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    加群「鏡の向こうの」

    1: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/04/03(水) 21:00:28.00 ID:pOwoTKMWo

    とある魔術の禁書目録の木原加群の二次創作SSです
    より正確には電撃文庫MAGAZINEvol.61 2018年5月号に掲載されている「ガラスの向こうのバースデー」の二次創作のつもりです
    ガラスの向こうのバースデーも加群の話ですが言うまでもなくそちらの方が断然面白いのでまずそっちを読んで
    ヨドバシとかで電子書籍で買えるから
    加群さんめっちゃカッコいいから

    SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1554292827



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    2: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/04/03(水) 21:02:51.25 ID:pOwoTKMWo


     学園都市。その街の中の、大勢の学生が行き交うとある大通りに一本の脇道がある。
     普通に暮らしている分にはさして通る意味のない、先の道に繋がっているのかも定かではないような薄暗い路地。
     人通りも多くなく、まれに好奇心旺盛な学生が気分転換半分でそこを歩き、特に変わったものを見出すこともないままに通り過ぎる程度。
     だが、彼らは気付かない。その道の途中、扉一枚隔てた向こうに、何があるのかを。
     まさしく日常の裏側に、それは潜んでいた。

    「『バースデー』の亜流……いや、分類は重要ではないか」

     挨拶もなく踏み込んだ室内で、彼は記憶の中から大した意味を持たない文字列を思い起こす。
     彼は興味なさげに、眼前の容器の表面を擦った。

    「しかしまあ、大層なものを作る」

     その中に浮かんでいるものは、果たしてなんだろうか。
     それの一部だけをそこらの通行人に見せれば、人だと答えるだろう。
     しかし他の一部を見せれば、犬と答えるかもしれない。
     更に他の部分ならどうだ。鳥、魚、虫、或いは機械、家具、食器、果てには書物。答えは多岐に渡るだろう。

     ただ一つ確かなことは、これが生き物だということだ。
     今は何らかの保存液の中に浸かっているこれも、外に出されれば空気を吸い込み生命活動を行おうとするだろう。
     それが可能なのかは別として。

     そんな『生命』が、この部屋には無数に存在していた。
     まさしく生命の冒涜、しかしその目的は恐らく、生命の研究。


    3: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/04/03(水) 21:10:44.55 ID:pOwoTKMWo


    「『どこまで人は人としての価値を保てるか』 探す答えは、そんなところか」

     その為に、ここまで生命を切り崩す。歪めてしまう。
     価値があると信じているからこそ、その価値を極限まで否定する。
     見たところ人間は死体しか使われていないようだが、それもこの部屋の主の心性を鑑みれば時間の問題だろう。
     夜空の星かの如き無数の照明で、少しの暗がりもなく塗り潰された部屋。
     必要以上に暗闇から遠ざかろうとする指向は、恐れに過敏なのか、それとも鈍感なのか。

    「……私はあなたを知っている。偉大なる私達の先駆者にして、果てから逃げた臆病者」

     いつからそこにいたのか。
     隠れる場所などないはずのその部屋に、声の主は唐突に現れていた。
     声から察するには女性のようだが、その風貌は室内の明るさとは打って変わって暗く、判然としない。
     陰気な見た目、などという比喩ではなく、彼女だけ暗闇のスポットライトが当たっているかのように不自然に暗いのだ。
     十分過ぎる光源のある部屋で直視してもシルエットしか掴めない。一般人が見れば酷い違和感を覚えるだろう。

    「私をどう形容しようが君の勝手だが」

     しかし、彼の表情には一切の疑問はない。
     対峙する暗闇が明らかに人間一人や二人の大きさとは考え難い体積を保持していようが、恐れを抱く様子もまるでない。
     それは感情が欠落しているわけではなく。
     単にこの程度の暗闇では、彼の既知の外には出られていないというだけの話。


    4: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/04/03(水) 21:12:02.44 ID:pOwoTKMWo


    「君は、今からその臆病者に教えを受けることになる」

     そして、その暗闇――彼女が彼を恐れないのは、知らないからだ。
     他者の命を弄ぶ一方で、実感としての死を知らない。死んだことがないから、分からない。
     だからそれを教えてやる。彼女自身の体で、彼自身の手で。
     ここまでして全てを明るみに引きずり出そうとする一方で、自身は暗がりに身を隠す心性。総じてその臆病さ。
     それを強引に拭い去る。

    「案ずるな、すぐに終わる。そして賢い君なら分かるはずだ」

     これまでも幾多の後輩を分からせてきた彼には、それは容易い作業でしかない。
     何の懸念もなく子供達の先生であり続けることと比べれば、この程度のことなど。


    5: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/04/03(水) 21:12:55.99 ID:pOwoTKMWo




     そして。
     すぐに終わるという言葉の通り、彼は複雑な手順は踏まなかった。
     懐から片手持ちの銃器を出して、狙い、構える。

    (銃……それもテーザーガンの類?)

     その簡素な外見情報のみから一瞬にしてそこまで考察出来た彼女も、やはり只者ではなかったのだろう。
     ただし、それだけではまだ浅い。
     彼の手にする銃の正しいスペックを理解出来ていれば、油断して棒立ちする以外の対応をしたはずだ。
     呼び方だってもっと適切なものを選択出来ただろう。

    (いや、あれはもっと単純な)

     適切な呼び名、すなわち。
     FIVE_Over.Modelcase_”RAILGUN”
     と。

     莫大な閃光が吹き荒れた。
     元々過剰な照明に満たされていた室内を、なお強烈な電光が塗り潰していく。
     そう、ありきたりな暗闇など、ただ強い光を当ててしまえば良いだけのことだ。


    6: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/04/03(水) 21:13:27.51 ID:pOwoTKMWo


     『Modelcase_”RAILGUN”』とは言っても、それは電磁誘導によって弾丸を撃ち出す超電磁砲ではない。
     超えたのは電圧。10億ボルト以上、自然界の落雷ですら発生し得ない強力な電撃を発射したのだ。
     解き放たれた雷は狭い室内で荒れ狂い、空気を焼き尽くして相対する彼女へと殺到する。
     もはやその姿は暗闇などではなかった。
     照らし出されてしまえば、それは歪な継ぎ接ぎで補強されているだけの脆弱な生命でしかなかった。

    (……これが)

     ブラックアウトする意識の中で、彼女は何を思ったか。
     それは恐らく、さほど重要なことではない。

    (私達の先駆……者、きはら、かぐん) 

     彼女が学ぶべきは、これから。
     彼女が知らない、暗い闇の中のことだ。


    7: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/04/03(水) 21:13:58.56 ID:pOwoTKMWo




     レベル5をも凌駕する雷撃は人一人の心臓を止めるのに留まらず、室内を破壊した。
     天井を埋め尽くす照明の一部も破損し、その機能を失う。
     そこで妙なことが起きた。一部が欠けたところで以前多くの照明が輝いているはず室内に、幾つかの暗闇が生まれたのだ。

    (やはりこういうことか。くだらないハッタリだ)

     恐らくはこれが、彼女の異様さを形作っていたものの一つだ。
     彼女が数多くの照明を必要とした理由は、部屋を強く照らしたかったのではない。明るさにムラを作り、演出に利用する為だったのだ。
     スポットライトのように指向性の極めて高い照明を大量に使って部屋を照らし、一部極端に明るい場所と極端に暗い場所を、隣り合わせで作る。
     人の目は明る過ぎるものも視認し辛い。最初は明るい場所に待機しておいて、対象が部屋に入ってきた後に暗い場所へと移動する。
     ただそれだけで、明るい部屋に突如として現れた不気味な暗闇の完成だ。床や壁等にも手を加える必要があるとはいえ、なんともお手軽なものである。


    8: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/04/03(水) 21:15:24.72 ID:pOwoTKMWo


     無感動に歩みを踏み出す彼の足元に転がる生体部品もまた、その演出の一部か。
     彼女の異様なシルエットを形作っていたもの。ただの血と肉と金属で出来た鎧のようなもの。
     詳細は不明だが、恐らくはこれらにもそう特別な機能はない。多少は改造されていても、通常の駆動鎧の域を出ないだろう。
     血と肉の主たる役割は外見を誇張する為の虚飾だ。自分を暗闇に隠しながらも他者の目を気にする、臆病な心性の一端。

    (ここに人間を誘い込んで効率的に捕獲する為という側面もあるのだろうが……まあそれはもういい)

     別に彼は断罪者ではない。
     彼女がどれだけの人間をどのような実験に利用するつもりだったのかということには、大きな興味はなかった。
     無論、これから頑張ってくれたまえなどど宣うつもりもないが。

    「しかし、やはりこれは使えないな」

     倒れ伏した彼女に近寄る途中で、加群はおもむろに手にしていた銃を手放し、自らの足で踏みつけ破壊する。
     何の躊躇も無かった。一撃で異形を薙ぎ払った異端のテクノロジーの塊は、同じく一撃でスクラップに変わる。
     今回は使われなかった、強烈なバックファイアによって使用者を確実に殺傷する機構も例外ではない。

    (威力はまあそれなりだが、単発の威力に頼る形では殺し切れたか確証が持てない。互いに)


    9: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/04/03(水) 21:15:54.08 ID:pOwoTKMWo


     恐らくそれは、彼にとっては切り札でも何でもないものだったのだろう。
     選択肢の一つとして発想し、開発し、試用した。そして想定通り目的にそぐわないことが確認出来たので破棄。
     そこにどれだけの技術力が注ぎ込まれていようが、ただそれだけのことなのだ。

    (そもそも、少々加算しようが何かの模倣では……いや、まず科学の産物である時点で、か)

     導き出された答えは、彼の足取りを後押しする。
     止まる理由が、また一つ減った。

     自らが倒した女の前で、彼はしゃがみ込む。
     生命反応を確認する。脈、呼吸共に無し。きっちり『死んで』いる。
     いくら彼女が落雷以上の電撃で打ち抜かれたとはいえ、油断は禁物だ。
     世界的な平均値では、落雷による事故で死亡する確率は5割を切っているという話もあるくらいなのだから。
     勿論、事故などではなく故意に10億ボルト級の雷撃を正確に叩き込まれれば通常の人間は死に至るものだろうが。


    10: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/04/03(水) 21:16:22.23 ID:pOwoTKMWo


     その死を確認しても、彼の作業は終わらない。
     まだ最後の手順が残っている。

    「……大丈夫だ。君は間違えたが、まだ戻れる」

     彼は今まで、その手で止めた心臓を再び蘇生するという行為に失敗したことはない。
     だからその一言は、彼女の生命に対するものではなく。
     同じ生命の研究者としてのものでもなく。

    「君は私のように、なってくれるなよ」

     ただ踏み外した者としての、先駆者からの言葉だった。


    11: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/04/03(水) 21:17:56.12 ID:pOwoTKMWo





    『お疲れ様』

     首輪も付けていないゴールデンレトリバーが、加群を待っていた。
     街中にポツンと一匹。大人に保健所に連れて行かれなければ子供の餌食になりそうなものだが、ここにいるのは彼らだけだ。
     木原脳幹。木原加群に近い領域にいる木原の一人。

    『後始末はこちらでやっておこう。教師である君にやらせることではないからな』

    「そうか」

     最低限の返答だった。
     会話ではなく、回答。それ以外に混じり気のない返事。
     それだけで、加群は用が済んだとばかりに何処かへと過ぎ去ろうとする。

    『まあ待ちたまえスパー』
     
     脳幹が葉巻の煙を吹きかけながら引き留めると、加群は少し嫌そうな顔をしたものの、無言のままに立ち止まる。
     言われた通りにしたというのに、脳幹がどこか複雑な面持ちを見せた意味を、彼は理解しているだろうか。
     


    12: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/04/03(水) 21:18:27.53 ID:pOwoTKMWo


     かつては、加群は脳幹の喫煙に対して非常に厳しかった。
     それは勿論彼の身を案じているわけではなく、子供たちの成長を見守る教師としての立場からの意見だった。
     愛煙家の教師など幾らでもいるものだが、木原加群という教師は煙草の臭いを付けたまま子供たちの前に立つことを嫌っていた。
     ただ漫然と教師になったのではなく、高潔な精神を持って子供たちと接していた。
     そんな彼のことが、脳幹は好きだったのだ。

     だが今の彼は、何も言わない。
     特に主義が変わったというわけではなく、殊更に注意する理由がないのだろう。
     この周囲には子供の気配など微塵もないのだから。
     そう。子供たちの街であるのに、ほんの僅かすらも。

    『……この手の輩は絶えないものだね。特にこの街では』

    「そうだな」

     返答は肯定。しかしまたしても会話にはならなかった。
     言葉に血が通っていない。それは当然脳幹の発する声が機械音声だからというわけではない。
     会話は言葉のキャッチボールなどと例えられるが、今のこれは壁当てよりも空しい行為だ。


    13: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/04/03(水) 21:19:22.10 ID:pOwoTKMWo


    『そういえば、あの銃はどうしたのだね。元々一発撃ちきりの仕様だったようだが』

    「破壊した。残骸で良ければ勝手にするといい」

    『そうか』

     問いに対して答えは返ってくる。だがそれはやまびこのようなものだった。
     行為というよりも現象。ああしたからこうなる。とても自然なことで、ある意味とても冷たいもの。どうにもならないこと。
     そう、どうにもならない。脳幹はそのことをもう十分に理解している。
     それでもなお、言葉を交わそうとする。しかし何を言えば良いのかも分からないままに発せられた言葉はだから、どこかに辿り着くこともない。

    『……ところで君、その格好はどうなんだね』

    「何か問題でも?」

     脳幹は加群の服装に目を止めていた。
     特殊素材で作られた白いコート。見るものが見れば一目で電子的な工作の施されたものだと分かるはずだ。
     到底普段着には向かない外見のそれだが、電子機器による探知等には大きなな効果を発揮するだろう。
     例えば、人間の出入りを厳しく監視している学園都市外縁部でも。


    14: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/04/03(水) 21:20:22.13 ID:pOwoTKMWo


    『……いや、そうか。そうだな』

     しかし、脳幹が言及しようとしたのはそこではない。科学だとか、或いは魔術だとか、そんなことは二の次で。
     ただ彼は年長者として、一人の社会人の服装を叱責しようとしただけだ。
     だがそれも、もはや何の意味もないことなのだろう。
     彼はそれを知っている。知った上で、それでも指摘したかっただけで。

     脳幹は一つ息を吐く。寒い冬に、その白さを確かめるように。
     だが夏の空気の中では、本来のまま透明である呼気を視認出来ようはずもない。

    『行くのかね、若人よ』

    「ああ。こんなのは元々寄り道だ」

    『そうか。もう、決めてしまったのだな』

     脳幹はかつての光景を思い起こす。
     そう昔の話ではない、彼の周りにいつも子供たちがいた頃のことだ。
     二人で木原らしくきな臭い話をしようとしても、少し油断すれはすぐに子供に囲まれていた日々。
     そして現役最前線の木原とか何とか、吠えてみたところで所詮彼の見た目は愛らしい犬っころである。
     出発進行の刑を処される度に、脳幹は枕を涙で濡らしたものだった。

     だが、この乾いた路地裏には一人と一匹しかいない。
     子供の喧しい声など、どこからも聞こえてはこない。
     それは加群が子供達から愛想を尽かされたとかそういうわけではなく、単に彼がそうしているからだろう。
     元々彼が本気で行方をくらませようとすれば、ただの子供などに補足出来るわけがないのだ。
     だから今ここは静かで、彼は人知れず成すべきことを成した。
     そしてこれからも、きっとそうするはずだ。


    15: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/04/03(水) 21:20:52.93 ID:pOwoTKMWo


    『無理を承知で尋ねるが、考え直すつもりはないのかい。未だこの街には君の助けを必要とする子供がいるはずだ』

    「落第防止のような職が常に必要とされること自体、あまり褒められたことではないのだがね」

     脳幹は考える。本来はこれで正しいのかもしれないと。
     加群は木原だ。それはただの姓ではない。科学を悪用し、美しい目的の為であれば如何なる手段も正当化する科学者の冠だ。
     彼が被験者を全て蘇らせたとしても、その全てを一度は故意に殺してきたことに変わりはないのだ。
     そんな人間は子供の相手など、するべきではなかったのかもしれない。

    『子供は常に助けを求めているものだよ。そしてそれに真摯に向き合える大人はそう多くはない』

     それでも、現実に彼は子供達を助けてきた。
     たかだか三十二人。それを破格と評したところで、彼が止めてきた心臓の数と比べれば些細なものかもしれない。
     しかし彼は十代にして命の扱いを極め、その定義を一行で書き示すことが出来る領域まで上り詰めた異才なのだ。
     そしてその高い知性は限られた分野でのみ発揮されるものでは決してない。
     なればたかが小学生如きを救い導くことなど容易であるべき――そう考えることは、そこまで逸脱した論理展開ではないだろう。
     だが現実はそうではなかった。彼が救ったのは、僅かに三十二人なのだから。
     それは、一つの優しい証明にはならないだろうか。
     例え小さな存在だろうと、その短い人生には、ただ生命を冷たい科学で解き明かしただけでは足りないものがあるのだと。
     彼はそれを示して見せたのだと、そう捉えてしまうのはロマンが過ぎる見方だろうか。

    「だとしても、今の私に出来ることなどもうあるまい。私は木原だ」


    16: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/04/03(水) 21:21:36.57 ID:pOwoTKMWo


    『……そうか』

     だというのに、木原加群は、かつてと同じようにその成果に背を向ける。
     その枠組みを越えて子供たちを救ってきた彼が、自らの姓のみを理由にして、教師であった自分を過去にしてしまう。
     或いは子供たちに同じことを告げたところで、きっと理解は出来ないだろう。
     だが脳幹には、分かってしまう。かつて始祖たる七人の木原の苦悩を目の当たりにしてきた彼には、痛いほどに。

    『そうか』

     脳幹には、加群がどこか鏡のように感じられた。
     彼は木原の中では極めて珍しく、自己をあまり表に出さない。
     その時自らが相対するものに依って、その表情を大きく変える。
     科学者としてただ純粋な命と向かい合えば、それを解き明かし。教師として純真な子供達と接すれば、それを救い。
     子供達の守護者として通り魔と遭遇すれば、それを殺し。そして哀れな一人の少年を見出せば、復讐者となる。
     脳幹であっても例外ではない。彼との関係を対等で心地良いと感じてしまっていたのは、彼がそういう人間だったからではないのか。
     だから今、脳幹は彼に何を言えばいいのかが分からない。何を言った所で、それは自身にのみ突き刺さっていくようにしか思えない。
     鏡の向こう側に見えるのは、こちら側の景色だけだ。


    17: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/04/03(水) 21:22:03.09 ID:pOwoTKMWo


    「もう良いか」

    『壮健で、などと言うのもおかしな話だろうな』

    「言うだけならどうとでも。俺がそれに応えるとは限らないが」

    『ここでの君の仕事は私が引き継ごう。無論、部分的にはなるがな』

    「そうすると良い。子供の相手に関しては私よりも似合っているだろうさ、“先生”」

     最後の会話もそれだけだった。
     両者ともそれを分かって尚、これ以上の言葉は終ぞ出てこなかった。

    『……似合っているものか』

    『君より相応しい者がいるものかよ、木原先生』

     そんな呟きは、正しく出力されたのかも疑わしい。


    18: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/04/03(水) 21:22:36.95 ID:pOwoTKMWo


    『行ってしまったな』

     一人残された脳幹は、視線を空へと向ける。
     そちらには、この街の主が住まう居城があるはずだ。

    『思えば、彼はどこか君に似ていた気がするよ。アレイスター』

     窓のないビル。
     その中に住まうのは、自らの温かな居場所を奪った全てに背を向けた一人の男。
     彼の友人。

    『もっとも、君ならばこんな結末は選ばないだろうが』

     あの“人間”の強さと弱さに関しては、彼はよく知っている。
     大いなる失敗に膝をつき涙を流すことはあっても、目の前の復讐の為に命を使うとは思えない。 
     あの愚か者ならば、わざわざより大きなものに立ち向かい、打ちのめされながらも前へ進み続けようとするだろう。
     実際これまでそうして歩んできたのだろう。

    『なあ、アレイスター。君はその先にどんな結末を見せてくれる?』

     知性を得、感性を讃える一匹の獣は空へ吠える。
     彼の体は悲しい時に涙を流せるような仕組みにはなっていない。

    『私は君とは違うんだ。こんな思いはもう御免だぞ……』

     だがもし仮にそうであったとしても、何かが変わるわけでもない。


    19: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/04/03(水) 21:24:22.82 ID:pOwoTKMWo

    以上です。


    余談ですが、木原加群が学園都市を出たのは原作時空の三年前
    つまりファイブオーバーが原作で出たのはその三年後です
    ついでに御坂美琴がレベル5になったのは12歳の頃だから二年前になります
    整合性とは?


    引用元: 加群「鏡の向こうの」

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