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    【ぼく勉】真冬 「また今度、ここで」

    346: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:16:39 ID:N1TkqDFg
    ………………メイド喫茶 High Stage

    成幸 「そこ、前と一緒ですよ。物体が静止状態ってことは、力学的に釣り合ってるんです」

    成幸 「だから、物体に働いている力を全部図示してしまえば、あとは計算するだけですよ」

    あすみ 「ん……。重力と、押す力と、摩擦力……ああ、なるほど」

    あすみ 「あとはそれぞれの力で方程式を立てればいいのか」

    成幸 「そうですそうです。できたじゃないですか、先輩」

    あすみ 「……よし。今の感覚を忘れないうちに練習問題いくつか解くわ」

    あすみ 「悪いけど、解き終わったら採点してもらってもいいか?」

    成幸 「わかりました」

    ガタッ

    成幸 「じゃあ俺はその間に店の掃除をしてますね」



    347: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:17:10 ID:N1TkqDFg
    ………………

    あすみ 「今日も助かった、後輩。いつもありがとな」

    成幸 「いえいえ。俺もバイト代もらいながら勉強できますし、お礼を言われるようなことじゃないですよ」

    成幸 「どちらかと言えば、鷹揚な働き方を許してくれている店長やマチコさんたちに感謝ですね」

    あすみ 「……ほんとにな」

    成幸 「じゃ、今日はこれで失礼します。先輩は引き続きバイト、がんばってください」

    成幸 「俺はあんまりここにいると、桐須先生に補導されちゃいますから」

    あすみ 「“九時以降は” って言ってたじゃねぇかよ。まだ昼だぞ」

    あすみ 「あの人、誤解されやすいけど、あんまり怖い人じゃないからな?」

    成幸 「冗談ですよ。怖い人じゃないっていうのは、俺もよく知ってます」

    あすみ 「……ん、そういえば、後輩に耳寄りな情報があるぜ?」

    成幸 「なんです?」

    あすみ 「この前とある事情でまふゆセンセと電話したんだけどな、」

    あすみ 「……なんでも、“部屋を掃除してくれる男子” と良い仲らしいぜ、あの人」

    成幸 「へ……?」

    348: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:17:49 ID:N1TkqDFg
    成幸 「へ、へぇ。あの桐須先生が……」

    成幸 (……俺以外の人が、あの部屋に掃除に入ってるのか?)

    成幸 (とてもそうは思えないけど……)

    成幸 (っていうか、そういう人がいるなら、もっとよく桐須先生のこと見てあげろっての)

    成幸 (あの人本当に掃除が苦手なんだから、もっと掃除を手伝ってあげればいいのに)

    成幸 (……って、なんでちょっとイライラしてるんだ、俺は)

    成幸 「……先生も大人ですもんね。そりゃ、そういう相手のひとりやふたりいますよね」

    あすみ 「……ん? なんだ、後輩? 浮かない顔して」

    あすみ 「ひょっとして、卒業したら自分がその立場に立候補するつもりだったのか?」

    成幸 「なっ……! ち、違いますよ! そんなわけないでしょーが!」

    あすみ 「お、おう。予想以上の反応だな。そんなムキになると、余計に怪しいぞ?」

    あすみ 「後輩、ああいう年上の女性がタイプなのか?」

    成幸 「や、やめてくださいよ。あんな綺麗な女性と俺が釣り合うわけないでしょう」

    349: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:19:42 ID:N1TkqDFg
    あすみ 「……ふーん、どうだかなぁ」

    あすみ (っていうか、釣り合うかどうかだけで、“タイプ” ってところは否定しないんだな)

    ムカッ

    あすみ (アタシも一応年上なんだけどな。わかってんのかこの野郎)

    あすみ (っていうか、アタシ、ニセモノとはいえお前の彼女だけど、)

    あすみ (“綺麗” なんて言われたことないんだけどな。この野郎)

    あすみ (……いや、べつに、それは関係ないけどさ)


    ―――― 『論外 こんな店で集中できるわけがないでしょう』

    ―――― 『一緒に帰るわよ 唯我くん!』


    あすみ (まふゆセンセは生徒想いだけど、ただの生徒相手にあそこまでムキになるとも思えないんだよなぁ)


    ―――― 『愚問ね 私にだって……その……』

    ―――― 『部屋に来て掃除をしてくれた男子くらいいるわっ』

    350: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:20:52 ID:N1TkqDFg
    あすみ (……ひょっとしたら、その男子ってのが、後輩かも、とか思ったけど)

    あすみ (この後輩の反応じゃ、そういうわけじゃないみたいだな。ほっ)

    あすみ (……ん? 何だ、“ほっ” って。何でアタシが安心してんだ?)

    成幸 「それじゃ、失礼しますね。先輩も早くバイトに戻ってくださいよ」

    あすみ 「わーってるよー。じゃ、おつかれさん。雨降ってるから気をつけて帰れよ」

    あすみ 「また予備校でなー」

    成幸 「はい。また予備校で!」

    351: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:27:29 ID:N1TkqDFg
    ………………帰路

    成幸 (……べつに、あしゅみー先輩の言葉が気になったからとか、そういうわけじゃない)

    成幸 (なんとなく、本当になんとなく、少しだけ遠回りをしているだけ)

    成幸 (それこそ、本当に、少しだけ)

    成幸 (雨だけど……いや、雨だからこそ、いつもと趣の違う道を楽しむためというか、なんというか)

    成幸 (とにかく、他意はない。なんとなく、桐須先生のマンションの前を通りかかってしまうだけ)

    成幸 (べつに、それ以上の何でもない。それだけ……)

    成幸 「……の、はずだったんだけど」

    真冬 「………………」 ズーン

    成幸 (何であの人はマンションの前で傘をさして突っ立ってるんだろう……)

    352: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:32:24 ID:N1TkqDFg
    成幸 (……一体、今度は何があったというのだろうか)

    真冬 「………………」 ゴゴゴゴゴゴ…………

    成幸 (マンションの門番みたいになってるけど、いいのかな、あれ)

    成幸 (通報されたりしないのかな)

    成幸 (……素通り、は……まぁ、できないよな)

    成幸 (通りかかって良かった、って考えるべきだな)

    成幸 「あー……こんにちは、桐須先生」

    真冬 「……こんにちは、唯我くん。いい天気ね」

    成幸 「そうですね。秋雨前線のおかげで気持ちいいくらい雨が降ってますけどね」

    ザァアアアアアアアアア……

    成幸 「さて……」

    成幸 「……今日は一体どうしたんですか? 桐須先生」



    353: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:33:09 ID:N1TkqDFg
    ………………少し前 真冬の家

    真冬 「………………」

    真冬 (……決心。せっかく唯我くんにきれいにしてもらったのだから、絶対、金輪際部屋を汚してはいけないわ)

    真冬 (そもそも、唯我くんは生徒で私は教員。家に気軽に入れていい間柄ではない)

    真冬 (今後一切、彼に頼らないようにしなければ)

    真冬 (……そういえば、通販で頼んだものをまだほとんど開けていなかったわね)

    真冬 (この段ボールも全部空にして捨ててしまいましょう)

    真冬 (千里の道もまた一歩から、よ。真冬。ひとつひとつ片付けていけば、常に綺麗な部屋をキープできるはず……)

    ベリッ……ベリベリ……

    真冬 (ふふ。見ていなさい、唯我くん。私はもう部屋を汚すことなど決してないのよ)

    ベリベリベリ……

    354: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:33:40 ID:N1TkqDFg
    ………………

    成幸 「……で、こうなったと?」

    真冬 「どうしてかしら。本当に皆目理由が分からないのよ」

    真冬 「私はただ、段ボールを開けて、商品を取り出して、片付けて……という作業をしていただけなのよ」

    グチャァアア……

    成幸 「それがどうしてこんな惨状になるんです!? っていうかあの量の段ボールを一気に開けようとするのがまず間違いです!」

    真冬 「ええっ!? だって、一気に片付けてしまった方が、一気にきれいになるじゃない……」

    成幸 「典型的な掃除ができない人の考え方ですね……」

    成幸 「……っていうか、元々部屋にあったであろうものまで散乱しているのはなぜですか?」

    真冬 「途中で段ボールをたたむのに飽きて、買った物の収納とかを考えて、棚からいろいろ引っ張り出して試行錯誤していたのよ……」

    成幸 「そりゃぐちゃぐちゃになりますよ! まったく……」

    真冬 「む、無念。一生の不覚だわ……」

    成幸 「先生の一生は一体何回あるんですか」 ハァ 「仕方ないです。一緒に片付けましょう、先生」

    355: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:34:36 ID:N1TkqDFg
    ………………

    成幸 「……よいしょっ、と」

    ゴシゴシゴシ……

    成幸 (何で段ボール開けただけでこんなに部屋を汚せるんだろう……)

    成幸 (この才能を何かに使えないかな。使えないか)

    真冬 「………………」

    真冬 (……結局、唯我くんに迷惑をかけてしまったわ)

    真冬 (本当に情けない。というか、本当に、私は教員である資格すらないわね)

    真冬 (利害関係にある相手、特に生徒とその保護者に対し、個人的な接触を持つのは、服務規程にも抵触する)

    真冬 (本来であれば、自分の部屋に男子生徒を招くなど、有り得てはいけないことなのに……)

    真冬 (私は、唯我くんが良い子であるのにかこつけて、自分のために彼を利用している……)

    成幸 「……先生?」

    真冬 (昔はこんなことはなかった。生徒と仕事以上の関わりを持つなんて、考えたこともなかった)

    真冬 (なのに、どうしてかしら……。彼なら、いいと思える……)

    成幸 「あの、桐須先生?」 ズイッ

    356: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:35:07 ID:N1TkqDFg
    真冬 「!? ど、どうかしたかしら、唯我くん」

    成幸 「どうかしたかしら、じゃないですよ。先生の部屋なんですから、ぼーっとしてないで手伝ってくださいよ」

    真冬 「そ、そうね。ごめんなさい。すぐやるわ」

    成幸 「先生は、散らばってる段ボールを開いて、まとめて、縛ってください。それだけでいいですから」

    真冬 「わ、分かってるわ」

    真冬 (段ボールのテープをカッターで切って、まとめる……)

    真冬 (ただそれだけのことよ、桐須真冬。大丈夫。できるわ)

    真冬 (んっ……このテープ、切りにくいわね)

    真冬 (……でも、これくらい、私にかかれば――)

    ――――――サクッ

    真冬 「痛っ……!」

    成幸 「!? 先生!?」

    真冬 「ご、ごめんなさい。ちょっと手が滑って、カッターで指を切ってしまって……」

    真冬 「ち、血が、結構出てて……」



    357: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:36:03 ID:N1TkqDFg
    成幸 「ケガをした指を心臓より上に上げて、ティッシュで直接患部を圧迫してください」

    真冬 「直接!? だ、ダメよ、そんなの」

    成幸 「? どうしてですか?」

    真冬 「……怖いもの」

    成幸 「……あー、もうっ」

    ギュッ……

    真冬 「えっ……!?」 (唯我くんが、私の……)

    真冬 (ティッシュで私の指をくるんで、強く握って……)

    真冬 (ち、近いわ……!)

    真冬 「あ、あの、唯我くん……」

    成幸 「……我慢してください。俺だって恥ずかしいんですから」

    ドクン……ドクン……

    真冬 (き、切った部分だけ、やけに鼓動が感じられる……)

    成幸 「しばらくこのままにしておきましょう。出血が治まるまで」

    358: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:36:52 ID:N1TkqDFg
    ………………

    真冬 「………………」

    真冬 (……結局、指の手当てまで、唯我くんがやってくれた)

    真冬 (私がオロオロしているうちに、消毒から保護まで、すべてやってくれた)

    真冬 (情けない……)

    真冬 (自分で蒔いた種すら回収できない自分が、本当に情けない……)


    ―――― 成幸 『まだ傷が完全に閉じたわけじゃありませんから、しばらくはそのまま手を上げていてください』

    ―――― 成幸 『掃除は俺がやっておきますから、先生はじっとしててください』


    真冬 (そう言っている間も、彼は嫌な顔ひとつすることはなかった)

    成幸 「ふぅー。段ボールはあらかた片付いたか。あとは……」

    真冬 (そして、私の代わりに掃除をしている今も、彼は不満そうな顔ひとつしない)

    真冬 (そんな彼に、私は今もこうして、教師という立場にあぐらをかいて、頼り切っているのだ)

    359: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:37:39 ID:N1TkqDFg
    成幸 「………………」

    成幸 (……ムカつく) キッ (俺は今、猛烈に怒っている)

    成幸 (何で、桐須先生がこんなに困っているときに、その“良い仲” の男は現れないんだ?)

    成幸 (いや、俺だってわかってる。大人は忙しい。受験生の俺以上に忙しいだろう)

    成幸 (桐須先生にかまけていられないというのもわかってる。でも……)

    成幸 (もし桐須先生のことを大切に思ってるなら……)

    成幸 (こういういとき、桐須先生のところに颯爽と現れるものじゃないのか?)

    成幸 (……こんな風に考えるのは、俺がまだ子どもだからなんだろうか)

    成幸 (俺も、そういう大人になるんだろうか。それが普通なんだろうか)

    真冬 「……?」

    真冬 (ど、どうしたのかしら、唯我くん。急に険しい顔になっているわ)

    真冬 (確実。やはり私の教師としてあるまじき状態に、憤っているのね)

    真冬 (当然よね。だって彼は受験生。一分一秒だって時間を無駄にしたくないはずだわ)

    360: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:38:35 ID:N1TkqDFg
    真冬 「……ごめんなさい、唯我くん」

    成幸 「はい? どうかしたんですか?」

    真冬 「いつもいつも、あなたにお世話になりっぱなしだわ」

    真冬 「受験生のあなたの時間を取ってしまって。これは、本当に、許されることではないわ」

    成幸 「そう思うなら、少しは自分で部屋を片付けられるようにしてください」

    真冬 (し、辛辣。正論だから何も言い返せないわ……)

    真冬 「本当にその通りね……。申し訳ないわ」

    成幸 「でも、べつに俺が好きで手伝ってるだけですから、申し訳ないと思う必要はないですけどね」

    成幸 「ただ、いつまでも俺が先生の生徒でいられるわけじゃないんですから。最低限の片付けくらいはやってくださいね」

    成幸 「ま、もしバイト代をくれるっていうなら、卒業後も先生の部屋を片付けてもいいですけど、なんて……――」

    真冬 「――は?」

    成幸 「冗談です調子に乗りましたすみません!!」」



    361: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:39:16 ID:N1TkqDFg
    真冬 「あ、いや……」

    真冬 (い、言えない。ぜひお願いしたいって思ってしまったなんて、口が裂けても言えない……)

    真冬 「………………」 ズーン

    成幸 (……うーん、なんだか知らないけど、へこんでるなぁ)


    ―――― 『いつもいつも、あなたにお世話になりっぱなしだわ』

    ―――― 『受験生のあなたの時間を取ってしまって。これは、本当に、許されることではないわ』

    ―――― 『本当にその通りね……。申し訳ないわ』


    成幸 (べつに、俺が好きでやってることだから、そんなに気にしなくてもいいのに)

    成幸 (それに、片付けが終わった後って、大体先生に勉強を教えてもらえるから、)

    成幸 (俺としてはラッキーでもあるんだけど……)

    成幸 「……ん、大きなゴミも片付いたし、あとは軽く掃除機をかけて終わりかな」

    真冬 「もうこんなにきれいになったのね。すごいわ……」

    成幸 「じゃあ、掃除機かけるんで、ちょっとどいててもらってもいいですか」

    真冬 「……ええ。玄関の方にでも行ってるわ」

    362: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:39:59 ID:N1TkqDFg
    ………………

    真冬 「……本当に、私は何をしているのかしら」

    真冬 「生徒に部屋を掃除してもらうために教員になったわけでもあるまいに」

    真冬 「………………」

    真冬 (……美春は今も、きっとフィギュアをがんばっているのでしょうね)

    真冬 (私は本当に、一体何をやっているのかしら)

    ガチャッ……

    成幸 「先生? 掃除機かけ終わりました。もう部屋に戻っていいですよ」

    真冬 「……ん、ありがとう。助かるわ。唯我くん、勉強道具は持ってるわね?」

    成幸 「はい。メイドきっ……あ、いや、予備校の帰りなので」

    真冬 「もし予定がないなら、うちで勉強していきなさい。教えられる範囲で教えてあげるわ」

    真冬 (私が彼にしてあげられることは、それくらいだから……)

    成幸 「本当ですか? じゃあ、お言葉に甘えて……よろしくお願いします、桐須先生」

    真冬 「え、ええ……」 (……そんな眩しい笑顔で、お礼を言わないでちょうだい。唯我くん)

    真冬 (才ある道から離れ、今も後悔の中にいる、馬鹿な女に)

    363: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:40:40 ID:N1TkqDFg
    ………………

    成幸 「………………」

    カリカリカリ……

    成幸 「ん……先生、すみません。ここの解法って……」

    真冬 「……ああ。どちらでも構わないと思うわ。やりやすい方で解きなさい」

    成幸 「はい。ありがとうございます」

    成幸 (……やっぱり、桐須先生はすごい)

    成幸 (俺が何を言わんとしているのかすぐに読み取ってくれるし、)

    成幸 (何より、世界史の先生のはずなのに、畑違いの数学まですごい知識量だ)

    成幸 (……教え方も上手だし、何でもできる才女って感じだよなぁ)

    成幸 (家事がちょっと残念なのがあれだけど……)

    364: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:41:52 ID:N1TkqDFg
    真冬 「……唯我くん、手が止まっているわよ。何かわからないことでもあったの?」

    成幸 「あ、い、いや、そういうわけじゃないです」

    真冬 「そう。じゃあ、集中しなさい。今日、私のせいで遅れてしまった分を取り返さなければならないのだから」

    真冬 「……そう。私のせいで、遅れてしまった分を」 ズーン

    成幸 (……うーん。今日はまた、えらく落ち込んでるみたいだ)

    成幸 (俺に何かしてあげられることはないかな……)

    成幸 「………………」

    成幸 (……勉強をがんばるくらいしか思いつかない)

    カリカリカリ……

    成幸 (当たり前だ。俺はまだ子どもで、先生は大人だ)


    ―――― 『……なんでも、“部屋を掃除してくれる男子” と良い仲らしいぜ、あの人』


    成幸 (それに、先生にはそういう相手がいる)

    成幸 (俺みたいな子どもに、先生のためにしてあげられることなんて、きっとない……)

    365: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:42:39 ID:N1TkqDFg
    ………………夕方

    成幸 「……ふぅ」

    成幸 (ひょっとしたら予備校で自習するときより勉強が進んでるかもしれないな)

    成幸 (桐須先生の前だと緊張してサボることもないし、何より先生に聞けばすぐ答えてくれるのが大きい)

    成幸 (少し掃除したくらいで、こんな環境を提供してくれるなんて、渡りに舟なんだけど……)

    真冬 「………………」 ズーン……

    成幸 (……まだへこんでる。根が深いなぁ)

    成幸 (そりゃ、部屋に生徒を入れるっていうのが、良くないのは分かるけど……)

    成幸 (俺はすごく助かってるんだけどなぁ……)

    真冬 「……ん、そろそろ夕ご飯の時間ね」

    真冬 「今日はうちで食べて行きなさい。お礼代わりというといやらしいけど、」

    真冬 「何か美味しいものでも出前を取るわ」

    成幸 「い、いやいや、勉強も教えてもらったのに、そんなの悪いですよ」

    成幸 「勉強を教えてもらっただけで十分ですから、お気遣いなく……」

    真冬 「……そう」 ズーン



    366: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:43:32 ID:N1TkqDFg
    成幸 「……あー、いや、えーっと……じゃあ、お言葉に甘えて、ごちそうになります」

    真冬 「そ、そう?」 パァアア…… 「じゃあ、そうしていくといいわ」

    真冬 「何が食べたいかしら? 何でも好きなものを頼んでいいわよ

    バサッ

    成幸 「!? こんなに大量の出前のチラシ、一体どこに隠してたんですか!?」

    真冬 「し、失敬。隠していたつもりはないわ。テレビの裏にいつも突っ込んでいるのよ」

    成幸 「ああ、もう。せめてもう少しまともな場所にしまってください。ファイリングするとか」

    真冬 「こ、これからそうするわ。とにかく、好きなものを選びなさい。金に糸目はつけないわ」

    成幸 (出前で金に糸目はつけないって言う人初めて見たな……)

    成幸 (とはいえ、そんな高いものをお願いするのも気が引けるし……)

    成幸 「……ん?」

    真冬 「何か食べたいものがあったかしら?」

    成幸 「あ、いや……このチラシを見てちょっと思い出して……」

    ピラッ

    真冬 「……うな重?」

    367: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:44:24 ID:N1TkqDFg
    成幸 「ほら、いつだか、あしゅみ――小美浪先輩のハウスクリーニングを先生が頼んだとき、」

    成幸 「俺が30分で先生の家を掃除したじゃないですか」

    真冬 「……そ、その節も大変お世話になったわね」

    成幸 「ああ、いや、そういうことじゃなくて……。そのとき、“うな重” って……」

    真冬 「あっ」

    ズーン……

    真冬 「……自己嫌悪。今の今までそんな約束をしたことすら忘れていたわ」

    真冬 「契約不履行。ともすれば裁判沙汰だわ……」

    真冬 「……私は、本当に……」

    成幸 (し、しまったー! また余計なことを言ってしまったー!)

    成幸 「ち、違うんです。そんなこともあったなぁ、っていうただの思い出話ですよ!」

    真冬 「その思い出の中で、君は私のことを、約束も守れないダメな大人だと思っているのでしょうね」

    成幸 「なんでそんなにネガティブなんですか!?」

    368: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:45:01 ID:N1TkqDFg
    成幸 「……いや、っていうか、約束を破ってはいないんじゃないですか?」

    真冬 「えっ……」

    成幸 「だって俺いま、うな重を食べたいなって思ってますから」

    成幸 「先生、ちょっとお高くついて恐縮ですけど、今日はこのうな重をお願いしてもいいですか?」

    真冬 「あっ……も、もちろん、それは構わないわ」

    真冬 「でも、それは、以前の約束と今日のお礼の分で二重になってしまうから……」

    真冬 「また今度、別の機会で以前の分のうな重を奢らないといけないわね……」

    真冬 「安心して。今度は約束を忘れたりしないから! 手帳にも書いておくわ」

    成幸 (め、めんどくせぇ……!)

    成幸 (前々から思ってたけど、この人は律儀というか、なんというか……)

    成幸 (本当に面倒くさい性格だ……)

    成幸 (こんな人と “良い仲” になれる男の人って、ある意味すごい人なのかもしれない……)

    369: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:46:10 ID:N1TkqDFg
    真冬 「では、早速電話で頼むとするわ。特上でいいわね?」

    成幸 「特上!? いや、並で十分――」

    真冬 「――男の子だし、ご飯も大盛りにした方がいいわね。あとは、肝吸いもつけてもらわないと……」

    成幸 「いや、あの、先生? 俺、この後家でも妹の作ったご飯を食べなくちゃいけな――」

    真冬 「――もしもし? うな重の特上をふたつ。片方をご飯を大盛りにしてください。あと……」

    成幸 (……ダメだ。こうなったらこの人は人の話なんか聞きゃしないもんな)

    成幸 (ま、でも……)

    真冬 「ええ。では、その住所によろしくお願いします」

    成幸 (……なんか、少し元気が出たみたいだから、いいか)

    成幸 (“氷の女王” なんて呼ばれてるけど、)

    成幸 (なんだかんだ、この人って本当に、ただ不器用で面倒くさい性格をした、)

    成幸 (……良い先生なんだよなぁ)



    370: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:48:22 ID:N1TkqDFg
    ………………マンション前

    成幸 「……げふっ」

    成幸 (滅多に食べられないうな重、それも特上を食べられて嬉しかったけど……)

    成幸 (ご飯が本当に大盛で、食べきるので精いっぱいだった……)

    成幸 (この後水希のごはんも食べなくちゃならないし……)

    成幸 (ご飯食べてきたなんて言ったら、あいつ怒るだろうし)

    成幸 (……雨が止んでるのがせめてもの救いだな。ちょっと散歩して腹ごなししてから帰ろう)

    成幸 「桐須先生、今日は本当にごちそうさまでした」

    成幸 「勉強も教えてもらったし、すごく助かりました。ありがとうございました」

    真冬 「礼には及ばないわ。部屋をきれいにしてくれたお礼だもの」

    真冬 「……こちらこそ、ありがとう。とても助かったわ」

    371: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:48:55 ID:N1TkqDFg
    真冬 「そもそも、ハウスクリーニングを頼むくらいの部屋だもの」

    真冬 「本来であれば、金銭の授受が発生する類いのものだわ」

    真冬 「私と君は利害関係者。そういったことはできないわ」

    真冬 「私は、君が生徒であるのをいいことに――」


    成幸 「――お金の代わりに、勉強を教えてくれてるんですよね」


    真冬 「えっ……?」

    成幸 「先生くらい教えるのが上手な人に個人授業をしてもらえるんです」

    成幸 「同じ事を予備校でしようとしたら、いくら取られるかわかりませんよ」

    成幸 「でも、俺は先生にお金を払うわけにはいかないから、代わりに部屋の掃除をしてあげているんです」

    真冬 「………………」

    成幸 「……あっ、えっと……先生がお金の話をするなら、俺の方もそういう風に捉えられるかなー、って……」

    成幸 (……表情が読めない。ひょっとして怒ってる……?)

    372: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:49:35 ID:N1TkqDFg
    真冬 「……生意気」 ボソッ

    成幸 「うっ……」

    真冬 (でも、それ以上に、私が教師として未熟すぎる)

    真冬 (生徒に、こんなに気遣いをしてもらうなんて……)

    真冬 「……でも、実際、あなたの言っているとおりのことを、きっと私はしているのね」

    成幸 「……はい。だから、気にしなくていいです。俺はめちゃくちゃ助かってますから」

    真冬 「私が教員である以上、そういうわけにはいかないけれど、」

    真冬 「……でも、ありがとう。君は本当に優しい子ね」

    成幸 (……先生が落ち込んでいるのを、俺にどうにかできるなんて思ってないけど、)

    成幸 (少しは気持ちが楽になったかな……?)

    373: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:50:17 ID:N1TkqDFg
    成幸 「あ、ところでケガはどうですか?」

    真冬 「ん、血は止まったみたいね。ぱっくり切れていたから心配していたけど」

    真冬 「君の処置のおかげで、このままふさがりそうだわ」

    成幸 「それは何よりですけど、俺がいないときにケガしたらどうするんですか」

    成幸 「止血くらい自分でできるようになってくださいね」

    真冬 「うっ……。ぜ、善処するわ」

    成幸 「あと、今日はシャワーくらいにしてくださいよ。お風呂に入って傷が開いたら目も当てられないですから」

    真冬 「わ、わかってるわ。私だって早く治したいもの」

    成幸 「カッターの傷はきれいに塞がりますから、大丈夫ですよ。極力傷が動かないようにしてくださいね」

    成幸 「……早く治してあげないと、彼氏さんにも悪いですから」

    真冬 「……? 彼氏?」

    成幸 「へ……? あ、いや……」

    成幸 (し、しまった。口が滑った……)

    真冬 「彼氏とは、一体何を指しているのかしら、唯我くん?」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

    374: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:51:08 ID:N1TkqDFg
    成幸 「い、いや、あの……」

    成幸 「……小美浪先輩から、桐須先生には部屋を掃除しに来てくれる男性がいると、聞いたもので」

    真冬 「部屋を掃除しに来てくれる男性……?」


    ―――― 『愚問ね 私にだって……その……』

    ―――― 『部屋に来て掃除をしてくれた男子くらいいるわっ』


    真冬 「……あ、あのときの電話!? いや、それは、売り言葉に買い言葉というか……」

    真冬 (というか、その男子って……)

    成幸 「?」

    真冬 (あなたのことよ! ……なんて言えるわけないわね……)

    真冬 「……オホン。それは、小美浪さんの勘違いよ」

    成幸 「勘違い?」

    真冬 「ええ。勘違いよ。部屋を掃除に来てくれる男子なんて、あなた以外いないわ」



    375: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:51:53 ID:N1TkqDFg
    成幸 「そ、そうですか……」

    ホッ

    成幸 (……ん? 何で俺、安心してるんだ……?)

    真冬 「ただ、ここで勘違いをしてほしくはないのだけど、」

    成幸 「? なんですか?」

    真冬 「部屋を掃除してくれる人はあなた以外いないだけであって、」

    真冬 「彼氏がいるかいないかについては、何も明言をしてはいないのよ。勘違いしないでね」

    成幸 「……あ、はい。わかりました」 (彼氏、いないんだ……。悪いこと言っちゃったな)

    成幸 (っていうか、やっぱり面倒くさいなこの人……)

    成幸 「でも、小美浪先輩は何でそんな勘違いをしたんでしょうね?」

    成幸 「先輩は、桐須先生から電話で聞いたって言ってましたけど……」

    成幸 「今度確認してみようかな……」

    真冬 「や、やめておきなさい! きっと大した理由なんてないわ!」

    真冬 (あの小賢しい小美浪さんのことだもの)

    真冬 (唯我くんから変な話を聞いたら、私が誰のことを言っていたのか察してしまうかもしれない)

    376: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:52:42 ID:N1TkqDFg
    成幸 「そうですか? でも……」

    真冬 「い・い・か・ら、やめておきなさい」

    ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

    真冬 「あなたは受験生なんだから、余計なことは考えず、勉強に集中しなさい」

    成幸 「は、はい……」

    成幸 (……でも、そっか。先生、そういう相手、いないんだ)

    成幸 「……じゃあ、また俺が掃除に来ないといけないですね」

    真冬 「むっ……失敬。私だって、いつまでもあなたのお世話になる気はないわ」

    真冬 「見ていなさい。今度は、私ひとりの力で綺麗にした部屋に招待してあげるわ」

    成幸 「いや、その前にもう汚くしないでください」

    真冬 「………………」 プイッ 「……わかっているわ」

    成幸 (……っていうか、分かってるのかな)

    成幸 (掃除もないのに先生の家にお邪魔しちゃったら……それこそ、)

    成幸 (ただ先生の家に俺がひとりで遊びに行くってことになっちゃうんだけど……)

    377: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:53:43 ID:N1TkqDFg
    真冬 「………………」

    真冬 (……君は、いつでも、私が困っているときに来てくれる)

    真冬 (今日だって、部屋がぐちゃぐちゃになってしまって、)

    真冬 (現実を直視できずに外に出たら、君に出会った)

    真冬 (……心のどこかで、君が来てくれるんじゃないか、なんて思っていたら、君が現れた)

    真冬 (家に虫が出たときも、美春が突然帰ってきたときも、同じ)

    真冬 (どうして君は、私が困り果てているときに、私の前に現れてくれるのかしら)

    成幸 「……まぁ、困ったときはお互い様ですから」

    真冬 「えっ……?」

    成幸 「また何か困ったことがあったら、協力しますから」

    成幸 「まぁ、先生の立場上、それを受け入れるわけにはいかないんでしょうけど、」

    成幸 「でも、先生に勉強を教わるのを期待して、先生のお手伝いをしているだけですから」

    真冬 (……うそよ。だって、あなたは何の見返りも求めず、私を助けてくれるもの)

    真冬 (あなたがそうやって優しいうそをつくから、私は)

    真冬 (いけないことだと分かっていながら、あなたに甘えてしまうのよ)

    378: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:54:27 ID:N1TkqDFg
    真冬 「……また今度、勉強を教えてあげるわ」

    成幸 「えっ」

    真冬 「勘違いしないでちょうだい。ただ、約束を履行するだけよ」

    真冬 「……先日のお礼のうな重は、まだ奢っていないから」

    成幸 「ああ……」

    真冬 「そのときは、あなたがしっかりと勉強に集中できるように、部屋をきれいにしておくから」

    真冬 「だから、また……」

    真冬 (……家に来なさい、なんて、教師として絶対に言うことはできない)

    真冬 (次に家に来る日取りを決めるなんてそれこそ論外)

    真冬 (だから、こんな言い方しかできない。言い方はどうでも、私は教師として間違ったことをしている)

    真冬 (でも、私は……)

    379: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:54:59 ID:N1TkqDFg
    成幸 「……わかりました」

    成幸 「では、また明日、学校で。桐須先生」

    真冬 「ええ。また明日、学校で」

    成幸 (俺が、なんとなく、このマンションの前を通りかかったときに、)

    真冬 (私が、なんとなく、マンションの前でたたずんでいたときに、)

    成幸 (勉強を教えてもらうために、)

    真冬 (約束を果たすために、)

    成幸 (また “今度”、“ここで”)

    真冬 (……また “今度”、“ここ” で。唯我くん)



    おわり

    380: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:55:55 ID:N1TkqDFg
    ………………幕間1 めぐりあいマンション前

    成幸 「………………」

    ピキューン!!!

    成幸 (……また桐須先生がヘルプを必要としている気がする!)

    うるか 「? 成幸のおでこなんで光るの? すっごーい!」



    ………………

    グチャァ……

    真冬 「……またひどい惨状になってしまったわ」

    ピキューン!!!

    真冬 (!? 五分後に唯我くんが家の前を通りかかる気がするわ! 急いで外へ……)

    真冬 (……って私はそれでいいの!? 教師として以前に人間として!) ズーン



    おわり



    381: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 20:57:28 ID:N1TkqDFg
    ………………幕間2 校舎裏

    成幸 「……ってことがあってさー」

    文乃 「うん。君と桐須先生は付き合いたてのカップルなのかな?」

    成幸 「なんで?」

    文乃 「純粋に疑問しか浮かんでいないその顔に怒り心頭だよ」

    ギリギリギリギリ……

    文乃 「……っていうか胃が猛烈に痛いから一発たたくね?」

    成幸 「なんで!?」



    おわり

    382: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/07(日) 21:01:28 ID:N1TkqDFg
    >>1です。
    読んでくださった方、ありがとうございます。
    感想や乙、とても嬉しいです。個別レスしませんが、ありがとうございます。

    また投下します。

    383: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/08(月) 00:38:20 ID:wsCAEQkk
    おつおつ



    引用元: 【ぼく勉】小美浪先輩「この前は本当に悪かった」成幸「はい?」

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