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    【モバマス】加蓮「止まない雨を」

    1: ◆RZFwc/0Dpg 2019/03/11(月) 16:54:05.32 ID:S9/scu+mO

    トリップ大丈夫かな?
    オッケーそうならやっていきます

    SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1552290845



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    2: ◆RZFwc/0Dpg 2019/03/11(月) 16:55:28.36 ID:S9/scu+mO

    「私、梅雨が好きなんだ」

     静かな夕方前の事務所で。
     唐突に、加蓮はそう言った。

    「──そりゃあまた、なんで?」

     PCの画面と向き合いながら訊ねる。加蓮は俺のデスクの傍に何処からか丸椅子を持ってきて、そこに腰を下ろしていた。

     この場だけを切り取れば。
     まるで放課後の職員室で、説教を受けている生徒とその担任教師のような構図だ。加蓮が制服、俺がスーツなので、その感はより強まっているようでもあった。


    3: ◆RZFwc/0Dpg 2019/03/11(月) 16:56:34.22 ID:S9/scu+mO

    「奈緒がそわそわする季節だから」

     そう応える加蓮は、にやつきながら目配せをして、ソファの方へと顔を向ける。
     つられるようにそちらを見ると、そこには神谷さんがいた。

     テーブルの隅に折り畳み傘を置き、何度もスマホを確認したり、掛時計を窺ったり……。
     落ち着きのない様子で、手元に開かれた雑誌は一向に頁の捲られる気配がなかった。

    「なるほろ……」

     笑いを堪えて俺も呟いた。


    4: ◆RZFwc/0Dpg 2019/03/11(月) 16:57:35.09 ID:S9/scu+mO


     六月も半ばを過ぎて、梅雨は本番を迎えている。外では今日も大粒の生暖かい雨が、街を湿らせるようにして降っていた。

    「奈緒ったら可愛いんだよ。この間迎えに行った時は、濡れた髪をごわごわ拭かれたらしくって。『子供扱いされちゃ困るよなー、ホント』なんて私たちに愚痴るんだけど、顔にやけっぱなしでさ」

     加蓮の話に吹き出しそうになる。照れと嬉しさをごちゃ混ぜにした表情で、笑う神谷さん。
     確かに容易に想像することが出来た。


    5: ◆RZFwc/0Dpg 2019/03/11(月) 16:58:26.71 ID:S9/scu+mO

     噂されているだなんて、思ってもいないのだろう。神谷さんはぼんやりとスマホを眺めていた。
     ──と、彼女の背筋がぴょんと伸びる。勢いそのままに立ち上がり、いそいそと事務所を出ていった。

    「……行きましたなぁ」

     そう言う加蓮に、俺も続ける。

    「彼が帰ってくるようですなぁ」

     きっと見送る俺達は揃って、何とも言えないにんまり顔をしていたことだろう。



    6: ◆RZFwc/0Dpg 2019/03/11(月) 16:59:22.48 ID:S9/scu+mO

     神谷さんが出ていった直後、ちょっとした悪戯心が湧いた。
     スマホを取り出し電話を掛ける。
     急に動き出した俺を、加蓮は怪訝そうな顔で見ていた。

    「お疲れ様です、先輩。今ちょうど駅に着いた所です」

     電話の相手は後輩社員だった。彼の呑気な声の後ろでは、人々のがやがやとしたざわめきが聞こえていた。

    「お疲れ。ちょっとお使い頼んでもいいか」

    「はいはい、何です?」

    「コーヒー切れそうなんだ。ミモザで豆買ってきてくれ」

     “ミモザ”は事務所近くのカフェ。店ではブレンドしたコーヒー豆の販売も行っていた。店のお勧めは、苺のタルトらしい。


    7: ◆RZFwc/0Dpg 2019/03/11(月) 17:00:24.08 ID:S9/scu+mO

    「分かりましたー。いつものオリジナルブレンドで良いんですかね?」

    「それで大丈夫だろ。領収書貰うの忘れないようにな」

    「はあい」

     間延びした声で電話を切りそうな後輩を留め、付け足して言う。

    「今日まともに休む時間なかったろう。適当に休憩してから戻ってこいよ」

    「あれ、良いんですか」

    「要領良くサボるのも仕事の内さ。どうせ今日はこの後、予定も詰まってないしな」

    「ありがとうございます。それじゃあ、お言葉に甘えます」

    「そしたら、そういう感じで。はい、はい、はーい」


    8: ◆RZFwc/0Dpg 2019/03/11(月) 17:01:46.09 ID:S9/scu+mO

     そんな会話を終えた電話の切り際、 『誰か』が彼に話しかけるのが聞こえた。

    「おぉい、プロデュ──」

     神谷さんはどうやら間に合ったらしい。
     思わずほくそ笑んでいると、脇腹を加蓮に突っつかれる。

    「なぁにー。そんな気の利かせ方が出来るんだぁ」

     感心半分からかい半分でそう言う彼女に、こちらも冗談交じりに返す。

    「神谷さんには、うちの加蓮がお世話になっているんだ。ちょっとしたお礼くらいは、しとかないとな」

     ま、確かにねえ。とはにかんで微笑む加蓮に、声を掛ける。

    「コーヒー淹れるけれど。加蓮も飲むか?」

    「私、コーラが良いなぁ」

    「そちらはセルフサービスになっておりまーす」

    「げぇー」



    9: ◆RZFwc/0Dpg 2019/03/11(月) 17:03:05.07 ID:S9/scu+mO

     二人はそれから四十分程して、戻ってきた。

     のんびり伸びをしている後輩と、照れ臭そうにもじもじとする神谷さんが対照的で、何だか可笑しい。

    「すみません、休憩有り難く頂きました」

    「お帰り。領収書はいつも通り、千川さんまで頼む」

     俺の言葉に頷いた後輩は、机に溜まった書類をごそごそと探りながら言う。

    「部長に報告と、明日の予定を確認してきますねー」

    「ついでに決裁書類、持っていってもらっても良いか」

    「良いっすよー」


    10: ◆RZFwc/0Dpg 2019/03/11(月) 17:04:09.93 ID:S9/scu+mO

     部屋を出ていく彼を見送って、再びPCに向かおうとしていると、ソファに掛けていた神谷さんがぬっと立ち上がった。
     油の切れたロボットのような妙な足取りで、ギシギシとこちらに歩いてくる。

    「うわ……え、どしたの奈緒」

     幾分気圧されながら、加蓮が訊ねる。

    「あー、その、何というか。……お陰で、お茶して帰ってこれたので。お礼みたいな、あれと言うか……」

     そう濁しつつ、俺と加蓮にそれぞれ何か手渡してくる。
     受け取り見ると、それはミモザで売っているクッキーだった。

     顔を真っ赤に染め、頬を掻きながら神谷さんは言う。

    「色々気ぃ回してもらって、ありがとうございました」

     その言葉が終わらぬ内に加蓮が彼女に抱き付いた。

    「奈ぁ緒ーっ♪」

    「だぁぁ! 何だよ加蓮っ、違うからな!? そういう、深い意味のあれじゃなくて──」

    「奈緒は本当、そういう所可愛いよねぇ」

    「話聞けよぉー……」



    11: ◆RZFwc/0Dpg 2019/03/11(月) 17:05:05.08 ID:S9/scu+mO

     きゃいきゃいとじゃれ合う二人を眺めていると、事務所の扉が開く。

    「お疲れ様です。……あれ。何騒いでるの、二人して」

     イヤフォンを外しながら入ってきたのは、渋谷さんだった。神懸かったタイミングでの登場に、思わず笑いそうになってしまう。

     案の定、顔を輝かせた加蓮は、生き生きと声を上げた。

    「あ、凛! お疲れー。奈緒がねっ、今丁度──」

    「ちょお! 加蓮、余計なこと言うんじゃないぞっ」

     慌てて抑えようとする神谷さんも、その口元は楽しそうに緩んでいる。文字通り姦しい様子の彼女達に、事務所の空気も華やぐようだった。



    12: ◆RZFwc/0Dpg 2019/03/11(月) 17:05:56.54 ID:S9/scu+mO

     三人はそのまま、ソファでしばらくお喋りを続けていた。時計は間もなく十九時を指そうとしている。

     彼女達の会話の隙間を見て、俺は加蓮に声を掛けた。

    「まだ雨降っているみたいだけど。帰り、送っていこうか?」

     迷うことなく、加蓮は答える。

    「あ、うん。お願いー」

     そんな俺達の会話を聞いていた二人は、呆れるように口々に言った。

    「箱入り娘だなぁー、全く」

    「駄目ですよ、あんまり甘やかしたら。バカ犬になるんです」

    「りーんー? 誰が犬だってー?」


    13: ◆RZFwc/0Dpg 2019/03/11(月) 17:06:53.62 ID:S9/scu+mO

     笑顔で威嚇する加蓮を宥めながら、二人にも訊ねる。

    「神谷さんと渋谷さんも。良ければ一緒に送っていくよ」

     その提案に顔を見合わせた二人は、揃ってニッと笑った。

    「あたし今日は凛と一緒に帰るんで、大丈夫でーす」

    「ごゆっくり」

     ここぞとばかりに、からかい返そうとする神谷さん。そして、澄まし顔の渋谷さん。
     俺は二人に振られる形になった。


    14: ◆RZFwc/0Dpg 2019/03/11(月) 17:07:45.60 ID:S9/scu+mO

    「……残念だな。両手に花かと思ったのに」

     そう言う俺の肩を叩いて、加蓮は唇を尖らせる。

    「ここに綺麗な花が一輪、まだ残ってるでしょー」

     そんな加蓮を見ながら、渋谷さんがおどけて呟いた。

    「わ、棘だらけの花だなぁ」

    「ちょっと! どういう意味よ、それぇ!」

     途端、二人の追い掛けっこが始まる。
     加蓮が鬼で、渋谷さんが逃げ役だ。途中から何故か、流れるような自然さで神谷さんが巻き込まれてゆく。

     三人は団子になりながら、笑い声を残して事務所を飛び出していった。



    15: ◆RZFwc/0Dpg 2019/03/11(月) 17:08:54.89 ID:S9/scu+mO

     元気な奴等だなあ……。
     何だか微笑ましく感じながら、机回りを整理する。しばらくすると、少し息を切らして加蓮が戻ってきた。

    「あれ、渋谷さん達は?」

    「そのまま帰ってった。すみませんね、棘だらけの花でー」

     ふいと顔を背け、加蓮は拗ねるように言う。彼女のそれがポーズだけなのは重々承知していたが、その横顔に笑いながら謝る。

    「冗談が過ぎたよ、悪かった。機嫌直してくれ」

     俺のその言葉を待っていた。
     そう言うように、ぱっと笑顔になった加蓮は声を弾ませた。

    「私ぃー、そういえば何だか、お腹空いちゃったなぁー」

    「分かった、分かった。何処かで夕飯も済ませていこうか。その代わり、親御さんにはちゃんと連絡しておくこと」

    「やっぱ分かってるねぇ。そういう所、大好きだよーっ」

     調子の良い奴め。
     俺は軽く溜め息を吐きながら、PCの電源を落とした。



    16: ◆RZFwc/0Dpg 2019/03/11(月) 17:09:42.91 ID:S9/scu+mO

    「ファミレスといい、ファストフードといい……。本当好きだよなぁ」

     ドリンクバーから戻ってきた加蓮に対して、俺はそう言った。

     帰り道のファミレスで俺はハンバーグセット、加蓮はドリアとサラダを食べた後のこと。

     窓際の席に掛けた俺達は、のんびり会話していた。外では未だ、重そうな雲から漏れるように、雨がぱたぱたと降っている。

    「ご飯も美味しい、ドリンク飲み放題、ポテトもたっぷりで良いじゃん」

     そう言いながら加蓮は、半分以上ポテトの残った皿を、こちらに勧めてくる。


    17: ◆RZFwc/0Dpg 2019/03/11(月) 17:10:29.02 ID:S9/scu+mO

    「毎回残す癖に、なんで『山盛りポテト』頼むんだよ……」

    「あれぇ、おかしいなぁ。今日は何かいけると思ったんだけど」

    「チャレンジ精神をそんな所で、発揮するなっつうの」

     そう突っ込みながら、俺はその内の一本を口にする。多少ふにゃついたポテトは、まだほんのり熱を残していた。


     ポテトを少しずつ片付けながら、色んな話をした。学校の話、ドラマの話、ネイルの話、事務所の皆の話……。

     笑い声を上げたり手を叩いたりと楽しそうにする彼女。それを見て、俺の胸も思わず弾むのだった。



    18: ◆RZFwc/0Dpg 2019/03/11(月) 17:12:23.62 ID:S9/scu+mO

     カップにコーヒーを注いでテーブルに戻ると、加蓮は窓の外を眺めていた。

     その横顔が先程までと打って変わり、陰っているようで、俺は目を瞠った。
     椅子に掛けながらそれとなく訊ねる。

    「外に何か、面白い物でもあったか」

    「え。あぁいや、別に」

     そう応えた加蓮はさり気なく、こちらの顔色を窺った。彼女は少し間を置いてから窓の外を指差し、囁くように言う。


    「あそこに病院があるの、見える?」


    19: ◆RZFwc/0Dpg 2019/03/11(月) 17:14:18.25 ID:S9/scu+mO

     窓の外を一瞥してから、俺は答える。

    「……あぁ、見えるよ。ここら辺でも一番大きいよな」

     加蓮の細く白い指の先には、どっしりとした総合病院があった。黒々とした夜の中で立つ病院は、雨に打たれてその存在感をより強めているように見えた。

    「私、小さい頃あそこにも入院してたことがあるの」

    「ふうん。そうなのか」

     相槌を打つ俺をまた、ちらり、加蓮は窺う。


     ──あれ、珍しい。
     俺は思った。加蓮が言うかどうかを躊躇うだなんて。
     言った後しばらくして、謝ったり訂正してきたことは、これまで何度かあったけれど。

     彼女は一体何を話そうとしているのだろう。
     気付けば僅かに、俺は身構えていた。


     やがて決心が付いたのか、そっと深呼吸をしてから、加蓮は声を出す。


    「私、梅雨が好きだったんだ」


     そして、彼女は話し始めた。



    20: ◆RZFwc/0Dpg 2019/03/11(月) 17:15:19.75 ID:S9/scu+mO

    「──あまり縁のないひとは、知らないかもしれないけど。病院って意外と、子供が多いんだよね」

     昔を思い返しながら、加蓮はゆっくりと言葉を紡いでゆく。

    「入院してる子だけじゃなくて、元気一杯な子達もいて。きっと家族や友達のお見舞いに来てたんだと思う」

     宙を見ながら話す加蓮の瞳には、かつての光景が浮かんでいるようだった。

    「病院の中庭では、そういう子達がしょっちゅう遊んでた。 やんちゃそうな兄弟が追い掛けっこしてたり、また別の日には女の子達がシャボン玉飛ばしてたり。 親子でキャッチボールしている日も、あったなあ」

     溜め息を吐くように、彼女は一度ゆっくりと瞬きをした。


    21: ◆RZFwc/0Dpg 2019/03/11(月) 17:16:06.99 ID:S9/scu+mO

    「小さな頃の私にとって、その子達は憧れだった。良いなあ。良いなあって。

     私もあんなに大声で笑ってみたい。目一杯走ってみたい。転んで、膝を擦り剥いてみたい。

     そう思いながら窓ガラスに顔を押し付けて、私は三階の病室から、中庭をずっと見下ろしてた。

     ……あんまり窓に貼り付いて見てるから、おでこが赤くなったりしてね。看護婦さんに笑われたことも、あったっけ」


     今度は実際に、小さく溜め息を吐いた。


    22: ◆RZFwc/0Dpg 2019/03/11(月) 17:17:22.73 ID:S9/scu+mO

     何故だろう。
     俺には加蓮がまるで、懺悔しているように見える。


    「けれど、ね。……ずっとそうしていると、胸の奥が何だかザラザラしてくるの。
     わくわくしながら見ていた景色が、徐々に色褪せてきて。

     どうして私はこんなに何もさせてもらえないんだろう。私が何か悪いことをしたのかなあ。

     ……そんな事ばかり、考えるようになってきちゃって。悔しくって。歯痒くって。苛立って。

     窓にもたれたまま、ぼろぼろ泣いちゃうことだって、何度もあった」


    23: ◆RZFwc/0Dpg 2019/03/11(月) 17:18:38.31 ID:S9/scu+mO

     眉を僅かにしかめて、加蓮は続ける。


    「はしゃいだ男の子が上げる歓声が、耳障りだった。

     点滴管やナースコールのコードが、自分を縛りつける縄に見えて、悲しかった。

     笑ってる女の子に点滴パックを投げつけたら、どんな顔するだろう。

     あのチビッ子、恐い婦長さんに叱られちゃえば良いのに。

     大きな犬がやってきて、あの子達のお尻に噛み付かないかなあ。

     そうやって、妬んで、恨んで、憎んで……。

     ふふ。今になって思うとさ。そんな荒んだ内心じゃ、良くなるものも良くならないよね」


     そう呟き、自嘲的に笑う。

     吐いた言葉は加蓮の痛みそのものだった。グロテスクな程に純粋で、生々しい。
     幼い頃のその感情は時の経過にも削れることなく、未だに鋭い棘を残していた。


    24: ◆RZFwc/0Dpg 2019/03/11(月) 17:19:58.53 ID:S9/scu+mO

    「そんなに辛いなら、見なければ良い。そう思うでしょ?

     ……駄目なんだよね。 駄目、だった。

     気付かない振りしてても、身体が自然と窓辺に吸い寄せられて。見ない振りしてても、目が勝手に走る姿を追っていて。

     人って本当、不思議なんだ。
     嫌いな物からは目を逸らせても、憧れる物から目を逸らすことは……出来ないみたい」


     そこでふと我に返ったように、加蓮は俺の顔を見た。そして苦笑する。

     俺は今、一体どんな表情をしているのだろう。



    25: ◆RZFwc/0Dpg 2019/03/11(月) 17:21:18.46 ID:S9/scu+mO

    「本当、ひねくれた子供だよねー。陰湿でいけ好かないクソガキだって、自分でも思うもん」

     虚勢を張るように明るい声を出す加蓮に、胸が痛んだ。

    「そんなこと──」

     慰めを口にしようとする俺を、加蓮は静かに目で制する。

     ま、もう少し私の話を聞いていてよ。

     そんな表情でこちらを見る彼女を前にして、俺の薄っぺらな言葉は、喉の辺りで詰まって消えた。


    26: ◆RZFwc/0Dpg 2019/03/11(月) 17:22:17.29 ID:S9/scu+mO

    「でもね、一番辛いことは。走る子達を羨みながら眺めることじゃなかった。見ないように堪えることでもなかった。
     ……自分が嫌な奴だって気付くのが、一番辛かった」


     何かを噛み締めるように、加蓮は口をぎゅっと結んで、再び開いた。


    「どんなに小さくてもね、やっぱり分かるの。あの子達は元気に遊んで無邪気に笑っているだけ。それを勝手に妬むのも恨むのも全くの筋違いだ、って。
     それでもそう思ってしまうのは、きっと私が意地悪な奴だからだ、って」


    27: ◆RZFwc/0Dpg 2019/03/11(月) 17:23:33.57 ID:S9/scu+mO

     ふと見ると、加蓮の喉が震えていた。まるで、昂る感情を必死に抑え込んでいるように。


    「それに気付く度、私は心の中で誰かに罵倒されるの。『あぁ、お前は何て嫌な奴なんだ。何て卑怯で、狡くて、浅ましい子供なんだ』って。

     そんな自分の嫌な所に気付いてしまうと、身体中から力が抜ける位、やるせなくなるんだ。

     ……それが、どんな事よりも辛かった」


     そう言いながら加蓮は胸にそっと手を置く。そして古傷を慈しむように、柔らかく撫でた。



    28: ◆RZFwc/0Dpg 2019/03/11(月) 17:24:54.77 ID:S9/scu+mO

    「だから、私は梅雨が好きだった」


    「雨が降れば、誰も中庭で遊べないから。
     男の子も女の子もきっと皆、私と同じようにこうして外を眺めている。

     そう思うと、何だか皆と同じラインに並べた気がして凄く安心した。

     それに、誰が遊んでいるのも見ないで済めば、誰も妬まないでいられる、誰も恨まないでいられる。私は、私の嫌な所を見ないで済む。

     そう思うと、溜め息が出る位ほっとした。

     ──あの子達の不幸が、私にとっての安らぎだった」


    「だから、私は梅雨が好きだったんだ……」



    29: ◆RZFwc/0Dpg 2019/03/11(月) 17:26:10.47 ID:S9/scu+mO

     加蓮はそう繰り返した。そして、ぽそりと言う。


    「ごめんね。いつも優しくしてくれて、甘やかしてくれるけれど。私は本当はそんな、醜くて、汚くて、卑しい子なんだ。……ごめん」



    30: ◆RZFwc/0Dpg 2019/03/11(月) 17:26:55.85 ID:S9/scu+mO

     見えない古傷から、血が滲んでいた。

     疼きを抱えた加蓮は疲れたような微笑みを浮かべている。

     俺は彼女に、何て声を掛けてやれば良いのだろう。
     何て応えてやれば良いのだろう──。


     迷いを捨てるように、俺は温くなったコーヒーを飲み干した。



    31: ◆RZFwc/0Dpg 2019/03/11(月) 17:28:07.15 ID:S9/scu+mO

    「……加蓮。人の美しさって、何だと思う」


     彼女は沈んだままの瞳で、こちらを見つめている。


    「誰にでも優しくすれば、良いのかな。 全ての人に思いやりと愛情を持てば、良いのかな。 過ち一つない清らかな日々を送れば、良いんだろうか。……そんな下らないこと、聖人かキリストにでも任せておけ」


     俺の言葉に加蓮の目が少し和らぐ。
     もう、またそんな乱暴なこと言って。


    「妬みも恨みも、人の自然な心の動きだ。何も後ろめたく感じる必要なんてないんだ。
     そりゃあ、そう思わずに済むのなら、それに越したことはないぞ? 苦しみはより少なく、痛みはより小さい方が、生きるのは楽だからな」


    32: ◆RZFwc/0Dpg 2019/03/11(月) 17:29:43.37 ID:S9/scu+mO

     ──だけどな、加蓮。


    「誰かの傷を癒せるのは、傷付いたことのある人だけだ。 誰かの悲しみを慰められるのは、悲しさを知っている人だけだ。 誰かの寂しさに寄り添えるのは、寂しい思いをした人だけなんだよ。

     ……お前が後ろめたく思うその感情が、今の加蓮の優しさを作り上げているんだ」


     それで、いいんだよ加蓮。

     常に完璧に正しくいれる人なんて、いないんだから。
     “完全に正しい人”なんて存在するのならば、それは最早──人ではないんだから。


    「喜んで、怒って、笑って、悲しんで。
     時には妬んで、愛して、恨んで、憧れて、泣き散らして。
     そうやって傷付きながら、汚れながら。

     それでも誠実であろうともがき続ける加蓮を……俺は美しい人だと思う」



    33: ◆RZFwc/0Dpg 2019/03/11(月) 17:31:47.91 ID:S9/scu+mO

    「随分、格好悪い『美しさ』だなあ」


     目元をぎこちなく細めながら、加蓮は皮肉を言う。そんな彼女に俺も口元を緩めて応えた。


    「もがいてる様なんて誰でも格好悪いもんさ。汗かいて、涙溢して、反吐はいて。みっともなくてこの上なくダサい。

     でも人間が生きるのって、きっとそういうことだと思うんだ。

     長い入院生活の中で人が生きること、そして死ぬことを眺めていた加蓮なら。……何となく、分かるんじゃないのか」


     何かを堪えるように、加蓮は小さく下唇を突き出していた。
     泣き出す直前の幼稚園児みたいで、少し微笑ましい。


    「加蓮がここにこうして居てくれることを、本当に感謝しているんだ。

     俺だけじゃない。神谷さんも渋谷さんも、事務所の皆も、ファンも、ご家族も、クラスメートも。
     きっとそれぞれ、お前に救われている部分がある。

     ……加蓮のその美しさを、俺は心から誇りに思っているよ」


    34: ◆RZFwc/0Dpg 2019/03/11(月) 17:33:50.69 ID:S9/scu+mO

     俺の話を聞き終えた加蓮は、ぱっと目を片手で隠し、身体ごと横を向いた。

    「あの、ごめん。……ちょっとマスカラ取れちゃった、から。御手洗い行ってくるね」

    「ゆっくり直しておいで」


     加蓮の上擦った声に気付かない振りをしてそう応えた。
     マスカラなんてしていなかっただろうが、意地っ張りめ。


     この言葉が適切かどうかなんて、分からなかった。ただ嘘のない気持ちを伝えたかった。誠実であろうとする加蓮に、誠実に向き合いたかったのだ。

     皿に残った最後のポテトを口に入れた。
     油を吸って冷めきってはいたが、それでも俺には美味しく感じられた。



    35: ◆RZFwc/0Dpg 2019/03/11(月) 17:35:17.54 ID:S9/scu+mO

     しばらくして、加蓮は何故か足音高く戻ってきた。どさっと乱暴にソファに掛け、尖った声を出す。

    「私、パフェ食べるっ」

    「……はぁ?」

     何だこいつ突然に。
     そう思って自然と半笑いになる俺を、彼女は睨んだ。

    「何? 何か問題、ある?」

     怒った振りで泣き顔を誤魔化すつもりなら、目元の充血を抑えるのが先だろうに。
     俺が声を殺して笑っている間に、加蓮は店員を呼んで注文していた。

    「苺のパフェとー、チョコバナナパフェで」

    「おい、ちょ──」

    「ご注文は以上でよろしいでしょうか」

    「大丈夫でーす」


    36: ◆RZFwc/0Dpg 2019/03/11(月) 17:36:19.15 ID:S9/scu+mO

     店員が去ってから、加蓮は俺にべーっと舌を出した。そんな彼女に恐る恐る訊ねる。

    「へぇ、凄いな。二つも食べるのか」

    「えぇっ! 私一人に食べさせるつもりー?」

    「お前なぁ。勝手に……」

    「ねっ? おねがぁい♪」

     甘え声でそう言って、こちらに蕩けるような笑顔を向けてくる。

     ちくしょう、この野郎。
     誇りに思っている美しい加蓮に対して、俺は小さく舌打ちをした。



    37: ◆RZFwc/0Dpg 2019/03/11(月) 17:37:28.90 ID:S9/scu+mO

     やって来たパフェに手を付ける頃には、加蓮もすっかりご機嫌になっていた。
     まぁ元々怒っていなかったのだから、当たり前ではあるのだけれど。

    「どう、私の選んだパフェは?」

    「あんっまい。……けどまぁ、たまには悪くないかもな」

    「ほら、でしょう? 喜ばせるために注文したんだから、感謝してよねぇ」

     小生意気な口を利けているのだから、上々である。
     パフェは器に驚異的なバランスで盛られていた。六月特有の湿気った空気を吹き消すような、その冷たさが心地好かった。


    38: ◆RZFwc/0Dpg 2019/03/11(月) 17:38:51.62 ID:S9/scu+mO

    「──さっきの話に、もう一つ付け加えるんだけどさ」

    「うん?」

     間抜けな声で相槌を打って、俺は顔を上げる。
     加蓮はこちらを見ていなかった。さも何でもないことを言うように、熱心にクリームをつつきながら、口を開く。

    「昔より今の方がずっと、私は梅雨が好きだよ」

     加蓮のその言葉を、パフェを口に運びながら、俺はしばらく考えていた。


    39: ◆RZFwc/0Dpg 2019/03/11(月) 17:39:56.53 ID:S9/scu+mO

     梅雨が好き。
     同じに見えても、理由が異なる昔と今。

     子供達が外で遊べないという不幸が、自分にとっての癒しだったから、雨を願っていた昔。

     そして、親友のときめきや幸せが、自分にとっても嬉しくて、雨を願っている今。

     ──誰かの不幸を喜ぶ昔よりも、誰かの幸福を喜ぶ今の方がずっと好き。


     そう、彼女は言ったのだった。

     それは何だかとても良いことだ。
     そういう風に俺は思った。



    40: ◆RZFwc/0Dpg 2019/03/11(月) 17:41:01.12 ID:S9/scu+mO

    「……なぁ、加蓮」

    「んー、何?」

    「パフェ。お代わりしても良いぞ」

    「何言ってるの。もう食べられないって、流石に」

     そう返しながら笑い声を上げる加蓮を、暖かく感じる。
     神様がくれたこの優しい時間が、いつまでも続けば良い。自然とそう願っていた。



    41: ◆RZFwc/0Dpg 2019/03/11(月) 17:41:40.43 ID:S9/scu+mO

     帰りの車内は静かだった。無理に会話をしなくても、居心地は良い。

     加蓮は助手席で膝にブランケットを乗せたまま、ぼんやりとしている。

     窓に散った水滴に街灯が滲んで、星のように煌めいていた。


     あ、そうだ。
     そんな中で加蓮は呟く。そして運転席の俺へと顔を向け、明るい声を出した。


    42: ◆RZFwc/0Dpg 2019/03/11(月) 17:43:04.20 ID:S9/scu+mO

    「ねえ。やっぱり私は梅雨が好き」

    「ふふっ。どうしてだ?」

    「こうして、一緒に帰れるから」

    「……ん、そっか」


     一面曇った“星空”の下、車を走らせる。外では未だ雨が降っていた。


     止む必要も、ないと思った。


                【終わり】


    44: ◆RZFwc/0Dpg 2019/03/11(月) 17:48:11.72 ID:S9/scu+mO

    ありがとうございましたー
    色々拙くてすいませんー


    前回書いたこちらもどうぞよろしく

    乃々「キレイな夢を見たんだ」
    https://ex14.vip2ch.com/i/read/news4ssr/1549899093/


    47: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/03/12(火) 18:16:12.98 ID:K4myjNkwo

    おつおつ
    すてき


    46: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/03/11(月) 22:58:17.39 ID:9k3urUq0O

    良かった…


    43: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/03/11(月) 17:45:32.20 ID:Aej8lGnC0

    良い話だった。掛け値無しに


    引用元: 【モバマス】加蓮「止まない雨を」

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