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    キュゥべえ「ボクを信じてくれ、暁美ほむら」

    3: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/08(月) 23:06:38.33 ID:6QrscVfk0

    第1話「本当の魔法少女になってよ」


    病室――

    ほむら「………」

    目を見開き、毛布を跳ね上げるようにして、身体を起こす。
    もう、何度目だろう、この日に戻って来るのは……。

    見慣れたと言うよりは見飽きた病室。
    私のリスタート地点。

    また……また繰り返してしまった。
    また、まどかを助けられなかった。

    私は悔しさと情けなさ、そして、耳に残る不快な笑い声と無感情な声、
    そして、山のように巨大な魔女へと変貌してしまったまどかを思い出す。

    決戦と時間遡行による魔力の大量消費で濁ったソウルジェムをグリーフシードで浄化すると、
    今度こそ、まどかを助けるために動き出した。



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    4: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/08(月) 23:09:06.19 ID:6QrscVfk0

    向かったのは見滝原の住宅街にある鹿目家。
    ルーチンワークに対する慣れ、だろうか?
    この場への到達時刻は普段よりも30分は早い。

    まだ出逢ってもいない大切な友人の家を見上げる。
    窓から零れた仄かな灯りは、おそらく机に置かれたライトのものだろう。

    ほむら(まだ勉強中か……)

    今まで通りなら、インキュベーターが最初の接触を行って来るハズだ。

    私は魔力を聴覚に集中して、周囲の気配を探る。
    囁き声や話し声など、様々な音が私の耳に入って来る。

    そして、その音が私の耳に届いた。

    ほむら(見付けた……!)

    鹿目家の裏手から感じた気配に、私は音もなく走り出す。


    5: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/08(月) 23:11:21.38 ID:6QrscVfk0

    しかし、そこで繰り広げられていた光景は、今までの私が目にした事のないモノだった。

    QB1「また君か。いい加減に諦めて欲しいよ。
        君に邪魔をされると効率が悪くて仕方ない」

    QB2「これ以上……魔法少女……は、増やさせ、ない……」



    ほむら(な、何なの、これは……)

    目の前にいるのは二匹のインキュベーター。
    一方はいつも通りだが、もう一方は何と言うべきか、酷い有様だ。

    全身は深浅を問わず裂傷だらけ、耳から伸びた触腕の左側がもげてなくなっており、
    右後ろ足は骨が折れたのか腱が切れたのか引きずるようにしている。

    満身創痍、と言うにはやや生易しいほどの損傷具合だ。


    6: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/08(月) 23:16:11.03 ID:6QrscVfk0

    QB1「ワケが分からないよ。
        魔法少女を増やし、エネルギーの回収を行わなければ宇宙は滅んでしまうって言うのに」

    QB2「だからって……彼女達に真実を隠したままで、いるのは……
        アン、フェアじゃないか……」

    ほむら(どう言う事なの……?)

    インキュベーターを追い詰めた結果、二匹以上の生きた個体を同時に目撃した経験は今までもあったが、
    最初から二匹以上がいる場所に居合わせたのは初めてだ。

    しかも、全体で一個の群体とでも言う無個性のインキュベーターが口論をしている?

    信じがたい光景に、私は目を見張る。

    QB1「やれやれ……罹患者と対話しても平行線のようだね。
        そのボロボロの躯体では何もできないだろうと放置する方針だったけど、
        今後、時間的な無駄は少しでも省きたい。
        いい加減、君を処分させてもらうよ」

    QB2「うぅ……」


    7: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/08(月) 23:19:48.96 ID:6QrscVfk0

    インキュベーターの言葉に、傷だらけのインキュベーターが怯んだ瞬間だった。
    私は盾の中からナイフを取り出すと、時間停止を行い、五体満足のインキュベーターの首を切り落とす。

    そして、怯んだままの体勢の満身創痍のインキュベーターに一瞥をくれる。

    ほむら(……何者なの、こいつ……? 罹患者、とか言われていたようだけど)

    私が今後、インキュベーター共にイレギュラーとして扱われるのは、今までのループでの経験上知っているが、
    私からして見れば、この目の前のインキュベーターの方がよっぽどイレギュラーだ。

    ほむら(いつも通り処理すべきか……。
        けどコイツを皮切りにこのループに変化を生じる事だってあり得る……。
        事情を聞いて見るのもいいかもしれない……強制的に、ね)

    そう思い立った私は、インキュベーターの首を押さえつけ、地面に押しつけるようにして動きを封じ、
    鼻先にナイフを突き立てた状態で時間停止を解除し、即座に時間停止を再発動する。


    8: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/08(月) 23:23:46.19 ID:6QrscVfk0

    QB2「う、ぁ……な、何が……」

    ほむら「大人しく質問にだけ答えなさい……目の前のソレと同じ目に合いたいくないならね」

    QB2「……ッ」

    息を飲む音が聞こえ、頭だけで頷くインキュベーター。

    ほむら「インキュベーターにしては聞き分けがいいわね。
        幾つか質問させてもらうわ……、先ず、罹患者とは何?」

    QB2「そ、それはボクの事だ………」

    ほむら「それは分かるわ……意味を教えろと言っているのよ、罹患者」

    罹患者(QB2)「か、感情を生んだインキュベーターの総称だよ……」

    ほむら「感情を生んだインキュベーター……
        そう言えば、お前達は感情は精神疾患の類と言っていたわね」

    なるほど、それで“罹患者”なのか。

    ほむら「今、このやり取りは他のインキュベーターにも筒抜けなのかしら?」


    9: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/08(月) 23:27:47.44 ID:6QrscVfk0

    罹患者「き、君は何を知っているんだい……?」

    ほむら「お前達の知られたくない情報全般よ。黙って質問に答えなさい」

    罹患者「……ボクの情報は、他の個体には転送されていない。
        罹患者の持つ感情データは、他の個体に感情を生む可能性が高い。
        ボクはネットワークリンクから隔絶……いや、排除されている」

    ほむら「そう……じゃあ、お前を通じてインキュベーターに警告するのは無駄と言う事ね……」

    罹患者「君は……ボクを、殺すのかい?」

    ほむら「その予定よ」

    聞きたい情報を聞き出し終えた私は、淡々と答える。
    だが、押さえつける腕の力も、ナイフを持つ手の力も決して緩めはしない。

    罹患者「……君は、ボク達が知られたくない情報を知っていると言ったね?
        それは、魔法少女のシステムに関する事柄もかい?」

    ほむら「知っているわ……。それがどうしたと言うの?」


    10: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/08(月) 23:32:36.69 ID:6QrscVfk0

    罹患者「そうか……そう、なんだ……」

    その時、インキュベーターの声音が不思議と安堵のそれに変わった。
    そして、インキュベーターは再び口を開いた。

    罹患者「君に頼みたい事がある……!」

    ほむら「? 何を考えているの?」

    罹患者「ボクの代わりに、ボク達を……インキュベーターを妨害をして欲しい」

    ほむら「!?」

    驚いた。
    いくら感情を持ち、独立した個体となったインキュベーターとは言え、
    あの徹底した独善的全体主義のインキュベーターがこんな事を言い出すとは……。

    ほむら「何のつもり?」


    11: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/08(月) 23:37:01.66 ID:6QrscVfk0

    罹患者「もう……もう嫌なんだ!
        真実を知らない子達が願いを引き換えに魔法少女にされるのも!
        彼女達が絶望して魔女になるのも! 魔女との戦いで命を落とすのも!」

    ほむら(何なの……このインキュベーター……泣いて、いる!?)

    罹患者「お願いだ!
        全ての、魔法少女を救ってくれとは、言わない……!
        君の目が、届く、範囲で、いい、もう、犠牲者を……出さない……で」

    ボロボロの状態で叫んだせいだろう。
    インキュベーターは次第に絶え絶えになる声を絞り出すように漏らす。

    ほむら「お前に言われるまでもないわ……。
        まどかを、魔法少女になんてさせない」

    罹患者「そうか……良かった……。
        やっと……終わるんだ……ありがとう……」


    12: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/08(月) 23:39:34.47 ID:6QrscVfk0

    ボロボロと涙を零しながら、苦しそうに、
    だが安らいだように呟くインキュベーター。

    ほむら「お前は……」

    その様子に、思わず手の力が緩んでしまう。

    罹患者「………ッ……」

    その瞬間、彼は何かを譫言を漏らしたようだった。
    よく聞き取れないが、人の名前のような響き。

    罹患者「……今……から……そっちに……行く、よ……」

    ほむら(コイツは……インキュベーター……。
        敵……私達の、敵!)

    私は言い聞かせるようにして、ナイフを振り上げた。

    そして――――


    13: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/08(月) 23:42:38.03 ID:6QrscVfk0

    数時間後、暁美ほむら宅――

    ほむら「ハァ……」

    深いため息が漏れる。
    私は何をしているんだろう。

    目の前のソファの上には、眠りについたインキュベーターが一匹。
    全身の傷は完治し、安らかな寝息すら立てている。

    治療したのは私。
    慣れない他者への治癒魔法、それも瀕死に近い重傷を治療したお陰で、
    多量のストックがあるとは言え、グリーフシードを一個使い切ってしまった。

    何という無駄使いだろう。

    ほむら「ハァ……」

    帰宅してから、何度目のため息だろう。

    自分でも、何故、コイツを連れ帰ったのか分からない。
    ただ、あのままにはしておけない、そんな気がしてしまったのだ。


    14: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/08(月) 23:44:32.72 ID:6QrscVfk0

    ほむら(何故……? こいつは、インキュベーターなのに)

    目の前にいるのは、宇宙のためと言う大層なお題目を掲げ、地球を食い物にする悪魔のような生物だ。
    なのに、何故、私は彼を連れ帰ってしまったのだろうか?

    ほむら(傷の治療までして……)

    自分で自分のやっている事が理解できない。
    心労のあまり、分裂症でも患っているのだろうか?

    ほむら「ハァ……」

    最早、回数を数える気にもなれないため息を吐いた瞬間だった。

    罹患者「ん……うぅ……こ、ここは……」

    彼が身じろぎと共に目を覚ました。
    私は反射的に変身すると、彼に向けて銃口を突き付けていた。


    15: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/08(月) 23:46:47.88 ID:6QrscVfk0

    罹患者「ッ!? き、君は……さっきの!? ここは!? 
        傷が治ってる!? 君が、治療してくれたのかい?」

    ほむら「自分が置かれた状況を理解できていないの?」

    私だって、自分のちぐはぐな行動が理解できない。

    ほむら「……ここは私の家、お前の傷は私が治療したわ」

    罹患者「君は、ボク達を恨んでいるようだったけど、何故、そんな事を?」

    ほむら「……………お前から情報を引き出すためよ」

    彼から情報を……そう、感情を得た経緯を聞き出せば、今後の対策に役立つハズだ。
    そうだ、そうに違いない。

    私は自分に言い聞かせるように心中で独りごちる。

    罹患者「じょう……ほう……?」

    ほむら「お前が感情を得た経緯を話しなさい」

    罹患者「そ、それは……」

    ほむら「状況を理解しなさい、と言ったハズよ。
        そうね……随分と重い物を背負っているようだし、
        死ぬ前に懺悔の時間を与えてやってもいいわ」

    言いよどむ彼に銃口を突き付けながら、私は努めて酷薄に言葉を紡いだ。


    16: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/08(月) 23:48:32.02 ID:6QrscVfk0

    罹患者「懺悔……か。
        ボクらの星に信仰や宗教なんてものは存在しないけど、
        人間はそうやって免罪を得るらしいね」

    ほむら「さすがインキュベーター……下等な地球人の文化はお気に召さない?」

    罹患者「ゴメン……こんな言い方しか知らないんだ……」

    彼は項垂れるが、目元以外の表情は変わらないため、詳しく感情を読み取る事は出来ない。
    だが、先ほどまで緊張したように張っていた触腕が力なく垂れている様は、
    表情に代わって雄弁に彼の感情を表しているようだった。

    ほむら「そうね……お前らはそうやって地球人を見下していたから、
        そんな話し方しか出来ないわよね」

    罹患者「………ゴメン……。
        でも、君達は懺悔する事で心が軽くなるんだよね……。
        それなら、聞いてくれるかい?
        ボクの過去を……」

    ほむら「最初からそう言っているわ……。
        早く言いなさい」

    罹患者「……もう、20年ほど前になるよ……」

    彼が語り出したのを確認すると、私はゆっくりと銃口を下ろしていた。


    17: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/08(月) 23:50:05.48 ID:6QrscVfk0

    罹患者「地球に派遣されたばかりのボクは、日本首都圏地域を担当していた。
        そこで、ある五人の少女に出逢った。仲の良い友人同士だったよ」

    ほむら(……五人、か)

    彼の言葉を聞きながら、脳裏にまどか達の顔が過ぎる。

    罹患者「まだ感情を知らなかったボクは、魔法少女の素質を持つ五人の少女に契約を持ちかけた。
        最初の一人が願いを叶え、次々に契約は成功し、残すは最後の一人になった。
        彼女達の中で、最も魔法少女の素質に優れた、誰よりも優しい子だった……」

    そんな所まで、私達と一緒か。
    しかし、何度もループを続けた中でいがみ合い、
    利用し合うような関係しか築けなかった私を比べると、皮肉なものだ。

    罹患者「本当に仲の良い五人だった。
        でも、彼女達に破滅が訪れた。ある事故から、ソウルジェムの仕組みがバレた」

    懐かしそうに語る彼の声が、徐々に強張って行く。

    罹患者「ボクはマニュアルに従い、彼女達にソウルジェムの仕組みを話した。
        そうする事で絶望させ、魔女化を加速させるために」

    強張った声が、苦しそうなものへと変わって行く。

    罹患者「そうして、ついに……一人が魔女に変わった。
        魔女化した友人を前に、一人が倒れ、
        そうしてもう一人が全ての魔力を暴走させ、魔女もろとも自爆した」


    18: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/08(月) 23:51:01.03 ID:6QrscVfk0

    罹患者「二人の魔法少女を失ったのは計算外の事態ではあったけど、
        その時のボクにとっては、まだ契約前の彼女が無事であった事だけが重要事項だった」

    ほむら(他人事とは思えなくなって来たわ……)

    罹患者「けど、残ったもう一人の魔法少女は友人達の死に耐えきれず、魔女になった。
        ボクは彼女に、助けられるのは君だけだ、と契約を迫った。
        インキュベーターとしては当然の事で、その時のボクには罪悪感なんてなかった……。
        我ながら、吐き気がするよ……」

    その声音に混ざるのは、苦しみも哀しみも通り越す自嘲。

    ほむら(コイツは……)

    罹患者「そして、彼女は願った。
        “あなたに、誰よりも強い感受性を”とね。
        契約後、すぐ、彼女は魔女化した親友を、自分のソウルジェムごと射抜いた。
        その時ボクは初めて思った“あ、コレはマズかったな”って。
        そして、ボクの……地獄が始まった」


    19: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/08(月) 23:52:09.48 ID:6QrscVfk0

    罹患者「最初は些細な現象や物事に対してまで思考が働く程度だった。
        けど、それは段々とハッキリしたものとなって行き、
        ボクはいつしか、彼女達に罪悪感を抱くようになっていた」

    ほむら「………」

    罹患者「思い出したのは出逢ったばかりの頃の五人の笑顔だった。
        願いが叶えられると知って、手を取り合って喜び合うあの子達から、
        ボクは笑顔を奪った……彼女達の希望を、絶望に叩き落とした……」

    語りながら、ついに彼は涙を流し始めた。
    身体を小刻みに震わせ、嗚咽を漏らす。

    罹患者「これはきっと、彼女の復讐だったんだ………。
        そして、あんなに優しかった彼女の願いを、
        復讐にまで歪ませたのはボクなんだ……うっ、うぅぅ……」


    20: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/08(月) 23:53:03.14 ID:6QrscVfk0

    ほむら「………」

    罹患者「罪悪感にかられたボクは、魔法少女の契約を取り付ける事が出来なくなり、
        感情発生による精神疾患罹患者として断定され、リンクから外され、処理される事が決定した。
        ボクは……恐怖のあまり逃げ出してしまった」

    無言のままの私の態度を催促と取ったのだろう。
    彼は震える声でさらに続ける。

    罹患者「それから十年以上……ボクは逃げ続けた。
        同族から身を隠し、罪悪に苛まれながらボクは贖罪の方法を考え続けた。

        何年か前に、罪滅ぼしのために、通りがかりに交通事故にあった子を契約の願いで助けたけど、
        結局、いつか魔女になるかもしれない女の子を増やしただけだったんだ……!」

    ほむら(事故……か……)

    罹患者「もう、魔法少女を増やしたくない……だから、ボクはボク達の邪魔をする事にした。
        けど、結局、誰一人として守れやしない……ボロボロになって、追い掛けられて……。
        ボクは、何度も何度も、逃げる事しか出来なくて……」

    ほむら「そう……」

    私は嗚咽混じりの彼の言葉を遮るようにして、ため息混じりに短い言葉を吐き出した。


    21: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/08(月) 23:54:07.40 ID:6QrscVfk0

    ほむら「要は、お前の感情は願いで生まれた、と言う事ね」

    私は都合の悪い事を無視するように、努めて淡々と感想を述べる。

    ほむら「リンクから外された理由は?」

    罹患者「………精神疾患を、他のインキュベーターにまで波及させないためだよ。
        ただ、感受性が生まれてから半月はリンクの中にいたよ……」

    ほむら「なるほど、感情のあるハズのないインキュベーターが、
        それなりに感受性を理解しているのはそう言う事なのね……」

    私は彼から視線を外したまま、ただ淡々と呟く。

    嗚咽はまだ続いており、私が視線を外している事に気付くと、彼はさらに咽ぶ。

    彼の懺悔は、終わったのだろうか?

    ほむら「………現状を打破できるほど有力な情報はないわね」

    私はそう言いながら、自分に××感を抱いていた。

    視線を戻すと、彼は泣いており、その姿に私は××にも似た×××を禁じ得なかった。


    22: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/08(月) 23:55:06.42 ID:6QrscVfk0

    湧いて来そうな感情を、私は小さく頭を振って押し殺し、口を開く。

    ほむら「………お前の懺悔ついでに、面白い話を聞かせてあげるわ」

    罹患者「……な、何だい?」

    ほむら「………お前達に運命を狂わされた、ある愚か者の話よ」

    私はただただ淡々と言葉を紡ぐ。

    好都合にもコイツには感情があるのだ。
    たっぷりと聞かせてやろう。

    お前の同族に全てを狂わされたまどか達と、私のこれまでを。

    ほむら「ある所に……一人の病弱な少女がいたわ……」

    私は、まるで他人事のように語り出した。
    かつて、佐倉杏子がした自分語りのように、まるで第三者の事を語るように。


    23: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/08(月) 23:56:51.47 ID:6QrscVfk0

    数十分後――

    ほむら「………これが、今までの私の辿った道よ」

    罹患者「うぅ……うぅぅ……」

    長い話を終えると、彼の咽び泣きがより一層に激しいものとなった。

    ほむら「………泣いているのね」

    罹患者「ゴメン……ゴメンよぅ……」

    咽び泣きながら、私に赦しを請うて来るインキュベーター。

    やはり、私は杏子のような語り口は苦手らしい。
    名前は全て伏せて来たつもりだったが、
    その中心にいるのが私と言う事には気付いたようだ。

    まあ、時間遡行のような特殊な能力を挙げたのだから、
    全て語る事が出来るのは当事者以外にあり得ない。
    気付かれて当然と言えば当然だろう。


    24: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/08(月) 23:58:02.60 ID:6QrscVfk0

    ほむら「こんな三流SFを信じるなんて、随分とお人好しね、お前は」

    私は自嘲気味に呟いた。

    だが――

    罹患者「君が……泣いて、いる、から」

    しゃくり上げながらの彼の言葉に、私は慌てて目元を拭った。
    そこには涙ぐんでいる程度では済まされない量の涙が溢れていた。

    滂沱と言うほどではないが、頬を伝ってこぼれ落ちるほどだ。

    真剣に語る内に気付かずに流していたのかと思うと、羞恥心がこみ上げる。

    罹患者「……君は、優しいね」

    ほむら「な、何を言うの」

    彼に言葉を返した時、自分の声が震えていた事にようやく気付いた。


    25: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/08(月) 23:58:42.58 ID:6QrscVfk0

    ほむら「私はお前を殺そうとまでして……!」

    罹患者「だって……君は、ずっと……ボクの話を聞いていてくれた時から、
        泣いていて、くれたじゃないか………」

    ほむら「っ!?」

    そんな前から私は泣いていたのか!?

    確かに、彼の話にまどか達の事を思い浮かべたのは確かだし、
    途中から感情を押し殺すよう、意図的に高圧的な素振りをしていたのも認めよう。

    だけど、まさか自分が泣いている事に気付かなかったなんて、何たる失態だろう。

    罹患者「ありがとう……彼女たちのためにまで、泣いてくれて……」

    彼はそこまで言った時、また声を上げて泣き出した。
    嗚咽と言うには大きな泣き声が、部屋に響く。


    26: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/08(月) 23:59:54.47 ID:6QrscVfk0

    ほむら「………」

    ソファから立ち上がり、彼を見下ろす。

    まどかを魔法少女に仕立て上げ、私をこのループの中に叩き込むキッカケを作った憎きインキュベーター。

    だが、目の前の彼はそんな者達と違い、ずっとずっと小さく見えた。

    感情が生まれてから20年と言う歳月、たった一人で罪悪感に苛まれて生きて、
    誰にも頼らず、戦い続けて来た。

    全身を切り裂かれ、足を折られ、耳の触腕をもがれ、かつての仲間さえ敵に回して、
    死と絶望の恐怖の中を、名も知らぬ誰かを犠牲にしないよう、たった一人で……ずっと……。

    そう思い至った瞬間、心の中でパズルのピースが嵌るかのように、
    私はある事に気付いていた。

    ほむら(ああ……そうか……)

    そうだったんだ。

    ほむら(彼は……私だ……)


    27: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/09(火) 00:01:30.87 ID:UNUCMhhk0

    魔法少女になって、まどかや友人達のために時間遡行を始め、
    ついには回りを拒絶して一人きりになって、たった一つの願いのために他の全てを切り捨てた。

    ほむら「……っ」

    そう、彼は、今の私になる前の、かつての私だったんだ。
    まだ、全てを救おうとしていた頃の……。

    ほむら「……ぅぅ……」

    そんな彼に辛辣な言葉を投げかける自分に、我知らずに“嫌悪”感を抱き、
    “同情”にも似た“哀しみ”を禁じ得なかった。

    ほむら「……あぁぅ……」

    私は、かつての私が見せる純粋さを見せつけられ、悔恨の涙を流していたんだ。

    ほむら「ぁうぁぁ……あぁぅ……」

    何で私は、こんな所まで堕ちてしまっていたのだろう、と。

    ほむら「うぅぅ、うあぁぁぁ………っ」

    気付かぬ内に、私は彼を抱きすくめるようにして、嗚咽を漏らしていた。

    二つの嗚咽は重なって、響き続けた。


    28: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/09(火) 00:02:26.00 ID:UNUCMhhk0

    一時間後――

    ほむら「…………」

    罹患者「…………」

    ほむら(き、気まずい、わ)

    私は後悔と羞恥と、久方ぶりに人前で泣いた開放感とでごちゃ混ぜになった頭で、
    訪れた沈黙を相手にじっと耐え続ける。

    本当に気まずい。
    何とかして別の話題を切り出して、場の空気をリセットしなければ……。

    しかし、シンパシーを覚えたとは言え、彼はインキュベーターであり、
    共通の話題なんて、魔法少女や魔女の事しかない。

    罹患者「………」

    彼もそこは分かっているのだろう、気まずそうに沈黙を保っている。


    29: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/09(火) 00:03:07.89 ID:UNUCMhhk0

    仕方ない、ここは外的要因に頼る他ないだろう。

    ほむら「コーヒー……飲む?」

    罹患者「あ、ありがとう。
        あ、……砂糖三つと、その……ミルクも、いいかな?」

    立ち上がってキッチンに向かう私の背中に、彼は戸惑い気味に注文して来る。
    意外に図々しいようだが、インターバルは一秒でも長い方がこちらも気が楽だ。

    キッチンでインスタントコーヒーを作りながら、私は小さく深呼吸する。

    お互い様とは言え、無様な所を見せてしまった。
    ここは平静を取り戻して、イニシアチブを取り返すべきだ。

    そんな事を考えながらコーヒーの準備を終えた私は、二人分のマグカップを持ってリビングに戻った。


    30: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/09(火) 00:03:46.78 ID:UNUCMhhk0

    罹患者「ありがとう、えっと……」

    礼の後に言いよどむ彼を見て、自分が自己紹介を終えていなかった事を思い出す。

    ほむら「ほむら……暁美ほむらよ」

    罹患者「ありがとう、ほむら」

    彼は嬉しそうに目を細める。
    本来、感情のないインキュベーターにとって瞼の開閉は思考の一端を表す重要なファクターだ。

    見慣れない仕草だが、微笑んでいるのだろう。

    彼は二つの触腕を使って器用にマグカップを支える。

    罹患者「あと、治療もありがとう。
        やっぱり両方ないと不便で不便で」

    言いながらコーヒーを啜る。
    一応、飲み頃の温度に冷ましてあるので問題はないだろう。


    31: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/09(火) 00:04:46.93 ID:UNUCMhhk0

    ほむら「………毒が入っているかも、とかは考えないの?」

    罹患者「ほむらは、そんな器用なタイプには見えないよ。
        それに、カップを渡してくれた時の表情も、とても穏やかだった」

    ほむら「ッ!?」

    冷静に他人の表情を窺って、図星をついて来る。
    やはり、コイツもインキュベーターだ。

    さっきの涙を返して欲しい。
    もうずっと、恥のかきっぱなしだ。

    まったく、こんな心情ではソウルジェムも……とても穏やかに輝いている。

    ほむら「………はぁぁ」

    罹患者「ん?」

    ため息を漏らす私に、彼は怪訝そうに首を傾げた。


    32: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/09(火) 00:05:50.21 ID:UNUCMhhk0

    だが――

    罹患者「…………話すべきかどうか、少し迷ったんだけど」

    彼が神妙に切り出した言葉に、今度は私が怪訝そうな表情を浮かべる番だった。

    罹患者「えっと……ほむらの友達の、君が守ろうとしている女の子だけど、
        最初はワルプルギスの夜には敵わなかったんだよね?」

    ほむら「? ええ……そうよ。一人で立ち向かった彼女は、ワルプルギスの夜に敗北したわ」

    私はかつての光景を思い出し、悔しさの入り交じった声で漏らす。

    罹患者「そして、何度目かのループで彼女はワルプルギスの夜を退け、
        前回はついに、一撃でワルプルギスの夜を消し飛ばした」

    彼は情報を整理するように言い、さらに続ける。

    罹患者「マズいよほむら。彼女には因果の収束現象が起きている」

    ほむら「因果の収束?」

    聞き慣れない言葉に、私は訝しげに顔をしかめた。


    33: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/09(火) 00:06:45.96 ID:UNUCMhhk0

    罹患者「ボク達が魔法少女に選ぶ基準は、感情エネルギーを生み出す大きさの他に、
        大きな因果律を背負っているかどうかが重要なファクターなんだ。

        例えば、一国の女王や革命に大きく関わる事になる少女、
        他にも言動一つが周囲の人間に大きく影響を与えるような子だ。

        ただ、君の話を聞いていると彼女は……その、えっと………、
        言いづらいけど、凄く平凡な子だ。魔法少女としての資質も並程度にしかならない」

    ほむら「つまり、どう言う事?」

    罹患者「これも、言いづらいんだけど………。
        …………ああ、もう! とにかくストレートに言うよ?」

    ほむら「え、ええ、構わないわ」

    業を煮やしたかのような彼の態度に、私は驚きながらも頷く。
    このまま曖昧な言い方を模索される度に躓かれては、時間が勿体ない。


    34: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/09(火) 00:07:56.49 ID:UNUCMhhk0

    罹患者「君が彼女を助けるために、つまり、彼女をあらゆる事象の中心に据え、
        幾度となく時間遡行を繰り返した事で、本来、交わる事のない並行世界の因果が、
        現在、君が存在している世界の彼女へと絡みついてしまっているんだ」

    ほむら「な、そ、それは!?」

    彼の言葉に、私は息を飲む。

    事象や並行世界、因果などと言う分野の門外漢である私でも、
    そこまで言われれば大体の察しはつく。

    罹患者「君が時間遡行をすればするほど、彼女はより強力な魔法少女になり、
        かつ、彼女が生み出す希望から絶望への相転移エネルギーは絶大な物になる。

        それこそ、彼女一人で宇宙創造に匹敵するほどの莫大なエネルギーが得られるだろう」

    言いながらその事実に気付いたのか、昂奮と驚愕の入り交じった声で彼は言った。


    35: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/09(火) 00:09:18.75 ID:UNUCMhhk0

    罹患者「しかも、一撃であのワルプルギスの夜を破壊する力……。

        いくら魔力で身体を強化していても、結局は人間の身体だ。
        おそらく、彼女が魔力を使い果たしたのは、その反動に負けた身体を無意識に自己修復したせいだろう。

        身体を木っ端微塵にするほどの魔力の反動を自己修復すれば、
        魔力同士の反発作用が起こって、消費される魔力は指数関数的に増えて行くハズだ。

        おそらく、彼女が次に契約しようものなら、
        何もしない内に身体が崩壊してしまう可能性だって考えられるよ……」

    彼は恐怖に震えながら、申し訳なさそうに此方を窺って来る。

    ほむら「じゃあ、私は……私がまどかを救うために行って来た事は……」

    私はワナワナと震えながら、自らの手を見つめる。

    この手でまどかを救おうと走り続けて来た事は、全部、まどかを苦しめる行為だったのか?
    まどかを最強の魔法少女にして、インキュベーターの狙いをより苛烈させていたのは自分だったのか?
    かつて、美国織莉子に狙われる事になったのも、私のせい?

    そう思考が至った瞬間、急速にソウルジェムが濁り出すのを感じた。

    だが――


    36: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/09(火) 00:10:55.10 ID:UNUCMhhk0

    罹患者「違うよ! ほむらの責任じゃない!」

    彼が声を張り上げて、私の思考を遮った。

    驚いて顔を上げると、真っ赤な瞳がこちらを見ていた。

    罹患者「君はまどかを救おうとしているんだろう?
        悪いのは……根本的な原因は魔法少女を使ったシステムだ!」

    ほむら「……お前は……」

    罹患者「彼女を守ろう。
        絶対に彼女を魔法少女に……いや、魔女にしちゃダメだ!」

    困惑する私に、彼は力強く語りかける。

    罹患者「彼女から感情相転移エネルギーを回収すれば、
        地球での回収ノルマは達成してしまうかもしれない。
        けど、逆に彼女を守りきれば、計画は大きく遅延できるハズだ。
        
        いや、それどころか彼女を完璧に守りきる事が出来れば、
        彼女に注力する分、他の魔法少女候補者への目を逸らす事だって出来る。

        そして、この非人道的なシステムのままでは非効率的だと分かれば、
        本星が計画の見直しを図る可能性だって……」


    37: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/09(火) 00:12:27.32 ID:UNUCMhhk0

    ほむら「でも……前回も、その前も、ワルプルギスの夜まで彼女を守り抜いても、
        インキュベーターは戦いのスキをついて、まどかに契約を迫る……。

        とても、私一人で守りきるなんて………」

    罹患者「何を言っているんだい、ほむら?
        君には協力者がいるじゃないか」

    彼はマグカップを置くと、困惑する私の目前へと大きく跳躍した。

    罹患者「ここにいるじゃないか。
        今まで君を欺き、陥れて来たインキュベーターの同類が。

        君に共感し、君と同じ目的を持ったボクが。

        ボクが、君を助けるよ」

    ほむら「………私を、助ける……?」

    罹患者「ああ、そうさ。
        ボクを信じてくれ、暁美ほむら。 そして………」





    「地球を守る、本当の魔法少女になってよ」


    62: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/10(水) 22:27:48.39 ID:ifMyUBez0

    第2話「また君に逢えるなんて」


    暁美ほむら宅――

    結局、私は彼の申し出を受ける事にした。

    罹患者「これはインチキへの反乱だよ。頑張ろう、ほむら!」

    私の承諾に興奮気味にいきり立つ彼は、耳の触腕を何度も上下させる。
    彼が本当にインキュベーターなのか、疑わしくなるほどの昂奮ぶりだ。

    しかし、協定……いや、仲間になる以上、先に済ませておかなくてはならない事がある。

    ほむら「お前、名前は何と言うの? 私だけ名乗るのはフェアじゃないわ」

    気圧され気味と言うよりは、やや呆れの入り交じった声で私は尋ねる。
    昂奮して自己紹介を忘れるなんて、何というか、これもインキュベーターらしからない。


    63: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/10(水) 22:28:39.97 ID:ifMyUBez0

    罹患者「ボクの固有識別名かい? そんなものないよ」

    ほむら「ない?」

    あっけらかんと応える彼に、私は愕然とする。

    罹患者「ボク達インキュベーターは、全体で一つの個体と言っても良い生物だからね。
        今のボクはネットワークリンクから排除されてしまっているけど、
        本来はボクはボク達であり、ボク達はボクなんだ。

        かつてのボク達には固有識別名……君たちで言う名前の文化があったけど、
        現在のようなメンタルに至る進化の過程で、廃れていってしまったんだ」

    ほむら「そ、そうなの……ね」

    私は呆然としながらも頷いて応える。

    地球人とはメンタリティに差があると思っていたが、
    確かに、言われて見れば納得だ。

    名前と言うのは個々を識別するためのもので、
    統一された意思を持つインキュベーターには必要のない物なのだろう。

    それこそ、必要ならば数列や記号を使えば済む話だ。


    64: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/10(水) 22:29:20.80 ID:ifMyUBez0

    ほむら「ん~……」

    となると、これからも彼の事を“お前”や“あなた”と呼ばなければならないのか。
    そうなると咄嗟の時に困るのだが………。

    罹患者「やっぱり名前がないと困るかい?」

    私の悩みを知ってか知らずか、首を傾げて尋ねて来る彼。

    ほむら「実際、困るわ」

    罹患者「なら、君に名付けてもらえばいいよ」

    ほむら「いいのかしら? 自分を自分たらしめる物だと言うのに……」

    いや、彼らにはそんな文化自体が廃れて久しいのだ。
    いくら感情があるとは言え、そこまでの意識はないだろう。


    65: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/10(水) 22:30:10.89 ID:ifMyUBez0

    罹患者「いいよ。君とボクは協力関係だ。
        それなら、君が呼び易い名前で呼んでくれたら」

    全幅の信頼を寄せてくれる彼の言に、私はすっかり反論する気概を失っていた。

    まあ、悪い気分ではない。

    しかし、名前か。

    ほむら「ん~……」

    先ほどと同じように小さく唸りながら、私は彼の全身を見る。

    色や見た目で名前をつけるのは定番だが、生憎と入院生活が長かった私はペットを飼った経験もないし、
    かと言って、買ってもらったぬいぐるみに愛称をつけるほどメルヘンチックな性格でもなかった。

    ハッキリ言って、ネーミングセンスには自信がない。

    まあ、師匠が師匠だから、妙に凝った名前を付けそうな自分が怖い。
    イタリア語とか。


    66: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/10(水) 22:30:40.67 ID:ifMyUBez0

    ??「へっくち!?」

    ??「………もう一枚、上着を着てくれば良かったかしら?」

    ??「………それとも風邪、かしら?」


    67: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/10(水) 22:31:18.46 ID:ifMyUBez0

    ほむら「………う~ん……」

    罹患者「そんなに悩むものなのかい?」

    ほむら「悩みもするわよ………」

    彼の質問に答えながら、私はまた唸る。

    出来るだけシンプルで、かつ親しみ易いような………。

    罹患者「?」

    ああ……いや、しかし、この顔を見ていると、一つしか名前が思い浮かばない。
    自分のネーミングセンスの無さに妙な敗北感さえ覚える。

    だが、しかし、彼は全幅の信頼を寄せてくれているのだ。
    ここは一つ、自分のインスピレーション……いや、この名前を信じよう。

    ほむら「きゅ……キュゥべえ……で、どうかしら?」


    68: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/10(水) 22:31:54.53 ID:ifMyUBez0

    罹患者「…………ッ!」

    噴き出した。
    今、噴き出した。
    絶対に噴き出した。

    罹患者「そ、そうか……きゅ、キュゥべえか。
        う、うん、インキュベーターと言う名前に対して韻を踏んだ、じ、実に愛らしい名前だね」

    ほむら「………」

    こっちを向きなさい。
    何故、顔を背けて肩を震わせているの?

    後学のために、インキュベーターが爆笑している顔を拝んでやろうじゃないか。
    ついでにデジカメと携帯電話で撮影してやろう。

    どうせ、表情なんて目元以外は変わってないでしょうけどね。


    69: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/10(水) 22:32:57.56 ID:ifMyUBez0

    キュゥべえ(Qべえ)「アハハハッ、実に愛らしい名前だね。そうか、きゅ、キュゥべえか」

    全身を背けながらも、もう笑い声を隠そうともしない。

    名前を付ける文化のないインキュベーターにとっても、この名前はおかしいのか。
    ヤツらに出逢った当時の私は可愛らしいとさえ思っていたが、このネーミングセンスはやっぱりおかしいのか。

    ループを続けたお陰で、ネーミングに対する感性が人並みになった事を、今は誇ろう。
    そして、素晴らしい事実を彼に突き付けてやろう。

    ほむら「この名前は、インキュベーターが名乗っている名前よ」

    Qべえ「………………………………へ?」

    ギギギッと、油の切れた機械の駆動音がしそうなぎこちなさでキュゥべえは振り返った。

    Qべえ「………ホントウカイ?」

    ほむら「ええ、私が初めて出会ったインキュベーターが、自分からそう名乗ったのよ」


    70: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/10(水) 22:33:27.23 ID:ifMyUBez0

    Qべえ「……ボクがリンクの中にいた頃は、そんな名前はつかっていなかったんだけどな……。
        魔法少女の誰かが付けてくれたのかな……アハハハ……。

        そうか、感情がないと、この名前も受け入れられるんだね」

    キュゥべえは力なく笑う。

    そうか、インキュベーターがキュゥべえを名乗り始めたのは、この20年の間と言う事か。
    確かに、孵卵器を意味するインキュベーターと言う名前では、察しの良い人物なら真相に近付く可能性もある。

    彼らは偽装名として、魔法少女の誰かから与えられた愛称を全体で使い始めたのだ。
    少しとぼけたような名前ならば、誰もが警戒心を解くと知って………。

    しかし、きっと名前も知らない偉大な先輩……ありがとうございます。
    あなたのお陰で、暁美ほむらはいらない恥をかきました。


    71: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/10(水) 22:33:56.77 ID:ifMyUBez0

    ??「へっくちっ!?」

    ??「………う~ん、もしかして、本当に風邪……?
       今晩はここまでにして、切り上げた方が良いかしら……」

    ??「コンビニで栄養ドリンクを買って帰りましょう……
       風邪薬の買い置き、まだあったかしら……」


    72: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/10(水) 22:34:37.40 ID:ifMyUBez0

    Qべえ「キュゥべえ……そうか、キュゥべえか………」

    キュゥべえはショックを受けているのか、項垂れている。

    まあ、私だって考え無しにこの名前を選んだワケではない。
    その理由も話すとしよう。

    ほむら「私は、インキュベーターと一対一で話す時に、この名前は使わないわ。
        インキュベーターに騙されていた事を知ってから、ずっと」

    神妙に語り出した私に、キュゥべえは呆然としながらも顔を上げる。

    ほむら「キュゥべえと言う名前は、私がまだインキュベーターを信頼していた頃に呼んでいた。
        だから、私はお前を信頼しているつもりよ、キュゥべえ」

    Qべえ「ほむら………」

    語り終えた私に、キュゥべえは感極まったかのような声を上げる。
    多少、思いつきの部分はあるが、最後に関してはウソは言っていないつもりだ。

    Qべえ「……ありがとう」

    キュゥべえはようやく気を取り直し、少し恥ずかしそうに頭を垂れた。


    73: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/10(水) 22:35:08.47 ID:ifMyUBez0

    翌日の夜、公園――

    ループの中で幾度か足を踏み入れた噴水公園に、私はこのループの中で“初めて”足を踏み入れた。
    本当に初めて足を踏み入れたのは、興味半分と魔法少女体験でまどかや巴マミの魔女退治に同行した時だったか。

    Qべえ「ここに君の先輩がいるんだね」

    ほむら「ええ。普段のループ通りなら今日はこの辺りを探索しているハズだわ」

    肩に乗せているキュゥべえの質問に、私は頷いて答える。

    今日の目的は巴マミ……いや、巴さんを仲間に引き入れる事にある。
    可能な限り、魔法少女と魔女の秘密に触れないよう、
    インキュベーターが地球人を利用している事を彼女に伝え、協力を願い出る。

    しかし、彼女はインキュベーターに対して親愛に近い情を持っている。
    説得は容易ではないだろう。

    そのために、今日は彼がその橋渡し役となってくれる手筈だ。
    もっとも、橋渡し役にだけ任せるワケにもいかないのだが……。


    74: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/10(水) 22:36:09.17 ID:ifMyUBez0

    ほむら「………いたわ」

    噴水公園の中央広場に差し掛かった辺りで、私はその姿を見付けた。

    綺麗に手入れされ、柔らかく巻かれた金髪が特徴的な穏やかな仕草の少女。
    間違いなく巴さんだ。

    普段の、いや、まどか以外の全てを切り捨てていた私なら、
    呼び捨てにして高圧的に話しかけていただろうが、今回は違う。

    ほむら「巴……マミさん、ですね?」

    初めてではないが、今は初対面の相手に丁寧に呼びかける。

    マミ「? キュゥべえ……と言う事は、あなたも魔法少女なのね」

    警戒気味に振り返った巴さんだったが、私の肩に乗ったキュゥべえを見付けると、
    途端に警戒心を解いて穏やかな表情を浮かべた。

    久しぶりの友好的な接触だ。
    だが――


    75: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/10(水) 22:36:40.25 ID:ifMyUBez0

    Qべえ「……ともえ、まみ……マミ……?」

    安堵する私の肩で、キュゥべえが身体を震わせていた。

    ほむら「キュゥべえ?」

    怪訝そうに声をかけた私が言い終わらない内に、キュゥべえは巴さんに向かって跳んでいた。

    Qべえ「マミ……マミぃぃ!」

    マミ「あらあら、どうしたの?」

    飛びついて来たキュゥべえを優しく抱き留めながら、巴さんは少し困ったような声を上げていた。

    Qべえ「いき、生きて……生きてたんだね、マミ!?
        良かった……良かった……うぇ、良かったよぉぉ、うわぁぁん!」

    巴さんの胸に顔をうずめて泣きじゃくるキュゥべえ。

    いや、しかし、何だ……微笑ましい光景なのだが、
    それは、こう……何とも較差を感じられずにはいられない。
    ソウルジェムが濁りそうだ。


    76: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/10(水) 22:37:14.51 ID:ifMyUBez0

    Qべえ「マミぃ、マミぃぃ」

    マミ「もう、どうしたの、キュゥべえ?
       男の子がそんなに泣いたら恥ずかしいわよ?」

    巴さんは言いながら、泣きじゃくるキュゥべえをあやすように優しく撫でる。

    ほむら(……キュゥべえのあの態度、それに……そうか、数年前、事故で助けた魔法少女。
        聞き覚えのあるエピソードだとは思っていけど、そう言う事なのね)

    私は心中で納得しながら頷く。
    どうやら、罪悪感に苛まれての逃避行の中、彼が助けた魔法少女と言うのは巴さんのようだ。

    しかし、何で今の今まで気付かなかったのか……。

    ほむら「あ゜……」

    そこで私も気付いた。
    自分の事を語る際に、全員の名前をぼかして語っていたのだ。

    まどかの事は彼女、美樹さやかの事は彼女の親友、佐倉杏子の事は隣町の魔法少女、
    そして、今、目の前にいる巴さんの事は先輩、と。
    特に会話に不自由がなかったので教えていなかった。

    ほむら(失敗したわ………)

    私は心中で頭を抱えた。


    77: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/10(水) 22:37:52.51 ID:ifMyUBez0

    マミ「いつもは素っ気ないのに、今日に限ってどうしたの?」

    Qべえ「うぅ、えぇ、マミぃ~……えぐ、うぐ」

    困ったような嬉しそうな声で尋ねる巴さんに、キュゥべえはしゃくり上げながら応える。

    このままでは埒があかない。

    ほむら「その子は、あなたと契約したキュゥべえです。巴さん」

    私は呆れたような声音を極力押し殺して言った。

    マミ「私と契約したキュゥべえ?」

    彼女にとってはワケの分からない言葉だろう。
    キョトンとした表情で首を傾げるのも当然だ。

    さて、どこから話をするべきか。

    頼りにしている相棒がこの有様では、強制的に私の出番なのだが。


    78: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/10(水) 22:38:33.90 ID:ifMyUBez0

    しかし、説明のチャンスは向こうから到来した。

    ??「やぁ、マミ。魔女はみつかったかい?」

    巴さんの背後、私の正面方向から聞こえた声に、全員の視線が一斉にソチラに向かった。
    そこにいたのは。

    マミ「キュゥ……べえ? キュゥべえが、二人?」

    そう、巴さんにとってのキュゥべえ。
    いわゆる正常なインキュベーターだ。

    泣きじゃくっていたキュゥべえも、恐怖の対象とも言うべき同族の登場に身を強張らせている。

    私は咄嗟に変身し、二人とインキュベーターの間に割って入った。

    QB「………」

    インキュベーターにも今の状況は把握しかねたのだろう。
    何事かを思案するかのような沈黙が続いた。


    79: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/10(水) 22:39:13.84 ID:ifMyUBez0

    しかし、沈黙はすぐに破られた。

    QB「こんな所にいたんだね。探したよ」

    いやに友好的な口調で切り出したインキュベーターは、ゆっくりと私達に近付いて来る。

    どうやら、私の面はまだ割れていないようだ。

    あの場――まどかの家の庭先で、正常なインキュベーターは時間停止状態で屠ったのだから当然だろう。

    QB「彼の事をずっと探していたんだ。
       何処にいたか、心配していたんだよ?」

    にこやかに語りかけられているとさえ錯覚しそうな語り口。
    しかし、ここまで平然と言葉が出る物なのだろうか。

    ナイフを突き付けた私が言えた義理ではないが、さすがに腹が立つ。

    ほむら(ここは意趣返し……いえ、この状況なら……!)

    私は意を決して口を開いた。


    80: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/10(水) 22:39:49.48 ID:ifMyUBez0

    ほむら「そうね、お前達が地球人を利用している事を話される前に探し出したかったのよね?」

    Qべえ「ほむら……!」

    QB「? 君は何を……」

    マミ「え? な、何?」

    突然の私の言葉に、驚き、不審、困惑と三者三様の反応が返ってくる。

    ほむら「それともリンクから外した処分個体がどうなったか、直に確認したったのかしら?」

    私がそこまで言うと、目の前のインキュベーターは完全に歩みを止め、一定の距離を保った。
    完全に警戒対象として認識されたようだ。

    だが、それは逆に私の言葉に信憑性が生まれた証拠だった。

    マミ「キュゥべえ、どう言う事なのか説明してもらえる?」

    腕の中で震えるキュゥべえを抱きしめながら、巴さんは恐る恐ると言った風にインキュベーターに尋ねる。


    81: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/10(水) 22:40:34.42 ID:ifMyUBez0

    ほむら「………」

    マミ「それに、あなたも。何かを知っているようだけど、何者なの?」

    巴さんの警戒の対象は私も含まれるようだ。
    コレも当然だろう。

    ほむら「紹介が遅れました。私は暁美ほむら……以前、あなたに命を救ってもらった者です」

    混乱はさせてしまうだろうが、ウソはつかない。

    ほむら「そして、ヤツらはインキュベーター……。
        願いを叶える、と言う甘言で地球人を食い物にする宇宙人です。

        キュゥべえ……あなたが抱いている彼は、ヤツらを裏切った、私達の仲間です」

    説明手順の手間が省けたついでだ、ここでぶちまけられる真実は全てぶちまけてやろう。


    82: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/10(水) 22:41:00.51 ID:ifMyUBez0

    QB「やれやれ……君はどうやら、かなりの情報を持っているようだね」

    感情を感じさせない声を漏らすインキュベーター。
    そこには驚きは感じられない。

    感情を装う事を止めた、無感情なインキュベーターだ。

    ほむら「お前達の知られたくない情報は、ほとんど全てね。
        それに、お前達に感情のない事も、感情を生んだ個体をどうするかも、ね」

    切れるカードは全て切る。
    出来れば、“魔法少女と魔女の関係”と言う一番のジョーカーを切らずにここを乗り切りたい。

    ほむら(……ごめんなさい、巴さん)

    私は心の中で、背後の巴さんに謝ってから、最後のカードを切る。

    ほむら「酷いものね……。全身傷だらけ、足は折れ、耳までもがれて……同族相手にそこまで出来るものなんて」

    同情心、いや、巴さんの優しさにかける。
    この際、自分の事は棚に上げよう。


    83: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/10(水) 22:41:37.78 ID:ifMyUBez0

    キュゥべえの傷は私が治療してあるが、私が言っている事は全て真実だ。

    マミ「………どう言う事なの、キュゥべえ?」

    巴さんの声が、1オクターブ下がる。

    彼女は誰かを傷つけようとする悪意に対して、とても過剰だ。
    人間を傷つける魔女を相手に、一切の慈悲を見せないほどに。

    かつてのループでインキュベーターを狩っていた私に、敵意を剥き出しにしていたように。

    その迫力に、思わず背筋がゾクリと震えたが、同時に私は嬉しさも感じていた。

    ほむら(信じてくれた……!)

    インキュベーターと比較しての事だろうが、彼女が私の言葉を信じてくれたのは素直に嬉しかった。

    QB「……どうやら悪者は僕で決定のようだね」

    同時に形勢不利を悟ったのか、インキュベーターはゆっくりと顔を横に振った。
    否定はしないが肯定もしない、しかし、その言葉は肯定したも同然である。


    84: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/10(水) 22:42:15.13 ID:ifMyUBez0

    QB「契約した覚えのない魔法少女に、処分個体……実にイレギュラーな組み合わせだね」

    マミ「キュゥべえ、答えなさい。
       彼女……暁美さんの言っている事は真実なの?」

    付き合いの長かったインキュベーターの凶行は、やはり言葉だけでは信じられないのだろう。
    巴さんはキュゥべえを抱きかかえたまま、私の隣に並び立つ。

    QB「やれやれ、今のやり取りで悟って欲しいものだね。
       それとも、直接言わなければ分からないほど、君は物わかりが……」

    何を言いかけたかは知らない、だが、その言葉は遮られる。

    マミ「キュゥべえ!」

    巴さんの威嚇とも言える大きな声に。

    QB「………駆け引きは君の勝ちのようだね、暁美ほむら」

    淡々と語るインキュベーターは身を翻すと、夜の闇の中へと消えて行った。

    QB「真実は暁美ほむらから聞くといいよ、巴マミ」

    そんな言葉を残して。


    85: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/10(水) 22:42:51.30 ID:ifMyUBez0

    ほむら「…………ふぅ……」

    インキュベーターの気配が完全に消えた事を確認すると、
    私はため息と共に変身を解除した。

    傍らではキュゥべえを抱えたままの巴さんも、
    どこか悲しそうに変身を解除している。

    彼女は契約の願いで命を助けられて以来、
    長くインキュベーターと生活を共にしていた。

    アイツらがどう思っているかは知らないが、
    彼女はインキュベーターを友人か、ともすれば家族のように感じていたハズだ。

    だが、その関係も今をもって破綻を迎えた。

    そのショックは余人には計り知れない。

    長い沈黙の帳が、私達の間に落ちる。


    86: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/10(水) 22:43:23.78 ID:ifMyUBez0

    実際には十秒もなかったかもしれない沈黙を破ったのは、巴さん自身だった。

    マミ「…………話して、もらえるのかしら?」

    ほむら「……ええ」

    私は頷きながら応える。

    しかし、それとは別に気になっている事があった。

    ほむら「巴さん……何でコートを?」

    巴さんは今の季節には少し大き過ぎるコートを羽織っていた。

    肌寒さも残る四月の夜とは言え、もう下旬だ。
    私も薄手の上着を一枚余分に着てはいるが、
    冬用のコートは少し大げさではないだろうか?

    マミ「………昨夜から少し風邪気味なの。
       おかしかったかしら?」

    ほむら「あ、いえ……。とりあえず、場所を移しましょう」

    何故か、この話題は鬼門のような気がして、私は無意識に話題を終わりにさせた。


    87: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/10(水) 22:43:53.17 ID:ifMyUBez0

    帰り道で散々、キュゥべえに頭の上で文句を言われた。

    やれ“名前くらい事前に教えて欲しいよ”とか、
    やれ“マミが生きているなら生きているって言って欲しかったよ”とか、
    その都度、私はため息の混じった謝罪を繰り返していた。

    文句を言いたいのは此方だが、お互いに関係者の名前を明かしていなかったのだからお相子か、
    それでもやはり少々、私の方が分が悪いと言うべきだろう。

    事実、格好付けて個人名を避けた報いのようなものだ。

    巴さんに説明する時には可能な限り、個人の名前を出すべきだろう。

    そんな巴さんは、私達を見ながら散々、
    やれ“仲が良いのね”とか、
    やれ“妬けちゃうわね”とか、微笑ましそうに囃し立ててくれた。

    その都度、そんな関係じゃないと冷静に対処した。

    嗚呼、今夜もソウルジェムの輝きは眩い。


    88: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/10(水) 22:44:22.64 ID:ifMyUBez0

    暁美ほむら宅――

    話の場に私の家を選び、巴さんを迎え入れる。

    この人が私の家に来るのは、いつのループ以来だろう。

    ほむら「何か飲みますか?」

    マミ「……紅茶を貰えるかしら?」

    ソファに座るように促しながら尋ねると、
    僅かなシークタイムを挟み、巴さんは柔和な笑みを浮かべて聞き返して来た。

    紅茶くらいなら巴さんは自分の魔法でいつでも出す事が出来る。

    しかし、敢えて紅茶を注文して来ると言う事は、
    それだけ私の事を信頼してくれているのだろう。

    それはそれで嬉しいのだが、彼女が私を信頼するに至ったのが、
    おそらくは道中のキュゥべえや彼女とのやり取りだと思うと、
    疑わしくない、と言うよりは無害な人間と分類されてしまっているのではと、
    いらぬ勘繰りをせずにはいられない。


    89: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/10(水) 22:45:00.64 ID:ifMyUBez0

    それはさておき、紅茶か……紅茶……ああそうだ、アレがあったな。

    ほむら「紅茶でしたら、とっておきがあります」

    私は言って、キッチンへと向かう。

    Qべえ「あ、ほむら。僕にも欲しいな。
        砂糖は二つ、それとレモンの輪切りも浮かべてよ」

    着任直後から20年も隠遁・逃亡生活をしていたワリに随分と地球の食文化に詳しいじゃないか。
    まあ、大方、契約した五人の中に、紅茶党かコーヒー党か、そうでなければ単なる甘党がいたのだろう。
    それに元はインキュベーターなのだから、どれだけ異文化に詳しくても、深く追求するほどの事ではない。

    ほむら「さてと……」

    リビングで待っている師匠が師匠だからか、紅茶だけは未だに葉から煮出さないと飲めない。
    と言うより、巴さんの煎れた紅茶を飲んだ上で、パックや缶の紅茶で満足できる人間がいるなら、
    是非、そんな稀少かつ奇特な人物にお目にかかりたいものだ。

    お陰でティーセットや茶葉には、未だにコーヒー以上に金をかけている。
    嗜好品とは恐ろしいものである。


    90: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/10(水) 22:45:27.96 ID:ifMyUBez0

    ほむら「お待たせしました」

    ずっと以前に教わった通りの方法で煎れた紅茶を持って、私はリビングへと戻った。

    マミ「あら、この香り……」

    途端、彼女は気付いたようだ。
    それもそうだろう、茶葉は彼女から薦められた高級店のものだ。

    これ一杯が、下手をすると朝食よりも高くつく。

    レモンティーを邪道とは言わないが、キュゥべえにも是非一度、
    砂糖は別としても、レモン無しで味わって欲しいものだ。

    マミ「あなたもあの店の常連さんなのかしら?」

    ほむら「常連の知り合いに教えてもらって以来、病み付きなんです」

    マミ「あら、そう」

    巴さんはニッコリと微笑んで、一口、紅茶をすすった。


    91: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/10(水) 22:45:57.24 ID:ifMyUBez0

    マミ「美味しい……入れ方も上手なのね」

    ほむら「師匠の教えが良かったので」

    お陰で、今の今まで一度も倒れる事なく戦い続けられている。
    改めて感謝するべきだろう。

    ほむら「巴さん……ありがとうございます」

    私が深々と頭を垂れると、巴さんは少し困ったような表情を浮かべる。

    マミ「…………公園の時から気にはなっていたのだけれど、
       私はあなたを助けた記憶もないし、それにあなたにお礼を言われるような事は……」

    謙遜気味の巴さんだが、私にとってはさっきのあの状況で私を信じてくれた事自体、感謝したいのだが。
    まあ、隠し事はここまでにして本題に入るとしよう。

    Qべえ「マミ、ほむらは時間遡行者なんだ」

    一番切り出し難いネタを、勝手に切り出してくれた相棒の頭をグリグリしながら。

    Qべえ「ん゛あ゛~~~ん゛」


    92: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/10(水) 22:46:53.93 ID:ifMyUBez0

    マミ「時間遡行者?」

    ほむら「分かり易く言えば、タイムスリップです。
        私の願いは、時間を操作しなければ叶わない願いだったので」

    マミ「タイムスリップ……本当にそんな事が?」

    巴さんは信じられない、と言いたげな表情で呟く。
    まあ、当然と言えば当然だろう。

    それもあって、この紅茶を準備したのだ。

    ほむら「私は既に何度か、この一ヶ月を繰り返してします。
        この紅茶も、本当はあなたから薦めてもらった物です」

    マミ「………」

    巴さんは、まだ信じられないのか、
    奇妙な物を見るかのように、私とティーカップを見比べる。


    93: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/10(水) 22:47:39.44 ID:ifMyUBez0

    Qべえ「ほむらはウソを言っていないよ、マミ。
        現に、彼女に時間装甲能力でなければ知り得ない情報は、
        既に提示されている」

    マミ「だからって、急に信じろと言われても……」

    相棒のフォローが入るが、巴さんは訝しげな表情を浮かべたままだ。
    まあ、予想通りだ。

    情報なんてものは事前に調べる事が出来る。
    早い話、ストーキングをすればいくらでも、だ。

    ここは確たる物証を出すべきだろう。

    ほむら「コレを……」

    私はポケットの中から一つのグリーフシードを取り出し、テーブルの上に置く。
    以前のループで手に入れたままストックしていた、魔女・イザベラのグリーフシードだ。

    今回、退院してからまどかの家に着くまでの間に件の魔女を退治するために向かった所、
    既に魔女は倒れ、結界は消えていた。

    おそらくは他の魔法少女――巴さんが屠ったに違いない。
    となれば、グリーフシードも彼女が所持しているだろう。


    94: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/10(水) 22:48:56.66 ID:ifMyUBez0

    マミ「こ、このグリーフシードは!?」

    案の定、巴さんは驚いたように目を見開き、
    自身もポケットの中から一つのグリーフシードを取り出した。

    そして、テーブルの上に置かれたグリーフシードと、
    自分の所持していたグリーフシードを見比べる。

    特徴は完全に一致しているハズだ。
    私自身、同種の魔女が落とすグリーフシードが違う形をしていた所は見た事がないし、
    別種の魔女が同じ形をしたグリーフシードを落とした所を見た事もない。

    しかも、この見滝原は巴さんのテリトリーだ。
    あの魔女の使い魔が育ち、魔女となって同じグリーフシードを孕むまで放置されるとは考えにくい。

    マミ「やっぱり……同じ、グリーフシード、なのね」

    巴さんは驚いたように漏らした。
    その声音には、やはり信じられないと言いたげな物が混じっていたが、
    私に対する不審は薄らいでいるようだった。


    95: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/10(水) 22:50:11.08 ID:ifMyUBez0

    マミ「…………」

    巴さんはすっかり言葉を失って、呆然と私を見ている。

    ほむら「すぐに信じるのは難しいかもしれません……」

    私はやや俯く。
    私はこの人を何度、切り捨てたのだろう。

    あの時、まどかと一緒に私を救ってくれた人を。
    私達の住む街を、命がけで守って来た人を。

    何度、切り捨てて来たのだろう。


    『みんな……死ぬしかないじゃない!
     あなたも、私も!』


    脳裏に甦るのは、そのキッカケとなった狂気の貌。
    そして、拘束され、向けられた銃口。

    恐怖の記憶が、私の身体を震わせる。


    96: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/10(水) 22:50:44.31 ID:ifMyUBez0

    マミ「暁美さん……」

    名前を呼ばれて顔を上げると、そこには寂しさと困惑の入り交じった、
    けれど優しい色を湛えた、いつもの巴さんの顔があった。

    マミ「……未来でどんな事があったのか知りたいけど、
       今は聞かない方が、いいのかしら?」

    ほむら「それは………」

    マミ「何度も繰り返している、と言う事は、よほど辛い事があったんでしょうね」

    Qべえ「………」

    既に内容を知っているキュゥべえは口を噤んでくれていた。
    無言のまま、こちらを見つめてくれている。

    巴さんも、包み込んでくれるような優しい顔のままだ。

    ああ、ダメだ……一度、決壊した事があると、涙と言うヤツはこらえ性がなくなる。


    97: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/10(水) 22:51:46.71 ID:ifMyUBez0

    ほむら「……初めて……初めて、会った時……あなたに助けて貰って……。
        魔法少女に憧れて……でも、勇気が出なくて……」

    自分を変えたいと思いながら、戦うのが怖くて、ずっと後ろで怯えていた。

    ほむら「で、でも……巴さんは、いつも、私を守ってくれて」

    そんな私に、人懐こそうな笑顔を浮かべたまどかと一緒に、
    あなたはいつも、優しげな笑顔を崩そうとしなかった。

    ほむら「本当は……巴さんだって………」

    本当は、戦うのが怖かったのに。
    本当は、誰よりも泣きたかった人なのに。

    ほむら「……わたし、大切な人、誰も、助け、られなく、て……」

    繰り返すループの中で、私は一度も巴さんを助けられなかった。
    それどころか、まどかを助けるために見捨てすらした。

    ほむら「何度も、何度も、助けてくれたのに……!」

    私の願いは、彼女だって無関係ではなかったハズなのだ。


    98: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/10(水) 22:52:18.69 ID:ifMyUBez0

    マミ「しっかりした子だと思っていたけど、
       意外と泣き虫さんなのね、暁美さん」

    そうだろう。
    結局、本当の私はあの頃から何一つ変わっていないのだ。

    切り捨てて、外見を偽って、自分を押し殺して来ただけの、
    実戦経験だけが豊富な、見習いと呼ぶにも烏滸がましい魔法少女。

    憧れた背中を追って、いつの間にか、その背中から目を背けて来た。

    マミ「放っておけないじゃない」

    巴さんは言いながら、対面に座る私に手を伸ばし、頬を伝う涙を拭ってくれた。
    だが、それが余計に私の目から涙を溢れさせた。


    99: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/10(水) 22:52:56.59 ID:ifMyUBez0

    マミ「………信じるわ、暁美さん。
       あなたも、キュゥべえも」

    巴さんは、いつか見せてくれたように、ニッコリと微笑んでくれていた。

    また、一緒に戦ってくれますか?
    恩人すら切り捨てて来た薄情者の私と、また、戦ってくれますか?

    ほむら「うぅ、うぅぅぅぁぁぁ……!」

    その問いかけは、嗚咽で塗りつぶされていた。


    102: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/10(水) 22:54:35.95 ID:ifMyUBez0

    マミ「えっと、キュゥべえ、でいいのよね?」

    泣きじゃくる私を抱きしめながら、
    巴さんは傍らのキュゥべえに向き直っていた。

    Qべえ「うん、そうだよ。
        ほむらが、そう呼んでくれたんだ」

    マミ「そう………良かった……」

    何が良かったのかは分からないが、
    巴さんは少しだけ安堵したような声を漏らす。

    Qべえ「ボクも……良かったよ。
        また君に逢えるなんて……思っていなかったから」

    キュゥべえも、先ほど収まったばかりの涙を少しだけ溢れさせているようだった。

    これだけワンワンと泣いている人間が傍らにいては、もらい泣きもあるだろう。
    いくら願いの効果とは言え、彼には“誰よりも強い感受性”が宿っているのだから。


    111: これがホントのラストシーン 2011/08/10(水) 23:31:01.09 ID:ifMyUBez0

    マミ「あらあら、泣き虫さんばかりね」

    巴さんは私を抱きしめていた手を片方だけ離す。

    この状態では分からないが、おそらくはキュゥべえに手を伸ばしたのだろう。

    Qべえ「マミ……マミぃ……」

    キュゥべえのしゃくり上げる声が聞こえる。

    また、泣き出したのか、人の事は言えないが、本当にこいつは泣き虫だ。
    頼りになるのかならないのか、分からなくなる事があるが、
    少なくとも、彼が大切な相棒である事だけは確かだ。

    マミ「………本当に、放っておけないわね」

    巴さんは私とキュゥべえを揃って抱き寄せ、優しく包み込んでくれた。

    ソウルジェムに感じた輝きは、いつになく穏やかで、眩かった。


    126: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/12(金) 13:11:31.11 ID:TeS56DPI0

    第3話「夢の中で逢った、ような……」

    巴さんを仲間に迎えた翌日の夕方、私達は隣町へと来ていた。
    目的は一つ、ワルプルギスの夜に備え、新たな仲間を迎え入れるためだ。

    マミ「……ワルプルギスの夜が強力な魔女なのは分かるけど、佐倉さん、か……」

    巴さんは気が乗らないようである。

    それもそうだろう、今、私達が接触しようとしている魔法少女の名は佐倉杏子。

    杏子の実力は、戦力としてこれ以上ないと言うほどに申し分ないが、
    巴さんとの相性は、どんなループであれ、実に悪い。

    お互いに譲れぬ信念があり、それに不可侵を貫く故に言葉すら交わさない。

    巴さんは人を守るために魔法を使うが、杏子は魔法を使うために魔法を使う。

    分かり難いが、つまり、魔法を使うために魔法少女をやっているようなもので、
    事情を、彼女の過去を知らない者から見れば、彼女の行動はとても利己的に見える。


    127: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/12(金) 13:12:50.55 ID:TeS56DPI0

    マミ「あの佐倉さんが、協力なんてしてくれるかしら?」

    珍しく顔をしかめる巴さん。
    まあ、しかめると言っても傍目には分かるか分からない程度にムッとしているだけなのだが。

    Qべえ「人を疑うのはよくないよ、マミ。
        彼女だって魔法少女なんだ、純粋な心の持ち主なんだろう?」

    一方、相棒は私の頭の上に乗って、まだ見ぬ新たな仲間に希望を馳せている。

    ほむら「……間違ってはないけど」

    私はこれからの事を考えると、少しだけ頭が痛かった。

    さて、どうやって彼女を説得したものか。

    彼女と共闘関係を築ける最大条件は巴さんの死。
    見滝原と言う、人が多く、魔女の餌場として機能するテリトリーを明け渡せる状況だ。

    しかし、巴さんがそれを承諾するハズがないし、私も同じ気持ちだ。
    どうやって友好的な関係を築き、どう共闘関係を結ぶべきか……。


    128: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/12(金) 13:14:04.90 ID:TeS56DPI0

    ほむら(こんな時、彼女がいてくれれば……)

    私は、まだ出逢ってもいない、かつての友人の姿を思い浮かべる。

    巴さんとは別の意味で杏子との相性が悪いが、
    根っこが似た者同士である故に引き合う。

    巴さんの“放っておけない”は愛情表現に近いが、
    二人の場合は天然と言うか、お節介焼きのソレだ。

    まあ、広義には愛情表現の一種だが、
    ともあれ反発し合う似た者同士、とでも言うべきだろう。

    磁石のSとNの両極を両手に持って、常に違いに向け合っていると言うべきか。
    色的に。

    ああ、いや、この表現は二人に失礼だ。

    だが、反発し合う時は徹底的に反発し合い、
    引き合う時には強く引かれ合う様は、確かに磁石のソレに近いような気がする。

    ほむら(とにかく、美樹さん抜きで何とかしないと……)

    インキュベーターに先回りされる前に、彼女を此方側に引き込んだ方がいいだろう。

    マミ「着いたわ。
       ここが一番、確率が高いかしら」


    129: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/12(金) 13:15:31.04 ID:TeS56DPI0

    俯いて沈思黙考していた私は、巴さんの言葉で顔を上げた。

    ほむら「!?」

    目の前が真っ白だった。

    ああ、そうか、頭の上にキュゥべえを乗せた状態で俯いたから、
    彼の触腕が目の前に垂れて来ているのか。

    私は慌てて髪をかき上げるようにして触腕を視界から退ける。

    傍目には盆踊りの振り付けにも見えただろう。
    嗚呼、恥ずかしい。

    改めて見上げると、そこには一軒のゲームセンターがあった。
    建物自体は大きめだが、県道沿いで住宅密集地からは少し離れた場所。

    駐輪場一杯に並んだ自転車は、近所の中高生のものだろう。

    魔女の餌場になるような場所は近くにはない。


    131: >>130 うぃ、ありがとうございます 2011/08/12(金) 13:18:35.38 ID:TeS56DPI0

    ほむら(複雑な心情が垣間見えるわね……)

    ゲームセンターの周囲を見渡しながら、私は素直にそう感じていた。

    余程、探査に注力して魔力を解放しなければ、住宅地や少し離れた工場地帯、
    人口が密集しているであろう魔女の餌場は感じ取れない。

    ほむら(……あれだけ言っておきながら、やっぱり人の悲鳴からは耳を遠ざけたい、か)

    その推測は、多分、間違っていないと思いたい。

    恐らく、彼女は目も耳も背けているのだ。
    人の惨状、人の悲鳴から。

    そうして、その事実を忘れるためにこうしてゲームセンターに入り浸って気を紛らわしている。

    快楽主義者を気取って罪も犯すが、根は聖職者の娘と言う事だろう。


    132: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/12(金) 13:19:27.00 ID:TeS56DPI0

    ゲームセンターに足を踏み入れると、途端に音の洪水が私達の耳に押し寄せた。

    その事態を予想していた私と巴さんは、聴覚を鈍化させつつも、
    意識を仲間達に向ける事で騒音対策を行う。

    Qべえ「う、うるさいなぁ、耳が痛いよ」

    ほむら「お前も魔力で聴覚を鈍化させなさい」

    触腕で耳を塞ぐキュゥべえに冷静に言い放ってから、
    私と巴さんはゲームセンターの奥に足を運んだ。

    そこで私は、驚愕で目を見開く事になる。

    ほむら「千歳……ゆま……!?」


    133: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/12(金) 13:20:57.56 ID:TeS56DPI0

    ゆま「キョーコすごーい!」

    杏子「ギャラリーは静かにしてろって」

    ダンスゲームに興じる佐倉杏子の傍らで、
    濃い緑色のワンピースを身に包んだ幼い少女が歓声を上げる。

    一方、口では怒りながらも杏子は真っ赤なポニーテイルを踊らせながら、
    乱れる事のない軽快なステップを踏み続ける。

    傍らの幼い少女――千歳ゆまと会ったのは、今までのループの中で数えるほど。
    その中の一つは、美国織莉子が魔法少女となった世界。

    ほむら『キュゥべえ、あの子が魔法少女かどうか分かる?』

    Qべえ『う~ん……どっちがどっちか分からないけど、
        あの二人の内、魔法少女なのはゲームをしている子だけだね。

        ………あ、彼女が佐倉杏子なんだね!』

    念話での質問に、キュゥべえも念話で答える。

    ほむら「そう……」

    私は胸を撫で下ろす。


    134: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/12(金) 13:21:47.65 ID:TeS56DPI0

    杏子がゆまと出逢うのは、魔女狩りの末のただの偶然だ。
    確率そのものが天文学的に低い偶然ではあるが。

    そして、ゆまが魔法少女になった世界では、
    例外なく美国織莉子が裏で暗躍していた。

    それに、その後の調べで分かった事だが、
    美国織莉子と呉キリカが魔法少女となるのは、
    私が転校してから、まどかの友人として振る舞い続け、
    インキュベーターの動きを放置した場合だけ。

    焦る必要はない。

    ほむら(もう繰り返さないと決めたのだから……)

    私は言い聞かせるように心中で独りごちる。

    それに、ゆまと行動を共にしている杏子ならば、大概は友好的に話を進められるハズだ。
    事態が好転させる材料として考えるべきだろう。

    脳裏にフラッシュバックしかけた凄惨なまどかの死に様を、
    私は無理矢理、記憶の奥底に押し込んだ。


    135: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/12(金) 13:22:47.42 ID:TeS56DPI0

    杏子のゲームが一段落したところで、私達は彼女の元へと近付いて行く。

    ほむら「……少しいいかしら、佐倉杏子さん」

    彼女をさん付けで呼ぶなんて、いつ以来だろうか。
    メガネをかけていた頃だから、二度目のループで出逢った時だけか?

    杏子「ん? 見ない顔と………見たくねぇ顔か」

    一方、そんな私の感慨とは関係なく振り向いた杏子は、
    私の頭上と後ろにいる二人を見て、露骨に嫌そうな顔を浮かべた。

    ゆま「キョーコのともだち?」

    可愛らしく小首を傾げたゆまは、私の頭の上にいるキュゥべえを見付けると、
    途端に目をキラキラと輝かせた。

    Qべえ「やあ」

    ゆま「わぁ……!」

    キュゥべえが触腕で挨拶をすると、ゆまはさらに目を輝かせた。
    どうやらキュゥべえを見るのも初めてのようだ。


    136: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/12(金) 13:24:04.09 ID:TeS56DPI0

    杏子「なんだよ、マミ。
       見たところ、そっちの黒髪は新顔っぽいけど……新人の面通しか?」

    マミ「半分はそんな所よ……」

    杏子「で、キュゥべえがここにいて、ゆまにソイツが見えてるって事は、
       もう半分は新人勧誘って所か……」

    不機嫌そうに呟く杏子。

    予想は大外れ、と言うより当初の予想通りだ。
    やはり希望的観測はよろしくない、と言う事か。

    いや、最初からキュゥべえを連れて来たのが間違いだったか……。

    よくよく考えて見れば、佐倉家崩壊の遠因はインキュベーターにもある。
    その上、彼女は魔法少女が増える事には良くも悪くも消極的だ。

    連れているゆまに魔法少女の素質がある事を知って、より不機嫌になったのだろう。

    ほむら(……やりようのない事だけど、人選を誤ったわ……)


    137: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/12(金) 13:25:27.97 ID:TeS56DPI0

    私は頭を抱えたくなったが、とにかく、交渉はすべきだろう。
    ワルプルギスの夜が来るとなれば、彼女にとっても他人事ではないのだから。

    ほむら「私は暁美ほむら。
        詳しい事情は省くけど、一ヶ月後、見滝原市を中心とした地域にワルプルギスの夜が来るわ」

    杏子「ワルプルギスの夜……!
       超弩級の魔女ってヤツか、聞いた事くらいはあるよ。

       ………っと、マミと一緒にて、アタシの名前を知ってたんだ、自己紹介はいらないか」

    ゆま「ゆまは千歳ゆまだよ。はじめまして、ぬいぐるみさんとお姉ちゃん達!」

    Qべえ「ゆま、ボクはぬいぐるみじゃなくてキュゥべえだよ」

    殺伐とした雰囲気の保護者を後目に、ゆまはにこやかに挨拶している。

    この子は天然なのか器が大きいのか、今一つ理解しかねる。

    ほむら「知っているなら話が早いわ。
        ワルプルギスの夜を撃退するため、あなたに協力してほしい」


    138: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/12(金) 13:26:15.15 ID:TeS56DPI0

    杏子「ふ~ん」

    杏子は不機嫌なまま、興味なさそうにそっぽを向くと、
    ポケットからお菓子を取り出し、店内飲食禁止の張り紙を無視して一本くわえる。

    杏子「条件は?」

    マミ「……ハァ……」

    この展開は巴さんにも読めていたのだろう、
    気付かれない程度に小さなため息を漏らしている。

    しかし、こうなるのは当初の予定通りだ。

    ほむら「今、私が持っているグリーフシードのストックを半分と、
        今後一ヶ月、私が手に入れたグリーフシードの半分をあなたに進呈するわ」

    杏子「……足りないね」

    そっぽを向いたまま、杏子は呟いた。

    杏子「こっちだって命かけるんだ。
       そんな少ない報酬じゃ動きたくないね」

    杏子は言いながら、ヨットパーカーのポケットから大量のグリーフシードを取り出し、
    玩ぶように片手で器用にお手玉を始めた。

    その数はざっと十個。
    多分、私のストックしている分より多い。


    139: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/12(金) 13:27:24.01 ID:TeS56DPI0

    杏子「そうだな、グリーフシードは前報酬って事で、成功報酬に見滝原くれよ。
       あそこはこの辺じゃ一番の狩り場だからね。

       こんなトコじゃ、魔女の育ちも悪くて……」

    しかし、彼女のその態度を予想していた私と巴さんはともかく、
    彼女と初対面の彼は、その場で堪忍袋の緒が切れたようだった。

    Qべえ「君は何てことを言い出すんだ!?」

    杏子「!?」

    突然のキュゥべえの怒声に、杏子は驚いたように首だけ振り返る。

    Qべえ「君だって魔法少女なんじゃないのかい!?

        罪のない人が犠牲になるかもしれないのに、
        それを報酬がどうのこうので見殺しにしたっていいのかい!?」

    ほむら「止しなさい、キュゥべえ!」

    さすがにその言葉は彼女には酷すぎる、これ以上、言わせてはいけない。

    自分では割り切って、悪ぶっているつもりでも、
    彼女の根は今も、正義を標榜した魔法少女の頃のままなのだ。


    140: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/12(金) 13:28:35.58 ID:TeS56DPI0

    杏子「テメェが……テメェがそれを言うのかよ……」

    身体ごと振り返った杏子は、柵代わりの安全バーを握りしめた。
    安全バーにつけられたウレタン製のカバーが握力に負けて潰れる。

    時、既に遅し、か。

    間違いなく交渉決裂だ。

    彼をこの場に連れて来たのは、やはり間違いだったようだ。

    ゆま「……キョーコをいじめないで!」

    ゆまも目に涙を溜めて食って掛かって来る。

    身寄りを失っている彼女にとっては、佐倉杏子と言う存在が全てなのだ。
    幼い少女は敏感に、杏子の心情を察していた。

    仲間達の様子を見れば、巴さんも居たたまれないと言った表情だし、
    キュゥべえも小さな子供を泣かせてしまった事に罪悪感を感じてたじろいでいる。

    ここはもう、退散するしかないだろう。

    ほむら「………邪魔をしたわね」

    私は踵を返し、巴さんを促してゲームセンターを後にした。


    141: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/12(金) 13:29:39.29 ID:TeS56DPI0

    Qべえ「彼女は本当に君の仲間になってくれるのかい?
        ボクには、どうしてもそうは見えないよ……」

    帰りの道すがら、キュゥべえは怒りと戸惑いの声を上げていた。

    マミ「そうね……さすがにあの交換条件と言い方は酷いかも」

    巴さんも困惑気味に漏らす。

    杏子の真実を知らなければ、二人の意見も無理からぬ物だろう。

    話すべきか、話さぬべきか迷うが、変に誤解を与えたままと言うのも彼女に悪い。
    ここは誤解を解くべきだろう。

    ほむら「そうじゃないのよ……」

    勝手に話すのは杏子には悪いと思いながらも、私は重苦しく口を開いた。

    そして、まだキュゥべえにも語っていなかった杏子の真実について話す事にした。


    142: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/12(金) 13:30:12.93 ID:TeS56DPI0

    数分後――

    ほむら「……これは、彼女が歪んでしまった事の顛末です」

    マミ「……そう、佐倉さんにそんな過去があったのね」

    先ほどの言葉を思い出しながら、申し訳なさそうに俯く巴さん。

    そして、キュゥべえは――

    Qべえ「うぅぅ……し、知らなかったとは言え、
        ボクは……ボクはなんて酷い事を……」

    私の頭の上で、後悔の念に襲われて号泣していた。

    彼女の心の痛みを理解してくれたのは良いが、
    出来たら泣く場所は選んで欲しい。

    髪の手入れには気を使っているが、さすがに友人の涙で保湿する趣味はない。


    143: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/12(金) 13:31:05.13 ID:TeS56DPI0

    私はキュゥべえを抱き上げると、あやすように頭を撫でる。

    ほむら「あまり気にしない方がいいわ。
        次に会った時には、ちゃんと謝りましょう」

    Qべえ「う、うん……うん……」

    私の胸に顔をうずめながら、キュゥべえはしゃくり上げながら頷く。

    マミ「けれど、交渉の余地があるのかしら?」

    それを言われると痛い。

    あの場で誤解を解けるのが一番良かったのだが、
    キュゥべえも杏子も頭に血が上った状態では無理があるし、
    ゆまに警戒された状態では、心情的にも居づらさの方が勝ってしまっていた。

    ほむら「此方には歩み寄る準備があるんです……。
        次の機会にかけましょう」

    自分にも言い聞かせるように言って、
    私はしゃくり上げるキュゥべえを撫で続けた。


    144: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/12(金) 13:32:05.54 ID:TeS56DPI0

    見滝原に戻った私達はそのまま魔女退治のためのパトロールを開始した。

    とは言え、殆どの魔女の出現地点と日付は私が当たりを付けているので、
    基本的に、他の街から流れ込んで来た使い魔を倒すだけだ。

    隣町との境界付近――つまりテリトリーの境界が一番の使い魔密集地となるが、
    巴さんの話では、一度一掃すれば恐れをなして、しばらくは近付いて来ないとの事だ。

    今日は魔女と遭遇する事もなく――当たり前と言えば当たり前か――、
    その日のパトロールは使い魔数匹を退治した所で終わりを迎えた。


    145: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/12(金) 13:32:59.04 ID:TeS56DPI0

    私達は住宅地を、巴さんのマンションや私のアパートがある中心街へ向けて歩いていた。

    私はふと、ある一軒の家の前で立ち止まった。

    ほむら(まどか……)

    そこは二日前にも訪れた鹿目家。
    今は、突如として殺害された個体の異変を感じ取って、
    インキュベーターも近付いていないようだ。

    見上げる部屋からはやはり灯りが見える。

    マミ「……もしかしてここが」

    Qべえ「うん、ボクがほむらに助けてもらった、まどかの家だね」

    気付いた巴さんに、キュゥべえが肯定するように説明した。
    説明の手間が省けたのは僥倖だ。

    まあ、僥倖なんだがそろそろ頭の上から退いてはもらえないだろうか。
    重くはないのだが、格好がつかない。

    稀に、尻尾や触腕がぺちぺちと頭に当たるのだけど?


    146: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/12(金) 13:34:09.21 ID:TeS56DPI0

    しかし、牧歌的だった気分はすぐに塗り替えられた。

    ほむら「っ!?」

    鹿目家のベランダ付近を、白い影が横切ったのが見えた。
    間違いない、インキュベーターだ。

    よもやまどかと接触されたのか、と焦ったが、
    その姿が徐々にまどかの部屋に近付くのを見て、私は思わず安堵していた。

    ほむら(良かった……まだ接触前!)

    そう思うと同時に、私の身体は反射的に動いていた。

    ほむら「巴さん、キュゥべえをお願いします!」

    私は頭の上の相棒を巴さんに向けて放ると、
    駆け出すと同時に変身し、時間を停止した。

    魔力で脚力を強化し、ベランダへと飛び移り、
    停止した空間の中でインキュベーターを確保する。

    家人に見付からない位置へと移動した所で私は時間停止を解除する。


    147: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/12(金) 13:36:20.34 ID:TeS56DPI0

    QB「おや……キミは処理対象個体と行動を共にしている、
       イレギュラーの暁美ほむらかい?」

    どうやら、私の顔はインキュベーター達に知れ渡ったらしい。
    なら好都合だ、この場で目的についても知っておいてもらおう。

    ほむら「………」

    今、この瞬間はかつての私を取り戻す。

    インキュベーターを虐殺の対象として、
    全てを切り捨てでもまどかを守り続けると誓った、
    かつての忌むべき私を、ごく僅かに取り戻す。

    私は確保したインキュベーターを放り投げる。

    放り投げられたインキュベーターは空中で器用にバランスを取り、
    私から離れた位置に着地を試みたようだ。

    ほむら「鹿目まどかには近付かない事ね」

    その言葉と共に時間停止、即座に盾から金属ワイヤーを取り出し、
    魔力を充填して魔女やインキュベーターに通用する拘束具へと仕立て上げ、
    着地寸前のインキュベーターを捕縛し、時間停止を解除する。

    QB「拘束魔法……この一瞬でここまでの完成度とは、見事だね」

    ほむら「お前らに褒められても嬉しくないわ」

    サイレンサー付きの拳銃を取り出し、ほぼノータイムでその眉間を撃ち抜いた。

    絶命したインキュベーターの拘束を解いた私は、
    その屍骸を家人の目に着かない草むらへとけり込み、仲間達の元へと戻った。


    148: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/12(金) 13:37:26.49 ID:TeS56DPI0

    Qべえ「酷いよほむら! いきなり投げるなんてあんまりじゃないか!」

    戻るなり、相棒の叱責が待っていた。

    ほむら「悪かったわね。ちょっと急ぎの用事を見付けたのよ」

    言いながら、私はチラリと鹿目家の庭を見遣った。
    早いものだ、もう回収のインキュベーターが来ている。

    マミ「キュゥべえ……いえ、インキュベーターね」

    巴さんも警戒気味にその動向を見守る。

    さすがに警告直後と言う事もあってか、仲間の屍骸を咥えてこの場を後にしたようだ。
    処理最中の攻撃を想定しての行動だったのだろう。

    これで安易にまどかに近付く事はないだろう。
    一応、一安心と言った所だ。

    だが、そんな思考はすぐに吹き飛ばされた。

    Qべえ「……ッ!?」

    敵対したとは言え、同族の屍骸を見てキュゥべえが息を飲んで身を強張らせたからだ。


    149: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/12(金) 13:37:59.96 ID:TeS56DPI0

    ああ、そうだ、彼には誰よりも強い感受性があったんだ。
    追い立てられ、私達の側についてくれたとは言え、彼もインキュベーターなのだ。

    自身を迫害した同族とは言え、かつての仲間の屍骸を見るのはショックに違いない。

    その事実に思い至ったが、既に遅かった。

    ほむら「あ……」

    Qべえ「……ほ、ほむら……その……あの……」

    呆然とする私に、戸惑い気味に声をかけるキュゥべえ。
    だが、言い淀むだけで、後が続かない。

    マミ「キュゥべえ……暁美さんも……」

    巴さんも、この気まずい状況を打開しようとしてくれているようだが、
    さすがに何と声をかけていいか分からないようだ。

    それは彼女なりに、私とキュゥべえの立場を理解してくれているから、と言う事でもあるのだが。


    150: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/12(金) 13:39:22.23 ID:TeS56DPI0

    Qべえ「あ、あ……あの……」

    キュゥべえの目には、傍目にも分かるほどに大量の涙が浮かんでいる。

    その光景から、私は思わず目を背けた。
    罪悪感から目を背けた私は、さらなる罪悪感によって追い打ちをかけられた。

    視線だけを戻すと、巴さんが胸元に抱え込み、
    あやすようにキュゥべえの頭を撫でていた。

    私の浅慮で、彼を傷つけるのは、杏子の事情の説明不足の事を加えて、今日だけでもう二回だ。

    ほむら「………ごめんなさい、キュゥべえ……。
        巴さん、すいません……今晩だけでいいんです……彼を、預かってくれませんか?」

    私はおずおずと声を絞り出す。

    マミ「ええ、構わないわ……」

    二つ返事で了承してくれた巴さんだが、その声音は言外に、
    “それでいいの?”と聞いて来るようだった。

    ほむら「すいません……」

    私はその真意からも目を逸らし、足早にその場を後にした。
    背後に、相棒の声が聞こえた気がした。


    151: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/12(金) 13:40:52.07 ID:TeS56DPI0

    翌朝、暁美ほむら宅――

    ほむら「………ぅん……」

    最悪の目覚めだった。

    本当に気分は最悪だ。
    罪悪感と後悔と、これは……孤独感だろうか。

    どうやら、昨晩の事が自分でも予想外に堪えているようだ。

    気を紛らわそうと寝室の壁にかけてあるカレンダーを見遣る。

    ループ開始から今日で六日目。
    明日はついに、見滝原中学へ転入する日か。

    最初の三日間は武器の補充や下準備で色々と動いていたが……、
    そうか、彼と出会ってから、まだ三日しか経っていないのか。

    だと言うのに、たった一晩離れただけで、この孤独感か。

    ほむら「私は、弱くなったなぁ……」

    自嘲気味に呟いてから私は立ち上がった。

    ベッドの傍らに置かれたクッションに、相棒の姿は無かった。


    152: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/12(金) 13:41:54.64 ID:TeS56DPI0

    久しぶりの一人きりの朝食を終えた私は、
    巴さんに“今日一日だけ、キュゥべえをよろしく”と短いメールを送り、
    昨夜から着たきりになっていた服――洗面所でようやく気付いた――を着替え、家を後にした。

    ふと気になってソウルジェムに意識を集中する。

    昨晩、使い魔退治やインキュベーターの撃退に魔力を消費したが、
    その消費量よりも明らかに大きく濁っている。

    ほむら(失敗したなぁ……)

    心中で呟いて、大きくため息を漏らす。

    インキュベーターを斃す事は、今までの私にとっては当然の事でも、
    キュゥべえにとってはどれだけショッキングな事態だったろう。

    昨晩もあの瞬間に考えた事だったが、
    その思いと彼の声が、エンドレスで脳裏を過ぎる。

    それでも――

    ほむら「……インキュベーターは、殺さないと……」

    私は重くのし掛かる罪悪感に葛藤を覚えながら、あてもない散歩に出た。


    153: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/12(金) 13:43:12.27 ID:TeS56DPI0

    昼過ぎには、見滝原中学の近くまで行った。

    二人との念話の通話圏内だが、何と切り出していいか分からず、
    私は単に学校の敷地周辺を散策するだけにした。

    校庭では昼休みを謳歌する生徒達の姿が見える。
    まどか達はいつもの屋上か、それか教室で他愛もないお喋りに花を咲かせているのだろう。

    習慣で辺りにインキュベーターがいないかを確認する。

    ほむら(クセは抜けないわね……どうにも)

    気晴らしの散歩のつもりが、ついいつもの行動に出ている。

    既に私の存在はヤツらに知れ渡った事だろうし、
    巴さんが私の仲間であり、彼女がこの学校の生徒である事はインキュベーターには周知の事実だ。

    さすがに昨日の今日で“敵地”に乗り込むほど、連中もバカではない。

    経験上、ヤツらはまどかとの接触前に私が攻撃すれば、一日以上のインターバルを空ける。
    直ぐに個体を減らされる事を嫌っての事もあるだろうが、私の隙やタイミングを窺っての事だろう。

    その上、先に述べた通り、ここは既に連中の敵地だ。
    警戒は今までのループ以上に厳重に行っているに違いない。


    154: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/12(金) 13:44:37.64 ID:TeS56DPI0

    校庭を眺めながら歩いていると、不意に人の気配を感じて、正面に向き直った。

    ほむら「!?」

    大概の事では驚かないつもりでいたが、さすがに私も驚いた。
    私服姿とは言え、特徴的なツリ目と世の中に対して斜に構えた態度が織りなす雰囲気は見間違えようがない。

    ほむら(呉、キリカ……!?)

    見滝原中学三年に在籍する、黒髪の少女。

    一応、明日から先輩後輩と言う事になるのだが、
    心情的に素直にその事実を受け入れられない。

    幾度か敵対した事のある黒いかぎ爪の魔法少女は、
    此方に一瞥をくれると、すぐに興味が無さそうにその場から離れた。


    155: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/12(金) 13:45:57.68 ID:TeS56DPI0

    ほむら(魔法少女……ではないのかしら?)

    魔法少女同士は、変身中か、或いは互いが魔力を発しているか、
    そうでなければソウルジェムを保持している状態でなければ、
    目の前にいるのが魔法少女であるかどうかを見抜くのは難しい。

    しかし、あの失敗以来、呉キリカや美国織莉子の身辺調査には気を配っていた。

    彼女の性格が豹変するのは魔法少女になって以降、つまり願いの効力によるものだ。
    魔法少女となった彼女は、やや筆舌に難しい奇妙で人懐こい性格に転じる。

    あの態度を見る限り、彼女が魔法少女である可能性は低い。

    ほむら(杏子とゆまが行動を共にして、あの二人組が魔法少女でない時間軸、と考えるのが妥当ね)

    珍しい状況だが、経験がないワケではない。

    少なくとも、周囲の状況はまだ良い方向に流れてくれているようで、
    私はようやく今日初めての安堵のため息を漏らした。


    156: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/12(金) 13:47:34.46 ID:TeS56DPI0

    それからしばらく学校付近を散策している間に下校時刻を迎えたらしく、
    ちらほらと見滝原の制服を着た人が増えて来た。

    何人かが私を見て振り返っているようだが、
    数え切れないほどのループの中で慣れてしまった事もあって、
    私は特に意識する事なく歩き続けた。

    ほむら(そう言えば、もう一度、様子を見てあげた方が良いかしら……)

    私はここ数日の忙しさで忘れかけていた、重要な案件を思い出し、
    学校のある郊外と、市街と工場地帯を結ぶ大橋に向けて歩き出した。

    魔女・イザベラが消えて安全になった橋を中ほどまで進み、階段で橋の下に降りる。

    そこにあるのは、懐かしき我が第二の学舎だ。

    初めてのループで、まどかと巴さんに特訓に付き合ってもらった、
    私の魔法少女としての原点である。

    いつかのループで文字通り叩き壊した事のあるドラム缶が、
    まだまともな形を保ったまま橋脚の下に転がっている。

    些か感傷を覚えるが、今日の目的はこのドラム缶ではない。

    私はドラム缶に一瞥をくれて、さらに奥へと進む。


    157: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/12(金) 13:48:42.40 ID:TeS56DPI0

    「ニャー……ニャー……」

    奥から寂しげな鳴き声が聞こえる。
    どうやら、今日は大人しくねぐらにいてくれたようだ。

    ほむら「エイミー」

    私がその名を呼ぶと、寂しげだった鳴き声が止み、
    ガラクタの陰から一匹の黒猫が飛び出して来た。

    私はしゃがみ込んで、黒猫を抱き上げる。

    ほむら「本当にお前は……いつもいつも警戒心が薄いわね」

    エイミー「ニャァァ~」

    私は微笑ましさとごく僅かな呆れの入り交じった声で呟いた。

    黒猫のエイミー。
    かつての時間軸の中で、二度、まどかが魔法少女になるキッカケとなった野良猫だ。

    野良なのに名前がついているのは、まどかが名付けたのだが、
    どう言うワケか、彼女の友人だった私にまで、よく懐いてくれている。

    今までのループでも、私はまどかと一度も出逢っていないのに懐いて来るので、
    もう勝手に、エイミーは私に懐いてくるもの、として扱っている。


    158: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/12(金) 13:50:47.47 ID:TeS56DPI0

    ほむら「あまり街の方に行っちゃダメよ。
        車に轢かれたら危ないから……」

    じゃれついて来るエイミーの額や喉を撫でながら、
    私は努めて優しい声で話しかけた。

    かつての時間軸でエイミーが事故に遭った時、
    まどかはエイミーを助ける願いを引き換えに魔法少女になった。

    最初はただの偶然でインキュベーターに遭遇したのだろうが、
    おそらく、二回目以降は、平凡な少女にしては高いまどかの資質を見抜き、
    ずっとタイミングを狙っていたに違いない。

    私のループ開始時のルーチンワークは、武器の収拾の他に、
    このエイミーを事故に遭わせないと言うものだった。

    ほむら「どこにもケガはないみたいね」

    高い高いをするようにエイミーを抱き上げた私は、
    その身体を見回してケガの有無を確認する。

    ほむら(エイミーに比べて……あの子は軽かったな……)

    不意に、そんな考えが脳裏を過ぎった。

    インキュベーターの身体は、見た目に反して非常に軽い。
    そうでもなければキュゥべえを頭になんて乗せていられないのだが。

    しかし、エイミーとキュゥべえの重さを比較するような日が巡って来るとは、
    三日前の私なら考えもしなかっただろう。

    そんな感慨に耽っている時だった。


    159: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/12(金) 13:52:18.60 ID:TeS56DPI0

    人の近付いて来る気配を感じて、反射的に私はそちらに意識を向けた。

    ???「こんな所に、本当にネコなんているの?」

    ???「本当だよ、さやかちゃん。
        エイミーって言ってね、とっても可愛いの」

    離れた位置から声が聞こえる。

    聞き慣れた、二つの声。

    改めてエイミーを胸元に抱き寄せた私は、
    ゆっくりと振り返った。

    そこにいた人物は、私の想像通りだった。

    肩で切りそろえた髪をツーサイドアップに纏めた素朴な少女と、
    短く切りそろえられた髪が快活そうな雰囲気を醸し出す少女の二人組。

    鹿目まどかと、美樹さやか。

    まどか「あ……こ、こんにちわ」

    さやか「うわ……すごい美人……」

    戸惑い気味のまどかと、驚いたように目を見開いているさやか。

    妙なタイミングで出逢ってしまったものである。


    160: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/12(金) 13:53:25.16 ID:TeS56DPI0

    ほむら「………あなたのネコ?」

    私は“初めて出逢った”友人に、確かめるまでもない質問を向ける。

    まどか「あ、は、はい!
        エイミーが私以外の人に懐いてる所、初めて見ちゃって、それで驚いて……」

    話しかけると、まどかは飛び上がりそうなほど驚いてから、
    聞いてもいない事に答えて、何かを取り繕っている。

    様子がおかしい。
    確かに、あまり自分を誇らない子だが、ここまで挙動がおかしいと言うのは不可解だ。

    因果の収束。
    キュゥべえから聞かされた言葉が、直後、私の脳裏に過ぎった。

    まどかは、並行世界となる別の時間軸、つまり私の体験したループの記憶を内包している可能性が高い。

    と、なればこの態度は、私に言いしれぬ既視感を覚えている、と言う所だろう。


    161: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/12(金) 13:54:36.24 ID:TeS56DPI0

    だが私は、敢えてそれを表情に出さないよう、即座に意識を切り替えた。

    ほむら「そう、この子、エイミーって言うのね……、
        良いご主人様がいるみたいね、エイミー」

    私はエイミーに優しく語りかけながら、彼女を解放する。

    ほむら「ほら、ご主人様の元へお行き」

    私が促すと、エイミーは名残惜しそうに振り返りながら、
    本来の主であるまどかの元へと駆け寄る。

    エイミーを抱き上げたまどかは、私の事をジッと見つめている。

    本当に、ウソの下手な子だ。
    これでは意識しているのがバレバレだ。

    ここは早く立ち去るべきだろう。

    ほむら「じゃあ、さようなら」

    私は意味深な言葉を残す事なく、二人の脇を会釈しながら通り過ぎた。


    162: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/12(金) 13:55:23.05 ID:TeS56DPI0

    さやか「どうしたのさ、まどか。
        さっきから、あの人の事、じろじろ見ちゃってさ」

    背後から美樹さんの声が聞こえる。

    まどか「えっと、その……笑ったりしない?」

    恥ずかしさと戸惑いの入り交じった声で応えるまどか。

    さやか「笑わないから言ってみなって」

    まどか「や、約束だよ」

    おそらく、二人はこちらを窺っているだろう。
    怪しまれないためにも、振り返るワケにはいかない。

    だが、次の言葉が、私の歩みを止めさせた。

    まどか「あの人と……夢の中で逢った、ような……」


    172: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/13(土) 20:46:53.47 ID:8KnesYjR0

    第4話「聞かせてもらおうじゃん」


    翌日、通学路――

    Qべえ「ほむらぁぁぁ!」

    結局、昨日も顔を合わせづらくて巴さんにキュゥべえの事を頼んでしまった私は、
    昨夜も理由をつけて使い魔退治を休み、二人と二日ぶりに再会する事になった。

    で、出逢い頭にコレである。

    ほむら「ど、どうしたの、キュゥべえ?」

    飛びついて来たキュゥべえを、私は戸惑い気味に抱き留める。

    Qべぇ「ゴメンよぉ……ゴメンよぉぉ」

    私の胸元に顔を埋めて泣きじゃくるキュゥべえは、私の質問など聞こえてはいないようだった。

    マミ「この二日間、ずっと大変だったのよ……」

    巴さんは少し疲れたような、困ったような表情を浮かべていた。


    173: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/13(土) 20:47:36.79 ID:8KnesYjR0

    マミ「あの時、あなたと別れてからずっと、
       “ボクがほむらを傷つけた”とか、
       “ボクが悪いんだ”とか“ボクのせいだ”とか、
       一昨日は泣き疲れて寝るまで……。

       昨日なんて、もう学校でも泣き通しで……」

    Qべえ「マミィ……それは言わないでよぉ」

    泣きじゃくりながら非難の声を上げるキュゥべえ。

    ほむら「そう………だったの」

    私は思わず、キュゥべえを抱きしめていた。

    傷つけたのは此方も一緒だ。

    美樹さんと杏子を似た者同士と評したが、私も人の事は言えないようだ。

    ほむら「そうじゃない……お前のせいじゃないのよ、キュゥべえ」

    私は、自分でも一番聞きたかった赦しの言葉を、彼にかける。

    だが、それと同時に彼にも理解してもらわなくてはいけない。


    174: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/13(土) 20:48:19.12 ID:8KnesYjR0

    ほむら「それと、ごめんなさい……。
        私はこれからも、あなたの同族を手にかける事になる……。

        まどかを、そして、インキュベーターの犠牲となる人達を守るために……」

    Qべえ「うん……分かっているよ、ほむら」

    語りかけた私に、Qべえはしゃくり上げながらも、決意の篭もった声を返してくれた。

    Qべえ「本当に悪いのは、覚悟の無かったボクの方だ。
        誰かを守る以上、何かと戦わなきゃいけない……。

        それなのに、ボクはその覚悟が足りなかったんだ」

    マミ「昨夜になって急に悟ちゃったみたいなの、この子」

    それはまあ、何とも頼もしいと言うか、急転換だ。

    しかし、先ほどの巴さんの言葉通りなら、
    それまでも、その後もずっと泣き続けていたのだろう。

    大変、申し訳なくて、より一層、頭が上がらない。


    175: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/13(土) 20:49:34.87 ID:8KnesYjR0

    マミ「あ、そうそう……。
       転校おめでとう、暁美さん。見滝原中へようこそ」

    巴さんは思い出したように言うと、笑顔で祝福してくれた。

    ほむら「ありがとうございます。
        巴……先輩」

    マミ「いつも通りでいいわ」

    意を決して言った私の言葉に、巴さんは苦笑いを浮かべた。

    人付き合いを最低限に止めて来た巴さんは、
    後輩に先輩と呼ばれる事に慣れていないのだろう。

    マミ「あ、でも、他の三年生がいる所では先輩って付けた方がいいわよ。
       変に拘る子も多いから」

    だが、それとは別にそんな忠告もしてくれる。

    確かに、一度目のループで巴さんのクラスにまどかと出向いた際、
    巴さんの名前を呼んだ時、三年の先輩に睨まれた記憶が甦る。


    176: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/13(土) 20:50:30.37 ID:8KnesYjR0

    まあ、その程度で睨まれてもいい迷惑なのだが、
    優しい先輩の忠告はしっかりと聞き入れておこう。

    ほむら「はい、巴先輩」

    マミ「だから……ああ、そうね」

    巴さんは人前でだけでいいと訂正しようとしたのか、
    ここが通学路だった事を思い出して肩を竦めた。

    登校時間帯としてはまだ早いので人気はないが、
    一応、どこに同じ学校の人間の目があるか分からないのだ。

    顔を上げて少し噴き出した巴さんと、ひとしきり笑ってから、
    私達は学校に向けて歩き出した。


    177: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/13(土) 20:51:22.83 ID:8KnesYjR0

    玄関で巴さんとキュゥべえと別れた私は、職員室に向かった。

    私の転入するクラスには魔法少女候補が二人もいるのだ。
    事情の知らない二人の前に、突然、キュゥべえと一緒に教室に入るワケにもいかない。

    それに、どこでキュゥべえが他のインキュベーターに襲われるか分からない以上、
    やはり傍には誰かについていて貰わなければいけない。

    キュゥべえの事、魔法少女の事を隠し通したまま守るか、
    はたまた、全てを打ち明けて守るか、その辺りの方針はまだ定まっていない。

    Qべえ『ボクは話した方が守りやすいと思うけどな』

    マミ『そうね。暴走の危険がある鹿目さんって子はともかく、
       彼女の友達の美樹さんなら、事情を説明して仲間になってもらってもいいんじゃないかしら?
       佐倉さんの件もあって、仲間は一人でも多いに越した事はないのだし』

    巴さんには、インキュベーターの正体に関してしか語っていないため、
    魔法少女の仲間が増える事には、やはり随分と積極的なようだ。

    そう言えば、この問題もあったんだった。
    さて、どう切り出したものか。

    ほむら『その辺りは、追々、相談していきましょう』

    私は気まずくなりかけた空気を感じて、念話による話題をそこで切り上げた。


    178: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/13(土) 20:52:53.71 ID:8KnesYjR0

    和子「皆さん、今日は先生から大切なお話があります。
       心して聞くように」

    ほむら(人の好みには口出ししないけど、私は半熟が好きだわ)

    入口で待たされている私は、教室から聞こえて来る早乙女先生の声を聞きながら、
    目玉焼きの焼き加減に関する質問に、心中で先行して答える。

    理由は簡単、私の入院していた病院食の目玉焼きは固焼きばかりだったからだ。
    謂わば半熟卵欠乏症である。

    まあ、食中毒を考えれば、配膳に時間のかかる病院食で、
    火の通りきっていない半熟の目玉焼きなんて出せないんでしょうけど。

    理不尽な質問に中沢君が答え、教室が一端静まりかえる。

    和子「あー、あと転校生を紹介します」

    さやか「いやいや、そっちが先だろ!?」

    和子「暁美さん、入ってきて」

    ほむら「……はい」

    おそらく、さやかのものと思われるツッコミをスルーした早乙女先生に促され、
    私はドアを開けて教室内に足を踏み入れた。


    179: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/13(土) 20:54:02.09 ID:8KnesYjR0

    ほむら(転校もこれだけすると慣れるわね)

    転勤族の子供もこんな感じなのだろうか?

    いや、私の場合はクラスの評価とクラスメートの顔が分かり切っているから、か。
    さすがに毎回違うクラスに転入させられたら、緊張を禁じ得ないだろう。

    ほむら「暁美ほむらです、よろしくお願いします」

    教壇の傍らに立って自己紹介を終えると、
    私はまどか達の席のある中央列の後方を見遣った。

    まどか「………」

    さやか「………」

    やはり目を丸くして驚いている。

    転校前に二人に出逢っておいたのは初めてだが、
    これはこれで接触し易くて助かりそうだ。

    私は、普段は睨むように見てしまっていたが、
    印象を悪くしない程度に、軽い会釈をしてから与えられた席に着席した。


    180: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/13(土) 20:55:18.51 ID:8KnesYjR0

    ホームルームと一時間目の授業が滞りなく終わり、
    即座に大勢のクラスメートに囲まれて質問攻めにされるかと思いきや、
    いの一番に駆け寄って来たのは、まどかと美樹さん、
    それに二人の共通の友人である志筑仁美を加えた三人だった。

    成る程、事前接触した場合は、こう言う事になるのか。

    さやか「まさか、昨日のあの美人さんが転校生だったとは思わなかったよ」

    まどか「本当、ビックリしたよ」

    仁美「あらあら、お二人は既に暁美さんとお知り合いなのですね」

    私の席を取り囲んでの談話が始まる。
    私一人がやや置いてけぼりのようだが、お決まりの質問を繰り返されるよりはよっぽどマシだ。

    さて、黙っていないで私も会話に加わるとしよう。

    ほむら「ええ、昨日、この辺りを下見に来た時にちょっと」

    橋は学校から少し離れた位置だが、ウソは言っていない。

    だが、転校生とクラスメートがにこやかに話している光景に安心感を覚えたのか、
    他のクラスメートがやって来て、お決まりの質問攻めが始まった。

    さやか「あ~、ちょっとちょっと、アイドルへの質問はウチの事務所を通してよ」

    どこの事務所を通せばいいのかは分からないが、
    美樹さやかと言うクラスのムードメイカーの仕切りが加わって、
    今回の質問攻めは、そう鬱陶しいものではなかった。


    181: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/13(土) 20:56:47.23 ID:8KnesYjR0

    瞬く間に昼休みとなり、私はまどか達のグループに誘われて、
    特別教室棟の屋上へと昼食を摂りに来た。

    隣の一般教室棟の屋上に比べて、こちらは教室からの距離が離れており、
    人気が少なく、落ち着いて食べていられる穴場だ。

    まあ、此方はベンチが少ないので何のために解放されているのかも分からないような、
    辺鄙な場所、なんて言い方もできてしまうのだが。

    私達四人はベンチに並んで腰掛ける。

    さやか「それにしても転校生は凄いなぁ……
        高飛びをすれば県内記録、数学は計算式まで完璧、
        文武両道に加えて、こんなに美人なんだもん……。
        ハッ!? 萌えか、コレがミスパーフェクトな萌えなのか!?」

    まどか「さやかちゃん、よく分かんないし、暁美さんに悪いよ」

    奇妙に悶える親友に、まどかが苦笑い混じりのツッコミを入れる。


    182: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/13(土) 20:58:13.26 ID:8KnesYjR0

    さやか「何言ってんのさ、まどか。
        まどかだって、昨日……

        “夢の中で逢った、私の運命の人”

        なんて、目ぇキラキラさせちゃってさ」

    ほむら「ブッ……!?」

    サンドイッチに合わせて自販機で購入した豆乳を、思わず噴き出す所だった。

    何て脚色を加えてくれるんだ、この青い子は。

    まどか「き、キラキラなんてさせてないよ!
        それに、そこまで言ってないよ!

        ほ、本気にしちゃダメだよ、暁美さん!」

    慌てて取り繕うまどかは、顔を真っ赤にしてあわあわと奇妙な振り付けで手を踊らせる。

    いや、昨日の話は全部聞いていたので、取り繕われる必要はないのだが、
    まあ、ここは助け船を出す事に………

    仁美「い、いけませんわ!」

    はいぃぃ~?


    183: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/13(土) 20:59:02.46 ID:8KnesYjR0

    それまでにこやかな表情を浮かべていたグループの良心かつブレインなお嬢様が、
    突然、その場で立ち上がった。

    仁美「そ、そんな……女の子同士で、だなんて……。
       まどかさん、暁美さん……」

    何をもじもじとしてらっしゃるんですか、志筑さん?

    仁美「それは……それは!
       禁断の愛のカタチですのよ~!」

    謎の叫びを残して、フェンスに向かって駆け出して行く志筑さん。

    ああ、そうだった、しばらく友達付き合いをしていなかったから、
    彼女の個性的なアレをすっかり忘れていた。

    まどか「………ちょ、ちょっと変な所があるけど、
        仁美ちゃんはとってもいい子なんだよ、暁美さん」

    戸惑いながらも、友人へのフォローを忘れていないのは流石と言うべきか。


    184: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/13(土) 21:00:06.60 ID:8KnesYjR0

    ほむら「ええ……分かっているわ。
        今日も何度か、お世話になったもの」

    どの時間軸でも、彼女は学級委員として転校生の私を気に欠けてくれていたし、
    初めて出逢った時も、授業の分からない私に丁寧に勉強を教えてくれた恩人の一人だ。

    地元名士の娘にして、様々な習い事を続けながらも学級委員と言う役職をこなし、
    さらに成績も上々、運動神経も悪くない、本当の文武両道とは彼女の事だ。

    さやか「あ、フェンスで止まった」

    ほむら「止まったわね……」

    この屋上のフェンスは高く、女子でなくても上まで登るのは困難だ。
    さすがに乗り越えて走る事はしないだろう。

    いや、走ると言うより、それは最早、飛び降りる事になるのだが。

    まどか「あ、戻って来るよ」

    ほむら「戻って来るわね……」

    仁美「ウフフフ……お見苦しい所をお見せしました」

    笑って誤魔化した。
    凄くにこやかだけど、その貼り付けているようないつもと違う笑顔は少し遠慮したい。


    185: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/13(土) 21:01:08.08 ID:8KnesYjR0

    ほむら「フフフフ………」

    こんな穏やかで楽しい学園生活を送るのはいつ以来だろう。

    インキュベーターを牽制しながら学園生活を送った時は、
    美国織莉子達の計画で台無しになってしまったが、今回はそんな事はないのだろうか?

    Qべえ『楽しそうだね、ほむら』

    マミ『本当……羨ましいわね』

    突如として聞こえて来た念話に、私は反対側の屋上に視線を送る。
    誰も入らない鐘楼塔の陰に、巴さんとキュゥべえの姿が見える。

    あの位置なら、よほど注意深く見なければ誰にも気付かれないだろう。

    冷やかされているような気もしたが、ここは正直に答えよう。

    ほむら『ええ、とても……』

    ソウルジェムの輝きは、眩くも穏やかだ。


    186: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/13(土) 21:02:12.36 ID:8KnesYjR0

    さやか「転こ……、って、いつまでも転校生呼ばわりはアレか。
        ほむらはさ、この学校、気に入った?」

    ほむら「………!」

    突然の美樹さんの言葉に、私は思わず息を飲むほどに驚いて目を見開いた。

    彼女からそう呼ばれたのはいつ以来だろうか。
    いつもは距離を置き、ともすれば恨まれる事すらあったので、
    やはり、この穏やかな学園生活と同じくらいに久しいものだ。

    さやか「ちょ、ちょっと、あたし、そんなに驚くような質問した?」

    まどか「さやかちゃん、いきなり呼び捨てにするからだよ。
        暁美さん、入院生活が長かったんだから、いきなり呼び捨ては戸惑うよ」

    キョトンとしている美樹さんを、まどかが窘める。

    さやか「あ、それもそっか。
        アハハハ、さやかちゃん失敗失敗」

    美樹さんは屈託なく笑いながら言ったが、悪びれた様子はない。

    そうだ、彼女もこう言う性格だったな……。


    187: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/13(土) 21:03:49.82 ID:8KnesYjR0

    初めて出逢った頃は、まどかと一緒によく手を引いて貰った。

    私自身がひどく引っ込み思案だった、と言う事もあったが、
    彼女がそれだけ、親友との共通の友人であった私を気にかけてくれていた証拠だ。

    たまに暴走気味で、猪突猛進、周囲を顧みない事もある彼女だが、
    裏を返せば、それだけ一途で一生懸命だと言う事だ。

    その上で義理堅く、心から認めた友人のためには、
    危地にすら躊躇わずに飛び込んで行ける。

    臆病な私には真似出来ないな、と憧憬にも似た羨望を抱いた事もあった。


    『…どっちにしろ、あたし、この子とチーム組むの反対だわ』


    あの言葉だって、本心ではない事は、今の私なら理解できる。

    結局、あの時の私の説明が上手くなかった事と、
    それまで我慢して合わせてくれていた不満が、
    険悪なムードで飛び出してしまった、勢いだけの言葉だ。

    実際にチームを解消された、と言う事はなかった。

    そう考えると、まともに話せなかった私にも、きっと責任はあったのだ。


    188: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/13(土) 21:05:16.18 ID:8KnesYjR0

    ほむら「ほむらで構わないわ。みんなも
        それに、この学校も気に入ったわ」

    私は三人を見渡しながら感慨深く呟いた。

    さやか「おっ、ノリいいじゃん、ほむら!
        じゃあさ、あたしの事も、さやか、って呼んでよ」

    仁美「私も、仁美、とお呼び下さい、ほむらさん」

    まどか「私の事も、まどか、って呼んでよ、ほむらちゃん」

    三人はにこやかな笑顔で返してくれた。

    ほむら「……ええ、まどか、仁美、さやか」

    さやか「くはっ! あたし最後かよ!?
        つーか、まどかが一番最初!?
        やっぱりアレか、運命なのか!?
        前世からの恋人同士とか、そう言うアレがコレしてソレが萌えなのかーっ!」

    こ・そ・あ・ど言葉なら、ドレ、が抜けているわ、さやか。
    そして、仁美、顔を赤らめてあらぬ妄想をしないで。
    まどかが困ってオロオロしているじゃない。

    ほむら「もう……」

    私は困りながらも、この賑やかさが嬉しくて、我知らずに微笑んでいた。


    189: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/13(土) 21:06:05.69 ID:8KnesYjR0

    マミ『私も、巴さん、じゃなくて、マミさん、って呼んでくれないかしら?』

    ほむら『師匠を名前で呼ぶなんて、そんな失礼な事は出来ません』

    まあ、今までのループで散々、無礼千万を働いてきたが、
    それは心の棚の上にでも上げておこう。

    マミ『暁美さんのいけず』

    ほむら『ほら、巴さんだって、私の事、ほむら、って呼んでくれないじゃないですか』

    念話で話しながら、私達は笑い合った。

    結局、その日の放課後はまどか達と共に、
    駅前のショッピングセンターに行く約束をして午後の授業となった。


    190: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/13(土) 21:08:41.25 ID:8KnesYjR0

    放課後、駅前のショッピングセンター――

    見滝原市の中心街に位置するショッピングセンターは、
    駅ビルと併設・連結されるカタチで作られた事もあって、
    平日だと言うのに、多くの人でごった返していた。

    私達は比較的、客の少ない奥の方にあるファーストフード店に入ると、
    そこで軽く腹ごしらえと、他愛もない談笑を始めた。

    マミ『暁美さん、私とキュゥべえもビルに入ったわ』

    Qべえ『今の所、魔女の反応はないよ』

    ほむら『魔女は今日、ほぼ確実に改装中のフロアに現れます。
        それと、インキュベーターも来る可能性が高いです』

    まどか達との話を続けながら、その合間に二人との念話を行う。

    私が見滝原中に転入する日は、このショッピングセンター内に、
    魔女・ゲルトルートが現れる確率が高い。

    今回のように私がまどか達と行動を共にしている場合、
    インキュベーターは念話を行い、助けを求めるフリをしてまどかを改装中フロアに誘い込み、
    そのまま魔女の結界内に誘い込む事で、契約せざるを得ない状況を作り出すのが常套手段だ。

    巴さんとキュゥべえに魔女の索敵とインキュベーターへの牽制を任せ、
    私はまどかとさやかの護衛と言うワケだ。


    191: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/13(土) 21:09:37.18 ID:8KnesYjR0

    仁美「……あ、ごめんなさい。お先に失礼しますわ」

    まどか「仁美ちゃん、今日も習い事?」

    さやか「ピアノに日本舞踊に茶道だっけ?
        毎日ハードだよなぁ……、さすがお嬢様」

    ほむら「そんなに習い事が多いの?」

    席を立った仁美に、私は口々に声をかける。
    まあ、知ってはいるのだが、今の所、私はまだお友達一日目なのだから話を合わせよう。

    マミ『インキュベーターを二匹確認したわ』

    Qべえ『この様子だと、まだ入り込んでいる可能性が高いね』

    ほむら『ビル外に追い出すだけでも構わないので、追い払って下さい』

    マミ『分かったわ』

    巴さん達との念話を続けながら、店から出て行く仁美に小さく手を振り続ける。


    192: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/13(土) 21:10:33.34 ID:8KnesYjR0

    さやか「この後、CDチェックしたいんだけど、二人とも、いいかな?」

    ほむら「私は構わないわ。
        たまにはCDもチェックしたいし」

    新譜チェックなど、数え切れないループの中で、もう飽きるほどしているが、
    たまには気分を変えて曲を聴くのもいいだろう。

    二人から離れるワケにもいかない事だし。

    まどか「また上条君に?」

    さやか「まあ、そんなトコ」

    少し囃し立てるようなまどかの言葉に、さやかは照れながらも応える。

    上条君……上条恭介。
    さやかの幼馴染みの少年バイオリニスト。

    さやかが魔法少女となり、魔女への道を突き進む要因となってしまう少年。

    だが、このループではまどかは勿論、さやかも魔法少女にはさせない。

    仁美との恋の決着は、出来うる限り、フェアな状況で行ってもらいたい。
    烏滸がましいかもしれないが、今の私は彼女たちの友人なのだから。


    193: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/13(土) 21:12:56.51 ID:8KnesYjR0

    会計を済ませた私達は、そのままショッピングセンター内のCDショップへと移動する。

    楽曲は、データ化してのダウンロード販売が主流となりつつある現在だが、
    それでもCDの需要はまだ高いようで、店内は制服姿の学生や、
    そろそろ仕事帰りらしい社会人で賑わっていた。

    さやか「じゃあ、あたしコッチの方見てるから」

    そう言い残して、さやかは真っ先にクラシックCDのコーナーへと向かった。

    まどか「さやかちゃん、ああ見えてクラシックに凄く詳しいんだよ。
        音楽の筆記テストとか、私よりずっと成績いいんだ」

    ほむら「意外ね」

    視聴コーナーに向かいながら、私達は談笑する。

    実際、初めて彼女の音楽趣味を聞いた時は、相当驚かされたものだ。
    てっきりポップスか、ロックか、などと勝手に思い込んでいたのだから。

    まあ、後から知ったまどかの演歌趣味の方がよっぽど驚かされたものだが……。

    私はまどかからほど近い視聴ブースで、新曲やヒーリング系のCDを中心にチェックを始める。

    しかし、まどかがいつ動き出しても良いように、気付かれない程度に彼女へ視線を送り続ける。


    194: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/13(土) 21:14:19.94 ID:8KnesYjR0

    マミ『もうインキュベーターが五匹目……かなりの数が入り込んでいるみたいね』

    巴さんの報告を聞きながら、私は心中で舌打ちする。

    五匹と言う数は、あまりお穏やかではない。

    どうやら、まどかとの接触前に巴さんと言う最大の橋渡し役を失い、
    さらに私の警告もあって、インキュベーターにも焦りが生まれているようだ。

    ほむら(……追い詰められ過ぎて、逆に見境なしって事なのかしら?)

    Qべえ『とりあえず、見付けたボク達は、全員、マミが追い払ってくれているけど、
        これ以上、入っているとなると、さすがに対応が難しいよ』

    ほむら『妨害する事、それ事態に意味があると考えましょう。
        状況次第では私もそちらに合流するわ』

    マミ『ダメよ。さすがにすぐ近くで護衛する人がいないのは危険だわ』

    私の提案は、巴さんに却下された。
    確かにそうだが、巴さんの魔力消費の問題もある。

    キュゥべえの話す通り、追い払うだけに止めているにしても、
    おそらくはマスケット銃で打撃するか、得意の拘束魔法を利用しているのだろう。

    だが、後に控える魔女との戦闘を考えればイタズラに魔力を消費するのは避けたい。

    それに、連中は魔女の出現位置、出現時間を正確に、
    とは言い難いが大まかに把握している可能性がある。

    そうでなければ、まどかを誘導するような手段は取らないハズだ。


    195: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/13(土) 21:15:28.20 ID:8KnesYjR0

    ほむら『分かりました。
        けど、本当に手が足りない時には、絶対に呼んで下さい』

    マミ『ええ。無理はしないから安心なさい』

    巴さんは、私が心配しているのを察してか、にこやかに応えて、念話を終える。

    その時だった。

    『助けて……まどか、助けて』

    ほむら(来た!)

    真相を知ると白々しささえ感じる念話が、全方位で放たれた。

    念話を無差別に発信している。
    それだけ焦っているのか、いや、感情のないインキュベーターの事だから、
    考えてみれば、焦ると言うのは少々違う……力を入れていると言い換えるべきか。

    わざと弱々しく偽装された念話は、元から魔法少女である私達か、
    まどかのように余程の素質のある人間でなければ聞き取れなかったハズだ。

    その証拠に、まどかは困惑気味に辺りを見渡しているが、
    さやかは気付かずにCDを物色している最中だ。


    196: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/13(土) 21:16:49.42 ID:8KnesYjR0

    直後、居ても立ってもいられずに駆け出したまどかを追って、私も走り出す。

    マミ『ごめんなさい、暁美さん。
       インキュベーターに念話を使われたわ』

    ほむら『こちらでも聞き取れました』

    Qべえ『念話の範囲外からの強制発信だよ。
        一方的な発信になるけど、遠距離でも使える有効な手段だ』

    声は焦りながらも、冷静に状況を解説するキュゥべえ。

    そんな能力があるらな教えて欲しかったものだが、
    言われてみれば、私が追い立てた時も似たような事をされた経験がある。

    アレはそう言う仕組みだったのか。

    しかし、まだ本当の先手を打たれたワケではない。

    ほむら『巴さん、まどかがそちらに行くまで時間があります!
        念話を発したインキュベーターの………』

    キュゥべえがいる場で、処理をお願いします、とは言葉を続けられなかった。

    だが――


    197: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/13(土) 21:18:34.62 ID:8KnesYjR0

    Qべえ『マミ…………今追っている彼を、このままにしておくのは危険だよ。
        だから……彼を、処理してくれないかい?』

    キュゥべえ自身が、言い淀みながらもその言葉を口にした。

    ほむら(キュゥべえ……)

    これが今朝、彼の語っていた覚悟なのだろう。

    処理――つまり、死への恐怖は彼が誰よりも知っているハズだ。
    20年以上も、仲間達から逃げ続けていたのだから。

    しかし、インキュベーターと人類の、搾取する側・される側の関係を正さんとする彼の理想に、
    その覚悟は不可欠な物なのだ。

    私が想像していたよりもずっと重い覚悟に、私も意を決する。

    ほむら『巴さん、お願いします。
        インキュベーターの排除を』

    マミ『………気は引けるけど……やるしか、ないようね』

    巴さんも、僅かに躊躇したものの、私達二人の決意に押されたのか、
    ため息を吐き出すようにではあったが、応えてくれた。

    私も常に変身できるように、指輪をソウルジェムに転じて握りしめる。

    後方からは、さやかが追って来ているようだが、気付くのが遅かったのか、
    視線をそちらに向けても、雑踏の向こうに偶に小さく姿が見える程度だった。


    198: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/13(土) 21:19:29.45 ID:8KnesYjR0

    ショッピングセンター内、改装中フロア――

    まどか「ね、ねぇ、どこにいるの?」

    私がまどかに追い付いた時には、既にまどかは改装中フロアの中ほどで、
    自分に助けを求めた誰かを捜しているようだった。

    二人との念話から、既に五分が経過している。
    巴さんの腕なら、念話を使ったインキュベーターは既に処理されたと見て間違いないだろう。

    屍骸も、まどか以外の人間に見られる前に、
    インキュベーター自身が持ち出したか、体内に回収した可能性が高い。

    ほむら(と、なると……つじつまを合わせるためにでっち上げるしかないか……。
        声は同じだし、キュゥべえが助けを求めた事にして、取り繕うか……)

    まどかにウソをつく事にはなるが、背に腹は代えられない。

    だが――

    『うわっ、た、助けて、ほむら!?』

    直後、私達の思考に再び念話が舞い込んだ。

    ほむら(あ゛……)

    間違いない、演技とは思えない迫真の声は、キュゥべえのものだ。


    199: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/13(土) 21:20:31.76 ID:8KnesYjR0

    まどか「また聞こえた……! 今度はほむらちゃんを呼んでる……。
        ほむらちゃんにも聞こえたよね!?」

    まどかは私にも同意を求めるように、私に向き直った。

    ほむら「え、ええ。聞こえたわ」

    私は戸惑いながらも頷いて応える。

    ウソをつく必要はなくなったが、今度はキュゥべえを助ける必要が生じているようだ。

    コレはコレで困った事態だ。
    まさか、魔女結界内で巴さんと離ればなれになっていないだろうか?
    それとも、万が一の可能性で、巴さんがミスしてインキュベーターに攫われたのか?

    どんどん心配になって来る。

    とにかく、安否確認のためにもまどかには早くこの場を去ってもらう他ない。
    結局、ウソはつかないといけないのか……。

    さやか「まどかぁ! ほむらぁ!」

    と、そこへタイミング良くさやかが到着する。

    スタートの遅さを考えると驚異的な早さだ。


    200: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/13(土) 21:21:22.03 ID:8KnesYjR0

    まどか「さやかちゃん!
        それが、その、誰かに助けてって、呼ばれて……、
        さっきはほむらちゃんも呼ばれたの」

    まどかは確信がないのか、少し頼りなさげに説明する。

    さやか「声ぇ? 夢に続いて声って……」

    さすがに前日の夢発言もあったせいか、さやかも半信半疑だ。

    ほむら「確かに、私も聞いたわ」

    さやか「ほむらまで……ちょっと」

    私達二人の言葉に、さやかはたじろぐ。
    オカルトのような雰囲気すら感じているのだろう。

    その気持ちも分からなくもない。

    さやか「とにかく、一旦ここを離れ……」

    さやかがそこまで言いかけた瞬間だった。
    不意に周囲の光景がぐにゃりと変化を始めた。

    ほむら(遅かった……!?)


    201: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/13(土) 21:22:26.11 ID:8KnesYjR0

    魔女結界だ。
    どうやら、拡大を始めたゲルトルートの結界に取り込まれたらしい。

    まどか「え……な、何これ」

    さやか「ど、どうなってんの!?
        回りの景色が、どんどん変わって……」

    戸惑い続ける二人を後目に、周囲の光景は変化を続ける。

    打ちっ放しのコンクリートと積み上げられた資材の数々は、
    そびえ立つ巨大な鉄柵と、鬱蒼と生い茂る茨へと変わって行く。

    間違いなくゲルトルートの結界だ。

    物陰から綿の塊のような使い魔達が這い出て、私達を取り囲む。

    さやか「な、何なんだよ、コレ!?」

    まどか「さ、さやかちゃん、ほむらちゃん……」

    さやかはたじろぎ、まどかはそのさやかに縋り付き、二人は恐怖で震える。

    最早、魔法少女の事を明かす、明かさないで迷っていられる状況ではないようだ。


    202: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/13(土) 21:23:27.59 ID:8KnesYjR0

    ほむら「二人とも、下がって……そして、絶対に私から離れないで」

    私は言いながら二人の前に進み出ると、ソウルジェムを翳し、変身する。

    まどか「………っ!?」

    さやか「こ、コスプレの早替え!?」

    息を飲んで驚愕するまどかと、この期に及んで現実逃避をするさやか。
    前者は私の姿に見覚えがあり、後者は自己防衛本能のためだろう。

    私は盾から二丁の拳銃を取り出すと、時間停止を発動させ、
    片っ端から使い魔に向けて銃弾を放つ。

    放たれた銃弾は、発射直後に停止し、
    辺りには硝煙の塊が微動だにせず固定される。

    ほむら(これで全部……!)

    全ての使い魔へ銃弾を放った事を確認し、時間停止を解除する。

    時間停止と言う戒めから解き放たれた無数の銃弾が、一斉に使い魔を撃ち抜く。
    動き出した硝煙の向こうで、バタバタと倒れ、消滅して行く使い魔達。


    203: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/13(土) 21:24:20.23 ID:8KnesYjR0

    まどか「…………」

    さやか「…………」

    何が起こったか理解出来ずに、呆然と立ち尽くす二人。

    私は周囲を警戒しながらも二人に振り返る。

    ほむら「驚かせてごめんなさい……本当は、あまり巻き込みたくなかったのだけれど」

    後悔の念が首をもたげるが、今はとにかく説明をしなければならない。

    ほむら「私は……魔法少女。
        さっきのは使い魔……人を襲い、殺す、魔女の下僕」

    私は淡々と、だが二人から目を逸らさずに説明を始める。


    204: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/13(土) 21:25:35.69 ID:8KnesYjR0

    まどか「魔女……使い魔……魔法、少女……」

    さやか「ちょ、ちょっと冗談だよね!?」

    ほむら「冗談ではないの……。
        遊びでもない、まして、何かの出し物でもない」

    困惑する二人に私は語る。

    ほむら「着いて来て……」

    魔力で障壁を作って二人を守る方法もあったが、その方法で失敗した記憶が私の脳裏に甦る。
    多少の危険は覚悟の上で、二人を護衛しながら結界中心部の魔女を目指した方が良い。

    私は盾の中から特殊警棒を取り出すと、それをさやかに渡す。
    一応、下手なりに魔力でコーティングして強度と威力は増している。

    さやか「ちょ、って見た目より軽っ!?」

    特殊合金製で、警察組織だけでなく警備会社でも使われるような逸品だ。
    筋力強化に回す余分な魔力の少ない私には重宝している。

    ほむら「もしもの時はそれで身を守って。
        でも、決して、私の傍から離れないで。
        ………絶対に、あなた達を犠牲になんてしない!」

    私は今この時だけでなく、これからの決意も込めて言い切った。


    205: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/13(土) 21:26:27.35 ID:8KnesYjR0

    まどか「ほむら、ちゃん………う、うん、分かったよ」

    怯えながらも、必死に頷くまどか。

    さやか「まどか……ああ、もう、どうにでもなれ!
        ほむら、頼んだよ!」

    さやかも友人に後押しされるように、私に信頼の言葉をかけてくれた。

    ほむら「ええ……ありがとう、信じてくれて」

    私は二人の信頼が嬉しくて、思わず頬を緩めた。

    手持ちの中でも装弾数の多いハンドガンとサブマシンガンを取り出すと、
    二人を引き連れて結界中枢のバラの庭園を目指した。


    206: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/13(土) 21:27:31.89 ID:8KnesYjR0

    使い魔を蹴散らしながら進む私達は、
    まるでコロッセオを表裏逆にしたような壁面で覆われた庭園にたどり着いた。
    魔女・ゲルトルートの結界中枢だ。

    そして、その中央に聳える薔薇の怪物。

    まどか「あ、アレが魔女……」

    さやか「うわ、気持ち悪……」

    魔女を初めて目にした二人は、その醜悪な外観に不快感を露わにしていた。
    無理もない、この魔女の外観は私が知る魔女達の中でも、どちらかと言うと怪物寄りのそれだ。

    しかし、不意に二人の視線が魔女の足下へと向かった。

    そこには、金色の髪をたなびかせ、踊るように戦う一人の少女の姿があった。

    巴さんだ。
    肩にはキュゥべえもしがみついている。


    207: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/13(土) 21:28:49.95 ID:8KnesYjR0

    巴さんの戦法は鮮やかだった。

    触手のように襲い来る蔦や、牽制攻撃をしかける使い魔を相手に、
    無数のマスケット銃を召喚しながら、打撃、射撃、投擲を使い分け、
    一切のダメージを食らう事なく立ち回っている。

    いつもはスカートやベレー帽から一度に大量の数を召喚し、足下に突き立てているが、
    素早いステップワークを優先して、今日は袖の下からの連続召喚を選択しているようだ。

    まあ、巴さんの場合、魔力で武器を作るので帽子もスカートも袖の下も、
    実際の所はイメージを容易にするための舞台装置のようなもので、
    本来は何の意味もないのだが。

    まどか「ほむらちゃん、あの人も、魔法少女なの?」

    ほむら「ええ、私の仲間よ」

    さやか「魔法少女って、銃で戦うモノなんだ……」

    …………何だか、いらぬ先入観がついているようだが、
    さすがに射撃戦型の魔法少女を連続で見れば、その先入観も致し方ない。


    208: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/13(土) 21:29:58.24 ID:8KnesYjR0

    マミ「さぁ、コレで止めよ!」

    巴さんが言いながら、後方に向けて後方伸身二回宙捻りで跳び退くと、
    それに呼応したかのように、ゲルトルートの足下から無数の光のリボンが飛び出し、
    彼女の身体を完璧に拘束する。

    あの舞うような戦闘の最中、巴さんは足下に拘束用の弾丸を撃ち続けていたのだ。
    さすが、様々な魔女と戦い続けて来たベテランはやり方が周到だ。

    マミ「ティロッ……!」

    巴さんは放り投げたマスケット銃に胸のリボンを巻き付け、
    魔力を送り込む事で巨大なキャノン砲へと変化させた。

    乗用車ほどもあるそれを軽々と空中で保持した巴さんは、
    魔女に向けて狙いを絞り、そして――

    マミ「フィナーレッ!!」

    キャノン砲から特大の魔力の塊が放たれ、
    直撃を受けた魔女・ゲルトルートは爆炎の中へと消えて行った。

    吹き飛んで来たグリーフシードを鮮やかに回収し、着地した巴さんは、
    勝利の紅茶を嗜みながら、いつの間に気付いていたのか、こちらに向けてニッコリと微笑んだ。


    209: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/13(土) 21:30:56.27 ID:8KnesYjR0

    再び、改装中フロア――

    結界の崩壊と共に戻って来た私達は、私を仲介してお互いの自己紹介を終える。

    さやか「凄いなぁ、ほむらもマミさんも、あんな怖いのといつも戦ってたなんて」

    まどか「うん、本当に凄かった……。
        魔女も使い魔も怖かったけど、最後は二人の格好良い所しか覚えてないや」

    二人は感心しきり、と言うか、既に憧れにも似た感情を抱いている。
    また、選択を誤ってしまったようだ。

    それにしても――

    ほむら「さっきの念話は何だったの、キュゥべえ?」

    Qべえ「いや、ちょっと使い魔に捕まりそうになってしまって……」

    問い詰めると、キュゥべえは申し訳なさそうに俯く。

    マミ「キュゥべえったら……すぐ近くに私がいるのに、
       念話まで使って暁美さんに助けを求めるんですもの……傷つくわ」

    巴さんは恨めしそうに言っているが、その表情は穏やかで、すぐに冗談だと分かる。


    210: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/13(土) 21:32:04.75 ID:8KnesYjR0

    さやか「えっと、キュゥべえだっけ? この子が見えてるって事は、
        あたしやまどかも、魔法少女になれるって事だよね?」

    まどか「そっか……私も、魔法少女になれちゃうんだ……」

    さやかの何気ない質問に、まどかは感慨深く呟く。

    マズい流れだ。

    自分に自信を持てないまどかは、誰かの役に立てる、と言う状況を心から渇望している。
    自分が魔法少女になれると知れば、一も二もなく即決の可能性がある。

    しかも、目の当たりにした初戦は、巴さんの華麗な圧勝だった。
    魔法少女への憧れは強いだろう。

    さやか「あたしもなってみたいな、魔法少女。
        それで、悪い魔女を、バンバンッて」

    Qべえ「そ、それはダメだよ!」

    キュゥべえは興味津々と言った風のさやかに抱えられながら、
    困ったように触腕をブンブンと上下させる。

    ジタバタと手足をバタつかせ、逃げ出そうとしている。

    マミ「う~ん、そうねぇ……」

    巴さんは仲間が増えるかもしれない予感に、嬉しそうに思案を始めている。

    もう、猶予はない。
    ここで、魔法少女の真実を語らなければならない。


    211: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/13(土) 21:33:02.90 ID:8KnesYjR0

    ほむら「魔法少女なんて、そんなにいいものじゃないわ……。
        恐ろしい真実だって抱えている」

    私は意を決して語る事にする。

    キュゥべえも、ついにその時が来たのかと、手足をバタつかせるのを止め、
    神妙な視線を私に向けて来ている。

    マミ「魔法少女の……恐ろしい真実?
       インキュベーターがどうこう、ではなくて?」

    巴さんも怪訝そうに聞き返して来る。

    まどかとさやかも、私とキュゥべえの様子にただならぬモノを感じたのか、
    押し黙って、ゴクリと喉を鳴らす。

    ほむら「魔法少女は………」

    私が口を開いた瞬間だった。

    ??「へえ、魔女の気配が消えたと思ったら、面白そうな事話してんじゃん」


    212: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/13(土) 21:34:03.67 ID:8KnesYjR0

    離れた位置から聞こえた声に、私達五人は振り返る。

    そこには、真っ赤な髪をポニーテイルで纏めた、ヨットパーカーとショートジーンズの少女と、
    髪と同じ、濃い緑色のワンピースに身を包んだ幼い少女――杏子とゆまの姿があった。

    ゆま「………」

    まだ印象が悪いのか、ゆまは私と巴さん、キュゥべえに警戒の目を向け、
    杏子は杏子で、口元に笑みを浮かべながらも此方を睨め付けている。

    初対面のまどかとさやかは、杏子の放つただならぬ気配を警戒し、
    キュゥべえは先日の申し訳なさもあって俯き、巴さんも押し黙って状況を見守っている。

    意図せずに、役者は揃った。

    今、賽は投げられた。

    杏子「聞かせてもらおうじゃん、魔法少女の真実ってヤツをさ」


    225: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/14(日) 00:02:19.70 ID:JQ3gQe3L0

    第5話「いい加減にして」


    私の転校から、早くも一週間が過ぎた。

    見滝原総合病院の駐車場に、私と巴さんはいた。

    マミ「ッ……はぁぁ……」

    項垂れるように息を吐いて、膝をつく巴さん。

    ほむら「大丈夫ですか……巴さん?」

    マミ「え、ええ……大丈夫よ」

    心配そうに尋ねる私に、巴さんは力なく笑って応えた。

    マミ「本当……情けない先輩で……困っちゃうわよね」

    自虐的な言葉を口にしながら、巴さんは立ち上がる。


    226: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/14(日) 00:04:24.95 ID:JQ3gQe3L0

    実は先ほど、私達は魔女退治を終えたばかりだ。

    相手は仇敵とも言うべき魔女・シャルロッテ。
    幾つものループで巴さんを葬った強敵だった。

    実際、今回は大苦戦だった。

    あの日、魔法少女の真実を打ち明けてから、初めての魔女退治。

    魔女が元は魔法少女だと知ってしまった巴さんの攻撃は精彩さを欠き、
    私がアシストしながらようやく倒したのだ。

    ほむら「使って下さい、巴さん」

    私は手に入れたばかりのグリーフシードを巴さんに手渡す。

    マミ「ごめんなさい、使わせてもらうわ……」

    巴さんは弱り切った笑みを浮かべながら、ソウルジェムにグリーフシードを翳す。
    穢れとなる絶望がグリーフシードへと転移するが、巴さんのソウルジェムの輝きは、
    今の彼女の笑顔と同じく、暗く沈んでいた。

    もう、このグリーフシードも使い物にならない。

    ほむら(早く、立ち直って貰わないと……)

    私は焦燥感と共に、一週間前のやり取りを思い出す。


    227: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/14(日) 00:05:34.12 ID:JQ3gQe3L0

    『ひどいよ……こんなのって、あんまり、だよ……』

    『え、だ、だって、ほむらもマミさんも、それにそっちの杏子ってヤツだって、
     い、生きてるよね? ソウルジェムが本体なんて………』

    『魔女が、本当は魔法少女……それなら、私が今まで手にかけて来たのは……』

    『じゃあ何か……アタシらは、怪物になるゾンビにされたようなモンじゃないか!?』

    『きょ、キョーコ……うっ、うぅぅ、うえぇぇぇん』

    『ぼ、ボクが……ボクが悪いんだ……。
     ボクがマミを魔法少女にさえしなければ……。
     杏子の契約前に、ボクがこの街に来てさえいられたら……まだ、違ったかもしれないのに』


    阿鼻叫喚、とは言わないが、混乱した場を見ながら、私は自分の過ちを呪った。

    憧れを抱いた魔法少女の末路を知った、まどかとさやかもうそうだが、
    既に魔法少女だった巴さんと杏子は絶望感にも近い虚脱感や怒りを感じており、
    杏子の苛立ちに当てられ、直前の話のショックもあって泣き出すゆま、
    キュゥべえも過去の過ちに押し潰されそうになって涙混じりの悔恨の声を吐く。


    228: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/14(日) 00:06:36.84 ID:JQ3gQe3L0

    『元はと言えば、お前らがこんなフザケたモンを作ったからだろ!』

    『やめなよ! キュゥべえはあたし達に協力してくれているんだよ!
     それに、キュゥべえは悪く……ないじゃん……』

    『どうすればいいの……これから……ねぇ! どうすればいいの!?』

    『ゴメンよぉ………うぅぁぁぁあぁぁ……』

    『うわぁぁぁぁん』

    『み、みんな……やめてよ、こ、こんなの……イヤだよぉ……』


    キュゥべえとゆまの泣きじゃくる声に、耐えきれなくなったまどかがしゃくり上げ、
    話はそこで強制終了となった。

    私のループの事もショックだったのだろう。
    さすがに、私の願いについては、語れず終いだったが、
    あの状況でそこまで話せば、混乱した場が余計に混乱するだろうし、
    今は話せなくても良い。

    ただ、まどかとさやか、それにゆまを魔法少女から遠ざける事は出来る。
    そんな打算的な自分に、思わず吐き気を覚えた。


    229: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/14(日) 00:07:06.06 ID:JQ3gQe3L0

    マミ「…………」

    しかし、思った以上に巴さんの消耗が激しい。

    あの時のように、絶望の末に狂気にかられないだけマシと言えばマシなのだが、
    それでも、今の巴さんの状況はあまりにも芳しくない。

    呪いこそ生んでいないが、ソウルジェムの輝きは鈍っており、
    絶望感に押し潰されそうになっているのが分かる。

    それ故に魔力の消耗は激しく、私がストックしていた5つのグリーフシードの内、
    既に4つが、使い魔退治で損耗してしまっている。

    今はまだ、必死に抗ってくれているが、
    こんな精神状態が続けば、いつかは押し潰されてしまう。

    ほむら「………」

    こればかりは、巴さんが自分で乗り越えなければならない以上、
    私にはどうしようもない。

    とにかく、今は病院内に隠れているキュゥべえと合流し、
    家に帰って身体も心も休めなければ……。

    そう思って声をかけようとした瞬間だった。


    230: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/14(日) 00:08:54.19 ID:JQ3gQe3L0

    まどか「ほむらちゃん……マミさん……」

    さやか「また、その……魔女が出たの?」

    少し驚いたような、戸惑ったような声に、私達は振り返った。

    そこには、キュゥべえを抱えたまどかと、さやかの姿があった。

    ああ、そうか、ここにはさやかの幼馴染みで思い人の上条恭介が入院しているのだ。
    おそらく、見舞いに来たさやかと付き添いのまどかが、
    院内に隠れていたキュゥべえを見付けて合流したのだろう。

    Qべえ「ほむら、マミ……大丈夫だったかい?」

    まどかの腕から飛び降りたキュゥべえが、心配そうに此方を窺う。

    マミ「ええ……大丈夫よ。暁美さんのお陰で何とか倒せたわ」

    弱々しい笑顔を浮かべて応える巴さん。

    それを心配そうに無言で見つめるまどかとさやか。

    気まずい雰囲気が、辺りに充満して行く。


    231: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/14(日) 00:10:23.13 ID:JQ3gQe3L0

    巴マミの住むマンション――

    『………そうだ、私の家に来ないかしら?』

    私達は、張り付いたような笑顔を浮かべる巴さんの提案に従い、
    彼女の住むマンションへと移動した。

    マミ「さあ、あがって」

    ほむら「お邪魔します」

    このループでは初めてとなる彼女の部屋に上がる。

    まどか「お、お邪魔、します」

    さやか「お邪魔します……」

    後ろのまどかとさやかは、初めて先輩の家に上がる緊張感に加えて、
    奇妙な居たたまれ無さも感じているようだった。

    だが、ソウルジェムとグリーフシードのシステムを知った以上、
    少しでも私達の力になりたいと考えてくれているようで、
    今日も巴さんを励まそうと考えているのではないだろうか?


    232: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/14(日) 00:11:42.83 ID:JQ3gQe3L0

    マミ「昨夜、久しぶりに焼いてみたんだけど、お口に合うかしら」

    巴さんは無理に笑顔を装って、手製のチーズケーキとお気に入りの紅茶を出してくれた。

    私達は礼を言ってから、ケーキに口をつけた。
    甘くて、濃厚なチーズの味とさっぱりとしたレモンの味が美味しく、
    砂糖を控えめにした紅茶とよく合っていた。

    まどか「美味しいです、マミさん!
        今まで食べたどのお店のケーキや紅茶より、ずっと」

    さやか「本当! すぐにでもお店開けちゃいますよ!」

    マミ「…………お世辞でも嬉しいわ」

    無理に囃し立てるようなまどかとさやかに、巴さんも知ってか知らずか笑顔で応える。

    確かに、ケーキも紅茶もそこらの洋菓子店に引けを取らない完成度だが、
    やはり、いつもの優しい笑顔を浮かべた巴さんが作ったソレに比べると見劣りを感じてしまい、
    それを知っている私と、その事実に気付いている巴さんの間では、お世辞であっても、ウソを言う事は憚られた。

    キュゥべえ「………」

    ただ、キュゥべえだけは押し黙ったまま、一口も手を付けられずにいた。

    そんな時だった。


    233: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/14(日) 00:12:57.90 ID:JQ3gQe3L0

    杏子「邪魔するよ」

    ベランダの方から聞こえた声に、私達は振り返る。
    そこには、杏子と、おどおどとした様子で杏子から少し離れた位置に立つゆまの姿があった。

    巴さんの部屋はかなり上階にある。
    おそらく、魔法少女の力を使って、壁面を登って来たか、
    隣のビルから飛び移ったと言う所だろう。

    杏子「へえ、美味そうなケーキ食ってんじゃん」

    ベランダにスニーカーを脱ぎ捨てた杏子は、家主に無断で部屋に立ち入ると、
    勝手に空いているスペースに座り込むと、手の付けられていなかったキュゥべえのケーキを手づかみで頬張った。

    キュゥべえは一瞬、文句を言いかけたようだが、
    おそらく、自分にその資格は無いとでも思っているのだろう、
    すぐに俯いて押し黙ってしまった。

    さやか「ちょっとアンタ!」

    杏子「………なんだよ、やんのかよ? 人間様」

    代わって抗議に立ち上がったさやかに、杏子は自嘲気味に声を投げかけた。

    その言葉に、全員が息を飲み、ベランダに立ち尽くしたままのゆまは痙攣したように身体を震わせた。


    234: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/14(日) 00:14:25.84 ID:JQ3gQe3L0

    杏子「人間様がゾンビに楯突かない方がいいよ?
       ぶっ潰されたって、文句は言えないんだからさ」

    そう言って、まだ半分以上残っていたケーキを、一口で飲み込む。
    食べている、と言うよりは、最早、栄養を吸収しているとでも言うような食べ方だ。

    料理を味わっている、と言う感じはない。
    いや、もはや料理と言う次元どころか、食料として見ていない。

    彼女の信条を知る人間からすれば、信じられない食べ方だった。

    さやか「アンタ……」

    さやかは消え入りそうな声を漏らすが、言葉が続かない。

    杏子「で? ゾンビとゾンビ候補に宇宙人様が雁首そろえて何やってんの?
       まさか、傷でも舐め合ってお友達ごっこかい?」

    杏子はそう言って、馬鹿馬鹿しいとでも言いたげに短いため息を吐いた。

    そこで、限界だった。

    ゆま「………もうヤダぁぁっ!」

    この場にいた、一番小さな少女の心が、悲鳴を上げた。


    235: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/14(日) 00:15:28.11 ID:JQ3gQe3L0

    杏子「チッ………どうしたんだよ、ゆま」

    杏子は苛立ち混じりの舌打ちの後、努めて優しい声を彼女にかけたが、
    その声音は苛立ちで強張っている。

    ゆま「キョーコきらい! ママみたい!
       ママじゃないけど、ママみたい!

       いつものあったかいキョーコがいい!
       ママみたいなキョーコはヤダぁ!」

    ゆまはイヤイヤと、何度も頭を振って泣き叫ぶ。

    杏子「ッ……! ……………、クソッ……」

    何かを言いかけた杏子だったが、立ち上がりかけた所で言葉に詰まり、
    やはり苛立ちを隠せずに座り込んでしまった。

    おそらく杏子は、この一週間、ずっとこんな態度だったのだろう。
    そして、苛立ち続ける杏子に、ゆまは文句も言わずに寄り添っていたのだ。

    最初に見た二人の僅かな距離は、今の二人の心の距離、そのものだったのだ。

    杏子は俯き、ゆまは号泣、さやかは立ち尽くし、まどかはどうしたものかとオロオロし、
    キュゥべえはゆまのもらい泣きで、今にも爆発しそうだ。
    巴さんだって調子が悪い、ここは私が………

    マミ「………いい加減にして……」

    ゾクリ、と背筋が震えた。


    236: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/14(日) 00:16:05.70 ID:JQ3gQe3L0

    マミ「何よこれ……」

    巴さんがゆらり、と立ち上がる。

    マミ「……なんなのよ……」

    さながら幽鬼のような振る舞いに、私はかつての恐怖を思い出す。

    マミ「………本当に………」

    全員の視線が巴さんに集まり、あまりの恐怖にゆまも泣き止んでいる。

    マミ「もう……もう、いい加減にして!」

    その怒声に、思わず、逃げ出したいとまで考えてしまった。


    237: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/14(日) 00:17:08.02 ID:JQ3gQe3L0

    マミ「もうたくさんよ! こんな事!

       佐倉さん! ゆまちゃんを泣かせて何が楽しいの!?
       ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ、ゾンビって、
       そんなに何度も連呼しないでよ!
       ただでさえ意識したくないって言うのに、心までゾンビになってしまいそうよ!!

       ゆまちゃんも!
       そんなに泣くまで我慢するんじゃありません!
       佐倉さんが大好きなんでしょう!?
       大好きな佐倉さんに戻って欲しかったのなら、もっと早くに言ってあげなさい!!

       鹿目さんと美樹さんも!
       心配してくれるのは嬉しいけど、そんなに気を遣ってます、なんて態度取らないで!
       こんなイマイチのケーキまで褒められても嬉しくないわよ!!

       暁美さんも!
       そんなに私が頼りにならない!?
       情けない!? こんな私じゃ相談できない!?
       後輩なんだから、もっと先輩を頼ってよ!!

       キュゥべえも!
       あなたは私の命の恩人なの!
       いつまでも塞ぎ込まない、すぐションボリしない!!」

    巴さんの怒声が、順繰りに私達を貫く。
    あの杏子でさえ姿勢を正し、無言で何度も頷くほどの大迫力だ。

    普段怒らない人が怒ると、怖すぎる。

    こんなに怒られたのは、新人時代に無理して足をケガした時以来だ。


    238: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/14(日) 00:18:24.33 ID:JQ3gQe3L0

    マミ「…………ふぅ………スッキリしたわ。
       言いたい事って、言わないとダメね」

    ほむら(ええぇぇ……)

    唖然とする私達の前で、いつものにこやかな笑顔を取り戻した巴さんは、
    ソウルジェムを取り出し、その輝きをチェックする。

    濁りこそまだ取れていないが、濁っていない部分は暖かい黄色の輝きを湛えている。

    杏子「…………何だよ……人を出汁に使ってストレス解消かよ……いいご身分だな、おい」

    杏子は言いながら、ヨットパーカーのポケットに手を突っ込み、
    中からグリーフシードを取り出し、自分のソウルジェムに当てた。

    血のような暗い赤色をしていたソウルジェムが、
    熱く眩い真紅の輝きを取り戻す。


    239: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/14(日) 00:19:09.56 ID:JQ3gQe3L0

    杏子「チッ、最後のグリーフシードだったのにもう使い収めかよ。
       ほれ、キュゥべえ、食っとけ」

    杏子は舌打ちすると、使い切ったグリーフシードをキュゥべえに向かって放り投げる。

    Qべえ「え? う、うわ!?」

    突然の事に、慌てて触腕で受け取ったキュゥべえは、
    少し戸惑った後、背中の回収用の穴にグリーフシードを放り込んだ。

    手を合わせているつもりなのか、触腕同士を合わせた姿は、
    まるで鎮魂の祈りを捧げているようだった。

    杏子「ほれ……来いよ、ゆま……その、悪かったよ……」

    顔ではそっぽを向きながらも、視線だけはゆまに向けて、
    杏子は彼女を手招きする。

    ゆま「キョーコ……キョーコぉ!」

    ゆまは涙を拭って、弾けるような可愛らしい笑顔を浮かべて杏子に飛びついた。

    杏子「わっ!? お前、靴脱げ!?
       いきなり飛びつくな!?」

    どうやら、こちらは完璧に元鞘に収まったと言う所だろう。


    241: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/14(日) 00:19:56.96 ID:JQ3gQe3L0

    まどか「………」

    さやか「………」

    と、此方はまだダメージが大きいようだ。

    最初の頃は優しいお姉さんのイメージだった巴さんが、
    いきなりあんな大声で怒鳴ったのだから、当然だろう。

    ここは私が助け船を出そう。
    と言うか、お願いだからこっちの船に一緒に乗って欲しい。

    ほむら「一人で抱え込んでいるつもりはなかったんですが……、
        すいません、巴さん……」

    まどか「私も……ごめんなさい、マミさん……。
        でも、ケーキは本当に美味しかったんです」

    さやか「私も……アハハ、マミさんの本気のケーキ、いつか食べさせて下さいよ」

    私に続いて、まどかとさやかが頭を垂れる。

    さすがに三人同時に謝られて、巴さんは困惑気味だ。

    マミ「……私も突然怒鳴ってごめんなさいね……。
       もう、こんなんじゃ、先輩失格ね。

       でも、これからは違うわよ。
       ちゃんと頼れる先輩だって所、見せてあげなくちゃね」

    だが、すぐに笑顔を取り戻して、力強く言った。


    242: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/14(日) 00:21:01.76 ID:JQ3gQe3L0

    キュゥべえ「マミ……」

    マミ「………いらっしゃい、キュゥべえ」

    まだ戸惑い気味のキュゥべえを、巴さんは優しく手招きする。
    おずおずと近付いて来たキュゥべえを抱き上げ、ギュッと抱きしめた。

    マミ「あなたの事を知ってから、ずっとずっと、お礼を言いたかったの。
       あの時、私を助けてくれてありがとう………。
       パパとママには、もう逢えないけど……お陰でこんなステキな後輩が出来たわ」

    巴さんは、こちらを向いて優しく微笑みかけてくれた。

    突然の不意打ちに、私は俯いてしまう。

    こんな私を、ステキな後輩と呼んでくれたのは嬉しい。
    だが、私は何度も巴さんを見殺しにしたのだ。

    だが――

    マミ「暁美さんも、昔は昔、今は今……。
       そんなに気にしないで。

       それに、元はと言えば、未来の私?
       そう、未来の私があなたを殺そうとしたのが問題なのだもの。

       それでもまだ、自分を許せないって言うなら、
       私をキュゥべえに会わせてくれたお礼で相殺、と言う事にしましょう」

    ほむら「と、巴……しゃん……」

    しまった、噛んだ。


    243: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/14(日) 00:22:04.68 ID:JQ3gQe3L0

    さやか「ブッ……!?」

    まどか「さ、さやかちゃん、わ、笑っちゃダメだよ!」

    二人とも、そんなに肩を震わせないでよ、
    お陰で涙引っ込んだけれど。

    ああ、だったらこっちにも考えがある。
    丁度、聞き捨てならないセリフを言ってくれた人物が、
    そこで妹分と戯れているじゃないか。

    話の矛先を、全部、そこの真っ赤な人に回してやろう。
    ついでに、その悪人面した化けの皮を剥いでやる。

    ほむら「杏子……さっき、最後のグリーフシードだって言っていたけど、
        まさかあなた、たった十日足らずで、あんな大量のグリーフシードを使い切ったの?」

    杏子「アタシのシマにいた使い魔と魔女、ムシャクシャして全部ノシてたら、
       気付いたら全部使っちまったんだよ……悪いか!」

    ゆま「キョーコ……怒ってたけど、強くて、かっこよかったよ」

    よし、言質は取れた。
    大方、予想通り。


    244: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/14(日) 00:24:04.25 ID:JQ3gQe3L0

    ほむら「いつも言っているのとは、随分と違うわね」

    Qべえ「ほむら、無理に話題をすげ替えるのはさすがにボクも感心しないよ」

    黙らっしゃい。
    本法廷は被告人・佐倉杏子の審問の場だ。
    傍聴者は静粛に願う。

    ほむら「そう、本当に全部退治したのね?」

    ゆま「うん、街のはしっこからはしっこまで!」

    私は敢えて、杏子ではなくゆまに尋ねた。
    幼い子供は正直で良い。

    ほむら「そう、凄かったのね」

    有益な情報提供者に、私はまだ半分残っているチーズケーキを進呈した。
    これは賄賂ではない、情報提供者への誠意だ。

    ゆま「ありがとう、おねーちゃん!」

    ゆまは嬉しそうにケーキを受け取ると、本当に美味しそうに食べ始めた。

    さやか「何か、前にほむらに聞いたアイツのイメージと、随分違うんだけど」

    さやかも、自分と何度も対立したと説明されていた相手の行動に、訝しげに首を傾げる。

    まあ、彼女の真相を話していないのだから当然の結果だろう。


    245: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/14(日) 00:25:26.94 ID:JQ3gQe3L0

    ほむら「実際、どんなループでも本当の彼女はいつもこうよ。
        口では悪ぶっていても、本当は誰よりも優しい、ただ、少し不器用なだけの正義の味方。

        いつもは目を背けていても、いざ、目の前で襲われている人がいたら、
        その人のために戦わずにはいられない……そうよね、ゆま?」

    ゆま「あ、う………うん」

    ようやく、自分の証言が杏子を窮地に立たせている事に気付いたのか、
    ゆまは戸惑いながらも、やはり頷いてしまう。

    まどかと同じく、ウソのつけない子だ。
    …………いや、まどかが彼女レベルなのか?

    まどか「そうなんだ……佐倉さん……杏子ちゃんは、本当は優しい子なんだ」

    まどかが嬉しそうに目を細めている。

    杏子「~~~!」

    四面楚歌、援護射撃のない状況に杏子は恥ずかしそうに顔を真っ赤にする。

    杏子「わ、悪いかよ! アタシだって魔法少女だ!
       気が向いたら、人助けしたっていいだろう!?

       今まで……ずっと、無視してたんだからよ……」

    逆ギレした杏子だったが、すぐに顔を悲しそうに歪めて、言い淀む。


    246: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/14(日) 00:26:39.33 ID:JQ3gQe3L0

    ああ、そうか、彼女も赦されたかったんだ。

    自らの祈りが、家族を壊した。
    そう思いこんだ彼女は自分が悪人になる事で、
    母と妹を殺め、自らも命を絶った父を正当化した。

    お父さんは悪くない、全部、私のせいなんだ。
    私が悪いお願いをしたから、お父さんは怒ったんだ。
    お母さんも妹も、殺したのは私なんだ。
    悪者は私なんだ、私が悪者なんだ、お父さんじゃない。

    まだ幼かった杏子は、それから自らの手を罪で染め上げた。
    彼女がならなければいけなかった、本当の悪人になるために。


    『ただ一つ守りたいモノを最後まで守り通せばいい……それが正解さ』


    彼女はいつだって、本当に守りたいモノのために生きていたんだ。

    だからこそ、自身の、魔法少女の秘密を知り、本当のどん底に突き落とされた彼女は、
    今度こそ、父が守りたかった人の命と笑顔のために、再び槍を握ったのだ。

    ほむら「いいと思うわ……あなたらしくて」

    杏子「~~~! 勝手にしやがれ!」

    本当に聞きたかったであろう言葉に、彼女は顔を真っ赤にしたままそっぽを向いてしまった。


    247: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/14(日) 00:28:05.66 ID:JQ3gQe3L0

    杏子「………………協力してやるよ……」

    しばらくの沈黙の後、ぽつり、と彼女は呟いた。

    私と巴さんは、一瞬顔を見合わせたたが、すぐに言葉の意味を察して笑みを浮かべて頷き合った。

    杏子「か、勘違いすんなよ!?
       グリーフシードのストックがねぇんだ!
       だから、交換条件のグリーフシードの半分、貰うからな!

       そ、それに、このシマもアタシが貰うぞ!」

    マミ「ええ、大歓迎よ」

    ほむら「今のあなたなら、ここを任せても良いわ」

    杏子「だ、だから違うって言ってんだろー!!」

    ゆま「うぅ~、キョーコいじめちゃだめー!」

    巴さんの部屋は、ドッと笑いに包まれた。


    248: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/14(日) 00:30:36.14 ID:JQ3gQe3L0

    ほむら「はい、約束のグリーフシード」

    私は残っていたグリーフシードのストックを手渡す。
    まさか、よりにもよって、残っているグリーフシードがコレとは、皮肉なモノだ。

    人魚の魔女、オクタヴィア・フォン・ゼッケンドルフ。
    魔女となったさやかが遺したモノだ。

    いつのループで手に入れたか覚えてはいないが、盾の奥にしまい込まれていた未使用品である。

    杏子「って、一個かよ、シケてんなぁ……」

    ほむら「あれから何度か使ったのよ。
        あの時、あの場でOKしてくれていたら、
        5つあったストックの中から、サービスで3つ進呈したのに」

    杏子「チッ……はいはい、アタシが悪ぅござんした。
       まぁ、一個ありゃ、大抵の魔女には遅れは取らねぇか。
       今後の報酬は先ず、お前とマミが取ってからだな」

    マミ「あら……嬉しい事を言ってくれるのね」

    杏子「アタシだって、そこまでケチでも外道でもねぇよ。
       それに、恩を売って、一生、パシリにするつもりかもしれないぜ?」

    それはつまり、アレか、
    二つの街を協力して守って行こうと言う協定の前フリと取って構わないだろうか?


    249: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/14(日) 00:31:44.24 ID:JQ3gQe3L0

    Qべえ「どうでもいいけど、そろそろボクを助けてよぉ~、ほむら~」

    ゆま「スゥ……スゥ………」

    キュゥべえは、泣き疲れ、笑い疲れて眠ったゆまに、
    添い寝のぬいぐるみのようにして抱きしめられていた。

    ほむら「男の子が情けない声を上げるのはいただけないわよ」

    私は笑みを浮かべて、巴さんが改めて煎れてくれた紅茶に舌鼓を打つ。

    まどか「キュゥべえ、本当にぬいぐるみみたい」

    Qべえ「まどかまで、ひどいよぉ~」

    口ではそう言いながらも、ゆまを起こさないように身じろぎ一つしない。
    やはり、彼は優しい子だ。

    さやか「別に少しくらい動いてもいいのに……。
        いい男だね~、キュゥべえは」

    さやかもその事に気付いたのか、ニンマリと笑みを浮かべて尻尾を梳っている。
    褒めているのかからかっているのか………後者だな、間違いない。


    250: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/14(日) 00:32:47.33 ID:JQ3gQe3L0

    杏子「ったく、しょうがねぇな、ゆまは……。
       マミ、悪いけど、今日泊めてくんねぇか?

       ここんトコ、真面目にホテル泊まってたら、金が、さ」

    マミ「私はいいわよ。
       ゆまちゃんをこのまま起こすのも忍びないし。

       明日は土曜だから、良ければ暁美さんも泊まって行く?」

    杏子の頼みを二つ返事で承諾した巴さんは、私にまで話を振って来た。
    時刻はまだ夕方前、急げば着替えも取って来られる。

    ほむら「じゃあ、お言葉に甘えます」

    さやか「あ、いいなぁ、ほむら。
        マミさ~ん、私もお泊まりした~い」

    マミ「あらあら、じゃあご家族に連絡を取ってからね」

    さやか「よっしゃ!
        ねぇ~ねぇ~、まどかも泊まって行きなよ~、
        今から連絡すれば、夕飯の準備開始前に間に合うじゃん」

    絶えずネコ撫で声を上げ続けるさやか。
    友人とは言え、ちょっと鬱陶しい。

    まどか「う、うん……じゃあ、私もいいですか、マミさん?」

    マミ「ええ、ご家族の許可が出たらね」


    251: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/14(日) 00:33:40.94 ID:JQ3gQe3L0

    結局、その日は巴さんの家で魔法少女とその候補者に、協力者を加えた七人の大合宿となった。

    荷物の準備が必要な私、まどか、さやかは一旦、家に戻って着替え、
    パジャマや宿泊の準備を整え、食材や杏子とゆまの身の回り品を買い出しに出た巴さん達と合流し、
    再び、巴さんのマンションへと戻った。

    自炊組である私と巴さん、さらに父親の料理の手伝いに慣れたまどかを助手に、
    七人分の食事を調理する。

    時間がないので手早くできる餡かけ焼きそばに、野菜にタレを混ぜるだけの回鍋肉と言う取り合わせだったが、
    一番、食べ物にうるさいであろう杏子の太鼓判も貰えて一安心だった。

    ローテーションとコンビを決めた二人一組のお風呂タイムで、
    散々“差”を見せつけてくれた私の相方が誰だったかは今は語るまい。絶対に語るまい。

    そして、全員で遊べるようなゲームをしながら夜遅くまで騒いだ。

    私もつい、羽目を外して少し騒ぎに便乗してしまった……。
    反省しきりである。


    252: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/14(日) 00:35:22.62 ID:JQ3gQe3L0

    今は夜も更けて、就寝時間である。
    広い間取りのマンションだが、一人暮らしの巴さんの部屋に寝具は少ない。

    やはり、荷物を取りに行って正解だった。
    二人の家にも寄って、盾に布団一式をしまい込む事、実に3回。

    さやかに「ほむえも~ん」などと往年からの人気アニメのように言われたが、
    正真正銘の青い子にだけは言われたくはない。
    ん? となると、紫色の私は怪盗になるのか?

    ともあれ、布団持ち込み組の私、まどか、さやかにキュゥべえを加えた4人はリビングに、
    寝室はベッドの所有者である巴さん、来客用布団の杏子とゆまが占領と言う具合だ。

    頭の上の方で、お気に入りのクッションに寝転がり、
    タオルケットにくるまったキュゥべえの安らかな寝息が聞こえる。

    さやかは先ほど、どこかに行ったようだが、
    ベランダの方が開いた気がしたので、外の空気でも吸っているのだろう。


    253: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/14(日) 00:36:09.97 ID:JQ3gQe3L0

    まどか「ほむらちゃん……起きてる?」

    ほむら「………眠れないの?」

    返事代わりに、尋ね返す私。

    まどか「先輩の家って、初めてで、何だか目が冴えちゃった……」

    ほむら「そう……」

    子供っぽい理由に、私は思わず微笑んだ。

    まどか「あ、笑わないでよ~……」

    まどかは言いながら、布団の上を転がるようにして、私に寄って来る。
    そうして、私と同じ布団に潜り込んで、私に触れる。

    まどか「………良かった……ほむらちゃん、あったかい……あった、かい」

    その声は、少し涙ぐんでいた。

    ほむら「まどか……?」

    慌ててまどかに向き直る。


    254: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/14(日) 00:37:27.70 ID:JQ3gQe3L0

    まどか「……あの時……ほむらちゃんがソウルジェムの事を説明してくれた時、
        わたしにソウルジェムを預けてくれて……私が戻って来た時、ほむらちゃん……倒れてて。
        本当に、ほむらちゃんの身体が死んでるって分かった時……息も出来なくなりそうで、怖くて……。

        でも、ほむらちゃんは、今、ちゃんと生きてるって感じて……だから」

    ほむら「それ以上は、言わなくてもいいわ……まどか。
        辛い役目を押しつけて、ごめんなさい……」

    私は、あの日の事を思い出す。

    ソウルジェムが魂である証明のため、ソウルジェムを持って100メートル離れてもらう役目を、私はまどかに任せた。
    誰が一番、と言うワケではないが、私の願いの起源とも言えるまどかに持って貰うのが相応しいと思ったのだ。


    『クラスのみんなには、ナイショだよっ!』

    『彼女に守られる私じゃなくて、彼女を守る私になりたい』

    『嘘、一個だけ取っておいたんだ』


    私の願いも、繋いだ命も、全ては彼女のためであり、彼女のお陰なのだから。

    だから、私はもう見失わない。
    本当に守りたいものも、仲間も。

    ほむら「大丈夫………私は、死なないわ。
        もう絶対に繰り返さない、今度こそ、あなたやみんなを救うハッピーエンドを迎えてみせる」


    255: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/14(日) 00:38:29.64 ID:JQ3gQe3L0

    私が力強く決意を語った、その時だった――

    杏子「なんだ先客かよ」

    外から不意に聞こえた声に、私達は思わずビクッと震えた。
    杏子の声だ。

    となると、今、ベランダにはさやかと杏子の二人がいるのか?

    誤解は解けていると思いたいが、万が一、喧嘩などと言う事になっては敵わない。
    信じていないワケではないが、いざと言う時に仲裁に入れる体勢を整えた方が良いだろう。

    私はまどかに目配せして起き上がり、二人でカーテンの隙間から外を窺う事にした。

    さやかはベランダの手すりに腕を乗せ、両手で頬杖をついて外を眺め、
    杏子は手すりに背を預けるようにして天を仰いでいた。

    離れた位置なので、杏子からこちらは見えないだろう。


    256: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/14(日) 00:39:43.88 ID:JQ3gQe3L0

    さやか「悪いね、プライベート空間提供できなくって」

    杏子「……ま、お互い様だろ。
       つーか、あん時突っかかって来た元気はどこ行ったんだ?
       元気無さそーじゃん」

    さやか「う~ん………なんかさ、あの日から毎晩、考えるんだよ」

    杏子「ほむらのループの話、ってヤツか。
       何か、アタシとお前が、よく殺し合いしてるって」

    さやか「ああ……それもあるんだけどね………」

    大きくため息を漏らし、さやかはさらに続ける。

    さやか「あたし、ほむらに結構、迷惑かけて来たんだなぁ、って。
        最近、軽く自己嫌悪になるんだわ………。

        こんなヘビーな話、まどかには相談し難いしさ……。
        あの子って子供の頃から、人の悩みで自分も潰れちゃうタイプだから」

    杏子「マミも言ってたけど、昔は昔、今は今だろ。
       お前、アイツのダチだろ………?

       魔法少女になる気もない、自分の身体をこんな石ころとゾンビにしてまで叶える願いなんてない、
       それでいいだろ?」

    さやか「だと思ってたんだけどね………」

    さやかは自嘲気味に呟くと、頬杖を崩して手すりにしなだれかかる。


    257: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/14(日) 00:41:03.00 ID:JQ3gQe3L0

    さやか「今日、さ……何か分かちゃったんだ……。
        なんて言うのかな、“ああ、あたしは魔法少女になるしかない”なんて考えるタイプだ、って」

    杏子「おいおい、そりゃ穏やかじゃないな………。
       自分を引き換えにしてまで叶えたい願いなんて、マジであんのか?」

    さやか「………笑ったらぶっ飛ばすわよ?」

    杏子「さあな……全員起きるほど大爆笑して、大声でバラすかも」

    さやか「いい加減、悪ぶんなって……。……………恋の悩みだよ。
        あたしって、多分、それなりに恵まれてる部類だから、
        あんたやマミさん、ほむらみたいにヘビーな悩みってないからさ、
        命を天秤にかけちゃう願いも、自分で言うのも何だけど妙に軽いんだよ……」

    杏子「恋の悩みねぇ…………………分かんねぇから笑えないね」

    さやか「サンキュ……。
        今日さ、幼馴染みの見舞いに行った時、喧嘩になちゃったんだ……」

    さやかの言葉に、私は驚く。
    上条恭介とのすれ違いが、こんなに早く起きている!?

    さやか「喧嘩、って言っても、無神経だったあたしが怒られただけなんだけどね。
        それで、アイツの……恭介の手がもう治らないって知って、
        魔法少女になる時の願いだったら、恭介の手を治せる、って」


    258: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/14(日) 00:42:00.07 ID:JQ3gQe3L0

    さやかはそこまで言って、自嘲気味に笑ってため息を漏らすと、
    再び、空を仰ぎ見る。

    今夜は曇天、星も見えない。

    さやか「だから、多分、あたしはほむらの体験して来たループの中で、
        ずっと、恭介の手を治し続けて来たんだ………それで、あたしが必ず魔女になる。

        想像だけどさ、それって、あたしが打算で恭介の手を治すんじゃないかな……。
        こんな性格だから、そうじゃない、恭介のためだ、なんて言い張って自滅して、
        魔女になって、みんなを巻き込んで落ちて行っちゃうんだ、な、って」

    杏子「そうじゃねえかもしんないだろ。
       まあ、アタシも人の願いをとやかく言えた義理じゃないけど、
       誰かのために願って、それでしっぺ返し食らうヤツばかりなんて、アタシはイヤだね」

    さやか「じゃあ、何が原因だっての……?」

    杏子「…………………失恋とか?」

    さやか「うわ……リアル過ぎ……」

    さやかは力なくしゃがみ込む。


    259: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/14(日) 00:43:34.97 ID:JQ3gQe3L0

    杏子「アタシは……さ、人間全部、自業自得の人生だと思ってるから、
       魔法少女になるなとも、なれとも言わないけど、
       あんま難しく考えなくていいんじゃないか?
       今回は魔女になんねぇかもしれない、って気楽に考えればいいだろ」

    さやか「…………無理だよ……。
        あたし、自分でも分かるくらい意固地だから。

        聞いてよ、あたし、ホントに最悪なんだ」

    自嘲気味に呟くと、壁に寄りかかり、俯く。

    杏子は興味なさそうな表情をしながらも、視線はさやかから動かさない。

    さやか「アンタが……魔法少女としてちゃんとやってるって聞いた時、
        心のどっかで、“そんなので前やった事は変わんないじゃん”って、
        思っちゃったんだよ………」

    頭を抱え込むようにして、言葉を吐き出すさやか。
    その肩は小刻みに震えている。

    おそらく、泣いているのだろう。


    260: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/14(日) 00:44:53.50 ID:JQ3gQe3L0

    だが――

    杏子「なんだ、そんな事か………当ったり前じゃん、そんなの」

    杏子は言いながら、今度は視線を外に向ける。

    天上の星と違い、地上の星はまだそこかしこで明るく輝いている。

    杏子「それこそ、自業自得の人生さ。
       アタシはツケを払う日が来るまで、見捨てて来た人の分まで、
       真っ直ぐ前を向いて行くつもりだよ………。

       そうしねぇと、聖職者の娘としちゃ格好もつかないしね」

    さやかに向き直って、八重歯を向いてニカッと笑う杏子。

    杏子「いいじゃん。
       良い子ぶったりしない正義感ってのは、アタシは好きだよ。

       これが正しい、正しくない、なんて誰かに吹き込まれた杓子定規押しつけて来る自称・正義の味方より、
       自分の中の価値観が間違ってるかもしれないって悩んでも、
       それでもちゃんと考えを言えるヤツなんて、そうはいないよ」

    さやか「杏子……」

    涙を見せたくない、と思ったのか、さやかはパジャマの袖で涙を拭ってから杏子を振り仰ぐ。


    261: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/14(日) 00:46:03.12 ID:JQ3gQe3L0

    杏子「ただ、さ、魔法少女になるならキュゥべえもそうだけど、
       まどかやほむら、それにマミも説得した方がいいぞ。

       アイツら絶対泣くぞ。
       それこそ、バケツいっぱいにさ」

    さやか「あ………アハハハ……そうだね、そうだ……絶対そうだ。
        こりゃ、無理だわ………さやかちゃん、魔法少女デビュー、大・失・敗……ってか」

    戯けた調子の杏子に、さやかは泣き笑いで応えた。

    さやか「アハハハ………でも、恭介の手、治してやりたかったよ……。
        奇跡も、魔法も、手に届く所にあるのにさ」

    力なく笑い、ベランダに仰向けになるさやか。

    いつの間にか雲は薄くなり、隠れていた月が見えていた。


    262: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/14(日) 00:46:59.52 ID:JQ3gQe3L0

    その時だった。

    マミ「治せるわ!」

    けたたましい音と共に寝室のガラス戸が開き、巴さんがベランダに現れた。

    ちょっと待って下さい!

    私も思わず、こちらのガラス戸を開けてしまう。

    さやか「ちょ!? マミさんだけじゃなくて、まどかもほむらも……。
        み、みんな聞いてたの!?」

    まどか「さ、さやかちゃん、ごめんね……でも、話し声がして、気になって……。
        悩みがあるなら、私にだって打ち明けて欲しいよ!」

    飛び起きたさやかに、まどかが詰め寄る。

    さやか「お、怒んないでよ、まどか。
        って、怒りたいのはコッチだよ!」

    ほむら「………ハァ……大声出さないで。深夜なんだから、迷惑よ」

    大声を出し続ける友人二人に、私はため息混じりに言った。

    私達は誰も寝ていないダイニングルームに向かった。

    お陰で立ち聞きの件は有耶無耶に出来そうだ。


    263: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/14(日) 00:48:02.74 ID:JQ3gQe3L0

    杏子「で、治すってどうすんだよ?」

    せっかちな杏子が、巴さんに問いかける。

    マミ「治癒魔法よ。
       どんなに現代医学で治せなくても、私に暁美さん、それに佐倉さん。
       三人も魔法少女がいるんですもの、大概のケガは治せるんじゃないかしら?」

    確かに言われてみれば、私の視力も心臓病も、魔力で矯正したり治癒魔法で治したものだ、
    もっとも、私の場合は最先端医療を使い、時間をかければどちらも簡単に治せる程度のモノだが。

    如何に上条恭介の腕が奇跡に頼らねば治療不可能とは言え、
    私達の使う魔法も奇跡の片鱗である。

    ほむら「確かに、やってやれない事はないわね」

    さやか「じゃあ、本当に………」

    まどか「良かったね、さやかちゃん! 上条君の手、治せるって!」

    さやか「う、うん、うん! 良かった……良かったよぉぉ……」

    まだ治していないのだ、泣くには早い。


    264: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/14(日) 00:49:48.35 ID:JQ3gQe3L0

    マミ「ただ、神経が断裂しているような傷の治療になると、
       かなり繊細な再生治癒魔法になるわ」

    確かに、キュゥべえの触腕を治療した時のように、
    失った部分を丸ごと再生するのと違い、
    内側でズタズタになっている神経を治すとなると、
    他の組織を傷つけないように慎重にやる必要があるだろう。

    杏子「それに、気付かれるワケにもいかないだろ? どうすんだ?」

    ほむら「そこは私の時間停止でどうにかなるわ。
        かなり長時間止める事になると思うけど……その間に彼が起きる可能性があるわね。
        治癒魔法を使うなら、彼の時間は停止できないわ」

    杏子の質問に、私は思案気味に応える。

    杏子「あ゛~~……嫌だけど、アレ使うか……どうせ、治癒魔法苦手なアタシじゃ役に立たねぇし。
       使えるような手応えはあるんだよな……幻覚魔法使うか、仕方ねぇ……」

    杏子は露骨に嫌そうな顔をした上で、悪態混じりに呟いた。
    幻覚魔法とは初耳だが、そんな魔法があるなら確かに彼に幻覚を見せている間に治療は可能だ。

    方法はトントン拍子に決まって行く。

    さやかの契約前に五人全員が揃う状況なんて、あまり想像もしていなかったが、
    まさか、さやかの魔法少女化回避に、こんな裏技があったとは。


    265: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/14(日) 00:50:24.57 ID:JQ3gQe3L0

    さやか「みんな……ありがとう……」

    涙ぐむさやかに、私達は向き直る。

    ほむら「礼を言うには早いわよ。
        本当に治せるかどうか、まだ分からないんだもの」

    マミ「あら、暁美さん。
       それは治癒魔法担当の私に対する挑戦かしら?」

    ゾクリ、とする。

    こんな事で笑顔のまま怒らないで下さい、先輩。

    とにかく、方法は決まった。
    あとは動き出すだけだ。

    Qべえ「みんなぁ~、どこ行ったんだよぉ~。
        ほむらぁ~、まどかぁ~、さやかぁ~」

    決意を決めた私達の元に、緊張感のない声が響いた。

    途端、私達は噴き出し、笑い合った。

    本当に、こうして全員で笑い会える日が来るなんて、思いもしなかった。


    306: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/15(月) 21:18:03.99 ID:x5uZuvNP0

    第6話「魔法少女にしてよ」


    夜明け前、見滝原総合病院――

    結局、思い立ったが吉日と言う巴さんの言葉で、
    私達は見滝原総合病院に忍び込む事になった。

    まどかとさやか、それにゆまとキュゥべえの四人を外に残し、
    魔法少女三人で忍び込む。

    まあ、忍び込むと言っても時間停止を使い、
    堂々(?)と夜間外来入口から入ったワケだが。

    さやかに教えられた上条恭介の病室に辿り着いた私達は、
    素早く室内に潜り込んだ。

    何度か遠目に屋敷を見た事はあるが、上条家も志筑家と並ぶ街の名士、
    少年バイオリニストに与えられた病室は、
    一人でいるには、あまりにも広すぎる個室だった。

    ほむら「一度、時間停止を解除するわ」

    私は言って、止めたままだった時間を再始動させた。

    恭介「……………」

    そして、当の彼は、まだ夢の中のようだ。


    307: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/15(月) 21:20:20.43 ID:x5uZuvNP0

    全員が打ち合わせ通りの配置に着く。

    先ず、私がセンターに入り、上条恭介と巴さんに片手ずつ触れる。
    コレで二人はこの後の時間停止から除外される。

    巴さんは彼の左腕に近い位置に立って、治癒魔法の準備を開始する。

    最後に、枕元に近い位置に立った杏子が私に触れる。

    ほむら「絶対に離してはダメよ、杏子」

    杏子「ああ、分かってる……離したら時間が止まるんだろ」

    その通りだ、その度に時間停止を解除していては、実際に進む時間の方が無駄になる。
    夜明けは近い、本格的に病院が動き出す前にカタを付けなくては。

    マミ「いいわ、暁美さん、時間停止を」

    ほむら「はい……始めます」

    私の合図で、上条恭介の左手の治療が始まった。


    308: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/15(月) 21:21:33.81 ID:x5uZuvNP0

    私達四人以外の時間が停止し、巴さんが治癒魔法を発動する。

    マミ「………思ったより難しいわね……表面的な傷とか骨折は楽なんだけど……」

    巴さんは僅かに顔をしかめる。
    それもそうだろう、医者が本当に匙を投げた不治の負傷を治療するのだ。

    それこそ、切れた糸の断面を結ばずに繋ぎ治す作業とでも言うべきか?
    しかも、切れた断面の数は、ジグソーパズルの如く複雑かつ無数に存在する。

    いくらベテランの巴さんでも、さすがにこのレベルの治療は難しいのだろう。

    恭介「……ッ……ん、ぅ……」

    上条恭介が、僅かに身じろぎする。

    触れている上に治療の感触があるためだろう。

    ほむら「杏子……!」

    杏子「分かってる……」

    杏子は私に触れながら、反対側の手を彼の額あたりに翳した。
    途端、光、と言うよりは霞のような魔力のうねりが見える。


    309: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/15(月) 21:23:31.97 ID:x5uZuvNP0

    杏子「………あんまり、こっち、見んな、よ。
       お前まで、眠っち、まう、ぞ」

    杏子は途切れ途切れに声を漏らす。
    眠ってしまう、と言う事は睡眠誘導をするような幻覚を見せていると言う事か。

    しかし、想像以上に集中力のいる魔法なのだろう、
    治癒魔法担当の巴さんもなのだが、杏子の額にも大粒の汗が浮かんでいる。

    集中力がいる、と言う事は精神への負担は大きい。
    即ち、魔力の消耗も必然的に多くなる。

    私は単に漫然と魔力を供給しながら時間を停止していれば良いのだが、
    ところが此方は此方で、触れたまま動けない状態で、
    私の魔法の中では一番燃費の悪いコレを使い続けるのだ。

    ほむら(想像以上に、辛い作業ね……)

    見通しが甘かった、とは言わないが、
    言葉通り、想像以上だったとしか言えない。

    恭介「……………」

    杏子「……っ、はぁ、ふぅぅぅ……」

    彼が再び眠りについた事を確認し、杏子は幻覚魔法を解除して深く息を吐いた。


    310: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/15(月) 21:25:33.82 ID:x5uZuvNP0

    マミ「指一本、全部繋がったわ……、次……」

    巴さんは経過を自己申告しながら治癒魔法をかけ続ける。
    まだ指一本か……、事前にカルテを見た時の腕の治療範囲は……。

    いや、思い出すのは止めよう。

    多量の魔力を使う状況でモチベーションを下げるのは自殺行為に他ならない。

    ここは少しでも楽しい事を考えながらでも、魔力の消耗を抑えよう。

    杏子「いっその事、腕切り落としてから生やした方がいいじゃないか?」

    ほむら「物騒な事を言わないで。
        そんな事したってさやかにバレたら、本気で殴られるわよ」

    そう言えば、あの時に預けた特殊警棒を返してもらっていない。
    アレは軽さのワリに、女子供の腕力でも骨を粉砕できるような硬度を誇る。

    いくら魔法少女でも、変身前に殴られたら痛いで済む保証はない。

    杏子「………ああ、それは勘弁な」

    警棒の事は知らない杏子も、そう返しながら笑った。


    311: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/15(月) 21:27:15.59 ID:x5uZuvNP0

    マミ「静かにして、集中できないわ……」

    巴さんの静かな抗議の声に、私と杏子は押し黙った。

    その後は淡々と作業が続く。

    上条恭介が起きかける度に杏子が幻覚魔法で睡眠誘導を行い、
    巴さんが一段落を付ける度に自己申告、私は手を離さぬように時間停止を続ける。

    時間停止の中では、周囲の時は進まない。
    経過時間は自身の体感時間のみが頼りだ。

    しかし、指三本を治療し終えた所で、巴さんの治療速度が格段に上昇した。
    おそらくは慣れと、治療のリズムを掴んだのだ。

    ほぼ全快だった私の魔力も残り半分を切った。
    時間停止の要である盾の中の砂時計が、
    動き出したそうにウズウズしているのではと思ってしまう。

    経験値の高さを活かした燃費の良さが自慢の私でも、
    さすがに、これだけの大量消費はワルプルギスの夜を相手にした時くらいだ。
    いや、実際にワルプルギス戦の方が遥かに消費量が多いワケだが……。

    ええい、あんな気色の悪い笑い声を思い出していては、保つ魔力も保たない。
    ここは友人達の顔を思い出して、気持ちのリセットを………。

    マミ「………終わった……!」


    312: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/15(月) 21:29:34.09 ID:x5uZuvNP0

    巴さんの言葉に、私と杏子から一斉にため息が漏れた。

    やっと終わった。

    ほむら「………っ、ふぅ」

    時間停止状態のまま、上条恭介から手を離す。

    彼だけが時間停止から除外され、私達は一目散に階段の踊り場まで走った。

    踊り場に辿り着いた所で時間停止を解除する。
    下り側の隅、ここなら上からも下からも死角になり易く、少しは休める。

    マミ「随分、濁ったわね……」

    巴さんは変身を解除すると、ソウルジェムを見遣る。

    元から少し濁っていたが、今は暗めの黄土色くらいまで濁っている。
    魔力の残量は3割程度と言った所だろう。

    私のソウルジェムも、濃紫色にまで濁っている。
    残量は4割弱、この後、病院を出るまで時間停止する事を考えると、
    残る魔力は3割強と言った所か……。
    嗚呼、見付かって怒られてもいいので、このまま普通に出て行きたい。

    杏子「ったく……思ったよりも使うな……」

    いつの間にか変身を解除していた杏子は、ため息混じりの悪態をついている。
    まあ、彼女の消耗も私達と同程度だろう。


    313: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/15(月) 21:30:56.36 ID:x5uZuvNP0

    十数分の間休憩して人心地ついた私達は、そろそろ夜の明け始めた空を確認し、
    停止した時間の中を病院の外へと向かった。

    夜間外来入口近くの物陰に、私達の帰りを待つまどか達の姿があった。

    心配そうに、まだ眠たげなゆまを抱きしめるまどか、その頭上にキュゥべえ、
    やや離れた位置に、祈るように両手を握り合わせて俯くさやかだ。

    私達の間では数時間とも言える時間が流れているが、
    彼女達にはまだ30分も経過していないハズだ。

    私が時間停止と変身を解除すると、四人は一斉に私達に気付いた。

    ゆま「ん~、キョ~コ~」

    杏子「ハハハ……待たせたな、ゆま」

    眠たげに寄り添って来るゆまを抱き留めて、杏子は笑う。
    疲れ切った様子だが、その表情はやり遂げた、と言いたげでもある。

    さやか「ほむら、マミさん!」

    祈るような姿勢から顔を上げたさやかが、心配そうに私達を交互に見る。


    314: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/15(月) 21:32:17.56 ID:x5uZuvNP0

    マミ「ええ……成功よ。
       神経は全部繋いで来たわ……少しリハビリは必要だと思うけど、
       頑張り次第では、早くに退院できるんじゃないかしら?」

    私も巴さんの言葉に頷く。

    さやか「よ、良かった……コレでまた、恭介はバイオリンが、弾けるんだ……。
        また、恭介のバイオリンが……聞けるん、だ……」

    まどか「良かった……良かったね、さやかちゃん」

    涙ぐむさやかに、まどかも感涙に咽びながらさやかの背中をさする。

    Qべえ「これで一件落着だね。
        本当に良かったよ」

    キュゥべえは心底嬉しそうに言った。
    おそらく、戦闘や魔女関連以外で魔法少女の魔法が人助けに役立ったのが嬉しかったのだろう。

    杏子「湿っぽい話は無しにしようや。
       使ったモンは、早く回復しないとな」

    杏子は言いながら、昨晩渡したばかりのグリーフシードを取り出した。


    315: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/15(月) 21:33:54.98 ID:x5uZuvNP0

    私の推測が正しければ、全員の残魔力を合わせてやっと魔法少女一人分。

    連携すれば、次に現れるハコの魔女・キルスティンは本来なら苦戦するような強さではないが、
    私や巴さん、それに杏子もトラウマと言う点で相性が悪すぎる。

    万全とまではいかなくとも、少しでも魔力は回復しておきたい。

    ほむら(それでも、ようやく魔力二人分、か……。
        一番相性の良いさやかは魔法少女になる事もないし……)

    キルスティンへの最大の対処方法はスピードだ。
    超高速で結界内を走り回って魔女と使い魔を撹乱し、
    トラウマを抉られる前に、彼女の身体であるモニターを斬り抉るのが必勝パターン。

    まあ、無いものねだりをしても始まらない。

    それに私は、いや、私達はそんな損失以上の達成感を得ているのだから。


    316: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/15(月) 21:35:33.41 ID:x5uZuvNP0

    杏子「先に使えよ。
       あ、但し、二人で半分までな」

    マミ「三分の一ずつではダメなのかしら?」

    ほむら「そうね、均等に回復する方が利口だわ」

    その方が対処方法にも幅が生まれる。

    杏子「うっせ、ストックの半分がアタシの取り分なんだから契約通りだろ」

    まあ確かに、元はと言えばサービスで彼女に進呈したモノなのだから、
    使わせてもらえるだけ有り難いと思おう。

    杏子「ほれよ」

    杏子が、私に向かってグリーフシードを放り投げた。

    その瞬間、白い影が私の目前を過ぎった。


    317: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/15(月) 21:37:54.00 ID:x5uZuvNP0

    QB「やれやれ、人間の魂だったものを放り投げるのは感心しないね」

    ほむら「インキュベーター!?」

    淡々と語るインキュベーターの口には、オクタヴィアのグリーフシードが咥えられている。
    どうやら、あの瞬間に奪われてしまったようだ。

    さやか「こ、コイツがインキュベーター……!?」

    まどか「キュゥべえにそっくりだけど……けど、何だか……」

    ゆま「………ゆま、この子、きらい……」

    キュゥべえに慣れた三人は、初めて目にする本当のインキュベーターに不快感を持ったようだ。

    杏子「人間の命を散々玩んでるテメェらが言えた義理かよ!」

    激昂する杏子は、槍だけを具現化して威嚇する。

    マミ「そうね……宇宙のエネルギー枯渇回避のため、とは聞いたけど、
       あなた達のエネルギーの無駄遣いのツケを回されるような謂われわないわね」

    巴さんもいつでも変身できるようにソウルジェムを構える。

    ほむら「キュゥべえ……!」

    Qべえ「う、うん!」

    まどかの頭の上に陣取っていたキュゥべえを呼び寄せ、私は肩の上に乗せる。


    318: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/15(月) 21:38:54.81 ID:x5uZuvNP0

    QB「話はどこまで行っても平行線だね。
       故に、交渉は不可能だと判断させてもらったよ」

    インキュベーターがそう言うと、物陰から他に三匹のインキュベーターが現れた。

    QB2「悪いけど、このグリーフシードは僕達で回収させてもらうよ」

    QB3「ちょっとした実験材料に使わせてもらいたいからね」

    QB4「追って来たければ、来ても構わないよ」

    インキュベーター達は口々に言うと、一瞬、もみくちゃになるように絡まり合い、
    全員が同じ方角に向けて走り出した。

    Qべえ「ああ!? しまった!?」

    キュゥべえはその光景に、グリーフシードが奪われた、と言う以上の驚きを見せた。

    ほむら「ど、どうしたの?」

    Qべえ「アレじゃあ、誰が持っているか分からないよ!」

    キュゥべえに言われて、私もその困難さに気付いた。


    319: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/15(月) 21:40:07.67 ID:x5uZuvNP0

    四匹のインキュベーターには個体差など一切無い。
    それらが一瞬、絡まり合った事で最初に現れたインキュベーターが誰かなど分かるハズがない。

    いや、だが、同じインキュベーターのキュゥべえなら個体差を識別できるのではないだろうか?

    マミ「キュゥべえなら分からない?」

    巴さんもその事に気付いたらしい。
    しかし、彼から返って来た言葉は予想外だった。

    Qべえ「分からないよ! ボク達は全部が完全に同じ個体なんだ。
        そりゃあ、着任地に合わせて多少の調整を受けた個体はいるけど、
        ボク達は、君たち地球人ほど多種多様じゃないんだよ!」

    ほむら「盲点過ぎたわ……言われてみれば、確かにその通りだわ」

    全体で一つの個体のインキュベーターに、個体差など必要ないのだ。

    杏子「チッ、見失う前にとっつかまえてやる!」

    杏子が走り出し、私達も後を追って走り出す。

    ほむら「あなた達も狙われるかもしれない!
        まどか、さやか、ゆま! 三人とも後について来て!」

    戸惑うまどか達に声をかけて走り出す。


    321: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/15(月) 21:43:02.00 ID:x5uZuvNP0

    杏子「待てよ、このぉっ!」

    一番前を走る杏子のずっと先に、インキュベーターの姿が見える。

    やはり小動物型だ、素早く見えてもコンパスの幅が大幅に違う上に、
    此方の方が体力も………あ、いや、ゆまとキュゥべえ以外は徹夜して、
    さらに私を含めた魔法少女は全員、上条恭介の治療で激しく消耗している。

    これ以上は引き離される事もないだろうが、
    見失わないように走るので精一杯だ。

    さやか「ちょ、ちょっと、みんな早いよ~!」

    ゆま「わ~、サヤカおねーちゃん、キョーコみたい」

    まどか「さ、さやかちゃん、早すぎるよぉ~!?」

    徹夜した上に、小脇にゆまを抱えて、まどかの手を引いてるそこの青い鉄人が何か言っているが、
    何でその状態で、消耗しているとは言え魔法少女の脚力について来れるのか!?

    魔法少女じゃなくて、実はマスクのバイク乗りな改造人間だと言われても、今なら信じられそうだ。

    Qべえ「ほむら、急がないと!」

    ついでだ、この肩の上の白いナマケモノも預かってくれ。

    ほむら「さやか、この子もお願い!」

    Qべえ「きゅっぴゃ!?」

    さやか「うわっと!」

    さやかはサッカーボールをトラップする要領でキュゥべえを受け取ると、上手く頭の上でキャッチする。

    ツッコまないわよ、もう。
    サッカー日本代表にでもなってしまえ。


    322: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/15(月) 21:44:29.02 ID:x5uZuvNP0

    気を取り直して私は前方のインキュベーターに意識を集中する。
    数は四匹。

    なら、全てサブマシンガンで蜂の巣……は、グリーフシードを破壊しかねない。
    モノ扱いは気が引けるが、今の私達には絶対必要だ。

    どれが本物か……いや、あの絡み合った瞬間に誰かにパスしている可能性は否定できない。
    時間停止で追い付いて、確認したいが、咥えていない可能性が圧倒的に高い。

    触腕の陰に隠したか、万が一にも回収口に入れられていたら、それこそ私に確認方法などない。

    なら、接近して全ての個体の足をナイフで切り落とすか?

    それこそ回収口の中で処分されてしまうだろう。

    しかし、バラバラに逃げた方が効率が良かったろうに……ただの時間稼ぎの撹乱か?

    八方塞がりのまま追跡は続く。

    ほむら(実験とか言っていたけど……さやかの魂だったものを、
        そんなものの材料にされてなるもんですか!)

    都合が良いかもしれないが、せめて、彼女の魂はキュゥべえの中に弔ってやりたい。
    それが、この時間軸で改めて友となってくれた彼女に出来る、せめても償いだ。


    323: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/15(月) 21:46:08.51 ID:x5uZuvNP0

    追跡距離は、それ程ではなかった。

    病院から2キロと離れていない高速道路。

    インキュベーター達は高い柵を乗り越え、
    私達は先頭を行く杏子が蹴破った非常扉から中に入る。

    早朝の高速道路など、走っているのは運送関係のトラックくらい……。
    そう考えていた私達の想像は裏切られた。

    ほむら「そ、そんな……」

    愕然としながら、思考を走らせる。
    今日は何日だ?

    私の転校日は4月25日の金曜日。
    それから一週間して、昨日は5月1日の金曜日、
    土曜の今日はゴールデンウィーク初日じゃないか。

    高速道路に立ち入った私達の前には、猛スピードで走る大量の自家用車や観光バスの姿があった。

    渋滞こそ起こしていないが、車の台数はかなりのものだ。


    324: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/15(月) 21:47:41.84 ID:x5uZuvNP0

    QB「さあ、実験開始だ」

    一匹のインキュベーターが、触腕を器用に操って道路の向こう側へとグリーフシードを放り投げた、
    反対車線とを仕切る柵の植え込みに落ちるグリーフシード。

    それを確認すると、インキュベーター達は一斉に車道に飛び込んだ。

    ほむら「みんな、見ないで!」

    私は咄嗟に、後ろにいた四人の前に躍り出て、彼女たちの視界を塞いだ。

    鮮血こそなかったが、猛スピードで行き交う車両に巻き込まれたインキュベーターは一瞬でミンチとなり、
    巻き散らかされた死体は車体をスリップさせる。

    途端、急ブレーキ、クラクション、激突音が次々と連鎖的に巻き起こる。

    大規模玉突き事故だ。

    家族連れ、観光客、そんな彼らを巻き込んでの凄惨な大事故が人為的に引き起こされた。

    巴さんは、交通事故のトラウマを抉られ、肩を抱いてガクガクと震えている。
    だが、崩れ落ちる事なく両の足で立つ姿は、流石であるとしか言いようがない。

    杏子「あ、アイツら……何をしたんだ……じ、自殺、か?」

    杏子もトラウマを抉られたのだろう、愕然として目を見開いている。


    325: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/15(月) 21:48:57.91 ID:x5uZuvNP0

    そこで、私はインキュベーター達の悪魔のような狙いに気付いてしまった。

    交通事故現場、悲鳴と怒号とで埋め尽くされた光景。
    なんて事だ、病院なんて非じゃない程に埋め尽くされた絶望感は、魔女の格好の餌場であり力の源だ。

    ほむら「い、インキュベェタァァッ!!」

    私は怒りを堪えられずに叫んでいた。

    そんな事のために、この凄惨な事故を演出したと言うのか!?
    これが実験だと言うのか!?

    QB「呼んだかい?」

    声のした方角を振り返ると、高速道路の柵の上に数十匹のインキュベーターが並んでいる。
    おそらく、細切れに千切れ飛んだ個体を回収するために予め集結させていたのだろう。

    私は変身すると、魔女戦の切り札の一つとも言える設置型の重機関銃を取り出す。
    もう、まどか達の前だとか、キュゥべえの前だとかは関係ない!
    このまま全部、薙ぎ払ってやる!


    326: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/15(月) 21:50:24.82 ID:x5uZuvNP0

    怒りに燃えて睨め付けていると、一匹のインキュベーターが肩を竦めた。

    QB「やれやれ、僕達に構っている余裕があるのかい?
       ここにはいわゆる負の感情が満ちているんじゃないのかな?

       それを吸って孵化する魔女の能力がどれだけのものか、
       分からない君じゃないだろう、暁美ほむら?」

    呆れているのかも分からないような淡々とした物言いに、
    私はハッとなって振り返った。

    『GYYYAAAAAAAAAAAA!!!!』

    その瞬間、もう二度と聞きたくないと思っていた魔女の産声が上がった。

    雄叫びとも言える産声と共に発せられた魔力の衝撃波が辺りを包み、
    私達は魔女の結界へと放り込まれた。


    327: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/15(月) 21:52:15.78 ID:x5uZuvNP0

    閃光にも似た魔力の衝撃波が止むと、そこは今までに見た事もない結界の中だった。

    ほむら「オクタヴィア……フォン……ゼッケン、ドルフ」

    私は呆然と呟く。

    ほむら(さやか……!)

    いつものように駅近くや駅構内で誕生しなかったせいなのか、
    線路とコンサートホールをごちゃ混ぜにしたかのようだった結界は、
    事故現場の高速道路のイメージを取り込み、
    無数の蠢動するハイウェイが較差した、血塗れのコンサートホールと化していた。

    まどか「な、何……これ……酷い……」

    まどかは辺りを見渡しながら、ゆまとキュゥべえを抱き寄せて震えている。

    この結界の凄惨なイメージは、あまりにも酷過ぎる……。

    『GGGGG、GYYAAAAAAAAA!!!』

    その中央に座す、鉄仮面で顔を覆った人魚の騎士が、雄叫びを上げる。

    ハイウェイに大量の真っ黒な少女ダンサーが現れ、
    天井から逆さづりになった舞台に、黒い少年バイオリニストが逆さまに現れた。

    車輪の代わりに、無数のハイウェイの上を駆けるのは血塗れの乗用車とトラック。
    それらがハイウェイに現れたダンサーを次々に轢き殺して行く。

    勿論、本物ではないが、リアルな造形に思わず吐き気を催す。


    328: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/15(月) 21:55:46.11 ID:x5uZuvNP0

    杏子「クソッ……厄日かよ、こんな時に……こんな魔女って」

    変身しながら悪態を吐く杏子。
    その胸のソウルジェムは、赤黒いと言うか、
    黒にほんのりと赤が混ざった程度としか言えない程黒く濁っていた。

    残量は、間違いなく2割を切っている。

    マミ「さ、佐倉さん、そのソウルジェム……!?」

    巴さんも気付いたようで、仲間の様子に愕然とする。

    杏子「………あんまり使いたくなかったんだよ、幻覚魔法はさ……」

    言葉を吐き捨てながらも、杏子は槍を構える。

    なるほど、どうしてもグリーフシードの半分を使わなければいけない理由が彼女には最初からあったのだ。

    素直に言ってくれていれば、今は杏子だけでも魔力が回復できていたハズなのに……。

    マミ「………愚痴や後悔を言っていられる状況ではないようね」

    巴さんもそれに思い至っていたのだろう、マスケット銃を召喚しながら魔女を見据える。


    329: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/15(月) 21:57:24.55 ID:x5uZuvNP0

    だが、武器を構えながらも、私は考えてしまう。

    よくよく思い出して見れば、杏子が幻覚魔法を使っていた所など、
    数え切れないループの中で一度たりともなかった。

    それに、私は幾度か、杏子に彼女の能力を尋ねた事がった。

    願いの内容に応じて顕現する、魔法少女の最大能力。
    私の時間停止や無限の収納力を持つ盾や、巴さんの拘束魔法のリボンや銃弾がそれだ。

    杏子の答えは決まって、“そんなモンは忘れた”、
    “使えないよ、そんな便利なモン”だった。

    それはつまり、忘れたのではなく、使えなかったのではないのか?

    彼女は自らの願いで破滅を経験し、自らの願いを否定した。
    つまり、彼女は根源の魔法をずっと否定していたのだ。

    この時間軸で使えるようになった、と言うのは、
    つまり、願いを受け入れる心づもりを整えたと言うだけで、
    まだ、そのトラウマを完璧に克服なんて出来ていなかったのだ。

    魔力の消耗が激しいのはそのためだったのだろう。

    ほむら(迂闊だった……もっとちゃんと確認していれば……)


    330: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/15(月) 22:00:10.67 ID:x5uZuvNP0

    ほむら「まどか、さやか、ゆま、キュゥべえ!
        今から障壁を張るわ、絶対に外に出てはダメよ!」

    とりあえず、少しでも魔力に余裕のある私が何重にも魔力を重ねた障壁を作る。

    杏子ほど頑強な障壁は作れないが、これでも無いよりはマシだ。

    改めて、魔女に向き直る。
    既に重機関銃を取り出していたのが幸いした。

    たたでさえ強力な魔女であるオクタヴィアが、
    再生能力以外は凡庸なシャルロッテをあれだけの強力な魔女に押し上げた病院と言う環境、
    それを上回るほどの絶望と怒りが充満した玉突き事故現場で誕生したのだ、
    ワルプルギスの夜クラス、とまでは言わないが、
    どれだけ凶悪な魔女として再誕しているかなど、今は考えたくもない。

    バイオリニストの演奏を聴きながら、ダンサーを轢き殺して悦に入っていた魔女が、
    こちらに気付く。

    『G…………YYYYAAAAAAAAA!!!!』

    攻撃対象が私達に変更された。


    331: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/15(月) 22:02:29.69 ID:x5uZuvNP0

    ほむら「巴さん、杏子! 援護射撃とまどか達の直衛は私が!」

    言いながら、迫り来る車両群を重機関銃で薙ぎ払う。
    蜂の巣になって霧散して行く車両群。

    マズい、拳銃一発でどうにかなっていた車輪とはワケが違う。
    押し寄せて来る絶対量と此方の手数に差が有りすぎる。

    小刻みな時間停止で、押し寄せて来る車両群を止めては撃つの繰り返しだ。
    障壁に使った魔力の消費量と考えて、私の残魔力も2割にほど近い。

    マミ「お言葉に甘えて直接攻撃と行きたいけど、こちらも手一杯よ!?」

    巴さんも悲鳴じみた声を上げている。

    巴さんの全力のティロ・フィナーレなら、車両群を薙ぎ払って本体に有効打を与えられるだろうが、
    この絶え間ない攻撃が相手ではそれもままならない。

    蠢動するハイウェイは地上のみならず、壁面や上空も自由自在だ。
    地対地でも空対地でも、硬直時間の長いティロ・フィナーレなど言語道断である。

    一応、巴さんの構えたマスケット銃は魔力で通常のものより強化されており、
    単発式ではなく、魔力を連射するための小型キャノン砲と言った所だ。

    だが、それも迫り来る車両群を押し留める役目しか果たしていない。

    巴さんの魔力も、どんどん消耗して行く。

    杏子「クッ……ソォッ!」

    杏子に至ってはザコや使い魔への攻撃に回す魔力が残っておらず、避けるだけで精一杯の有様だ。


    332: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/15(月) 22:04:06.79 ID:x5uZuvNP0

    残り魔力は、三人合計で4割強……いや、もう4割を切ったか。
    この状況では撤退も不可能、文字通りジリ貧の負け戦だ。

    ほむら(せめてあと一人……全快状態の仲間がいれば……)

    潤沢な魔力が使える仲間に車両群を薙ぎ払ってもらい、
    私、巴さん、杏子の三人で一点突破をしかければ勝機がある。

    だが、そんな魔法少女はいないし、まどか達を契約させるワケにはいかない。

    何より、今この場で契約を結べるのはキュゥべえだけだ。
    もうこれ以上、私は彼に重荷を背負わせたくない。

    杏子「チッ……早速、ツケを払う時が来ちまったのかね……」

    弱々しい杏子の言葉が聞こえる。

    マミ「こんな……所、で」

    巴さんも悔しそうだ。

    そして、押し寄せる車両群が、一斉に三方向、つまり私達だけに集中した。

    ほむら(押し切られる!?)

    私達三人だけを狙った車両群の突撃は、勢いを増す。


    333: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/15(月) 22:05:23.25 ID:x5uZuvNP0

    ほむら(時間停止で爆弾を……ダメだ)

    私手製の爆弾は、スイッチを押してから数秒で爆発する時限タイプのものだ。
    車両群の中に押し込んでも押し寄せて来る車両群と共に至近距離の爆発を食らう。

    オクタヴィア本体にしかけても、待っている間に押し切られてしまう。
    それどころか、爆弾ごときが通用するのか?

    しかも、爆弾自体は既に彼女に使った事がある。
    学習されていたら、完璧にアウトだ。

    そんな思考の最中、破滅は訪れた。

    私達は攻撃を押し切られて、悲鳴を上げる間もなく壁面へと弾き飛ばされた。

    まどか「ほむらちゃん!? マミさん!? 杏子ちゃん!?」

    ゆま「キョーコぉぉ!! おねえちゃん達……やあぁぁっ!?」

    さやか「あ、ああ………みんなぁっ!?」

    キュゥべえ「そんな……そんな……うぅ」

    まどか達の悲鳴や嗚咽が、遠くに聞こえる。

    良かった、私達だけに攻撃が絞られていたお陰で、まどか達に被害は及んでいないようだ。

    私達は吐血しながらも立ち上がり、自らの身体に治癒魔法をかける。

    全員、魔力は1割にも満たない。


    334: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/15(月) 22:07:38.73 ID:x5uZuvNP0

    『GYYY………AA!!』

    魔女は勝利を確信し、車両群を下げると、舌なめずりするように身体をくねらせた。

    もうこうなったら、ワルプルギスの夜まで武器を温存などと言っていられる場合ではない。
    ロケットランチャーや手榴弾など、今の状況で使える全火力を集中する他ない。

    それで全員生き残れるなら安い対価だ。

    元々、一人でもワルプルギスと戦うために揃えて来た武器だ。
    巴さんと杏子、それにみんなを助けられるなら、失う火力の十倍以上の価値がある。

    私は口元の血を拭って、キッと前を見据えた。

    その時だった。

    「キュゥべえ……契約するよ」

    静かな声が、背後から響いた。

    振り返ると、そこには決然とキュゥべえに向かい合う――

    ほむら「さやか!?」

    友人の姿があった。


    335: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/15(月) 22:08:34.38 ID:x5uZuvNP0

    さやか「ほむら……ゴメン」

    さやかは申し訳なさそうな笑顔を浮かべる。

    ほむら「さ、さやか……ダメ!」

    マミ「美樹さん……いけないわ」

    杏子「………」

    抗議の声を上げる私と巴さん、杏子は言葉を発する気力もないのか押し黙ったままだ。
    まどかもゆまもへたり込んだまま、さやかを見上げている。

    Qべえ「だ、ダメだよ! これ以上、魔法少女を……ボク達の犠牲者を増やすなんて……!?」

    キュゥべえの言葉も尤もだ。

    だが――

    さやか「犠牲なんかじゃないっ!!」

    まどか「さ、さやかちゃん……」

    長く付き合いのあるまどかには、彼女の声音が意味するモノが分かったのだろう。
    彼女の大音声に驚きながらも、その目には悲哀にも似た色が浮かんでいる。


    336: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/15(月) 22:09:52.48 ID:x5uZuvNP0

    さやか「杏子は、あんな酷い事を言っておきながら、謝りもしなかったあたしを赦して、
        ほむらやマミさんと一緒に、恭介の腕を治してくれた……」

    確かに、夜のベランダで語り合っていた時、
    杏子はさやかの考えを聞き、それを受け入れて笑って見せた。

    だが、それとこれとは問題が違う。

    さやか「何度も迷惑をかけてばっかりの私を、友達として受け入れてくれたほむらも、
        優しいマミさんも、あたしは誰も失いたくない……!

        犠牲なんかじゃない……私は、私の意志で……みんなを助けたい!
        だからキュゥべえ、お願いだよ! あたしを、魔法少女にしてよ!」

    Qべえ「う、うぅ……」

    さやかの剣幕に、キュゥべえはたじろぐ。


    337: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/15(月) 22:11:08.00 ID:x5uZuvNP0

    その間にも魔女の攻撃は再開される。

    彼女はやはり自らの手による止めを選んだらしく、両手に持った二本の剣を振り回し、
    使い魔やハイウェイごと私達を攻撃して来る。

    ほむら(こんな状況じゃ、さやかを説得なんて……!?)

    他の二人も、魔女の猛攻を回避するしか出来ない状況だ。
    もう、私の魔力も残り僅か。

    このままでは、待っているのは凄惨な惨殺か、魔力切れによる魔女化。

    しかも、この結界の外は凄惨な事故現場。
    今、目の前にいるオクタヴィア級の魔女が生まれる事になる。

    さやか「このままじゃ、みんな死んじゃうじゃないか!」

    ほむら「さやか、ダメぇぇっ!」

    私は顔を向ける事も出来ず、ただ叫ぶしか出来なかった。


    338: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/15(月) 22:12:01.59 ID:x5uZuvNP0

    さやか「あたしの願いは……みんなを助けたい。
        こんなあたしのために、恭介を助けてくれたみんなの、力になりたい!」

    Qべえ「それが……君の願い、なんだね……」

    静かに、だが力強いさやかの声に、キュゥべえは重苦しく応える。
    さやかの胸元に、爽やかな青空を思わせる輝きが宿る。

    Qべえ「君の願いは……今、エントロピーを…………凌駕した!」

    悔しそうに、苦しそうにその事実をキュゥべえが告げた時、
    光は最高潮となってさやかから僅かに離れた。

    Qべえ「うぅ……ああぁぁ……うわぁぁぁぁ………!」

    それが君の運命だ、とは言わなかった。
    代わりの絶叫が、辺りに響き渡る。

    さやか「ごめん……キュゥべえ、みんな……!」

    涙が一筋、さやかの頬を伝った。

    まどか「さやかちゃん……さやかちゃん……」

    嗚咽を漏らすキュゥべえを抱きしめながら、まどかは譫言のように親友の名を呼ぶ。
    ゆまは声もなく呆然とさやかを見上げる。


    339: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/15(月) 22:12:54.52 ID:x5uZuvNP0

    さやか「行くよ……!」

    さやかは服の袖で涙を拭うと、魔女を見上げてソウルジェムを掲げる。
    魔法少女への変身だ。

    青い光の向こうから、さやかが姿を現す。

    それはいつも私が見てきたさやかの姿とは違った。

    軽装の騎士のようだった姿はそこになく、
    軍礼服のように裾の長い青い縁取りの白い上着と、ショートパンツ、右肩には足下まで届くマント。
    両肩と左腕、右足に小さなプロテクターが装着された、まるで現代ファンタジーのような礼装。
    そして何より、扱いやすそうだったサーベルはなく、
    代わりに長大で幅広の複雑な形をした大剣を担ぐように構えている。

    彼女が初めて、癒し以外の願いで変身した姿だった。

    『GYYY…………!!!』

    目の前に現れた自分自身に、オクタヴィアは一瞬、怯んだように見えた。

    さやかも真っ向から魔女を見据え、私の作った障壁の外へ出ると、大剣を掲げた。


    340: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/15(月) 22:13:57.28 ID:x5uZuvNP0

    さやか「みんな、行くよ!」

    主の叫びに応え、大剣の刀身が前後にスライドした。
    そして、開いた刀身の間に大量の魔力が織りなす青い光の剣が生まれる。

    さやか「はあぁぁっ!」

    裂帛の気合いと共にさやかが大剣を振るうと、
    その魔力が結界内全域に広がり、私達を包み込んだ。

    光の波が通り過ぎると、私達三人の身体を淡い青い輝きが包む。

    その途端――

    杏子「魔力が……戻った!?」

    杏子の言う通りだった、最早、魔女化目前と言うほど消耗していた魔力が、
    ほぼ全快に近い所まで回復したのだ。

    マミ「なんで……ソウルジェムはまだ濁っているのに……」

    しかし、ソウルジェムは濁ったまま。
    浄化したワケではないようだが、欠片ほど残った元の色の部分が眩く輝いている。

    ほむら「……まさか、残った魔力を強化しているの!?」

    他者への魔力強化、それがさやかの力だと言うのか?
    確かに、願いには則した能力と言えなくもないが……。


    341: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/15(月) 22:15:19.21 ID:x5uZuvNP0

    『GYYYAAAAAAAAA!!!!』

    オクタヴィアにも形勢を逆転された事は分かったのだろう。
    雄叫びを上げて車両群の攻撃に切り替えて来た。

    実際には回復してはいないとは言え、魔力の絶対量そのものは全快状態に近い。
    これならば長時間の時間停止が行える。

    マミ「暁美さん、佐倉さん、援護をお願い!」

    ほむら「はい!」

    杏子「任せときな!」

    私と杏子は巴さんの前に躍り出ると、それぞれの武器で車両群を押し退ける。

    さやかも自ら作り出した障壁で、車両群の攻撃からまどか達を守っている。

    マミ「一発だけ、全力で行くわよ!」

    巴さんは巨大なキャノン砲を準備する。
    ティロ・フィナーレだ。

    さやか「マミさん、コレも!」

    さやかは防御しながらも、大剣の切っ先を巴さんに向けた。
    展開した刀身から放たれた魔力が、巴さんを包む。

    今度は巴さんと、彼女の武器が淡い赤い輝きで包まれた。


    342: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/15(月) 22:18:00.90 ID:x5uZuvNP0

    マミ「ティロッ……フィナーレッ!!」

    赤い輝きに包まれた砲身から、今までに見た事もない程の超特大の魔力砲弾が放たれる。

    砲弾は直前に左右に跳び退いた私と杏子の間をすり抜け、前方の車両群ごと魔女を吹き飛ばす。

    『GYYA……AA……』

    車両群が防壁の代わりになったのだろう、
    片腕や胴体の一部を吹き飛ばされながらも、オクタヴィアはまだ辛うじて生きていた。

    まだだ、あと一撃。

    ほむら(……!?)

    そう考えた瞬間、ガクンッと全身の力が抜けた。
    私達を包んでいた青い輝きが消えている。

    どうやら魔力強化にも限界時間があるようだ。

    つまり、時間切れ。

    巴さんと杏子も膝をついて肩で息をしている。
    私達の魔力はもう本当に限界だ。


    343: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/15(月) 22:19:08.56 ID:x5uZuvNP0

    さやかは展開していた大剣を閉じると、オクタヴィアに向き直る。

    さやか「アンタさ……」

    『GYY………』

    さやか「何で、そんなに哀しい声あげるのさ……?」

    前傾姿勢を取り、大剣を背中に担ぐようにして構える。

    さやか「………誰かに、嫌われた? もしかして、大切な人に酷い事でも言った?」

    『GYY……AA……!』

    オクタヴィアは残された腕で、天蓋の演奏者に手を伸ばす。

    さやか「……魔女って、さ……本当は魔法少女なんだよね……。
        大切な、大切な願いだったんだろうね………」

    対するさやかも、視線を天蓋の演奏者に向けた。

    さやか「アンタは……あたしが助けてあげるよ……、
        だからさ……そんな、泣かないでよ………」

    力強く、地面を蹴って跳ぶ。やはり速い。

    細長いマントをたなびかせ、青い弾丸となって飛ぶさやかが、背中に担いだ大剣を振り下ろす。

    さやか「これで………トドメだぁぁっ!!」

    振り抜かれた大剣が、オクタヴィアの身体を真っ二つに切り裂いた。

    さやか「……………………ばいばい……あたし………」

    最後の言葉は、私には聞き取れなかった。


    344: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/15(月) 22:19:48.76 ID:x5uZuvNP0

    魔女が消滅し、結界が消え去ると、私達は事故現場へと戻された。

    誰かが通報したのか、大量の救急車が路側帯や反対車線に駆けつけていた。
    負傷者の救助や搬送が既に始まっている。

    私達はオクタヴィアが、かつてさやかだった魔女が遺したグリーフシードで魔力を回復させる。

    さやか「……………」

    一番離れた位置にいたさやかが、トボトボと歩み寄って来る。
    だが、すぐに顔を上げて笑顔を見せる。

    さやか「アハハハ……ごめん、
        せっかくみんなに恭介の事、治してもらったのに、
        結局、魔法少女になっちゃった、あたし」

    ほむら「………さやか!」

    彼女のお陰で助かったが、感情は別問題だ。
    一言、いや、もっと文句を言ってやろうと声を上げる。

    マミ「………」

    だが、その私の横を、巴さんが無言ですり抜ける。
    そして、さやかの前まで行くと、無言でその頬に平手打ちをした。

    まどかとゆまもその光景に肩を竦め、杏子はどうしたものかと言いたげにため息を漏らす。
    キュゥべえなど、泣くのを止めて驚いたように二人を見ている。

    かく言う私も、巴さんの突然の行動に驚いて二の句も告げない。


    345: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/15(月) 22:22:03.83 ID:x5uZuvNP0

    さやか「マミさん……」

    張られた頬を抑えながら、さやかは呆然と呟いた。
    だが、自分のしてしまった事を理解しているのか、反論も反撃もしない。

    マミ「ごめんなさい……助けて、くれたのに……」

    しかし、巴さんは今度はそのさやかを抱きしめた。

    しゃくり上げる声は、背中越しからでも分かった。

    マミ「ごめんなさい……こんな情けない、先輩で……」

    さやか「マミ……さん……」

    さやかも、目に涙を溜める。
    それは、痛みによるものでない事は私でも分かった。

    さやか「みんな、あんなにしてくれたのに……ごめん、なさい……」

    しゃくり上げる声がもう一つ。
    それからしばらく、事故現場の傍らで二人のむせび泣く声が響き続けた。


    378: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/17(水) 20:54:36.81 ID:vbahPgXs0

    第7話「これからの話をしましょう」


    さやかが魔法少女となった四日後、ゴールデンウィークの連休が明けた後の事だ。
    左腕を完治させた上条恭介が、足のリハビリもそこそこに学校へと復帰した。

    級友達に囲まれる幼馴染みを傍目に、さやかはぼーっとしたまま机に座っていた。

    まどか「いいの、さやかちゃん?」

    さやか「ん、ああ……うん」

    仁美「どうされたんですか、さやかさん?
       折角、上条君が退院されたと言うのに……」

    さやか「ん……ああ、うん」

    ほむら「……数学と国語、それに英語の課題、今日までよ」

    さやか「ああ……うん」

    私達の質問や言葉に、生返事しか返さない。


    379: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/17(水) 20:55:15.56 ID:vbahPgXs0

    別に放心していると言うワケではなく、その目は真剣な色を湛えており、
    何事かを思案しているようだった。

    ふと、人だかりに目を向けると上条恭介も、心配そうにさやかを窺っている。

    ほむら『この態度……もしかして、仲直りしていない……?』

    Qべえ『みたいだね………さやか……』

    私は頭上のQべえとだけ念話する。

    まあ、仲直りする時間もあればこそ、と言うような怒濤の連休初日だったが、
    その後はそれなりに個人の時間も取れていたハズだ。

    その間に仲直りしていないとは………。

    さやか『ねぇ、ほむら……仁美ってさ、恭介の事好きなんだよね?』

    そこへ、当の仁美がいる場で念話を送って来るさやか。

    既に話した事だが、ここで何と答えるべきか、解答に窮する。


    380: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/17(水) 20:55:47.45 ID:vbahPgXs0

    さやか『だったよね』

    無言を肯定と受け取ったさやかから、頷くような声音で念話が届く。

    さやか『あ~あ……折角、ほむら達のお陰で、仁美と同じ土俵で戦える準備してもらったのに、
        自分でチャンスを不意にしちゃうとか、あたしってほんとバカ』

    さやかは自嘲気味に笑うと、スッと立ち上がった。

    まどか「さやか、ちゃん?」

    念話を行っていないまどかには、さやかが急に立ち上がったように見えたのだろう。
    まあ、私やQべえにも突然の行動ではあるが……。

    さやか「仁美、ちょっといいかな?」

    仁美「? 私、ですか?」

    真剣な様子のさやかに、仁美はキョトンとした様子で聞き返した。

    さやか「ちょっと仁美と話があるから、屋上行って来るよ。
        今回は、盗み聞き禁止ね」

    やはり覚えていたか……今回は事前に釘まで刺されてしまった。
    私もまどかも、一応、前科があるので言い返せない。

    教室を出て行く二人を、もやもやとした気分で見送る。


    381: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/17(水) 20:56:19.38 ID:vbahPgXs0

    Qべえ「………さやかが心配だよ……。
        ダメとは言われたけど、追い掛けた方がいいんじゃないかな?」

    キュゥべえが心配そうに漏らす。

    まどか「さやかちゃん……思い詰めちゃう所があるから、私も心配だよ」

    まどかも居ても立ってもいられない、と言った風に立ち上がる。

    ほむら「そうね……。
        さやかが魔法少女になったのも、
        私達が負けそうになった責任でもあるワケだし」

    いくら消耗していた所を罠にハメられたとは言え、
    さやかの変身なしには勝てなかったのだ。

    マミ『ねえ、美樹さんがお友達の子と屋上に上がって行ったのだけれど』

    巴さんも心配そうな念話を送って来た。

    ほむら『巴さんも屋上に来て下さい、階段で合流しましょう』

    私も念話を返し、まどかとキュゥべえと共に屋上へ向かう事にした。


    382: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/17(水) 20:57:10.44 ID:vbahPgXs0

    私達は屋上にたどり着くと、
    出入り口の陰に身を隠して、二人の様子を窺う。

    さやか「何から話そうかなぁ……」

    さやかは思案げに空を眺める。

    仁美は緊張したような面持ちながら、意を決して口を開く。

    仁美「………私も、実はさやかさんにお話があります」

    さやか「恭介の事?」

    言わんとしていた事をズバリと言い当てられ、仁美が面食らっている様は私達からも分かった。

    仁美「気付いて……いらしたんですか?」

    さやか「え? あ、ん、まぁ……いや、何となく、だけど」

    さやかは気まずそうに言い淀む。
    何で、私の回りは嘘の吐けない体質の人間ばかりなのか。
    まあ、良いことではあるが。

    ともあれ、さやかは気を取り直して仁美に向き直る。

    仁美「私も、上条恭介君の事を、ずっとお慕いしていました」

    簡潔に事実だけを述べる仁美。
    ここで敢えて、さやかのために心を押し殺していたと言わないのはさすがだ。


    383: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/17(水) 20:58:28.68 ID:vbahPgXs0

    さやか「うん………」

    仁美「ですが、ずっと上条君の傍で彼を見守っていたさやかさんには、
       先に告白する権利が……」

    さやか「いいよ。仁美が告白しなって」

    言いかけた仁美の言葉を遮って、さやかはあっけらかんと言った。

    一方、仁美も仁美で呆然としている。

    こちらもそれは同じだ。

    さやか「いや~、実はさ、連休前に恭介と大喧嘩しちゃってね。
        見舞いのCD叩き割られるわ何だで大騒ぎ。

        まったく、こんな美少女が毎日毎日見舞いに行ってるのに、
        普通、あんな事するかっての。

        あれ見たら百年の恋も醒めるって、まだ中二だけど」

    手を所在なさげに振りながら、乾いた笑いを交えて語るさやか。
    だが、長年の付き合い故か、それを強がりだと仁美は見抜いていた。


    384: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/17(水) 20:59:14.08 ID:vbahPgXs0

    仁美「嘘です!
       さやかさんは、上条君の事を……」

    言いかけた仁美の言葉を、さやかは手で遮る。

    さやか「……あたしって、そんなに嘘下手かなぁ……。
        ん~、変に言い訳取り繕うのって難しいんだなぁ……」

    仁美「じゃあ、何でですか?
       事と次第によっては、もう、さやかさんをお友達とは思えなくなるかもしれません」

    さやか「遠慮してる、とでも思ってる?
        ………よね、普通は」

    珍しく本気で怒った様子の仁美に、さやかは肩を竦めて項垂れた。

    さやか「……関係者以外に話すのって、有りかどうか悩んだけど、仁美は口固いし、大丈夫か」

    まさか、魔法少女の事を話すつもりなのか!?
    私とキュゥべえは思わず飛びだしかけたが、まどかが私の手を掴む。


    385: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/17(水) 20:59:45.78 ID:vbahPgXs0

    まどか「待ってほむらちゃん……。
        さやかちゃんを、信じてあげて」

    真摯な表情で、私に語りかけるまどか。

    さやかを信じる。

    それは、彼女の行動を信じろ、と言う事なのか、
    それとも、今後、彼女が起こす行動も含めて、彼女の全てを信じろと言う事なのか。

    どちらにせよ、今はさやかの行動を見守る他ない……。

    ほむら「……分かったわ……」

    さやかと一番付き合いの古いまどかがこう言うのだ、
    私は、私の信じたまどかの言葉を信じるしかない。

    Qべえ「………うん」

    キュゥべえも納得したようで、すごすごと私の傍らに戻る。

    マミ「美樹さん……」

    巴さんも、後輩の様子を心配そうに見守っている。


    386: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/17(水) 21:00:17.67 ID:vbahPgXs0

    さやか「実は私、人間じゃなくなっちゃったんだわ……」

    やはり、か。
    さやかは魔法少女の事を話すようだ。

    まどかは、じっとさやかを見守ったまま動かない。
    だが、手はプルプルと小刻みに震え、飛び出したい気持ちを抑えているのが分かった。

    親友二人が恋敵同士とならんとしているのだから、当たり前だろうし、
    何よりまどかは、さやかが魔法少女になった事に対して、少なからず負い目を感じているようでもあった。

    仁美「さやかさんが、何を仰っているのか……よく分かりませんわ」

    一方、仁美は怒りと困惑の入り交じった声を上げている。

    さやか「………こう言う事」

    さやかは辺りに自分たち以外の者がいない事を確認し、ソウルジェムを取り出して変身する。

    って、そこまでやるのか!?

    しかし、仁美は初めて目にする魔法少女の姿に、やはり困惑しているようだった。


    387: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/17(水) 21:01:03.52 ID:vbahPgXs0

    さやか「見て……この剣の鍔の所に、青い石みたいなのがあるでしょ。
        コレがあたしの魂なんだって………。

        今、仁美があたしだと思ってるのは、抜け殻みたいなもんらしくて、
        何て言うか、あたしって、今、ゾンビ?」

    その通りかもしれないが、さやかの言葉は自虐的に聞こえて来る。

    さやか「こんな身体じゃ、恭介に好きだとか、抱きしめてとか、言えないじゃん。
        だからさ、仁美が本気で恭介の事好きだって言うなら、任せられるかな、って」

    仁美「さやか、さん………」

    さすがに目の前に現実を突き付けられては、信じざるを得ないのだろう。

    さやか「そんな変な顔すんなって。
        コレはコレでいいもんだよ、お陰で大切な人達も守れたしさ。
        後悔なんてあるワケ………ううん、後悔してないよ。嬉しかった。
        それだけは、自信持って言い切れる」

    その言葉を紡ぐさやかに、かつて、
    一人でワルプルギスの夜に立ち向かって行ったまどかが重なる。

    親友同士、お互いに似た所もあるのだろう。
    私ではまだ立ち入れない二人の絆に、少しだけ嫉妬する。


    388: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/17(水) 21:01:55.05 ID:vbahPgXs0

    さやか「だから、さ。
        私はこんな状態で、その人達守るのに手一杯だから、
        恭介の事は、仁美が幸せにしてやってよ。

        アイツも、きっと仁美の事なら気に入るよ。
        これでもずっとアイツの幼馴染みしてるからね、アイツの好みなんてちゃんと……」

    さやかは最後まで言葉を紡げなかった。

    仁美が、泣き出しそうな顔でさやかを抱きしめたからだった。

    仁美「さやかさん………こんな、こんなのって……」

    さやか「な、泣くなよ……ああ、もう。
        この間から、こんなのばっかりって……ここん所、涙腺弱いんだから……。
        泣かないって決めて、話する事にしたのに、もらい泣き……しちゃう、じゃん」

    さやかは言いながら、必死に涙を堪える。

    さやか「絶対に、遠慮なんかしないでよ。
        遠慮なんかしたら、こっちから絶交してやるから」

    仁美「はい……」


    390: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/17(水) 21:03:19.10 ID:vbahPgXs0

    マミ「行きましょう……」

    二人の様子を見守っていた巴さんが、私達を促すように歩き出した。
    向かう方向は勿論、二人の方ではなく、階段だ。

    まどかは少しふらつきながらもそれに従い、キュゥべえもとぼとぼと歩き出す。

    ほむら「………」

    私は少し、後ろを振り返ってから、その後に続いた。

    マミ「今日は、ケーキを焼こうかしら……今度こそ、うんと美味しいのをご馳走しなくちゃ、ね」

    少し寂しそうな、だが優しい巴さんの声に、私は少しだけ癒された。


    391: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/17(水) 21:03:57.06 ID:vbahPgXs0

    翌日の放課後、工場地帯――

    さやか「っ、はぁぁぁ……疲れた」

    変身した服のまま、さやかはアスファルトの上に大の字になって倒れる。

    杏子「こんくらいでへばんなって、ほれ、グリーフシード。
       今回ばかりは、お前に譲ってやるよ」

    変身を解いた杏子は、先ほど手に入れたばかりのグリーフシードをさやかに投げ渡す。

    さやか「ああ、さんきゅ………はぁ~、生き返る~」

    受け取ったグリーフシードをソウルジェムに押し当てながら、
    さやかはゆっくりと身体を起こす。

    ほむら「……それじゃあお年寄りみたいよ、さやか」

    私は呆れたようにため息を漏らす。

    今回、私達は工場地帯に現れた魔女・パトリシアの退治に来ていた。
    結果はご覧の通り、一人だけ激しくバテているのがいるが、
    私、さやか、杏子のスリーマンセルで圧勝だ。

    まあ元より、足場の狭さで戦い難い事を除けば、
    それほど強い魔女ではない事もあるが。


    392: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/17(水) 21:04:58.72 ID:vbahPgXs0

    マミ「どう? 美樹さんの能力は把握できた?」

    結界の外でまどか達の護衛についてくれていた巴さんが、私達の元に歩み寄る。

    ほむら「ええ、何とか。強化魔法は五種類、さやか自身には効果がないみたいです」

    杏子「えっと、青が魔力の強化、赤が攻撃力の強化、緑がスピードの強化で……」

    ほむら「黄色が防御強化、紫が治癒能力強化、この五つですね」

    さやか「確認のためだからって、全力のを五発も使わせるか、普通!?
        魔力切れ起こすかと思ったわよ! あたしを魔女にする気か!?」

    限界近くまで魔力を使ったさやかは、回復してもまだ倦怠感が消えないのか、
    座ったまま抗議の声を上げた。

    ほむら「私の知らない内容で契約したお陰で、今までのループと全然スタイルが違うの。
        ワルプルギスの夜までに能力を把握しなければいけないんだからしょうがないでしょう」

    まどか「もう、さやかちゃんもほむらちゃんも喧嘩しちゃダメだよ?
        ほら、さやかちゃん、立てる?」

    さやか「うぅ、優しいのはまどかだけだ………あたしンちに嫁に来て」

    まどか「それは……ちょっと」

    さやか「うぅ、キュゥべえ~、ゆま~」

    さやかはキュゥべえとゆまに助けを求めるが、
    二人は離れた位置で戯れており、その声はまるで耳に入っていない様子だ。


    393: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/17(水) 21:05:30.15 ID:vbahPgXs0

    ほむら「とりあえず、全力で使った場合の強化持続時間は30分前後、
        さやかの魔力が届く範囲なら距離で減衰するような事はないみたいです」

    巴さんに説明を続けながら、私は少し頭を抱えた。

    マミ「どうしたの、何か困った事でも?」

    ほむら「この便利過ぎる能力と引き換えに……本人が、ちょっと」

    時間停止と言う単一能力完全特化型の私も人の事を言えた義理ではないのだが、
    さやかの能力は、この補助魔法と引き換えに著しく低下していた。

    オクタヴィア戦で見せたスピードこそ、以前のループと同様のレベルだが、
    攻撃力があまりにも乏し過ぎる。

    既に満身創痍の魔女や軽量級で防御の弱い魔女なら武器の大きさとスピードに任せて一刀両断できたが、
    今回、自らの攻撃の反動で弾かれて吹っ飛んで行った時は、何かの冗談かと思いたかった。

    魔力障壁は使えるので多少の防御力は期待できるが、筋力強化など私よりずっと低い。
    本当にスピードと武器の重量任せが通じない相手には、攻撃力皆無と言っていいレベルだ。

    さやか「ほむらだって似たようなモンでしょ!
        足の速さだけなら負けないぞ~!」

    ご近所から負け犬の遠吠えが聞こえるが、この際無視だ。


    394: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/17(水) 21:06:28.86 ID:vbahPgXs0

    マミ「ここは人気も少ないし、今すぐ特訓ね」

    ほむら「特訓ですね」

    杏子「新人いびりだな」

    まどか「頑張って、さやかちゃん」

    ゆま「サヤカおねーちゃん、がんばれー!」

    Qべえ「頑張って、さやか。ボクもいっぱいいっぱい、応援するよ」

    さやか「ちょっと待って!
        誰か一人、今、酷い事言ったよね!? よね!?」

    私達の提案と激励に、さやかがやや鬱陶しい感じで聞いて来る。

    ほむら「大丈夫よ」

    冷静にサブマシンガンを構える私。

    マミ「あれだけ早いんですもの」

    笑顔でマスケット銃を無数に召喚する巴さん。

    杏子「全部避けりゃいいって、手加減してやるからさ」

    振り回しながら槍を連節棍形態に転じる杏子。

    さやか「ちょ、た、タンマタンマタン………………」



    「マァァァァァァァ!?」


    395: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/17(水) 21:08:26.60 ID:vbahPgXs0

    同日夕刻、暁美ほむら宅の寝室――

    さやかの特訓が終了した後、巴さんと彼女の家に厄介になっている杏子とゆまと別れた私達4人は、
    さやかの提案で、工場地帯から一番近かった私の家に集まっていた。

    私はパソコンと一体型になったポピュラーな学習机に座りながら、
    キュゥべえと共に作業に取り組んでいる。

    私のベッドの上には制服姿のさやかが俯せに倒れており、
    その上に腰を浮かせて馬乗りになった同じく制服姿のまどかが、彼女の全身をマッサージしていた。

    さやか「うぅぅ………殺されるかと思った……」

    まどか「大げさだよ、さやかちゃん」

    全身をマッサージされながらも、まだ泣き言を漏らすさやか。

    筋肉痛の痛みを魔力で軽減しても、それ自体が治るワケではない。
    魔力の無駄遣いを抑えるためにも、一般的な治療方法は有効な手段だ。

    ほむら「手加減した上でとは言え、全員の攻撃を回避していた人間の言う台詞じゃないわね。
        キュゥべえ、次はそっちの薬品をちょうだい、そっとね」

    Qべえ「えっと……コレだね」

    ほむら「ありがとう」

    触腕で慎重に手渡された薬品を受け取り、私は軽く息を吐いてから別の薬品との調合を始める。


    397: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/17(水) 21:09:44.55 ID:vbahPgXs0

    さやか「ほむらってさー、いっつも部屋で何か混ぜたり切ったり貼ったりしてるけど、
        一体、何作ってるの?」

    いつの間にかまどかのマッサージを終えたさやかが、
    私の背後に立っていた。

    ほむら「爆弾よ。お手製の」

    私は質問に答えながらパソコンを起動すると、アングラ系サイトに掲載されていた爆弾の設計図を見せる。

    さやか「うえっ、マジ!? てっきり、爆弾もどっかからくすねて来てるモンだとばかり」

    ほむら「くすねるとは心外ね……必要な所から無断レンタルして来ているのよ。
        ともあれ、C-4みたいに特殊な爆薬ならともかく、
        時限爆弾は手製の方が何かと都合が良いのよ……信頼度も高いし」

    さやか「しーふぉー? 紙のサイズみたいな名前の爆弾だね……強いの?」

    ほむら「そうね………私の手持ちで、さっきの工場地帯全域を跡形もなく吹き飛ばせるレベルね」

    作業を一段落させた私が振り返ると、さやかはベッドの縁にちょこんと腰掛けたまどかの背中に隠れ、
    “ほむら怖い、ほむら怖い”と譫言のように言ってガタガタと震えている。

    饅頭が怖い的なアレではないだろう。

    まどか「さやかちゃん、ほむらちゃんに悪いよ」

    苦笑い混じりに言うまどかだが、まあ、さやかの方がより一般的な態度に近い。


    398: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/17(水) 21:10:36.92 ID:vbahPgXs0

    さやか「って言うかさ、ワルプルギスの夜ってそんなに強いの?
        ほむらだって、工場吹っ飛ばすほどの爆弾持ってるんでしょ?」

    まあ、他にも幾つかとっておきの切り札があるが、
    最強クラスの破壊力と言う意味では、TNT換算で1.34倍を誇るC-4が最大か。

    ほむら「そうね……C-4は今回、初めて使う事にしたけれど、
        どこまで効力があるか、まだ分からないわ」

    Qべえ「ボクはまだ見た事がないけど、スペックデータ上は、
        現在、活動している魔女の中では最強レベルの魔女だね」

    さやか「そんな強い魔女なんだ……うわぁ、ホントに倒せんの、それ?」

    ほむら「一度だけ、真実も何も隠して、一時的な休戦協定を結んで四人全員でかかった事があったけど、
        その時は惨敗だったわ………チームワークはバラバラ、足を引っ張り合いながらだから当然だけど」

    あの時は確か、都合良く巴さんに先んじてシャルロッテを倒し、
    さやかの魔法少女化をギリギリまで遅らせ、杏子に見滝原を引き渡すと言う嘘で戦力を揃えたのだったか……。

    最後の最後で、まどかの契約であっさりと戦闘は終わったが、
    結局、まどかは魔女になり、その光景に精神の崩壊しかけた三人を見捨てて時間遡行を行った。

    ……………我が事ながら、思い出すだけでムカムカして来る。


    399: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/17(水) 21:11:15.07 ID:vbahPgXs0

    まどか「じゃあ……今回は?」

    ほむら「………考えられる限り、最良の状況よ。
        四人の魔法少女に加えて、私の武器弾薬もかなり良い物を揃えられたわ」

    さやか「じゃあ今回は勝てる!?」

    Qべえ「………………」

    明るいさやかの声に、キュゥべえは無言で俯いている。

    さやか「ちょ、ちょっとキュゥべえ……黙んないでよ」

    Qべえ「ワルプルギスの夜はその強さ故に結界を必要としない魔女だ。
        一度、現実世界に現れたら、自分の魔力が尽きるか、
        結界に逃げ込むほどのダメージを受けるまで活動を止めない。
        しかも、こちらの世界に現れれば、その被害は計り知れないモノになるよ……」

    重苦しく語るキュゥべえ。

    しかし、それはあの魔女の基本的な情報に過ぎない。

    ワルプルギスの夜の使い魔は使い魔一つとっても他の魔女の使い魔とは比べものにならない。
    ほんの2、3体で一斉に襲い掛かられたら、魔法少女でも危ない。

    その上、本体は周囲の構造物まで武器に変え、放って来る魔力の光弾は一撃で高層ビルすら破壊する。

    ほむら「………………」

    絶望的だった戦いの数々を思い出し、私は押し黙ってしまう。


    400: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/17(水) 21:11:52.94 ID:vbahPgXs0

    さやか「ほ、ほむらまで……そんな顔しないでよ」

    私やキュゥべえの様子に、さやかは無理に笑顔を浮かべて言うが、
    そんな事でアイツとの戦力差が埋まるワケがない。
    埋まるワケがないのだが………。

    ほむら「今回の戦いの鍵になるのはあなたよ、さやか」

    さやか「あ、あたし!?」

    淡々と言い放った私の声に、さやかは驚いたように目を見開いた。

    まどか「さやかちゃんが、勝利の切り札って事、なのかな?」

    ほむら「ええ、そう……。
        さやかの強化魔法があれば、魔力自体は大きくできなくても、
        使える魔力自体は多くできる……それはつまり、全力状態を長く維持できる事になるわ」

    さやかの魔力強化は、仲間の魔力の全体量を一時的に大きく底上げできる能力だ。
    さすがに一度に使える魔力自体は個人個人に限界があるので、
    魔力そのものを放出するような攻撃を強化できるワケではないが、
    そこは攻撃強化などと併用すればいいだろう。

    ともあれ、この魔力強化が私にはとても重要だ。

    身体強化は今までの経験則から最低限の魔力で行える私だが、
    時間停止はそれ自体が私に固定化された能力なので、
    小刻みに止める以外、魔力消費を抑えられる方法がない。

    つまり、さやかの魔力強化が合わさる事で、私は停止できる時間を劇的に増やす事が出来るのだ。


    401: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/17(水) 21:12:40.09 ID:vbahPgXs0

    ほむら「ただ……どんなに魔力が増えても手数が増えないのが問題ね。
        さやかの攻撃力は低くてアテにならないから、実質、アタッカーは三人」

    あの無数の使い魔をかいくぐってダメージを与えるとなると、
    やはり三人だけと言うのは難しい。

    さやか「うぅ……役に立ってるのか役に立ってないのか、よく分かんないなぁ」

    さやかは難しそうな顔をして首を傾げる。

    まどか「さやかちゃんは役に立ってるよ。絶対」

    私もまどかの言に頷く。

    しかし、だからと言って減った手数はどうにも補えない。

    さやか「ねぇねぇ、杏子みたいに、他の街からも魔法少女に来てもらおうよ~」

    何を弱気な案を出しているのか……。

    ほむら「ん?」

    何か聞き慣れない単語を聞いた気がして、私は思わず目を見開いてしまった。


    402: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/17(水) 21:13:16.03 ID:vbahPgXs0

    ほむら「さやか、さっき何て……!」

    さやか「へ!? あ、いや……他の街からも魔法少女に来てもらおう……って」

    驚いて詰め寄った私に、さやかは戸惑い気味に応えた。

    Qべえ「ど、どうしたんだい、ほむら!?
        薬品を放り出したら危ないよ!?」

    失念していた、私は爆弾作りのための薬品調合中だった。

    キュゥべえに言われて慌てて振り返って見ると、
    彼が触腕や前脚を駆使して倒れかけた薬品の皿や瓶を支えていた。

    慌てて駆け寄り、キュゥべえの手から瓶や皿をそっと預かる。

    ため息を一つ吐き、相棒の頭を軽く撫でてやる。

    嬉しそうに目を細めて尾や触腕を振る様は、本当に小動物のようだ。

    ほむら(…………脱線しかけたわ)

    私は改めて、さやかに向き直る。

    ほむら「さやか、名案よ」

    私の言葉に、まどかとさやかは顔を見合わせて首を傾げた。


    403: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/17(水) 21:14:14.68 ID:vbahPgXs0

    翌日の夕刻、巴マミの部屋――

    マミ「ネットで魔法少女に呼びかける、ですって?」

    私の提案を聞いた巴さんは、驚いたように目を見開いた。

    ほむら「発案者はさやかです。本当に盲点でした」

    さやか「いや~、舞い上がっちゃってますね、あたし」

    私が感慨深く呟くと、さやかは胸を張って笑顔を見せる。

    杏子「うぜっ」

    さやか「ふふんっ、今のさやかちゃんにはその罵りさえ褒め言葉に聞こえるよ!」

    まどか「さやかちゃん、話が進まなくなるから落ち着こうよ~」

    さやか「ちぇ~っ、まどかまで怒んなくたっていいじゃ~ん」

    さて、あちらのやり取りは無視して、こちらは真面目かつスピーディーに話を進めよう。


    404: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/17(水) 21:15:25.02 ID:vbahPgXs0

    ほむら「今まで、私は出逢って来た魔法少女だけが、
        ワルプルギスの夜戦における戦力だと考えていました。

        けれど、相手はあまりにも強大です。
        それに、この戦いは負ければ他の街、いえ、世界中にとって他人事ではないんです」

    マミ「つまり、ワルプルギスの夜の被害が、今後も各地に及ばないよう、
       加えて、鹿目さんの魔女化を防ぐために、世界中の魔法少女に協力してもらおう、って事かしら?」

    ほむら「有り体に言えばそうです」

    私は頷き“少々、発想が脅迫的ではありますけど”と付け加えた。

    “私達がワルプルギスの夜を倒せなかったら、次はあなたの街が襲われるかもしれないぞ”と言っているようなモノだ。

    マミ「けれど、それには魔法少女の真実についても教えないといけないわね……。
       ショックは大きいだろうし……どうやって伝えるの?
       それに、魔法少女以外の人間が見たら、大パニックを起こさない?」

    巴さんは困ったように首を傾げた。

    確かに、巴さんの失敗も尤もだ。
    協力を呼びかける情報で、真実を暴露すれば、世界中で魔女化する魔法少女が続発するかもしれない。


    405: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/17(水) 21:17:12.23 ID:vbahPgXs0

    Qべえ「それで、これはボクとまどかの発案なんだけれど、
        情報を幾つかの段階に分けようと思うんだ」

    まどか「えっと、先ずは最初の動画でキュゥべえだけを映した動画を見せるんです。
        これ、試しに携帯電話で撮影した動画なんですけど……」

    まどかは巴さんに携帯電話を見せる。

    マミ「キュゥべえが映ってるわね」

    “Qべえ『えっと、何を言えばいいのかな?』
     まどか『コレは試し撮りだから、適当に動いていればいいよ』”

    まどか「キュゥべえは魔法少女や、素質のある子にしか見えないから、もしかしたらと思ったんですけど、
        この動画、パパやママに見せたら、背景以外は何も映ってないって」

    Qべえ「だから、最初の動画ではボクが次の情報を提示する動画のアドレスを言うんだ。
        そこでは、この中の誰でもいいからインキュベーターとワルプルギスの夜についての情報を提示して、
        魔法少女の真実について知る勇気があるかどうかを厳重に尋ねた上で、
        最後のアドレスを提示、真実を話した上で協力を持ちかけるんだ。
        そして、協力を承諾してくれた人向けの最後のアドレスで、集合場所である見滝原中の住所を提示して完了さ」

    マミ「それは、また……ちょっと乱暴ね」

    ほむら「さすがに、これ以上の案は思いつきませんでした。
        ある意味、かなり分の悪い賭けになると思います」

    呆れと驚きの入り交じった様子の巴さんに、私は冷静に返す。


    406: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/17(水) 21:18:47.41 ID:vbahPgXs0

    マミ「でしょうね……。
       真実を知る勇気を持って見た上でも、ショックを受ける子は必ずいるでしょうし……」

    巴さんは困ったように首を傾げる。

    ほむら「私だって、最初に魔法少女が魔女になる瞬間を見た時は、頭が真っ白になりました……。
        けれど、逆に私達を利用しているインキュベーターに怒りを覚えた事も確かです。

        ワルプルギスの夜との決戦は、インキュベーターに一矢を報いるチャンスでもあるんです」

    マミ「つまり……他の魔法少女の子達の怒りに賭ける、って事かしら?」

    巴さんはまだ納得がいかないようだが、キュゥべえが補足する。

    Qべえ「強い魔法少女になるには強い因果がなければダメだけれど、
        その魔法少女になれるのは心に強い希望を持てる、純粋な心の持ち主だけだよ。

        自分たちが利用されている事を知って、他にも大変な目に合っている人がいると知れば、
        きっと力を貸してくれるハズさ」

    キュゥべえは拳を握って力説するかの如く、触腕を大きく振り上げる。


    407: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/17(水) 21:19:23.81 ID:vbahPgXs0

    マミ「………そう、ね。
       元はといえば、全部を知る前にあなた達に協力を約束したのも、
       暁美さんとキュゥべえの事を放っておけなかったからだったわね……」

    そこまで聞いて、巴さんはつい二週間ほど前の事を思い出しながら懐かしそうに呟いた。

    マミ「やってみましょう。
       何人集まってくれるかは分からないけれど、試してみる価値はあるかもしれない」

    ほむら「巴さん……」

    ニッコリと微笑んでくれた巴さんに、私は顔を綻ばせた。

    マミ「と、なると、動画の撮影を急がないといけないわね。
       ワルプルギスの夜まで、もう十日足らずなのでしょう?」

    まどか「あ、実はもう、パパのデジカメを借りて来てあるんです」

    マミ「用意がいいわね。
       …………もしかして、私が承諾するって最初から分かっていたの?」

    ほむら「……信じていた、と言って下さい」

    それから、私達の仲間を集める作戦が始まった。


    408: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/17(水) 21:20:44.32 ID:vbahPgXs0

    Qべえ「この動画を見た人達の中に、もしも、契約した魔法少女がいたら、
        ボクが今から言うアドレスにアクセスして欲しい」


    さやか「あたし達の住んでいる街に、とても強い魔女が来るんだ。
        情けないけど、とてもあたし達四人だけじゃ太刀打ちできない。
        しかもその魔女は、次、世界の何処に現れるか分からないんだ」

    杏子「アタシらはインキュベーターに利用されてるんだ。
       思い当たるような節だってあるだろう?
       けど、安心しな、このキュゥべえだけはアタシら人間の味方だ」


    ほむら「魔法少女の真実……それはこのソウルジェムに隠されているわ。
        もし、この先を聞く勇気がないなら、今からでもこの動画を止めて引き返しても構わないわ」

    マミ「私達は同じ魔法少女として、あなたの判断を尊重します。
       だからこそ、あと少しだけ、よく考えてからこの先を見て下さい」


    まどか「場所と日時は私達の通う見滝原中学校、日時はこの動画の下にある撮影日から一週間以内。
        住所は今、私が持っているボードに書かれている通りです。
        魔法少女になれない私がこんな事を言うのは間違っているかもしれないけど……。
        お願いです、ほむらちゃん達を……私の友達を、助けて下さい!」


    国内外を問わない有名動画サイトへの投稿と、匿名掲示板を使っての動画の紹介もあって、
    フリースペースに用意した第二アドレスへのアクセス数は何と1000を超えた。
    それだけの数の魔法少女の目に止まった事にも驚いたが、
    第三アドレスへのアクセス数が80を超えた事にも驚かされ、
    そして何より驚いたのが、最終アドレスにまでアクセスしてくれた人の数が40を超えた事だった。


    409: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/17(水) 21:22:06.07 ID:vbahPgXs0

    一週間後、放課後の下校ルート――

    まどか「ふわっ!?」

    突如として背中を叩かれ、前につんのめるまどか。

    ゆま「マドカおねーちゃんの事、叩いちゃだめー!」

    少女1「ごめんね、ゆまちゃん。じゃあね、まどか、また来るよ~!」

    少女2「最後まで契約なんてしちゃダメだからね!」

    ソウルジェムを持った少女が二人、私達を追い越して走って行く。

    まどか「う~……たくさん集まってくれたのはいいけれど、
        何とかならないかなぁ、これ……」

    喜び半分、困惑半分と言った様子で呟くまどか。

    ほむら「最強の魔法少女候補って事で、まどかに触ると御利益がある。
        なんて噂が流れているみたいね」

    Qべえ「それだけ、まどかが人気って事だよ」

    ため息混じりに私の頭の上で、キュゥべえが楽しそうに語る。

    まどか「それは、何か違う気がしちゃうよ」

    まどかは力なく項垂れる。


    410: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/17(水) 21:23:59.10 ID:vbahPgXs0

    結果的に、あの動画による呼びかけは大成功だった。

    日本を中心に、集まってくれた魔法少女の数は36人、
    元から見滝原にいた私達を含めれば40人と言う、私がかつて経験した事のないほどの大戦力だ。

    そして、集まってくれた魔法少女の殆どが、私達のように仲間と支え合って、
    辛い真実を乗り越えて来た魔法少女達だったと言うのも、嬉しくもあり、頼もしくもあった。

    お陰で私は、使い魔退治とさやかの特訓を他の魔法少女達に任せ、
    まどか、ゆま、キュゥべえの三人の護衛、それに爆弾製造に専念できている。

    ただ、先に述べたように、何故か協力してくれる魔法少女達の間で、
    “最強の魔法少女候補・まどかに触れると御利益がある”などと言う噂が広まっていた。

    まどか「うぅ……この前は高校生の人にずっと頭を撫でられるし……」

    ほむら「これも有名税みたいなものね」

    肩を竦めたまどかに、私は笑みを浮かべて答えた。

    まどか「有名人って大変なんだね…………。
        これからは、タレントさんや俳優さんとすれ違ってもサインは頼まないよ……」

    まどかはそう言って、がっくりと項垂れた。

    Qべえ「ちゃんと演歌歌手を除外している所に、まどかのたくましさを感じるよ」

    キュゥべえ……それは言わなぬが華よ。


    411: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/17(水) 21:24:41.90 ID:vbahPgXs0

    まどか「でも……たくさん集まってくれて良かったね、ほむらちゃん」

    ゆま「えへへ……おねーちゃんいっぱいで、ゆまも楽しいよ!」

    まどかの言葉に続いて、ゆまは弾けるような笑顔を見せた。

    ゆま「あ、でもでも、キョーコも、マドカおねーちゃん達も大好きだよ」

    Qべえ「ゆまは本当に、杏子の事が好きなんだね」

    私の肩に乗っていたキュゥべえが、ゆまの前に飛び降りる。

    ゆま「ゆまは、キュゥべえも大好きだよ」

    そう言って、ゆまは抱き上げたキュゥべえをギュッと抱きしめて頬ずりを始める。

    Qべえ「うわ、ゆま、苦しいよ~」

    ゆま「キュ~べ~」

    私とまどかは、そんな二人の様子を見て微笑ましそうに笑う。


    412: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/17(水) 21:25:16.21 ID:vbahPgXs0

    ほむら「………」

    そして、ふと考える。

    魔法少女と言う存在と出逢ってから、こんなにも充実した日々を過ごしたのは、
    いったい、いつ以来だろう。

    初めてのループで、まどかや巴さんと三人で魔法少女をしていた頃以来か……。

    そして、同時にこうも思う。

    ほむら(私が切り捨てようとしていた世界は……本当はこんなにも暖かかったんだ……)

    まどかの幸せと生存だけを願った末にあったであろう、かつての私の目指した世界は、
    こんなに暖かなものになっただろうか。

    いや、暖かいもののハズがない。

    きっと私は、まどかが笑える世界の片隅で、笑えずにいるだろう。

    本当の気持ちに気付いた今なら分かる。

    たとえ、まどかとさやかを魔法少女の運命から救っても、
    巴さんと杏子を犠牲にした世界で、私は絶対に笑えはしなかったハズだ。

    そして、本当の気持ちに気付くのが遅かった事を思い知り、
    永遠に後悔をし続けるか、絶望の果てに魔女になる。

    そうならずに済んだのは――


    413: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/17(水) 21:25:58.05 ID:vbahPgXs0

    ほむら「キュゥべえ……」

    Qべえ「う~、ほむらぁ~、助けてよぉ~」

    私が声をかけると、途端に情けない声を上げて助けを求めて来るキュゥべえ。
    思わず、最初に言いかけた言葉を忘れて苦笑いを浮かべる。

    Qべえ「笑ってないで助けてよぉ~」

    ジタバタともがくが、ゆまは嬉しそうに微笑んで手を離そうとしない。

    ほむら「…………」

    改めて思い返す。

    私が後悔の道を突き進まなくて良くなったのは、彼のお陰だ。

    悪魔に魂を売り渡してまで願った私の願いは、
    このループで彼に出逢えた事で、ようやく叶ったのだ。

    ほむら「ありがとう、キュゥべえ」

    Qべえ「?」

    私からの突然の感謝の言葉に、キュゥべえは怪訝そうに首を傾げた。


    414: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/17(水) 21:27:01.23 ID:vbahPgXs0

    そこでようやくゆまの抱擁が緩んだのか、脱出すると再び私の肩に跳び乗り、
    逃げるように頭上に登る。

    ゆま「ん~!」

    一方、キュゥべえに逃げられたゆまは、私の頭に向けて手を伸ばす。

    まどか「ほら、ゆまちゃん、キュゥべえが困っちゃうから、もうダメだよ」

    さすがに弟相手で子供をあやすのには慣れているのか、
    まどかは杏子がいつもそうしているように、ゆまの頭をぽんぽんと優しく撫でる。

    ゆま「ん~……」

    途端に、ゆまは嬉しそうに目を細めた。

    まどか「ほむらちゃんも、突然、どうしたの?」

    突然、とは、先ほどのキュゥべえへの感謝の言葉の事だろう。

    ここで言葉の真意を話すのは、何となく恥ずかしいような気がして、私は少し思案する。

    ほむら「……そうね、何となく、かしら」

    誤魔化している事がバレないように、私は少しだけ遠くを見て言った。


    415: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/17(水) 21:27:38.32 ID:vbahPgXs0

    ほむら「少しだけ……、これからの話をしましょう」

    まどか「これから? って、いつも通り、レンタル屋さんでゆまちゃんとキュゥべえが見るDVD借りて、
        ほむらちゃんの家でDVDを見ながらおしゃべり、だよね?」

    まどかは思案顔で言うが、それはいつもの予定だ。

    ほむら「それもそうだけど……あと少しだけ未来の話」

    ワルプルギスの夜を乗り越えた先にあるだろう、私達の未来の話だ。

    まどかを魔法少女に、そして魔女にしないための戦いにとって、
    ワルプルギスの夜を倒す事は、まだ一つの通過点に過ぎない。

    だからと言って、そこを超えれば私の知らない、
    あの日願った本当の未来がそこにあるんだ。

    それを思うだけで、心躍らずにはいられない。

    まどか「これからの、話か……」

    まどかは少し俯いてから、ゆっくりと顔を上げる。


    416: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/17(水) 21:28:56.91 ID:vbahPgXs0

    まどか「みんなで、何処かに行ってみようよ。
        手伝ってくれた魔法少女のみんなや、それに仁美ちゃんも誘って」

    ほむら「いいわね……。
        私ならそうね……海に行ってみたいわ」

    まどかの提案を聞きいて、私は目を細める。

    入退院を繰り返していた頃は、旅行と言えばいつも静かで気候の緩やかな山への静養だった。
    水泳は体力を使うので、海は車窓から眺めた記憶しかない。

    まどか「海かぁ……そうだね、海、行きたいね」

    まどかも賛成してくれたようで、嬉しそうに顔を綻ばせた。

    内陸の見滝原は、山の観光地へのアクセスには事欠かないが、
    いざ、海となると高速や鉄道で北部の山を抜けて隣県に行くか、
    東南二方共に数県隣まで行かなければならない。
    まどかも海のレジャーには飢えているのだろう。

    しかし、何十人も同時に、とは、まるで修学旅行のようだ。

    まどか「楽しくなりそうだね」

    ほむら「ええ………」

    まだ見ぬ未来を夢見ながら、私達は同時に空を見上げた。


    417: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/17(水) 21:30:12.36 ID:vbahPgXs0

    一方、私達のそんな話とは裏腹に、キュゥべえはゆまとDVDの話題で盛り上がっている。

    ゆま「ゆまは動物の出て来る映画がいいな」

    Qべえ「ボクは、この間、借りて来たファンタジーの続きが見てみたいな」

    ゆま「ふぁんたじー? あのでっかいワンちゃんの出て来る映画?」

    ほむら(この二人には、数ヶ月先の旅行よりも目先の娯楽の方が優先か……)

    私はそんな事を考えながら、小さくため息を漏らす。

    まどかも二人に意識を戻し、私の頭上のキュゥべえに向き直る。

    まどか「私も小さい頃に、ママが借りて来た2を見たけど、あんまり子供向けじゃないよ?
        1に比べて、ちょっと暗い内容だし」

    ああ、アレか、アレなら私も知っている。

    読んだ事のある本の映画作品と言う事で、入院中に親にレンタルして貰って見た事がある。
    確か、私達が生まれる何年も前に作られた作品のハズだ。

    しかし、ゆま、あの映画に出て来る白いのは犬ではなくてドラゴンだ。
    まあ、巨大なレトリバー犬種の犬に見えない事もないが………。


    418: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/17(水) 21:30:55.97 ID:vbahPgXs0

    ほむら「三部作だけど、3はもう蛇足ね」

    まどか「アレに3なんてあるの?」

    ほむら「ハッキリ言って、アレは原作のラスト2ページを無理矢理に引き延ばしたコメディ映画よ……。
        あとで調べて分かったけど、1は大ヒット作になったけど原作無視の制作サイドとの不仲で原作者に不評、
        2はオリジナル部分があっても、原作に近い雰囲気もあって原作者もそれなりに高い評価をしていたそうだけど、
        3に至ってはオリジナルだらけで、まるでコメントをしていないとか……嘘か本当かは分かりかねるけど」

    まどか「え? 原作って2みたいなの?
        1みたいな内容の方が好きだけど……」

    ほむら「それが日本やアメリカでヒットした要因だそうよ。
        結局、暗くて教訓めいた話は受けが悪いんでしょうね」

    入院当時、ヒマを持てあまして漁った情報を口にする。
    ああ、こんな事ばかり調べているから転校直後に授業で恥を掻くんだな……。

    Qべえ「2って、そんなに暗い話なのかい?」

    まどか「うん……あ、だけど、最後の方のシーンは私も好きだよ。
        一番最後の願い事が、ね」

    まどかは少し寂しそうな顔をした後、ニッコリと微笑んだ。

    願いと引き換えに記憶を失って行く少年が、最後の最後で願ったのは、果たして何だったか……。
    この話の流れだと、どうせ借りる事になりそうだし、私も久しぶりにじっくりと見てみよう。

    私達は談笑しながら、最寄りの店に向かう事にした。

    しかし、その時点で私達は、私達の様子を窺う者達の事を知らなかった――


    419: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/17(水) 21:32:13.26 ID:vbahPgXs0

    ???「あの子が鹿目、まどか………」

    ???「どうするの?」

    ???「さあ……今の所、まだ未来は変わらない……。
        私に見えているのは、彼女が強い輝きに包まれる瞬間まで。
        そこから先は、まるで何も見えない」

    ???「………気になるのかい?」

    ???「そんなに拗ねないの……。
        ただ、“気になる”だけよ」

    ???「じゃあ織莉子の一番は私でいいんだね? うれしいな」

    織莉子「もう、そんなにはしゃがないの、キリカ……転んでしまうわ」

    キリカ「むぅ、キミはそうやって、すぐに私を子供扱いする」

    織莉子「あら……でも、可愛らしくて、私は好きよ」

    キリカ「………じゃあ、これからもそうしようかな」

    織莉子「ええ…………。
        それじゃあ、そろそろ帰って、これからの話をしましょう」





    ――その、白と黒の魔法少女の存在を。


    469: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:00:37.61 ID:mQ2/tIeP0

    決戦の日を迎える。

    奇しくも晴天で始まったその日は、昼を待たずに荒天を迎える。

    厚い雲が立ちこめ、見滝原を震撼させる気象警報の発令が、
    私達の活動の合図となった。

    Qべえ『みんな、もう配置についたかい?』

    ほむら『遊撃班は既に市街地全域に展開済みよ』

    マミ『狙撃班は全員、配置についたわ』

    杏子『縛り担当もいいみたいだよ』

    さやか『何よ、縛り担当って。捕縛班でしょ、捕縛班』

    杏子『別にいいだろ、意味が通じてりゃ』

    念話で配置確認をしながら、さやかと杏子がいつものように食って掛かり合う。

    こんな時までいつも通りでいてくれる友人達の頼もしさに、私はフッと思わず笑みを零した。


    470: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:01:45.16 ID:mQ2/tIeP0

    さやか『サポート兼護衛班、準備万端だよ。いや~遠距離念話って役に立つね』

    ほむら『さやか、後半まで筒抜けよ』

    さやか『うぇ? マジで?』

    思わず眉間に指先を当てて小さなため息を漏らす。

    魔法少女1「どう、ウチのクォーターバックは? 凄いでしょ」

    自慢げに笑うのは、同じく遊撃班に配置された仲間の魔法少女の一人だ。

    ほむら「ええ、これだけ広範囲にいる魔法少女全員の念話をリンクできるのは心強いわ」

    今までも誰かを中継して念話距離を稼ぐと言う方法は使った事があるが、
    見滝原全域をカバーできるだけの念話距離と、大多数との同時念話能力を持った魔法少女と言うのは初めてだ。

    今、さやかがいるのは住宅街と市街地の境界辺りにある見滝原市民総合体育館、
    私がいるのは中心街の駅ビル付近と考えると、通常の念話距離の数十倍の距離だろう。


    471: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:03:36.95 ID:mQ2/tIeP0

    私達の作戦はこうだ。

    先ず、主要な役目に応じて40人の魔法少女を4つの班に編制する。

    一つは強力な遠距離攻撃が可能な武器や技を持つ魔法少女で編成される主力攻撃部隊、狙撃班。
    私達、見滝原の魔法少女の中では、最大火力と最大射程を誇る巴さんが編成されている班だ。

    狙撃班の役目は、ワルプルギスの夜本体への直接攻撃だ。

    そして、遠距離攻撃はもたないが、中近距離で強力な攻撃や束縛可能な武器や技を持つ魔法少女の捕縛班。
    4班の中で二番目に人数が少ない班であり、ここには杏子が編成されている。

    役目はワルプルギスの夜本体を捕縛し、狙撃班の攻撃を必中させる事にある。

    そして、さやかの編成されているサポート兼護衛班は、避難所屋上に陣を張る班で、
    念話によるサポート、負傷した魔法少女を治療する治癒魔法の使い手、強化魔法の使い手の少数集団だ。
    いや、実際に3人しかいないが……。

    彼女たちの役目には、避難所に陣取る事でまどかやゆま、キュゥべえを守る事も含まれている。

    そして最後、最も人数が多く、最も危険度が高いのが私も属している遊撃班だ。
    一芸特化型や総合戦闘力が高かったり、もしくは前出3班に適合しない魔法少女が属する。

    役目は前衛二班のための壁になる事であり、ワルプルギスの夜の直接攻撃や使い魔の迎撃がメインだ。

    ほむら(……この4班構成で、ワルプルギスの夜との短期決戦……行けるわ)

    さやかの魔力・攻撃強化の合わせ技で、全力状態での最大威力攻撃を集中させれば、私達にだって必ず勝機がある。


    472: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:04:17.04 ID:mQ2/tIeP0

    まどか『ほむらちゃん………』

    ほむら『まどか?』

    キュゥべえの支援を受けて念話に参加しているまどかが、念話に割り込みをかけて来る。

    まどか『海……絶対に行こうね』

    ほむら『…………ええ』

    数日前の約束を思い浮かべながら、私は深く頷く。

    直後、何故か囃し立てるような声が上がる。
    私とまどかの関係を誤解している連中が多くないだろうか?

    さやか『ほむらー! まどかは私の嫁だからなー!』

    まどか『さ、さやかちゃん!?』

    魔法少女2『おっ、痴話喧嘩か!?』

    魔法少女3『鹿目ちゃん、もてもてー!』

    魔法少女4『あ、あの、まどかさんは、さやかさんとほむらさん、どっちが本命なんですか?』

    何の話だ。

    私はまた、眉間に指を当てて、今度は大きくため息を吐いた。


    473: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:05:13.49 ID:mQ2/tIeP0

    ほむら『みんなで海に行こうって話よ、全員でね』

    魔法少女5『キャーッ、ほむらお姉様のハレームよ~!』

    嗚呼、何か、普段のさやかが可愛く感じられるような黄色い悲鳴が………。

    まどか『は、ハーレム!?』

    杏子『ん? ハーレムって何だ?』

    マミ『あらあら、佐倉さんは純情ね~』

    さやか『うはっ、杏子、知らないんだ……可愛い所あるじゃん』

    杏子『何だよ、ハーレムって、意味教えろよ~!』

    ほむら(…………勝てる、わよね……)

    何故か無性に心配になって来る。
    風雨も激しさを増して来たと言うのに、ここは女子校の教室か何かか?

    私は本日三度目のため息を、また盛大に漏らした。

    魔法少女6『……来ました魔女の反応……』

    念話中継を行う司令塔役の魔法少女が、不意に漏らした。

    マミ『時間ね……みんな、お喋りはこの後まで取っておきましょう』

    巴さんの静かな声が響き、その声が私を冷静にさせた。


    474: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:05:45.90 ID:mQ2/tIeP0

    激しい風雨の中で、不意に霧が立ちこめる。
    霧は風雨に蹴散らかされる事なく広がり、私達の周囲を包み込んだ。

    杏子『おい、霧が出て来たぞ……』

    ほむら『慌てないで、この霧はヤツの結界が外界と接触を始めた証拠よ』

    警戒心を強める杏子に、私は冷静に言い放つ。

    ほむら『ワルプルギスの夜の出現手順は前に説明した通り、みんな、準備を!』

    さやか『よし、じゃあ、超特大のヤツ、二発連続で行くよ!』

    さやかの声が聞こえた後、魔力の波が見滝原全域に放たれた。
    ここ数日の特訓で効果範囲を増したさやかの強化魔法だ。

    広域化する事で燃費は悪くなったが、それでもこれだけ広範囲をカバーできるのは僥倖だ。

    淡い青の輝きが、続いて淡い赤の輝きが私達を包み込む。

    魔力強化と攻撃強化が行われ、他の魔法少女達の準備は万端だ。

    だが、私はまだ準備が終わらない。

    ほむら(さやかの能力じゃ、火器までは強化できないものね……)

    独りごちながら、私は盾の中に隠されていたとっておきを引っ張り出す。


    475: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:07:38.87 ID:mQ2/tIeP0

    魔法少女1「うわ、何、そのゴツくてデカくて可愛くない箱」

    近くにいた仲間が、驚いたように叫ぶ。

    ほむら「36連装式試作型ポッド、通称メタルストーム重機関銃……
        10年前、オーストラリアのメタルストーム社が作った冗談みたいな機関銃よ」

    ミリタリーマガジンで知ったコレを、神奈川の米海軍基地で見付けた時は驚いたものだ。
    詳しい説明は省くが、36本の砲身を束ねた、毎分百万発の発射速度を誇る、
    妄想でしかなかった発射速度を現実にした、文字通りの冗談みたいな機関銃である。

    開発当時、アメリカ軍がクレイモアの代替え兵器として開発支援していた、なんて噂があったが、
    埃まみれのコイツが眠っていた以上、その噂も真実だったのか……。
    しかし、試作品止まりとだった言う噂もあったハズだが……。

    まあ、今はそんな事はどうでもいい。

    取り回し最悪、一発当たりの威力は所詮機関銃と言う事でずっとお蔵入りだったが、
    使い魔相手に注力できるならコイツも十分に役に立ってくれるだろう。

    魔法少女7『ほむほむって、魔法少女っぽくないよね』

    魔法少女8『マジカル☆近代兵器使いって感じ』

    マミ『う~ん……未来の私って、どんな特訓させてたのかしら?』

    ほむら(………仕方ないでしょう、これしかないんだもの)

    さて、霧の向こうからサーカス団がお越しだ。


    476: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:08:33.88 ID:mQ2/tIeP0

    マミ『さて、気を取り直して……大きいのをお見舞いする準備にかかりましょうか』

    巴さんの言葉で、私はチラリと巴さんが陣取るビルの屋上に目を向けた。

    そこには、空中に浮かぶ10本の超巨大キャノン砲。
    強化付きティロ・フィナーレ10発分とは、また思い切ったものだ。

    と言うか、私の大艦巨砲主義は師匠譲りだったのか………。

    ほむら(巴さん、私はやっぱりあなたの弟子で間違いないようです……)

    小さくため息を吐きながら、心中で独りごちた。

    その時だった――

    ⑤……④……②……

    頭の中に、直接、カウントダウンのイメージが叩き付けられる。
    脳裏に叩き付けられたイメージは、まるで本当に目の前で映画のカウントダウンが始まったかのように錯覚する。

    ほむら『本体が来るわ!』

    ……①


    477: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:09:01.41 ID:mQ2/tIeP0

    ごうごうと唸りを上げる風雨の中、上空の厚く立ちこめた雲の中から、巨大な機械人形が現れる。
    舞台装置の魔女・ワルプルギスの夜。

    地上の街を天蓋に、天井の雲を舞台に、天地逆転の魔女が見滝原市と言う巨大な舞台で踊る。

    『アハハハハハハハハハハ、アハハハハハハハ』

    立ち向かう者を小馬鹿にしたような嘲笑が、市街に響き渡る。

    魔法少女と、その素質を持つ者にしか聞こえない、酷薄な嘲笑。

    だが、それも今日は甘んじて受け止めてやろう。

    今日は一対一でも四対一でもない、四十対一、お前に勝ち目はない。

    その見飽きた顔も、耳に張り付く聞き飽きた笑い声も、今日限りだ。


    478: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:09:59.82 ID:mQ2/tIeP0

    杏子『今だ、全員、ふん縛れぇぇ!!』

    念話で杏子の大音声が飛んだ。

    市街地の彼方此方から、鎖、縄、紐と言った束縛魔法の類が飛び交う。
    中には、杏子のものと思われる超特大の多節棍が見える。

    『アハ!? アハハハハハハハ』

    腕を、身体を、首を、逆さまの魔女の全身を様々な拘束魔法が縛り付けて行く。

    一つ一つは、ワルプルギスの夜ならば簡単に振り払えたろう。

    だが、五人以上の魔法少女による一斉束縛、しかも身体の一ヶ所ずつを重点的に束縛する方法が相手では、
    最早、身じろぎ一つ取れまい。

    身体を縛り上げていた杏子の超特大多節棍の先端についた槍が、
    ワルプルギスの夜の腹を抉るようにして突き込まれた。

    しかし、それもワルプルギスの夜が相手では大したダメージにはならない。

    舞台装置の魔女は、その周辺で踊る助演役者とも言える使い魔を走らせる。

    捕縛した魔法少女達に向けて殺到する、光と影をごちゃ混ぜにしたような印象を受ける使い魔達。


    479: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:11:04.22 ID:mQ2/tIeP0

    ほむら「行かせないわ……!」

    私は事前に準備した重機関銃で上空の使い魔達を一斉に薙ぎ払う。

    他の遊撃班の魔法少女達も、打撃や障壁で使い魔達を迎撃している。

    『アハハハハハハハハ!!』

    使い魔だけでは無駄と判断したのか、ワルプルギスの夜は魔力光弾を発射する。

    しかし、防御や迎撃に全力を傾けられる魔法少女達の前にはそれも大した威力を発揮できない。

    ペース配分を考えずに戦えると言うのは楽なものだ。

    攻撃、防御、回避、その三つを全てやらなければいけなかった頃とは大違いである。

    ほむら(弾薬も無駄遣いが出来るのは楽でいいわね)

    私は時間停止中にありったけのロケットランチャーを準備すると、三発の魔力光弾に向けて一斉に放った。

    普段の戦法ならば相殺できるハズもない攻撃だが、
    一発当たりに50発以上のロケット砲弾が相手ではあの強力な魔力光弾も無力だ。
    本体でさえフラつくほどの火力を集中されたら当然の結果か。

    まあ、フラつくだけでまともなダメージを与えられた記憶はないが……。

    そうこうしている間に、狙撃班の準備が整い始めたようだ。

    ビルの上や大通りから、ビリビリと強力な魔力が伝わって来る。

    メタルストーム重機関銃も撃ち尽くした私は、巴さんの直衛に着くため、ビルの屋上に向けて跳んだ。


    480: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:11:55.00 ID:mQ2/tIeP0

    ほむら「巴さん!」

    マミ「あら、暁美さん、来てくれたのね?」

    巴さんはティロ・フィナーレを準備しながら、
    召喚したマスケット銃で近付いて来る使い魔の迎撃も行っていた。

    ほむら「援護します、攻撃に備えて下さい!」

    私は盾の中から、巨大なショットガンを取り出す。
    この日のために温存しておいたフルオートアクション式ショットガン、ジャックハンマーだ。

    時間停止状態で放たれた装弾限界10発分の12ゲージ弾が一斉に使い魔を薙ぎ払う。

    マミ「あら、それならお言葉に甘えようかしら」

    巴さんは微笑みながら言って、両手を大の字に広げてキャノン砲に意識を集中した。


    481: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:12:30.86 ID:mQ2/tIeP0

    マミ「……コレもティロ・フィナーレじゃ少し味気ないわね……」

    ほむら「ティロ・フィナーレでいいじゃないですか!」

    準備を続けながら思案顔の巴さんに、私は半ば呆れたように言い放つ。

    マミ「いいえ……これは今まで頑張って来たあなたに勝利を捧げる技よ。
       最後の射撃、じゃあ、あんまりにもあっさりとしていない?」

    始まった………。

    この人は、どうも凝り出すと止まらない傾向がある。

    お陰で美味しいケーキや紅茶にご相伴いただけるのだが……。

    まあ、気持ちは嬉しいので、気持ちだけ受け取って置こう。

    そう思った瞬間だった――

    巨大キャノン砲のフリントが一斉に振り落とされた。

    マミ「ヴィットーリャ・サルートッ!!」

    巴さんの頭上に展開していた10本の砲身から、一斉に超特大の魔力砲弾が放たれた。
    その一発一発が、ワルプルギスの夜の一撃に匹敵するかと言う大威力砲弾だ。


    482: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:13:14.12 ID:mQ2/tIeP0

    ほむら(ヴィットーリャ・サルート………えっと、勝利の祝砲?)

    以前、巴さんの家で目にしたイタリア語の辞書を思い出しながら、何となく意訳してしまう私。

    いけない、少しだけど、想像以上に嬉しい。

    魔法少女9『ねぇねぇ、マミちんの言ったのってどこの国の言葉?』

    魔法少女10『まさかの新必殺技!』

    魔法少女11『あたしも必殺技欲しーよー!』

    すいません、いい人なんです。
    あまりウチの師匠をからかわないであげて下さい。

    思わず抜けかけた気を取り直し、私は前方を見据える。

    巴さんの10連ティロ・フィナーレ同様、四方八方から特大の魔力攻撃がワルプルギスの夜に殺到する。

    全ての攻撃がほぼ同時に炸裂し、ワルプルギスの夜は大爆発に包まれる。

    『アハ……アハハ……ハハハ………』

    爆煙に包まれながら、笑い声が遠のいて行く。
    煙の向こうで、崩れ落ちる歯車が見えた。

    機械仕掛けの魔女が、崩れて行く光景だった。


    483: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:13:47.09 ID:mQ2/tIeP0

    ほむら「うそ………」

    その光景に、私は思わず、そんな言葉を呟いていた。

    幾度か見た事のある、その光景は、いつもは一人の魔法少女によって成された光景だった。

    真芯を貫かれ、構成するパーツごと崩れて行くその様は、ワルプルギスの夜崩壊の証。

    ほむら「倒した……倒せた……」

    呟く度、その言葉の意味を、結果を、私は理解して行った。

    私達は、ワルプルギスの夜を、乗り越えたんだ。

    ほむら「や……った……」

    絞り出すような声が、涙で震えているのが分かった。

    脱力感で、私は膝を折ってその場に座り込む。

    取り落としたショットガンが、足下に転がった。

    私は顔を覆いながらも、涙を堪えきれなかった。


    484: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:14:38.21 ID:mQ2/tIeP0

    ほむら(やっと……ここまで来れた……)


    『こんな終わり方にならないように歴史を変えられるって……』


    ほむら(やっと………あなたと約束した未来に……私は辿り着いたよ……)

    いつか、まどかと交わした大切な約束。
    そこに今、ようやく、私は辿り着いたんだ。

    魔法少女6『…………全員の無事を確認しました……』

    その言葉が、さらに私の心を躍らせた。

    本当に、かつての仲間も新たな仲間も、誰一人失う事なく、
    私はここに辿り着いたんだ。

    ほむら(そうだ……キュゥべえ!)

    この未来に辿り着くキッカケを与えてくれた相棒を思い出し、私は顔を上げる。

    まどかとキュゥべえに、この勝利を報告しよう。

    私達の未来が、やっと始まるんだ。


    485: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:15:29.75 ID:mQ2/tIeP0

    Qべえ『うわあああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?』

    悲鳴が、私達の脳裏に轟いた。

    ほむら「キュゥべえ!? キュゥべえ!?」

    突如の悲鳴の主を察して、私は念話を使いながら叫んだ。

    Qべえ『うぅぅあああっ!? うああぁぁぁっ!!』

    ほむら「キュゥべえ! どうしたの、キュゥべえ!!」

    私は何度も必死に呼びかけるが、悲鳴は止まない。

    ほむら『まどか、どうしたの!? キュゥべえの身に何か起こったの!?』

    まどか『分から…いの、突ぜ……る…み出して!?』

    ゆま『キ…ゥべ…! キュ……え!』

    まどかに念話を送るが、まどかの念話を直接中継するキュゥべえの念話が撹乱されているのか、
    その声は途切れ途切れでよく聞き取る事が出来ない。
    泣き叫ぶようなゆまの声も、かなり遠い。

    だが、退っ引きならない状況なのは確かなようだ。

    魔法少女12『私が見て来るよ!』

    サポート班の魔法少女の一人が動いたようだ。


    486: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:16:20.45 ID:mQ2/tIeP0

    Qべえ『ぼ、ボクを殺さないでぇぇ!! いやだぁ、いやだぁっ!!』

    ようやく意味を持ち始めたキュゥべえの悲鳴は、凄惨な光景を思い起こさせる。

    杏子『おい、どうなってんだ! キュゥべえに何が起こってんだ!?』

    さやか『分かんないよ! まだ確認に行ってもらったばかりなんだから!』

    Qべえ『…………………』

    ついに、キュゥべえの悲鳴が止む。

    魔法少女12『避難所から現場連絡! 鹿目さんの話だと、キュゥべえは突然苦しみ出したそうだよ』

    マミ『それで、キュゥべえは無事なの!?』

    魔法少女12『気絶してる! 今、人目につかない所で治療中だよ!』

    ほむら「……………」

    一体、何が起こったのだろう?

    ワルプルギスの夜を倒した喜びも束の間、私達の間に不安と緊張が過ぎる。


    487: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:17:41.88 ID:mQ2/tIeP0

    QB「やれやれ……ワルプルギスの夜を倒されるのは当初の想定外だったけど、
       想定を変更し、保険を準備しておいて正解だったようだね」

    背後からの声に、私と巴さんは一斉に振り返る。

    そこにはインキュベーターが一匹鎮座している。

    ほむら「インキュベーター!」

    QB「リンクから外した個体を準備して、彼から君たちの詳細情報を回収させてもらったよ。
       この程度の戦力ならば準備した保険で十分に事足りそうだね」

    私が咄嗟に構えた銃口を向けられながらも、インキュベーターは淡々と語り続ける。

    QB「いずれ魔女となる魔法少女40人……まあ、鹿目まどか一人と引き換えにしても十分なお釣りが来るね。
       申し訳ないけれど、君達には鹿目まどかを魔法少女にするための犠牲になってもらうよ」

    言葉とは裏腹に、まるで申し訳なさそうに語るインキュベーターに、怒りがこみ上げる。

    ほむら「黙りなさい!」

    乾いた銃声と共に放たれた弾丸が、インキュベーターの頭を弾き飛ばす。

    QB2「僕らの個体も勿体ないが、そんな無駄弾を撃っている余裕があるのかい、暁美ほむら?」

    物陰から現れた別のインキュベーターが、頭の吹き飛んだ個体の咀嚼を始める。

    QB2「まったく、リンクさせた個体の処分も含めて、この短時間で2つか、
        先に処分したのはともかく、こう言う無駄な浪費は避けたいんだけどね」


    488: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:19:21.81 ID:mQ2/tIeP0

    ほむら「ま、まさか……お前達!?」

    QB2「おや、冷静さを欠いている割に、頭の回転はまだ早いようだね。
        仕方ないだろう、精神疾患罹患者とリンクさせれば、リンクした個体は精神疾患を発病するんだ。
        情報を引き出したら、素早く処分するのが鉄則だよ」

    胸が、ムカムカと、した。

    マミ「ま、まさか……あなた達……キュゥべえとリンクさせた個体を、殺したの?」

    QB2「巴マミ、君だって僕達を何体か撃ったじゃないか。
        それと同じだとは考えないのかい?

        君たちはすぐに、自分達の事を棚にあげて、他人の行為を非難するんだね」

    巴さんの口にした事実を、インキュベーターはあっさりと肯定した。

    やはり、コイツらは感情もないクセにとびきりに狂っている。

    コイツらの言葉を鵜呑みにするなら、事前にリンクから外した個体を準備し、
    その個体とだけキュゥべえのリンクを回復させたのだ。

    そして、キュゥべえの持つ私達の情報を引き出し終えると、その個体をその場で処理したのだろう。

    つまり、キュゥべえは先ほど、生きながらにして殺されたのだ。
    その恐怖、痛みがどれ程のモノだったか、私達には想像もつかない。

    だが、コイツらはそんな事はお構いなしどころか、その事に何の感慨も抱いていない。
    強いて言うなら、処理した個体が勿体ない、と言う思考レベルの判断。


    489: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:20:14.14 ID:mQ2/tIeP0

    QB2「さあ、無駄話はここまでにしよう。
        そろそろ“彼女”が目覚めるからね。
        まさか、この魔女を実際に使う事態が来るとは考えもしなかった」

    インキュベーターは言いながら、私と巴さんの間をすり抜けるようにしてビルの縁に立ち、
    遠く流れる人工河川に視線を向ける。

    私達もつられてそちらを見る。

    もう止みかけの風雨によって増水した河川が、急激に盛り上がり始めた。

    そうして現れる、水の巨人。

    それと同時に、激震が辺りを襲った。

    ほむら「くっ……!」

    マミ「キャッ!?」

    立っていられないほどの大激震に、私達はその場で身体を低くする。

    長く続く揺れに、本能的な恐怖が湧き上がる。

    それは仲間達も同じようで、念話を通じて悲鳴が聞こえて来る。


    490: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:20:46.63 ID:mQ2/tIeP0

    QB2「君たち人類の科学力は、君たちが地震と呼ぶプレート運動による自然災害に対して無力だ。
        そして、その遺伝子には恐怖と呼ばれるマイナスの感情が刻み込まれているようだね。

        先日の実験で得たデータも役に立つだろう。
        さあ、そろそろ他の二人も目覚めるかな?」

    身体を固定するだけで、地震に対する恐怖すら感じていないインキュベーターが淡々と述べる。

    すると、大通りにのアスファルトを割って、大量の砂が湧き出す。

    砂は巨大な壁となって街を二分し、私達の仲間も分断されてしまう。

    だが、それだけでは終わらない。

    一方に、轟音と共に火柱が上がり、もう一方には黒い靄が立ちこめる。

    QB2「崩壊の魔女、業火の魔女、そして、疾病の魔女。
        舞台装置の魔女と同クラス以上の魔女を三体、用意させてもらったよ。

        僕達に必要なのは、君達の悲鳴だ。
        上手く、鹿目まどかに届けて欲しい」

    まるで親しい友人に頼み事でもしているかのような悪気を感じさせない淡々とした口調。

    夜を乗り越えた私達の目の前に、夜よりなお暗い、闇の帳が落ちた。







    最終話「逢えて良かった」


    491: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:22:08.92 ID:mQ2/tIeP0

    ビルよりも高い砂の壁で仲間達と分断された私達は、
    念話での通信は可能ながらもそれぞれの力で3体の魔女を相手取らないといけなかった。

    マミ『インキュベーターの言葉通りなら、
       こちらが業火の魔女、と言った所かしら』

    立ち上った火柱の方に向かった巴さんから、ため息混じりの念話が聞こえた。

    なら、私が向かっている黒い靄が疾病の魔女だろうか?

    だとするなら、最後の一体、水の巨人が崩壊の魔女か?

    ほむら(悪夢だわ………)

    疾病の魔女の元へ走りながら、私は顔をしかめた。

    キュゥべえやまどか達の事も心配だが、今は此方に対処しなければならない。

    ワルプルギスの夜と同クラス以上の魔女三体の実力など考えたくもないが……。


    492: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:23:08.48 ID:mQ2/tIeP0

    駆ける私の先で、既に戦いを始めている仲間達の姿があった。

    黒い靄を相手に、攻撃を繰り返しているのは遠距離攻撃タイプの魔法少女だけで、
    近接攻撃タイプの魔法少女達は距離を取って苦しそうにしている。

    ほむら「何があったの!?」

    魔法少女13「ほむらかい? 見ての通りだよ……私達じゃ、アレの相手はちょっとね……」

    自分の身体に全開の治癒魔法をかけ続ける仲間の一人が苦しそうに呟いた。

    魔法少女14「あんな反則級の魔女、見た事がないよ……魔力ごしで触れただけで発病するって、なんだよ……」

    彼女の言葉に、私は目を見開く。

    魔法少女15「コイツ、病原体の塊よ! 距離を取りながらじゃないと……!」

    そう言った彼女も、魔力の込められた無数のダーツを投げつけながら牽制しているようだが、
    魔女は怯んだ様子もなくジワジワと私達に距離を詰めて来ているようだ。

    防ぎようのない魔女相手では、こちらは一定の距離を保つしかない。

    なるほど、攻撃でダメージを与えられたり、相手の攻撃を防げるだけ、
    ワルプルギスの夜の方がまだ可愛げがあると言う事か……。


    493: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:24:37.45 ID:mQ2/tIeP0

    その時の私達はまだ気付いていなかった。
    距離を取る、などと言う発想自体が甘かった事を。

    不意に、足の力が抜ける。

    ほむら「あ……?」

    尻餅こそつかなかったが、私はその場にガックリと膝を落としてしまった。

    よく見ると、私の回りにも微かな量の靄が漂っている。

    ほむら「み、みんな、急いで後退を! 距離を取って!」

    私は慌てて仲間達に呼びかけるが、既に多くの仲間達が自らの身体を掻き抱くようにして倒れ、膝をついていた。

    ほむら「み、みん……ごふっ!?」

    さらに呼びかけようとした瞬間、私は強烈な悪寒と嘔吐感に襲われた。
    成る程、先ほども仲間の誰かが言ったが、病原体の塊とはよく言ったものだ。

    おそらく、足の力が抜けたのは急激な倦怠感によるものだろう。
    悪寒と共に吐き気を催し、全身の体温が急激に上がって行くのに寒気でガクガクと身体が震える。

    気を抜けば、吐瀉物を巻き散らかしながら倒れていたかもしれない。

    ほむら『さ、さやか……こちら側に防御強化と治癒強化、それに魔力強化の追加……急いで……』

    念話で後方のさやかに強化魔法を要請する。


    494: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:25:38.89 ID:mQ2/tIeP0

    さやか『悪い、ほむら……さっきマミさんと杏子の方に、防御と魔力、スピード強化出したばかりで……』

    応えるさやかの声は疲労に満ちている。
    さやかの魔法は、魔力の消耗が激しく、そう連発できるようなモノではない。

    さやか『二発は何とかする……よ』

    ほむら『なら、魔力強化と治癒強化を………』

    さやか『あい、よ……!』

    さやかの返答の後、私達に向けて二つの強化魔法が飛んで来る。
    直後、私達の身体から消えつつあった青い輝きに加え、淡い紫の輝きが宿る。

    通常の倍以上の速度で治癒魔法が機能を始め、何とか動けるようになった私達はその場から跳び退いた。

    建造物の上に乗って下を見ると、既に地表は靄で覆い尽くされていた。

    ほむら(もう、下には降りられないわね……)

    これだけの魔女を相手に、足場を限定される戦闘は酷過ぎる……。

    魔法少女16「ちょっと、さっきより靄の量、増えてない?」

    恐る恐る仲間の一人がその事実を口にした。

    確かに、徐々に靄の量は増えており、既にビルの一階天井辺りまでは黒い靄で覆い尽くされているようだ。

    ほむら(使える足場まで少なくするつもり?)

    向こうから攻撃して来る事はないが、このままでは海のど真ん中で水没を待つ客船と一緒だ。
    しかも、水没する先は海ではなく、魔法少女にすら絶大な効果を発揮する病原体の靄。

    向こうが攻撃をしかけて来ないだけマシだが、ジリ貧には変わりない。


    495: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:26:46.93 ID:mQ2/tIeP0

    ほむら『巴さん、そちらはどうなっていますか?』

    マミ『最悪ね……能力に差が有り過ぎるわ』

    私の念話に、巴さんは息も絶え絶えと言った風に返して来る。

    杏子『何なんだよ、あの魔女は!? 近付けば近付いたヤツが燃え出す、
       離れても、アイツの目が開くと、視線の先が燃え出すって……』

    杏子が割り込んで来る。

    マミ『負傷者だけで済んでいるのは幸いね……でも、いつまで保つか……』

    どうやら、向こうも随分と凶悪な魔女のようだ。

    成る程、近付く事も距離を取る事も出来ず、ただ逃げまどいながら隠れるしか対処法のない魔女と言う所か。

    しかも向こうの魔女は自発的に攻撃までして来るとなると、こちらよりも分が悪いかもしれない。

    何と言う事だろう、ワルプルギスの夜を倒した魔法少女達が、
    戦場を分断されたとは言え、手も足も出ないとは……。

    しかも、もう一体、水の巨人のような魔女が身動き一つ取らずに鎮座したままと言うのが不気味でならない。


    496: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:27:53.89 ID:mQ2/tIeP0

    Qべえ『ほ………む、ら』

    心中で舌打ちをしかけた瞬間、絶え絶えの声が念話で届く。

    ほむら『キュゥべえ!? 大丈夫なの!?』

    Qべえ『な、なんと……か………意識、は、ハッキリ、して、いるよ』

    その言葉が強がりだったのはすぐに理解できた。
    そんな弱々しい声を無理に絞り出せば、事情を知らない者だって何事かと思うだろう。

    ほむら『無理をしないの! まどか、ゆま、あなた達は?』

    まどか『私達は今のところ大丈夫……さっきの地震、ほむらちゃん達は大丈夫?』

    ほむら『こちらは、今の脱落者は出ていないけど……避難所の様子は?』

    まどか『地震でパニックなっているよ……大人達の中には天変地異だって騒ぎ始める人まで出て来て……。
        ねえ、また魔女が出たの?』

    ほむら『……………ええ』

    隠し通せるハズもないと判断し、私は僅かな逡巡の後に肯定した。

    どうやら、避難所の人々の混乱と不安を吸い取ってエネルギーを得ているようだ。


    497: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:30:02.97 ID:mQ2/tIeP0

    ほむら『キュゥべえ……辛いところを悪いけど、今から言う特徴の魔女に心当たりは?』

    私はキュゥべえに今、目の前にいる三体の魔女の情報を伝える。

    Qべえ『そ、そんな………まさか……』

    特徴を伝え終わると、キュゥべえの震える声が返って来た。

    苦しげに歪む声の向こうに、凄まじい恐怖が見え隠れするのが手に取るように分かるほどだ。

    ほむら(………あまり、結果を聞きたくないわね……)

    思わず、そう考えさせられるほどに……。

    Qべえ『崩壊の魔女は少し情報が足りないけど……。
        疾病の魔女、魔法少女時代の名はアンネ・フランク。
        不衛生な収容所の中で絶望し、魔女化した少女だよ……』

    名前だけ言われれば、私にだって分かる。

    まさか、私達の中にそんな先達がいたとは思わなかったが、となると魔女化した彼女の能力も頷ける。
    絶望の末に、強烈な病を他者にまで振りまいていると言う所だろう。

    Qべえ『業火の魔女の名はジャンヌ・ダルク……。
        知っての通り百年戦争に参加に参加した英雄だけど、囚われの身となって火計の最中に魔女に……』

    苦しそうに語るキュゥべえの言葉に、私は項垂れる他無かった。

    名の知られた人物とは、即ち相応の因果を背負って来たと言う事だ。

    アンネ・フランクもジャンヌ・ダルクも、その名を知らない人間を捜す方が難しい少女達だ。

    ワルプルギスの夜の元となった魔法少女がどんな人物だったか知らないが、
    なるほど、ワルプルギスの夜と同クラス以上と言われても納得のラインナップだ。

    崩壊の魔女も、そのクラスの人物が魔女となった姿だと思っていいだろう。


    498: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:31:22.02 ID:mQ2/tIeP0

    魔法少女17『ねぇ、こんな連中相手に勝てるの!?』

    誰かの悲鳴じみた声が聞こえる。

    動揺はすぐに全体に波及した。

    声を震わせる者、撤退を進言する者、混乱寸前だ。

    まどか『わ、私が……契約すれば……』

    その混乱を押して、まどかの声が聞こえる。

    確かに、まどかが契約すれば彼女達でさえ物の数ではないだろう。

    だが――

    ほむら『ダメよ! そんな事をしたら、私達の今までが全て無駄になってしまうわ』

    さやか『そうそう……まどかは一番奥にどんっと構えてなよ』

    怒鳴るように言ってしまった私の後に続き、さやかが頼もしげな声を上げる。

    まどか『ほむらちゃん……さやかちゃん……でも』

    私達の声に戸惑うまどかだが、さらに食い下がる。

    自分が役に立つかもしれない、自分でなければいけないと言う状況下が、明らかにまどかを追い詰めている。
    まどかの性格は熟知しているが、ここは心を鬼にしてでも彼女を諫めるべきだ。


    499: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:33:06.42 ID:mQ2/tIeP0

    杏子『まどか、誰かのために願うって気持ちは認めるけど、
       こんな場面で願うようなアホは一人で十分だ』

    さやか『誰がアホだー!』

    マミ『そうね……私達のために命をかけようって言う、その気持ちは嬉しいけれど、
       それであなたが契約してしまったら、折角集まってくれたみんなや、
       これまでずっと戦い続けてくれた暁美さんの頑張りが無駄になってしまうのよ?』

    ほむら『巴さん………』

    私まで気遣ってくれた巴さんの言葉に、思わず泣き出しそうになってしまったが、
    今は堪えて、口を開く。

    ほむら『お願いまどか……私達を信じて』

    まどか『ほむらちゃん………』

    ほむら『あなたが今、魔法少女になって私達を助ける事が出来ても……、
        あの魔女を倒す事と引き換えに、あなたは魔女になってしまう。

        そうなったら、あなたは自分で守ろうとしていた大切なモノさえ傷つける存在になる。
        私は、あなたにそうなって欲しくない………』

    切なる気持ちで語るその言葉は、かつて、まどかと交わした約束だ。
    全てを切り捨てた私の中に残り、今も私を突き動かす原動力の一つである約束。


    500: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:34:15.10 ID:mQ2/tIeP0

    ほむら『まどかだけじゃない……巴さんも、さやかも、杏子も……。
        協力してくれているみんなも、私は魔女になんかさせたくない』

    そして、これが、今の私を突き動かす思いだ。

    自分自身で断ち切ってしまった絆を、今度こそたぐり寄せたのだ。

    もう、この絆を失いたくない。

    まどか『ほむらちゃん……』

    私の名前を呟いてから、まどかは押し黙った。

    魔法少女18「いい事言ってくれるじゃん、ほむら」

    傍らで膝をついていた仲間の一人が、そう言って立ち上がる。

    ほむら「おだてても何も出ないわ」


    501: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:34:41.90 ID:mQ2/tIeP0

    実際に何も出ない。

    肝心の火器関連に関しても、ワルプルギスの夜を相手に使い尽くすつもりだったので、
    強力な火器ほど弾薬が少なくなっている。

    ほむら(どうする……ランチャーは撃ち尽くした上に、あの靄相手に効果があるかどうか……)

    最後の手段である頼みの綱のC-4は、あるモノの中に詰めてかなり離れた位置に待機中。

    事前の仲間達のやりようを見るに、衝撃波の類が通用しない以上、物理的な衝撃や爆風も何処まで効果があるものか……。

    だが――

    ほむら「諦めずに、出来る攻撃は続けるしかないわ……。
        何か、効果を現す攻撃があるかもしれない」

    私は淡々と言いながら、火器を構える。

    魔法少女19「そうですね。出来る事は全部やりましょう!」

    遠距離攻撃の出来る他の魔法少女達も、ビルの縁に立って眼下の靄へと攻撃を始める。

    とにかく、今は諦めずに攻撃を続ける他ない。

    私は出来るだけ大口径の銃を用意すると、全てを撃ち尽くす勢いで乱射を始めた。


    502: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:35:20.38 ID:mQ2/tIeP0

    ◇◆◇◆

    まどか「みんな………何で……」

    私は泣くしかなかった。
    本当は戦える私が、みんなを守れるハズの私が、戦う事が出来ない。

    それが悔しくて、苦しくて、情けなくて、こんな場所に隠れているしか出来ない自分のズルさに嫌気が差す。

    ゆま「マドカおねーちゃん、泣かないで」

    まどか「う、うん……ゴメンね、ゆまちゃん、心配かけて……」

    傍らで私を慰めてくれるゆまちゃんに、私は何とか笑顔を取り繕う。
    杏子ちゃんにゆまちゃんの事を任せられたのだ。
    せめて、このくらいの事はやり遂げなければ、戦っているみんなに申し訳ない。

    Qべえ「まどか………」

    キュゥべえも、フラフラになりながら私の事を心配そうに見上げて来る。

    まどか「ゴメンね……キュゥべえ……私、ズルい子だ……。
        みんなが守ってくれるって言ったのに、役に立たない自分が嫌で、
        まだ、契約したい、なんて考えてる……」

    私はキュゥべえを抱き上げながら、震える声を絞り出すように言った。


    503: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:36:23.47 ID:mQ2/tIeP0

    まどか「ずっと……考えてた……魔女なんかいない世界を作れたら……。
        ううん……私が、魔女になってしまったみんなを、これから魔女になってしまうみんなを、
        私の願いの力で魔法少女のみんなを魔女になる前に助けられるような願いを叶えれば……、
        みんなが苦しんだり、哀しんだりしなくて済むのに……って」

    Qべえ「まどか……その願いは……!?」

    まどか「みんな……大切な願いを叶えるために魔法少女になったのに……、
        いつか魔女になるなんて……希望を持つのが間違いだなんて、可哀想だよ……」

    我ながら、名案だと思った。

    Qべえ「ダメだよ! まどか!」

    けれど、私のその願いはキュゥべえの声で否定されてしまった。

    Qべえ「そんな願いを叶えたら……君は魔女を消し去る、魔法少女を助けるためのだけの力……、
        つまり、それだけの機能の概念的な存在になってしまう。

        君の願いは、魔女になる君すら消し去り、君はこの宇宙から消えてしまうじゃないか!
        そんな事になったら……ほむらやみんなが哀しむよ……」

    ゆま「マドカおねーちゃん……消えちゃうの?
       そ、そんなの、ゆまヤダよぉ!」

    キュゥべえの言葉を聞いて、ゆまちゃんが縋り付いて来る。


    504: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:37:06.95 ID:mQ2/tIeP0

    まどか「名案だと……思ったんだけどな」

    私は泣きながら、力なく笑う。

    ああ、何で私はこんなに愚かなんだろうと自嘲するように。

    Qべえ「でも、最後の手段として願いを使うなら……一つだけ、方法がないワケじゃない……。
        願いを叶えた上で、君は魔女にならない方法が、たった一つだけ……」

    まどか「そ、そんな方法があるの!?」

    私の腕の中で重苦しく語るキュゥべえを、驚いて覗き込む。

    Qべえ「でも、危険過ぎる方法だ……。
        もしかしたら、君の願いの方が正解だと言ってもいいほど……」

    キュゥべえはそう言うと、私の腕から抜け出し、フラフラの身体で床に降りた。

    Qべえ「本当に、最後の最後の手段だけど、念のため、覚えておいてくれるかい?」

    まどか「…………う、うん……」

    真剣に私を見上げて来るキュゥべえに、私は戸惑いながらも頷いていた。


    505: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:38:04.06 ID:mQ2/tIeP0

    ◆◇◆◇

    魔法少女18「もう足下まで来てるよ!?」

    魔法少女1「諦めちゃダメだって! とにかく、やれる事は全部やらないと!」

    魔法少女19「そんな事言っても……う、後ろはもう縁のギリギリまで来てるよ!」

    ほむら(思ったより詰めて来るスピードが速い……。
        ここより高いビルは……!)

    仲間達の悲鳴じみた声を聞きながら、私は視線を走らせる。

    かなり遠くに県庁ビルが見える。
    この辺りで隣町からも見えるランドマークにもなる高層建築だが、
    いかんせん、一足飛びにあの屋上まで飛ぶのは無理がある。

    他にも高いビルはあるが、ドングリの背比べと言った所だ。

    防御しようにも、魔力の障壁すら無効化して来る病原体が相手では分が悪過ぎる。

    ほむら(まだ手はあるハズ、まだ……まだ……!)

    私は盾の中から思いつく限りの武器を取り出すが、
    有効打を与えられそうな武器は殆ど使い果たし、殆どの火器の弾薬も尽きかけている。

    最早、手はないが、それでも私は諦めない。
    一人でも諦めた姿を見せたら、それこそ連鎖的な絶望感が私達を支配するだろう。

    全員がそれを分かり切っているからこそ、泣き言を漏らしても攻撃の手は緩めていない。


    506: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:39:20.32 ID:mQ2/tIeP0

    だが、やはり対抗手段の思いつかない魔女相手の限界は訪れた。

    遂に、黒い靄がビルの縁を越えて屋上に充満し始めた。

    魔法少女7「は、入って来たよ!」

    魔法少女20「中央に固まって! 少しでも長く保たせるの!」

    ほむら(もう、あとは時間稼ぎくらいしか………!)

    私達は押しくらまんじゅうをするかのように屋上中央に集まり、必死の抵抗を続ける。

    地力があまりにも違いすぎる。
    ワルプルギスの夜のように力で押し切れるレベルを遥かに超えた、
    最早、病と言う現象そのものの魔女を相手に、これ以上、どうやって立ち向かえと言うのか。

    視線を反対側に向ければ、砂の壁の向こうが赤く燃えているのが見て取れた。

    あの壁の向こうはどうなっているのか……惨状しか頭を過ぎらない。

    ほむら(まさか……本当に……ここまでなの……?)

    目と鼻の先にまで迫った靄に銃弾を浴びせながら、私はジワジワと歩み寄る絶望感に苛まれていた。

    折角、みんなで繋げた希望も、約束も、こんな所で踏みにじられてしまうのか?
    こんな多くの仲間を得ておきながら、私は、またまどかを、友人達を救えないのか?

    ほむら「うわああぁぁぁぁぁっ!!」

    私は絶叫しながら、両手で持った拳銃を撃ち続ける。

    だが――


    507: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:40:22.23 ID:mQ2/tIeP0

    ???「駄々っ子は見てられないや」

    声と共に、一陣の黒い風が、私達の周囲に舞った。

    黒い風が私の眼前に止まった時、私はその姿が人間である事を、
    そして、よく見知った――知りたくもなかった――顔である事に気付いた。

    ほむら「く、呉……キリカ……!?」

    そこにいたのは、漆黒の服に身を包み、獣のような魔力の爪を携えた魔法少女の姿があった。

    キリカ「へぇ、私の名前知ってるんだね……どうでもいいけど」

    呉キリカは興味なさそうに言ってから、無邪気な笑顔を向けた。

    キリカ「織莉子、聞こえる? ……ああ、そう、君の言った通り、コッチの面は割れてるみたいだ。
        靄は大丈夫かって? 君が考えた作戦が失敗するハズないじゃないか。
        …………うん、この魔女、私の魔法と相性がいいね…………そんな事言わないでよ。
        いつも言ってるじゃないか……私の一番は織莉子で、一番以外は存在しないよ」

    まるで周囲の状況を考えずに、年頃の少女が恋の話に熱中するかのように朗らかに語る呉キリカ。

    ほむら(最悪……だわ)

    私はその場に膝をついた。


    508: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:41:27.12 ID:mQ2/tIeP0

    ほむら(いったい……何時、インキュベーターと契約したと言うの?
        しかも、あの話ぶりからして、美国織莉子も魔法少女に?
        まさか、まどかを狙って!? 美国織莉子は何処!?)

    私は半ば混乱気味に思考を巡らせる。

    もしも、チェスが三人同時で展開できるゲームだとして、
    対戦相手二名に同時にチェックメイトをかけられたこんな気分だろうか?

    いや、チェスの方がまだマシか……ゲームで失う物はないが、此方は何もかも失う現実だ。

    ほむら「あなた達の狙いは……?」

    私は努めて冷静に呉キリカに問いかける。

    キリカ「……………………」

    しかし、呉キリカは何も応えず、私達にグリーフシードを投げ渡す。
    人数分とまではいかないが、かなりの数だ。

    キリカ「魔力……青髪の子のお陰であんまり減らないらしいけど、
        回復しておいた方がいいから、って……織莉子から」

    実につまらなそうな物言いは、明らかに嫉妬の色が見える。
    そして、魔力の爪が私の首もとに向けられる。


    509: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:42:37.79 ID:mQ2/tIeP0

    キリカ「勘違いしない内に言っておくよ?

        織莉子が言うから君達にあげるんだ……。
        私の織莉子への愛は無限だけど、愛せる時間は有限なんだ……、
        君達にかまけている時間も、こんな魔女に時間をかけている時間も勿体ないくらいさ」

    ギラギラと強い光を灯しておきながら虚ろにすら見える目で語る呉キリカに、
    私は思わずゾッとせざるを得なかった。

    敵意はないが殺意はあるような、何とも言えないアナーキーな感覚だ。

    仲間達も数人はこの様子に怯えている。

    ほむら「あなたと美国織莉子は……仲間、と思っていいのかしら?」

    ???『そう思ってもらって構わないわ……イレギュラーさん』

    脳裏に響く念話の声に、私も思わず殺意を抱く。

    ほむら『美国……織莉子……!』

    返す念話は、思わず怒りで震える。

    織莉子『あら……随分とご立腹の様子みたいだけれど……。
        そんなに恨まれるような事をしたかしら?』

    別の時間軸では、随分とね。

    私はでかかったその言葉を飲み込む。
    以前のように事情を悟られている可能性はあるが、下手に敵を増やす事もない。


    510: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:43:53.32 ID:mQ2/tIeP0

    織莉子『先ほど、避難所の屋上にいた子に頼んで、念話のリンクに入れさせていただいたわ。
        青髪の方の魔力も回復済み……万が一、敵対する意志があるなら、ここまでするかしら?』

    嫌になるほど冷静な物言いに、私はかつての自分を重ねたくもないのに重ねて、より嫌気が差す。

    織莉子『あなた、私の………いえ、私達の能力は知っている、と思っていいのね?』

    ほむら『予知能力と減速魔法』

    その質問に私は淡々と答える。

    織莉子『話は早いわ………最初は鹿目まどか、と言う子を殺して全てを終わらせた方が良いと思ったのだけれど、
        さすがにあなた達が数を揃えてからは、予知が一切、変わらなくなった』

    ほむら『ッ!』

    彼女の言葉に、私はやはり怒りを禁じ得ない。
    他の仲間達にも動揺が走る。

    だが、そんな私達の気持ちをお構いなしに、美国織莉子は続ける。

    織莉子『おそらく、どうやっても鹿目まどかを殺せる未来には辿り着かない、
        そして、未来はおそらく固定されつつある。

        だとしたら、私はキリカのためにも、望む可能性の有る側に賭けるだけ……』

    美国織莉子は、最後は実に優しい声で呟いた。

    それを受けて満面の笑みを浮かべる呉キリカ。


    511: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:45:16.94 ID:mQ2/tIeP0

    吐き気がする。

    キュゥべえの時も思ったが、コイツらは私だ。

    だが、キュゥべえと違うのは、コイツらは一ヶ月前までの私だと言う事だ。

    互いの事を最上級に考えた上で、それ以外の全てを排除した、
    あまりにも排他的で、吐き気を催すほどに身勝手な共生関係の生物。

    だが――

    ほむら『本当に……仲間と思っていいのね……?』

    なら、私もかつての私のようにコイツらを利用するだけだ。

    私達全員が望む未来のために。

    織莉子『協定……成立かしら?』

    私の質問に、美国織莉子は微笑むように応えた。

    織莉子『………そちらの魔女の対処方法は全て、キリカに教えてあります。
        キリカ、手順は覚えているわね?』

    キリカ『当たり前じゃないか……他の何を忘れても、
        私が織莉子の言葉を一言一句、吐息の数だって忘れるハズがない』

    織莉子『あらあら……それでは、あなたが無知な子になってしまうわ』

    キリカ『織莉子が嫌なら治すけど……期待しないで』


    512: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:46:20.98 ID:mQ2/tIeP0

    ほむら「こんな所で惚気られても困るのだけれど……」

    キリカ「………」

    話に割って入ったのが気にくわないのか、呉キリカはムッとした顔を此方に向けて来る。
    まったく、やり辛いったらない。

    魔法少女1「……って、靄が止まってる!?」

    ようやく気付いた仲間の一人が、驚いたようにその事実を口にした。

    ほむら「彼女の固有魔法……減速魔法よ。
        止まっているように見えているけど、実際はかなりゆっくり動いているわ」

    魔法少女21「べ、便利な魔法だね。どんな願い事をすれば使えるようになるんだろ?」

    私は知りたくもないが、確かに、自分の周囲の時間を遅らせる事の出来る呉キリカの減速魔法なら、
    相対的にこの靄の侵食速度を落とす事が出来る。

    私達にも靄がゆっくり見えている、と言う事は、恐らく、自分の周囲数メートルを魔法の対象外にしたのだろう。

    癪なことだが、今、私達はこの呉キリカによって守られていると言う事になる。


    513: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:48:08.80 ID:mQ2/tIeP0

    キリカ「さて、と……魔力が効かないなら、武器で払おうとか考えないの?」

    呉キリカは言いながら、大きめの服の裾から白い球体を2つ取り出す。
    見覚えのあるソレは、美国織莉子の使う武器だ。

    彼女の武器は腕にある魔力の爪なので、恐らくは借り受けて来たものだろう。

    頭ほどもある大きさの球体が、彼女の魔力を帯びて舞い上がり、
    靄を押し退けて飛ぶ。

    減速魔法によって動きを極限まで制限された靄は押し退けられたままだ。

    ほむら「一番最初にみんなが試しているわよ……。
        そんな方法が有効なのは、あなただけよ」

    私は呆れたように言いながら、靄の中を縦横無尽に駆け回る白い球体を見遣った。

    蟻が土中に巣穴を広げて行くように、球体は靄を蹴散らしている。

    なるほど、相性と言うのは何にでもあるものだ。

    私の時間停止にとって美国織莉子の予知能力が天敵であったように、
    広がるしか能のない黒い靄には、減速魔法と遠隔物理攻撃の合わせ技と言う事か。


    514: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:48:50.30 ID:mQ2/tIeP0

    ほむら「みんな、攻撃を魔力放出系から物理攻撃に切り替えましょう。
        呉キリカの魔法の対象範囲に入らないようにすれば、靄に包まれる事はないハズよ」

    私は仲間達に指示を出しながら、役に立つものがないか探り始める。

    私の武器は物理的な攻撃が専門だが、銃弾と言う攻撃面積の小ささから、吹き飛ばせる量も少ない。
    しかも、爆発系の装備は自分達の周囲から靄だけを吹き飛ばすと言う関係上、扱いが難しい。

    いっそ扇風機か何かが入っていれば役に立つのだが………さすがにそんな便利な物は………。

    ほむら「………ないわね」

    結局、私はこの場では役立たずか。

    キリカ「イレギュラーの人。織莉子の作戦に君が必要らしいから、今は指を咥えて休んでいるといいよ」

    本当に優しくないな、彼女の物言いは。

    しかし、彼女の言い方からすると、私の能力が必要になる作戦がある、と言う事か。


    515: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:50:03.68 ID:mQ2/tIeP0

    ひとしきり、靄を押し退け終わると、私達はようやく下に降りる事が出来るようになった。

    呉キリカを中心とするような陣形を組み直し、今、私達が向かっているのは街を二分する砂の境界だ。
    物理攻撃を中心にして靄を押し退け、ゆっくりと迫って来る靄を振り切って行く。

    ほむら「それで、作戦内容は?」

    織莉子『それは私から説明させてもらいます』

    呉キリカに尋ねると、念話で美国織莉子が話しかけて来た。

    織莉子『今からあなたに囮になってもらいます。
        少なくとも、そちらにいる疾病の魔女は倒す事が出来るでしょう』

    成る程、囮作戦か。
    私の時間停止にもってこいの戦法だ。

    さやか『ちょ、ちょっと! ほむらを囮に、って、危ない作戦じゃないだろうな!?』

    織莉子『危なくない作戦だと、遅かれ早かれ全滅するわ』

    さやか『なっ!? じゃあ、ほむら一人を危険に晒せって言うのかよ!』

    杏子『さやか、こらえろ!』

    さやか『けど!』


    516: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:51:21.86 ID:mQ2/tIeP0

    さやかが怒ってくれるのは有り難い………。
    だが、ここは美国織莉子に従っておくべきだ。

    ほむら『さやか、大丈夫よ。
        彼女の作戦の成功率の高さは保証できるわ………腹立たしい事にね』

    美国織莉子の作戦立案は予知能力と言う驚異的な説得力もあって、
    たとえその内容が稚拙であろうが、危険であろうが、成功率は高い。

    ほむら『ただ、信用はしないわ』

    織莉子『それで結構です』

    私と美国織莉子は、互いに淡々と言葉を交わす。

    やり方を変えたとは言え、結局、彼女はまどか殺害を一度でも企てたと言う事実がある。
    さきほど、敢えてその事実をこの場で口にしたと言う事は、
    信用する必要がないと先に予防線を張られたような物である。

    まあ、大方、この二人の事だから今後のために私達と休戦協定を結んで、利用していると言った所だろうし、
    私も、この二人の事を最大限に利用して、仲間達の生存の道を見出す他ないのだ。

    利害の一致以上に、この二人と私達との間で確かな協定もないだろう。

    織莉子『ではまず……』

    そして、作戦説明が始まった。


    517: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:52:18.58 ID:mQ2/tIeP0

    作戦の説明が終わると、私は不思議と納得していた。
    成る程、その方法ならば疾病の魔女は何とか出来そうだ。

    織莉子『配置はさきほどの指示通り……そちらの班は、出来るだけ靄から遠くにいた方が賢明です』

    淡々と説明を終えた織莉子に、全員が押し黙る。

    ほむら『………それで、疾病の魔女が倒れる瞬間は見えているの?』

    織莉子『ややブレてはいますけど……間違いなく、この方法でしか倒せないでしょう』

    ほむら(この方法なら倒せる、とは言わないか……結局、博打と言う事か)

    私は気付かれないように心中でため息を漏らす。

    だが、他に方法は思いつかないし、作戦はいつでも発動可能だ。

    既に作戦の前段階として、砂で出来た境界の上には巴さんと杏子の姿が見えており、その向こうには巨大な火柱も見える。

    魔力強化もまだ5分ほど余裕が残っている。
    身体強化を全開にしても、十分に時間停止は出来るハズだ。
    必要な弾薬も、既に準備は出来ている。

    作戦実行上、問題はない。

    ほむら『問題ないわ、始めましょう』

    囮役の私が承諾した事で、作戦は始まった。


    518: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:52:53.80 ID:mQ2/tIeP0

    マミ「暁美さん!」

    境界の上で私を待ちかまえていた巴さんが、胸のリボンを伸ばして私の腕を掴む。
    私は掴まれた方とは逆の腕で巴さんのリボンを掴み、軽く引いた。

    それを合図に、リボンが一気に縮んで私を境界の上へと引き上げた。

    ほむら「杏子、お願い!」

    杏子「任せろ!」

    境界の上に着地する寸前、杏子が伸ばした槍が足場となって私に突き出される。

    杏子「よーしっ、ほむら、飛んでけぇっ!」

    杏子は私を槍の先に載せたまま、凄まじい膂力で槍を振り回し、私を上空へと打ち上げた。

    そこでようやく、私は再び業火の魔女の全貌を見た。

    遠目にはただの火柱だったが、よく見れば、歪な十字架のような形をしており、
    成る程、史実で火計で亡くなった人物である事を思わせる姿だった。

    十字架の頂点には目のような物が存在しており、その目が開かれ、何かを見たと思った瞬間、
    その視線の先にあった信号機だけが一瞬で燃え尽きた。

    成る程、恐ろしい能力だがお陰でこの作戦の信憑性が増したと言うものだ。

    高々度跳躍で滞空しながら、私は背後をチラリと見遣った。


    519: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:54:10.58 ID:mQ2/tIeP0

    ほむら(もう彼女は減速魔法の圏外のようね……いえ、私が減速魔法の圏内に入ったのかしら?)

    疾病の魔女の動きが元に戻り始めた事を確認して、私は再度、業火の魔女を見遣る。

    杏子のお陰でかなり高い位置まで放り上げてもらったつもりだったが、
    それでも目の前の業火の魔女や、河川方向で佇む破滅の魔女に比べればやや低い。

    滞空時間の限界で落下が始まった事を悟った私は、即座に信号弾を発射した。

    信号弾は業火の魔女の目前で炸裂し、閃光と煙を放つ。

    一瞬、驚いたように炎をゆらめしかした業火の魔女は、私に気付いたようで、
    私を正面に捉えるように向き直った。

    ほむら(かかった!)

    美国織莉子の作戦、と言うのが気にくわなかったが、それでも敵の注意を引きつけると言う第一の難関を突破し、
    私は思わず心の中でガッツポーズを取りたくなった。

    だが、まだだ。

    目を閉じたまま正面に向き直ったと言う事は、おそらく、あの見ただけで対象を燃やす目以外に、
    此方を察知するための視覚か、そうでなければ触覚のような物が存在しているに違いない。

    そして、先ほど、信号機を燃やし尽くした割に、下のアスファルトに一切の被害を出していない所を見れば、
    あの目で燃やせる対象は、事前情報通り1つだけと言う事だ。


    520: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:55:12.31 ID:mQ2/tIeP0

    ほむら(慌ててはダメ……ギリギリまで、目が開くギリギリまで引きつける……!)

    自由落下を続けながら、私は視線を前後に走らせながらタイミングを計る。

    タイミングが一瞬でも遅れれば、先ほどの信号機と同様、
    業火の魔女の能力で私は一瞬で消し炭となる。

    逆にタイミングが一瞬でも早ければ、この作戦は失敗に終わる。

    魔女もバカではないだろう、一度でも失敗した作戦が二度通じる保証はない。

    だが、バカではないからこそ、必殺の一撃には最大の自信を持っているハズだ。

    見た物……それも一つの対象だけを完璧に燃やし尽くす、その能力に。

    そして――

    ほむら(開いた!)

    目が開いたと思った瞬間、私は時間停止をかけ、私以外、全ての時間が停止した空間の中、
    私は砂の境界の上に降り立った。

    そして、時間停止を解除する。

    さあ、見て貰おう、お前の視線の先にある物を。

    直後、私の背後で炎が燃え上がった。


    521: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:57:04.82 ID:mQ2/tIeP0

    テレビでガス爆発の実験映像を見た事がある。
    空気中に充満したガスに引火し、炎が一気に空間を埋め尽くすアレだ。

    振り返った私の視線の先で、それと同じ光景が街単位で起こっていた。

    しかし、ガス爆発のように建造物に被害を出したりはしない。

    燃えているのは彼女のお仲間、そう、疾病の魔女だ。

    いかに病原体の靄とは言え、元々、一体の魔女だ。
    業火の魔女の視線の先にいた疾病の魔女も、その対象に過ぎなかった。

    もうお分かりだろう。

    そう、美国織莉子の作戦は、疾病の魔女を背にした囮役の私が飛び、
    業火の魔女が目を開いた瞬間、私が燃やされる前に時間停止で回避、
    そのまま、私の後ろにいた疾病の魔女を燃やし尽くさせる事にあったのだ。

    作戦はご覧の通り大成功。
    黒い靄の塊だった疾病の魔女は、一瞬にして燃え尽きた。

    ほむら(美国織莉子……敵に回すと腹立たしいほど恐ろしいけれど、
        味方にすれば、これほど心強い能力もないわね……)


    522: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:58:14.93 ID:mQ2/tIeP0

    最悪の魔女の一角を崩した私達は、改めて全員で集結する。

    前線三班は先ほどの布陣に呉キリカを加え、さやか達のサポート班には美国織莉子が加わっている。

    さらに二人から譲渡されたグリーフシードで魔力もある程度回復できており、
    万全、と言うほどではないが、少なくともつい数分前まで押し寄せていた絶望感とは無縁と言ってもいい。

    さらに――

    ほむら「能力の相性と言うけれど、コイツは私向きの相手のようね」

    美国織莉子の立案した囮作戦のお陰で、私も気付いていた。

    業火の魔女の能力は、私が囮に回り続ける事で十分に無力化できる。

    さすがに、接近状態での自然発火は防げないだろうが、
    要はワルプルギスの夜の時のように距離を取っての戦闘なら通用すると言う事だ。

    破滅の魔女がまだ動き出さない以上、一気に決着を着けなければならない。

    織莉子『発火能力は恐ろしいようだけれど、移動能力は皆無のようね……』

    マミ「確かに、私達がビルの陰に隠れても一度も動いていない所を見ると、
       移動出来ない、と言うのは正解かもしれないわ」

    美国織莉子の言葉に巴さんが思案気味に呟いた。


    523: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 22:59:28.83 ID:mQ2/tIeP0

    織莉子『暁美ほむらさん、信号弾や発光弾の類はあと残り10発でいいのかしら?』

    ほむら『残り12発よ。
        つまり、あと10発で片が付くと考えていいのかしら?』

    私は不機嫌そうな小さなため息を混じえて返す。

    元々、ワルプルギスの夜との戦闘中、目眩ましや牽制用で大量に準備しておいた物だ。
    仲間が増えた事で不要になったと思っていたが、返却せずにおいていて正解だったと言う事か。

    杏子「さっきからお前らのやり取り聞いてると、最初から随分とトゲがあるみたいだけど、
       さっきのまどかへの言い方はともかく、それ以前に何かされたのか?」

    ほむら「この時間軸では関係のない事よ。
        私がどうしても割り切れないと言うだけ」

    杏子「う~ん……よく分かんねぇな」

    ほむら『さっさと指示を寄越しなさい』

    首を傾げる杏子を後目に、私は美国織莉子に指示を要求する。
    これ以上、二人と仲間達の関係をギクシャクさせるのも得策ではない。


    524: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 23:00:17.23 ID:mQ2/tIeP0

    織莉子『では、これから逐一、指示を出します。
        その通りに動いてもらいますが、よろしいかしら?』

    ほむら『善処するわ』

    杏子に指摘された事もあったが、私は意識してトゲを出さないように言った。

    そして、私達は美国織莉子の指示の通りに動き始める。
    如何に強力な魔女でも、戦闘パターンが読み切れるなら恐ろしい事はない。

    私は時間停止を駆使して撹乱し、仲間達の攻撃のチャンスを作る。

    接近状態の自然発火が避けられないため近接攻撃系・物理攻撃系の武器が使えないのが痛いが、
    遠距離からの魔力攻撃なら若干の効果が得られるようで、徐々に業火の魔女はその身を削られて行った。

    そして――

    ほむら「これで、10発目……!」

    私は美国織莉子の予知通り、10発目となる最後の信号弾を放った。

    炸裂した信号弾の発光による目眩ましに乗じて、仲間達の攻撃が四方八方から満身創痍の魔女へと襲い掛かった。

    時間にして約20分、さやかの支援魔法を駆使しての激戦はようやく中盤を超えた。


    525: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 23:01:15.58 ID:mQ2/tIeP0

    織莉子『回収したグリーフシードは此方に、美樹さやかの魔力を最優先で回復させます』

    さやか『わ、悪いね……みんな……』

    織莉子の指示に続いて聞こえて来たさやかの声は息も絶え絶えだった。

    人数の多少に関わりがないとは言え、遠距離・広範囲への支援魔法はさやかの魔力を大幅に削る。

    美国織莉子達と合流した時にグリーフシードで完全回復させたとは言え、
    業火の魔女との戦闘中に、また4回の広域全力支援魔法を使ったさやかの魔力は限界に近いだろう。

    織莉子『それと……これより先、回避能力や残魔力に余裕のない人は全員、
        速力強化の効果が発動している間に街の外まで下がりなさい』

    魔法少女22『ちょっと、新入りさん、何ふざけた事言ってんのよ!』

    魔法少女23『そうよ! まだ一体、一番大きいのが残ってるじゃない!』

    キリカ『君達、理解が遅いね。織莉子は、死にたくなかったら下がれ、って言ってるんだよ』

    美国織莉子の新たな指示に憤慨していた仲間達は、呉キリカの直接的な物言いに凍り付く。


    526: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 23:02:09.51 ID:mQ2/tIeP0

    杏子『随分と物騒な言い方するじゃん』

    織莉子『……避けられない、なんて情けない理由で勝手に死なれて、
        他の人間の判断や動きを鈍らせる人間に用がないだけ……』

    此方も随分とストレートに言い直してくれたものだ。

    ほむら(けど……この物言いからして、アイツには勝てる要素がない、と言う事?)

    私は、現れた時のまま未だに微動だにしない水の巨人を見上げて思案する。

    ほむら(でも、魔女があの位置ならアレが使える……)

    私はビルの上から河川を睨め付ける。

    此方も対ワルプルギスの夜戦に備えて準備していたとっておきの中のとっておき。
    本当は二つを別々に使うつもりだったが、仲間達の存在もあり、
    万が一の最終兵器として準備していたアレが役に立つ時が来たようだ。

    私は一足飛びに河川へと跳躍し、川面に降り立つ。

    ちなみに、いくら魔法少女でも川面に立つなどと言う離れ業は出来ない。
    ここにはちゃんと足場が有り、私はその足場の上に立っているに過ぎない。

    それを今、明かすとしよう。


    527: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 23:03:38.95 ID:mQ2/tIeP0

    ほむら「お前の出番よ……!」

    私は静かに言い放つと、足下に魔力を流し込み、今、私の足場となっていた物を起動させた。

    深い人工河川の川面を波打たせ、浮上した私の足場。
    メタルストーム重機関銃とジャックハンマーをレンタルして来た米海軍寄港基地から同じくレンタルさせてもらった戦艦だ。

    最初はコレの艦砲射撃をワルプルギスの夜に浴びせようと思っていた私だったが、今は別の用途を持っている。
    完全防水を施した艦内に大量に積み込んだC-4を使った、戦艦型炸裂弾だ。

    工場地帯を丸ごと消し飛ばす威力の爆薬と、さらに艦砲用の火薬・爆薬を孕んだ超巨大爆弾である。

    その超巨大爆弾を、私は破滅の魔女に向けて走らせる。

    織莉子『無駄よ』

    美国織莉子は私にだけ念話を送って来たようだった。

    まだ試した事はないが、コレでダメージを与えればこの後の戦いはグッと楽になるハズだ。

    そして、さすがにこの爆弾に脅威を感じるのか、水の巨人が動き出した。
    街を分断していた砂の境界を引き寄せ、身に纏って行く巨大な魔女。
    その姿はさながら、砂の鎧を纏った水の巨人と言うべきか。

    どうやらあの砂もこの魔女の能力、いや、身体の一部だったようだ。


    528: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 23:04:20.32 ID:mQ2/tIeP0

    ほむら(砂と水………砂漠と治水? ……ま、まさか、ね)

    私は脳裏に過ぎった歴史上の人物の名前を慌ててかき消す。

    収容所送りにされた少女と、英雄だった少女の魔女ですらあの強さだったのだ。
    今、私の脳裏を過ぎった人物がこの魔女の正体だとしたら、本当に勝ち目がない。

    私は魔女が爆弾に覆い被さって来るのを確認すると、
    時間停止と共にありったけの手製爆弾を置き土産に退避する。

    ほむら『みんな、ビルの陰に入って伏せて!』

    私は爆発の規模を想定し、仲間達に避難指示を出す。

    既に爆弾は魔女の体内に飲み込まれた状態であり、どの程度の被害が外に及ぶか見当が付かないが、
    多少は外や街への被害は抑えてくれるだろう。

    私はビルの陰に潜り込むと、中古の携帯電話を改造したC-4爆薬の起爆スイッチを押す。

    だが、私の予想した爆発は来なかった。


    529: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 23:05:25.79 ID:mQ2/tIeP0

    ほむら「う、うそ……」

    愕然と漏らした私は、ビルの陰から破滅の魔女の様子を窺う。
    自分でも自分の目が見開かれるのが分かった。

    魔女の身体は膨れあがってはいたが、まるで堪えた様子がなかった。

    それどころか、膨れあがった身体は次第に元の状態へと戻って行き、
    砂の鎧の彼方此方から戦艦だったものの破片と思しき鉄片がこぼれ落ちて来た。

    ほむら(あの爆発に、耐えた!?)

    最初から倒せる保証などなかったが、まさか無傷とは……。

    織莉子『目眩ましを一つ失ったわ』

    美国織莉子の言葉に、私はガックリと膝をついた。

    ほむら(読みが……甘すぎた……!?)

    まさか、私の用意したとっておきの一発が、時間稼ぎ程度にしかならない代物だったとは。

    だが、本当に驚くべきはあの爆発に無傷で耐えた破滅の魔女だろう。
    外側からならともかく、内側からの爆発を無効化されるのは、あまりにも理不尽過ぎる。

    ほむら「世界三大美女と呼ばれた女王は伊達ではないワケね………」

    私は吐き捨てるように呟いてから、気を取り直して立ち上がる。


    530: 途中から破滅の魔女になってた事に今気付いたorz 2011/08/24(水) 23:06:51.99 ID:mQ2/tIeP0

    織莉子『指示に……従ってもらえるかしら?』

    ほむら『……………………分かったわ』

    美国織莉子の言葉に、私は僅かな沈黙の後に頷く他なかった。

    さすがに、ここまでの実力差を見せつけられると、
    最早、絶望感を通り越して笑いさえこみ上げる。

    織莉子『やる事は時間稼ぎ………あと5分も保てば良いわ』

    ほむら『………どう言う事?』

    織莉子『あと5分で、鹿目まどかは契約する』

    ほむら「!?」

    今度こそ、私の目は最大まで見開かれた。

    一瞬、美国織莉子が何を言っているのか分からなかった。


    531: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 23:09:04.00 ID:mQ2/tIeP0

    魔法少女23『まどかちゃんが契約って何よ!?』

    織莉子『知らないわ……私は単に未来に起こる事を予知しているだけ。
        そして、この予知はもう五日以上、ブレる事なく私の脳裏に映り込続けている』

    仲間達の狼狽に、織莉子は淡々と答え、さらに続ける。

    織莉子『そして、その先の未来が見えない……何が起こるかは、私にも分からない。
        私は単に、その先が見える可能性を探りたいだけ……』

    美国織莉子は達観したかのように漏らす。

    魔法少女6『………いけない、避難所、包囲されています!』

    珍しく慌てた声を漏らした仲間に、私はようやく正気を取り戻す。

    ほむら『どうしたの!?』

    さやか『い、インキュベーターだ! インキュベーターの大群が避難所に押し寄せて来てる!』

    私の問いかけに応えたのはさやかだった。

    魔法少女12『百や千なんて数じゃない……もっとたくさん……か、数え切れないわ!?
          避難所の回りが……見渡す限り、真っ白に染まって……!』

    さやか『まどか達に念話が中に通じない……これって念話が妨害されてるの!?』

    まさか、魔女に集中している間に近寄られたのか?
    しかも、その数が相手では、まどかとゆまだけでなく、キュゥべえも危険だ。

    ほむら『誰でもいい! 避難所のインキュベーターを何とかして!』

    私は悲鳴じみた声で叫び、自らも必死で駆ける。

    だが、それが私の命取りとなった。


    532: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 23:10:20.83 ID:mQ2/tIeP0

    ほむら「ッ!?」

    頭上に感じた死の恐怖に、私は思わず振り返った。

    眼前にまで迫った、巨大な砂の塊――魔女の腕だ。

    魔女の腕は私の隠れていたビルを押し潰し……いや、砂ですり潰しながら迫って来る。
    私は咄嗟に腕で庇うようにして時間停止の魔法を発動させながら、全力で跳び退いた。

    だが、時間停止が発動したのは私の体感時間で一瞬にも満たなかった。

    ほむら「きゃうっ!?」

    砂の煽りを受けて満足に体勢を整えられなかった私は、植え込みに突っ込みながら短い悲鳴を上げた。

    ほむら(何で……時間停止が……)

    私は植え込みの中に倒れ込んだ状態で、自分の盾を見遣った。

    盾は、中心を真っ二つに抉られていた。

    ほむら「そ、そんな………」


    533: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 23:12:01.90 ID:mQ2/tIeP0

    愕然とした。

    全ての能力が並以下の私にとって唯一の生命線とも言える、
    時間停止の魔法を発動し武器を収納するための盾が、破壊されていた。

    中心が抉られ、時間停止を象徴する砂時計の赤い砂がサラサラとこぼれ落ちている。

    ほむら(………しまった………)

    そこで私はようやく気付いた。
    回避の直前、私は咄嗟に腕で身体を庇った。

    生物として当然の防衛本能で、急所を守るために腕を捨てた。

    だが、その防衛本能が仇となったのだ。

    時間停止を発動した瞬間には盾は破壊されており、
    それがあの一瞬だけの時間停止だったのだろう。

    一瞬とは言え、魔力障壁と合わせてワルプルギスの夜の魔力光弾すら受け止めた実績のある私の盾も、
    この強大過ぎる魔女の力の前では、防壁にすらならなかったと言うのか?

    愕然としながら、私は魔女の腕が通り過ぎた場所を見遣った。

    何も残ってはいない。

    ビルも、アスファルト舗装された道も、何もかもが砂にすり潰されて消えていた。
    一瞬でも時間停止が遅れていれば、私もあれらと同じ道を辿っていた。


    534: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 23:13:36.79 ID:mQ2/tIeP0

    私は恐怖で震えながらも盾を修復すべく魔力を注ぎ込むが、
    他の魔法少女達の武器と違い、私の盾は修復されなかった。

    ほむら「な、何で!? 何で直らないの!?」

    さやかの支援魔法が発動し、私の身体は五色の輝きに包まれていた。

    だが、魔力と治癒の強化が発動しているにも拘わらず、私の盾は修復されない。

    今まで盾を破壊された事など一度も無かった。
    だから、直せると思っていた。

    だが、直らないと言う事実を突き付けるかのように、
    赤い砂の流出は止まらず、ついに全ての砂が流れ落ち、盾と共に消え失せる。

    ほむら「あ、あ……ああ………」

    織莉子『死にたくなければ早く逃げなさい……何も出来なくなった人間はいるだけ邪魔よ』

    愕然とする私には、美国織莉子の酷薄な声もどこか遠くで聞こえていた。

    再び、砂の腕が私の頭上へと伸びた。
    逃れ得ぬ絶対の死が私に襲い掛かるが、無力化された私には為す術がない。

    ほむら(死……ぬ?)


    535: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 23:15:15.48 ID:mQ2/tIeP0

    どこか他人事のように私は感じていた。

    死の恐怖と隣り合わせの中で、ずっと走り続けてきた。
    かつてはまどかを助けるため、そして、今はみんなと笑って明日を迎えるため。

    その目的で私は死の恐怖を押さえ込み続けて来た。

    だが、私の心は今、挫かれていた。

    まどかが契約すると言う、揺るぎない未来。

    世界は、魔女となったまどかに蹂躙されて終わる。

    笑って迎えられる明日は、やってこない。

    私の目的は達せない。

    時間停止と言う唯一の力と、全ての武器を失った私に、
    この魔女に抗う術は、為す術は、もう残されていない。

    諦めたかのように、私は迫り来る砂の腕を見上げた。

    ほむら「………………」

    声は無かった。

    ただ、諦めが、絶望が、私の魂を蝕んで行く感触だけがリアルだった。


    536: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 23:16:21.09 ID:mQ2/tIeP0

    だけど――

    ??「止まるんじゃねぇ、バカ!」

    横から聞こえた声に、私が意識を集中する直前、
    私の身体は鎖で雁字搦めにされて引っ張られていた。

    ??「大丈夫、暁美さん!?」

    ほむら「……巴……さん、杏……子?」

    呆然と呟いた私は、そこでようやく二人が私を助けてくれた事に気付いた。

    自分の引っ張られて来た方向を見遣ると、私のいた植え込みも近くのビルも、
    やはり砂ですり潰されて消えていた。

    あの場にいたら死んでいた………いや、死ねていた?

    マミ「しっかりして、暁美さん……立てる?」

    救助のための鎖の拘束から解かれた私は、巴さんに支えられながら立ち上がる。

    だが、私はその場で再び崩れ落ちる。

    杏子「ほむら? おい、こんなトコで尻餅付いてる場合じゃないだろ!」

    杏子の叱咤が響くが、私の耳にはその声も遠い。


    537: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 23:18:08.11 ID:mQ2/tIeP0

    ほむら「だって……もう……未来は変わらない……ここまで来たのに……」

    私は呟きながら、もう形すら残っていない盾のあった腕を見遣る。

    二人の息を飲む音が、いやに大きく聞こえる。

    ほむら「もう……やり直す事すら、出来ない………」

    二度と繰り返さないと決めていたハズなのに、私は思わず呟いてしまう。

    どんなに追い詰められた状況でも、時間遡行の魔法が私に希望を紡いでくれた。

    まだ次がある。
    今度こそ。
    この時間軸ならば。

    ほむら「未来は……変わらなかった……!」

    私はついに涙を溢れさせ、そのまま仰向けに倒れてしまう。

    キュゥべえがくれた、最後のチャンスさえ私は活かせないのか?

    無力感はさらなる絶望となって、私のソウルジェムを濁らせて行く。

    眠るように、絶望に身を任せて目を瞑る。

    その時、不意に私の身体が乱暴に引き起こされた。

    杏子だろうか?

    ああ、もう、誰でもいい……放っておいて欲しい。


    538: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 23:19:12.29 ID:mQ2/tIeP0

    マミ「甘えた事を言っているんじゃありません!」

    響いて来た声に、私は目を見開く。

    ほむら「巴さん……」

    マミ「未来なんて、もうあなたは変えて来たでしょう!?
       今ここに、私も、佐倉さんも、美樹さんもいる!
       協力してくれた多くのみんながいる!

       ここは今、あなたが掴み取った未来じゃないの!?」

    ほむら「私が掴み取った……未来?」

    巴さんの言葉に呆然としながら、引き起こされるだけだった身体を自らの手で支えていた。

    マミ「あなたは、たった一人で立ち向かう未来を変えたのよ!
       私達全員で、この運命に立ち向かう未来に!

       だったら、諦めずに次も信じなさい!
       鹿目さんを救える未来があるって、信じて!」

    巴さんはいつかのように一気に言い切った。

    気がつくと、その迫力に押されて杏子がたじろいでいる。


    539: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 23:20:18.75 ID:mQ2/tIeP0

    ほむら「…………巴さん……私」

    不思議だった。

    あの時のように、怒られたせいだろうか?
    私の絶望感は、嘘のように吹き飛ばされていた。

    マミ「あなたも避難所に行って鹿目さんとキュゥべえを!」

    巴さんは言って、マスケット銃を巨大キャノン砲に転じ、魔女に向けて構える。

    杏子「お、おう、そうだ! ゆまの事、頼んだからな!」

    気圧されていた杏子も気を取り直し、槍を構え直しながら言う。

    ほむら「………はい!」

    そうだ、こんな所で立ち止まっていてどうするんだ。

    美国織莉子の言ったまどか契約の瞬間までは、まだ3分以上の時間がある。
    スピード強化のかかった足なら、1分もあれば避難所にたどり着けるハズだ。

    まどかを契約なんかさせない。

    私は避難所に向けて駆け出す。


    540: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 23:21:17.97 ID:mQ2/tIeP0

    マミ「暁美さん!」

    駆け出そうとした背中に呼びかけられて、私は振り返る。

    振り返った私の胸元めがけて、巴さんから一丁の銃が投げつけられる。

    それは間違いなく、巴さんの銃だったが、細部は違う。
    マスケット銃と言うよりはむしろ、ポンプアクション式ショットガンのソレだ。

    マミ「魔力を込めれば撃てるハズよ」

    ほむら「……はい、お預かりします!」

    巴さんから託された銃を胸に抱きながら、私は言った。

    必ず返す。

    そんな思いを込めて。

    改めて私は駆け出す。

    ほむら(そうだ……諦めて立ち止まったら、もう二度とたどり着けない!)

    私はそんな当たり前の事すら忘れていた。

    やり直せる、繰り返せると言うアドバンテージが、そんな当たり前を私から遠ざけていたのだ。


    541: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 23:22:39.61 ID:mQ2/tIeP0

    避難所まであと少しと言う所だった。
    急ぐ私の目の前に、一人の魔法少女が立ち塞がった。

    キリカ「……へえ、行く気なんだ」

    そこに、つい一時間ほど前には私を助けてくれた黒い魔法少女がいた。

    私と同じ五色の輝きに包まれた、おそらくこの戦場で今、もっとも消耗の少ない戦闘型魔法少女。

    その魔法少女が今、牙を剥くように魔力の爪を伸ばす。

    キリカ「君、気に入らないんだよね……。
        織莉子への口の利き方とか……全部さ」

    呉キリカは言いながら、ゆっくりと歩み寄って来る。

    ほむら「それは……失礼したわね。
        行く所があるから、進ませてくれないかしら?」

    ある一定の範囲に入った瞬間、その歩みが素早くなる。

    減速魔法の範囲に入ったのだ。

    キリカ「どうせ君が行った所で無駄なんだから………ここで死になよ!」

    酷薄な笑みと共に、呉キリカが私に向けて跳びかかって来た。

    ほむら(マズい、接近戦向けの武器が無い!?)

    手持ちのショットガンでは、減速魔法で一気に間合いを詰められる呉キリカ相手では分が悪い。

    のど元に向けられた爪に対して、対処が間に合わない。

    だが――


    542: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 23:23:42.35 ID:mQ2/tIeP0

    ???「ちょっと待ったぁぁっ!!」

    真横から飛び込んで来た誰かが、私と呉キリカの間に立って、その一撃を受け止めた。

    ほむら「さやか!?」

    さやか「危機一髪! どう、あたし、魔法少女になってて正解でしょ?」

    助けてくれたのはさやかだった。

    あの巨大な剣を盾にして呉キリカの一撃を受け止めてたのだ。

    キリカ「へぇ……邪魔するんだ?
        それにしても早いね、君……私の魔法の中でそんなに早く動ける人、初めて見たよ」

    さやか「そりゃどうも……」

    警戒して距離を取ったキリカに、さやかは不承不承と言った風に返す。

    キリカ「でも、君の強化魔法がかかっている私を相手に、スピードだけで相手できるかな?」

    呉キリカはほくそ笑むと、前傾姿勢になって構え直す。

    だが、そんな彼女に向けて、さやかは展開した剣を向けた。

    さやか「グリーフシードをくれた事には感謝するよ………でも、アンタはあたしの友達に武器を向けた……。
        アンタは……アンタ達はあたしの敵だ!」

    さやかがその言葉を叫ぶと、呉キリカを包んでいた輝きが魔力となってさやかの剣へと舞い戻る。
    剣の柄に付けられたソウルジェムに僅かに輝きが戻る。


    543: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 23:25:14.10 ID:mQ2/tIeP0

    キリカ「強化魔法解除……か。
        でも、君、戦闘能力が低いからあの場所にいたんだよね?
        結局、状況は変わってないんじゃないかな?」

    呉キリカの言う通りだ、如何に強化魔法を解除したと言っても、さやかは消耗も激しく、長期戦は出来ない。

    さやか「ほむら、アンタは避難所へ。
        あの織莉子って人、まだ動いてはいないけど、何かヤバいよ」

    ほむら「けど、あなた一人じゃ……」

    耳打ちするように言ったさやかに、私は驚いたように言いかけた。

    さやか「いいからいいから、さやかちゃんにまっかせなさっーい!」

    だが、さやかは戯けた言葉がそれをかき消す。

    さやか「いざとなったら戦闘力の低いあたしより、アンタの方が役に立つでしょ。
        足止めくらいはしてやるよ」

    そして、続く真剣な声が彼女の覚悟を、言葉以上に雄弁に物語っていた。

    ほむら「さやか………死んじゃ……ダメよ」

    さやか「嫁を取られたまま死ねるかって……ん?
        そっか、いっその事、ほむらも私の嫁にして両手に花って事で……」

    この状況で何を言い出すのか、この子は。

    バカらしくもあり、だが、それ以上の頼もしさを感じて、私は自然と走り出していた。


    544: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 23:26:30.17 ID:mQ2/tIeP0

    キリカ「行かせないよ!」

    呉キリカが私の行く手を塞ぐように躍り出るが、即座にさやかがその爪と切り結ぶ。

    さやか「おいおい、ソッチが無視するならコッチも無視して、
        先にあの白いバケツ被った人のトコ行くよ」

    挑発するようなさやかの物言いに、私は思わず噴き出しかけた。

    成る程、バケツとは言い得て妙だ。
    魔法少女に変身した美国織莉子の頭の帽子はバケツに見えない事もない。

    キリカ「………織莉子の事、バカにしたね?
        決めた……先に君から切り刻んで、君のお友達全員にプレゼントしてあげるよ!」

    さやか「ソレはコッチのセリフだ!
        ボッコボコにブッ叩いてやる!」

    沸点の低い者同士が、高速での接近戦を始めた。

    ほむら(さやか……!)

    私はその戦闘を後目に、再び避難所へと向けて走り出した。


    545: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 23:27:54.72 ID:mQ2/tIeP0

    避難所にたどり着いた私を待っていたのは、周辺を埋め尽くす無数のインキュベーターと、
    そのインキュベーターを片っ端から叩き伏せて行く仲間達の姿だった。

    ほむら「こ、この数は………」

    見通しが甘かったとしか言えない。

    避難所周辺を埋め尽くすインキュベーターの数は百どころか千や二千では利かない。
    さらに桁が一つは上なのではないだろうか?

    魔法少女24「暁美さん!」

    私に気付いた仲間の一人が駆け寄って来る。

    ほむら「状況は!? まどか達は!?」

    魔法少女24「外は見ての通り、中にも何百匹か入り込んでる。
          鹿目さんやゆまちゃん、キュゥべえちゃんとは念話が通じないわ」

    仲間達から聞かされた状況は最悪だった。

    美国織莉子の予知の時間まで、もう2分もない。

    魔法少女25『中はパニック状態だよ! 見えないインキュベーターがかけずり回って、大人も子供も大混乱って所!』

    おそらく内部に突入している仲間だろう、念話で内部の状況を伝えて来てくれている。

    ほむら『まどか達は?』

    魔法少女26『下は全部見たけど見付からない! 多分、もっと上の階!』

    他の仲間からも念話が届く。


    546: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 23:28:59.61 ID:mQ2/tIeP0

    ほむら「突入するわ! 援護をお願い!」

    私は言いながら、巴さんから借り受けたショットガンで魔力弾を発射し、
    並み居るインキュベーターを吹き飛ばしながら走り出す。

    魔法少女27「みんな、ほむらが中に行くよ! 手伝えー!」

    一人の号令で、数人の仲間が私のために道を準備してくれた。

    打撃や衝撃波がインキュベーターを吹き飛ばし、私は避難所になだれ込む。

    QB1「無駄な事をするね。
        これだけの数の僕達を多少吹き飛ばした所で、結果は変わらないのに」

    QB2「美国織莉子の言った未来が真実なら、今、君達がしている行動全てが無駄になる」

    QB3「鹿目まどかは契約し、僕達はこの星でのノルマを完全に達成する」

    QB4「抵抗は無意味だよ」

    QB5「諦めた方がいい」

    QB6「無意味な事はやめた方がいい」

    無数のインキュベーター達が四方八方から言葉を浴びせて来る。

    ほむら「諦めないわ……私は、私とキュゥべえの変えて来た未来を信じる!」

    その言葉を振り払い、振り切って、私は駆けた。


    547: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 23:30:12.15 ID:mQ2/tIeP0

    階段を駆け上がり、インキュベーターを吹き飛ばし、また階段を駆け上がる。

    ほむら(インキュベーターが増えて来た……この先にまどかが、みんながいる!)

    階段を駆け上がった私の目に、用具入れに群がる十数匹のインキュベーターが見えた。

    まさか、あの中にまどか達がいるのか!?

    私はインキュベーターを引き剥がし、引き剥がした個体をまとめてショットガンで吹き飛ばす。

    ほむら「まどか!」

    その場にいた全てのインキュベーターを斃した私は、慌てて用具入れの扉を開いた。

    だが、そこにいたのは………

    ゆま「ほ、ホムラおねーちゃん……」

    しゃくり上げるゆま、一人だけだった。

    ほむら「ゆま!? あなた、一人……なのね?」

    怪訝そうに問いかける私に、ゆまはコクリと頷く。


    548: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 23:31:27.24 ID:mQ2/tIeP0

    ゆま「マドカおねーちゃんと、キュゥべえが、ここに、隠れて、って……。
       ゆま……ゆま、何にも出来なかったよぉ………」

    泣きじゃくるゆまを抱きしめながら、私はその頭をそっと撫でる。

    ほむら「二人がどっちに行ったか、分かる?」

    ゆま「うえ……」

    私の問いかけに、ゆまはまだしゃくり上げながら呟く。

    ほむら「大丈夫よ……あなたは役立たずなんかじゃない……。
        私にまどかとキュゥべえの居場所を教えてくれたんだから」

    ゆま「ほんとう……?」

    ほむら「ええ……杏子にちゃんと言ってあげないとね。
        ゆまのお陰だって」

    ゆま「ホムラおねーちゃん……」

    ほむら「さあ、もう少し隠れていなさい……ちゃんと後で、杏子達と迎えに来るから」

    ゆま「……うん!」

    私の言葉に安心したのか、ゆまは目に涙を溜めながらも、笑顔で頷いてくれた。

    再び、ゆまを用具入れに匿うと、私は上階に向かって駆け出した。

    残り時間は、一分を切っていた。


    549: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 23:32:30.61 ID:mQ2/tIeP0

    階段を登り切り、避難所となっている総合体育館の最上階へと辿り着いた私は、
    その廊下でもう二度と顔を見たくないと思っていた人物と再会した。

    曲がり角の手前で、私の行く手を塞ぐように立つ、純白の魔法少女。

    ほむら「美国……織莉子!!」

    私はもう敵意も殺意も隠さずに、美国織莉子を睨め付けた。

    織莉子「あら……思ったよりも早かったのね……」

    美国織莉子は柔らかな笑みすら浮かべながら、自身の周囲に白い球体を幾つも浮かべる。

    相手はおそらく、まどかを除けば見滝原最強の魔法少女。
    時間停止を使っても苦戦した私に、今、その時間停止の力はない。

    ほむら「問答をしている場合じゃない……通らせてもらうわ」

    私は静かにそれだけ言って駆け抜けようとするが、二つの球体が私の行く手を遮るように襲い掛かった。

    すんでの所で軌道を読み切った私は、バックステップでその攻撃を回避する。

    織莉子「あと三十秒……あと三十秒で私の読み切れなかった予知の先が生まれる。
        邪魔をしないでもらいたいわ……」

    ほむら「その先でお前は何を見るつもり?」

    織莉子「私とあの子の未来……」

    分かり切っていた答だった。

    そして、相容れない事を悟った私は、巴さんから借り受けたショットガンを構える。


    550: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 23:33:32.02 ID:mQ2/tIeP0

    織莉子「そんな武器では、時間停止を失ったあなたでは私には勝てないわね」

    ほむら「ええ……あなたの予知には対抗できないわね……だから、真っ向勝負よ!」

    私は言いながら、ショットガンに魔力を集中する。

    ほむら(一回でいい……)

    巴さんがそうするように全身の魔力をかき集め、
    腕を、ソウルジェムを、魂を通じてショットガンに流し込む。

    ほむら(不出来な弟子に………)

    私の魔力に呼応して、ショットガンが巨大化する。

    ほむら(あなたの力を貸してください………!)

    美国織莉子の目が見開かれ、私と巨大ショットガンに向けて球体が殺到する。

    ほむら「ティロ……ッ!! フィナァァレェッ!!!」

    だが、私は構わずに引き金を引いた。

    紫色の魔力の塊が、通路を埋め尽くして放たれる。

    廊下を、壁を、天井を抉るほどの巨大魔力砲弾が過ぎ去り、曲がり角の先に巨大な大穴を穿ち、消えた。


    551: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 23:35:30.39 ID:mQ2/tIeP0

    ほむら「……っはぁぁぁ………」

    大量の魔力を使い果たし、私はガックリと膝をついた。
    どうやらさやかの支援魔法も効果が切れたようだ。
    おそらく、最初から持久戦を見越して短時間モードを小刻みにかけるつもりだったのだろう。

    私は膝をつきながらも、視線を前に向ける。

    美国織莉子の姿はなく、その魔力も今は近くに感じられない。

    避難所の外まで吹き飛んだのだろうか?
    それとも、跡形もなく消し飛んだのか……。

    私は元のサイズに戻ったショットガンを杖代わりに立ち上がる。

    その瞬間だった。

    ???「……ううぁあああああぁぁぁぁぁっ!!」

    曲がり角の先から悲鳴が聞こえた。

    そして、溢れ出す桃色の輝き。

    ほむら「ま、まどか!?」

    悲鳴の主はすぐに分かった。
    そして、この強烈な閃光にも覚えがある。

    まどかが、契約する瞬間の光。

    私はボロボロになった廊下をフラついた足取りで駆け出す。

    そして、曲がり角を超えた先に、その光景はあった。


    552: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 23:36:25.82 ID:mQ2/tIeP0

    ほむら「……………」

    廊下を埋め尽くす百近いインキュベーター。

    その中で膝を、手をついて息を荒げるまどか。

    その姿は魔法少女となった彼女そのものだったが、
    いつもは可愛らしいピンク色をアクセントにしたフリルだらけの魔法少女服は、
    フォルムをそのままに、何もかもが抜け落ちたように真っ白になっていた。

    そして、その傍らに立つ一人の裸の少女。

    まどかに似た、だが、少し大人びた印象を受ける少女は、
    私を見付けると寂しそうな、申し訳なさそうな笑みを浮かべた。

    ???「ゴメン……ほむら……この方法しか、思いつかなかった」

    その少女の言葉に、私はその名前以外を想起できなかった。

    ほむら「キュゥ……べえ?」

    問いかけるような私の呼びかけに、少女は笑みを浮かべたまま小さく頷いた。


    553: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 23:37:39.47 ID:mQ2/tIeP0

    ◆◇◆◇

    それは、ほむらちゃんが来るほんの少しだけ前の事だった。

    QB7「さあ、これ以上先に行く事は出来ない」

    QB8「君が契約を行えば、その力で、この事態はすぐにでも収拾されるだろう」

    QB9「そして、君の願いから生まれる絶望は、この宇宙を莫大なエネルギーで満たすだろう」

    QB10「さあ、鹿目まどか。君はどんな願いでソウルジェムを輝かせる?」

    回りをインキュベーターに囲まれた私は、キュゥべえを抱き上げながら辺りを見渡す。

    何処にも逃げ道はない。

    私達がここに追い込まれと気付いたのは、この場所にたどり着いてからだった。

    Qべえ「まどか……もう……最後の手段しかないよ」

    まどか「キュゥべえ……だけど、そんな事をしたら、キュゥべえが……」

    Qべえ「………これしか方法はないけれど………、
        けど、ボクは諦めたワケじゃないよ。

        これは、君を守り、ほむらとの約束を果たす唯一の手段でもあるんだ」

    まどか「キュゥべえ……」

    戸惑う私の腕を振り切って、キュゥべえは廊下に降り立つ。


    554: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 23:40:16.25 ID:mQ2/tIeP0

    Qべえ「僕達に確認したい事がある。
        万が一、この事態をまどかの契約無しに退けたとして、
        僕達はまどかの契約を諦めるかい?」

    QB11「実に無駄な質問だね。僕達にノー以外の答えはないよ」

    Qべえ「そうか……やっぱり、分かり合える道はないんだね………。
        ほむらにあそこまで啖呵を切ったのに、ウソつきになっちゃったな……。
        ハハハ……それだけが、悔しいや……」

    インキュベーターの答を聞いたキュゥべえは、項垂れて笑った。
    それが自嘲だったのか何だったのか、私にはよく分からない。

    だけど、キュゥべえは私の方に振り返って、顔を上げた。

    Qべえ「鹿目まどか……契約を結ぼう」

    QB12「どう言う心境の変化なのかな?
        巴マミ、美樹さやかと言うイレギュラーに続いて、
        自ら忌避した契約を三度行うとはね」

    Qべえ「ああ……ボクも嫌だよ……。
        こんな非人道的で……願いを叶えながらも、人の希望を踏みにじるシステムなんて……」

    キュゥべえは振り返らずにインキュベーターの質問に答える。

    Qべえ「だから、こんなシステムは……ボクが変える!
        さあ、まどか、願ってよ……ボクの願いを!」

    まどか「………………うん、分かったよキュゥべえ……」

    私は少しだけ迷ったけど、その迷いを振り切ってキュゥべえを見つめ返す。


    555: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 23:42:01.62 ID:mQ2/tIeP0

    まどか「私の願いは……私の因果の全てを、私の友達、キュゥべえに渡す事!」

    事前にキュゥべえから説明を受けていた言葉を、大きな声で言い切った。

    QB13「その願いは……いいのかい?
        確かに君の絶大な資質を持ってすれば、不可能な願いではないだろう。
        だけど、君は魔法少女となりながら、魔法少女の力を失う……ただの抜け殻になるよ?」

    まどか「……これが、キュゥべえの……お友達が全てをかけた願いのためだから!
        だからもう、私は迷わない……さあ、叶えて、キュゥべえ!」

    Qべえ「ありがとう……まどか……」

    キュゥべえは、少しだけ泣いていたようだった。

    Qべえ「鹿目まどか……キミの願いは、エントロピーを凌駕した」

    その言葉と共に、私の身体が桃色に輝き始めた。

    さやかちゃんがそうだったように、私の胸の前にソウルジェムが生まれる。

    そして、ソウルジェムから桃色の輝きが溢れ、キュゥべえに流れ込んで行く。

    まどか「……ううぁあああああぁぁぁぁぁっ!!」

    何かを抜き取られるような、全身の熱が引き剥がされてゆくような感覚に、
    私は思わず悲鳴を上げていた。

    目を開けていられないほどの輝きの向こうで、ゆっくりとキュゥべえの身体が変化して行くのが分かった。

    ほむら「ま、まどか!?」

    少し遠くから、ほむらちゃんの声が聞こえた。


    556: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 23:43:28.01 ID:mQ2/tIeP0

    ◆◇◆◇

    Qべえ「これで……まどかはすぐに魔女になる事はないよ」

    私の目の前に立つ少女、いや、キュゥべえが優しい声で呟く。

    まどか「な、何とか、成功したね……キュゥべえ……」

    弱々しい声ながらも、まどかは笑みを浮かべて言った。

    何が成功なのか、何が起こったのか、私には理解できなかった。

    ほむら「な、何をしているの……あなた達……!?」

    私はワナワナと震えながら二人に歩み寄る。

    せっかくここまで来たのに、何で……何でこんな事に……。

    まどかが契約!?
    何で、キュゥべえがまどかのような姿になっているの!?

    QB14「鹿目まどかは、罹患者である処理個体に自分の全ての力を譲渡したんだ」

    QB15「お陰で、鹿目まどかは見ての通りの抜け殻同然の状態だよ」

    混乱する私に、近くにいたインキュベーター達が説明して来る。

    確かに、そうすればまどかは即座に魔女になるような事態は避けられる。
    だけど、そんな事をすれば、今度はキュゥべえがまどかと同様の危険に晒される。

    QB16「僕達にとっては、契約の対象が鹿目まどかから罹患者へと移行しただけに過ぎないね」

    私の考えを肯定するように、インキュベーターが呟いた。

    魔力が底を尽きかけていた私は、その場で崩れ落ちる。


    557: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 23:44:35.87 ID:mQ2/tIeP0

    Qべえ「この方法に気付いた時……もっと早く実行していれば良かった………。
        けれど、その勇気が湧かなかった………」

    キュゥべえは言いながら、まどかを支えて立ち上がらせた。

    二人はインキュベーター達を押し退けて、私の元に歩み寄る。

    まどか「ほむらちゃん……」

    まどかは私の前に膝をついて、倒れかけた私を支える。

    ほむら「キュゥべえ……あなたは、何を……?」

    Qべえ「君と行動を共にしながら、ボクはずっと考えていたんだ……。
        どうすれば、君達と僕達は分かり合えるだろう……。
        どうすれば、君達と僕達の関係は、もっと良い物になるだろう、って」

    淡々と呟くキュゥべえは、私達を庇うように振り返り、インキュベーター達に向き直る。

    Qべえ「たった一ヶ月足らずだけど……考えた末に、無理かもしれないと思った……。
        けれど、たった一つだけ、方法が見付かった」

    一瞬、弱々しく笑ったようだったキュゥべえの声は、すぐに力強く変わる。

    Qべえ「本当はまどかに願ってもらうべきなんだろうけど……。
        でも、これだけの願いは、本当に心の底から願わないとエントロピーを凌駕しないかもしれない」

    キュゥべえは少しだけ振り返ると、私に向かってニッコリと微笑んだ。

    まどかのように朗らかな、だけど、短い間を共に過ごして来た友人そのままの、嬉しそうな笑顔だった。


    558: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 23:46:27.96 ID:mQ2/tIeP0

    Qべえ「ボクは……地球人だけじゃない、インキュベーターも、宇宙も……全てを救いたい。
        だから、今、この場で契約するよ………」

    QB17「そうか……それは説得の手間が省けるね」

    QB18「ここまで来て、また逃げられては叶わないからね」

    QB19「では……かつての同族である罹患者、君はどんな願いでソウルジェムを輝かせる?」

    ほむら「だ、ダメよ、キュゥべえ!
        契約したら、あなたは自分の魔力に耐えきれずに魔女になる!
        あなた自身が言ったのよ! やめて……やめて、キュゥべえ!」

    私は、疲労と魔力枯渇寸前で動かない身体の中で唯一動かせる口を使い、
    必死にキュゥべえに呼びかける。

    Qべえ「大丈夫……ボクは魔女にならないよ……。
        ううん……他の誰も、もう魔女にさせない……。
        そして、君達の未来も、踏みにじらない……」

    キュゥべえは優しく言って、また前を向いた。

    Qべえ「だから……ボクを信じてくれ、暁美ほむら」


    560: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 23:48:20.32 ID:mQ2/tIeP0

    QB20「さあ罹患者……その神にも等しい力を得た魂を対価にして、君は何を願う……?」

    Qべえ「ボクの願いは……現在、過去、未来……全てのインキュベーターの心に愛を与える事!」

    同族の言葉に、キュゥべえは毅然とした態度で応えた。

    QB21「その祈りは……そんな祈りが叶うとしたら……」

    QB22「それは時間干渉なんてレベルじゃない……」

    QB23「因果律そのものに対する叛逆だ!!」

    QB24「君は本当に神になるつもりなのか!?」

    さすがの願いの内容に、私達だけでなくインキュベーターも驚いたようだった。
    キュゥべえを通して僅かな感受性を得ていた彼らは、願いの内容に困惑を覚えているのか?

    Qべえ「神様でもなんでもいいんだ……。

        これまでインキュベーターと地球人が歩んだ哀しみの歴史を、
        もっと笑顔で溢れる物にしたい………。

        希望を願った魔法少女達の心を絶望で踏みにじりたくない……、
        そして、彼女たちの祈りに、もっと尊い気持ちで臨みたい……」

    Qべえの身体が、桃色の輝きに包まれる。

    その輝きは、まどかが放ったソレの比ではない。

    回りの風景も、何もかもが輝きの中に包まれて行く。

    Qべえ「さあ叶えてよ……ボクの願いを!」


    561: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 23:49:17.01 ID:mQ2/tIeP0

    ◆◇◆◇

    少女「それがキミの願いなんだね………」

    Qべえ「? ………キミか………久しぶりだね……」

    少女「久しぶりだね……インキュベーター。
       いや、あの子に倣って、キュゥべえって呼んだ方がいいのかな?」

    Qべえ「………どうだろう……。
        ボクには、キミにその名で呼んでもらう資格はないし、
        そして、多分、ボクはボクでない何かに変わってしまう……」

    少女「そんなに恐ろしい願い事なんだ……。
       分かっていて、願ったの……?」

    Qべえ「………うん………」

    少女「そっか……でも、こんな方法があったんだ………。
       わたしも……こう願っていたら、みんなを助けられたのかな……」

    Qべえ「多分、キミでは、ここまでの大きな願いを叶えられなかったよ……」

    少女「そっか……ショックだな……。
       結局、わたしはキミに復讐した嫌な子のまんまなんだ……」

    Qべえ「そんな事はないよ………。
        いや、最初は怖かったけど……キミがくれた物のお陰で、ボクは大切な友達が出来たよ。
        そして、その友達が出来たから、この願いが叶うんだ……」

    少女「…………そうなんだ………じゃあ、私のした事は無駄なんかじゃなかったんだ……」

    Qべえ「人の祈りに……願いに……無駄なんてないよ」

    少女「………ありがとう……インキュベーター……」

    Qべえ「ありがとう……………そろそろ行くよ……」

    少女「ええ………頑張ってね」

    Qべえ「………うん………!」


    562: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 23:51:17.88 ID:mQ2/tIeP0

    ◆◇◆◇

    輝きの中、私達の目の前に神々しい純白のドレスに身を包んだ少女――キュゥべえが現れる。

    ほむら「キュゥべえ……」

    まどか「キュゥべえ……」

    私とまどかは、異口同音に彼――いや、彼女の名前を呼ぶ。

    身体は絶えず輝き続けており、その輝きはさらに強さを増している。

    一体、彼女の身に何が置きようとしているのか。

    Qべえ「みんなの祈りを、願いを……決して絶望で終わらせない……。
        そして、インキュベーターと地球人は、もっともっと友好的な関係を築くべきだ……。
        だからボクは………僕達と君達の希望になる……」

    キュゥべえは呟いて、巨大な弓を番えた。

    矢も番えられていない弓を引き絞ると、自然とそこに小さな光の球体が生まれる。

    QB25「まさか、こんな方法があったなんてね……。
        確かに、この方法ならば、この宇宙の歴史全てに干渉する事が出来る」

    QB26「だけど、君と言う存在は僕達インキュベーターに愛と言う感情を与え、
        その感情そのものとなって、一つ上の領域へとシフトし、概念と成り果てて消える」

    QB27「世界の全てが再構成された時、たとえ同じ歴史を歩んだとしても、
        君と言う存在は未来永劫、生まれて来る事はなくなるだろう」

    ほむら「ま、待って……そ、それじゃあキュゥべえは……消えるの!?」

    インキュベーター達の言葉に、私は愕然とする。


    563: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 23:52:16.39 ID:mQ2/tIeP0

    キュゥべえと出逢えたから、私はここまで来れた。

    まどかだけじゃない、巴さんやさやか、杏子やゆま、
    そして多くの仲間達と共にここまで来れた。

    世界が再構成される?

    全てが救われる?

    けれど、そこにキュゥべえはいない。

    私をここまで連れて来てくれた、最高の相棒を、私はここで失う。

    もしかしたら、失った事にすら気付かずに……。

    ほむら「キュゥべえ! 変身を解いて! 今なら間に合うから!」

    私は必死にキュゥべえに呼びかける。

    泣きじゃくるように叫び、力の入らない手を必死に伸ばす。

    Qべえ「ありがとう……ほむら……ボクのために泣いてくれて……」

    ほむら「キュゥべえ……!」

    私な涙で霞む視界の向こで、キュゥべえは弓を引き絞り続ける。


    564: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 23:53:50.90 ID:mQ2/tIeP0

    Qべえ「この願いを思いついた時……ボクは、ボクと言う存在が消えるのが怖かった……。
        どんなに正しく歴史が、生まれて来る人が再構成されても……ボクは消えてしまうから……。

        でもね、君が……みんなが、ボクに勇気をくれた。
        君達の姿が、諦めない気持ちが、ボクの背中を押してくれたんだ」

    ほむら「そんな……それじゃあ、私があなたを追い詰めて……」

    Qべえ「違うよ……。
        ボクは、君達が大好きだから、この願いに全てを賭けるんだ。

        君達がボクにくれた勇気を、無駄にしないために」

    ほむら「………キュゥべえ!」

    Qべえ「暁美ほむら……君達に………君に、逢えて良かった……」

    キュゥべえは私を見ずに言って、引き絞った弓を放った。

    輝きよりも眩い何かが、私達を包んだ。


    565: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 23:54:59.54 ID:mQ2/tIeP0

    エピローグ


    昔、昔のお話です。

    その昔、私達インキュベーターには感情がありませんでした。
    とてもとても哀しい事ですが、誰もそれを哀しい事とは感じていませんでした。

    ですが、ある日、小さな小さな疑問を持ったインキュベーターが生まれます。

    彼は、自分や仲間達に感情がない事に疑問を持ち、旅立ちます。

    どうすれば感情が生まれるのか、ずっと疑問に思いながら。

    感情を探す旅に出たインキュベーターは、数々の試練に立ち向かい傷つき、
    ある日、一人の少女と出会います。

    自分たちと違う姿をした、真っ黒な髪を持った少女です。

    インキュベーターは、真っ黒な髪の少女と協力し、
    その後の試練を乗り越えて行きます。


    566: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 23:55:33.34 ID:mQ2/tIeP0

    そして二人は、一人の神様に出逢います。
    インキュベーターは神様に言いました。

    『神様、私達の感情を下さい』

    だけど神様は首を振ってこう答えました。

    『もう、あなたには感情が宿っています。
     その感情を、仲間達に教えてあげるのです』

    そう、協力してくれた少女と共に試練に立ち向かう内に、
    インキュベーターの心にはいつしか、感情が芽生えていたのです。

    インキュベーターは仲間達の元に帰り、仲間達に感情を教えて回ります。
    少女と共に旅し、彼女に助けてもらって為し得た大冒険を。

    冒険の感動と、同族を助けてくれた少女への感謝から、
    他のインキュベーター達にも感情が宿り、
    いつしか感情は全てのインキュベーターに宿りました。

    めでたし、めでたし………。


    567: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 23:56:26.98 ID:mQ2/tIeP0

    ◆◇◆◇

    私が、その記憶を意識するようになったのはいつからだろう?

    物心ついた頃、私は少しだけおかしいと感じるようになった。

    いるハズの友達がいないような。
    見聞きした事があるハズのない事を知っているような。

    説明が難しいが、そんな感覚だ。

    いや、知るハズもない。

    物心ついたばかりの私は、それ以前から患っていた心臓の病で入退院を繰り返し、
    人並みの生活を送れるようになったのはつい数ヶ月前だったからだ。

    前世の記憶?
    まさか、そんなのは御伽噺の中の話であって、現実にあるハズがない。

    大人達にも散々、そう言い聞かされて育った。

    私はいつしか、その記憶を夢の中の出来事と捉え、
    自分の疑問に蓋をするようにして、生きて来た。


    568: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 23:57:31.83 ID:mQ2/tIeP0

    ◆◇◆◇

    話は前後するが、数年前、高速道路事故現場付近――

    女性「全く……いきなり呼び出されたと思ったら、
       事故現場の処理って……私、もう現役引退したつもりなんだけどなぁ……」

    QB「そんな事言わないでよ。
       この辺りで頼れる魔法少女は君しかいないんだから!」

    女性「だからって三十路の女に魔法少女やらせる?」

    QB「いいじゃないか、似合ってるよ」

    女性「………嬉しくないなぁ……」

    QB「っと、あそこが事故現場だよ!」

    女性「確かに酷い事故ね……こうなると、事故に遭った本人の方が適任じゃないの?」

    QB「出来たら……そんな事をしたくないけれど……。
       でも、その方が回収できるエネルギーも大きくなるかな……。

       ああ、でも、事故に遭ったばかりの子を巻き込むなんて……」

    女性「はいはい、迷わない! とにかく、生存者を捜さないと!」

    少女「……だ、だれか……いるの……?」

    女性「!? 声がした……この車の中!
       大丈夫!? 生きてる!?」


    569: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/24(水) 23:59:22.48 ID:mQ2/tIeP0

    少女「おねえ……さん……だれ?
       変な、格好……それに……白い……猫ちゃん?」

    女性「良かった……まだ意識もあるわ。
       それに、インキュベーターが見えてるって事は、
       この子、魔法少女になれるんじゃないかしら?」

    QB「みたいだね……。
       君! 僕はインキュベーター。
       宇宙のエネルギー問題を解決するために動いて……」

    女性「難しい説明は後!」

    QB「で、でも、これ言わないと規約違反だよぉ……」

    女性「そんな場合じゃないでしょ!
       とりあえず、要点を説明するわね。
       このインキュベーター君は、あなたの願いを叶えてあなたを魔法少女にする事が出来るわ」

    少女「まほう……しょうじょ……?」

    女性「そう、魔法少女……私も魔法少女」

    QB「もう三十歳だけどね」

    女性「話の腰を折らないの!」


    570: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/25(木) 00:00:30.79 ID:Z2+V2h5O0

    女性「とにかく、魔法少女になれば……あなたが思う願いに呼応して、
       その願いを阻害する不幸が魔獣として具現化する……。
       その魔獣を倒せば、あなたの願いを叶える事が出来る!」

    QB「魔獣を倒した時に起こる、不幸から幸福への相転移エネルギーを集める事で、
       宇宙の熱的死を回避できる一石二鳥のシステムさ!」

    少女「おねがい……まじゅう……うちゅう……?」

    女性「だから、エネルギー問題とかの話は後だって!」

    QB「だ、だって、ちゃんと全部説明しないと不公平じゃないか!」

    女性「公正さを大事にするのもいいけどケースバイケースよ! 空気読みなさない!」

    QB「うぅ……昔はあんなに可愛くて優しかったのにぃ……」

    女性「悪かったわね……一児の母になればこのくらい変わるっての!
       とにかく! 強く願えば願うほど、あなたの力は感情に応じて強くなる!
       大変な願いを叶えれば叶えるほど、魔獣も強くなる。
       あなたの願いを叶えるには、あなた自身が強くならないとダメよ」

    少女「おねがい……わたしが……かなえる?」

    女性「そうよ」

    QB「最初の願いを口にした君は、魔力の源・ソウルジェムを生む。
       変身中だけ、一時的に魂をソウルジェムに移す事になるけど、変身を解けば魂は君の身体に戻る……。
       そして、変身中はどんな傷でも、魔力が許す限り治療する事が出来る」

    少女「おねがい……かなえて……」

    QB「魔獣との戦いは大変だよ……。
       もし、無理なら、この人だって戦える」

    少女「おねがい………! た、助けて!」


    571: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/25(木) 00:01:57.36 ID:Z2+V2h5O0

    女性「それがあなたの願いね……インキュベーター、叶えてあげて!」

    QB「ダメだよ! 君だけが助かっても、君は独りぼっちになっちゃうじゃないか!
       それに、君のケガは変身中に治す事が出来る……君にはもっと、助けたい人がいるんじゃないのかい?」

    少女「たすけたい……ひと? ………!?
       パパ……ママ……!」

    女性「っと、そうか……うん、この子のご両親、重傷だけど、まだ息があるわ……。
       いけないいけない、焦りすぎてとんだ大ポカする所だったわ。
       気が回るじゃない、インキュベーター」

    少女「おねがい……パパとママを、助けて!」

    QB「それが君の……本当の願いだね?」

    少女「うん……!」

    QB「分かった……契約だ。君の名前は……?」

    少女「ともえ……マミ……」

    QB「巴マミ、だね……。
       マミ、君の願いはエントロピーを凌駕した!
       さあ、受け取って……それが君のソウルジェム……。
       君が嘆く不幸を振り払い、人々に希望を与える力だよ」

    女性「……さてと……二人分の生存の願い、か……蘇生の願いよりもマシだけど、
       どれだけ強い魔獣が生まれるか分からないし……新人教育も兼ねて、久しぶりに一暴れしちゃおうかしら?」

    QB「やっぱり、君を呼んで正解だったね。
       いや、他の四人は連絡が取れなくて……君の手が空いていて助かったよ」

    女性「本音が漏れてるわよ……まったく。
       さあ、マミちゃん、お姉さんと一緒に魔獣退治、始めましょうか。
       あなたのパパとママを助けるために」

    マミ「は、はい!」


    572: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/25(木) 00:03:26.20 ID:Z2+V2h5O0

    ◆◇◆◇

    そして、現在。
    地方都市、見滝原――

    私は数ヶ月前に出来た友人、鹿目まどかの家の玄関前で、
    彼女が玄関から出て来るのを待っていた。

    インターホンを鳴らしてから、そろそろ五分経過しただろうか?

    絢子「悪いねほむらちゃん、あの子、もうすぐ出て来るから」

    先に玄関から出て来たまどかの母・絢子さんは、
    申し訳なさそうに言って、私の横をすり抜けて行く。

    ほむら「いえ、お気になさらず……いってらっしゃい、おばさま」

    絢子「おう! じゃあ、いってきまーす!」

    私は、退院後、引っ越したばかりの街で得た友人の母親を見送る。

    直後、ドアが開いた音がして私は振り返る。
    そこには、友人のまどかが立っていた。

    まどか「ごめん、ほむらちゃん!」

    手を合わせて謝るまどかに私は一瞬だけ肩を竦めてから微笑む。

    ほむら「怒ってないから、早く行きましょ。
        さやかと仁美が待ってるわ」

    まどか「うん」

    少し嬉しそうに頷いたまどかと共に、通学の待ち合わせ場所である自然公園に向けて私は歩き出した。


    573: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/25(木) 00:03:56.71 ID:Z2+V2h5O0

    ◆◇◆◇

    さやか「お、珍しくあたしが一番か……」

    いつもの通学路、待ち合わせ場所になっている自然公園の一角にあるベンチにあたしは腰掛けた。

    まあ別に、一番最初にここについたた、と言う事が今までになかったワケではないが、
    それでも珍しい事は珍しい。

    さやか(次に来るのはまどかとほむらか、まあ、仁美だろうなあ……)

    あたしはそんな事を考えながら、何の気なしに視線をそちらに向けた。

    学校とは逆の、確か、教会のある方角から歩いて来る三人の女の子達が見えた。

    女の子達と言っても見た目の年齢はまちまちで、
    一人は中学生、もう二人は小学生だが、一人は高学年、もう一人は低学年くらいだろうか?

    中学生と高学年の二人は目が覚めるような真っ赤な髪をしていて、
    その顔つきからすぐに姉妹だと分かったけど、低学年の子は髪の色も顔つきも違う。

    中学生「じゃあ、私はここから向こうだから、二人とも仲良くね。
        アンタもお姉ちゃんなんだから、ゆまの面倒、ちゃんと見るんだよ」

    少女「分かってるよ、お姉ちゃん」

    ゆま?「う~、キョーコも一緒がいい……」

    キョーコ?「大姉ちゃんは中学校に行かないといけないから、
          ちゃんと小姉ちゃんの言う事聞いて良い子にしようね」

    ゆま?「う~」

    少女「ほら、ゆまちゃん、小姉ちゃんと一緒に学校行こう」


    574: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/25(木) 00:04:55.35 ID:Z2+V2h5O0

    さやか(仲良さそうだなぁ……けど、あのキョーコって子、
        ウチの学校の生徒か……見た事ないけど、別のクラスの子かな?)

    あたしは姉妹らしい雰囲気の三人組の様子を見ながら、そんな事を考えていた。

    と、不意にキョーコと呼ばれた少女と目があった。

    さやか「!?」

    キョーコ?「…………フフフ」

    驚いた様子の私に、キョーコは優しく微笑んだ。

    さやか(………この感じ………ああ、同業者か)

    あたしは、つい数日前に契約したばかりのソウルジェムの指輪が見えるように、
    小さく手を振って答えた。

    彼女も分かっていたのか、同じようにソウルジェムの指輪が見えるように手を振り返して来てくれた。

    姉の様子に気付き、妹二人も此方に向かって大きく手を振って来たので、
    あたしも負けじと大きく手を振り返した。

    さやか(何か……いいな、こう言うの……。
        キョーコか………マミさんなら、知ってるかな……)

    私は手を振り返しながら、数日前に知り合ったばかりの先輩の、優しい笑顔を思い出していた。


    575: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/25(木) 00:05:48.22 ID:Z2+V2h5O0

    ◆◇◆◇

    その日の放課後、復帰したばかりの上条君を巡ってのデート……と言う名の決戦に向かった親友二人を見送り、
    私とまどかは帰路についていた。

    まどか「あの二人って、決着つくのかなぁ?」

    ほむら「上条君の優柔不断ぶりが治らない限り無理ね……」

    苦笑い気味に尋ねるまどかに、私はため息混じりに答えた。

    まったく、あれだけ言い寄られて決められないなんて、女の敵だ。
    ああ、いや、二人に言い寄られているから決められないのか?

    ほむら「でも、さやかが魔法少女の願いで腕を治したって言ったら、すぐに形勢逆転じゃないからしら?」

    そして、そんな事を付け加える。

    まあ、彼女がそんなアンフェアな真似をするとは思えないが、
    これでさやかが負けたら、それはそれで可哀想な物だが。

    まどか「魔法少女かぁ……マミさんにはお願いを決めておいた方がいいって言われたけど……。
        ほむらちゃんは、本当に魔法少女にならないの……?」

    ほむら「………あまり気が進まないだけよ。
        いっそ、この病気を全快させれば、って願ってもいいのだけれど」

    まどかの質問に答えて、私は小さくため息をついた。


    576: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/25(木) 00:07:34.77 ID:Z2+V2h5O0

    いつから、私はこんなヒネた性格になったのだろう。

    思い当たるのは、やはり子供の頃か……。

    幼い頃からの記憶の話。
    それを聞かせる度に、大人達には夢だ夢だと断じられて来て、
    いつしか、私は心に蓋をするようになっていた。

    だが、退院し、この見滝原に引っ越して来た私は、
    転入初日に出逢ったまどかにこの話を打ち明けた。

    彼女が、夢の中で出逢った友人の一人に似ていたからだ。

    まどかはその話を受け入れてくれ、さやかや仁美も受け入れてくれて、
    私に、生まれて初めて、本当に友人と呼べるような人達が出来た。

    そして、最近、出逢ったばかりの巴マミ先輩から魔法少女の事を聞かされた私は、
    一も二もなくインキュベーターとの契約を決めたさやかを後目に、
    どこか尻込みと言うか、何となく“違う”と感じてしまい、
    魔法少女の契約を今も断り続けている。

    ほむら「だからって、まどかまで契約を遅らせなくてもいいのに。
        困っている人を助けるのは……まどかの夢でしょう?」

    まどか「夢……って言うのとはちょっと違うけど、
        でも、ほむらちゃんを置いてはいけないかな、って」

    ボヤくような私に、まどかは笑顔で応えてくれた。

    ほむら「………あ、ありがとう」

    対して私は、照れ隠しでそっぽを向いてしか、そんな言葉を紡げなかった。


    577: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/25(木) 00:08:21.13 ID:Z2+V2h5O0

    ほむら(本当に素直じゃないな……私は……)

    私はそんな事を考えながら、ふと俯いた。

    何故か、あのインキュベーター達が信じられないのだ。

    歴史の影から地球人に協力し、文化の発展を助けてくれたり、なんて、眉唾過ぎる。
    しかも、その理由が、彼らの神話の中に出て来る登場人物が地球人に似ているから、だなんて。
    なんと言うご都合主義だろうか。

    ああ、そう言えば、黒髪の私は幾度か“神話の英雄にそっくりだ”なんて言われたか。
    何でも、感情のないインキュベーターに感情が生まれる神話で、
    一人のインキュベーターに協力した少女が黒髪だったのだとか……。

    ………いい迷惑だ、恥ずかしい。

    ともかく、そんな眉唾の神話で人をしつこく勧誘するのはやめて欲しい。

    まったく、名作童話一つ聞いただけで泣き出すような泣き虫宇宙人達め。
    次の勧誘はどう突っぱねてやろうか。

    そんな事すら考え始めた時だった。

    ??「えっと、君が鹿目まどかと暁美ほむらかい?」

    背後から聞こえた声に、私は振り返った。


    578: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/25(木) 00:09:43.24 ID:Z2+V2h5O0

    QB「うわぁ……本当に神話の英雄にそっくり……っと、これは禁句なんだった……!
       え、えっと、インキュベーターです……君達と契約を……」

    ほむら「…………」

    振り返った先にいたインキュベーターを見た時、何故か、落雷が落ちたような感覚を私は感じていた。

    まどか「あ、新人さんだね。
        ほむらちゃんが中々OKしないから、最近は日替わりで色んなインキュベーターが来るんだよ」

    まどかは笑顔でインキュベーターに応えている。

    インキュベーター?

    違う、彼は………そんな名前じゃなくて……。

    そう、彼の名前は……。

    ほむら「キュゥ……べえ……?」

    QB「え、ええ!? な、何でボクの名前を知ってるの!?
       インキュベーターは自分の名前を名乗っちゃいけない規則なのに……」

    私が頭の中に浮かんだ単語を口にすると、インキュベーター……いや、キュゥべえは困ったように俯いてしまった。


    579: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/25(木) 00:11:12.96 ID:Z2+V2h5O0

    Qべえ「うぅ……神話の中の英雄の名前だから、
        ずっとコンプレックスだったのに……。

        君達、どこでボク達の神話の話を聞いたの?
        これだって、全部話すのはダメって規則で決まってるのに……」

    俯いたまま困ったように耳の触腕を振るキュゥべえは、今にも泣き出しそうだ。

    ほむら「そう……お前、キュゥべえって言う名前なのね」

    私は困ったように俯くキュゥべえの前に膝をつくと、出来るだけ優しくその頭を撫でた。

    不意に閃いた名前だった。

    理由は分からない。

    ただ、ようやくパズルのピースが合ったような、
    まどか達と出逢った時のような、不思議な感覚だ。

    そして、ようやく、幼い頃から溜まり続けた心の中の澱が取れて行くようだった。


    580: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/25(木) 00:13:32.08 ID:Z2+V2h5O0

    ほむら「お前となら、契約してもいいかしら……?」

    Qべえ「ほ、本当かい!?
        や、やった~! 難攻不落の暁美ほむらの契約を、ボクは取ったんだ!」

    私の言葉を聞くと、キュゥべえは飛び跳ねて喜んだ。

    その目には涙さえ浮かべている。
    嬉し涙だろうか?

    まったく、インキュベーターは誰もかれも感受性豊かと言うか、すぐに泣き出すなぁ……。

    それはともかく――

    ほむら「難攻不落って何?」

    聞き捨てならない単語を聞いた気がして、私は笑顔を貼り付けたまま尋ねた。

    途端、キュゥべえはビクリと震えた。

    Qべえ「あ、あうあう……こ、これも禁句だった……」

    そうか、私は影で彼らにそう呼ばれているワケか……ふむふむ、いい情報を得た。

    そりゃあ、この数日、何度も何度も契約を突っぱねて来たのは此方だが、
    たった50回、契約を断っただけで難攻不落呼ばわりされる謂われはない。

    毎日毎日、朝昼夕晩と隙を狙ったように契約を持ちかけて来ているのはどこの誰だ。
    むしろコッチが押し売りセールスとして、宇宙の消費者相談センターに訴えってやりたいくらいだ。

    まあ、それもそろそろ飽きて来た所ではあるし………。


    581: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/25(木) 00:15:58.56 ID:Z2+V2h5O0

    ほむら「そうね………契約の願いは何にしようかしら………」

    実は、もう決めているのだが、困った様子で落ち込むキュゥべえを此方に引き戻すために、
    敢えてそんな言葉で意識を誘導する事にした。

    Qべえ「け、契約してくれるの?」

    ほむら「そう言ったでしょう。
        さすがに、言った言葉を曲げるほど性根は曲がってないつもりよ」

    安堵と驚きの入り交じった声を上げるキュゥべえに、私はため息がちに応えた。

    まどか「ほむらちゃんが契約するなら、私も契約しようかな」

    まどかも思案気味に呟く。
    まだ願いを決めていないのだろう。

    Qべえ「良かった~……本当に良かったよぉ……。
        着任早々、いきなりここに回された時はどうなるかと思ったけど……」

    何だ、本当に新人なのか。

    Qべえ「最初に、こんな大きな契約が二つも取れるなんて……。
        本当、君達に逢えて良かった……!
        さあ、暁美ほむら、君はどんな願いでソウルジェムを輝かせる?」

    逢えて良かった、か………。

    何だか、懐かしさと一緒に感じる、この寂しさは、
    夢で聞いた最後の言葉だったからだろうか?

    私は心の中で小さく頭を振ると、ゆっくりと口を開いた。

    ほむら「そうね……私の願いは……」





    キュゥべえ「ボクを信じてくれ、暁美ほむら」・了


    614: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/25(木) 21:44:16.01 ID:Z2+V2h5O0

    「「「まっどか~ん」」」

    まどか「は~い! オマケシナリオ、はっじまるよ~」


    616: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/25(木) 21:46:29.01 ID:Z2+V2h5O0

    話X話「みんなと一緒に、ずっと笑って過ごしたい」


    巴家――

    住宅街の中ほど、鹿目家からそう遠くない場所にその家は建っていた。

    中規模ながらも商社経営をしているらしい巴家は、
    我々一般家庭とは些かかけ離れたイメージがあった。

    しかし、赤い屋根に白い壁の家なんてメルヘンな家、実在したのか……。

    ほむら「…………」

    さやか「……仁美や恭介の家も大きいけど、マミさんの家も大きいなぁ……」

    まどか「さ、さやかちゃん、失礼だよ」

    呆然と見上げる私、思わず感想を漏らすさやか、それを慌てて諫めるまどか。
    三者三様の反応と言うか……さやか。
    思っていても口に出してはいけないセリフが世の中にはあると言う事を、
    そろそろ学習してもいいと思うのだけれど………。

    しかし、彼女の言う通り、地元名士の志筑家や上条家の屋敷ほどではないが、
    成る程、上流階級の家と言うのが相応しい造りだ。


    617: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/25(木) 21:47:55.56 ID:Z2+V2h5O0

    マミ「そんなに緊張しないで。
       見た目は大きいけど、単に客間が多かったり、応接室を広く作っただけだから、
       私の部屋なんて、みんなの家と大差ないのよ?」

    苦笑い気味に返す優しい先輩に、私はコクコクと無言で頷いていた。

    初めて招待される先輩の家が豪邸だったら、それは緊張もするだろう。
    これが高級マンション程度だったら物珍しいだけで済んだのだろうだが。

    杏子「やっぱり、皆さん、普通はそう言う反応しますよね」

    私達の傍らで少しいたずらっ子のような笑みを浮かべているのは、
    つい先日、巴先輩の紹介で知り合った、私達の学校の隣のクラスに在籍する佐倉杏子だ。

    その口ぶりからして、巴先輩の家に来るのは初めてではないのだろう。

    さやか「杏子はマミさんの家、初めてじゃないんだ」

    杏子「ええ……。私も小学生の頃に魔法少女になったので、
       マミさんが中学に上がられてからは、相談のために何度か」

    ……上品なしゃべり方をする子だ、さすが聖職者の娘だ。
    この前、修道服姿の彼女とすれ違ったが、その時も優しそうな笑みを浮かべていた。

    夢の……いや、あの記憶の中にある彼女とは、印象が180度違う。
    こう、イメージを重ねようとすると、脳に強制終了がかかりそうだ。


    618: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/25(木) 21:49:40.87 ID:Z2+V2h5O0

    まどか「杏子ちゃん、小学生の頃から魔法少女やってるんだぁ。
        同い年だけど、大先輩だね」

    さやか「ホントだよ……昨日今日成り立てのまどかやほむらとは比べものになんないって」

    ほむら「魔法少女歴十日の人間にだけは言われたくわないわね。
        五十歩百歩って知ってる?」

    鼻で笑うように言ったさやかに、私は肩を竦めて呟いた。

    杏子「経歴が長いだけですよ。
       実力で言ったら、まどかさんの方がよっぽど上ですって」

    杏子は微笑みを浮かべながら呟く。

    そうなのだ。
    実は既に、まどかも魔法少女の契約を済ませていた。

    まどかの願いは、私がキュゥべえと契約した直後に決まった。

    目の前で車に轢かれて死んだ猫を甦らせる願いが、彼女の第一の、つまり契約の願いだったのだが、
    蘇生の願いを心の底から願ったまどかの力は、先んじて契約した私やさやかを大きく上回る物だったのだ。

    蘇生の願いで生まれた魔獣は強敵だと聞かされ、私も加勢しようとしたが、
    私の願いで生まれた魔獣よりも明らかに強力な魔獣を、
    まどかの一撃で射抜かれた瞬間は何かの冗談かと思ったものだ。


    619: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/25(木) 21:51:28.63 ID:Z2+V2h5O0

    マミ「さあ、みんな、あがって」

    家の人は留守なのだろう。
    鍵を使って扉を開けた巴先輩が、私達を促す。

    そして、私達が巴先輩の家に足を踏み入れた瞬間だった。

    犬「ワンッ、ワンッ」

    突如、屋敷の奥から大型犬が現れ、巴先輩に向かって駆けて来た。

    マミ「アハハハ……ただいま、シャル」

    嬉しそうにその大型犬を抱き留める巴先輩は、顔を舐められながらも嬉しそうに笑う。

    シャル「クゥゥン、クゥゥン……」

    甘えたように鼻を鳴らす大型犬のシャルは、見た目に反してとても可愛らしい雰囲気だった。

    マミ「この子はシャルロッテ。私の……妹、みたいなものかしら。
       ほら、シャル、皆さんにご挨拶しましょう」

    シャル「ワンッ、ワンッ」

    巴先輩に促され、シャルロッテは元気よく吠えた。

    最初は驚いたが、先ほどの甘えた仕草を見せられてからだと、その吠え声も恐ろしさを感じない。
    むしろ、親しみ深いと言うか、可愛らしささえ感じる。


    620: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/25(木) 21:53:04.21 ID:Z2+V2h5O0

    さやか「赤い屋根の白い家に、大型犬……う~ん、ナチュラルボーンお嬢様って感じ」

    まどか「さ、さやかちゃん! そんな事言ったらマミさんに失礼だよ」

    ほむら「まどか、止めなさい……。その子に何言っても今更治らないわ」

    私達の感想を代弁するさやかを窘めたまどかを、私はため息がちに止める。

    マミ「フフフ……美樹さんは面白い子ね」

    失礼な振る舞いをしているさやかに対し、巴先輩はとても柔和な笑顔で返す。

    嗚呼、この人、多分、ちょっとズレてる。
    私のツッコミ相手がまた増えるのか、と思うと頭が痛い。

    純真、猪突猛進、天然とただでさえツッコミ相手に事欠かない学園生活なのに、
    ここに加えてさらに天然、しかもお嬢様と……仁美と被ってないか?

    ほむら「バカなだけです」

    私は脳裏を過ぎった失礼千万なイメージを振り払って、僅かなため息を交えながらも淡々と呟いた。

    さやか「誰がバカだー!」

    ほむら「自覚症状がないなら診断書を書いて特効薬を処方するわ。勿論、保険は対象外よ」

    さやか「まぁどぉかぁ~、ほむほむが虐めるよぉ」

    まどか「あ、アハハハ……」

    誰がほむほむか、このさやさやめ。
    まどまどが困っているから離れなさい。

    …………しまった、伝染った。


    621: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/25(木) 21:54:46.07 ID:Z2+V2h5O0

    シャルロッテを階下に残し、二階にある巴先輩の部屋に入った私達は、
    思わず視線を走らせずにはいられなかった。

    確かに、部屋は私の部屋よりも僅かに広いだけだったが、
    驚くべきは、そのシンプルながらもセンスの良い家具の数々だった。

    多分、高級品なんだろうな、と思ったが………

    さやか「た、高そうだ……」

    そこのおバカさんのように口にするワケにもいくまい。

    Qべえ「やぁ、みんな!」

    巴先輩に促された私達が銘々に座卓を囲んで座ると、
    窓の外から、見滝原市の新任担当インキュベーターであるキュゥべえが現れた。

    まどか「キュゥべえ、こんにちわ」

    マミ「あら、新しいインキュベーターは名前を名乗ってくれたのね」

    杏子「珍しい事もあるんですね」

    さやか「ほむらが誘導尋問したらしいですよ」

    ほむら「人聞きの悪い事を言わないで。
        単に、思いつきで言った名前が、この子の名前だっただけよ」

    私は眉間に指を当てて、ため息を漏らす。


    622: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/25(木) 21:55:57.25 ID:Z2+V2h5O0

    Qべえ「今日はまどかとほむら、それにさやかの三人への講習が目的でいいのかな?」

    マミ「ええ。
       いくら契約前に詳しく話すと言っても、しっかりと理解してもらった方がいいでしょう?」

    Qべえ「そうだね。ボクもそれがいいと思う。

        先輩に聞いていた通りだよ。
        マミが面倒見の良い子でボクもフォローし易くて助かるよ」

    杏子「私も、新人時代にはマミさんによく助けて貰ってましたから」

    嬉しそうに笑うキュゥべえに、杏子も感慨深く呟く。

    巴先輩も小学生の頃から魔法少女をしているらしく、
    見滝原の現役魔法少女の中ではかなりのベテランだと聞いている。

    マミ「私も新人時代には先輩達やインキュベーターによく助けてもらっていたから。
       その恩返しのつもりでもあるのだけれど……」

    巴先輩は恐縮したようにはにかみ――

    マミ「でも、そう言ってもらえると嬉しいわ」

    そう付け加えて、また優しく微笑んだ。


    623: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/25(木) 21:59:14.09 ID:Z2+V2h5O0

    Qべえ「さて、と……それじゃあ説明だね」

    気を取り直して、説明の体勢に入ったキュゥべえは、
    耳の触腕をピンッと張って姿勢を正した。

    Qべえ「えっと……ボク達インキュベーターは、
        ある使命を持って、宇宙の各地に散らばっているんだ。
        地球での活動も、その一環なんだ」

    まどか「ある使命?」

    Qべえ「うん。契約前にも先輩達が話したと思うけど、宇宙にはエネルギーが不足しているんだよ。

        それは単純にエネルギーの使い過ぎだったり、元々エネルギーとなる資源が少ない星があったり、
        理由はとにかく様々だけれど、宇宙のためのエネルギーを生産・回収していると思ってもらっていいよ」

    さやか「でもさ、地球だけだって、やれエネルギー問題がどうの、やれ資源配分がどうの、とか言ってるのに、
        いくら余所の星のためとは言え、そこに回す余分なエネルギーなんて無いよね?」

    Qべえ「いい質問だね、さやか。
        そこで登場するのが、ボクらの先祖が開発した事象と感情をエネルギー化するシステム、通称・魔法少女システムさ。

        魔法少女になった人物が不幸だと思う状況を打開する願い、
        つまり不幸な事象をエネルギー化して魔獣にする。
        その魔獣を魔法少女が消し去る事で幸福な状態に変化させる。
        そうすると、元からあった不幸な事象が幸福な状態に相転移する際に、
        魔獣化した事象を遥かに超える莫大なエネルギーを生むんだ」

    杏子「前にも思ったけれど、宇宙の電力会社みたいね」

    Qべえ「近いような遠いような……ともかく、
        最初はボク達、インキュベーターだけでも事足りるかと思ったんだけれど、
        僕達インキュベーターは争い事が大嫌いだから、不幸な状態になる事が少なくて、
        結局、他の星の人達に頼むしかなくなってしまったんだ」

    ほむら「つまり、自分たちで生産できるエネルギーが少ないから、
        別の星の人間にエネルギーを生産してもらおう、って事ね」

    Qべえ「う、うぅ……そ、そうなんだけど、そう言われるとぐぅの音も出ないよ……。
        巻き込んですまないとは思うけれど………」

    私の感想を聞いたキュゥべえは、申し訳なさそうに項垂れてしまった。


    624: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/25(木) 22:00:16.07 ID:Z2+V2h5O0

    ほむら「悪い意味で言ったワケじゃないわ。
        お陰で私達も、自分達の願いを叶えられるワケだし」

    まどか「それに、人助けも出来て嬉しいしね」

    まどかが私の言葉をフォローするように、笑顔で言った。

    そう、この魔法少女システムの最大の利点はそこだろう。

    ほむら「自分達の願いを叶えた後でも、困っている人を助けるために願って魔獣を生み出して倒し、
        宇宙のためのエネルギーを発生させて目の前の人を助ける事も出来る……。
        いい仕組みだと思うわ」

    Qべえ「そう言ってもらえると気が楽になるよ……」

    キュゥべえも安堵したように触腕を下ろすと、嬉しそうに笑う。

    さやか「そう言えば、あたし達の魔力ってどうなってんの?
        もう2、3回くらい人助けしてみたけど、全然、減った感じがしないんだよね」

    Qべえ「うん、そこは感情をエネルギー化するシステムのお陰だね。
        魔法少女自身のエネルギーは、願った魔法少女の願いの強さに応じたエネルギーを、
        魔法少女の魔力として、その都度、供給するんだ。

        つまり“ああしたい”、“こうだったらいい”って気持ちがなくならない限り、
        魔法少女は無限にエネルギーを発生させる事が出来るんだよ」

    さやか「つまり、感情力発電って事?」

    それは分かり易いが、電力会社のイメージから離れたらどうだろう?

    Qべえ「まあ、そうだね」

    ほら、キュゥべえも苦笑いを浮かべているじゃないか。


    625: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/25(木) 22:01:36.93 ID:Z2+V2h5O0

    Qべえ「えっと……次は魔法少女の能力についてだね。
        魔法少女の素質は一般的に、みんな大体、似たり寄ったりなんだけれど、
        第一の願い、つまり契約の願いで、実際の資質が決まって来るんだ」

    ほむら「まどかと言う実例で、よく理解できたわ」

    まどか「アハハハ……」

    私の言葉に、まどかは照れ笑いを浮かべる。

    Qべえ「まどかの場合は、不幸指数の高い蘇生の願いだったからね。
        しかも、あれだけ純粋に願ったからこそ、あの強さなんだよ」

    純粋に、か。
    あの猫が轢かれて死んだと思った瞬間、ほぼノータイムで願ったのが効果的だったと言う事か。

    Qべえ「契約の願いは、魔法少女が持つ固有の魔法や武器、
        それに魔力の限界量、他にも、その後からも叶えられる願いのレベルに直結するんだ」

    マミ「つまり、自分の力量に見合わない願いは叶えられなくなるの。
       その点、鹿目さんはかなりグレードの高い願いを叶えられるようになっているハズよ」

    さやか「へぇ、凄いじゃん、まどか!」

    まどか「そ、そうなのかなぁ……何だか、実感がないけど」

    まどかは戸惑いながらも嬉しそうに照れ笑いを浮かべる。


    626: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/25(木) 22:02:47.40 ID:Z2+V2h5O0

    さやか「でも、魔法少女の強さってどう見分けるって言うか、
        自分のレベルってどう計ればいいのかな?」

    Qべえ「ソウルジェムを見比べればよく分かるよ。
        指輪をソウルジェムの状態にしてみてごらん」

    私達三人は言われるままに、指輪をソウルジェムにする。
    さらに、巴先輩と杏子もソウルジェムを見せてくれた。

    さやか「ま、まどかのが……すごく……大きいです……」

    ほむら「確かに……」

    私達四人のソウルジェムは、僅かな差こそあれど似たような物で――それでも巴先輩の物は大きかったが、
    まどかのソレは群を抜いて大きかった。

    私達の物がピンポン球とテニスボールの中間くらいだとすれば、
    まどかのそれは野球ボールと言っても過言ではないだろう。

    明らかに一回り以上のサイズ差がある。

    Qべえ「記録では一国の女王がバスケットボールくらいのサイズのソウルジェムを生み出したそうだけど、
        一般人としてはまどかのソウルジェムのサイズは最大クラスじゃないかな?」

    キュゥべえは少し興奮気味に語る。

    一国の女王が考える不幸がどんな物だかは分からないが、
    まどかが不幸と捉えた猫の死の回避を、どれだけ純粋に祈ったかが分かるだろう。

    Qべえ「他のみんなも、一般レベルとして考えればかなり良いサイズだと思うよ」

    キュゥべえはそう言って朗らかに笑う。
    そう言ってもらえると、こちらもありがたい。


    627: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/25(木) 22:03:58.86 ID:Z2+V2h5O0

    さやか「そう言えば……まどかの願いは聞いたけど、他のみんなって契約の時に何を願ったの?」

    ほむら「は?」

    突然、何を言い出すんだ、この青い子は。
    そんなのは秘密に決まっ………

    マミ「私は、事故に遭った時……両親を助けて欲しい、って願ったの。
       魔獣が強かったから、その時に居合わせた先輩魔法少女に助けてもらったわ」

    杏子「私は、最初……みんなにお父さんの話を聞いてもらいたい、って願おうと思ったんですけど、
       それじゃあ無理矢理に聞かせているのと一緒だって、その時のインキュベーターさんに言われて……。
       だから、“お父さんの言葉が、お父さんの言葉を必要としている人に届きますように”って願いました」

    ………てないみたいね。

    先輩方、この子は興味本位で聞いてるだけですよ。
    そんなに優しい目で語らないで下さい。
    この子が良心の呵責に耐えられなくなりますから。

    さやか「っ、ぐすっ……み、みんな……苦労したんだなぁ、ひっく」

    ほら、色んな意味で泣き出した。

    杏子「さやかさんは、どんな願い事をされたんですか?」

    さやか「あ、あたし? ……っと、その、恥ずかしいんだけど……。
        幼馴染みの手を、治してあげたい、って……」

    杏子の質問に、さやかは涙を拭ってから恥ずかしそうに答えた。


    628: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/25(木) 22:05:17.98 ID:Z2+V2h5O0

    杏子「その方の事、好きなんですね」

    さすが普段から人の悩みを聞いている聖職者の娘、鋭い。

    さやか「そ、そんなんじゃないよ!
        た、ただ、アイツのバイオリンをもう一回、聞きたいなぁ……って」

    どもりながら照れるとか、隠し事をするつもりがないのか、この子は……。

    杏子「ふふふふ……さやかさんって楽しい方ですね」

    優しそうに笑っているけど、もしかして、この子、実はサドの気があるんじゃないか?

    ほむら「ハァ………」

    友人達の様子に、私は思わず嘆息を漏らした。

    それがいけなかった。

    さやか「そ、そう言うほむらはどんな願いをしたんだよー!」

    既に私の願いを知っているまどかと、契約相手であるキュゥべえ以外の全員の視線が私に向く。

    ヤバイ、矛先がコッチに向いた。

    ほむら「さて………近所で一人暮らしをしているお婆さんが足腰が痛くて困っているのよね。
        癒しの願いを叶えに行って来るわ。
        早く願いを叶えてあげないと、お婆さんが今日も買い物に行けないかもしれない」

    私は自分でもわざとらしいほど説明的に言うと、そそくさと立ち上がる。
    ちなみに、その願いは昨日の内に叶えて来た事は内緒だ。


    629: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/25(木) 22:05:58.38 ID:Z2+V2h5O0

    さやか「えー! ほむらだけ内緒なんてズルいぞー!」

    青いのが絡みついて来る。

    杏子「そうですね。
       お友達になったんですから、教えて下さってもいいですよね」

    笑顔で赤いのが詰め寄って来る。

    何だ、この二人のチームワークの良さは。

    Qべえ「特別な事情を除いて、ボクから契約者の願いは口外できないからね。
        自分で話すしかないよ、ほむら」

    くっ、名前を言い当てられた事がそんなに恨めしいのか。
    助け船の一つくらい出してくれても……。

    マミ「そうね……私もちょっとだけ知りたいわ」

    ちょっとだけじゃありませんよね、巴先輩?
    その好奇心で満ちた目は何ですか?

    まどか「ほむらちゃん」

    ほむら「ま、まどか!」

    まどかが声をかけてくれた、ようやく助け船が出るらしい。

    まどか「喋っちゃおうよ」

    笑顔だ。凄い笑顔だ。

    四面楚歌に加え、ブルータスお前もか。


    630: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/25(木) 22:08:01.25 ID:Z2+V2h5O0

    さやか「あはっ、まどかのお墨付きが出たぞ~。
        さぁ、神妙に薄情するのだぁ、ほむら~」

    ほむら「は、離しなさい、さやか!」

    既に腕力で負けている私は、さやかの手で俯せに組み敷かれて身動きが取れない状態だ。
    と、言うか、背中に頬をすりすりするんじゃありません。

    杏子「素直になりましょう、ほむらさん」

    ああ、こちらもに親友に負けず劣らずの笑顔が……。
    だが、私は知っている、その笑顔の裏に悪魔のようなサディストの本性が隠れている事を。

    マミ「暁美さん、話してくれるかしら?」

    ああ、そんな好奇心一杯の純真な笑顔を向けられても……。
    と言うか、あなたにはこの光景がどう見えているんですか?

    まどか「ほむらちゃん、頑張って」

    こちらはこちらで本気の純真な笑みとエールが……。
    私は、何をどう頑張ればいいのか。

    Qべえ「ほむらが話し難いなら、特例としてボクから話すけど?」

    ほむら「どんな特例よ! 特例の意味知ってて言っているのかしら!?」

    戸惑い気味のキュゥべえを黙らせ、私は必死にはいずり出そうとする。
    嗚呼、メガネがズレた……おさげも解けそうだ。

    くぅ……変身さえすれば、腕力の差なんて覆せると言うのに、
    こんな無駄な事に願いを使うのは勿体ないような……ああ、いや、今の私は本当に不幸なのか?


    631: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/25(木) 22:10:09.72 ID:Z2+V2h5O0

    ほむら「ぜ、絶対に言わないわよ!」

    さやか「おぅおぅ……恥ずかしがってぇ~。
        ういやつよのぅ……うむうむ、ほむらはあたしの嫁になるのだ~」

    ええい、そんな事を言っていると仁美に上条君を取られるぞ!

    杏子「あらあら、挙式の準備をしませんと。同性のカップルもステキですね」

    こら、神職の娘! そんな事を聞いたら父親が卒倒するぞ!

    マミ「ねぇねぇ、暁美さん、どんな願いだったの?」

    だから、そんなに純粋な目を向けないで……。

    まどか「みんな仲が良くて、楽しいなぁ」

    これが仲良くしているだけに見えるなら、どうかしているわよ。

    Qべえ「やっぱり、ボクの口から……」

    ほむら「喋ったら今すぐ解約するわよ!
        クーリングオフよ、クーリングオフ!」

    Qべえ「そ、それは困るよぉ~」

    勢い任せの冗談で涙ぐまれたら、こっちだって困る。

    ああ、もう、絶対に話すもんか。
    こんな連中に聞かれたら、一生、アドバンテージを握られてしまうに決まってる。

    数ヶ月がかりで私の築き上げたクールなイメージが、
    入院中に必死で勉強を頑張った秀才のイメージが崩れ去ってしまうじゃないか。


    『君の願いは何だい?』

    『………夢の中で出逢って、また再会できた大切な仲間達がいるの。
     だから、みんなと一緒に、ずっと笑って過ごしたい』


    ほむら「絶対に、話すもんですかぁぁ!」

    見滝原の閑静な住宅街に、私の絶叫が響き渡った。


    632: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/25(木) 22:11:53.45 ID:Z2+V2h5O0

    原作からも、このSSのイメージからも遠い、
    ちょっとドタバタテイストのオマケシナリオは以上です。

    解説部分を入れたけど、ツッコむネタが増えたような気がしないでもない……w

    あ、魔女化はしませんよ<改変魔法少女システム


    634: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2011/08/25(木) 22:15:07.19 ID:ewj7S5OWo

    乙彼様でした!
    ナイスな展開だったぜ!


    今までのループの分相当切実な願いだろうから……でもそれより強いまどか、うぅーむ


    635: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/08/25(木) 22:19:52.76 ID:iSxFMEx5o

    おつおつ、色々とこそばゆくも良さ気な世界ですな

    ポニテ聖職者もいいけど、髪をおろした杏子ちゃんも捨てがたい
    元気なメガほむもとてもグッド


    636: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/08/25(木) 22:20:38.23 ID:3yHOz9L9P

    「絶対に、離すもんですか」ってイイね!


    642: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) 2011/08/26(金) 00:44:21.52 ID:btLE7kdAO

    乙です
    無粋なのはわかってるけど神話の真実を知ってほしいな
    そんで焦るあんこちゃんあんあん


    643: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) 2011/08/26(金) 03:28:51.76 ID:EYXyUiX2o

    まだ完全には思い出して無いのか
    いつか思い出せる日がくれば良いな


    645: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) 2011/08/26(金) 05:36:55.97 ID:aHI5nxvj0

    長くても文が読みやすくて上手いし、魔法少女40人の決戦は熱かったなー
    最後までワクワクさせてもらいました。 乙乙!!!


    649: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/08/26(金) 22:07:30.06 ID:0wOrZj8DO

    これは素晴らしい……。個人的にはまどマギSS殿堂入りです。
    公式で徹底的に報われなかったまどか達。こんな風に報われる
    世界があるんだと思うだけで涙が止まらないよ。ハッピーエンドで
    終わる幸せなまどか達はいつ見ても良いものだ


    651: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/08/26(金) 23:20:44.04 ID:Rn6f7HJj0

    久しぶりに来たらハッピーエンドで終わってた!遅まきながら乙ですよ
    なんかこう、しあわせで心温まるような結末になったことが凄い嬉しい いいもの読ませてもらいましたぞ!


    引用元: キュゥべえ「ボクを信じてくれ、暁美ほむら」

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