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    ヘッドライン

    真壁瑞希「恋するアセロラ・サイダー」【ミリマスSS】

    1: ◆kBqQfBrAQE 2018/11/12(月) 22:19:38.07 ID:NGPIxQq80

    ミリマスSSです。
    一応、地の文形式。




    2: ◆kBqQfBrAQE 2018/11/12(月) 22:24:14.90 ID:NGPIxQq80

    「プロデューサー、好きです」

    「......へっ?」

     なんて。

    「冗談を言ってみました」

     突然の告白に驚いた表情を見せていたプロデューサーは、ホッと安堵の息を吐く。

    「なんだ、冗談か。いきなりそんなこと言うから、驚いたよ」

     冗談ではあったけど、恥ずかしさからか、私は頬が熱くなるのを感じた。

    「......やっぱり、冗談は苦手です」


    3: ◆kBqQfBrAQE 2018/11/12(月) 22:25:44.49 ID:NGPIxQq80

    「心臓に悪いから、今度からそんな冗談はよしてくれよ?」

     彼は少し気の抜けたような笑みを浮かべた。驚きでさっきまで見開いた目が、見えなくなるほどに細くなる。彼の表情はコロコロと大きく変わるから、見ていて面白い。

    「でしたら、どういう冗談なら良いでしょうか?」

     私が尋ねると、今度は眉間にしわを寄せた。

    「うーん、そうだな。......親指が無くなった、とかどうだ? 瑞希お得意のマジックなんて使ってさ」

    「なるほど。思わず声が出てしまうようなものですか。」


    4: ◆kBqQfBrAQE 2018/11/12(月) 22:26:42.75 ID:NGPIxQq80

    「そうそう。ギクッとするようなものじゃなくて、もっとビックリするような感じで」

    「分かりました。それじゃあ、今度はビックリさせるような冗談を見せます。......お楽しみに」

     その一週間後、私は再び彼を驚かせた。指では物足りないと思い、いっそ手首が取れたと言って、わざわざ型取りして作ったシリコンの手首をプロデューサーそばの床に落とした。

     三日かけて作った私の左手首は非常によくできていた上に、血糊も付けていたからか、彼には本物に見えたようだった。彼はほとんど悲鳴に近い声を上げ、椅子から転げ落ちた。

     これはやり過ぎだと、今度は彼からたしなめられた。

    ……むう、世の中というのは理不尽だ。



    ・・・・・・・・・・


    5: ◆kBqQfBrAQE 2018/11/12(月) 22:28:05.48 ID:NGPIxQq80

    ・・・・・・・・・・



     こうして、特別な感情を抱くことなく言うことができた頃が懐かしい。出会った頃には言うことができたのに、今では言えない。たとえ冗談であっても。いや、冗談だからこそ言えないのかも。

     プロデューサーに「好きです」と言えなくなってしまったのだ。

     何度もその冗談を言う機会はあったけれど、別にいいだろうと先延ばしにしていた。そして、いざ言おうと思ったときには、いつの間にやら言えなくなってしまったのである。喉の手前まで言葉は出てくるのに、それからは何か詰め物をしたかのように、たった四文字の言葉はせき止められてしまう。




    6: ◆kBqQfBrAQE 2018/11/12(月) 22:29:00.92 ID:NGPIxQq80

     一体、いつからだろう?

     オーケストラの指揮をすることになり、どうすれば皆のハーモニーを紡ぐことができるか悩んでいた私を、彼が助けてくれたときだろうか? それとも、乙女ストームのお姉さん役として、何をすべきか考えていた私を導いてくれたときだろうか?

     なぜ言えなくなったのだろう?

    それは至極簡単なことだ。私は彼のことが好きになり、好きであるがゆえに、「好きです」と言えなくなってしまったのだ。



    7: ◆kBqQfBrAQE 2018/11/12(月) 22:30:15.75 ID:NGPIxQq80

     好きだという気持ちは本当なのに、冗談としてその言葉を言ってしまえば、私の気持ちに嘘をつくことになる。そう思うと胸がキンと冷えた感触するのだ。

     じゃあ、本当の気持ちで好きだと伝えたらどうか、だって? それは一番伝えたい言葉だ。でも、伝えるにはとても勇気が必要だし、この気持ちをさらけ出すのは、何より怖い。
     
     とはいえ、冗談であっても好きだと言えなくなるほどに、プロデューサーのことを強く想うようになってしまったのだから、さあ大変だ。恋煩いというのは、なかなか難儀なものである。



    8: ◆kBqQfBrAQE 2018/11/12(月) 22:30:50.41 ID:NGPIxQq80

    「瑞希?」

    「わっ」

     突然背後から私を呼ぶ声が聞こえたからか、はたまた思い人の声が聞こえたからか、私は驚いて椅子を揺らしてしまった。

    「瑞希がそんなに驚くなんて、珍しいな?」

    「私だって、急に後ろから呼ばれるとビックリします。......心臓が飛び出るかと思いました」

    「あはは、ごめんごめん。実は何度も呼んでたんだけどな。えらく何か考えてたようだけど、どうしたんだ?」

     あなたのことを考えてました。どうしてあなたに「好きです」と言えなくなったのか、周りの声が聞こえなくなるほどに、思い巡らせていました。



    9: ◆kBqQfBrAQE 2018/11/12(月) 22:32:31.95 ID:NGPIxQq80

     そうだ。いっそ今から、言えるかどうか試してみようか。昔は彼に言うことのできた冗談を、今なら何だか言えそうな気がする。

    「プロデューサー」

    「ん? どうした?」

     言うんだ、瑞希。そう威勢よく、私は心に声をかける。

    「その、す、す......」

     しかし、好き、と続けて言おうとすると、胸がぞくりと冷たくなり、声が詰まって言えなくなる。

    「瑞希? どうした?」

    「......スキーをしたことは、ありますか?」

     ああ、まただ。結局好きだと言えなくて、こうしていつも誤魔化してしまう。





    10: ◆kBqQfBrAQE 2018/11/12(月) 22:33:20.40 ID:NGPIxQq80

     突然の質問に彼はあっけにとられていたが、すぐに顔を緩めた。

    「スキー? ああ、やったことあるぞ。昔はよく友達と滑りに行ってたなあ、最近はめっきり行ってないけど」

    「そうですか」

    「瑞希は、スキーしたことある?」

     どうだっただろうか。頭の引き出しを開けてみると、幼稚園の頃スキー場に行った記憶を思い出した。

    「小さい頃に家族とスキー場に行ったことはありますが、その時はソリを使った記憶があります」

    「ふむふむ。ソリも楽しいよな」

    「スピードが出て怖いけど、滑るのは楽しかったです」

    「瑞希はカーリングもこの前してたよな?」

    「はい、馬場さんと箱崎さんの三人でチャレンジしました。みんな四苦八苦しながら石を投げたりブラシを擦ったり。……楽しかったな」

     それから、私たちは765プロで参加した雪まつりや、雪合戦の思い出をしばらく話した。



    11: ◆kBqQfBrAQE 2018/11/12(月) 22:35:02.47 ID:NGPIxQq80

    「ところで瑞希。さっきはスキーのことを、あんなに考えてたの?」

    「いえ、あ、えっと。そうです」

     本当は違うけど、ここで否定すると話がおかしくなるから、そのままにしておこう。

    「じゃあさ、冬にスキーのロケでも入れよっか」

    「本当ですか?」

    「うん。シーズンまではしばらく時間もあるし、どういうロケにするかちょっと考えてみるよ」

    「プロデューサー、ありがとうございます。......とっても、楽しみ」

    「ふふ、それはよかった。楽しみだって顔にも出てるし」

     彼は肩を揺らして笑った。

    「なんと。バレてしまいました。......不覚」

     顔と身体が、ぽかぽかと温かくなる心地がした。



    12: ◆kBqQfBrAQE 2018/11/12(月) 22:35:55.18 ID:NGPIxQq80

     私がとっさに出した誤魔化しから、スキーロケが決まってしまった。ちょっとワクワクするぞ。でもちゃんと滑ることができるのだろうか。練習をした方がいいのかな、いや、練習はできないか。

     好きですと言おうと試みるも言えずに誤魔化すことは、これまで幾度も繰り返したことだった。この前は「すき焼きを最近食べてないです」と言ってしまった。おかげで急遽すき焼きを食べに行くことになったのだが。……あれは美味しかったな。プロデューサー、ごちでした。

     ......そうじゃなくて。


    13: ◆kBqQfBrAQE 2018/11/12(月) 22:36:58.95 ID:NGPIxQq80

     結局、今回も言えず仕舞いであった。二音目、口蓋とそこに押し付けた舌が離れるときに生じる破裂音が細く流れようとした途端、胸が冷え、つかえるような気持ちになってしまい、言い出せなくなる。これは嘘を吐くことへのためらいからなのか、それとも、好きだと言うことへの恥ずかしさからなのか。
     
     好きですと冗談で言わなければ死んでしまう病にかかっているわけでもないので、別に言う必要もないのだが、以前まで出来たことが出来なくなるのはモヤモヤする。

     ......おっと。自分の顔が険しくなってるぞ。一度溜息をつき、天井を向いてそれから眉間を指でグイと揉んだ。





    14: ◆kBqQfBrAQE 2018/11/12(月) 22:37:58.11 ID:NGPIxQq80

     プロデューサーも先ほど出掛け、シアターの控え室は再び私だけだ。人の気配も全くなく、今なら禁止されている野球をしてもバレないだろう。
    椅子を離れ窓際へ向かうと、天気が良いお蔭で風景がよく見えた。我が765プロのシアターは臨海地区に居を構えており、海がすぐそばに見える。海の向こう側には都心のビル群が林立し、晴れて空気が綺麗な日には、今日のように富士山が顔を覗かせてくれる。

     真下を見るとシアター前の広場があり、私たちのライブを見に来たであろうファンも含め、たくさんの人々が往来していた。開場を待たんとする正面玄関の人垣は、蟻の這い出る隙もないかのように、ひしめき合っている。

     その広場の右手、ちょうど木立のそばにカラフルな車が一台停まっている。カラフルを通り越して極彩色なのだが、周りの風景と不思議にも調和しているその車の正体は、ジュースや軽食を提供している屋台だ。私は、そこで売られるアセロラ・サイダーのことを思い出した。



    15: ◆kBqQfBrAQE 2018/11/12(月) 22:39:24.03 ID:NGPIxQq80

     紅色の透き通った液体の中を、丸く玉のように煌めいた無数の泡粒がポコポコと浮かんでは弾けて消える。ストローで一口含めば炭酸のピリリとした刺激と爽やかな香りが広がり、その香りに負けない濃い酸味とほのかな甘みが心を躍らせる。夏場の厚い時期やレッスン終わりのカラカラな喉には打ってつけだ。......どうしよう、飲みたくなってきたぞ。

     アセロラ・サイダーの味を思い出すと、下あごの内側がくすぐったくなる。甘さ以上に感じてしまう、淡く、爽やかで、それでいて心にジンと来るような酸っぱさを。その甘酸っぱさは、まさに初恋の味なのではないかと想像する。



    16: ◆kBqQfBrAQE 2018/11/12(月) 22:41:35.60 ID:NGPIxQq80

     いよいよ我慢ができなくなって、アセロラ・サイダーを買いに行こうと目線を外の風景から戻すと、窓に私が映っていることに気が付いた。無表情で可愛げのない顔つきの私が、ガラスに映っている。試しに両手の人差し指で口角を上げてみると、口が目元とは不釣り合いに持ち上げられ、不器用な笑顔になった。

     さっきのやり取りの中で、私のちょっとした表情の変化に彼が気付いてくれたというのは、嬉しかった。楽しみだ、と顔に出ている、そう言ってくれたことが。



    17: ◆kBqQfBrAQE 2018/11/12(月) 22:43:02.89 ID:NGPIxQq80


     自覚していることだが、私はかなり不器用だ。私としてはちゃんと表現しているつもりなのだが、皆はあまり汲み取ってくれず、無表情だから何を考えているのか時々よく分からない、とよく言われる。そう言われるのは慣れているけど、それでも、自分が今楽しいとか、悲しいとか、心の中の気持ちに気付いてくれると、やっぱり嬉しいものだ。だって、無表情であっても、ちゃんと感情はあるのだから。

     おかげで、私の言ったことを本当に理解しているかどうか、その人の表情を見ると、何となく分かるようになった。この人は私の言っていることをほとんど理解してないけど、話を合わせてくれているな、とか、何だか少し理解してくれてるな、というのを直感するのだ。

     プロデューサーも出会って始めの頃は、私が何を考えているのか分からなかったようで、話が上手く噛み合わないことも度々あった。それでも、私の言いたいこと、思っていることを彼は少しずつ理解してくれるようになり、やがて私の思っていることをズバリ言い当てるようになった。





    18: ◆kBqQfBrAQE 2018/11/12(月) 22:44:56.84 ID:NGPIxQq80

     ある日、どうして私の思惑が分かるようになったのか、尋ねた。

    「よーく見るとさ、ちゃんと表情に出てるよ。楽しいとか、悲しいとか。だから、そんな不安にならなくていいし、遠慮なく俺に話してよ」

     まっすぐとした、混じり気のない表情で彼は私を見た。

     ああ、私のことをちゃんと見てくれてるんだ。私の考えを受け止めてくれる人が家族以外にもいるということが新鮮で、何より嬉しかった。

     それから、彼に対する何かぼんやりとした感情が生まれた。途切れ途切れに私の中から溢れる気持ちの高鳴りを、繋げて、確かめて、そして気付いた。私は彼に恋をしているのではないか、と。

     私は会話が下手だけど、彼と話すのは楽しい。私がうまく言葉にできない考えを、彼は真剣に聞いてくれて、汲み取ってくれるから。だから、いつも以上に私の色んなことを話したくなる、知ってほしくなる。

     シアターの外へ出て屋台へ向かったが、あいにくアセロラ・サイダーは売り切れていた。むぅ、また今度の機会に飲むとしよう。



    ・・・・・・・・・・


    19: ◆kBqQfBrAQE 2018/11/12(月) 22:45:48.65 ID:NGPIxQq80

    ・・・・・・・・・・



     朝食を済ませ、事務所へ行く準備をするべく自室へ戻った。仕事についての打ち合わせがあるということで、午前中に事務所を訪ねるよう、プロデューサーから昨日連絡があったのだ。

     クローゼットから制服を取り出す。シャツに袖を通し、襟を上げ、それからネクタイへ手を伸ばしたとき、私はいつもの癖で制服を着ようとしていたことに気が付いた。

     昨晩せっかく寝る間を惜しんで選んだ服なのだから、着て行かなければ勿体ない。それに、彼の反応を見たいという期待もあるから、私は脱いだ制服を戻し、クローゼットから別の服を取り出した。

     少し前までは、自分の身なりなんて気にすることすらなかったのにな。フリル付きのシャツのボタンを留めながら、制服ばかり着ていた昔の私を思い出した。



    20: ◆kBqQfBrAQE 2018/11/12(月) 22:46:31.21 ID:NGPIxQq80

     学校へ行くときはもちろんのことだが、遊びに出掛けるときでさえずっと制服を着ていた。スカートのウエストがへそ上に収まるように位置を合わせ、ネクタイを軽く締めると、不思議と落ち着くからだ。流石に寝るときには着ないけれど。

     事務所にも制服で通っていたが、しばらくしてある日、プロデューサーが私服をもう少し積極的に着てみたらどうかと提案してきた。なかなかお節介な提案だと訝しんだけれど、「自分自身を表現する術を瑞希が知りたがってたからさ。私服でまず表現するっていうのも、一つの手じゃないかと思って」という彼の言葉も一理あった。

     事務所の多くの人たちが色とりどりの服を毎日着ている姿を、心の奥底で羨ましく感じていたこともあり、それなら私服を着てみようと私は思い立った。もっとも、意識をし始めた彼に言われたというのが、最大の決め手だったのかもしれないが。





    21: ◆kBqQfBrAQE 2018/11/12(月) 22:49:58.20 ID:NGPIxQq80

     しかし、いざ私服を着ようと思っても、算段がない。親に買ってもらった私服はあるけれど、その当時はクローゼットの中で日の目を見ることなく眠らされており、それらの服もどのように着ればよいか分からない。悩んだ末、プロデューサーに相談すると、彼はファッションに明るそうなアイドルを数人呼んできた。みんな親身になって私の悩みに応じ、服の組み合わせ方を教えてくれた。街に出てアパレル・ショップに行くこともあったが、次第に皆のテンションが上がり、私は着せ替え人形のようにたくさんの服を着る羽目になった。

     そうして皆で見繕った服を着て、私が事務所を訪れたときの記憶は、今も鮮やかに残っている。プロデューサーが私の姿を見るやいなや、呆然として私を眺めていた。それから表情を明るくして、

    「うん、すごく似合ってるよ。思った通り、私服姿の瑞希も可愛いな」と褒めてくれた。

     彼に褒められたという事実が、とにかく嬉しかった。可愛いという言葉が、何度も私の心の中でこだました。



    22: ◆kBqQfBrAQE 2018/11/12(月) 22:51:17.42 ID:NGPIxQq80


     今では、学校から直接シアターや事務所へ向かうとき以外は、なるべく私服で通うようになった。どんな服を着ようかと前の晩からベッドの上で悩む姿を、昔の私が見たら、きっとビックリするだろう。最近だと、私が着てきた服を見て、プロデューサーはどんな反応をするだろうかと気になって、違う意味で落ち着かなくなる。でも、それ以上に、彼に見てもらいたい。

     襟元が崩れないよう、きちんと正す。そして、普段はあまり付けないヘアピンを手に取った。装飾に付いている小さなハートのエースが可愛らしいと最近買ったものだ。私はそのヘアピンを、彼に気付いてほしいと念を込めて、髪に留めた。



    23: ◆kBqQfBrAQE 2018/11/12(月) 22:52:54.40 ID:NGPIxQq80

     改札を抜け、事務所へ続く道に出た。午前とはいえ、秋晴れ広がる空の下は暖かだ。上を仰ぐと、ビルとビルの隙間に、一つ、真っ白で大きな雲が浮かんでいた。横広に楕円で、片方は尾ひれが付いていて、それは空飛ぶクジラのようだ。

     信号待ちの間に、シャツやスカートにしわが寄っていないかどうか、開店前の喫茶の窓を鏡にして確認する。……うん、大丈夫。髪型も、気付いてくれたらいいなと期待しながら、念入りに整える。

     事務所のドアを開けると、プロデューサーの姿が真っ先に目に飛び込んだ。居るのは分かっているのに、心がぴょんと飛び跳ねる。

    「おはよう、瑞希」

     デスクワークをしていた彼は、私の方を見て、手を振って応えた。

     外観もそうだが、相変わらず味のある事務所だ。室内はただでさえ狭いのに、給湯室や応接スペースは薄いパーテーションで仕切っているから、さらに狭く感じられる。ビニルの床タイルは所々擦れており、書いては消してを繰り返したホワイトボードは薄く黒ずんでいる。それでも、室内はいつも綺麗に手入れされているし、不思議と気分が落ち着く場所だ。そろそろ、エアコンを修理すべきではないかと思うのだが。



    24: ◆kBqQfBrAQE 2018/11/12(月) 22:53:50.11 ID:NGPIxQq80

    「おはようございます、プロデューサー。一人ですか?」

    「うん。社長も音無さんも、出掛けたよ」

    「そうですか」

     ということは、事務所はプロデューサーと私の二人きり。......なんだかドキドキしてきたぞ。

    「コーヒー飲むか? ちょっと淹れてくるよ」

    「はい。ありがとうございます」

     給湯室から戻ってきた彼は、コーヒーの入ったマグカップを私に手渡し、近くのソファに座るよう私を促した。黒革張りの古いソファは、座ると体が不自然に沈み込む。ミルク入りのコーヒーは芳しい香りを漂わせており、ほのかな苦みが安心させる。





    25: ◆kBqQfBrAQE 2018/11/12(月) 22:55:29.56 ID:NGPIxQq80

    「お、今日も私服だ。最近は制服ばかりじゃなくなったな」

    「流石はプロデューサー、気付いてくれましたか」

    「それはもう。いつも制服で事務所に来てたもんなあ」

    「今日の私のコーディネート、いかがでしょう?」

     後姿も見てもらおうと、手にしたマグカップを机に置いて立ち上がり、私はくるりと回ってみせた。

    「よく似合ってるよ。服もいいけど、付けてるヘアピンがいいアクセントだな」

    「はい。......ありがとうございます」

     彼はすぐに気付いてくれた。ささやかだけど、気付いてほしい私の変化を、彼は真っ先に見抜いてくれる。顔に出さないようにと努めるけど、嬉しくて、つい顔がほころぶ。

     気持ちを誤魔化すようにヘアピンに触れると、私の喜びが伝わっているのか、心なしか熱を帯びているようだ。


    26: ◆kBqQfBrAQE 2018/11/12(月) 22:57:51.44 ID:3wSsqTkg0

    「後はそうだな......。」

     プロデューサーの視線が私の足元から頭の頂点へと動き、そして私の目をとらえた。真剣な眼差しだから、胸の鼓動が早くなる。

    「瑞希って普段から青とか寒色の服かモノクロの服をよく着るよね。そのままだと単調というか地味な感じになるけど、フリルの付いたシャツを選んでるから、華やかだし、何より可愛らしいよ」

    「そ、そうですか」

    「うん。パッと見た感じは落ち着いてるけど、よく見たらちゃんとアクセントや表情があって......。って、なんだか瑞希みたいだな。無表情のようで実はコロコロ表情が変わって可愛いところが」

    「ぷ、プロデューサー、これ以上褒めないでください。嬉しいけど、それ以上に恥ずかしさで蒸発しそうです。」

     いつの間にか自分自身のことも可愛いと言われ、顔に火がついたのではないかと思えるほど熱くなる。

     でも、私のことを、本当によく見てくれてるな。

    「あはは、ごめん。でも、本当によく似合ってるから、自信を持っていいよ」

     彼はニコニコ笑って、私に言った。

    「プロデューサー、ありがとうございます。……よかった」



    27: ◆kBqQfBrAQE 2018/11/12(月) 22:59:41.81 ID:3wSsqTkg0

    「瑞希ってそういう可愛らしい服も似合うけど、体系がスレンダーだから、キチっとしたような格好いい服も似合うよなあ」

     ……ほう。

    「それは、……私がグラマラスでない、ということでしょうか?」

    「あっ。ち、違うぞ? そういうことじゃなくて」

     しまった、と彼は分かりやすく苦い表情を浮かべた。

    「なるほど。プロデューサーは、私の胸がひんそーでちんちくりんだと、そう思っているわけですね」

    「あのね、瑞希さん? 違うよ? 何だか別の人も混ざってる気がするけど」

    「いいんです。73だとか、別に気にしてませんから。……ぷんぷん」

     彼のうろたえる姿が面白くて、本当は怒ってないけど、しばらく拗ねてみる。いや、実はちょっとだけ怒っている。大体七割くらいの怒りっぷりだ。瑞希は結構怒っているぞ、プロデューサー。



    28: ◆kBqQfBrAQE 2018/11/12(月) 23:01:45.00 ID:3wSsqTkg0

    「わ、悪かった。そんな怒んないでくれよ」

    「いいでしょう。プロデューサーの反省に免じて、許します」

     生意気な口ぶりを利かせてしまったが、プロデューサーは大袈裟にひれ伏す格好をして見せた。

    「……ともかく、プロデューサー。お話というのは何ですか?」

     咳払いをして、私は本題を切り出した。今日は何か話がある、ということで事務所に呼ばれたのであった。

    「ああ、そうだった。すっかり忘れるところだったよ」

     彼は机の引き出しから、一冊のファイルを取り出した。

    「ウチにCMのオファーが来たんだけど、その出演を瑞希に任せたいと思ったんだ」

    「私に、ですか?」

    「ああ。飲料の広告なんだけど……。どうだ瑞希、やってくれないか?」

    「はい。もちろんです、やらせてください」

     私に任せたい、という彼の言葉に、私は一層やる気が増す。





    29: ◆kBqQfBrAQE 2018/11/12(月) 23:03:13.62 ID:3wSsqTkg0

    「よかった。じゃあ、この冊子にCMの概要が書いてるから、ちょっと目を通して」

     受け取った冊子をめくると、CMは二種類あり、内容が絵コンテのようなもので描かれている。私は、二つ目の内容が載ったページに目が留まった。

     冬に売り出すためのものだろう、暖かいミルクティーの広告のようだ。紅葉深い並木道のベンチで、男性と二人、一言二言と会話する。女性は――おそらく私なのだが――男性に片思いしているようで、紅茶入りのペットボトルを握り、俯いている。男性が女性に声をかけようとしたその瞬間、女性は意を決して男性の方へ顔を向ける。そして、「好きです」と告白する。


     好きです、と。




    30: ◆kBqQfBrAQE 2018/11/12(月) 23:05:03.27 ID:3wSsqTkg0

    「たかだか三十秒くらいのCMだけど、かなり色んな表現描写もあるから、瑞希にとって大きなステップアップになると思う」

     それから彼は私をじっと見据えた。視線が私の心をとらえ、私は息を飲んだ。

    「撮影は十日後だから。期待してるぞ、瑞希」

    「……はい」

     嘘偽りない表情で期待していると言われたら、どうしてもその期待に応えたいと思ってしまう。

     しかし、あまりにタイムリーな仕事だ。息巻いて仕事を引き受けたのはよかったが、内容が内容だから、彼への返事をつい躊躇してしまった。私が「好きです」と言えなくなってしまった彼から、「好きです」と言わなければならない機会を貰うというのは、多少の皮肉である。いや、彼は私の苦悶すら見透かしているのだろうか? 胸元にナイフの切っ先を突き付けられたときのような、冷たく鋭い緊張が胸を貫く。

     絵コンテの最後のコマと、隣に書かれた「女性は一言、『好きです』と男性に告白する」という説明が、私の目を捉えて離さない。



    ・・・・・・・・・・


    31: ◆kBqQfBrAQE 2018/11/12(月) 23:05:49.72 ID:3wSsqTkg0

    ・・・・・・・・・・




     十日はまたたく間に過ぎ、撮影当日を迎えた。

     必要なことは頭に叩き込んだ。台詞はもちろんだが、各シーンの表現描写も念入りに確認した。CMはいわば短い映像作品だから、その一瞬々々がキャッチーでなければならない。レッスンルームや自室で、鏡を見ながら何度も演技を繰り返した。

     赤く色付き始めた道沿いのカエデは午後三時の傾きかけた日を浴び、撮影場所のベンチ周辺にえんじ色のビロードを垂れ下げているかのようだ。風は水気が
    なく、冷気が私の頬を打つ。冬に公開するCMの撮影ゆえ衣装も普段以上に厚手だから、汗ばむのではないかと懸念していたが、その心配もなさそうだ。


    32: ◆kBqQfBrAQE 2018/11/12(月) 23:06:36.80 ID:3wSsqTkg0

    「瑞希、そろそろ」

     撮影が始まるから、とプロデューサーが声をかけに来た。

     私は頷いて立ち上がり、ダッフルコートのボタンを上まで留めた。

    「緊張はしてない?」

    「大丈夫です。台詞の練習もずっとしてきましたし、不安もありません。やる気に満ちあふれてます。……めらめら」

     私が胸の前で両手の拳を握ってみせると、だったら安心だ、と彼は笑った。




    33: ◆kBqQfBrAQE 2018/11/12(月) 23:07:16.90 ID:3wSsqTkg0

     不安がゼロだといえば嘘になる。演技の練習をしていたときも、妙に落ち着かない気分にしばしば陥った。特に最後の「好きです」という台詞を発した後は、虫が服の中をモゾモゾと動くような気味の悪さを覚えた。その不安を払うために練習を何度も繰り返したが、部屋を鳴らす私の声の残響が、いつまでも耳に残った。

     とはいえ、演技は演技だ。それに、せっかく彼が私のためにと選んできてくれた仕事だから、期待に応えられるようバッチリとこなしたい。
     
     一抹の不安の上を気合で塗り潰し、撮影は始まった。

     撮影は順調に進み、一本目のCMは予定通りに撮り終わった。相手役の男性が板橋さん――という名前だったはず――で見知っているということもあり、さほど緊張もせずに演技ができている。

     スタッフが二本目のCM撮影の合図を告げた。



    34: ◆kBqQfBrAQE 2018/11/12(月) 23:08:36.20 ID:3wSsqTkg0

     このCMに登場する女性は意中の男性に今日こそ告白しようと心に決めている。だから、彼女は彼との会話にうわの空で、緊張しながら告白のタイミングを図っているのだろう。

    「こんなに寒いと、風邪引かないように気を付けないといけないな」

    「……うん」

     両手で持つ紅茶の容器を、女性は落ち着かない様子で握る。視線を合わせられず、恥ずかしそうに俯く。

     会話が止み、相手は心配になって声をかける。

    「なあ、さっきからどうしたんだ? ずっとぼんやりしてて……」

    「あのっ!」

     相手の言葉を遮り、顔を男性の方へ向ける。突然の出来事に男性は驚いた仕草を見せる。何度も練習を重ねた告白の場面だ。目線を落とし、ためらう姿を見せるが、すぐに女性は告白をしようと決意する。


    35: ◆kBqQfBrAQE 2018/11/12(月) 23:10:40.88 ID:3wSsqTkg0

     そして、男性の方へ目を向けたとき、カメラの向こう側に立つプロデューサーの姿が私の目に映った。一瞬だったが、それは永遠の出来事に感じられた。

     私は身体と、そして心のすべてが氷漬けされたように、まったく動けなくなった。彼の姿がネガフィルムのようにくっきりと網膜に焼き付いたように見え、それ以外は闇で覆われるように真っ暗になる。それまで感じていた、両手に持つ紅茶の温もりも、並木道を抜ける風の冷たさもすべて失せてしまった。

     しかし、私は次の台詞を、ためらうことなく発することができた。

    「好きです」


    ・・・・・・・・・・


    36: ◆kBqQfBrAQE 2018/11/12(月) 23:13:22.58 ID:3wSsqTkg0

    ・・・・・・・・・・



     日暮れの並木道は暗く、風が吹き抜けると、地面の落ち葉はカサカサと音を立てて流された。

    「瑞希」

     背後から、プロデューサーに名前を呼ばれた。どういう表情で何と応えようかとまどっていると、私は頬に何かをぐいと押し付けられた。温められたもののようで、冷えきった頬にはかなり熱く感じられた。

    「寒かっただろ。これでも飲んで」

     それを頬から離し、彼は私に手渡した。ペットボトル入りのミルクティーだった。

    「ありがとう、ございます」

     皆引き上げてしまったようで、通りは私とプロデューサーの二人だけになっていた。黄昏時の並木道は街灯が点いていないため、暗く、彼の表情はうっすらとしか見えない。

     私はペットボトルの蓋を開け、一口含んだ。柔らかい香りとともに感じられるミルクティーの甘さが、私の冷えた胸をじんわりと温める。

    「事務所に戻ろうか」

    「......はい」





    37: ◆kBqQfBrAQE 2018/11/12(月) 23:15:08.49 ID:3wSsqTkg0

     プロデューサーに付いて行く形で、暗い並木道をしばらく歩いていると、CMの撮影スタッフから先ほどの演技が好評だったと彼が言った。

    「特に間がよかった、ってすごく評判だったよ。相手役の言葉を遮るタイミングとか、あと何より、告白するときの溜めが完璧だったって。いやあ、べた褒めだったよ」

     まるで彼自身が褒められたかのようだ。ニコニコと楽しそうに話している彼の姿が容易に想像できる。だからこそ、私はなおさら辛かった。

     あの告白の瞬間は何と虚ろな感情だったであろうか。薄っぺらい感情に乗せられた想いの言葉は、何と軽いものだろうか。

     そもそも、仕事にそんな私情を挟むなんて、もってのほかだろう。芸能に携わる一応のプロとしてどうなんだ、と情けない気持ちになる。それでも、虚ろに響いた私の告白を、プロデューサーに見られたということが、とても耐えられなかった。

     どうしても想いを伝えたい人には、その言葉を伝えることができないのに。

     道沿いのナトリウム・ライトが一斉に点き、独特の鈍い光が並木道を照らし始めた。



    38: ◆kBqQfBrAQE 2018/11/12(月) 23:16:38.66 ID:3wSsqTkg0


    「そうそう、飲料会社の広報とさっき話したけど、別の商品のCMにも瑞希を使いたいって言ってたぞ? それで......瑞希?」

    「プロデューサー、どうしましたか? ......あれ?」

     私は泣いていた。立ち止まり、右手で涙をぬぐうと、またすぐに新しい涙が頬を伝って落ちていく。

    「瑞希、どうしたんだ? 何か嫌なことでもあったのか?」

     彼は困惑しながらも、泣いている私を諭そうと優しげに問いかける。でも、その優しさが私の胸に余計刺さる。

    「違うんです。何でもないから、放っておいてください......」

    「理由もないのに泣くことなんてないだろ? ましてや瑞希が泣くなんて大ごとじゃないか。放っておけないよ」

     彼の差し伸べた手から離れるように、私は一歩後ずさりした。そして、抑えられなくなった気持ちが、こぼれた。

    「分からないんです……。一番伝えたいこと、伝えたい人にどうして伝えられないのか……!」

    「……えっ?」



    39: ◆kBqQfBrAQE 2018/11/12(月) 23:18:03.56 ID:3wSsqTkg0


     感情が溢れだすと、私はせき止めることができなかった。声を上げて泣きたくなる気持ちを必死に抑えようと歯を食いしばると、私の唇は小刻みに震えた。

    「いつもあなたは私のことを受け入れてくれるのに、私はどう返したらいいのか分からない......!」

    「み、瑞希、何を言って......?」

    「あなたが私に冷たくしてくれたら、私もあなたに冷たい態度を取ることができるのに......。その方が私はずっと楽になれるのに、どうしてあなたは私に優しくするんですか......!」

     心を覆いつくしていた氷は溢れ出る感情によって解けていく。解けた雫は涙となってこぼれ出す。

    「それならいっそ、私はあなたから離れるのに、あなたはいつも歩み寄ってくれる。......プロデューサー、あなたは優しいんです。でも、......でも、その優しさが、私には辛くてたまらない」

     心の氷が解け始めると、私の裸の心は振り子細工のように大きく揺れだした。



    40: ◆kBqQfBrAQE 2018/11/12(月) 23:20:31.27 ID:3wSsqTkg0

     彼はどんな顔をしているだろうか。溢れ出す涙は、目に映る光景をにじませてしまい、何もはっきりと見えない。

    「だから、私は......あなたがっ......!」

     憎い。今ほど憎たらしく思ったことはない。でも、それ以上に――

     どうする。顔は涙でグシャグシャだし、シチュエーションとしてはこの上なく最悪だ。でも、今なら言える。この剥き出しになった心を抑えつけるようなものは何もない。そうだ、言ってしまえばいい。言葉に上手くできないから、読み取ってほしいだなんて、言い訳がましいことはやめよう。


     言え、瑞希。




    41: ◆kBqQfBrAQE 2018/11/12(月) 23:21:48.71 ID:3wSsqTkg0





    「好きです」





    42: ◆kBqQfBrAQE 2018/11/12(月) 23:22:37.59 ID:3wSsqTkg0

     自分自身が驚くほど、あっけなく言葉が出た。

    「好きですっ。......あなたが、好きです」

     それまで言えなかったのが嘘のように、好きだという言葉が溢れ出る。

    「こんな不器用な私を受け入れてくれて、優しくしてくれるあなたが、私は、大好きですっ......!」

     不格好でいいから、素直な気持ちをとにかく伝えたい。ずっと、ずっと、届けたかった想いなのだから。




    43: ◆kBqQfBrAQE 2018/11/12(月) 23:24:10.27 ID:3wSsqTkg0

    「私は......、私は、あなたがっ......!」

     突如、目の前が真っ暗になり、心地よい温かさが私の体を覆った。彼が、私の体を抱き締めたのだ。

     しかし、その抱擁の意味を、私はすぐに悟った。
     
     ああ、フラれた、と。




    44: ◆kBqQfBrAQE 2018/11/12(月) 23:25:57.58 ID:3wSsqTkg0

    「瑞希、ありがとう。でも......」

    「……分かってます、プロデューサー。私のこの想いだけは、受け入れられないって」

    「......ごめん」

    「いえ、あなたは何も悪くないです。明日からはいつもと変わらない瑞希に戻ります。......でも、あと少しだけでいいので、......もう少し、このまま、抱き締めて......」

     私は頭を彼の胸元に押し付けると、私を強く抱き締めてくれた。彼の体の温かさが一層感じられるようになった。

    「瑞希。伝えたいこと、伝えてくれて本当にありがとう」

     本当にずるい人だ。こんな時ですら優しいのだから。

     彼は、私の気持ちを真剣に受け止めてくれた。だからこそ、彼は私の気持ちを受け入れなかった。

     優しさというのは残酷だ。容赦なく人を傷つけたかと思えば、ためらいもなく救いの手を差し伸べてくる。ああ、優しさというのはあまりに残酷なものだ。

     いよいよ私は、声を押し殺すことができなくなった。彼の薄手のコートの中で、私の鳴き声がくぐもって響く。明かりに照らされる木の葉の赤さも、並木道を吹き抜ける風の冷たさも分からない。分かるのは、私を包む彼の優しい温もりだけだ。

     私の気持ち、伝えることができて、よかった。



    ・・・・・・・・・・




    45: ◆kBqQfBrAQE 2018/11/12(月) 23:27:10.27 ID:3wSsqTkg0

    ・・・・・・・・・・



     先日から公開され始めたCMは、巷でも評判のようだ。告白シーンが不自然でなかったかと私は心配だったが、実際に見てみると大丈夫そうで安心した。私自慢のポーカーフェイスがどうやら役に立ったようだ。

     あのCM撮影の翌日にシアターを訪れると、プロデューサーが私を出迎えた。彼は、前日の出来事は無かったかのように、普段通りの優しい笑顔をもって挨拶をした。私も自然と笑顔で応えた。仕事の打ち合わせをして、レッスンでは指導を受け、マジックの練習も見てもらい、そして、他愛のない話をする。あの日の告白はまるで無かったかのように、私のアイドルとしての日々は過ぎていく。

     しかし、彼に告白したあの黄昏時を、私は決して忘れない。好きですと言えた初恋の儚さを。




    46: ◆kBqQfBrAQE 2018/11/12(月) 23:28:04.07 ID:3wSsqTkg0

     昼下がり、私はシアター前の広場に出た。開演までは時間があるせいか、人の往来はまばらだ。私は、広場の隅っこに店を構える屋台へ向かった。広場を挟んでシアターと対角線にあるにもかかわらず、その極彩色の屋台は、私の目の前にあるかのように、はっきりと居場所を伝えている。

    「アセロラ・サイダーを、一つください」

     注文してしばらくすると、気前のよい掛け声とともに、アセロラ・サイダーの入ったカップを渡された。無数の泡が湧き立ち、紅色の液体から浮かび上がっては弾け、そして消える。弾けた泡は、水面で跳ねる魚のように、カップの縁でピチピチと音を立てている。


    47: ◆kBqQfBrAQE 2018/11/12(月) 23:29:53.90 ID:3wSsqTkg0

     アセロラ・サイダーを手にした私は、シアターへ戻らず、そばにある海沿いの土手に腰を下ろした。先日には木枯らしが吹いたりと、冬の足音が聞こえだしたが、今日は暖かな陽気に包まれている。

     弾けたサイダーの泡から甘酸っぱい香りが広がると、思わずゴクリと私の喉が鳴った。

     ストローを口に当てると、サイダーの刺激と爽やかな甘酸っぱさが口内で弾けた。強い酸味に、思わず顔をしかめる。甘さ以上に感じてしまう、淡く、爽やかで、それでいて切ない酸っぱさだ。赤さは恋に染まる心を、そして湧き立つ泡は心のときめきを表しているようだ。アセロラ・サイダーは確かに、初恋を想い起こさせる。

    「初恋の味、なのかな……。でも……」


     私の初恋の味と比べると、ほろ苦さが足りないような気がした。






    48: ◆kBqQfBrAQE 2018/11/12(月) 23:31:08.29 ID:3wSsqTkg0



    おわり



    49: ◆NdBxVzEDf6 2018/11/12(月) 23:43:24.76 ID:K6HT/CRU0
    まかべー書くの珍しいと思ったけど好みの瑞希ssでした
    乙です

    真壁瑞希(17)Da/Fa
    no title

    no title

    no title

    no title

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    引用元: 真壁瑞希「恋するアセロラ・サイダー」【ミリマスSS】

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    1. 以下、SS宝庫がry-

      地の文なら一人称はおかしくないか

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