣士「…………」

    魔剣士「懐かしいわね」

    勇者「村にいた頃?」

    魔剣士「夜に抜け出しては、一緒に近くの遊び場で過ごしたじゃない」

    勇者「家に帰ると、だいたいバレてて母さんたちに怒られるんだけどね」

    魔剣士「あの頃とは、時間も距離も離れちゃったわよね……」

    勇者「……うん」


    242: ◆AYcToR0oTg 2014/11/27(木) 20:45:33.90 ID:n8MTD8vz0


    魔剣士「でも勇者は、昔とちっとも変わってない」

    勇者「そうかな?」

    魔剣士「覚えてる? あたしがカゼひいた時、勇者ってば一人で遠出して雪の花を摘んできたわよね」

    勇者「そんなこともあったな。あの時はこっぴどく怒られたっけ」

    魔剣士「思い詰めた勇者は、いつも無茶するの。あの時だって、村に帰ったのは朝方で、ご飯も食べずに歩き通しだったそうじゃない」

    魔剣士「……今も勇者は無茶するの。一人で思い詰めて、魔物に勝てなかったのは自分のせいだって決めつけてる」

    勇者「そんなつもり、ないんだけどね」

    魔剣士「じゃあどうして一人でこそこそ特訓してるの? 心配されるってわかってるからじゃない」

    勇者「……ごめん」

    魔剣士「謝るくらいならしないで。もし魔物に襲われたらどうするのよ」

    勇者「特訓にはちょうどいい、かな」

    魔剣士「バカ」

    ………
    ……


    243: ◆AYcToR0oTg 2014/11/27(木) 20:46:41.59 ID:n8MTD8vz0


    勇者「そろそろ戻ろうか」

    魔剣士「そうね。明日も早いんだし……あれ」

    勇者「どうかした?」

    魔剣士「左手。見せて」

    勇者「ああ、ちょっと擦りむいたんだよ。大したことないから」

    魔剣士「あたしが転ばせた時よね? 見せて、手当てしなきゃ」

    勇者「大丈夫だよ、これくらい放っておいてもいいって」

    魔剣士「あたしが治すの! いいから手を……っ」グッ

    魔剣士(ひ、左手を取ろうとしたら、勇者に抱きつく、みたいになって……)

    勇者「あの、魔剣士。素直に治してもらうから、その、さ」

    魔剣士「…………」

    ――――バチッ


    244: ◆AYcToR0oTg 2014/11/27(木) 20:47:35.20 ID:n8MTD8vz0


    魔剣士「――――ユウぅ……」

    勇者「え、急に甘い声出してなに……ちょっと待って! なんで抱きしめてくるのさ!」

    魔剣士「――――あたし、もう我慢できないよぉ」

    勇者「だからって僕の鎧を脱がさないでよ! ほんとやめて!」

    魔剣士「――――だって邪魔なんだもん、これ……」カチャカチャ

    魔剣士「――――あは、取れたぁ……///」ギュッ

    魔剣士「――――んん~……ユウの心臓、すっごいばくばくいってるよ? そんなにどきどきしてるんだ?」

    勇者「慌ててるからだよ! 抱きつくな! 耳当てるな! においもかぐなっ!」

    勇者(なんなんだよ急に! こんな理性を失くしたみたいな行動して!)

    勇者「…………理性? 理非の鎧?」

    勇者(まさか、呪いに負けちゃった?)

    魔剣士「――――ユウ、どきどきしてるんだよね? 興奮してるんだよね? ……じゃあ、あたし素直になってもいいよね?」ヌガシ

    勇者「服に手をかけないでよ! シャレにならないって!」


    245: ◆AYcToR0oTg 2014/11/27(木) 20:48:34.48 ID:n8MTD8vz0


    魔剣士「――――あたし、本気よ?」

    勇者「余計に悪い!」

    魔剣士「――――ユウ、あたしね、ずっと前から……」ヌガシ、、、

    勇者(ひぃ、下半身に手を伸ばしてきた! 本気で止めないと!)

    勇者「オサナ、落ち着いてよっ」

    魔剣士「――――あたし、落ち着いてるわ」

    勇者「なら話を聞いて。僕は成り行きに身を委ねたくないんだ」

    魔剣士「――――細かいことなんて、気にしなくていいじゃない」

    勇者「そうかな。細かいことの積み重ねで僕とオサナの今があるのに、それを捨ててもいいと思う?」

    魔剣士「――――でも……あたしは……」

    勇者(手の力が緩んだ!)

    勇者「オサナ」ダキッ


    246: ◆AYcToR0oTg 2014/11/27(木) 20:49:38.16 ID:n8MTD8vz0


    魔剣士「――――っ! ユ、ウ……///」

    勇者「オサナは今、鎧の呪いに負けちゃってるよね? それでいいの? 僕との関係に、余計なものが入っても納得できる?」

    魔剣士「――――それ、は……」

    勇者「僕はオサナを信じてる。鎧の呪いに負けっぱなしじゃないってね。だから……」チュッ

    魔剣士「――――っ!?」

    勇者「……おでこ、だけど。今はこれだけじゃ、ダメかな?」

    魔剣士(あたし、何してるんだろ……ユウを半裸にして、押し倒して……あたしはこんなことがしたかったの?)

    魔剣士(違う、そうじゃないわ。望んでいないとまでは言わないけど、あたしの中にはもっと綺麗な想いがある)

    魔剣士「こ、っの……!」

    魔剣士(ユウがあたしを信じるなら! こんな鎧なんかに負けられるはずないじゃない!)

    魔剣士(塔では勝てた! なら今だって勝てるに決まってるわ!)

    魔剣士「~~~~っ!!」

    ――――バチッ


    247: ◆AYcToR0oTg 2014/11/27(木) 20:50:12.91 ID:n8MTD8vz0


    魔剣士「…………」

    勇者「元に、戻った?」

    魔剣士「……勇者。ごめ……ん」

    魔剣士「…………くぅ」zzz

    勇者「寝ちゃった? 急すぎて、狐につままれてる気分だけど……」

    勇者「とりあえず、宿に戻ろっか。おやすみ、魔剣士」


    248: ◆AYcToR0oTg 2014/11/27(木) 20:50:51.45 ID:n8MTD8vz0


        ◇朝 宿

    魔剣士「ああぁぁ! ああ――――!!」

    魔剣士「バカバカ、あたしのバカァ!!」

    魔女「魔剣士ちゃん、朝から何を騒いでいるのかしらね?」

    司祭「わからん。だがまあ、勇者に関わる何かだろうな」

    勇者「はは……まあ、ちょっとね」

    魔剣士「…………」ピタリ

    魔剣士「死にたい……誰か殺して……」

    魔女「静かになったと思ったらこれねえ? ずいぶん思い詰めてるようだけど?」

    勇者「そっとしておいてあげてよ」

    司祭「魔剣士は何をしたんだ?」

    勇者「ちょっとした若気の至り、かな」

    魔剣士(うぅ……しばらく、勇者の顔をまともに見れないじゃない、こんなの)

    魔剣士(あんな、あんなことするなんて……)

    魔剣士「…………」

    魔剣士(でも、ちょっとだけ感謝はしてあげる)

    魔剣士(呪いのせいでひどい目にあったけど、勇者、おでこにキスしてくれたもの)

    魔剣士「…………えへへ」オデコナデナデ


    252: ◆AYcToR0oTg 2014/11/28(金) 22:01:40.73 ID:Ni0cFyLQ0


    ――――まじない言葉

    魔女「高風魔<エクス・ヒューイ>」ブワッ!!

    魔女「高雷魔<エクス・ビリム>」バチバチッ!!

    魔女「高<エクス――魔力が足りないかしらね? 炎魔<フォーカ>」ゴォ!

    魔女「これで空っぽ……やっぱりうまくいかないなあ?」

    ………
    ……


    魔女「というわけなのよ? 何かいい案はなくて?」

    司祭「ふむ……」

    魔剣士「勇者なら助言できるんじゃないの? 木の枝にとっても小さくした炎魔<フォーカ>で火をつけたりしてたじゃない」

    勇者「そうなんだけど、あれって意識だけの問題で、特別なコツがいるわけじゃないからね」

    魔剣士「そう……」


    253: ◆AYcToR0oTg 2014/11/28(金) 22:02:38.85 ID:Ni0cFyLQ0


    勇者「それにむしろ、威力を下げるより上げる方が難しいんだよ」

    司祭「そうなのか。初耳だな」

    勇者「魔法の構成はほとんど決まっているからね。そこにどれだけ魔力を流し込むかで魔法の規模は変えられるんだけど」

    勇者「魔力を増やしすぎれば、魔法の構成を破壊しちゃって暴発するかな。僕の魔力はそんなに多くないけど、やろうと思えばできるだろうし」

    魔剣士「でも魔女の魔法って威力がすごいじゃない。よく魔法の構成が壊れないわよね」

    魔女「ふふ、自分では意識してないかなあ? でもわたしって、魔法を弱めることはできなくても強めることはいくらでもできるのよね?」

    司祭「不器用なのか天才なのか、意見の分かれるところだな」

    魔女「あら、ひどい言い草? 司祭くんって優しくないのね?」

    魔剣士「話がそれるようなこと言わないの。……それにしても、勇者が何も思いつかないようじゃ、いったん保留かしらね」

    司祭「いや、私は一つ思いついたことがある」

    勇者「へえ、どんな?」

    司祭「魔女の母親はまじない師だったのだろう? 魔女は自分を呪うこともできるんじゃないかと思ってな」


    254: ◆AYcToR0oTg 2014/11/28(金) 22:03:48.44 ID:Ni0cFyLQ0


    魔女「ふうん? 呪いで強引に魔力の量を絞ってしまうのね?」

    魔剣士「そんな都合のいい呪いあるわけ?」

    勇者「魔法が使えなくなる呪い、なら聞いたことあったかな。それを応用すればってところか」

    魔女「わたしは人を呪ったことがないけど、できるかしらね?」

    司祭「呪うのは自分なのだし、成功するまで何度でも呪えばいいだろう」

    魔剣士「ここだけ聞くとかなり悪辣なこと言ってるわよね」

    魔女「ふふ、ほんとにね? とりあえず、やれるだけやってみましょうか?」


    255: ◆AYcToR0oTg 2014/11/28(金) 22:04:49.77 ID:Ni0cFyLQ0


        ◇翌日

    魔女「聞きかじりの知識でだけど、呪ってみたのよ?」

    魔剣士「呪われてるから手首に模様が出てるの?」

    魔女「その方がそれっぽいじゃない?」

    司祭「ふむ。見たところ呪いは協力そうだが、大丈夫なのか?」

    魔女「さあ? やってみないとわからないかしらね?」

    勇者「魔女さんの調子が軽すぎて不安だけど……試してみるしかないね」


    256: ◆AYcToR0oTg 2014/11/28(金) 22:05:45.87 ID:Ni0cFyLQ0


        ◇町外

    魔剣士「あ、タートルエッグ!」

    タートルエッグ「…………」ムスッ

    魔剣士「あいつ、殻にこもっている間は剣を弾くから嫌いだわ」

    司祭「魔法を試すにはうってつけだろう」

    勇者「なら魔女さん、任せるよ」

    魔女「ふふ、勇者くんに期待されちゃった? なら頑張らないとね?」

    魔剣士(むむっ)

    魔女「フォーカ!」スカッ

    司祭「……ふむ」

    魔女「あら? シャーリ! ヒューイ!」スカスカッ

    魔剣士「魔法、出ないわね」

    勇者「呪いが強すぎたのかな」

    魔女「エクス・ビリム!」シーン

    魔女「……ダメね、これ」

    勇者「とりあえず魔物だけ倒しちゃおうか。雷魔<ビリム>!」バチッ


    257: ◆AYcToR0oTg 2014/11/28(金) 22:07:04.13 ID:Ni0cFyLQ0


        ◇翌日

    魔女「呪い直してみたのよ?」

    魔剣士「今度は大丈夫なわけ?」

    魔女「どうかしらね? 弱い呪いにはしてみたのだけど?」

    司祭「ふむ。かなり軽微な呪いだな。どれだけ効果があるやら」

    勇者「試してみるまではわからないか。じゃあまたやってみよう」


    258: ◆AYcToR0oTg 2014/11/28(金) 22:08:00.67 ID:Ni0cFyLQ0


        ◇町外れ

    甲殻鈍馬「…………」ムカッ

    魔女「あら、いい的ね?」

    勇者「大丈夫? あいつどう猛だから、油断してると危ないけど」

    司祭「私たちで魔女を守ればいいだろう」

    魔剣士「そうね。魔女は気にせず魔法を使ってみたら?」

    魔女「ならお言葉に甘えようかしら? 氷魔<シャーリ>!」

    甲殻鈍馬「ッ!?」カチーン

    司祭「魔法は使えたな」

    魔剣士「でもこれまでと魔法の威力変わってないわよ? 魔力の消費、よくなったの?」

    魔女「うーん? 試すだけ試してみましょうか?」

    魔女「風魔<ヒューイ>! 雷魔<ビリム>!」

    甲殻鈍馬「…………」グテー

    勇者「魔物への攻撃が過剰すぎる」


    259: ◆AYcToR0oTg 2014/11/28(金) 22:08:56.37 ID:Ni0cFyLQ0


    魔女「あと一回……使えなくはないみたいね? 炎魔<フォーカ>!」

    灰「    」

    魔女「ふふ、魔力がなくなっちゃったかしら?」

    魔剣士「これまでだいたい三発だったし、効果はあったんじゃない?」

    司祭「どうだろうな。旅に出た時と比べて、魔力の量が増えただけにも思えるが」

    勇者「改善の余地あり、ってことでいいと思うけど?」

    ………
    ……


    魔女「呪いって難しいなあ?」

    魔女(まじない師をやってた母さんは、弱音なんて一つもこぼさなかったな)

    魔女(周りの人に疎まれても、素知らぬ顔でやり過ごして……でもわたしには笑顔を見せてくれたのよね)

    魔女(……遠いなあ、母さんの背中。わたしってば、追いかけようとはしてこなかったもの。離れても仕方ないのだけれど)

    魔女「でも届かなくちゃね? みんな手伝ってくれるんだもの」


    260: ◆AYcToR0oTg 2014/11/28(金) 22:09:49.69 ID:Ni0cFyLQ0


    ――――巣立ち雛の恩返し

    魔術師「……誰かと思えば、ずいぶん珍しい人がいるじゃない」

    魔術師「久しぶりね、司祭さん」

    司祭「魔術師が孤児院を出てから、もう三年になるか。見違えて当然だな」

    魔術師「そりゃね。美人になったでしょ?」

    司祭「そうだな。綺麗になった」

    魔術師「ぷ、そういう生真面目なとこ変わらないね。相変わらず独身でしょ、それじゃ」

    司祭「私の相手をしてくれる変わり者がいないからな」

    魔術師「相手してあげようか?」

    司祭「バカを言うな、一〇年早い」

    魔術師「あ、ひどーい。一五歳の時は五年早いだったのに、もっと伸ばしてきた」

    魔術師「次は二九歳まで待たなきゃだよ。ちょっと長くない?」

    司祭「……小さい頃から知っている相手に、そういう想いを抱けという方が無理なんだ」

    魔術師「ふーんだ、司祭さんの頑固者」


    261: ◆AYcToR0oTg 2014/11/28(金) 22:10:31.62 ID:Ni0cFyLQ0


    魔術師「あ、マスター。ぶどう酒を二つお願いね」

    司祭「本題に入っていいか?」

    魔術師「やっぱり純粋に会いたかったんじゃないんだ。うん、いいよ。何の用事?」

    司祭「私は今、勇者と一緒に旅をしている。だが力不足でな、強くなりたいんだ」

    魔術師「……勇者と旅? 驚いた。司祭さんが孤児院から離れたことにも驚きだけど、その理由が予想外」

    司祭「孤児院の畑を魔物に荒らされたことがあってな。魔物の被害をなくすには、魔王を倒すしかないだろう?」

    魔術師「だからって、孤児院を離れたのはどういう心境の変化よ?」

    司祭「男闘士と女術士から、孤児院に時間を捧げず、自分の幸せも考えろと言われたんだ」

    魔術師「ああ。あの子たち、司祭さんには感謝してるもんね。私と違って健全な方向で」

    司祭「……。女術士に結界<グレース>を教えたのは魔術師だろう?」

    司祭「今は結界で孤児院を覆えるようになったから、男闘士と二人でも守れると言われてな」

    魔術師「やっぱりあの子、才能あるのね。私は魔法の構成を手紙で送っただけよ?」

    魔術師「建物ごと結界で守るのは、既存の魔法があるからそっちを参考にしてと丸投げしたしね」

    司祭「だとしてもだ。感謝している」

    魔術師「その感謝、言葉じゃなくて別の形で示して欲しいな?」


    262: ◆AYcToR0oTg 2014/11/28(金) 22:12:16.02 ID:Ni0cFyLQ0


    司祭「すまないな」

    魔術師「……謝らないでよ、司祭さんのバカ。冗談なのに悲しくなる」

    司祭「…………」

    魔術師「ふう。それで、強くなりたいだっけ。方針はあるの?」

    司祭「私は神性が低いから、そこをどうにかしたくはあるが……」

    魔術師「それは無理ね。神性は女神様から与えられるものだから。下がったって話はいくつもあるけど、上がった話は聞いたことないもの」

    司祭「ああ。そうなれば補助魔法だな。私は今、補早<オニーゴ>と補守<コローダ>しか使えない」

    司祭「最低でも補力<ベーゴ>。余力があれば他の補助魔法も使いたいものだが」

    魔術師「ん……一つ、当てはあるよ」

    司祭「そうか、助かる」

    魔術師「司祭さんが覚えられるかわからないの。これは結界<グレース>を作りあげた何代目かの勇者が使っていた魔法なんだけど」

    魔術師「数秒先の未来を見て、最適な行動を取るための魔法ね」

    魔術師「短期予知魔法、予知<コクーサ>。魔法の構成はだいたい知ってるけど、難しい魔法なの。私もまだ使えないくらい」


    263: ◆AYcToR0oTg 2014/11/28(金) 22:12:51.39 ID:Ni0cFyLQ0


    司祭「努力で何とかなればいいが。教えてくれるか?」

    魔術師「いいよ。でもご褒美くらいは欲しいな」

    司祭「……今度、何か装飾品でも贈ろう」

    魔術師「ダーメ。私が決めるから、司祭さんは応えてくれるだけでいいの」

    司祭「結婚しろとか、無理な願いでなければな」


    264: ◆AYcToR0oTg 2014/11/28(金) 22:13:29.08 ID:Ni0cFyLQ0


        ◇宿

    勇者「おかえり、司祭さん」

    魔剣士「わ、お酒くさい! 司祭のイメージが崩れるわ!」

    司祭「そんなに飲んでいないがな。酒を飲んだのは初めてだし、酔う危険は知っているから相手に合わせただけだ」

    魔女「でもこれだけ臭うのよ? 一〇杯は飲んだでしょう?」

    司祭「魔術師が一三杯飲んだからな。私も同じだけは飲んだ」

    魔剣士「ずいぶん飲んでるじゃない。その割にはしっかりしてるけど」

    魔女「きっと酒豪なのね? 聖職者なのにいけないんだあ?」

    司祭「酒を嗜む程度であれば禁じられていない。酔いは悪だとされていたがな」

    勇者「一三杯は嗜むって量じゃないけどね」


    265: ◆AYcToR0oTg 2014/11/28(金) 22:14:26.18 ID:Ni0cFyLQ0


    勇者「ところで、成果はあった?」

    司祭「ああ。しばらくは魔法を教わることになるな。何日か町に滞在しても構わないか?」

    魔剣士「大丈夫でしょ? どっちにしろ、魔女も呪いを完成させなきゃだし」

    魔女「いざという時、魔剣士ちゃんたちに守ってもらわないとだものね? ふふ、手の掛かる魔女だなあ?」

    勇者「自分で言うんだ?」

    魔剣士「最近は、魔力を使い切るまで魔法を乱発するのを見守るだけじゃない。守った覚えがないわ」

    司祭「私はしばらく見守れないが、進展を期待している」

    魔女「あら、応援されちゃった? なら頑張らないとね?」

    勇者「司祭さんも頑張って。手伝えることがあったら言ってよ」

    司祭「ああ、頼りにしている」


    266: ◆AYcToR0oTg 2014/11/28(金) 22:15:20.94 ID:Ni0cFyLQ0


        ◇数日後

    魔術師「じゃんけん、ぽい」グー

    司祭「まだダメだな」グー

    魔術師「間違ってはいるけど、未来は見えてるんだよね?」

    司祭「ああ。不鮮明ではあるが、ぼんやりとな」

    魔術師「ならちょっと魔法の構成を直さないとね。もともと失われちゃった魔法だし、どこかが間違えてると思うもの」

    司祭「やれやれ、先が思いやられるな」

    魔術師「そう? 私は司祭さんと一緒にいられて、悪い気分じゃないよ?」

    司祭「……そうか」

    魔術師「……うん。そうだ、ちょっと休憩する? 朝からずっと考え詰めだったし」

    司祭「すまなかった、無理をさせたか?」

    魔術師「これくらいへっちゃら。あまり気を遣わないで?」

    司祭「できるだけな。私は外の空気を吸ってくる」

    バタン

    魔術師「――――はあ。司祭さん、私のこと本当に見てくれてないんだな」

    魔術師「ひどいよ。孤児だったから出会えたのに、孤児として育てられたから女として見てもらえないなんて」


    267: ◆AYcToR0oTg 2014/11/28(金) 22:16:14.19 ID:Ni0cFyLQ0


    司祭(まだ予知<コクーサ>は切れていないか。出来損ないではあるが、今と未来の世界が同時に見えることにも慣れなければな)

    司祭「…………む。三、二、一」

    司祭「魔女か」

    魔女「あら? わたしが背後に立つって知ってたみたいに声をかけるのね?」

    司祭「そういう魔法だからな。数秒先の未来を見通す魔法なんだ」

    魔女「面白そうな魔法ね? 司祭くんも着々と前に進んでるみたい」

    司祭「魔女の方はどうなんだ?」

    魔女「ふふ、聞いてくれる? わたしね、ついに呪いの加減に成功したのよ?」

    司祭「それは良かった。魔女の魔法は頼りになるからな」

    魔女「誉めても何も出なくてよ? それに、魔力を抑えた分だけ威力も落ちちゃうもの」

    司祭「解決策はあるのか?」

    魔女「より高位の魔法に変えるくらいかしら? 以前ならね、一度使うだけで魔力を全部持ってかれちゃったのよ?」

    司祭「ほう? なら最上位の魔法はもとから使えたのか?」

    魔女「もちろん? わたしって才能に溢れてるものね?」


    268: ◆AYcToR0oTg 2014/11/28(金) 22:17:11.28 ID:Ni0cFyLQ0


    司祭「羨ましい限りだ。私は才能に恵まれなかったからな」

    魔女「そうかしらね? 未来予知の魔法、使えているのに?」

    司祭「予知できるのは行動までで、発言はわからないがな。しかもそれでさえ未完成だ」

    魔女「何か試す方法はあるの?」

    司祭「じゃんけんだ。手軽だろう?」

    魔女「ふふ、おもしろそう? ならやってみましょ? じゃーん、けーん、」

    ……


    司祭「…………」

    魔女「五回やって五回とも負けちゃったな? これでもまだ未完成なのね?」

    司祭「ああ、難しい魔法だからな」

    魔女「頑張ってね? わたしも応援してるかしら?」

    司祭「ふっ、そこは応援してると言い切って欲しかったがな」


    269: ◆AYcToR0oTg 2014/11/28(金) 22:18:04.11 ID:Ni0cFyLQ0


        ◆

    魔術師「誰だろ、あの人……」

    魔術師「司祭さん、あんな風に笑うんだな……私、知らなかった」

    魔術師「司祭さんのこと、私、何も知らない」


    270: ◆AYcToR0oTg 2014/11/28(金) 22:19:23.37 ID:Ni0cFyLQ0


        ◇数日後

    魔術師「じゃんけん、ぽん」チョキ

    司祭「またか」チョキ

    魔術師「もうちょっと手を加えなきゃ、ね。司祭さん、どこを直せばいいと思う?」

    司祭「私には考えもつかないな。魔力の消費量を抑え、未来がはっきり見えるよう構成も簡略化した。効果時間もこれで限界だろう」

    魔術師「……うん、やっぱりそうだよね」

    魔術師「何か参考になる魔法書、あったかなあ」

    司祭「…………」ヒョイ

    魔術師「っ!?」バッ

    司祭「背後から投げられたものを避ける、か。やはり魔術師も予知<コクーサ>を使っていたんだな」

    魔術師「知って、たの?」

    司祭「魔術師以外とのじゃんけんでは負けなかったからな。未来予知を行っている者同士だから、勝ち負けが安定しなかったのはすぐにわかった」

    魔術師「……ごめんなさい」

    司祭「怒ってはいない。この数日で魔法に慣れたのは事実だ。魔術師には補力<ベーゴ>も教わったからな」


    271: ◆AYcToR0oTg 2014/11/28(金) 22:20:17.18 ID:Ni0cFyLQ0


    魔術師「本当は、予知<コクーサ>がこの構成だってわかってたの。司祭さんと一緒にいたくて、わざと構成を崩して、不完全なものにしてたから」

    司祭「そうか」

    魔術師「ねえ司祭さん。私、司祭さんと一緒にいたいの。私も仲間に入れて。魔王を倒すために私も戦う。だからお願い、連れて行って?」

    司祭「ダメだ」

    魔術師「どうして!」

    司祭「死ぬかもしれないからだ」

    魔術師「私、そんなこと怖くない!」

    司祭「――――外を歩こう。今日はいい天気だ」

    魔術師「……うん」


    272: ◆AYcToR0oTg 2014/11/28(金) 22:21:05.36 ID:Ni0cFyLQ0


    魔術師「司祭さんたちはどこに向かってるの?」

    司祭「北の開拓地だ。魔王が最初に現れ、以降姿を消した場所だからな」

    魔術師「そう……」

    司祭「その前に寄り道をしなくてはいけないが。倒せなかった魔物がいる」

    魔術師「だから強くなりたかったの?」

    司祭「そうだ。私はあの時、手も足も出なかった。勇者は弱点を見抜き、魔剣士は一撃で戦況を変えた。魔女は、相手の魔法を相殺してみせた」

    魔術師(司祭さんと話していたあの人は、軽装だった……たぶんあの人が)

    魔術師「魔女……」

    司祭「あの戦いは、それぞれが自分のせいで勝てなかったと思っている。だからみんな、強くなることを決意した」

    司祭「自分のふがいなさが悔しかったのもあるだろう。だがそれより、仲間から頼られる自分でいたいという思いが強かったと思うんだ」

    魔術師「仲間、ね」


    273: ◆AYcToR0oTg 2014/11/28(金) 22:21:46.63 ID:Ni0cFyLQ0


    司祭「……私は魔術師を仲間だと思うことはできない。魔術師は家族で、守るべき存在だ。その意識は、ずっと変えられない」

    魔術師「――――ねえ司祭さん」

    司祭「なんだ」

    魔術師「私は、魔術師は、あなたのことを愛しています。私を愛してくれませんか?」

    司祭「すまない」

    魔術師「……答えはわかってたけど、悲しくなる。初めて真面目に言ったのにな」

    司祭「すまなかった。魔術師はその思いを、男闘士や女術士からも隠していた。そのことで苦しんでいるとも知っていた」

    司祭「だが、私には何もできなかった」

    魔術師「謝らないでよ、司祭さん。黙ってたのは私の勝手。黙っているのが辛くて孤児院を出たのも同じ」

    魔術師「司祭さんを独り占めしたかったのも、私の身勝手だもの」

    司祭「だが」

    魔術師「ねえ司祭さん。私、司祭さんの役に立ったよね?」

    司祭「……ああ」

    魔術師「やった。なら、これくらいはもらってもいいよね?」


    274: ◆AYcToR0oTg 2014/11/28(金) 22:22:42.61 ID:Ni0cFyLQ0


    魔術師「えい」チュッ

    司祭「!?」

    魔術師「もらっちゃった。……それに、あげちゃった」

    司祭「急に、何を……」

    魔術師「司祭さん、女の子とキスしたことないよね? 私も初めてのキスだったんだよ?」

    司祭「だが、私は魔術師の気持ちには応えられない」

    魔術師「わかってる。……だからいいの。私、これできちんと諦めるから」

    司祭「すまなかった」

    魔術師「謝らないで。優しくしないで。そんなことされたら、司祭さんを諦められなくなる」

    魔術師「だからね」クルッ

    魔術師「だから、これでおしまい! 司祭さんは強くなったよ! 胸を張って仲間の元に戻って! ……家族とは、ここでお別れっ」ポロポロ

    魔術師「またね。……またね、司祭さん」ダッ


    275: ◆AYcToR0oTg 2014/11/28(金) 22:23:14.02 ID:Ni0cFyLQ0


    司祭「…………」

    司祭「……いるんだろう、魔女」

    魔女「また予知しちゃったの? 知らない方がいいこともあるのよ?」

    司祭「効果時間が終わらないんだ。どうしようもない」

    魔女「……そうね」

    魔女「じゃあ司祭くんに忠告してあげる。あの子、いい女になるのよ」

    司祭「そうか」

    魔女「告白を断ったの、後悔してあげてね」

    司祭「しない」

    司祭「絶対に、しない」

    魔女「――――そう。ならきっと、後悔はしないんでしょうね」


    279: ◆AYcToR0oTg 2014/11/29(土) 11:25:02.96 ID:IsRgH9fQ0


    ――――共鳴

    勇者(魔剣士はあれ以来、鎧の呪いに負けることはなくなった)

    勇者(魔女さんは魔法の使用に極端な制限がなくなったし、司祭さんは未来予知することで回復や補助を完璧にこなしている)

    勇者(だからあとは僕だけ……なのに)

    勇者(どうすれば強くなれるのか、手応えが全くつかめない)


    280: ◆AYcToR0oTg 2014/11/29(土) 11:25:36.05 ID:IsRgH9fQ0


        ◇街道

    魔剣士「ここを進めば川辺に大きな町があるのよね?」

    司祭「地図の通りに進めばな」

    魔女「いよいよ雪辱を果たす時だものね? わたし、なんだかわくわくしてきちゃったな?」

    魔剣士「自信を持つのはいいけど、油断はやめなさいよね」

    魔女「ふふ、大丈夫よ? わたしが一番、わたしのことを信用してないもの」

    司祭「それはそれでどうかと思うが」

    魔剣士「本当にね」

    勇者「…………」

    魔剣士「勇者?」

    勇者「ん、何?」

    魔剣士「大丈夫? ぼうっとしてるみたいだけど」

    魔女「旅の疲れでも出ているの? お姉さんが癒してあげましょうか?」

    魔剣士(むむっ!)

    魔剣士「それならあたしに任せなさいよ。今日明日は野宿でしょうけど、町についたら宿でマッサージしてあげるわ」

    勇者「はは、そんなに疲れてないから大丈夫だよ」


    281: ◆AYcToR0oTg 2014/11/29(土) 11:26:54.94 ID:IsRgH9fQ0


    司祭「緊張しているのか? 勇者は背負うものが多い、再戦への不安もあるだろうが」

    勇者「……大丈夫。心配しないで」

    魔剣士「そうよね。みんな強くなったもの」

    魔女「特に勇者くん。あの魔物に負けてから、人一倍熱心に魔物と戦ったものね?」

    魔剣士「んー、そう考えるとあたしって何もしてないのよね。新しい鎧を装備して喜んだくらいだわ」

    司祭「それにしたって、神性が少し揺らぐだけでも呪いに負けてしまうのだろう?」

    司祭「神性を高く保つ方法はわかっていない、それだけでも大変だと思うが」

    魔女「そうよ? 自分は何もしてない、なんて考えはよくないと思うな?」

    魔剣士「ええ、気をつけるわ」

    勇者(……僕は本当に強くなったんだろうか。気を遣われているだけじゃなくて?)

    勇者(目に見えた成果がないのは、僕だけなのに?)

    魔剣士「……勇者、頼りにしてるわよ?」

    魔剣士(どうしたのかしら、勇者ってば。思い詰めた顔してる。一人で悩みを抱え込むの、止めてほしいのにな)

    ……


    魔女「ん……また魔物の気配かしらね?」

    司祭「この辺りは特に多いな……予知<コクーサ>」

    魔剣士「あたしにも見えたわ。五匹、ちょっと多いわね」

    勇者「――――あれは首折り猿だね。腕の筋肉が異常に発達してるから、動きは遅いけど力は強い」

    魔剣士「ならあまり近づかないようにしなきゃね」

    司祭「この後で感づかれる。お喋りは止めだ」

    勇者「なら、行こうか」


    282: ◆AYcToR0oTg 2014/11/29(土) 11:27:59.49 ID:IsRgH9fQ0


    魔女「まずは威嚇しないとね? 高炎魔<エクス・フォーカ>」

    勇者(これまでより威力は落ちてるけど、魔法を普段から使っていける恩恵の方が強いな)

    首折り猿A「キキッ」

    魔剣士「お尻の火にばかり注意してちゃダメダメね! はあっ!」ズバッ

    司祭「この様子なら問題ないか。私も前に出る」

    魔女「あら、気をつけなさいよね?」

    司祭「無論だ」

    勇者(筋肉の多い腕を攻撃するのは有効じゃない。剣筋は横じゃなく縦を意識して……)

    勇者「はっ!」

    首折り猿B「ウキャアッ」バタリ

    首折りボス猿「……ウキキッ!」

    首折り猿A,C,D「キキッ」ダッ

    魔剣士「何? 急に動きが良くなって……」

    勇者「!? ボス猿が混じってる! 一人だけ攻撃が集中するから、気をつけて!」

    司祭「…………狙われるのは勇者だ!」

    魔剣士「っ!」

    首折りボス猿「キキ、キーッ!」

    首折り猿D「ウキャァッ!」ババッ

    勇者「このっ、離れろ!」

    首折り猿C「ウキッ!」ドンッ

    勇者「がっ!?」

    魔剣士「勇者っ!」

    魔女「……勇者くんに近づかないで、野蛮な猿の分際で」ボッ


    283: ◆AYcToR0oTg 2014/11/29(土) 11:28:44.75 ID:IsRgH9fQ0


    勇者(さすがに囲まれると厳しい……ボス猿を先に叩かなきゃ)

    勇者(魔女さんに頼む……いや、ボス猿がやられた後、こいつらの狙いが魔女さんにいったらまずい)

    勇者(魔剣士や司祭さんは、僕を守ろうと動いてる。二人に頼りながらなら、ボス猿を倒しに行けるはずっ)ダッ

    司祭「勇者から離れ……っ、勇者、出るな! 上だ!」

    勇者「!?」

    首折り猿E「ウキャーッ!」バキッ

    勇者「っっ……」ガクッ

    魔剣士「勇者!」

    勇者(ぎりぎり、頭は守れた……でも鎖骨が折られた、かな)

    勇者(くそ……早く、立たないと)

    魔剣士「はあぁぁ!!」ブンッ!

    首折りボス猿「……キキ、キーッ」

    首折り猿D,E「ウキャッ」ババッ

    魔剣士「っ、このっ!」

    勇者(魔剣士に狙いが変わった? 僕の、せいだ)

    勇者(あれだけ近くちゃ魔法だと助けられない……司祭さん一人だと厳しい、僕も行かなきゃ)

    勇者「痛っ……く、はっ」

    魔女「……早く魔剣士ちゃんから離れなさいよ、その尻の赤さは不快なの」ボッ

    魔剣士「ちょこまかと、邪魔なのよ!」ブンッ

    首折り猿E「ウキャッ!」ザクッ

    首折り猿A「ウキキッ!」

    司祭「魔剣士!」

    勇者「っ!」

    勇者(僕は、間に合わないっ。せめて、せめて何か……)


    284: ◆AYcToR0oTg 2014/11/29(土) 11:29:13.90 ID:IsRgH9fQ0


        ~

    岩石グモU『シャッ?』

    アンフィビ『おや? 勇者をかばった、それが女神の加護ですか』

        ~


    285: ◆AYcToR0oTg 2014/11/29(土) 11:30:17.65 ID:IsRgH9fQ0


    勇者(これ、なら……)

    勇者「僕じゃない、魔剣士を守って!」

    ブォン

    首折り猿A「ウキャ?」ガキン

    魔剣士「これ……女神の加護。勇者の?」

    司祭「勇者、こっちに! 高回復<ハイト・イエル>!」

    勇者「ごめん、助かった!」

    勇者(魔剣士は女神の加護が守ってくれる。今度こそ、僕はボス猿を倒さなきゃ!)

    ブォン

    魔剣士「あれ……急に、体が軽くなった?」

    勇者(何だろ、力がわいてくる。今ならきっと、あのボス猿に剣が届く)

    勇者「はっ!」ブンッ

    魔剣士「見える。あと三匹!」

    魔剣士「……四の剣、死点繋ぎ」ババッ

    首折りボス猿「ウキャーッ」バタッ

    首折り猿A,C,D「ウキ……キィ」バタッ

    魔剣士「いきなりうまくできた……どうして?」

    勇者「――――共鳴」

    魔剣士「……女神の加護? なんでかしら、胸が暖かくなる」

    勇者「そっか。これが、勇者の……」


    286: ◆AYcToR0oTg 2014/11/29(土) 11:31:35.72 ID:IsRgH9fQ0


    ……


    魔女「ごめんなさいね? もっとうまく魔法を使えたらよかったのだけど」

    司祭「仕方ない。魔物は私たちにまとわりついて離れなかった。魔法で狙うには難しいだろう」

    勇者「僕の読み違いもまずかったよ、ごめん。魔剣士や司祭さんが助けてくれてるから、強引にでもボス猿を倒そうと躍起になってた」

    魔剣士「勇者の気持ちはわかるけどね。あたしも同じことしたかもしれないし……それより、最後のあれは何なの?」

    勇者「共鳴、って言うみたい」

    魔女「共鳴?」

    勇者「女神の加護を相手に与えることで、僕と相手の力を引き出すというか……」

    司祭「ずいぶんと曖昧だな。それが勇者の力なのか?」

    勇者「たぶん。できるってことだけは理解してるんだ。中身がわからなくて、説明できないのがもどかしいけど」

    魔剣士「……原理はよくわからないけど、凄かったわよ。実力以上の力を出せたのがあからさまにわかったもの」

    魔女「ふうん? その共鳴って誰とでもできるのかしら?」

    勇者「できるはずだよ。今度、魔女さんや司祭さんにもお願いする」

    勇者「僕自身、これがどういう力で、どんなことができるのか、よくわからないから」

    司祭「どんな力か把握できていない、というのも難儀だな。いざという時、思わぬ失敗に繋がりかねないだろう」

    魔剣士「まあいいじゃない、今はそのくらいで。おいおい試しましょ?」

    勇者「でも、良かった。これでようやく」グッ

    魔剣士「勇者? ……ねえ、もしかして――」


    287: ◆AYcToR0oTg 2014/11/29(土) 11:34:35.04 ID:IsRgH9fQ0


    司祭「…………さて。そろそろ野宿の準備もしなければならないか。魔女、手伝ってくれ」

    魔女「あら、わたしに力仕事をさせようなんて、司祭くんも人使いが荒いのね? 泣きたくなっちゃうな?」

    司祭「たまには体を使うのもいいだろう。やるだけやってみろ」

    魔女「もう、ひどいなあ? わたしって頼まれたらきちんと仕事をこなすのよ?」

    スタスタ

    魔剣士「気遣われちゃった。ねえ勇者」

    勇者「何?」

    魔剣士「最近、どうしてそんなに焦っていたの?」

    勇者「……誤魔化しちゃ、ダメかな」

    魔剣士「あたしがわかってないと思う? ずっと不安なのを隠してたじゃない」

    勇者「魔女さんや司祭さんになら見抜かれてなかったと思うけど、魔剣士相手じゃ無理だったか」

    魔剣士「あたしも理由まではわかってなかったわよ。……本当に強くなってるのか不安だなんて、思いもしなかった」

    魔剣士「あれだけ頑張っていたのに、自分を信じられなかったの?」

    勇者「……どうしても、ね。着実に力をつけていくだけじゃ、目に見えた成果としては表れなかったし」

    勇者「けど、もう大丈夫だよ。共鳴っていう、勇者の力の使い方がわかったから。もう不安になんてならない」


    288: ◆AYcToR0oTg 2014/11/29(土) 11:35:40.39 ID:IsRgH9fQ0


    魔剣士「…………もう、バカなんだから」ダキッ

    勇者「――魔剣士?」

    魔剣士「自分の努力を否定しないで。共鳴は確かに凄かったわよ。怖いくらいに劇的な刺激だった」

    魔剣士「でも、それが活きるのは実力がついたからでしょ? 与えられた力なんて誇らないで」

    魔剣士「あたしたちは勇者の努力を知っているから、勇者に命を託せるの」

    勇者「…………そっか」

    勇者「ねえ、抱きしめ返してもいい?」

    魔剣士「――――どうしてよ?」

    勇者「ダメかな」

    魔剣士「――――好きにしたらいいじゃない」


    魔女「ふふ。覗き見なんて、司祭くんってばいけないんだあ?」

    司祭「うるさい。……それにしても、勇者はそんなことを悩んでいたのか」

    魔女「自分が見えていないのね、きっと。首折り猿を最初に倒したのも、集中攻撃を受けたのも、勇者くんが一番強いからなのに、ね?」


    289: ◆AYcToR0oTg 2014/11/29(土) 11:36:48.78 ID:IsRgH9fQ0


    ――――女神の仰せ

        ◇夢

    勇者「ここは……」

    女神「ようやく会えましたね。私の勇者」

    勇者「あなたは誰?」

    女神「こうして会うのは初めてですが、あなたは何度も私の姿を見ているはずですよ」

    勇者「……女神様?」

    女神「あなたたちは私をそう呼びますね」

    勇者「…………僕に何かご用でしょうか?」

    女神「聡い子ですね。ですがかしこまらなくていいのですよ。私はあなたたち人間の味方です」


    290: ◆AYcToR0oTg 2014/11/29(土) 11:37:56.71 ID:IsRgH9fQ0


    勇者「どうして今、僕の前に現れたんでしょうか」

    女神「あなたが勇者の力に目覚めたからです。私は勇者を導くことはできますが、人間に多くの干渉をすることはできません」

    勇者「どうしてですか?」

    女神「私と関わることで人間に与える影響は大きすぎるのです。あなたに話しかけるだけで勇者の力を与えたように」

    女神「ですが今のあなたなら、私の声を聞いても総体としての人間に影響を与えないでしょう。それが話しかけた理由で、目的はありません」

    勇者(総体としての人間……?)

    勇者「僕が勇者として未熟な内に話しかけたら、どんな問題があるんですか?」

    女神「その時々により変わるでしょう。あるいは勇者、あなたが人間を滅ぼすこともありえます」

    勇者「……まさか」

    女神「ええ。そうですね。きっとそんなことは起きないでしょう」

    勇者「…………」

    女神「もうすぐ夜が明けます。またいつか話しましょう、私の勇者」


    291: ◆AYcToR0oTg 2014/11/29(土) 11:38:57.17 ID:IsRgH9fQ0


        ◇朝

    勇者「――――」

    勇者「夢、じゃないよね」

    魔剣士「勇者、そろそろ起きて……なんだ、起きてるじゃない」

    勇者「……おはよ、魔剣士」

    魔剣士「今日は珍しく遅いお目覚めね。また夜に抜け出しでもしたのかしら?」

    勇者「あれは反省してるってば。強くなろうと焦りもしないって。……ちょっと変な夢を見ただけ」

    魔剣士「変な夢? 余計なことばかり考えながら寝るから、そんな夢を見るのよ」

    勇者「そういう魔剣士は夢を見ないの?」

    魔剣士「そうね、最近はあまり……」

    魔剣士(あ。この前、勇者がとても甘えてくる夢を見たんだっけ)

    魔剣士「……ぜんぜん見ないわね」

    勇者「ふーん? まあいいけど」

    魔剣士「それで? 勇者はどんな夢を見たの?」

    勇者「女神様にからかわれる夢、かな」


    292: ◆AYcToR0oTg 2014/11/29(土) 11:39:49.21 ID:IsRgH9fQ0


    ――――川辺の再戦

        ◇市場

    魔剣士「ここって大きな川のおかげで交易が盛んなのよね?」

    勇者「そのはずだよ」

    司祭「……それにしては、見る影もないな」

    魔女「そうね? まだお昼前なのに、どのお店もほとんど売り物がないみたい?」

    勇者「何があったか想像はつくけど、話は聞いてみようか」


    293: ◆AYcToR0oTg 2014/11/29(土) 11:41:04.95 ID:IsRgH9fQ0


        ◇町長の家

    町長「お察しの通り、今は魔物のせいで船を出せない状況が続いています」

    勇者「人の形をした魚の魔物ですね?」

    町長「ええ……もともと、この大陸では水辺に生息する魔物です」

    町長「手強い魔物ですが、あまり群れない習性なのでしょう、単独で現れるなら船乗りたちでも勝つことができました」

    町長「だが最近は、群れで行動するようになりました。人を襲うより、船を壊そうと知恵を使ってきます」

    町長「そうなれば、船乗りたちでは勝てません」

    司祭(アンフィビ、あの魔物が指揮を取っているのだろうな)

    町長「この大陸は魔物が強く、陸路を進む行商が激減したことも災いしました。魔物の脅威が長引くなら、この町は長くありません」

    魔剣士(諦めが早すぎやしないかしら。あの喋る魔物ならともかく、普通の魔物なら戦おうとしても良さそうなものだけど)

    勇者「僕たちが魔物と戦います。近づけばすぐに現れるんでしょうか?」

    町長「……勇者様。お言葉ですが、無理はなさらないでください」

    勇者「どういうことです?」

    町長「勇者様たちがこの大陸に来てすぐ、魔物に襲われたことは聞いております。勝てなかった、とも」

    魔女(話は知っていて当然よね。人の気を引く噂は足が速いもの)


    294: ◆AYcToR0oTg 2014/11/29(土) 11:42:15.45 ID:IsRgH9fQ0


    町長「勇者様たちが現れた時期と、魔物が知恵を持った時期は同じようです。けして無関係ではないでしょう」

    勇者「……そうですね」

    町長「でしたら話は簡単です。勇者様には、すぐに次の町を目指していただきたい」

    町長「魔物の狙いが勇者様なら、この町から離れてしまえば船を襲う理由がなくなりましょう」

    町長「それだけで、町は救われるのです」

    勇者「…………」

    魔剣士「なによそれ」ボソッ

    魔剣士「おかしいじゃないそんなの! 魔物を倒すことができなかった、でも追い払うことはできた!」

    魔剣士「それでも勇者は、あなたたちに失望されなきゃいけないの!?」

    勇者「魔剣士」

    魔剣士「なによっ!」

    勇者「座って。町長さんの考えは間違ってないよ」

    魔剣士「――――っ」

    魔剣士「外に出てくるわ。あたし、黙って聞いてられそうにないから」

    バタン

    勇者「……町を出ることに異存はありません」

    魔女「勇者くん?」

    勇者「ですが、それは船を襲う魔物と戦ってからです」

    勇者「僕たちが魔物を倒すのも、倒せず僕が殺されてしまうのも、この町にとっては同じことでしょう?」

    町長「……それは、そうですが」

    勇者「船の近くでは戦いません。それで構いませんね?」


    295: ◆AYcToR0oTg 2014/11/29(土) 11:43:14.36 ID:IsRgH9fQ0


        ◇川辺

    司祭「魔剣士、そろそろ機嫌を直したらどうだ」

    魔剣士「だって!」

    勇者「僕なら大丈夫だよ」

    勇者「魔剣士が僕の気持ちを代弁してくれるから、僕は落ち着いていられる」

    勇者「だからそろそろ、怒った顔は引っ込めてほしい、かな?」

    魔剣士「……ふんだ。何よもう、強がっちゃって」

    魔女「ふーん? 勇者くんって魔剣士ちゃんを口説くのが得意なのね?」

    魔剣士「口説かれちゃいないわよ! 魔女のバカ!」

    勇者「そっか、あれじゃまだ足りないんだね」ボソッ

    魔剣士「え?」

    勇者「なんでもないよ。そろそろ川辺だし、気を引き締めていこうか」

    魔剣士「待ちなさいよ! 今なんて言ったの!?」

    司祭「……時々思うのだが。勇者は魔剣士に対してだけ、腹黒くないか?」

    魔女「そうなのよね? ふふ、おかしいんだあ?」


    296: ◆AYcToR0oTg 2014/11/29(土) 11:44:29.36 ID:IsRgH9fQ0


    勇者(みんなから不信のの目を向けられるのは、僕が弱かったから)

    勇者(でも、もう大丈夫。僕たちは強くなった。きっと勝てる)

    勇者「魔剣士。頼りにしてる」

    魔剣士「……何よ急に」

    勇者「言っておきたかったんだよ。戦いが始まる前にね」

    魔剣士「いいわ、ならいくらでも頼って。私はどんなものでも斬る剣になってみせるから」


    297: ◆AYcToR0oTg 2014/11/29(土) 11:44:57.08 ID:IsRgH9fQ0


        ◆川上

    アンフィビ「ようやく現れましたね。町の人々を見捨てられない、それが勇者の敗因です」

    アンフィビ「ウオビトよ、雨乞いをしなさい。この場はこれから嵐になる。多少の風では吹き飛ばない、厚く重たい雲を作るのです」

    アンフィビ「ここを勇者の墓標とするためにも、ね」


    298: ◆AYcToR0oTg 2014/11/29(土) 11:45:31.58 ID:IsRgH9fQ0


        ◇川下

    司祭「またこいつらか。あの魔物はどうしても小手調べをしたいらしいな」

    魔女「ふふ? それならぱぱっと終わらせちゃいましょう?」

    ウオビトA~Y「…………」

    勇者「自分たちから切り込む必要はないよ。来た順に倒していけばいい」

    魔剣士「一人で突出すると、魔女が魔法を打てないものね」

    魔女「あら、学習してくれたようでありがたいのよ?」

    勇者「――――空が真っ黒になった。嵐になるのかな。天候は魔物の味方みたいだね」

    司祭「関係ないな。こちらには女神の加護があるんだろう?」


    299: ◆AYcToR0oTg 2014/11/29(土) 11:46:02.96 ID:IsRgH9fQ0


        ◆川上

    アンフィビ「わずかな時間で、強くなったものですね」

      司祭「魔女! 手負いが近づいてくるぞ!」

      魔女「……生臭いのよ近寄らないで」ボッ

      ウオビトM「…………っ」グサッ

    アンフィビ「これは少し、計算が狂いましたか」

      勇者「魔剣士、あとは任せる」

      魔剣士「了解、トドメくらいは差してあげるわ」

    アンフィビ「ふふ、ふふふ……」

    アンフィビ「浅はかなものです。この程度の力で私に勝てるとでも?」


    300: ◆AYcToR0oTg 2014/11/29(土) 11:46:39.80 ID:IsRgH9fQ0


        ◇川下

    魔剣士「やっ!」ズバッ

    ウオビトY「……!」バタッ

    司祭「今ので最後、か」

    魔女「思ったよりも呆気なかったみたいね?」

    勇者(急に襲われたか、戦う覚悟をしてあったかの違いもあるだろうけど)

    勇者「気を抜くのは早いんじゃないかな。もうそろそろ」

    司祭「……! 魔女、こっちだ!」グイッ

    魔女「っ」

    ベチャァ

    アンフィビ「おや、また避けられてしまいましたか。きちんと不意をついているのですがね」

    勇者「アンフィビ……!」


    301: ◆AYcToR0oTg 2014/11/29(土) 11:47:53.77 ID:IsRgH9fQ0


    アンフィビ「会いたかったですよ、勇者。あなたが息絶えるのを望まない日はありませんでした」

    魔剣士「……っ」

    勇者「そうなんだ。どうして叶わない願いを抱いちゃったんだろうね」

    アンフィビ「強がりますね人間風情が。ウオビトの呼んだ雨雲は前回のように飛ばせません。雨に打たれながら、最後の時間を後悔に使いなさい」

    勇者「――魔剣士、共鳴するよ」

    魔剣士「ええ、力を貸して」

    ブォン

    アンフィビ(女神の加護を他人に……? 何の意味が)

    魔剣士「――――。やっ!」ダッ

    アンフィビ「っ、早い! が、まだまだです!」ガキン

    魔女「魔剣士ちゃん離れて! 高氷魔<エクス・シャーリ>!」

    アンフィビ「その程度、効きません!」

    司祭「ぬんっ!」ブオン

    アンフィビ「あなたの攻撃など!」ガッ

    司祭「同感だ。お前の攻撃など受けない」ガッ

    勇者「はあ!」ブンッ!

    アンフィビ「かはっ?」ザクッ

    魔剣士「次……!」

    司祭「深追いはするな! 引け!」

    魔剣士「っ、と……!」ピタ


    302: ◆AYcToR0oTg 2014/11/29(土) 11:49:04.86 ID:IsRgH9fQ0


    アンフィビ「…………ぺっ」ベチャ

    アンフィビ「予備動作を省きましたが。よく粘液をぶつけると見抜いたものです」

    司祭「同じ戦法だからわかっただけだ」

    アンフィビ(ふむ……力の差はだいぶ縮まっていましたか。真っ当に戦っていては、私が危ない)

    アンフィビ「ではそろそろ攻撃を強めましょうか。極風魔<グラン・ヒューイ>」

    魔女「させると思って? 極氷魔<グラン・シャーリ>!」

    アンフィビ「おや、あなたにそんな大技が使えたとは。ではもう一度試しましょう、極雷魔<グラン・ビリム>」

    魔女「あら、もう一度ね? 極氷魔<グラン・シャーリ>!」

    アンフィビ(以前は荒れ狂っていた魔力が沈静化している? まさか、こんな短い期間に魔力の性質が変わると思えません。いったい何が……)

    勇者「――――!」ブンッ

    アンフィビ「っ!」ガキッ

    勇者「反応、できると思わなかったな……っ」ジリッ

    アンフィビ「不意打ちですか。正しい戦い方では私に勝てない、人間らしく狡猾な手法ですね」ギリッ

    アンフィビ(幼生のままで相手をするのは得策じゃありません、か)

    アンフィビ「ふんっ」ガキッ

    勇者「とっ……!」バッ

    アンフィビ「――――この嵐の中ならヘン夕イも可能でしょう。勇者、教えてあげます。人間が魔物には勝てないことを!」

    グチャ、グチュ

    魔剣士(気持ち、悪い……筋肉がぼこぼこと動き回ってる……)

    勇者(手足が退化して、代わりにイソギンチャクみたいな体に変わった?)


    303: ◆AYcToR0oTg 2014/11/29(土) 11:50:12.20 ID:IsRgH9fQ0


    司祭「っ! 勇者、魔剣士、戻れ!」

    アンフィビ「遅い……ペッ!」ビシャッ

    魔剣士「っっ!」

    勇者「くっ」

    司祭「勇者、こっちへ! 解毒<キヨム>!」

    魔剣士「鎧が弾いた! あたしは大丈夫!」ダッ

    アンフィビ「ちょこまかと、死になさい!」グニュ!

    魔剣士「食らわない、わよっ! やあっ!」

    アンフィビ「一五本の触手からは逃げられませんよ!」

    魔剣士「痛っ!」ドン

    魔女「魔剣士ちゃん! このっ、高雷魔<エクス・ビリム>!」

    アンフィビ「ふはは! いいですねえ、もっと私に力を与えなさい!」ビリビリ

    司祭「っ、くそ、読むのが遅れた! 魔女、あいつは水と雷を吸収する!」

    魔女「何よそれ!? インチキよっ?」

    勇者「なら別の魔法を試そうか」

    アンフィビ「ゆ、勇者ぁ!」

    勇者「はっ!」グサッ

    勇者(剣で作った傷に手を入れて……)

    勇者「高炎魔<エクス・フォーカ>!」

    アンフィビ「ぎっ、いあぁああ!!」グニュリッ


    304: ◆AYcToR0oTg 2014/11/29(土) 11:51:15.17 ID:IsRgH9fQ0


    勇者「うわっ!」バッ

    魔剣士「勇者、大丈夫!?」

    勇者「心配しないで、かすっただけ」

    アンフィビ「ぐっ、ぎぎ……まだ、まだ私は負けません!」

    勇者「――――魔剣士」

    魔剣士「――――」コクッ

    勇者「させない! この場で倒してみせる!」ダッ

    司祭「魔剣士、構えろ! 補力<ベーゴ>、補守<コローダ>、補早<オニーゴ>!」

    勇者「はっ、やっ、たっ!」バシュッ

    アンフィビ「いくら斬ろうと無駄です! 手数はこちらが多い!」シュバババッ

    魔女「なら切り落としてあげる。高風魔<エクス・ヒューイ>!」

    ザクザクッ

    アンフィビ「ぬぁ、くっ! この、魔女め!」

    魔女「あら、名前を覚えてくれたのね? 気持ち悪くて目眩がしちゃうな?」

    勇者「アンフィビっ!」ダッ

    アンフィビ「こ、のぉ!」グニャッ!

    勇者「……その体、背後に隙が多すぎたね?」

    アンフィビ「っ」ゾクッ


    305: ◆AYcToR0oTg 2014/11/29(土) 11:52:38.77 ID:IsRgH9fQ0


    魔剣士「…………二の剣、空縫い」ズバッ

    魔剣士「…………逆手。空破り」ザンッ

    アンフィビ「か、はっ」グシャ

    勇者「だから言ったんだよ。戦わなければ後悔するってね」

    勇者「――――人間を、甘く見るな」

    アンフィビ「勇者、め……私が正しいとも、知らず……」

    アンフィビ「    」

    魔剣士「勝った、のよね?」

    司祭「くっ……」

    魔女「司祭くん? どうしたの?」

    司祭「予知<コクーサ>は長い時間使うと頭痛がひどくなるだけだ。大したことはない」

    魔女「……ちょっと司祭くん? それ初耳よ? どういうことかしら?」


    306: ◆AYcToR0oTg 2014/11/29(土) 11:53:25.96 ID:IsRgH9fQ0


    勇者「魔剣士、お疲れさま」

    魔剣士「勇者…………うん」クスリ

    アンフィビ「  」モクモク

    勇者(魔物から煙が出てる。前にも同じことはあった。なら)

    勇者「魔剣士、下がってて」

    魔剣士「どうかしたの?」

    ブワッ

    魔剣士「きゃっ」

    勇者「やっぱり、か」

    魔女「勇者くん? 今の風は何?」

    魔剣士「勇者、その人……」

    司祭「何があった?」

    勇者「司祭さんは見るの初めてだったね。……知性のある魔物は、人間が変化したものみたいなんだ」

    勇者(この人は、いったい誰なんだろうな)


    307: ◆AYcToR0oTg 2014/11/29(土) 11:54:09.99 ID:IsRgH9fQ0


        ◆過日

    アンフィビ(目が覚めた時、私は愕然としてしまった)

    アンフィビ(人間ではありえないほど発達した手の水かきは、自分が怪物になったのだとよく思い知らせてくれた)

    アンフィビ(何が起きたのだろう、混乱する頭で冷静に思い出す)

    アンフィビ(私は開拓地の視察に行き、そこで――――)

    アンフィビ(そこで、そう、見たこともない怪物を見た……今ならわかる、あれは生まれ落ちた魔王だ)

    アンフィビ(そして魔王は、私に手をかざし……)

    アンフィビ(そこからの記憶はない。気を失ったのだろう。そして起きてみれば、この姿だった)

    アンフィビ(状況を把握すると、足は自然と魔王がいるだろう方向に動いていく)

    アンフィビ(だって私は魔王様直属の部下なのだ)

    アンフィビ「ふふ……」

    アンフィビ(頭の中を情報が駆け巡る。体に馴染んだ魔物の血が、私に必要なことを教えてくれる)

    アンフィビ「勇者、あなたを殺してあげましょう」

    アンフィビ(私を人間じゃなくしたお前を)

    アンフィビ(全ての災いの始まりを)


    311: ◆AYcToR0oTg 2014/11/29(土) 22:15:05.92 ID:IsRgH9fQ0


    ――――知性ある魔物

        ◇夢の中

    女神「悩みを抱えているようですね」

    勇者「……女神様」

    女神「あなたの迷いは、人間に大きな影響を及ぼします。それは好ましくありません」

    勇者「…………」

    女神「私の勇者。あなたは何に心を囚われているのでしょう」

    勇者「先日、魔王直属の部下だという魔物を倒しました」

    女神「知っています。勇者のことは見守っていますから」

    勇者「その後、魔物は人間の姿に変わりました。どうしてですか?」

    勇者「動物が変化した魔物は、死んだ後も魔物の姿です。人間が変化した魔物だけ、死ぬと人間に戻るのは何か理由があるんでしょうか」

    女神「それは簡単なお話ですね。人間は全て、私の祝福を受けていますから」

    女神「魔王によって魔性を付加され、知性を持つ魔物となった後でも、それは変わりません」

    女神「死んで魔王の呪縛から放たれたことで、私の祝福により人間に戻ったのでしょう」

    勇者「女神様の祝福を受けていても、魔物になることは避けられないんですか?」

    女神「完璧に、とはいきません。私の祝福は多少の個人差があるようですから。それはあなたたちが神性と呼んでいるものですね」

    勇者(なら……魔剣士が魔物になることは絶対にない)

    勇者「女神様。魔物になった彼らを、殺すことなく人間に戻すことはできないのでしょうか」

    女神「無理ですね」

    女神「勇者は、元が人間であれ動物であれ、魔物を救うことはできません」

    勇者「……どうしてでしょう?」


    312: ◆AYcToR0oTg 2014/11/29(土) 22:15:53.92 ID:IsRgH9fQ0


    女神「勇者とは、魔物を殺す者ですよ」

    勇者「…………」

    女神「だから」

    女神「あなたが人間を救うなら、それはあなたの正しさです」

    勇者「そう、ですか」

    女神「勇者。知性ある魔物は何が厄介だと思いますか?」

    勇者「……単純な力比べでなく、騙し欺こうと知略を用いることでしょうか」

    女神「人間の言葉を話すこと、ですよ」

    女神「命乞いをされればためらいが生まれます。恨み言なら心に傷が作られます」

    女神「そして言葉を話すなら、そこには理解の芽生える可能性があります」

    女神「話し合えば理解が深まる。勇者は魔物を理解できるだけの知性があります」

    勇者「魔物のことを深く知れば、剣を持つ手が鈍くなる……」

    女神「しかし勇者は、魔物のことを理解する必要がありません。あなたはただ、魔物を殺すだけでいいのです」

    勇者「…………」

    女神「落ち込むことはありませんよ」

    女神「勇者とは魔物を殺す者です。ですが、私があなたに託したものはそれだけではありません」

    勇者「それはなんでしょうか?」

    女神「あなたはきっと、最後までわからないままでしょう。歴代の勇者、全てがそうでしたから。いつか、時が来たら教えます」

    女神「あなたが魔王を倒した時に」


    313: ◆AYcToR0oTg 2014/11/29(土) 22:17:08.68 ID:IsRgH9fQ0


    ――――旅人の影

    旅人「売女のくせえニオイがしやがるな」

    勇者「……久々に会ったと思ったら、いきなり失礼なこと言うね」

    旅人「あん? なんだテメエ、勇者様のくせに夜の店の常連なのかよ!」ゲラゲラ

    勇者「誤解を招くようなことは言わないでほしいな」

    旅人「おれが言ってるのは商売女じゃねえ、女神のことだよ」

    勇者「君はつくづく女神様が嫌いなんだね」

    旅人「むしろおれは、テメエらみたいに女神を信仰するバカどもに聞きたいね」

    旅人「救いの手を伸ばすわけでもねえのに、なんであんなクソアマを敬えるんだ?」

    勇者「魔王が現れるたびに勇者を選んでいるんだから、何もしていないわけではないでしょ」

    勇者「直接ではないけど、間接的に人間を救っていると僕は思うよ」

    旅人「はーあ、無知ってやつは怖えーな。自分が納得できる理由を勝手に作り上げてやがる」

    勇者「……質問するけど、君は女神様が嫌いなんだよね?」

    旅人「ったりめーだ」

    勇者「僕は、君と似た人に心当たりがあるんだけど、気のせいかな」

    旅人「――――はん。どこの誰だか知らないが、他人の空似だろ」

    勇者「そっか……」

    勇者(僕の勘違いか、言えない事情があるのか、はたまた――――)

    旅人「ちっ、気分が白けちまった。テメエのせいだぞ」

    勇者「悪かったね、とでも言えばいい?」

    旅人「はっ、ざけんな。本音を見せて、せいせいするよとでも言えばどうだ?」

    勇者「仲良くなろうとは思わないけど、君と対立したいわけじゃないよ」

    旅人「ほお、気が合わねえな。おれはテメエと敵対してえんだよ」

    勇者「君はどうしてそう……」


    314: ◆AYcToR0oTg 2014/11/29(土) 22:18:12.49 ID:IsRgH9fQ0


    魔剣士「あら、勇者?」

    勇者「魔剣士?」

    魔剣士「どうしたのよ、一人で立ち止まって」

    勇者「いや、この旅人さんと話を……」

    魔剣士「誰もいないじゃない」

    勇者(まさか……僕に何も気取らせずにいなくなる、なんて)

    勇者「魔剣士が話しかける時、僕の前に男の人がいたでしょ?」

    魔剣士「見えなかったけど。ちょうど勇者で影になってたのかしら」

    勇者「旅人さんは背が低いから、隠れなくはないけど」

    魔剣士「ふーん? その人とは友達なの?」

    勇者「いや。知り合いより犬猿の仲に近いかも」

    魔剣士「何それ。珍しいわね、勇者が誰かを嫌うなんて」

    勇者「僕はそんな善人じゃないよ」

    魔剣士「ああ違うの。そうじゃなくて、誰かを嫌いだって明言するの、珍しいじゃない?」

    勇者「……そういえばそうだね」

    魔剣士「でも仕方ないんじゃない? 仲良くなれない人って、どうしてもいるもの」

    勇者「確かにね。それでも、あまり多くならないよう気をつけたいかな」

    勇者(旅人さん。嫌い、とは違うな。そういう単純な話ではないと思う)

    勇者(今の僕と、旅人さんではわかりあえない。それだけな気がする)


    旅人「しぶといな、勇者のやつ」

    旅人「女神を裏切ってくれりゃ、面白くなるんだがねえ」


    315: ◆AYcToR0oTg 2014/11/29(土) 22:19:09.08 ID:IsRgH9fQ0


    ――――開拓跡地へ

    司祭「準備はできたのか?」

    魔剣士「ばっちりね。必要なものは全部買い揃えたもの」

    魔女「うーん、保存食がちょっと重いなあ? 勇者くん、持ってくれる?」

    勇者「魔女さんにはほとんど荷物任せてないよ。それくらいは我慢して」

    魔剣士「というか、勇者や司祭の荷物を見てそれを言うあたり、魔女って神経が太いわよね」

    魔女「そう? なら魔剣士ちゃんが持ってくれてもいいのよ?」

    魔剣士「あたしだって、勇者よりは少ないけど魔女の倍近くは荷物あるの! それっぽっちは持ちなさいよね!」

    魔女「あらあら? ぐすん、司祭くん? みんなから怒られちゃうのよ?」

    司祭「嘘泣きをするな。……はあ、やれやれ。特に重いものは持たせてないがな。何が重いんだ?」

    魔剣士「ちょっと司祭。魔女を甘やかさないでよね」

    魔女「普段から勇者くんに甘やかされてる魔剣士ちゃんには言われたくないなあ?」

    魔剣士「なんですって!」

    勇者「はいやめやめ。しばらく町に寄れない旅だからって、ちょっとは落ち着く」

    魔女「くす、はーい」

    魔剣士「あたしは落ち着いてるわよ!」

    司祭「ずいぶんと元気な落ち着き方だな」

    魔剣士「何よ司祭まで!」

    勇者「魔剣士、そろそろ冷静になってよ」

    魔剣士(ふんだ! か弱いからって、魔女ばっかり甘やかすんだもの!)

    魔剣士(……あたしだって、女の子なのになあ)


    316: ◆AYcToR0oTg 2014/11/29(土) 22:19:48.37 ID:IsRgH9fQ0


        ◇???

    勇者「どうでしょうか?」

    商人「お代さえもらえれば仕事はしますよ。半月もあれば仕入れてみせましょう」

    勇者「それでお願いします」

    商人「しかし、この大陸じゃ珍しくはありますが、あんなもの何に使うんで?」

    勇者「思い出の品なんです。心残り、というか」

    商人「おっとすみませんね、商売柄か余計なことばかり気にしてしまって。任せてください、必ずお届けします」


    317: ◆AYcToR0oTg 2014/11/29(土) 22:20:24.74 ID:IsRgH9fQ0


        ◇街道 終わり

    魔剣士「ここから先が開拓地、なのよね?」

    司祭「……もうその名前は適切ではないな。何を切り拓くというんだ?」

    魔女「何もない、ものね……?」

    勇者(見渡す限り、干上がった地面が続いてる。草の一本さえ生えてない)

    勇者「去年まで、ここには広大な森があったそうだよ。開拓で伐採したのは森の三割程度で、それでも十分な土地の量を確保してたはずだから」

    魔剣士「森なんて、どこにもないじゃない……これじゃあ」

    勇者(せめて父さんの形見くらいと思ってたけど。期待しないほうがいいな)

    勇者「…………」

    勇者「行こうか。立ち止まっていたら何もわからないよ。魔王の居場所に繋がる何かがあるかもしれないからね」


    318: ◆AYcToR0oTg 2014/11/29(土) 22:21:27.48 ID:IsRgH9fQ0


        ◇一週間後

    司祭「…………ふぅ」

    勇者(司祭さんでさえ息があがってる。戻る時間の方が多く見積もるから、あと一、二日したら引き返さなきゃだけど)

    勇者(これで何も見つからなきゃ、次は馬車を借りて移動になるかな。魔物がいないなら、馬の心配をしなくて済むし)

    勇者(どちらにしても、今回は自分たちだけで乗り切らないと)

    勇者「魔女さん。大丈夫?」

    魔剣士「……勇者。魔女、返事する余力もないみたい。休めない?」

    勇者「魔剣士も疲れてるでしょ。僕と司祭さんでテントを張るから、そしたら中で休もうか」

    勇者「司祭さん、それでいい?」

    司祭「そうだな……日差しが遮られないと、ここまで苦しくなるとは思わなかった」

    魔剣士「司祭でさえばててるのに、勇者ってまだ元気そうよね」

    勇者「そんなことないよ。僕も休みたいから魔剣士の提案に乗ったんだし」

    魔女「…………」

    勇者「魔女さん? 大丈夫?」

    魔女「誰か、抱きしめてくれないかな……」ボソッ

    勇者「……司祭さん、それじゃテント張ろうか」


    319: ◆AYcToR0oTg 2014/11/29(土) 22:22:44.29 ID:IsRgH9fQ0


        ◇テントの中

    魔女「あー。生き返るみたいねー……?」

    勇者「ごめん、ちょっと無理して進みすぎたね」

    勇者「あと魔剣士、ちょっと魔女さんを抱きしめてあげて」

    魔剣士「やーよ。ただでさえ暑いのに」

    司祭「どうしたんだ勇者? やはり暑さに頭をやられたか?」

    勇者「やられてないよ、失礼だな。さっき、魔女さんが抱きしめてほしいってうわごとを言ってたからね。それで元気が出るならと思って」

    魔女「ふふ……魔剣士ちゃーん?」ダキッ

    魔剣士「うわぁ!? 何よ魔女、離れなさいよ!」

    魔女「やわらかーい。おちつくー」ギュッ

    魔剣士「さーわーるーなー!」ジタバタ

    司祭「私たちがいることを忘れないでほしいんだが」

    勇者「テントの外には出たくないし、背中を向けてようか」

    魔剣士「二人とも助けなさいよ!」

    魔女「ふう……くんくん? 汗のニオイがするのね?」

    魔剣士「かがないでよ! というかそういうこと言わないで!」


    320: ◆AYcToR0oTg 2014/11/29(土) 22:23:40.42 ID:IsRgH9fQ0


    勇者「……司祭さん。今は地図でいうとこの辺りだと思うんだ」

    司祭「ふむ」

    勇者「あと少しで魔王が現れた場所のはずだから、そこを中心に二日くらいは探索をしようと思ってる」

    司祭「食料はまだあるが、そこで切り上げるのか?」

    勇者「この先で食べ物が手にはいるかわからないからね。この一週間、魔物さえ出ていない。期待しちゃダメだと思う」

    魔女「ふふ、そろそろ満足かしらね?」

    魔剣士「うぅ……」

    魔女「魔剣士ちゃん、無理してるでしょ? わたしを払いのける力さえないんだもの?」

    魔剣士「……だったら何よ?」

    魔女「勇者くんに甘えてきたら? それだけでも元気が出ると思うのよ?」

    魔剣士「……イヤよ。勇者の負担にはなりたくないもの」

    魔女「強がる子。そういう魔剣士ちゃん、嫌いじゃないけれど、ね?」

    勇者「魔剣士」

    魔剣士「……何よ?」

    勇者「あと半日くらい北上すれば、目的地に着くと思う。それまで頑張れる?」

    魔剣士「…………」

    魔剣士「勇者は誰に言ってるのかしらね。そんなの当たり前でしょ?」

    勇者「ごめんね。僕は心配性みたいだから」


    321: ◆AYcToR0oTg 2014/11/29(土) 22:24:46.71 ID:IsRgH9fQ0


        ◇陥没地帯

    司祭「ひどいな。何か爆発したのか? 何ヶ所も地面が抉れている」

    魔女「魔法、ではないと思うな? わたしの知らない魔法だったらわからないけどね?」

    魔剣士「勇者、ここなの? その、魔王が現れたのって」

    勇者「たぶんね。ちょうどこの辺りまで開拓が進んでいたはずだから」

    魔剣士(何もない……本当に、何も残らなかったんだ)

    魔剣士「勇者……」

    勇者「今日はここで休もうか。さっき司祭さんには話したけど、ここを中心に探索して、すぐに引き返そうと思う」

    司祭「――――勇者。向こうに見えるものは何だかわかるか?」

    勇者「崖、みたいだね。この距離で視認できるようじゃ、上ることはできないと思う」

    司祭「回り道できればいいがな」

    勇者「どうだろうね。この先の地図はないから、何とか地形だけでも確認したいけど」

    魔女「魔剣士ちゃん? どうかしたの?」

    魔剣士「何でもないわ……何でもないの」

    魔剣士(おじさん……あたし、風の花を見つけてないのよ?)

    魔剣士(からかいなさいよ。笑いなさいよ。『やっぱりオサナちゃんには無理だったかな?』って頭を撫でに来なさいよっ)

    魔剣士「ごめん魔女、嘘ついたわ」

    魔女「魔剣士、ちゃん? 泣いて……」

    魔剣士「どうしていないのよ! からかうなって怒りたかったのよ、あたしは!」

    勇者「…………」


    322: ◆AYcToR0oTg 2014/11/29(土) 22:25:34.30 ID:IsRgH9fQ0


    ――――あの崖の向こう側

    勇者(町に戻ってから二日はゆっくりしたけど……魔剣士、まだ落ち込んでるな)

    魔剣士「はあ――――」

    司祭「ため息ばかりだな。魔剣士にしては気の抜けていることだ」

    魔剣士「ほっといて。あたしにも憂鬱な時くらいあるの」

    勇者「魔女さん。魔剣士のお相手よろしくね」

    魔女「わたしに押しつけないでほしいな? 勇者くんはどうするの?」

    勇者「そろそろ体調も良くなったし、崖のことを調べようと思ってる。このまま立ち止まってるわけにもいかないからね」

    司祭「私も行くか?」

    勇者「今日はいいよ。話を聞いて回るだけだし。明日には町を出ると思うから、軽く準備をしておいてほしい」

    司祭「わかった」

    魔剣士「…………勇者」

    勇者「何?」

    魔剣士「……ごめん、何でもない」

    勇者「そう。ならいってくるね」ニコ

    魔剣士「……うん。いってらっしゃい」

    バタン

    魔剣士(勇者の方が辛いはずなのに。どうしてあんな風に笑えるんだろ)

    魔剣士「はあ。ダメだな、あたし」


    323: ◆AYcToR0oTg 2014/11/29(土) 22:27:54.22 ID:IsRgH9fQ0


        ◇町長の家

    町長「そうでしたか」

    勇者「崖の向こう側について、何か言い伝えは残ってませんか?」

    町長「聞いたことがありません。もともと、この町より北は森が深く、人が立ち入れませんでした」

    町長「森で暮らす人がいたという話も覚えがありませんな。たぶん、その崖について知っている者もいないでしょう」

    勇者「……わかりました。ありがとうございます」

    町長「これから勇者様はどうするので?」

    勇者「考えているところです。あの崖までは人の足で行くには遠すぎますから、馬車が必要だと思います。でもその後、崖を上る手段がない」

    町長「ふむ」

    町長「でしたら、西の大陸に行かれてはどうでしょう?」


    324: ◆AYcToR0oTg 2014/11/29(土) 22:28:50.05 ID:IsRgH9fQ0


    勇者「西の大陸、ですか?」

    町長「南の大陸は農業、西の大陸は工業、東の大陸は魔法で栄えたと聞きます」

    町長「北の大陸は大半が手つかずの森ですが、その三大陸の交易の中継地として成り立っています」

    町長「北の住人としては、崖を越える方法を探すなら西の大陸が近道かと思いますよ」

    勇者「わかりました。西の大陸を目指すことにします」

    町長「……その、よろしいのですか? 言い出したのは私ですが、そんなに簡単に決められて?」

    勇者「僕一人にできることは限られています。手詰まりの中で道を示してくれたなら、そこを進むことに迷いはありませんよ」

    町長「そうですか。では、勇者様の旅路に女神様の導きがあることを祈っています」

    勇者「……あと一つ、聞いていいでしょうか」

    町長「どうぞ、なんなりと」

    勇者「魔王によって亡くなった開拓者のために、慰霊碑があると聞きました。場所を教えてもらえますか?」


    325: ◆AYcToR0oTg 2014/11/29(土) 22:29:37.39 ID:IsRgH9fQ0


        ◇宿

    勇者「ただいま」

    魔女「ふふ、おかえりなさい? 早いのね?」

    司祭「何かわかったのか?」

    勇者「手がかりはなかったよ。でも目的地は決まった」

    司祭「どこだ?」

    勇者「西の大陸に渡って、崖を越える方法がないか探そうと思ってる」

    魔女「魔石を作ったことで、色んな機械が生まれた大陸ね?」

    司祭「私はあまり詳しくないが……この魔灯も西の大陸が発祥だったか?」ポワッ

    勇者「西の大陸製だと知らないだけで、司祭さんの身近にもたくさんあると思うよ。調べてみて、僕も驚いたことがあるから」

    魔女「また船旅になるのね? ちょっと気が引けるな?」

    勇者「ごめん、我慢して。今回は酔い止めの薬草を買うから、少しは楽な船旅になると思う」

    魔女「ふふ、冗談よ? 勇者くんってばまじめなのね?」


    326: ◆AYcToR0oTg 2014/11/29(土) 22:30:14.73 ID:IsRgH9fQ0


    魔剣士「…………」

    勇者「それと、魔剣士」

    魔剣士「何?」

    勇者「一緒に行きたいところがあるんだ、出かける準備をしてよ」

    魔剣士「……あたしじゃなきゃダメ?」

    勇者「魔剣士じゃなきゃダメなんだよ」

    勇者「この町を離れる前に、父さんに花を手向けてほしいから」


    327: ◆AYcToR0oTg 2014/11/29(土) 22:31:11.91 ID:IsRgH9fQ0


        ◇慰霊碑

    魔剣士「――――」

    勇者「――――」

    魔剣士「あった。おじさんの名前」

    勇者(父さんの名前をなぞる魔剣士の指と横顔が、いつもよりずっと大人びて見える)

    勇者(ただの感傷なんだろうな、これは)

    勇者「魔剣士、これ」

    魔剣士「そっか、花を手向けなきゃだものね……。……!?」

    魔剣士「これ、風の花じゃないっ」

    勇者「無理を言って商人に仕入れてもらったんだ。間に合ってよかった」

    魔剣士「……なんだ。あたしやっぱり、見つけられなかったのね」

    勇者「ここまで来たから、売ってくれる人が見つかったんだよ。ここまで来られたのは魔剣士のおかげでしょ? だから、二人で見つけたんだよ」

    魔剣士「……バカ。かっこつけちゃって」

    魔剣士「――――おじさん、見なさいよ。風の花、しっかり持ってきたんだから」

    勇者「一人で見つけろとは言われなかったからね。父さんの詰めが甘いんだよ」

    魔剣士「……ねえ」

    魔剣士「勇者はどうして、我慢できるの?」

    勇者「父さんのこと?」

    魔剣士「勇者はね、きっと泣いちゃうと思ってた。家族思いだから」

    魔剣士「あたし、勇者を慰めなきゃって思ってたのに、慰められるのはあたしの方だった」

    魔剣士「悔しいな。ねえ、どうして?」


    328: ◆AYcToR0oTg 2014/11/29(土) 22:32:27.79 ID:IsRgH9fQ0


    勇者「――――勇者だから、かな」

    魔剣士「何よそれ」

    勇者「泣いてる暇はないと思った。前を向いて、悲しみを乗り越えて、皆の希望になるよう魔物を倒さなきゃいけないから」

    勇者「だから僕は泣かないよ」

    魔剣士(そっか……同じ理由なんだ、全部)

    魔剣士(魔物を倒せなくて冷たい目で見られても、おじさんの死に立ち止まらないのも、自分が勇者だから、弱さは見せられないと思ってる)

    魔剣士(なら……)

    魔剣士「あたしが代わりに泣いてあげる」

    魔剣士「理不尽なことには怒るし、苦しい時には落ち込んであげる。勇者ができないなら、あたしがやる」

    勇者「そっか。うん、ありがと」

    魔剣士「…………でもね、ユウ」

    魔剣士「今はあたしだけなの。誰も見てない。ここでなら、勇者じゃなくてもいいんじゃないの?」

    勇者「でも、さ」

    魔剣士「うん」

    勇者「泣いたら、進めなくなる気がするんだ」

    魔剣士「うん」

    勇者「立ち止まるわけにはいかないんだよ。魔王を倒すまで、僕は何があっても歩かなきゃ、さ」

    魔剣士「大丈夫よ。だってあたしがいるもの」

    勇者「そう、かな」ポロ

    魔剣士「涙は弱さなんかじゃないわ。だって、こんなに綺麗なんだもの」

    勇者「オサナ……」


    329: ◆AYcToR0oTg 2014/11/29(土) 22:32:57.42 ID:IsRgH9fQ0


    翌朝。
    勇者一行は町を後にし、一路西の大陸を目指す。
    慰霊碑に供えられた花は、ふと風にさらわれ、空のどこかに消えていった。


    333: ◆AYcToR0oTg 2014/11/30(日) 19:11:43.41 ID:eosmSy2l0


    ――――悪意よ眠れ

    魔女「西の大陸って冷えるのね……?」

    司祭「弱音をこぼすまえに厚着をしたらどうだ?」

    魔剣士「ほんとよね、尊敬しちゃう。あたし、船に乗ってる時点で厚手の上着を着てたわよ」

    勇者「西の大陸が寒いってことは船に乗る前からさんざん聞いてたしね。魔女さんも上着は買ったんでしょ?」

    魔女「上着、そういうものがあったら便利よね?」

    勇者「いやいや、遠い目して誤魔化さないでよ。買えって言ったじゃないか」

    司祭「買った方がいいよ、程度の言い回しだったと記憶しているが」

    魔剣士「勇者って人に命令する姿が似合わないものね」

    勇者「今はそういう話をしてないでしょ」

    魔女「ふふ、ふ……いいんだもの、わたしはこれで? 大人のおねえさんは、厚着してもこもこするわけにはいかないのよ?」

    司祭「やれやれ」バサッ

    魔女「あら?」

    司祭「私の上着を着てろ。大きめだが、地面にひきずるほどの丈ではなさそうだからな」

    魔女「……ごめんなさいね?」

    司祭「これに懲りたら厚着をしてくれ」

    魔女「考えておこうかしら?」

    勇者「魔女さんがカゼひかずに済みそうだし、それなら買い出しに行こうか」

    勇者「夜になっても気温はほとんど変わらないようだけど、今の道具で野宿したら凍死するからね」

    魔剣士「そろそろボロボロだったし、買い換えにはちょうどいいわよね」


    334: ◆AYcToR0oTg 2014/11/30(日) 19:12:49.70 ID:eosmSy2l0


      ?「さっさとこっちに来い!」

    司祭「む……?」

      幼女「うぅ、ぐすん」

    司祭「…………」スタスタ

    魔女「司祭くん?」

    司祭「何をしている」

    ?「ああ? 誰だよお前は」

    司祭「その子に何をしていると聞いているんだ」

    奴隷商「奴隷をどう扱おうが俺の勝手だろうが」

    司祭「奴隷だと? どの大陸にも奴隷の制度は存在しない、売買は禁じられているはずだ」

    奴隷商「うるせえな。どけ」

    司祭「その子を放せ」ガシッ

    奴隷商「てめえ、手をんがっ!?」

    司祭「聞こえなかったか? その子を、放せ」ミシミシ


    335: ◆AYcToR0oTg 2014/11/30(日) 19:13:43.19 ID:eosmSy2l0


    魔女「司祭くん、ダメよ!」

    司祭「……なぜ止める?」

    魔女「奴隷商なんて、見つかったらすぐに捕まることを公然としてるのよ? なら貴族やらのお偉方と繋がってるのよね?」コソコソ

    魔女「助けるにしても、方法を考えないとダメ。この子を一時的に助けても、また捕まったらまずいじゃない?」コソコソ

    司祭「だがっ!」

    奴隷商「くそっ」ガッ

    司祭「ちっ、待て!」

    奴隷商「さっさと来い!」

    幼女「いたい、よぉ……」チラ

    司祭「……!」

    魔女「司祭くん。辛いでしょうけど、今は我慢して? 勇者くんと相談して、助ける方法を探しましょ?」

    司祭「…………」フルフル

    司祭「なぜ、邪魔をした?」

    魔女「え?」


    336: ◆AYcToR0oTg 2014/11/30(日) 19:14:35.79 ID:eosmSy2l0


    司祭「魔女の言いたいことはわかる。私のような聖職者の端くれでは、救えない人も多いだろう」

    司祭「だが、だからって傷つけられる子供を見捨てていい理由にはならないはずだ……!」

    魔女「…………はあ」

    魔女「司祭くんってどうしようもないお馬鹿さんね。ならあなたに何ができて?」

    魔女「悲しいけど、あの子を手に入れるために彼らはお金や手間をかけている」

    魔女「あそこで強引にさらってしまえば、全力でわたしたちを狙ってくるでしょうね?」

    魔女「そうなったら、あなたはどうするのかしら。他の人を助けようにも、警戒されて思うように動けない。そうなってから後悔するのよね?」

    魔女「遅い。そんなんじゃ遅すぎるの。世界は司祭くんが思っているよりずっと汚いのよ?」

    魔女「泥の中から救いだすなら、自分も泥に汚れる覚悟が必要なの」

    司祭「……魔女の生い立ちは私なりにわかっているつもりだ」

    司祭「世界が綺麗じゃないと早くに知り、私の軽い言葉では救われないほど辛い経験をしただろう」

    司祭「だとしても、それを他人にも我慢しろというのは無理な話だ。いつか助けるから我慢しろ、ならそのいつかとはいつなんだ?」

    司祭「助けを求めているのは今なんだ、いつかじゃない。だったら私は、今あの子を助けたい。綺麗事だとしてもだ」


    337: ◆AYcToR0oTg 2014/11/30(日) 19:15:14.90 ID:eosmSy2l0


    魔女「そう。あなたがこんなに分からず屋だと思わなかった」

    司祭「お前がそこまで冷たい女だとは知らなかった」

    魔女「見下げ果てたものね」

    司祭「見損なったぞ」


    魔女「こんな人が仲間なんて」
    司祭「こんな奴が仲間なんて」


    魔剣士「ゆ、勇者……」

    勇者「わかってる。ちょっとだけ待って」

    勇者(どっちの言い分も間違っているわけじゃない。二人とも、真剣にあの子を救うにはどうすればいいか考えているから、だからこそ厄介だ)

    勇者「――――まずいな、すぐには思いつかない。とりあえず止めてくる」


    338: ◆AYcToR0oTg 2014/11/30(日) 19:15:50.63 ID:eosmSy2l0


        ◇夜

    魔剣士「えーっと、魔女? 勇者のことでちょっと相談したいことがある、わ?」

    魔女「後にして」

    魔剣士「うっ……」

    魔剣士「し、司祭? 勇者のことで話したいことがあるんだけど?」

    司祭「勇者に聞けばいい」

    魔剣士「うっ……」

    勇者「魔剣士、無理して話しかけるのはやめなよ」

    魔剣士「だ、だって」

    勇者「二人は僕たちより大人なんだ、どうしなきゃいけないかくらいわかってる。そうでしょ?」

    司祭「…………さあな」

    魔女「呆れた。普段は保護者ぶってるのに、こんな時だけ自分の立場を投げ出すのね」

    司祭「…………何が言いたい?」


    339: ◆AYcToR0oTg 2014/11/30(日) 19:16:32.02 ID:eosmSy2l0


    魔女「あなたに言うことなんてないのよ? ただ、同じ空気を吸っていると気分が悪いの」

    魔女「わたし、今日は他の場所で一夜を過ごさせてもらおうかしらね?」

    司祭「勝手にしろ」

    魔女「……ふん」

    バタン

    魔剣士「ちょ、ちょっと司祭! 魔女が出てっちゃったじゃない!」

    司祭「そうだな、私が悪いんだろうな。なら反省して、私も外で頭を冷やしてくればいいのだろう?」

    魔剣士「え!? ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

    司祭「ふん」

    バタン

    勇者「やれやれだね。頭が痛くなるほどこじれちゃってるよ」


    340: ◆AYcToR0oTg 2014/11/30(日) 19:17:18.40 ID:eosmSy2l0


    魔剣士「ゆ、勇者! 二人が仲直りできるように、もうちょっと手伝ってくれてもいいじゃない!」

    勇者「表面上を取り繕うだけじゃ何も解決しないよ」

    魔剣士「それはそうだけど……」

    勇者「今日は手を出さない方がいいよ。それより、ちょっとこっちを手伝って」

    魔剣士「もう、何なのよ……え、何これ?」

    勇者「奴隷を扱う商館の見取り図。昼間、魔剣士が二人の仲を取り持とうとしている間に手に入れたんだ」

    魔剣士「あたし任せにしないで。……それにしても、よくそんなもの手に入ったわね」

    勇者「奴隷として売られていく人に同情する人が多いんだよ。僕が勇者だから、きっと何とかしてくれるって気持ちもあるだろうし」

    魔剣士「そう。……たぶん、司祭が思うよりは人間って汚れているけど、魔女が思うよりも人間って綺麗だと思うわ」

    勇者「本当は二人もわかってるはずだけどね。ただ、引っ込みがつかなくなっちゃっただけなんだよ」


    341: ◆AYcToR0oTg 2014/11/30(日) 19:18:38.12 ID:eosmSy2l0


        ◇酒場

      魔女「へー、やっぱりそうなのね? わたし、この町で初めて奴隷を見たもの?」

      酔っぱらい1「だろうな、普通は捕まっちまうし。……お、飲み干したな。ほら、もう一杯」トクトク

      魔女「ふふ、ありがとう?」

      酔っぱらい2「にしてもあいつら、ほんとあこぎな商売してるよな。貴族様が裏にいるからっていい気なもんだよ」

      魔女「……あら? なんだか怖い話になってきちゃったな?」

      酔っぱらい2「なんだよ、ビビってんのか?」

      魔女「いいえ? わたし、怖いものって好きなのよ?」

      酔っぱらい1「はは、気に入ったよ! ほら、じゃんじゃん飲め飲め!」


    司祭「……まったく、何をしているんだかな」

    司祭(考えることは同じ、か。この時間に商館のことを調べるなら、酒場が簡単ではあるが)

    司祭「どんな顔をして店に入れと言うんだ。無理に決まっている」


    342: ◆AYcToR0oTg 2014/11/30(日) 19:19:28.11 ID:eosmSy2l0


      魔女「ふー? 少し目が回ってきちゃったな?」

      酔っぱらい1「おいおい情けねえな姉ちゃん。この程度で潰れるなよ?」

      酔っぱらい2「夜はまだまだこれからなんだぜ? ほら、かんぱーい!」

      酔っぱらい1、2「…………」ニヤリ

    司祭「……魔女に上着を貸したままだったか。外は冷えるな」

    ……


      魔女「ふふ、今日は楽しかったぁ? お兄さんたち、またね?」フラフラ

      酔っぱらい1「おいおい、そんなんで帰れるのかよ?」

      酔っぱらい2「宿まで送ってやるって」

      魔女「大丈夫よぉ? ちゃんと歩いて帰れるんだからぁ?」フラフラ

      酔っぱらい1「……あんなだらしない格好してる割に、意外と堅かったな」


    343: ◆AYcToR0oTg 2014/11/30(日) 19:20:22.75 ID:eosmSy2l0


      酔っぱらい2「にしたって、あんだけ酔いが回ってるんだ。ちょっと押し倒せばすぐだろ?」

      酔っぱらい1,2「…………」ニヤニヤ

      酔っぱらい1「追いかけるか。捕まえたらお前の家に運ぶぞ」

      酔っぱらい2「わかってるよ。お前の汚い家でやるなんてごめんだからな」

    司祭「…………」スッ、、、

    ドンッ

    酔っぱらい1「ってぇ~」クラッ

    酔っぱらい2「おいオッサン! どこに目ぇつけて歩いてんだよ!」

    司祭「そうか。すまなかったな」

    酔っぱらい1「てめえ……!」

    酔っぱらい2「ちっ……おいやめとけよ、見失うぞ」

    酔っぱらい1「くそ、おぼえとけよてめえ」


    344: ◆AYcToR0oTg 2014/11/30(日) 19:21:06.94 ID:eosmSy2l0


    司祭「すまないな、私は忘れっぽいんだ」ガシッ

    酔っぱらい1「あぁ!?」

    司祭「言いたいことがあるなら今すぐ言え。そこのお前もだ」

    酔っぱらい2「ふざけんな、こらっ!」ブン

    司祭「なんだそのふぬけた拳は」パシ

    司祭「相手にするのも馬鹿らしいな」ガシッ

    酔っぱらい2「てめ、頭放せ!」

    司祭「頭に酒が回っているようだな。少しかきまぜておこうか」ゴンッ

    酔っぱらい1「がっ……」

    酔っぱらい2「うぐっ……」

    司祭「喧嘩は教義で禁じられているが……これは喧嘩に入らない、だろうな」

    魔女「自分からしかけておいて、喧嘩かどうかを気にするのね?」スタスタ


    345: ◆AYcToR0oTg 2014/11/30(日) 19:21:41.80 ID:eosmSy2l0


    司祭「魔女か。やはり酔ってはいなかったな」

    魔女「当たり前でしょ? 司祭くんが酒場にいるのは気づいてたもの。醜態を見せられないじゃない?」

    司祭「だからって、こんなろくでなしどもを誘う必要はないだろう」

    魔女「欲望に忠実な人間って扱いやすいのよ? ……けど、司祭くんが余計なことをしたから失敗ね?」

    司祭「余計なこと、だと?」

    魔女「彼らはまだ何か知っていたみたいだもの? これじゃ聞き出すことはできないものね?」

    司祭「……魔女は何を考えているんだ」

    魔女「あら、今言ったでしょ? 彼らの誘いにわざと乗って、それから話を聞き出すつもりだったのよ?」

    司祭「ふざけるな! 何かあったらどうするつもりだっ!」

    魔女「……大丈夫よ? わたしは非力だけど、酔った男にむざむざ襲われるほど弱くないもの。ちょっと魔法を使えば勝てるかしらね?」

    司祭「そんなもの、何の保証にもならないだろう」

    魔女「司祭くん? 何をそんなに怒っているの?」

    司祭「それくらいわかれ! 魔女は自分の性別を考えろ!」


    346: ◆AYcToR0oTg 2014/11/30(日) 19:22:20.11 ID:eosmSy2l0


    魔女「…………司祭くんを困らせるようなことはしないもの」

    司祭「なら自分を餌にするようなやり方は控えるんだな」

    魔女「あーやだやだ? こんな時にまでお説教なのね?」

    司祭「原因を作ったのはどっちだ。昼間の言い分はわかるところもあるが、今回は一つも認められない」

    魔女「そう。……悪かったかしらね」

    司祭「わかってくれたならそれでいい」

    魔女「…………ふんだ。なーんちゃって?」

    司祭「なんだと?」

    魔女「保護者ぶってる司祭くんなんて嫌いなんだから? わたしはわたしの好きなように行動するのよ?」タッタッ

    司祭「この、魔女! 待たないか!」

    魔女「べー、っだ!」



    魔女「――――はあ」

    魔女「やめてほしいなあ、真剣に心配するのは。わたし、人の優しさには慣れてないのよ」

    魔女「ほんと、馬鹿な人」


    347: ◆AYcToR0oTg 2014/11/30(日) 19:23:11.53 ID:eosmSy2l0


        ◇翌朝

    魔女「…………」ムクリ

    魔剣士「あら、おはよ。今日はずいぶん遅いお目覚めじゃない?」

    魔女「夜、帰るのが遅かったもの。大人っていろいろあるのよ?」

    魔剣士「はいはい、大人って汚いなあ。それじゃあ早く顔洗って来なさいね。勇者と司祭が戻ったら、話があるらしいわよ」

    魔女「……司祭くん、戻ってるの?」

    魔剣士「ええ。勇者の話じゃ、魔女のすぐ後に司祭も帰ってきたらしいわよ」

    魔女「くすっ。勇者くんってば、いつ寝てるのかしらね?」

    魔剣士「全くだわ。ちゃんと寝ろって言っているのに、物音で目が覚めただけだーなんて言うんだもの」

    魔女「勇者くん、眠りが浅いのかしらね? 魔剣士ちゃん、抱きしめて寝てあげたら?」

    魔剣士「は、はあ!?」

    魔女「あら、わたしでもいいのだけど? 人と触れあいながら寝ると、温もりのおかげでぐっすり眠れるらしいのよ?」

    魔剣士「……、……魔女は余計なことしないで」

    魔女「ふふ、はーい?」

    魔女(司祭くんと顔を合わせづらいな。昨日、喧嘩別れみたいになっちゃったし)

    魔女(…………)

    魔女(何とかなる、かしらね)


    348: ◆AYcToR0oTg 2014/11/30(日) 19:23:53.33 ID:eosmSy2l0


    勇者「それじゃこの後のことだけどさ。魔女さん、昨日いろいろと調べて回ったんでしょ? 話を教えてくれる?」

    司祭「…………」

    魔女(教えたのは司祭くんね。どうせなら、聞いた内容を全部話してくれたらよかったのに)

    魔女「みんな知ってるとおり、どの大陸にも奴隷制度は存在しないのよね?」

    魔女「でもこの町の場合、貴族が主導して商館に奴隷の売買をさせているみたいなのよ?」

    勇者「表向きは普通の商館みたいだけどね」

    魔女「販売所を別に作って、無関係を装っているそうよ?」

    魔女「公然の秘密なのだけど、貴族に目をつけられたくないから誰も文句を言えないみたいね?」

    勇者「なら、止めさせるなら貴族にも手を回さなきゃなんだね」

    魔剣士「貴族相手の時ってどうするの? やめろって乗り込むとか?」

    勇者「西の王に属する貴族にそれをやると角が立つよ。告発はするけど、表向きはこっちが何かするわけにいかないかな」

    司祭「表向きでないなら、何をするつもりだ?」

    勇者「奴隷の解放、商館と貴族が繋がってる証拠を見つける、この二つだね」

    魔剣士「なるほどね、順番にやっていけばいいの?」

    勇者「いや、同時にじゃないとダメだよ。奴隷とされている人たちを先に助けたら、貴族や商館が奴隷売買の証拠を隠しちゃうだろうから」

    魔女「逆も同じようなものね? 商館と貴族、どちらかを先にすれば、お互いに相手を見捨てちゃうかしら?」


    349: ◆AYcToR0oTg 2014/11/30(日) 19:24:30.92 ID:eosmSy2l0


    勇者「加えて、奴隷になっている人たちも隠されちゃうと思う。面倒だけど、商館と貴族、捕まっている人の解放を同時にやらなきゃだね」

    司祭「三ヶ所を同時に叩くなら、人を分けなくてはいけないな。どうする?」

    勇者「体力とかを考慮すると、僕、魔剣士、司祭さんをまず分けないとかな。あとは魔女さんに誰と組んでもらうかだけど……」

    魔女「……勇者くんを一人にはできないのよね? 勇者くんが不意打ちをされた場合、女神の加護が出ちゃうもの?」

    魔剣士「そっか。勇者だってバレちゃうから」

    司祭「なら、勇者と魔女が一緒に行動すればいい」

    魔女「わたしは反対だな? わたし、いざという時に勇者くんをかばえないものね?」

    勇者「いや、でも……」

    魔女「勇者くんは魔剣士ちゃんと一緒に行動した方がいいと思うのよ? 二人でなら、何があろうと問題なく切り抜けられるものね?」

    魔剣士「でも、そしたら魔女は一人よ? 大丈夫なの?」

    魔女「ふふ、お姉さんを甘く見ないで欲しいな? 悪い人は魔法でやっつけてあげるんだからね?」

    勇者「――――なら、魔女さんの案で行こうか。配置は、一番大変だろう貴族の屋敷を僕と魔剣士で」

    勇者「商館を司祭さん。奴隷商から皆を助けるのが魔女さんでいいよね?」

    魔女「うーん? わたしは反対だな?」


    350: ◆AYcToR0oTg 2014/11/30(日) 19:25:32.57 ID:eosmSy2l0


    魔剣士「どうしてよ?」

    魔女「司祭くんは昨日、偉そうに言ったじゃない? 助けを求められているのは今なんだ、って」

    魔女「そう言った司祭くんは、あの子たちを直接助けるべきじゃなくて?」

    司祭「……貴族側よりマシだろうが、それでも秘密を抱えた商館だ。身を守る術のない魔女には厳しいはずだ」

    魔女「それが何? 司祭くんが自分の信条を曲げるほどの理由があるかしら?」

    司祭「そうか。魔女が言うなら、それでいい」

    魔剣士「ちょっと司祭!」

    司祭「がなるな。説得に耳を貸さない以上、時間の無駄だ」

    勇者「なら、魔女さんに商館は任せるけど……大丈夫だね?」

    魔女「もちろんよ? ふふ、心配性だこと?」

    魔剣士「勇者、どうするのよっ?」

    勇者「どうするも何も……司祭さん」

    司祭「なんだ?」

    勇者「任せるからね?」

    司祭「…………好きにしろ」


    351: ◆AYcToR0oTg 2014/11/30(日) 19:27:03.94 ID:eosmSy2l0


        ◇貴族の館

    魔剣士「勇者、魔女は大丈夫かしら」

    勇者「司祭さんに頼んだから、何とかなるとは思う」

    魔剣士「はあ、なんであんなに仲違いするかなー」

    勇者「今朝の感じだとそこまで引きずってなかったし、大丈夫だよ」

    魔剣士「そうだった?」

    勇者「二人のことは気がかりだけど、今はこっちを何とかしなきゃ。魔剣士、やれそう?」

    魔剣士「大丈夫よ。ナイフ一本で乗り込むのは頼りなく感じるけどね」

    勇者「さすがに魔剣を持ってたらバレるしね。盗賊みたいな服装にも我慢して」

    魔剣士「変装だもの、我慢するわよ。……あ、呼び名とかはどうする?」

    勇者「そうだね……いつもみたいに呼んだら正体がばれちゃうし」

    魔剣士「むー」ポクポクポク

    魔剣士「思いついたわ!」チーン

    勇者「うん、どう呼び合う?」

    魔剣士「勇者はウーくん、あたしはナッちゃんね」

    勇者「はい? 魔剣士、何それ?」

    ナッちゃん「ウーくん? あたしの名前はナッちゃん、でしょ?」

    ウーくん「……はい」


    352: ◆AYcToR0oTg 2014/11/30(日) 19:27:47.17 ID:eosmSy2l0


        ◇同刻 販売所

    司祭(そろそろ勇者たちは貴族の屋敷に突入しているだろう。私も行くか)

    ダンッ

    奴隷商「な、なんだいきなり!?」

    司祭「ぬんっ!」ゴスッ

    奴隷商「か、はっ……」

    司祭(あと二人!)

    売人A「て、てめえナニモンだ!」

    売人B「ここをどこだと思ってやがる! オレらに手を出せば、てめえの家族までまとめて地ご」

    司祭「黙れ」ガスッ、ドスッ

    売人A「うぐっ」

    売人B「ぎゃふんっ」

    司祭「後は誰もいない、か」


    353: ◆AYcToR0oTg 2014/11/30(日) 19:28:38.48 ID:eosmSy2l0


    奴隷1「…………だ、だれ?」

    奴隷2「や、やめてよ……もうひどいことしないでっ」

    幼女「うぅ、ひっく」

    司祭「…………私は君たちを助けに来た、聖職者の端くれだ」

    司祭「信用できないかもしれないが、ここを逃げても今より悪くならないはずだ。どうかついてきてほしい」ガチャン

    司祭「手足の鎖を外していく。時間がない、協力してくれ」

    幼女「…………?」

    司祭「大丈夫か?」

    幼女「おじさん、きのうのひと?」

    司祭「…………」ガチャン

    司祭「さあな。人違いだろう。昨日の君を助けられなかった、不甲斐ない男とは別人だ」


    354: ◆AYcToR0oTg 2014/11/30(日) 19:29:32.97 ID:eosmSy2l0


        ◇同刻 商館

    魔女「ふふ、まずっちゃったな?」

    ならずものA「この付近にいるはずだ! なんとしても見つけ出せ!」

    魔女「貴族と商館が繋がってる証拠、見つかってないものね……早く探して逃げないと」

    ならずものB「相手は女一人だ! 捕まえた奴は好きにしていいぞ!」

    タッタッタ、、、

    魔女「行った、かしらね?」

    魔女(うーん、めぼしい部屋は探し終わってるのよねえ。まさか食堂やらに隠してはいないだろうし)

    魔女(金庫の中にあると思ったのにな。こういうところで定石を無視する悪人ってイヤになっちゃう)

    魔女「あと、探すとしたら……」ピタッ

    魔女(勇者くんからもらった見取り図だと……)ガサゴソ

    魔女(ここ、変ね。部屋と部屋の間が開きすぎてるもの。だとすると定番としては……)

    魔女「風魔<ヒューイ>」ドカンッ

    魔女「やっぱり隠し部屋よね?」

    魔女(ならここに証拠はあるはず……)

    魔女「んー、帳簿と密書がいくつかあるくらいね。他には……」


    355: ◆AYcToR0oTg 2014/11/30(日) 19:30:04.76 ID:eosmSy2l0


    ならずものA「おい! さっきのでけえ音はなんだ!?」

    魔女「……見つかっちゃったな? 早く逃げないと」

    バタン、ドタドタ

    ならずものB「てめえ、よくもやりやがったな…?」

    魔女「はあ。来るのが早いのよ、あなたたち」

    魔女「加減はしないとね? 高氷魔<エクス・シャーリ>」

      「ひぃ、体が凍って!」

      「誰か助けっ」

    魔女「さよなら?」

    ガチャッ

      「いたぞ、こっちだ!」

    魔女「うーん、人が多いかしらね? どうにか下に降りて、そこから屋敷を壊してでも逃げちゃわないと?」

    魔女(わたし向きの仕事ではなかった、かな)タッタッタ

    ザクッ

    魔女「痛っ!」

    魔女(投げナイフ……まずいなあ。足に深く刺さってる。歩くの、無理かも)


    356: ◆AYcToR0oTg 2014/11/30(日) 19:30:38.64 ID:eosmSy2l0


    ならずものC「へへ、やっと追いつめたな」

    魔女「全員殺すつもりになれば、いくらでも逃げられるのだけど?」

    ならずものC「ならさっさとしろよ。おいてめえら、魔法を使えないように口を塞いじまえ」

    魔女(はあ、やるしかないものね。まじない師の娘だけど、殺しちゃったらわたしが誰かに呪われちゃいそう)

    魔女「ま、そのくらいじゃわたしは何も変わらないものね?」

      「ひひっ……」

    魔女「さよなら優しい人間さん。よろしく汚れた世界さん。……どうかわたしを一人にしてて?」

    魔女「極<グラン」

    司祭「早まるな」ゴスッ

    ならずものC「んがっ」

    司祭「立てるか? 高回復<ハイト・イエル>」

    魔女「助けてほしいなんて、言ったかしら?」

    司祭「言われなくても助ける。私たちは仲間だろう」

    魔女「…………ありがとう。お礼だけは言わせて?」

    司祭「覚えておく。続きはここを抜けてからだ」


    357: ◆AYcToR0oTg 2014/11/30(日) 19:31:24.41 ID:eosmSy2l0


        ◇町外れ

    勇者「戻ってきた。二人とも無事みたいだね」

    魔剣士「……なんで魔女は肩に担がれてるのよ?」

    司祭「もう治したが、足に怪我をしたからな。歩くのが大変そうだから、こうした方が早かった」

    魔剣士「それにしたって、もっとマシな運び方はなかったわけ?」

    魔女「楽ができたから、わたしは別に文句もないのよ?」

    司祭「喋る元気が出てきたなら下ろすぞ」

    勇者「捕まっていた人たちは教会にいるんだよね?」

    司祭「ああ。二〇人ばかりいたが、何とかしてくれるだろう」

    魔剣士「ならあとは貴族と商館が繋がってる証拠を……どうするの?」

    勇者「密告だね。勇者からだってばれないよう、ちょっと細工はしなきゃいけないかな」

    魔女「ふふ、悪巧みは勇者くんの得意とするところよね?」

    勇者「僕の人物像、魔女さんの中でどうなってるの?」

    司祭「…………これであの子たちは救われたのか」

    魔剣士「そうね。もう奴隷として売りに出されることはないわ」

    司祭「そうか」


    358: ◆AYcToR0oTg 2014/11/30(日) 19:31:53.51 ID:eosmSy2l0


    司祭「……魔女、すまなかった」

    魔女「あら、しおらしいこと言うのね?」

    司祭「あの子たちを救うためには、魔女の言葉通り、きちんと手を回さなければいけなかった」

    司祭「目の前のことばかり見ていた私だけでは無理だったはずだ」

    魔女「ふふ、よくわかってくれたのかしらね? ならちょっと歯を食いしばってくれる?」バチンッ

    司祭「……そこまで腹に据えかねていたのか?」ヒリヒリ

    魔女「ふざけないで。司祭くんは自分が間違っていたと思うの? あの子を助けたいと思った気持ちまで否定するの?」

    魔女「あの子を助けられたのはたまたまよ? もう誰かに買われていた可能性だってあるものね?」

    魔女「司祭くんの間違いは、一人で全てを何とかしようとしたことなのよ? ……血の冷たいわたしのやり方が、正しかったわけじゃないの」

    司祭「そうか」

    司祭「だがそれでも、助けられたのは魔女のおかげだ」

    司祭「ありがとう」

    魔女「――――ふん、だ。最初からお礼を言っておけば、わたしにぶたれないですんだのよ?」


    363: ◆AYcToR0oTg 2014/12/01(月) 22:36:10.41 ID:RCfZui430


    ――――閑話?7

    女神「鳥はいいですね」

    勇者「えーと。なんでしょう、何かの暗喩でしょうか」

    女神「いいえ、ただの所感ですよ。空を自由に飛び回れる、人間なら憧れることではありませんか?」

    勇者「人間ならそうでしょうけど、女神様が憧れるのは意外です」

    女神「そうおかしなことでもありません。私は女神として、どこにもいけずどこにも辿りつけません」

    女神「始まることも終わることもなく、ここから人間の成長を見ていることだけが役目ですからね」

    勇者「……女神様はこの世界のどこにいるんですか?」

    女神「どこにでもいるしどこにもいません。はぐらかしているわけじゃなく、私の存在はそれが正しいのですよ」

    勇者「僕には難しい話、ですね」

    女神「人間には、ですよ」

    女神「――――自由に空を飛び回れる鳥たちが、羨ましいものですね」

    勇者(でも、そう言う女神様から羨望や憧憬はちっとも感じられなかった)

    勇者(感情というものが存在しないのか、感情を表に出せないだけなのか、僕には判断しかねるけれど)

    女神「もし私に別の生き方ができるなら、次は鳥になりましょう」

    勇者「空を飛び回るためにですか?」

    女神「いいえ。もっと間近で人間たちを見ていられるようにです」


    364: ◆AYcToR0oTg 2014/12/01(月) 22:37:15.28 ID:RCfZui430


    ――――地に這いずるは夢の残骸

    西の王「崖を越える、か」

    勇者「こちらの国で、何かその一助となる技術はありませんか?」

    西の王「――――我が国は工業立国だ。魔石を動力にした様々な機械は、多方面から支持を得ている」

    西の王「が、崖を越えるという勇者の目的に適う技術は、まだない」

    勇者「……そうですか」

    西の王「そう落胆するな。技研には話を通しておく、崖を越えるのに役立つこともあるだろう」

    西の王「我々としても、新しい技術に繋がるなら歓迎する」

    勇者「わかりました。一度足を運びます」

    西の王「時に勇者よ」

    勇者「なんでしょうか」

    西の王「先日、我のもとにある密書が届いた」

    勇者「それが何か?」

    西の王「ある貴族が、影で奴隷を売買して不当な利益を得ている、というものだな。国に納めることはせず、私腹を肥やしていたらしい」

    勇者「それは許されないことですね」


    365: ◆AYcToR0oTg 2014/12/01(月) 22:38:36.08 ID:RCfZui430


    西の王「全くだ」

    西の王「貴族の家名は断絶、財産は没収。奴隷禁止令の違反として、追って更なる罰が下されるだろう」

    勇者「王の威名を示すには、適切な采配だと思います」

    西の王「世辞はよせ。……問題は、その密書の送り主がわからないことだ」

    西の王「添えられていた売買の証拠は、本来なら外に出ることがないものだ。貴族の屋敷と商館が襲撃されたのと、恐らく関係があるだろう」

    勇者「なるほど。自らの正義を信じた、確信犯だったということですね」

    西の王「そうだ。だが衛兵に守られている貴族の屋敷に侵入し、一人として殺すことなく、自身は無傷で証拠を奪取する」

    西の王「並大抵のことではないな?」

    勇者「そうですね。やれといわれても、できることではないでしょう」

    西の王「ほう? 魔王に挑む勇者にしては弱気と見える。勇者であれば、同様のことができるだけの実力はあるだろう?」

    勇者「心苦しくはありますが、王は勇者の力を買いかぶっておられます」

    勇者「勇者とは、魔物を殺す者。穏やかに事を納めるような力ではありません」

    西の王「なら、できないと申すのだな?」

    勇者「期待に添えず、申し訳ありません」

    西の王「――――ふん、まあ良い。これは仮定を重ねた戯れだ。無駄な話に付き合わせたな、下がって良い」


    366: ◆AYcToR0oTg 2014/12/01(月) 22:39:43.03 ID:RCfZui430


        ◇城外

    魔剣士「はあ、息が詰まっちゃったわよ。危うくバレるかと思った」

    勇者「いや、あれバレてると思うよ?」

    魔剣士「なんでよ。だって王様、途中から何も言って来なかったじゃない」

    魔女「それはそうよね? だって勇者くんが関わってない方が都合がいいもの?」

    司祭「王としては、配下の不始末を余所者の勇者に解決された方が外面が悪いからな」

    勇者「とはいっても、僕がやったのは略奪行為だからね。そのことに触れられたくない、ってのは西の王様もわかっていたと思うよ」

    勇者「それでも不安だったから、あんだけ回りくどく無関係かを問いただして、黙ってるかどうかを確かめたんだろうね」

    魔剣士「……大人って面倒ね。三人とも、そんな小難しいこと考えていたの?」

    魔女「ふふ? だってわたしってば、この中で頭脳派担当だものね?」

    勇者「でも魔女さんって、わりとなんでも力押しだよね?」

    司祭「そうだな。魔法でドカンとやっている姿しか浮かばん」

    魔剣士「んー。魔女、がんばって?」

    魔女「魔剣士ちゃんに慰められるのだけは納得いかないなあ?」


    367: ◆AYcToR0oTg 2014/12/01(月) 22:41:42.73 ID:RCfZui430


        ◇技研

    室長「崖を越える、ですか」

    勇者「何か妙案があると嬉しいんですが」

    室長「難しいですねえ。技研としても取り組んだら面白そうですが、既存の技術を応用して対処できるかどうか……」

    魔剣士「そもそも、ここってどんなことをしてるの?」

    室長「よくぞ聞いてくれました!」

    魔剣士「~~っ、急に大声を出さないでよっ」

    室長「まず、我々の技術は魔石が主軸であることは知っていますな?」

    魔女「特殊な加工をした石に魔力を帯びさせる、のよね?」

    室長「その通り。加工の仕方によって魔石の出力は様々です。温度の上下、発光、振動、回転など。その制御によって機械は成り立っています」

    室長「そして我々が主にしていることは、数々の動力や熱量を魔石に置き換えることなのです」

    司祭「具体的には?」

    室長「旅をしてこられたなら、野宿をしたことはあるでしょう。その時、火の番をしたことがありますね?」

    室長「そんな時に役立つのが、たき火の代わりをする魔石です。調理に必要なだけの熱を放ち、また明かりとしての役割も果たす」

    室長「しかし魔石の優れているところは、熱は必要な時だけ放出することです。」

    室長「仮に火の番をしなくても、何かが燃えることはありませんし、もちろん明かりは消えません」

    魔剣士「魔物はどうするのよ?」

    室長「女神様に祈ります」

    司祭「最後は神頼みか」

    室長「たき火でも近寄ってくる魔物はいます。たき火以上の性能を求められても困りますね」

    勇者「それなら、これといって新しい技術が生まれているわけじゃないんだね」


    368: ◆AYcToR0oTg 2014/12/01(月) 22:43:04.49 ID:RCfZui430


    室長「……痛いところを突かれました。勇者様の仰るとおり、全く新しい技術というのはありません」

    室長「今でもできることを、魔石で手軽に行えるよう置き換えるばかりです」

    勇者「能力が十分にあるなら、あとは目的と発想さえあれば発明されるのは時間の問題じゃないかな」

    室長「そう仰って頂けるなら幸いですね」

    勇者「ところで、技研では今までどんなものを作っているんですか? 崖越えに応用できるかもしれませんし、見せてもらえませんか?」

    室長「ええ、もちろん! 事細かに説明しながら案内しましょう!」

    ………
    ……

    ……
    ………

    魔剣士「頭痛いわ……」

    司祭「無理についてこないで、休んでいれば良かったろう」

    魔女「もう、司祭くんってば女心がちっともわかってないのね。勇者くんが見て回るなら、魔剣士ちゃんも一緒に来るに決まってるじゃない」

    魔剣士「別に、そんな理由じゃないわよ……」

    室長「とまあ、このようなところですか」

    勇者「ありがとうございました」

    勇者「…………うーん」

    司祭「何とかなりそうか?」

    勇者「今のところ、難しいかな。組み合わせて、とかでも考えたけどうまくまとまらないよ」

    室長「ところで崖越えに関してですが、機械に頼らず魔法では難しいので?」


    369: ◆AYcToR0oTg 2014/12/01(月) 22:44:36.05 ID:RCfZui430


    勇者「……僕もそれは考えました。例えば氷魔<シャーリ>で崖の頂上まで坂道を造る、とかですよね?」

    室長「ええ。崖の大きさにもよりますが、そうして上った事例を聞いたことがあります」

    勇者「あの崖は目測でも五〇メートルを越える高さですから、そこまで届く坂道を作るには大人数の魔法使いが必要ですね」

    魔女「あら? 勇者くん、わたしってば結構な働き者なのよ?」

    勇者「たぶん、魔女さんが魔力を全部使い切るつもりでやって、それでも少し届かないくらいだと思うよ」

    司祭「崖を越えた先に何があるかわからない、その状況で戦力を落とすのは得策じゃないな」

    勇者「他の魔法使いを大勢呼んで、とも考えたけどね。崖に行くまでの時間やらを考えると、とても雇えないよ」

    魔剣士「無料で協力してくれないかしら?」

    勇者「それでも無理かな。その場合でも馬車や食料はこっちが準備しなきゃだし、旅の資金を全て使っても全然足らないと思う」

    勇者「王様に資金の援助を請願するにも、確証がなきゃ動いてくれないだろうし」

    室長「……崖を迂回する道は、もちろんなかったのですね?」

    勇者「ええ。どうも切り立った崖に囲まれているようなんです」

    室長「時間をかけてもいいなら、崖の向こうに行く方法はいくつかありますが……隧道(トンネル)を掘る、岩肌を削って坂や階段を作る……」

    勇者「その場合、おそらく人員が揃いません」

    勇者「魔王によって開拓者はほぼ全滅しました。同じ悲劇が起こる可能性を思えば、腰が引けるはずです」

    室長「でしたらやはり、勇者様一行のみの力で、大きな消耗をすることなく、崖を上らなくてはならないんですね?」

    勇者「無理を言ってすみません」

    室長「――――我々も知恵を絞ります。旅の疲れもあるでしょう、本日は休まれてはどうです?」

    勇者「そうですね。また明日以降に伺います」

    室長「お力になれず申し訳ありません」

    魔女「うーん? 前途多難、かしらね?」


    370: ◆AYcToR0oTg 2014/12/01(月) 22:45:39.05 ID:RCfZui430


        ◇二日後 宿

    魔女「じゃあお留守番は任せるのよ?」

    司祭「夕方までには戻る」

    魔剣士「のんびりしてきたら? あたし、今日は宿でごろごろしてると思うから」

    魔女「あら、運動しないとお肉がついちゃうのに?」

    魔剣士「つかないわよ! ……腕がなまっちゃうもの、夜にちょっと体は動かすわ」

    司祭「そうからかうな。買う物が多いんだろう、早く行くぞ」

    魔女「ふふ? せっかちさんね? それじゃ魔剣士ちゃん、またね?」

    バタン

    魔剣士「はあ。あの二人、あたしに気を使って勇者と二人きりにするの、やめてくれないかな」

    魔剣士「…………今の勇者、どうせ相手をしてくれないだろうし」

    勇者「――――」カリカリ

    勇者「…………」カリカリカリ

    勇者「うーん」カリ、、、

    魔剣士(昨日からずっと、ああでもないこうでもないって考えてる。体に悪そうよね)

    勇者「んー……魔剣士?」

    魔剣士「な、何!?」

    勇者「僕は宿にいるから、出かけてきてもいいよ。退屈でしょ?」


    371: ◆AYcToR0oTg 2014/12/01(月) 22:47:48.08 ID:RCfZui430


    魔剣士「いいのよ、今日はそういう気分なの。それに退屈そうだと思うなら、話し相手になってくれてもいいと思うわ」

    勇者「考え事の片手間に相手されるんじゃ、魔剣士もイヤでしょ?」

    魔剣士「……崖を越える方法、ずっと考えてるのよね?」

    勇者「うん。魔王が現れてから一年が過ぎてるのに、その所在はまだわかってないからね」

    勇者「そうなると、誰も到達したことのない崖の向こうが一番怪しいと思うし」

    魔剣士「何とかなりそうなの?」

    勇者「今のままじゃ無理だね。必死に考えてみたけど、人数を用意しなきゃいけない方法しか浮かばないよ。お手上げかな」

    魔剣士「煮詰まったなら、外に出てきたらどう? 気分転換したら、何か思いつくかもしれないわよ?」

    勇者「うん……そうだね。今日はいい天気だし、ちょっとひなたぼっこでもしてこようか」

    魔剣士「それがいいわよ。あ、夜はまた稽古に付き合いなさいよね」

    勇者「僕からもお願いするよ。剣術は魔剣士の方が上手だから、教わることも多いし」

    魔剣士「うん、任せて。ばっちり鍛えてあげる」

    勇者「覚悟しとくよ。それじゃいってくるね」

    魔剣士「いってらっしゃい」

    バタン



    魔剣士「あれ? あたし、バカじゃないの?」

    魔剣士「何で送り出しちゃったのよ。あたし、ひとりぼっちじゃない……」


    372: ◆AYcToR0oTg 2014/12/01(月) 22:50:45.01 ID:RCfZui430


        ◇野原

    勇者「……」ボーッ

    勇者「……」ボーッ

    勇者(寝転がってると、眠くなってくるな)

    勇者(肌寒くなければ寝ちゃえるのにね)

    勇者「平和だな。魔王がいるなんて嘘みたいだ」

      ?「バササッ」

    勇者「ん」

      ?「バサバサッ」

    勇者「鳥……あれはムコウドリかな。確か、木の枝に止まってもすぐ移動しちゃう、向こうがいい、向こうがいい、って習性だっけ」

      ムコウドリ「バサッ、バサッ」

    勇者(ずいぶん頑張って羽ばたいてるな。やっぱり空を飛ぶのって大変なんだね)

      ムコウドリ「!」キラーン

      ムコウドリ「バサバサッ」ピタッ

    勇者(風を捕まえたのかな。今度は羽を動かさないでどんどん上昇していく)

      ムコウドリ「バサバサー」ダラー

    勇者「翼の角度だけ調節して、あとはそのまま……」

    勇者「風を作り出すには……船の動力に使っているようなものさえあれば」

    勇者「重量も考えると……計算式がわからないけど、室長ならたぶん……」

    勇者「――――これなら、崖を越えられる」


    375: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/03(水) 01:11:30.11 ID:Ix0sDv2B0


    ――――航空力学

    勇者「水の抵抗よりも空気の抵抗の方が小さいですよね? 船と同じ動力でも得られる速度は大きくなるはずです」

    室長「重量自体も大きく違いますから、計算しないとですが……」

    室長「しかしどうでしょうね、現段階では何とも……」

    勇者「難しいことは理解しています。ですができないとは思っていません」

    勇者「速度さえ上げられれば、前方から受ける風の速度も十分なものになるはずです」

    勇者「鳥の羽のように風を受け止める機構も必要になりますし、考えなきゃいけない部分は多いですが」

    室長「……なるほど、そうか。そちらには一つ当てがありますね」

    勇者「本当ですか? だとしたら実現は夢物語じゃありませんよ」

    勇者「暫定的に揚力と呼びますが、正面から風を受けることで地面から垂直に働く力に変えられると思うんです」

    室長「理屈上はそうなる、でしょうか……試さないことには何とも」


    魔女「魔剣士ちゃん?」

    魔剣士「魔女……」

    司祭「何かあったのか? 技研にいると言伝を聞いて、来てみたんだが」

    魔剣士「あたしもまだよくわかってないのよ。勇者ったら、さっきからずっと室長さんと話してるし」


    勇者「細かい計算や設計はお願いすることになると思います。僕も手伝えることがあれば手伝いますが」

    室長「そうですね。勇者様には、おぼろげながら完成図が見えているのでしょう」

    室長「もし時間があるなら、我々と一緒に研究してみてはどうですか?」


    376: ◆AYcToR0oTg 2014/12/03(水) 01:13:50.82 ID:Ix0sDv2B0


    勇者「本当ですか? ありがとうございます。けど、もし足を引っ張るようなら遠慮なく言ってください」

    勇者「もともと、専門家である技研の皆さんに任せた方がいいと思っていますから」

    室長「わかりました。……あと、勇者様には見てもらいたい物があります。用意してきますね」

    勇者「なんでしょうか、楽しみにしています」

    魔剣士「ゆ、勇者? 話は終わった?」

    勇者「なんとか一段落、かな。ごめんね、待たせちゃって」

    司祭「あの様子だとずいぶん話し込んでいたんだろう。何があった?」

    勇者「崖を越える方法を思いついた、かな?」

    魔女「あら? さすが勇者くん、わたしに次ぐ頭脳派よね?」

    魔剣士「はいはいそうね。で、どんな方法なの?」

    勇者「――――空を飛ぼうと思うんだ」

    魔剣士・魔女・司祭「…………」

    勇者「あの、何か言ってくれないと不安になるんだけど」

    魔剣士「その、ごめん、予想外すぎて頭が真っ白になってたわ」

    司祭「あれだけ真面目に話していたから、こんなことを言うのも失礼だが……本気か?」

    勇者「もちろん」

    魔女「空を飛ぶ、のよね? 鳥みたいに? 空想上の魔女みたいによね?」

    勇者「ホウキにまたがって空を飛ぶよりは現実的なやり方だよ。鳥の飛び方を参考にしてるから」


    377: ◆AYcToR0oTg 2014/12/03(水) 01:15:21.48 ID:Ix0sDv2B0


    魔剣士「あー、頭痛くなってきたわ。あたしにはついていけない」

    司祭「今回ばかりは魔剣士を笑えないな。私も理解が追いつかん」

    魔女「想像がつかないものね、人間が空を飛ぶって……」

    勇者「なら待っていてよ。実現してみせるから」

    魔剣士「待つってどれくらいよ? 一週間とか?」

    勇者「あー、いや……しまった、時間を考えてなかったな」

    魔剣士「何それ、イヤな予感しかしないんだけど……どれくらいかかるのよ?」

    勇者「はは……まるっきり最初からやるし、年単位になるかなあ」

    魔剣士「……勇者、正気?」

    勇者「ごめん、僕の頭がどうかしてた。魔王がいると決まったわけでもないのに、崖の向こうに行くだけでそんなに時間はかけられないね」

    魔女「もう、困った子ね?」

    司祭「しかしそれなら、空を飛ぶ方法は技研に任せ、私たちは旅を続けるしかないだろうな。まず西の大陸を見て回り、次は東の大陸か?」

    魔剣士「目的なく、ひたすら旅するしかないわよね」

    魔女「港で会ったあの魔物みたいに、魔王のことを知る魔物を見つけるのもいいかしら?」

    勇者「そうだね。自分たちから具体的な行動は起こせないし、後手に回るのはしかたないかな」

    室長「お待たせしました」

    勇者「いえ、大丈夫です。それより、見せたいものって?」

    室長「皆さん、倉庫にお越しください。きっと驚くと思われますよ」


    378: ◆AYcToR0oTg 2014/12/03(水) 01:16:05.68 ID:Ix0sDv2B0


        ◇倉庫

    魔剣士「わあ! ……うん、これが何かわからないわ」

    司祭「左右に伸びた何かに巻いてあるのは布か。どことなくトンボのような形だな」

    魔女「それにしても古いのね? 木の部分は歪んでるし、布も変色しちゃってるもの?」

    室長「勇者様、どうでしょう?」

    勇者「……驚きました。技研では最初から案が出ていたんですか?」

    魔剣士「勇者、これ何なの?」

    勇者「空を飛ぶための機械だよ。ずいぶん年季が入ってはいるけどね」

    魔剣士「へえ、これが?」マジマジ

    司祭「こんなもので空を飛ぶのか? 頼りないな……」

    魔女「うーん、実物を見ても想像できないな?」

    室長「勇者様から話を聞いた後、似たような計画に覚えがあったため、設計書やらを探してみたのです」

    勇者「今の進捗状況はどうなんですか?」

    室長「何十年も前に計画が頓挫しています」


    379: ◆AYcToR0oTg 2014/12/03(水) 01:17:20.92 ID:Ix0sDv2B0


    勇者「……それはどうして?」

    室長「計画の柱であった七代目勇者様が亡くなられたからです」

    勇者「!」

    魔剣士(七代目勇者……前に会った修道女が待っていた人よね)

    室長「この試作機は失敗に終わったようです」

    室長「飛行距離は数メートル。高度も上がらず、後ろから人が押すか、強風が吹かなければ自力での離陸はできなかったと記録にあります」

    勇者「それでも基礎はできあがっている。ですよね?」

    室長「ええ。当時よりも技術の改良は進んでいます。当時の問題点を解決できるかもしれません。それに……」

    室長「目的を持つ勇者様がいます。勇者様は言いましたね? 目的と発想が必要だと。今、技研にそれをもたらせるのは勇者様のはずです」

    室長「飛行する機械、飛行機の作成。我らが技研に協力を願えませんか?」

    勇者「……僕がどれだけ力になれるかはわかりませんが。こちらこそ、よろしくお願いします」


    魔剣士「先代の勇者ができなかったことを、今の勇者が引き継ぐのね。どうなるかしら」

    魔女「あら? 魔剣士ちゃん、勇者くんを信じてあげないの?」

    魔剣士「そんなんじゃないわよ。勇者だもん、できるに決まってるわ」


    380: ◆AYcToR0oTg 2014/12/03(水) 01:18:34.35 ID:Ix0sDv2B0


        ◇一ヶ月後 仮住まい

    勇者「それじゃ行ってくる。帰りは遅くなるから」

    魔剣士「ご飯はここで食べるのよね? 準備しておくから」

    勇者「うん、ありがと」

    魔剣士「いってらっしゃい」

    バタバタ

    魔剣士「…………はあ」

    魔剣士(飛行機を作る。勇者がそう言ってから、すごく時間が過ぎちゃったように感じる)

    魔剣士(技研で働くなら、と王様から与えられた仮住まいにも愛着がわいてきちゃった)

    魔剣士「旅をしていた頃が懐かしいわ……」

    ……


    魔女「勇者くん、今日も帰りは遅くなるのかしら?」

    魔剣士「そう言ってたわ。ここ最近、ずっとそうみたい」

    司祭「不満そうだな。相手にされないのが寂しいのか?」

    魔剣士「そういうんじゃないわよ、馬鹿にしないで。……勇者がすっごく楽しそうで、それが複雑なだけ」

    魔女「あまり意味が変わらないんじゃなくて?」

    魔剣士「全然違うわよ。乙女心は複雑なの」

    司祭「気むずかしいものだな、あまり関わりたくないが」

    魔剣士「関わんなくていいわよ、あたしの気持ちの問題だもの」


    381: ◆AYcToR0oTg 2014/12/03(水) 01:19:37.96 ID:Ix0sDv2B0


    魔剣士「二人は今日、どうするの? また魔物退治?」

    司祭「ああ。旅の感覚を忘れてしまいそうになるからな。困っている人もいるんだ、できることはしておきたい」

    魔女「たまには魔剣士ちゃんもくる? 夜に勇者くんと稽古してばかりでしょ?」

    魔剣士「……ううん、あたしはいいわ。必要なら手伝うけど」

    司祭「魔女と二人でも何とかはなるだろう。ヒートバタフライの退治は、魔女の魔力さえ尽きなければ手こずることはない」

    魔女「火傷しないかは不安だけど、司祭くんが守ってくれるし、これまで危険はなかったものね」

    魔剣士「そう。ならあたしは留守番してるわ」

    魔女「んー? 魔剣士ちゃん、たまには気分転換するといいのよ?」

    魔剣士「そうね……」

    司祭「ごちそうさま。ずいぶんと料理が上手になったな」

    魔女「司祭くん? 魔剣士ちゃんの料理がおいしいのは、あなたのためじゃなくてよ?」

    司祭「そんなこと、言われなくてもわかっているが」

    魔剣士「うるさいわね、さっさと出かけなさいよ。片づけられないでしょっ」

    魔女「くす、はいはい? それじゃ準備しましょうか?」

    司祭「どうして私まで怒られなきゃいけないんだ。とんだとばっちりだな」

    魔女「愚痴らないのよ? 男は黙っている時が必要だものね?」

    パタパタ

    魔剣士「……はあ。しょうがないじゃない。あたしにできることなんて、それくらいしかないんだから」


    382: ◆AYcToR0oTg 2014/12/03(水) 01:21:01.87 ID:Ix0sDv2B0


        ◇壁外

    魔女「高氷魔<エクス・シャーリ>!」

    司祭「この辺りの魔物はあらかた片づいたな。魔力はまだあるか?」

    魔女「もちろん? わたしって魔力だけが取り柄だものね?」

    司祭「返事に困る言い方をするな。……ならもうしばらく戦うか」

    魔女「ところで司祭くん? 魔剣士ちゃんのこと、どう思う?」

    司祭「質問が曖昧だな」

    魔女「最近は特に無理してるなあって? 勇者くん、帰りが遅くなってきてるものね?」

    司祭「……他の女がいないかという心配か? 無用だと思うが」

    魔女「はあ。司祭くんは女心がちっともわかってないなあ?」

    司祭「悪かったな。それなら少し教えてくれ」

    魔女「ふふん、高くつくのよ?」

    司祭「覚悟しておく」

    魔女「あのね、最近の勇者くんって生き生きとしてるじゃない?」

    司祭「そうだな。もともと、戦いよりもああいった机仕事に向いた性格なんだろう」

    魔女「でもね、魔剣士ちゃんが隣にいられるのは戦いの場なのよ? 今の勇者くんの隣にはいられないのね?」

    司祭「なるほど。それが寂しい……いや、辛いのか?」

    魔女「自分の居場所を見失っているみたいね? もう少しすれば、どこかで折り合いをつけられるとは思うな?」

    司祭「あまり悩んでいるようなら勇者も動くだろう。あまり心配しなくてよさそうだな」

    魔女「そうね? 誰だって居場所や戻る場所があるもの。それがどこにもないのはわたしくらいかしら?」

    司祭「…………」

    司祭「魔女の居場所は、私や勇者たちの側にあるだろう。悲しいことを言うな」

    魔女「――――ふふ。だったらいいなって、わたしは思ってるのよ?」


    383: ◆AYcToR0oTg 2014/12/03(水) 01:23:02.48 ID:Ix0sDv2B0


        ◇技研

    魔剣士「……」ボーッ

      勇者「ペダルの踏み込みに対して方向舵の動作量が多すぎないかな。もっと少なくしていいと思うけど」

      研究員「なら歯車の組み合わせを調整しますか。でもあまり細かくすると、踏み込む足の負担が増えますよ?」

      勇者「僕が操縦する分にはそれでも大丈夫だけど……最終的には量産を見据えているんだし、改善項目に加えておこうか」

      研究員「了解。じゃ、調整したら呼びますね」

      勇者「うん、よろしく」

    魔剣士「……」ボーッ

      室長「勇者さん」

      勇者「室長。どうしました?」

      室長「魔石に三種類の出力を持たせる実験ですけど、今回の飛行機には間に合わないかもですよ」

      勇者「そっか……どこで躓いてます?」

      室長「出力の制御ですね。三系統にするまでは良かったんですが、複数出力の切り替えがうまくいってないようです」

      勇者「でも二系統までの時はうまくいってましたよね?」

      室長「ええ、それは前から実証済みですから」

      勇者「まず二系統の出力切り替えを組んで、その先でもう一つの出力を切り替えられるような回路にする、とかできませんか?」

      室長「あー、どうでしょうね。私もまだ話にしか聞いてないんですよ。機体の強度を見直すのに時間がかかってまして」

      勇者「なら僕が見てきますか? みんなと比べれば力不足ですけど、思いつくことはあるかもしれませんし」

      室長「いやいや、勇者さんは働きすぎです。私が後で見ときますよ」

      勇者「わかりました。それじゃあお願いします」


    384: ◆AYcToR0oTg 2014/12/03(水) 01:24:13.51 ID:Ix0sDv2B0


    魔剣士(勇者って、やっぱりこういう頭を使うことがしたかったのよね)

    魔剣士(……わかってたわよ、それくらい。勇者は魔物との戦いに向いてないもの)

      研究員「勇者さーん。調整したので試してくれませんかー?」

      勇者「わかった、今行くよ」

    魔剣士(昔からそうだったわよね。あたしと遊ぶ時は外だけど、一人の時は部屋の中でずっと本を読んでた)

    魔剣士(ちっちゃい頃のあたし、凄いな。こんな楽しそうにしてる勇者を、どんな気持ちで遊ぼうって声かけてたんだろ)

    魔剣士「あたし、もうそんなことできないわよ」

      勇者「これ、飛んでる時間によっては足が疲れちゃうかな」

      研究員「だと思いますよ。どうします?」

      勇者「今回はこれで行こうか。でも次の飛行機を作るまでには改善してほしい」

      研究員「わかりました。先輩たちに聞きながら直しときます」

      勇者「よろしく。……あれ?」

      研究員「どうしました?」

      勇者「ごめん、ちょっと離れるから。誰か来たら後で行くって伝えておいて」

    魔剣士「はあ」

    勇者「魔剣士、どうしたの?」

    魔剣士「っ」ビク

    魔剣士「ゆ、勇者? そっちこそどうしたのよ、忙しいでしょ?」

    勇者「魔剣士の姿が見えたからね。せっかくだし話そうかなって」

    魔剣士「……ごめんなさい、邪魔して」

    勇者「変なことで謝らないでよ。調子が狂っちゃうから」

    魔剣士「む、何よ。悪いことしたかなって反省してるのに」


    385: ◆AYcToR0oTg 2014/12/03(水) 01:25:43.90 ID:Ix0sDv2B0


    勇者「悪いことなんてしてないでしょ? ただ技研を見に来ただけなのに」

    魔剣士「だって、あたしがいても邪魔でしょ?」

    勇者「なんでさ?」

    魔剣士「あたし、何の役にも立たないもの」

    勇者「魔剣士、頭使うことは苦手だしね。手伝ってもらうことは確かにないかな」

    魔剣士(ほら、やっぱり……)

    勇者「でも見に来てくれるのは構わないよ。退屈かもしれないけど」

    魔剣士「――――え?」

    勇者「僕もずっと魔剣士の相手はしてられないしね。それなら司祭さんや魔女さんと一緒にいる方がいいでしょ?」

    魔剣士「あたし、ここにいてもいいの?」

    勇者「変なこと言うね。いいに決まってるよ。危ないから、機械には近寄らないでくれるならだけど」

    魔剣士「……そっか。あたし、バカだなあ」

    勇者「魔剣士? あれ、泣いてる?」

    魔剣士「泣いてない」ボフッ

    勇者「っと。あのさ、抱きつかれたら顔が見えないんだけど」

    魔剣士「いいのっ」ギュー

    勇者「んー。はは、参ったな」

      室長「勇者さん、翼の制御はどうなりました?」

      研究員「勇者さんはあっちですよ。忙しいみたいで」

      室長「……ああ、なるほど。あれは忙しい」

      研究員「垂直尾翼の制御はとりあえず完了しましたよ。他、何か伝えときます?」

      室長「いや、後でまた来る。勇者さんは幸せそうだし、邪魔しちゃ悪いからね」


    386: ◆AYcToR0oTg 2014/12/03(水) 01:27:26.99 ID:Ix0sDv2B0


        ◇夕方 仮住まい

    魔女「ただいまー?」

    司祭「ただいま」

    魔剣士「おかえり。お疲れさま」

    魔女「ふふ、目につく魔物はみんな氷付けにしてきちゃったな?」

    司祭「頑張った魔女には甘いものでも食べさせてやってくれ。それで明日も張り切ってくれるなら安いものだ」

    魔女「あ、失礼な言い方だなあ? 司祭くんなんて知らないんだから」

    魔剣士「はいはい、騒がないの。そろそろ夕食の準備するから、着替えてきなさいよね」

    司祭「…………ふむ?」

    魔剣士「何よ司祭。あたしのことじっと見て」

    司祭「いいことでもあったのか?」

    魔剣士「別に何もないわよ。変なこと言わないでくれる?」

    魔女「司祭くんは変なことを言う人なのよ? 意外と常識がないものね?」

    司祭「少なくとも魔女にだけは言われたくないな」

    魔剣士「二人とも、あたしがさっき何を言ったか聞いてた? 早く着替えてきなさいよ。まったくもう」パタパタ

    魔女「ふーん?」

    司祭「あれで隠せているつもりなのか?」

    魔女「いいじゃない? かわいらしくて?」

    魔剣士「あ、そうだ。明日からお昼はあたしいないわよ? 適当に食べてきなさいねー?」

    魔剣士「~~~♪」トントントン

    司祭「なあ、ここまであからさまでも質問してはダメなのか?」

    魔女「やめときなさいよね? その気になって語られたら、あまりの甘さに胃が重くなりそうだもの?」


    387: ◆AYcToR0oTg 2014/12/03(水) 01:29:25.32 ID:Ix0sDv2B0


        ◇某日 技研

    魔剣士「お弁当を作ってみたの」

    勇者「ああ、それで今日は来るのが遅かったんだ」

    魔剣士「忙しいのによく見てるわね。寂しかった?」

    勇者「心配はしたけど。それくらいで寂しくなるほど子供じゃないよ」

    魔剣士「ふーん、つまらないの。寂しいって言ったら慰めてあげようと思ったのに」

    勇者「次回に期待しておくよ。それより、お弁当食べていい?」

    魔剣士「勇者、今それよりって言った?」

    勇者「言ってないよ。そろそろお弁当食べたいなって言っただけ」

    魔剣士「まあいいわ、許してあげる。はい」パカッ

    勇者「へえ、おいしそうだね。お母さんというより、女の子が作ったお弁当って感じ」

    魔剣士「そ、そう? なら食べてみたら?」

    勇者「そうする。いただきます」モグモグ

    魔剣士「どう?」

    勇者「やっぱりおいしいな。魔剣士、この一ヶ月ちょっとでずいぶん腕が上達したよね」

    魔剣士「……最初はとても失敗しちゃったけど。魔女が呆れちゃうくらいに」

    勇者「はは、あの頃が嘘みたいだよ。今は魔女さんより上手なんじゃない?」

    魔剣士「当然でしょ? 弟子は師匠を超えるものだし」

    勇者「同意するのは魔女さんに悪いけど……うん、おかげで食事が楽しみだよ」

    魔剣士「ならいいわ。しっかり食べておきなさいよ。午後も頑張って、夜はあたしと稽古するんだから」

    勇者「そうするよ。いい加減、魔剣士から一勝くらいもぎとりたいし」

    魔剣士「剣術だけの勝負なら負けるわけないわ。魔法を使う戦い方が体にしみついてるから、勇者の踏み込みは浅いもの」

    勇者「言ったね? なら今夜の勝負、負けた方は勝った方のお願いを一つ聞くとかにしようか?」


    388: ◆AYcToR0oTg 2014/12/03(水) 01:31:40.34 ID:Ix0sDv2B0


      勇者・魔剣士 キャッキャ

    独身研究員「いいなあ勇者さん。俺もあんな甲斐甲斐しい彼女が欲しい」

    DT研究員「くそ、なんだあの人。頭よくて勇者で恋人までいるとか。理不尽すぎる」

    倦怠期研究員「嫉妬すんなよ。……嫉妬したかないけど、うちの嫁さんもああいう健気だった頃に戻ってくれねえかな」

    別居中研究員「はあ。女房、たまにはこっちに来てくれたらな。いや、今度の休みに迎えに行って、そこで……」

    新婚研究員「あれが許されるなら、俺も妻を呼んでいいっすよね?」

    独身研究員「うるせえ黙れ」

    DT研究員「滅しろ」

    倦怠期研究員「おまえだけは許さん」

    別居中研究員「生きて帰れると思うな」

    新婚研究員「俺の扱い、ひどくないっすか!?」

    室長「うちの研究員、なんでこんなやさぐれてるんだろう?」

    研究員「技研は女っ気が皆無ですからね。室長、若い連中に世話を焼いたらどうです?」

    室長「うちの妻は友達がいないんだよ。高飛車すぎて」

    研究員「ああ、室長は尻に敷かれてますもんねー」

    室長「……君、出世はしばらくないと思っといていいよ」

    研究員「ええ!? あんまりじゃないですかっ?」


    389: ◆AYcToR0oTg 2014/12/03(水) 01:32:27.69 ID:Ix0sDv2B0


        ◇仮住まい

    魔女「司祭くん、わたしの作ったご飯はどう?」

    司祭「……魔女、魔剣士から料理を習ったらどうだ?」


    390: ◆AYcToR0oTg 2014/12/03(水) 01:33:00.20 ID:Ix0sDv2B0


    夜。とてもやる気を出した魔剣士に勇者は完敗する。
    魔剣士がどんなお願いをしたかは、また別の話。


    391: ◆AYcToR0oTg 2014/12/03(水) 01:34:27.84 ID:Ix0sDv2B0


        ◇二ヶ月後

    研究員「取り付け、終わりました!」

    勇者「これが……」

    室長「完成ですね勇者さん! 我々の作り上げた飛行機ですよ!」

    別居中研究員「っしゃ! これで女房を迎えにいける!!」

    DT研究員「お、俺、この後魔女さんに告白するんだ!」

    倦怠期研究員「いやっはー!! 空を飛べるようになったら、嫁を誘ってぶちかましたる!」

    独身研究員「え、そういう目的ありなの? 俺も気になる子ができたら呼んでいい?」

    新婚研究員「マジっすか! じゃあ俺も妻を呼ぶんで!」

    研究員たち「「「「てめえだけは許さん!」」」」

    魔剣士「勇者」

    勇者「……魔剣士」

    魔剣士「やったじゃない。頑張ったわね」

    勇者「はは、やったよ魔剣士! 僕、凄いがんばった!」ダキッ

    魔剣士「わわっ/// ちょっと、抱きつかないでよ!」

    勇者「ごめんね魔剣士! 今まで苦労かけたけどさ!」カカエアゲ

    魔剣士「は、恥ずかしいっ/// 下ろしてよ!」

    勇者「ようやくここまで来たんだ!」


    魔女「あらあら? 珍しいかしらね、勇者くんがここまではしゃいでるのって?」

    司祭「たまにはいいだろう。勇者は普段、あんなに感情を見せることがないからな」


    392: ◆AYcToR0oTg 2014/12/03(水) 01:35:21.84 ID:Ix0sDv2B0


    魔剣士「うぅ、ひどい目にあった……」

    勇者「あーっと、ごめん。ちょっと興奮しちゃってさ」

    魔剣士「別にやるなとは言わないわよ。でも人のいないところにして」

    勇者「うん、そうするよ」

    室長「勇者さん、もういいですか?」

    勇者「っと、はい。なんです?」

    室長「最後の点検が終わったら、試験飛行をしなくちゃいけません。予定通り、勇者さんが操縦士で構いませんか?」

    勇者「いいですよ。崖を越える時には、僕が操縦することになるでしょうから」

    室長「では準備をお願いしますね。こっちは点検を始めています」

    魔剣士「……ねえ勇者?」

    勇者「何?」

    魔剣士「あたし、一緒に乗っちゃダメ?」

    勇者「え? うーん、万が一のことを考えると、ちょっとな……」

    魔剣士「何よそれ? もしかして、危険なの?」


    393: ◆AYcToR0oTg 2014/12/03(水) 01:37:20.64 ID:Ix0sDv2B0


    勇者「あ、いや……うーん」

    勇者(理論上は問題ないけど……でもここで変なこと言ったら、試験飛行に反対されそうだし……)

    勇者「しょうがないな、いいよ。司祭さんと魔女さんにも話してくるから」

    ……


    勇者「というわけだから、たぶん大丈夫だと思うけど、何かあったら助けてほしい」

    魔女「ふふ、魔剣士ちゃんってば困った子ね?」

    司祭「救命処置はできるが……大丈夫か?」

    勇者「正直、多少の危険は目をつぶってる。崖を越えるくらいの高度なら、飛行機にもそこまで負担はかからないはずだからね」

    魔女「……んー。わたし、乗らないとダメかな?」

    勇者「魔女さんが乗る頃には徹底的に試験した後だから、安心していいよ」

    魔女「ふふ、それなら良かったな? 勇者くん、わたしのためにも頑張ってね?」

    司祭「どういう応援の仕方だ。人格を疑われるぞ」

    勇者「冗談だってわかってるからいいよ。それじゃ、後はよろしく」

    司祭「やれやれ。魔王を倒す旅のはずが、おかしなことになったものだ」

    魔女「ふふ、そうね? でもわたし、旅に出て良かったって心から思うのよ?」


    394: ◆AYcToR0oTg 2014/12/03(水) 01:39:16.01 ID:Ix0sDv2B0


        ◇試験中

    勇者「魔剣士、きちんと体を座席に固定した?」

    魔剣士「大丈夫よ、もう身じろぎもできないくらい」

    勇者「なら離陸するよ。前を見てて」

    ジジジジジ

    勇者(魔石は問題なく動作してる)

    魔剣士「わ、動き出した」

    勇者(あとは必要な速度さえ確保できれば……)

    勇者「そろそろ浮くよ」

    魔剣士「うそ、ほんとに……うわ、ふわってしたわ!」

    勇者「よし、飛んだ! あとは翼と魔石の制御に気をつけて、えーと……」

    魔剣士「ねえ勇者、すごいわ! 地面、あんなに下にある!」ガチャ

    勇者「あまり暴れないでよ! 飛行機が落ちたら死ぬからね!」

    勇者(風防があるのに、それでも風の音がうるさいな。大声じゃなきゃ会話できないくらいだ)

    勇者(あとは……速度の影響かな、離陸する前よりずっと操縦桿が重い。原因を調べないと)

    魔剣士「――――勇者ってすごいわね」

    勇者「何か言った!?」

    魔剣士「あたし、こんな景色が見られるなんて思わなかった」

    勇者「聞こえないよ!」

    魔剣士「いいのよ、聞こえなくて。あたしの独り言だもの」

    勇者「あたしの、何だって!?」

    魔剣士「ねえ。あたしは勇者に、どんなものを見せてあげられるのかな」

    魔剣士「……何でもないわよ! 綺麗だって言っただけ!」


    397: ◆AYcToR0oTg 2014/12/03(水) 22:58:05.03 ID:Ix0sDv2B0


    ――――枯渇進行

    室長「想定よりは問題が少ないですが、やはり多いですね」

    勇者「ええ。特に高度が足らないのが痛手でした」

    室長「速度が計算より出なかったことが原因ですが、おそらく魔石でしょう」

    室長「出力の系統を増やしたことで、単純に出力量が低下したんだと思います」

    勇者「ですが基本的な構造はほぼ問題ありません。問題を一つずつ解決していけば、何とかなりそうですよね」

    室長「ここまで短期間でこぎつけたんです。ぜひ形にしたいものですよ」

    勇者(……そう、短期間すぎる。そりゃあ時間は惜しげなく注いだけど、それでも三ヶ月で試験飛行ができるのは早すぎるんだ)

    勇者(技研の人たちが優秀だったというのもあるけど、何より計画が頓挫した時点での進行度合いが影響してるよね)

    勇者(あんな完成間近で計画が頓挫するなんて、考えられない)

    室長「勇者さん?」

    勇者「……すみません、考え事してました。なんです?」

    室長「いや、大したことじゃないですよ。それより、試験飛行ばかりでお疲れでしょう? 今日はもう休んだらどうですか」

    勇者「僕はまだ平気ですよ」

    室長「それでも、ですよ。飛行機が完成次第、勇者さんは崖を越えるのでしょう?」

    室長「その先に魔王がいるかもしれないなら、英気を養ってください」

    勇者「……最後の詰めをお任せするのは、申し訳ないですが」

    室長「構いませんよ、それくらい。この三ヶ月、勇者さんが技研にもたらしたものはとても大きいんです」

    室長「ほら、よく語られるでしょう? 『文明の発展は勇者と共にあった』。我ら技研は、正にその場に立ち会えたんですから」

    勇者「なら甘えさせてもらいます。最近は勇者らしいことをしてませんでしたから、魔物と戦って勘を取り戻してきたりしますよ」

    室長「勇者さんの休養ってずいぶんと行動的なんですね」ハハ


    398: ◆AYcToR0oTg 2014/12/03(水) 23:00:02.44 ID:Ix0sDv2B0


    伝令「失礼します!」

    室長「……何事です?」

    伝令「先ほど報告がありました! 現在、東の大陸の王城が魔物に襲撃されています!」

    室長「なんですって?」

    勇者「――――いつからですか」

    伝令「本日未明になります! 伝書鳥により状況を確認したばかりでして、被害の規模はわかっていません!」

    勇者(東の大陸まで、普通の手段で移動していたら絶対に間に合わない……なら)

    勇者「室長さん、飛行機の魔石、魔力の補充は終わっていましたね?」

    室長「一通りの試験飛行を終えた後に行いましたが……あれで行くつもりですか?」

    勇者「王の許可が得られれば、です。あれは西の王の持ち物だから、僕の勝手で持ち出すわけにはいきません」

    室長「……技研の室長として、王への伝令をお願いします。勇者様に飛行機の譲渡、いや貸与の許可を、と」

    室長「勇者さんは準備を。王とのやりとりは私が請け負います」

    勇者「……ありがとうございます、室長さん」ダッ

    伝令「では伝えてまいります!」

    室長「お願いしますよ」

    ……


    室長「話は以上です。王の許可は私がなんとしても取り付けます。東の大陸まで問題なく航行できるよう、万全の整備をしてください」

    室長「時間はありません。各自、最高の仕事をするように!」

    室長(技研にできることはここまでです……どうか、勇者さんの旅路に女神様の加護があらんことを)


    399: ◆AYcToR0oTg 2014/12/03(水) 23:02:04.07 ID:Ix0sDv2B0


        ◇仮住まい

    魔剣士「水と食料は備蓄の分だけ持って行けばいいわよね!? あとは何!」

    司祭「装備だけ整えておけばいいだろう! 向こうで買えるものなら後回しでいい!」

    魔女「ええと、薬草に食糧に水に……?」

    ガチャ

    勇者「ごめん、準備を任せちゃって。用意できた?」

    魔剣士「もう大丈夫! よね?」

    司祭「置いていく荷物は多いがな。……しかし間に合うか?」

    魔女「悩んでも仕方ないもの、行くしかないのよね?」

    勇者「さっき連絡があって、飛行機は貸してもらえるみたい。準備ができたならすぐに行くよ」

    勇者「今から順調に進んで、半日はかかると思う。着くのは深夜だから、覚悟しておいて」


    400: ◆AYcToR0oTg 2014/12/03(水) 23:02:50.31 ID:Ix0sDv2B0


        ◇技研

    勇者「飛行機、お借りします」

    室長「お気をつけて。勇者さんの帰りを待っています」

    勇者「ええ。帰ってきますよ、必ず」

      研究員「飛行機が出ます! 進路確認! 進路よし!」

    室長「それでは、また」グッ

    勇者「…………」グッ



    室長「行ってしまいましたか」

    研究員「大丈夫、でしょうか」

    室長「わかりません。ですが待っている間にやることは多い。技研として、我々にできる戦いをします」


    401: ◆AYcToR0oTg 2014/12/03(水) 23:04:40.28 ID:Ix0sDv2B0


        ◇飛行中

    魔剣士「こんなに慌ただしく空を飛ぶことになるなんて、ちっとも思わなかったわ」

    司祭「そうだな。急ぎすぎて、飛び立つ時に感動することさえ忘れていた」

    勇者「起きていられるなら構わないけど、疲れたら休んじゃって。一応、寝られるくらいにはちゃんと防音してあるから」

    魔剣士「……勇者はどうするの?」

    勇者「僕は休めないよ。飛行機が落っこちるからね」

    魔剣士「その、無理はしないで?」

    勇者「わかった。ありがとう」

    勇者(東の大陸は魔法が進んでいる。結界魔法に注力していたはずだし、何とか守り抜けたらいいんだけど)

    勇者(――――そもそも、魔物が人の住む場所を意図的に襲撃しているなら。統率する、知性のある魔物がいる)

    勇者「…………」グッ

    勇者(わかってる。人間に戻す方法はない。魔物になって、人間を殺し続けるなんて悲しいことはやめさせなきゃダメだ)

    勇者(やるしかない。覚悟は決めないと)

    魔女「気持ち悪い……」

    ………
    ……


    魔女「うぅ……」


    ……
    ………

    魔女「…………」


    402: ◆AYcToR0oTg 2014/12/03(水) 23:06:07.57 ID:Ix0sDv2B0


        ◇東の大陸 上空

    魔剣士「zz……ん、…………ぅぁ」ウトウト

    魔剣士「んぅ……あれ……?」

    魔剣士「……。……っ!」

    勇者「起きた?」

    魔剣士「ご、ごめん勇者。寝ちゃってた」

    勇者「いいよ。何もしないでじっとしてたら、眠くなっちゃうんだし」

    司祭「ただ、静かにしてやってくれ。魔女はまた眠ってしまったようだからな」

    勇者「司祭さんも寝たら? あと二時間くらいだし、向こうに着いたら休む暇もないんだから」

    司祭「私なら大丈夫だ。さっき、不覚にも十分に休んだ」

    魔剣士「みんな起きてるって意地を張ってたのに、全員一回は眠っちゃったのね」

    勇者「快適だったようで安心したよ。僕の操縦技術も中々のものみたいだから」

    勇者(……飛行機作りにかまけていたし、休憩もろくに取れてないから、僕は戦力として半減してる。皆に負担をかける分、今は頑張らなきゃ)

    魔剣士「もうすっかり暗いわよね。月も出てないし、前を照らす魔灯がなかったら何も見えなくなりそう」

    勇者「ほんとだね。夜間飛行の可能性も考えて、光源も付けといてよかったよ」

    司祭「先見性があって助かったな。……あれは?」

    魔剣士「どうかしたわけ?」

    司祭「目の錯覚か? 前方に、鳥のような何かが見える」

    勇者「夜行性の鳥かな。急にはよけられないから、逃げてくれなきゃ困るんだけど」


    403: ◆AYcToR0oTg 2014/12/03(水) 23:07:34.10 ID:Ix0sDv2B0


    魔剣士「――――違う、鳥じゃないわ! 司祭、すぐに予知<コクーサ>使って!」

    司祭「くっ……魔女、起きろ! 寝ている場合じゃない!」

    アヴェス「はじめまして、勇者。ぼくはアヴェス。あなたを殺しにやってきました。といっても、今のあなたに声は聞こえていませんか?」

    勇者(鳥と人間を組み合わせたような……人型? 知性がある? ならまずい……!)

    アヴェス「おやおや、面白い物に乗っていますね? 空を飛ぶのは翼を持つ者の専売特許だと思っていました」

    魔剣士「何か喋ってる……どうする勇者、風防を外して戦う?」

    勇者「ダメだよ、座席から投げ出される危険の方がまずい。何とか逃げ切る……!」

    勇者(といっても、魔石の出力はこれ以上あげられない……何とか旋回しながら振り切るしか……)

    アヴェス「ふふ、ではとびっきりの妨害をしてあげましょう。空の中で、ぼくに勝てるとは思わないことです!」

    勇者(っ……来る、上から! 右に傾けて、方向舵を調整して……!)

    アヴェス「ははは、ぎこちない回避の仕方ですね。やはりあなたたち人間では、空を自由に飛び回れない」

    アヴェス「ほらほら、あとどれだけ避けていられますか!」

    勇者「く、っそ!」

    勇者「司祭さん、予知<コクーサ>で敵の動きを教えて! それに合わせて操縦する!」

    司祭「右下から来るぞ!」

    勇者(上昇はできないっ、高度を無理矢理落として!)ガクン

    魔女「きゃっ!」

    勇者「我慢して! 次!」

    司祭「背後からだ!」

    勇者(機体の振動がひどい、立て直しながら上昇するっ)ガタガタガタ

    アヴェス「ふふ、なかなかしぶといですね。しかし飛び回るのに必要な場所はわかりましたよ?」

    司祭「勇者、魔法を打たれる! すぐにここから離れろ!」


    404: ◆AYcToR0oTg 2014/12/03(水) 23:09:35.31 ID:Ix0sDv2B0


    アヴェス「墜ちなさい! 極風魔<グラン・ヒューイ>!」

    勇者「簡単に、言ってくれるね!」

    勇者(離脱……間に合ってよ!)

    アヴェス「おやおや、翼に穴が空きましたね?」

    パラパラ

    勇者「こ、のぉ!」ガタガタガタ

    魔剣士「あああ!」

    アヴェス「おやおや、ひどく間抜けな飛び方ですね。これでは墜落も免れない。さようなら勇者。あの世でお会いしましょう」バサッ

    勇者(魔物は……消えた? でもこっちがまともに操縦できない!)

    司祭「くっ、勇者、風防を壊すぞ!」ドンッ

    司祭「翼の穴が空いた部分……いけるか? 結界<グレース>!」

    勇者「っ! 司祭さん、そのまま! 今ならどうにか動かせる!」

    司祭「ならいい! だが長くは持たないぞ!」

    勇者(どっちにしろ、これ以上は飛んでられない! 高度が足りないけど、何とか速度を落として着陸しなきゃ!)

    勇者「司祭さん、もう手を中に入れて! このまま降りる!」

    勇者(ダメだ、左右の均衡が狂ってるっ。速度も落としきれてない! このままじゃ……っ)

    魔剣士「――――勇者」

    魔剣士「勇者なら大丈夫。自分を信じて」

    勇者「っ……!」

    勇者(左右は諦める、機首が地面と水平になるようにだけして……!)

    ガラガラガラッ!

    バキバキッ

    ダンッ!!


    405: ◆AYcToR0oTg 2014/12/03(水) 23:10:33.48 ID:Ix0sDv2B0


    ………
    ……


    魔剣士「――――生き、てる?」

    魔剣士「勇者、大丈夫!?」

    勇者「うぅ……っぁ」

    魔剣士「頭、怪我してる……落ち着いて、あたし。きっとできる。だから、」

    魔剣士「……高回復<ハイト・イエル>」ポォ

    魔剣士「怪我、治ったわよね? 勇者、しっかりして?」

    勇者「ん……魔剣、士?」

    魔剣士「良かった」

    司祭「くっ、頭がふらつくな」

    魔女「…………ごめん待って、とても気持ち悪いの」

    魔剣士「全員、無事よね? 怪我はしてない?」

    勇者(何とか着陸できた、かな)

    勇者「大丈夫なら、みんな降りようか。またさっきの魔物に襲われるかもしれないし」


    406: ◆AYcToR0oTg 2014/12/03(水) 23:12:03.56 ID:Ix0sDv2B0


    魔女「司祭くん、酔い止めの薬草ちょうだい……」

    司祭「良かったな。この一枚だけは残っていた」

    魔女「他、は?」

    司祭「着陸した時、外に投げ出されたのだろう。どこにあるかはわからない」

    魔剣士「食料と水もほとんどこぼれちゃってたわ。一人ずつ、少し喉を潤すくらいしか残ってない」

    司祭「勇者、状況はそんなところだが」

    勇者「――――」

    魔剣士(飛行機……左の翼が完全に折れちゃってる。きっと他にも壊れたところがあるし、もう乗れないわよね……)

    勇者「ふう。飛行機が頑張ってくれて良かったよ。皆、死なずに済んだ」

    魔剣士(バカ、笑わないでよ。あんなに頑張って作ったんだもの、もっと言いたいことあるはずでしょ?)

    魔剣士「……これから、どうするの?」

    勇者「ここから魔物に襲われている王城まで、たぶん六〇キロくらい距離があるはず」

    司祭「六〇、か。ここは山間の場所だろう。直線距離で六〇でも、移動距離は更に増えるだろうな」

    勇者「それでも今から歩き出せば、明日の夕方には着くと思う」

    魔女「寝ずに歩いて、よね? 勇者くんにそんな体力が残っているの?」

    勇者「できるできないでは考えてない。やる」


    407: ◆AYcToR0oTg 2014/12/03(水) 23:13:09.92 ID:Ix0sDv2B0


    魔剣士「勇者……」

    司祭「無理を言い出すものだな」

    勇者「わかってる。だから僕一人で行くよ。体力の問題もあるだろうし、皆は無理しないで」

    魔剣士「無理する張本人が言うんじゃ、何も説得力ないわよ」

    魔剣士「……あたしは行くわ。勇者を一人になんてしない」

    勇者「……ごめん。ありがとう」

    魔剣士「司祭、魔女をよろしくね。いくらなんでも、魔女の体力はもたないわよ」

    魔女「あら? 魔剣士ちゃんってばひどいなあ? わたしを置いていくつもり?」

    魔剣士「……わかってるのよね? なら何も言わない。無理して倒れたら、司祭に任せて置いていくわ」

    司祭「私の意見を聞いて欲しいものだがな。魔女の体力が尽きたら、私が背負ってでも連れて行く。魔女の魔法は必要なはずだ」

    勇者(――――僕は)

    勇者(一人で戦ってきたつもりなんてなかった)

    勇者(でも今、僕はようやく、自分の仲間がどれだけ頼もしいかを思い知った)

    勇者「水と食料は僕と司祭さんで持って行く。魔剣士と魔女さんは、体力の温存を意識しながら進んで」

    勇者「ここまで来たんだ。間に合わないなんて、そんな結末は許さない」


    408: ◆AYcToR0oTg 2014/12/03(水) 23:15:51.65 ID:Ix0sDv2B0


        ◇翌日 昼

    魔剣士(山岳地帯のど真ん中、か……降りた場所が本当に悪かったみたい。せめて町に寄れたら、水が飲めるのに)

    司祭(魔物と交戦する頻度が多い。それだけ王城に近づいているのか? 距離はあとどれだけある?)

    司祭「魔女。まだ歩けるか?」

    魔女「…………」コクッ

    魔女(わたしは、歩く、のよ。他は今、どうでもいい)

    勇者(食料と水は朝の時点で尽きた。西の大陸と違って、こっちは汗ばむくらいの陽気だ)

    勇者(湧き水でも見つかってくれたら……空から見た感じだと、山肌がしばらく続いてた。木が生えてないなら、水は期待できない……)

    勇者(たぶん皆、気温差にやられてるはず。無理して進むのは間違いだった? でも他の町まで行くのも距離的には変わらない)

    勇者(どちらにしろ、他の町に行こうと休んでる暇はない。それなら、王城に着いた時、まだ結界が破られてない可能性に賭けた方がいい)

    勇者(それに王城が落ちれば、東の大陸は大きく国力を失う。徒党を組んだ魔物に襲われれば、小さな町や村では対抗できない)

    勇者(……くそ、わかってるよ。進むしかないんだ)ザリッ


    412: ◆AYcToR0oTg 2014/12/04(木) 22:54:50.17 ID:OfqihWWh0


    ――――東方戦線

        ◆夕方

    衛兵「女王様! 結界はこれ以上魔物を防げません!」

    東の女王「騎士団、出撃の準備を。私の警護はよい、全兵でもって魔物を迎え撃て」

    大臣「女王様にもしものことがあってはなりません! 撤回を!」

    東の女王「黙れ。私の代わりなどいくらでもいる。何度でも首をすげかえればいい」

    東の女王「大陸の要であるこの場所さえ守れれば、魔物の勝利にはならない」

    東の女王「魔術隊は戦闘に出るな。破られた後、結界の復旧を急がせろ」

    東の女王「……西と南の王に書状は送ったな?」

    大臣「間違いなく」

    東の女王「ならばよい。次は自分の番だと腹をくくり、魔物と戦う覚悟ができよう」

    東の女王「大臣よ」

    大臣「はっ」

    東の女王「勇者は今、どこにいる?」

    大臣「西の大陸にいると聞いております」

    東の女王「なら間に合わないな。期待はやめておこう」

    東の女王「――――結界が破れる前に、最後の仕事をしてくる」

    大臣「それは……?」

    東の女王「兵士たちへの激励だ」


    413: ◆AYcToR0oTg 2014/12/04(木) 22:55:33.92 ID:OfqihWWh0


    東の女王『聞け! 国を、いや民を守らんと立ち上がった兵士たちよ!』

    東の女王『魔王が現れて一年! 人間に怯えていた魔物たちは、ついに人間の世界を脅かそうと牙を剥いてきた!』

    東の女王『残念ながら、最初に狙われたのはこの城だ! なぜか!』

    東の女王『……言うまでもない。それは、この国の兵士諸君らが、魔物にとってもっとも脅威であるからだ!』

    東の女王『間もなく結界は破られる! 戦闘は熾烈を極めるだろう!』

    東の女王『だが忘れるな! 女神の加護は我らにあり! 皆の持つ剣は、放つ魔法は、背に守る人々が最も頼る誇りである!』

    東の女王『何としてでも魔物を打ち倒せ! 最後の一人になろうとも、だ!』

    東の女王『そして! 最後の兵も倒れたのなら、私が最初に殺されよう。それで民が守られるなら本望だ!』

    東の女王『だが、相手は野蛮な魔物! こちらの言葉に耳を貸すとも思えぬ! ならばここで、倒れるわけにはいかないのだ!』

    東の女王『皆が掲げる誇りを蹂躙されるな! 魔物と違い、私たちには守るべきものがある! それを胸に、戦い抜け!』

    ワアアアアアア!!


    414: ◆AYcToR0oTg 2014/12/04(木) 22:56:07.36 ID:OfqihWWh0


        ◆

    アヴェス「気の強い女王だ。三大国の中でなら、彼女の器が一番大きいというのも頷けますね」

    アヴェス「でも、ぼくの好みじゃない」

    アヴェス「いいでしょう、自慢の兵は皆殺しにしてあげます」

    アヴェス「そしてその後、最初に殺されるのはあなただ」


    415: ◆AYcToR0oTg 2014/12/04(木) 22:57:09.14 ID:OfqihWWh0


        ◆

    パキッ
    サラサラサラ,,,

    騎士団長「結界が破られた! 全員、構え! 第一隊、行けえ!」

    騎士団長「第二隊、魔法準備! 第一隊が後退した後、雷魔<ビリム>系統の魔法で応戦せよ!」

    過食コウモリ「ィィィィィッ!」

    蠅の王「――――」ブブブ

    ビーストレイブン「ガァァアア!」

    騎士団長「怯むな、進めぇ!」

    騎士4「がはっ」グサッ

    騎士7「ぎゃああ!」

    騎士団長「くっ……第一隊、引け! 第二隊、ってええ!」

    「高雷魔<エクス・ビリム>!」「雷魔<ビリム>」「雷魔<ビリム>!」「雷魔<ビリム>っ」「高雷魔<エクス・ビリム>!!」

    アヴェス「あまり刃向かわないでください、極風魔<グラン・ヒューイ>」

    騎士9「ま、魔法! 相殺されました!」

    騎士団長「バカな!」

    アヴェス「まとめているのは……あの男ですね」バサッ

    アヴェス「ふっ……!」ビュンッ

    騎士団長「なっ、こ」ザンッ

    アヴェス「ふん。人間の首など、もろいものです」

    騎士5「うわあああ!?」


    416: ◆AYcToR0oTg 2014/12/04(木) 22:58:11.75 ID:OfqihWWh0


    アヴェス「さて……マーリアに頼まれていたのは、結界魔法の組成でしたね」

    騎士8「団長の仇だ! 何としてでも殺せーっ!」

    アヴェス「あなたたちの相手をしている暇はありません」ビュオン

    騎士8「うあっ!」

    アヴェス「壊れた結界の破片ですが、魔力を強引に流し続ければ帰るまで保存できるでしょう」

    騎士12「だ、ダメだ! 結界の魔法を研究させるな! ここで打ち落とせ!」

    「高炎魔<エクス・フォーカ>!」「雷魔<ビリム>っ」「氷魔<シャーリ>!」「風魔<ヒューイ>!」

    アヴェス「そのような遅い魔法、鳥であるぼくには当たりません」バサバサ

    アヴェス「さて。今回は結界を壊すのに二日ほどかかりました。ですが次はどうでしょうね?」

    アヴェス「ぼくが戻るまで、魔物の相手をしながら絶望するといい」

    騎士8「くそ、くそっ! 団長を殺したやつを、みすみす逃がせるか!」

    副団長「やめろ、深追いするな!」

    騎士12「団長……団長ーっ」

    副団長「うろたえるな馬鹿者が! 魔物に囲まれていることを忘れるな!」

    副団長「団長の指示を思い出せ! 私はすぐ反対側の指揮に戻る! 団長の部下であったなら、その教えを死んでも貫き通せ!」

    騎士12「くっ……」チャキ

    騎士12「魔物一匹たりともここを通すか! 全て叩き斬ってやる!」


    417: ◆AYcToR0oTg 2014/12/04(木) 22:59:46.35 ID:OfqihWWh0


        ◇

    勇者「始まってる。結界、破られたみたいだ」

    魔剣士「――――行くわ。魔物の好きになんてさせない」

    司祭「魔女、大丈夫か?」

    魔女「当たり前よ……? わたし、何のためにここまで来たと思っているの?」

    勇者「皆、一人では行動しないで。僕は魔剣士と、司祭さんは魔女さんと二人で動いて」

    勇者「守り終わったら、皆でご飯を食べよう」

    司祭「ふっ。それはいいな、やる気が出る」

    魔女「ええ。魔力を使い切るのも怖くないものね?」

    魔剣士「そのためにも……勝つわ。絶対に」チャキ


    418: ◆AYcToR0oTg 2014/12/04(木) 23:02:30.13 ID:OfqihWWh0


    蠅の王A「…………」ブブブ

    蠅の王B「…………」カシュカシュ

    蠅の王C「…………」ギョロ

    新米騎士「う、うああ! 来るな、来るなぁ!」ブンブン

    蠅の王D「…………」ブンッ!

    魔女「極炎魔<グラン・フォーカ>」

    新米騎士「うあ、はっ……? ハエが、全滅してる……?」

    司祭「立て。お前は騎士だろう。何のためにここにいるんだ」

    魔女「司祭くん。近寄ってくる魔物、全部やっつけていいのよね?」

    司祭「魔力を使い切っても構わない。魔女は私が守る」

    魔女「……ならいいのよ。わたしね、きっと、後を考える余裕はないもの」

    ビーストレイブン「ガアア!」バサッ

    魔女「落ちなさい。極氷魔<グラン・シャーリ>」


    419: ◆AYcToR0oTg 2014/12/04(木) 23:03:13.92 ID:OfqihWWh0


    魔法使い7「だ、ダメです! 前線を保てません!」

    副団長「弱音を吐くな! 我らに退路はない! この身を盾としてでも魔物を進ませるな!」

    過食コウモリ「ィィィィッ!」ガブッ

    副団長「がっ!?」

    魔法使い7「副団長!?」

    副団長「人間を、なめるなあっ!」ズバッ

    過食コウモリ「イギッ!?」

    副団長「はあ、はあ」

    魔法使い7「大丈夫ですか!?」

    副団長「くそ、薄汚いコウモリめ……だいぶ、血をもっていかれたっ」

    魔剣士「イヤになるくらいコウモリが多いわね」

    副団長「だ、誰だ……騎士団の人間ではないな? 下がれ! 殺されるぞ!」

    魔剣士「ハエ、カラス、ヒツジ……こんなお出迎え、望んでないわ」

    勇者「共鳴」ブォン

    魔剣士「ありがと」ブォン

    勇者「背中は任せる」

    魔剣士「頼りにしていいわ。魔物は一匹も近づけないから」

    魔剣士「すっ……やあぁ!」

    ビーストレイブン「ガッ!?」

    イビルモスキート「!?」ブブ、、、

    蠅の王「……  」ズズ


    420: ◆AYcToR0oTg 2014/12/04(木) 23:04:30.85 ID:OfqihWWh0


    魔法使い7「な……強……」

    勇者「高風魔<エクス・ヒューイ>」

    勇者「逃がさない。はっ!」

    過食コウモリ「ィッ!?」

    クロヒツジ「メゲッ!?」

    副団長「まさか……南の王家の紋章……」

    魔法使い7「それって……勇者様、ですか?」

    副団長「勝てる……勝てるぞ!」

    副団長「全隊、陣形を立て直せ! 我が国に勇者の守護あり! 繰り返す! 我が国に勇者の守護あり!」



    魔剣士「期待されてるわね、勇者様」

    勇者「皆の力になれるなら、それでいいよ。そのためなら、実体のない偶像にだってなる」

    魔剣士「……バカ。そんなことさせないわ」ズバッ

    過食コウモリ「ィっ?」

    魔剣士「あたしは勇者だけの剣なの。だから、勇者に向かってくるなら……どんな相手も許さないわ!!」

    勇者「はは、僕だけの剣か……」

    勇者「ならいつか、僕は魔剣士だけの勇者になるよ」

    勇者「――――だから、魔剣士を傷つける魔物は、何があろうと許さない」チャキッ


    421: ◆AYcToR0oTg 2014/12/04(木) 23:05:33.26 ID:OfqihWWh0


        ◇

    魔女「っ、は…………極風<グラン・ヒ…………」ガクッ

    司祭「よくやった、魔女」ダキッ

    司祭「そこの騎士。魔女を命に代えても守れ。魔女は全てを賭して、倒れるまでお前を守り抜いた」

    司祭「次は、お前が守る番だ」

    新米騎士「で、でも! 魔物が!」

    司祭「たかが八匹だ。魔女はどれだけの魔物を倒したと思ってる?」

    司祭「これくらい、何ともない」

    新米騎士「……っ!」

    新米騎士「た、たとえ私が死んででも、この女性を守り抜きます!」

    司祭「……いい顔だ」

    司祭「だが惚れるなよ。彼女は私たちの仲間だ」

    蠅の王「…………」ブブブ

    ビーストレイブン「ガガッ、ガアァ」

    クロヒツジ「フッ、フゥッ」

    司祭「予知<コクーサ>。補力<ベーゴ>。補守<コローダ>。補早<オニーゴ>」

    司祭「…………来い。一匹残らず打ち倒してやる」


    422: ◆AYcToR0oTg 2014/12/04(木) 23:06:36.50 ID:OfqihWWh0


        ◇

    魔剣士「っのおお! やあぁああっ!」

    過食コウモリ「イグッ!?」

    魔剣士「はあ、はあ……」

    勇者「魔力……もうない、か……」

    勇者「この……! はっ!」

    ビーストレイブン「ガふっ」

    勇者「く、そ……」ガクッ

    魔剣士「ゆ、勇者……」

    勇者「ごめん……そろそろ、限界」

    魔剣士「ふふ……いいわ、休んでなさいよ……」

    魔剣士「勇者には、近づかせない……ぜったい……」

    副団長「全員戻れ! 結界が復旧する!」

    魔剣士「…………はは。何よもう。遅い、ってば……」

    副団長「勇者様! こちらへ!」

    魔剣士「勇者、動ける……?」

    勇者「ふーっ、ふーっ」

    魔剣士「そりゃ、そうよね……無理よね。勇者、一番がんばったんだもの……」

    魔剣士「いい、わ。魔物さえ倒せば、あの人たち、来てくれるでしょ……」

    魔剣士「くっ……」フラ、、、

    魔剣士(ダメ……意識、飛びそう……)


    423: ◆AYcToR0oTg 2014/12/04(木) 23:07:48.31 ID:OfqihWWh0


    副団長「第一隊、進め! 勇者様たちを守るんだ!」

    騎士団「うおおおお!」

    副団長「魔物の攻撃は防ぐだけでいい! 勇者様たちを結界の内側に運ぶのが最優先だ!」

    蠅の王「…………!」シュバ

    騎士12「くっ、あっちへ行け!」

    騎士8「らあっ!」

    イビルモスキート「っ」ブブ

    騎士5「勇者様、こちらへ!」

    勇者「…………」

    魔剣士「ゆう、しゃ……」

    副団長「勇者様たちの保護は終わった! 全員引け! 結界を張り直すぞ!」

    魔剣士「司祭、魔女……無事よ、ね……?」

    副団長「ご安心ください。勇者様含め、四名の方が救援に来られたんですよね?」

    魔剣士「ええ……」

    副団長「全員、結界の内側におられます」

    魔術隊「いきます! 高度結界<カーサ・グレース>!!」

    シャランッ!

    勇者「…………」

    勇者(良かった……間に合って……)


    424: ◆AYcToR0oTg 2014/12/04(木) 23:08:47.48 ID:OfqihWWh0


        ◇翌朝

    勇者「…………」

    勇者「…………ここ、は?」

    勇者(体中、とても痛い……寝返り打つだけできつい……)

    魔剣士「zzz……」

    勇者「魔剣士……司祭さんと魔女さんも」

    勇者「――――そっか。守れたんだよね、僕たちは」

    コンコン

    勇者「っと。どうぞ」

    ガチャ

    大臣「失礼します」

    大臣「勇者様、お体はもうよろしいでしょうか?」

    勇者「はい。おかげさまで、しっかり休めました」

    大臣「でしたら、早々ではありますが女王様との謁見をお願いします。何分、魔物の襲撃は喫緊の問題です。ぜひ勇者様のお力をお借りしたく」

    勇者「わかりました。僕で力になれるなら」


    425: ◆AYcToR0oTg 2014/12/04(木) 23:10:17.88 ID:OfqihWWh0


        ◇謁見の間

    東の女王「あなたが勇者か。此度の助力には感謝している。今回、団長を含めて騎士三七名が亡くなる被害を受けたが、勇者がいなければより多くの死者が出ていただろう」

    東の女王「兵を、民を守ってくれて、礼を言う」

    勇者「顔をお上げください。僕は勇者としてできることをした。それだけです」

    東の女王「ならば対等に話そう。聞けば勇者は、つい先日まで西の大陸にいたという」

    東の女王「海路だけでも五日を越える日数がかかろう。どのような手品でここまで来た?」

    勇者「魔王討伐のため、西の国の技研と協力し、空を飛ぶ機械を作成していました。東の国の危機を聞かされ、それに乗り駆けつけた次第です」

    東の女王「空を飛ぶ機械……西め、また変なものを作り出したな。まあいい、そのけったいな機械はどうした?」

    勇者「……道中、知性のある魔物に襲われ、破壊されました。僕たちは辛くも無事でしたから、そのままこちらに直行してきたのです」

    東の女王「なるほど……西の王には私から伝えておく。必要なら搬送も行おう。その機械はどこにある?」

    勇者「ここから六〇キロほど西に置いてきました。木製で、片方の羽がもがれたトンボのような姿をしています」

    東の女王「そうか。…………待て、六〇キロだと? そこはちょうど山岳地帯の中心になるはずだ。人間がいないせいで魔物も繁殖している」

    東の女王「お前たち、どうやってここまで来た?」

    勇者「……自分たちの足で、です」

    東の女王「バカな……伝書鳥がそちらに書状を届けたのは、一昨日の昼前なはずだ」

    東の女王「それを知ってすぐ、空を飛んでここまで来たとして、山道を六〇キロも進む時間は……」


    426: ◆AYcToR0oTg 2014/12/04(木) 23:11:38.37 ID:OfqihWWh0


    勇者「…………」

    東の女王「いや、すまない。驚く場合ではなかった。それほど身を粉にしてまで、この国の危機に駆けつけてくれたのだな」

    東の女王「感謝する。これは言葉ばかりの礼ではない。魔物の襲撃が止んだ後、できる限りの謝礼をしよう」

    勇者「多くはいりません」

    勇者「今回、僕の独断で、仲間に無理をさせてしまいました。次に魔物の襲撃があるまで療養させて頂ければ、それで十分です」

    東の女王「しかし、それでは」

    勇者「ではもう一つだけ甘えさせてください。西の大陸まで伝書鳥を飛ばして欲しいのです」

    東の女王「内容は?」

    勇者「飛行機を壊してしまったことへの謝罪です」

    東の女王「……魔物に襲われたのだろう。不可抗力だ」

    勇者「だとしても、借り受けたものを無事に返せなかったことには変わりません」

    東の女王「わかった。今の言葉を確実に伝えよう」

    勇者「感謝します」


    427: ◆AYcToR0oTg 2014/12/04(木) 23:12:59.61 ID:OfqihWWh0


    東の女王「――――では、これから話すのはこの世界の今後だ」

    東の女王「魔王が現れて一年余り。これまでも魔物による被害はいくつもあったが、今回のように規模の大きい襲撃はなかったはずだ」

    東の女王「私は魔物の側に動きがあった、と見ている。勇者としての意見はあるか?」

    勇者「魔物側に変化があったか、というのは情報が少ないため断定できません」

    勇者「ですが、今回の襲撃で魔物を統率している魔物がいることは知っています」

    東の女王「ほう?」

    勇者「道中に僕たちを襲った魔物は、明確な意志を持って飛行機の破壊を行ってきました。人間のように知性のある魔物です」

    東の女王「……人語を解し、他の魔物に指示して人間を襲わせる、か。北の大陸で似たような出来事があったのは聞いている」

    東の女王「その魔物は、人間が変化した姿なのだろう?」

    勇者「…………ええ」

    東の女王「姿を変えたとはいえ、元は同じ人間。それを聞けば、兵の中には剣の鈍る者もいよう。そのことは口外無用にするつもりだ」

    勇者「そうですね。知らないに越したことはないと思います」

    東の女王「だが、知性ある魔物の存在は騎士団に知れ渡っている」

    勇者「……僕たちが来た時、あの魔物の姿はありませんでした。それなのに、どうして?」

    東の女王「騎士団の団長を殺し、この国の結界魔法について情報を奪っていったのは、その魔物だからだ」

    勇者「…………」

    東の女王「この国で最も腕の立つ騎士団長が、赤子の手をひねるように殺された。それを知った騎士団の動揺は大きい」

    東の女王「加えて、結界魔法が暴かれようとしているのも、兵の不安を煽る情報だ」

    東の女王「兵は魔法に深い信頼を寄せている。その基盤が崩れようとしているからだ」


    428: ◆AYcToR0oTg 2014/12/04(木) 23:14:11.80 ID:OfqihWWh0


    勇者「ならばやることは一つです。知性ある魔物、あれを倒すしかありません」

    東の女王「だとしても、矢継ぎ早に同様の魔物が差し向けられればこちらが追いつめられるだろう」

    勇者「知性ある魔物はその数自体が少ない、と考えています」

    東の女王「どういうことだ?」

    勇者「これまで旅をしてきましたが、人間が魔物に変化した事例は二つだけです。今回のことを入れて三つですね」

    勇者「動物が変化した魔物と比べて、圧倒的に個体数が少ないのです」

    勇者「ましてや、魔物を率いるほどの能力も兼ね備えなくてはいけない以上、条件を満たす魔物は少ないはずです」

    東の女王「なるほど……しかし、どうして動物と違い人間は魔物に変化しにくい?」

    東の女王「それがわからなければ、現状は安心できる、以上の保証にならないだろう」

    勇者「――――僕は人間が魔物に変わる条件を知っています。女神様からお聞きしました」

    東の女王「なに?」

    勇者「ですが、お話することはできません」

    東の女王「理由は?」

    勇者「その条件を満たしかねないと見なされれば、魔物になる前にと殺される事態が考えられるからです」

    東の女王「ふむ」

    勇者「安心してください。その条件はとても厳しいものです。ですからその不安は胸の内に留めて頂けたら、と思います」

    東の女王「それは民のためなのだな?」

    勇者「はい」


    429: ◆AYcToR0oTg 2014/12/04(木) 23:17:40.92 ID:OfqihWWh0


    東の女王「よい。それならば私は口をつぐもう」

    勇者「ありがとうございます」

    東の女王「礼はいい。為政者として、合理的に判断したまでだ」

    東の女王「民衆の不安は恐慌を生む。恐慌は社会を蝕み、崩壊させる。ならば、知らない方が健全でいられる」

    東の女王「西や南のもそれは知らないだろう? なら、誰も何も知らない。私も勇者も知らない。それで話はおしまいだ」

    東の女王「さて。勇者たちはまだ疲れが残っているだろう。次の襲撃があるまで、休んでいるといい」

    勇者「ありがとうございます。……ところで、魔物の迎撃に際して、一つ進言してよろしいでしょうか?」

    東の女王「なんだ?」

    勇者「結界魔法を解析されたとして、その知識を元に破れるのは知性ある魔物だけでしょう」

    勇者「他の魔物に破られないなら、次の襲撃では一度結界を解きましょう」

    東の女王「……説明を続けよ」

    勇者「僕たちと騎士団の方が外に出た状態で、再び結界を張ります。そうして他の魔物の攻撃は防ぎつつ、僕たちが鳥人の魔物を倒します」

    勇者「騎士団の方たちには、他の魔物を引きつけてもらいたいのです。勝つ必要はありません。必要なのは防戦です」

    勇者「知性ある魔物さえ倒せば、魔物の統率は乱れます。その時こそ、騎士団の方たちで魔物を掃討すればいい」

    勇者「どうでしょうか」

    東の女王「わかった。話は伝えておく。実際にどうなるかは、騎士団を筆頭に兵長の意見を聞いてからだ」

    勇者「ありがとうございます」


    430: ◆AYcToR0oTg 2014/12/04(木) 23:19:49.66 ID:OfqihWWh0


        ◇客室

    勇者「ただいま」

    魔剣士「おかえりなさい。……女王様、なんだって?」

    勇者「魔物の襲撃があるまでは休んでいてくれってさ」

    魔女「あら、ずいぶん短いのね? 他には何を話したのかしら?」

    司祭「そう疑ってやるな。勇者の心労が浮かばれない」

    勇者「はは、ありがと。でも今は、お腹一杯ご飯を食べて、そのままひたすら眠りたいかな……」

    魔剣士「それもそうね。ご飯の準備、もうできてるらしいの。行きましょっ」ギュッ

    勇者「ちょ、急に腕を組まないでよ。びっくりするから」

    魔剣士「いいじゃない、それくらい。早く早くっ!」

    司祭「なんだ? 何があった?」

    魔女「ふふ、何かしらね?」


    431: ◆AYcToR0oTg 2014/12/04(木) 23:21:16.53 ID:OfqihWWh0


        ◆???

    アヴェス「ほら、持ってきましたよ。マーリア」

    マーリア「ふん。遅かったじゃないか」

    アヴェス「うるさいですね。ここから東の王城まで、どれだけ距離があると思ってるんです?」

    マーリア「お前なら一日で往復できるだろ」

    アヴェス「無茶を言わないでください。自慢の翼が痛んでしまいますよ」

    マーリア「ふん……なるほど、組成はこんなものか」

    アヴェス「で? それをもっと手軽に破るにはどうすれば?」

    マーリア「結界は網目状になっている。面で押しても効果は薄いな」

    マーリア「鋭く細い針のように風魔<ヒューイ>を調整しろ。それを突き刺し、爆発でもさせれば、結界は楽に崩壊するはずだ」

    アヴェス「風魔法の形状と性質をいじれと? あなたもずいぶん無茶を言いますね」

    マーリア「なんだ、できないのか?」

    アヴェス「まさか。ぼくにできないことなんてありません」


    432: ◆AYcToR0oTg 2014/12/04(木) 23:22:57.39 ID:OfqihWWh0


    マーリア「なら、お前が仕留め損ねた勇者を殺してくるんだな」

    アヴェス「……ちっ。あの高さから落ちて、生き残るとはね」

    マーリア「世界が何も変わっていないんだ、勇者はまだ生きている」

    マーリア「きちんと自分でトドメを刺さないからそうなるんだ」

    アヴェス「うるさいですね。死ぬ時期が前後しただけで、勇者がぼくに殺されるのは同じです」

    マーリア「なんなら手伝ってやろうか。お前の手には余るようだしな」

    アヴェス「ふん、余計なお世話だ。勇者は空を飛ぶぼくたちの矜持を汚したんだ、生かしちゃおきません」

    アヴェス「ところで、魔王様はまだ動かないんですか?」

    マーリア「いつもと変わらんよ。玉座に座り、何もせず、ただ時間を無駄にしている」

    アヴェス「魔王様が戦えば、人間なんて三日で滅ぶでしょう? どうして動かないんだか」

    マーリア「さあな。それこそ、人間なんてどうでもいいのだろ」

    マーリア「魔王の食べ物はまだたくさん残っている。開拓者どもの肉がなくなるまで、動く理由はないんだろうさ」


    433: ◆AYcToR0oTg 2014/12/04(木) 23:23:53.97 ID:OfqihWWh0


        ◇翌日 早朝

    騎士団員「失礼します!」

    勇者「現れた?」

    騎士団員「はい! 現在、魔物の大群が押し寄せている途中です!」

    勇者「なら僕たちも行こうか。作戦は話した通りだから、僕たちは鳥の魔物だけを狙うよ」

    魔剣士「わかってる。今度はきちんと戦えるんだもの、いいようにはされないわ」

    魔女「ふふ。それに、勇者くんが頑張って作った飛行機を壊された恨みがあるものね?」

    司祭「ああ、なるほど。健気なものだな」

    魔剣士「そ、そうよ悪い!? 勇者の努力を一瞬で壊されたのよ! 怒るに決まってるじゃない!」

    魔女「あら、魔剣士ちゃんってば素直な子になったのね?」

    勇者「締まらないなあ。これから戦うんだから、もっと緊張感を持とうよ」

    司祭「これくらいはいいだろう。肩に力が入るよりはマシだ」

    騎士団員「あ、あの?」

    勇者「僕らもすぐに行くよ。一緒に戦おう」

    騎士団員「は、はい! 光栄であります! では失礼しました!」

    バタン

    勇者「期待されるなら、勇者としてしっかり応えなきゃね」


    434: ◆AYcToR0oTg 2014/12/04(木) 23:24:29.43 ID:OfqihWWh0


        ◆城外

    アヴェス「あれだけの魔物を送り込んだにも関わらず、攻撃をしのがれてしまった。納得がいきませんね」

    アヴェス「ぼくが殺した男は、この国で最も強かったようですが……あの程度の実力で対抗できたとは思えない」

    アヴェス「何かあると見た方がいいですね。けれどまあ、ぼくのやることは変わりませんか」

    アヴェス「人間め。今回はお使いを頼まれていない。全員、ぼくの手で殺してあげます」

    過食コウモリ「ィィ、ィ」バサッ

    アヴェス「ぼくに何の用だ。さっさと行け。人間を殺し、殺されてこい」

    過食コウモリ「ィィ!」

    アヴェス「なんだって? そうか、それで前回は城を落とせなかったのか」

    アヴェス「くそ、どこまでも僕の邪魔をする」

    アヴェス「……ですがいいでしょう。勇者がここにいるなら、人間を襲う手間が省けたというものだ」

    過食コウモリ「ィィ……」ブルブル

    アヴェス「勇者め。世界を救おうとするお遊びを、ここで終わらせてあげましょう」


    435: ◆AYcToR0oTg 2014/12/04(木) 23:25:12.81 ID:OfqihWWh0


        ◇城外

    魔術隊「結界を復帰します! 高度結界<カーサ・グレース>!」

    副団長「勇者様。件の魔物を見つけ次第、連絡します。ご武運を」

    勇者「お願いします。そちらもお気をつけて」

    司祭「いよいよだな」

    魔女「ふふ。魔剣士ちゃんじゃないけど、勇者くんの宝物を壊されたんだもの、仕返しをしなきゃね?」

    勇者(でも、どうしようか。あの魔物、具体的にどう倒すかはまだ方法が浮かばない)

    勇者(アンフィビのように明確な弱点があるとは限らない)

    勇者(最初の予定どおり、まずは翼を攻撃して機動力を削がないと。空を飛ばれているのは厄介だ)

    魔剣士「勇者」

    勇者「ん。何?」

    魔剣士「考え事があるなら、皆に相談しなさいよ」

    魔剣士「一人で抱え込んだりしないで。ね?」

    魔剣士「あたしたちは、仲間なんだから」


    436: ◆AYcToR0oTg 2014/12/04(木) 23:26:50.85 ID:OfqihWWh0


    勇者「…………」

    勇者「うん、そうだね。これは僕の欠点だから、直さなきゃ」

    司祭「それで、何を考えていたんだ?」

    勇者「あの鳥の魔物の倒し方だね。まず翼を優先的に狙うけど、たぶん空を飛び回るだろうから、僕と魔女さんの魔法で頑張らないとかな」

    勇者「その間、司祭さんは補助、魔剣士は近寄ってくる魔物を倒しつつ鳥の魔物を警戒」

    勇者「空を飛べなくなったら、あとは総力戦になる。騎士団の負担を軽くするためにも、できるだけ早く倒したい。そんなところかな」

    魔女「わたしの責任が重大ね? 頑張らないとな?」

    勇者「そうだね。だから今回、共鳴は魔女さんにお願いするよ」

    魔剣士「今回は適任だもんね」

    魔女「あら、嫉妬しないでくれるのね?」

    魔剣士「しないわよ。あたしはもう子供じゃないの」

    魔剣士(この前は無我夢中で言っちゃったけど……あたしは勇者だけの剣なんだもの)

    司祭「話は終わりだ。もうすぐ魔物が来る。鳥の魔物が見つかるまでの間は、無理せず魔物を倒していいればいいんだな?」

    勇者「それでよろしく。前に出過ぎないようにね」


    437: ◆AYcToR0oTg 2014/12/04(木) 23:27:45.58 ID:OfqihWWh0


    新米騎士「僕は、もう逃げない! あっちへ行け、魔物めっ」

    ビーストレイブン「ガガッ?」

    副団長「鳥人の魔物を早く探せ! 見つけたら戦わず、すぐに勇者様へ知らせるんだ!」

    魔法使い7「副団長、いました! 奴です!」

    副団長「あれは……勇者様たちのいる方向か?」

    騎士12「このっ、らああ!」

    副団長「全隊、聞け! 問題の魔物は発見した! 勇者様の方へ他の魔物が向かわないよう、死力を尽くして防ぎきれ!」


    438: ◆AYcToR0oTg 2014/12/04(木) 23:29:11.44 ID:OfqihWWh0


    アヴェス「あの高さから落ちて生きているとはね。あなたたちのしぶとさには反吐が出る」

    魔剣士「この前はよくもやってくれたわね。あんただけは、絶対に許さない」

    アヴェス「ほざけ! ぼくはアヴェス、鳥類の覇者だ!」

    アヴェス「アンフィビのような出来損ないと違って、欠点など抱えちゃいない。勇者はここで失われるんだよ!」

    勇者「今度は僕たちも戦える。勝てると思わないことだね」

    アヴェス「うるさいんだよ人間が!」ヒュンッ!!

    司祭「速い……!」

    アヴェス「地に降り注げ! 極風魔<グラン・ヒューイ>!」

    魔女「極風魔<グラン・ヒューイ>」

    ブワッ!

    魔剣士「くっ」

    勇者「高炎魔<エクス・フォーカ>!」

    アヴェス「風魔<ヒューイ>!」

    勇者(風を起こして炎を流した……)


    439: ◆AYcToR0oTg 2014/12/04(木) 23:30:07.32 ID:OfqihWWh0


    アヴェス「ぼくの早さについてこれると思わないことです!」ビュンッ

    司祭「ぬんッ!」ガキッ

    アヴェス「ちっ」

    魔剣士「司祭、そのまま押さえて! やあっ!」

    アヴェス「離せ!」ゲシッ

    司祭「くっ」バッ

    魔剣士「この、ちょこまか動かないで!」

    魔女「逃げ回るなら、逃げる場所なんてなくしてあげましょうね?」

    魔女(範囲を広げないと。連発すれば、何とかなるかしら)

    魔女「極雷魔<グラン・ビリム>」

    アヴェス「この程度!」

    魔女「極氷魔<グラン・シャーリ>」

    アヴェス「ふん!」

    魔女「……極炎魔<グラン・フォーカ>!」

    アヴェス「しつこいんだよ! 極風魔<グラン・ヒューイ>!」

    勇者「高氷魔<エクス・シャーリ>!」

    アヴェス「この……ああああ!」バサバサバサッ

    勇者(あれだけ魔法を打って全部避けるなんて……機動力が違いすぎるな)

    勇者「魔女さん、ちょっと作戦を練る。魔法は牽制程度に控えて」

    魔女「なんとか頑張ってみようかしらね?」


    440: ◆AYcToR0oTg 2014/12/04(木) 23:31:21.45 ID:OfqihWWh0


    勇者「司祭さん。予知<コクーサ>で敵の動きを完全に予測できない?」

    司祭「それはできるが、私が見るのはあくまで三秒後の未来だ。私たちが行動を変えれば、当然相手の行動も変わってくる」

    魔剣士「あの速い魔物には効果が薄い、ってことね」

    魔女「高氷魔<エクス・シャーリ>」

      アヴェス「もう息切れか! これだから人間は脆弱なんだ!」

    魔剣士「魔女。魔法を止めて」

    魔女「何か考えがあるの?」

    魔剣士「あいつが魔法で攻撃したら対抗して。そうじゃないなら――降りて攻撃してくるなら、そこを斬り伏せるわ」

    勇者「……アヴェスはかなりの早さで飛び回るよ。できる?」

    魔剣士「勇者、自分の言葉を忘れた?」

    魔剣士「できる、できないじゃない。やるのよ」

    アヴェス「攻撃を止めた。ついにぼくが倒せないと思い知りましたか? ならそのまま死になさい! 極風魔<グラン・ヒューイ>」

    魔女「あなたの魔法、弱々しいの。これで十分ね、高風魔<エクス・ヒューイ>」

    アヴェス(ちっ……ぼくの魔法を軽々と打ち消すなんて。なら!)

    アヴェス「ふーっ」バサバサバサッ

    アヴェス「しっ!!」ギュンッ

    勇者「くっ」ブンッ

    アヴェス「遅い遅い遅いっ!」ズバッ

    司祭(何とか防げたが……二度目はない、か?)ガキッ

    アヴェス「ははは! はーっはっはっは!」ビュンッ


    441: ◆AYcToR0oTg 2014/12/04(木) 23:32:29.47 ID:OfqihWWh0


    魔剣士「芸がないわ」フッ

    アヴェス「な!?」

    魔剣士「同じ速度で動くなら目が慣れる。もうあなたは切れない相手じゃない」

    魔剣士「…………二の剣。空縫い」ズバッ

    アヴェス「がァ!?」ザクッ

    魔剣士(腕を深く切っただけ……でも次は翼を切り落とす!)

    魔剣士「はああ!」

    アヴェス「くっ! 突き刺され羽よ!」

    司祭「ま、まずい! 避けろ魔剣士!」

    魔剣士「っ!?」

    ダダダダダッ

    魔剣士「っ……」ガクッ

    勇者「魔剣士!」

    魔剣士「平気よ! こんなの、羽が刺さっただけ」グラッ

    魔剣士「だ……け……」バタッ

    司祭「くっ……解毒<キヨム>!」ポォ

    魔剣士「うぁ……あぁ!?」ガタガタッ

    司祭(バカな、なんだこの毒は!? 解毒ができない!)

    アヴェス「くっ……あんな女のために、羽を飛ばしてしまうとは」


    442: ◆AYcToR0oTg 2014/12/04(木) 23:33:31.56 ID:OfqihWWh0


    勇者「――」ジャッ

    アヴェス「!?」

    勇者「――」ズバッ

    アヴェス「ぐっ」ザクッ

    勇者「――!」ヒュッ、ブンッ

    アヴェス「ち、ちィっ!」バサバサッ

    勇者「――――」フッ、、、

    勇者「司祭さん。魔剣士の具合は?」

    司祭「まずい、解毒<キヨム>がちっとも効かない。このままでは……」

    勇者「…………」

    勇者「――――」

    勇者「魔女さん、全力で炎魔<フォーカ>を放って」

    魔女「普通に放つだけでいいの?」

    勇者「一カ所だけ逃げ道を作って。あの魔物は今飛んでいるから、それ以外の部分はくまなく炎で覆って」

    勇者「普通に魔法を打つだけじゃ逃げられる。追い込んで、そこを潰す」

    魔女「……わかった。任せて?」

    魔剣士「ぐっ……ひぅ、あぁ!?」ゴフッ

    勇者(魔剣士――――!)

    魔女「勇者くん、いいのね!?」

    勇者「やって!」


    443: ◆AYcToR0oTg 2014/12/04(木) 23:34:32.26 ID:OfqihWWh0


    魔女「極炎魔<グラン・フォーカ>!」

      アヴェス「あの女、まだ魔力を残してましたか……!」

    魔女「極炎魔<グラン・フォーカ>。極炎魔<グラン・フォーカ>!」

      アヴェス(バカな。いくつ打つ気だ!)

    魔女「極炎魔<グラン・フォーカ>。極炎魔<グラン・フォーカ>っ」

      アヴェス「くっ……!」

      アヴェス「――――! あそこだけ炎が薄い! あそこにっ」

    勇者「落ちろ。高風魔<エクス・ヒューイ>」

      アヴェス「!?」

      アヴェス「ぐが、あああっ!?」ゴォォ

    魔女(炎を風で吹き飛ばして……)

    アヴェス「ぐフっ」グシャッ

    勇者「右の翼は燃えたね。これでもう空は飛べない」

    アヴェス「この、勇者め! くたばれっ」

    勇者「念のため左の翼も切り落とそうか」ズバッ

    アヴェス「があああッ!?」

    勇者「あの羽の毒。どうすれば解毒できる」

    アヴェス「教えるか、この人間め!」

    勇者「……」ザシュ

    アヴェス「が……はっ」

    勇者「質問じゃない。喋れ、と言っているんだよ、僕は」


    444: ◆AYcToR0oTg 2014/12/04(木) 23:35:39.35 ID:OfqihWWh0


    アヴェス「くく……くっく」

    アヴェス「ははは! 知るかよそんなこと! ぼくの羽は猛毒だ! 七日七晩苦しんで、その後は世界に絶望しながら死ぬだけだ!」

    アヴェス「解毒!? そんなものはない! お前の仲間は死ぬ運命なんだよ!」

    勇者「ならもう君に用はないよ」

    勇者「死ね」

    アヴェス「…………」ニヤリ

    アヴェス(ぼくの体内で羽の毒を凝縮し……これをぶつければ、人間は一瞬で死ぬ!)

    アヴェス「プッ!」ビチャッ

    ブォン

    勇者「…………」

    アヴェス「ちっ……女神の加護……」

    アヴェス「っ!」ゲシッ

    勇者「……」バッ

    アヴェス「くそ、くそ、人間め! ぼくの大切な翼をよくも!」ハァハァ

    アヴェス「今は無様だろうが逃げてやる! 翼を治して、それから今度こそ殺してやる!」

    勇者「誰が逃がすと言った?」ヒュッ

    アヴェス「ひ、ひィ!?」

      魔女「勇者くん、離れて! 極氷魔<グラン・シャーリ>!!」

    アヴェス「あガっ!?」ザスザスザスッ

    アヴェス「あ……っぁ……」

    勇者「――――」


    445: ◆AYcToR0oTg 2014/12/04(木) 23:36:17.57 ID:OfqihWWh0


    副団長「!? 魔物の様子が変わった? 勇者様、やりましたね!」

    騎士12「逃げていく……魔物が逃げていくぞ!」

    副団長「逃げる魔物は深追いするな! ただしこの周辺に残る魔物は一匹も生かしておけない! 複数で囲んで確実に殺すんだ!」

    新米騎士「やった……やった! 僕は勝ちました! 見ていてくれましたか、司祭さん、魔女さん!」

    ワアアア!!


    446: ◆AYcToR0oTg 2014/12/04(木) 23:37:39.05 ID:OfqihWWh0


    勇者「魔剣士、は?」

    魔剣士「けふ……ぃ、ぁ……」ビクッビクッ

    司祭「勇者、まずい! すぐにでも解毒しなければ」

    勇者「共鳴」ブォン

    司祭「そ、そうか、これなら!」ブォン

    司祭「解毒<キヨム>っ!」ポォッ

    魔剣士「ああ………あああァァ!?」ガタッ

    司祭「これでも、ダメなのか?」

    魔女「魔剣士ちゃん……!」

    勇者「――――魔剣士を教会まで連れて行く。神性の高い人が使う解毒<キヨム>なら治せるかもしれない」

    勇者「それでもダメならその人と共鳴をする。解毒できるまで、魔力がなくなるまで僕が解毒<キヨム>をする」

    魔剣士「ぐっ……あぁ……っは……」

    勇者(七日七晩苦しんで、それから死ぬ? そんなこと、絶対にさせない。魔剣士は、僕の……僕は魔剣士だけの……)


    451: ◆AYcToR0oTg 2014/12/05(金) 22:54:26.55 ID:mP42pPYp0


    ――――星が墜ちた後

    大司教「解毒<キヨム>」パァッ

    魔剣士「くっ、あぁ……あああ!?」ビクンッ

    大司教「これでもダメなんですか!?」

    勇者「解毒<キヨム>。解毒<キヨム>。解毒<キヨム>」

    魔剣士「ひぐっ……うあぁ……」

    勇者「解毒<キヨム>。解毒<キヨム>。解毒<キヨム>」

    魔女「ゆ、勇者くん。もうそれ以上は」

    勇者「解毒<キヨム>。解毒<キヨム>!」

    司祭「くっ……何か他の魔法はないのか! ここは魔法の大国だろう!?」

    大司教「――――無理は言わないでください」

    大司教「魔法を懸命に使っていますが……極回復<フィニ・イエル>でも効果が現れません。これでは……」

    司祭「ならどうすればいい!?」

    勇者「司祭さん。怒鳴っても仕方ないよ」

    司祭「仕方ないだと!? よくそんな冷ややかなことが言えたものだな!」ガッ

    魔女「司祭くん!」

    司祭「お前と魔剣士は特別な関係だろう! なのにっ」

    勇者「…………離して。こんな無駄なことをしている暇があったら、一度でも多く解毒<キヨム>をしたい」

    司祭「っ――――」バッ

    司祭「すまない。一番辛いのは勇者だったな。頭に血が上っていた」


    452: ◆AYcToR0oTg 2014/12/05(金) 22:56:32.87 ID:mP42pPYp0


        ◇謁見の間

    東の女王「大変な時に呼び出してすまないな」

    勇者「いえ……」

    東の女王「魔物の羽から採取できた毒を調べているが、複合性の猛毒ということしかわかっていない」

    東の女王「解毒<キヨム>の効かない毒が多すぎるそうだ」

    東の女王「今、国中の薬草をかき集めて、毒を消せる薬効のあるものを探している」

    勇者「ご尽力、ありがとうございます」

    東の女王「礼など言うな。国を救ってくれた恩人にできる、最大限のことをしているだけだ」

    東の女王「だから勇者には、別の線から解毒の方法を探してもらいたい」

    勇者「何かあるんですか?」

    東の女王「勇者は解毒<キヨム>がどのような成り立ちで生まれたか知っているか?」

    勇者「……魔力を帯びた水に解毒作用があった」

    東の女王「そうだ。この近くにある涙の洞には泉があり、その水は魔力を帯びている」

    東の女王「天然の魔石によって作られた洞窟だから、そんなことが起きたらしい」

    勇者「その水さえあれば、ですね」

    東の女王「もちろん、問題はある。洞窟には魔物が出る以前から凶暴な生き物が住んでいる」

    東の女王「何百年も前の勇者を除いて、生きて帰った者はいない」

    東の女王「洞窟は魔石に覆われているせいか、侵入者の魔力を大きく乱してしまう」

    東の女王「この国の兵士は魔法を主体に戦うから、これではお手上げだ」

    勇者「でも、勇者の僕なら……」

    東の女王「確証の薄い方法になる。もともと、解毒<キヨム>はその水――女神の涙を元に編み出されたのだ」

    東の女王「全く意味がない可能性も否定はできない」

    勇者「いえ、行きます。可能性が少しでもあるなら、行かない理由がありません」


    453: ◆AYcToR0oTg 2014/12/05(金) 22:57:44.93 ID:mP42pPYp0


        ◇教会

    司祭「解毒<キヨム>の原型となった水、か」

    勇者「僕はすぐに行く。魔法が使えない洞窟だけど、二人はどうする?」

    司祭「私は行く。魔剣士ほどではないが、勇者の盾くらいにはなれるだろう」

    勇者「魔女さんは? 正直、かなり相性の悪い洞窟になるから、魔剣士を看てもらおうかとも考えてるけど」

    魔女「…………行く。わたしもじっとしてられないもの」

    勇者「ありがとう」

    魔女「お礼なんて言わないで? 水くさいじゃない」

    司祭「そうだな。仲間を助けるためなんだ、感謝されるようなことじゃない」

    勇者「――――うん、わかった」

    司祭「なら準備をしてくるか。魔女、行くぞ」

    魔女「もう、わたしは子供じゃないのよ? 言われなくたってついていくのにな?」

    バタン

    勇者「…………魔剣士」

    魔剣士「っ、ぁ……」

    勇者「行ってくる。すぐに戻るから」

    魔剣士「ュ……ゥ――」

    勇者「必ず助ける。待ってて」










    引用元: 勇者「僕は魔王を殺せない」

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