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    高校一年、文化祭実行委員長、神谷奈緒。

    1: ◆TOYOUsnVr. 2018/09/17(月)14:46:44 ID:mHj
    中間テスト明けの、朝のホームルームで担任の先生が嬉しそうに声を張り上げて教卓から身を乗り出す。

    「うっし。みんなおはよう! 中間テストお疲れさん!」

    がやがやとした教室が一瞬にしてぴたっと静かになる。

    クラスメイト達はみんな、先生に注目していた。

    「さてさて、テストも終わったことだ。楽しいこと、やりたいよな!」

    先生は、ばんと教卓を両の手で鳴らして、あたし達に微笑む。

    教室のあちこちから「やりたーい!」と声が上がった。

    それを先生は受けて、うんうん頷く。

    「そうだよな! そこで! 今日の最後のクラスの時間は、楽しいことをしようと思う!」

    言って、くるりと百八十度回転し、チョークを手に取る。

    かつ、かつ、かつ、と勿体付けたように黒板に何か書いている先生を見て、クラスメイト達は、あてずっぽうで憶測を飛ばし合う。

    「アレじゃね! 席替え!」

    「あ、あるかも!」

    「それかアレ! ドッジボールやるとか!」

    「やりてー!」

    などなど。

    それはもう、謎の盛り上がりを見せていた。



    2: ◆TOYOUsnVr. 2018/09/17(月)14:47:26 ID:mHj
    先生はその盛り上がりが最高潮に達したところで、一気に書くスピードを上げ黒板を叩いてこちらへ向き直った。

    「残念! 全部ハズレだ! 今日はな、これをやるぞ!」

    黒板にでかでかと書かれている文字を見て、クラス中が絶叫した。

    『文化祭の出し物決め&クラスの実行委員長の選出』

    前の席の友人は、椅子ごとこちらの机に向けて「奈緒! 奈緒!」とあたしの肩をばしばし叩いてくる。

    その度にあたしの体はゆさゆさ揺れた。

    「わかった、わかった。痛いって」

    「やばくない? 奈緒は何やりたい?」

    「えー、なんだろ。やっぱお化け屋敷とか?」

    「ベタだー!」

    指でさしてからかってくる友人に「いいだろ、別にー!」とやり返す。

    みんな、こんな調子で思い思いにはしゃいでいる。

    そこを先生が手を叩き、注目を促して制した。

    「はーい。他のクラスもホームルームやってるからなー。俺、怒られちゃう」

    わははー、と笑いが起こった。

    「そういうわけで、今日はコレやるから、楽しみにな! テスト終わったからって他の先生の授業寝んなよ!」

    先生のそんな注意に対して、クラスのお調子者が「はーい!」と手を挙げて勢いよく立ち上がる。

    「お前が一番不安なんだぞ」

    またしても、笑いが起こった。

    3: ◆TOYOUsnVr. 2018/09/17(月)14:48:06 ID:mHj



    それからというもの、あたしを含め、クラスのみんなはどこか浮き足立っていた。

    ほとんどの授業はテストの返却だったし、授業らしい授業がなかったことも相まって、なんだかそわそわとしてしまう。

    そんなふうに落ち着かないまま一日を過ごし、そして遂に、待ちに待った最後の時限がやってくる。

    普段なら、休み時間が終わった後で教室に戻ってくる男子達も、今日ばかりは予鈴が鳴る数分前から着席しているみたいだった。

    4: ◆TOYOUsnVr. 2018/09/17(月)14:49:25 ID:mHj

    そうして予鈴とほぼ同時に、教室の前の戸が開け放たれる。

    誰かが「来た!」と言った。

    「来た、とはなんだ、来たとは。そりゃ来るよ。担任だし」

    ぶつくさ言いながら、先生が教室へ入ってきた。

    「っていうか、なんだお前ら、お行儀よく座って。気持ち悪いなぁ」

    くっくっく、と笑って先生がお調子者の男子達を指でさす。

    「まぁ、楽しみだよなぁ。そうだよな。んじゃ、号令は省略! 早速やるか!」

    本日二度目となる、クラスみんなの歓声が響いた。



    5: ◆TOYOUsnVr. 2018/09/17(月)14:49:45 ID:mHj

    「とりあえず、実行委員長が決まるまでは先生が仕切るけど、そっから先はお前らに任せるからな。っつーわけで、立候補は?」

    教室を見渡す先生と、静まるあたし達。

    けれども、手を挙げる人はいなくて、代わりに「急に言われても、何やるかわかんないし!」と誰かが言った。

    「ああ、そっか。悪い悪い。じゃあ簡単に」

    言って、先生はクラスの実行委員長の仕事について大まかに説明をしてくれた。

    経費と進捗の管理が大まかなものとなるようだった。

    なんでも、出し物をするクラスにはある程度の経費が生徒会から支給されるらしい。

    しかし、当たり前だがただ単にもらえるというわけではなく、会計報告の義務はもちろんある、とかなんとか。

    クラスのみんなが感じ取っていた。

    どうやらなんだかめんどくさそうだぞ、と。

    実行委員長はめちゃくちゃ忙しそうだ、と。

    説明の後で、先生はまた「んで、立候補は?」と聞いてきたけれど、みんな牽制しあっているみたいだった。

    ふと、考える。

    きっと実行委員長とは名ばかりで、数多の雑用を引き受けるだけなのだろう。

    それは理解している。

    でも、それも悪くはないのではないか。

    数秒間の逡巡ののちに、あたしは決心を固めて、勢いよく手を挙げた。

    「あたし、やるよ。実行委員長」

    クラスの注目が一身に集まる。

    少したじろいでしまったが、もう言い出してしまったものは、やっぱりやめますなどと取り下げることはできない。

    かくして、あたしは「おおー」という声と拍手を浴びた。


    6: ◆TOYOUsnVr. 2018/09/17(月)14:50:13 ID:mHj









    7: ◆TOYOUsnVr. 2018/09/17(月)15:06:14 ID:ZEN

    今日も今日とて絶好調の太陽から容赦なく降り注がれる陽射しに耐えながら、自転車を飛ばす。

    八月初旬。

    一般に夏休みとされるその時期に、いつもとそれほど変わらない時間に起床して、制服を着て、学校を目指す。

    七月半ばからはずっと、そんな毎日を過ごしていた。

    最寄駅に到着し、自転車を停めて額の汗を拭う。

    スクールバッグから定期券を取り出して、改札を抜けた。

    ホームへ出た瞬間、丁度よくやってきた電車に乗り込むとひんやりした空気が体を冷やしてくれる。

    さて、今日は何人来るだろうか。

    あたしと違って、部活をやっている子なんかは毎日は来られないし、そうでなくてもそれぞれに用事は何かしらある。

    だから、全員が揃うなどということはまずなく、前日に別の子がやっていた作業を引き継いでもらうということも多い。

    そんなわけで、毎朝こうして今日は誰が来てくれるのか、と考えてしまうのだった。



    8: ◆TOYOUsnVr. 2018/09/17(月)15:07:14 ID:ZEN



    あたしが教室に入ると、既に数人が集まっていて、段ボールを抱えて何やら相談をしていた。

    「おーっす」

    「あ、奈緒来た。あのねー、今みんなで壁用の段ボール一回貼ってみて、あと何枚作んないといけないのか計算してたんだけど」

    「うん」

    「あと二枚くらいで良さそうだ、ってなってさ。あとは順路用だけだねー、って話してたとこ」

    「おー。でも順路用の仕切りもめちゃくちゃ数あるよな?」

    「まぁね。でも教室暗くしちゃうし、仕切りは凝らなくていいからちょっと手は抜けると思う!」

    「了解。んじゃ、ぼちぼちやってくか」

    近所のスーパーからもらってきた段ボールを教室の床に広げ、べたべたと真っ黒にしていくだけの単純な作業が今日もまた始まった。

    思えば、ここ数日はずっとこの作業ばっかりをやっていたから、ペンキとブラシの扱いが日に日に上達してしまっている。

    ムラなく綺麗に真っ黒に仕上がった段ボールを見て、ちょっと誇らしい気分になるのだった。

    9: ◆TOYOUsnVr. 2018/09/17(月)15:11:43 ID:ZEN

    「そういえば今日、人、少ねーよな」

    塗り終わったところで、隣で作業をしている友人に声をかける。

    友人は顔を上げて「ん?」とこっちを向いてくれた。

    頬に赤いペンキがついていた。

    「人、少ねーよな、って。っつーか、ほっぺ。ペンキついてる」

    「え、まじ?」

    言って、友人は指で頬をなぞる。

    そしてどうやら指にもペンキがついていたらしく、赤い一本線が追加されることになった。

    「いや、指にもペンキついてんだろ。もう、取れなくなるぞー?」

    コンパクトを取り出して、友人に見せてやると、友人はそれを見てお腹を抱えて笑い出した。

    「奈緒、見て! インディアンみたい!」

    おばかなやつだなぁ、と思ったけれど、それがなんだかおかしくて、あたしまで一緒になって笑ってしまう。

    10: ◆TOYOUsnVr. 2018/09/17(月)15:12:36 ID:ZEN

    ひとしきり笑った後で「それで、なんだっけ?」と聞き返してきたので「人がなんか今日は少ねーな、と思って」と返す。

    すると、友人はやってしまったというような表情になって「あ」と言った。

    「なんだよ。なんかあったのか?」

    「今日ね、家庭科室の使用許可取ってあるから、家庭科部組とあと女子が何人かで、今、衣装作ってるんだよね」

    「へ?」

    「いやー、忘れてた忘れてた。奈緒にも言っといてねー、って伝えてもらったんだけど」

    「伝えろよ! おい!」

    「ごめんごめん。あ、それと必要な布地、リストアップしてあるから午後までに欲しいって言われた。買い出し行って欲しいって」

    「今、十時半だよな」

    「ごめん、ってー」

    はぁ、とため息を吐く。

    ほんとにこいつは、いつもこうだから困る。

    おばかで楽しい奴だし、憎めないのがまたずるいなぁ、と思う。

    11: ◆TOYOUsnVr. 2018/09/17(月)15:13:22 ID:ZEN

    しかし、買いに行かなければならないものは仕方ない。

    行ってくるか、と立ち上がろうとしたとき、教室の端で作業をしていた一団が「奈緒ー!」と叫んだ。

    「んー。今度はなんだ?」

    「ペンキ切れそう!!」

    「ん。買っとく!」

    「ありがとー!」

    教室の端と端の大声での会話を経て、友人に向き直る。

    友人はやたらとにこにこしていたので「なんだよ」と聞いてやると「ほら、丁度良かったじゃん。二度手間にならなくて」と言う。

    「ちょっとは悪気とかねーのかよ!」

    「ごめん、ってばー」

    「まぁ、いいや。行ってくるよ」

    12: ◆TOYOUsnVr. 2018/09/17(月)15:14:15 ID:ZEN

    ぴょん、と立ち上がり教室を見渡す。

    「あたし、今から買い出し行くから誰か自転車貸してくんねーかな?」

    全員に聞こえるくらいのボリュームで言うと、待たずして、鈴の付いた鍵が飛んできた。

    あわや落としそうになりながら、それをキャッチして飛んできた方向を見る。

    「俺の使っていいぜ!」

    ぐっ、と親指を立てているクラスのお調子者がいた。

    「ん。サンキュ。どんなの?」

    「ママチャリ! 黒いの! 一年用の駐輪場の下駄箱側、一番端!」

    「了解。サンキューなー」

    「壊すなよー」

    「壊すかっつの。んじゃ、行ってくるー」

    言って、がらりと戸を開けて教室を出る。

    上履きを鳴らして、廊下を歩いているとしばらくして、廊下を駆ける音が近づいてきた。



    13: ◆TOYOUsnVr. 2018/09/17(月)15:14:53 ID:ZEN

    振り返ると、そこには頬に赤い一本線のペイントをしている友人がいた。

    「なんだよ」

    「奈緒、買い出し行くんでしょ?」

    「おう」

    「私も行くー」

    「いや作業しろよ!?」

    「いいじゃん別にー。奈緒だって一人だと大変でしょ?」

    「っていうかお前、電車通学だろ!」

    「私も男子に自転車借りてきたー」

    「っとに、もう……はぁ。しょうがねーなー。すぐ帰るからな!」

    「わかってます、って」

    「絶対だぞ!」

    なんていう、言い合いをしながら、廊下を歩いていくあたし達。

    高校生活最初の夏は、騒がしいものになりそうだ。

    14: ◆TOYOUsnVr. 2018/09/17(月)15:20:58 ID:ZEN








    冷房の効いた車から降りると、夏の日差しが照りつける。

    ばたんと、ドアを閉めて車に向き直る。

    ゆっくり運転席の窓が下りた。

    「ありがとなー。わざわざ送ってもらって」

    「んーん。こっちこそ、お仕事ばっかでごめんな。これ、みんなで食べな」

    窓から渡された紙袋には、お菓子がたくさん入っていた。

    「え。こんなんいいのに」

    「まぁ受け取ってよ。ほら、数少ない参加できる日なんだから、俺なんか放っといて行っといで」

    「おう。ありがとな!」

    言うと、ひらひら手を振ってそのまま車を発進させて行ってしまった。

    15: ◆TOYOUsnVr. 2018/09/17(月)15:21:50 ID:ZEN
    それを見送って、あたしも学校へと踏み出した。

    いつしか、車で学校に来ることが当たり前になっているのだから、慣れと時の流れは恐ろしい。

    一年前の夏休みは毎日のように来ていたというのに、今となっては一週間に一度来られたらいい方だなんて思いもよらなかった。

    朝から夜まで、おばかな友人達と一緒に作業に没頭していた日々が今ではすごく遠いものに感じられる。

    この変化を悲しいものだとは思わないし、あたしの選択による結果だから何も不満はない。

    ないけれど、ちょっとだけ、あんな日々はもう送ることができないのだな、と考えると胸の辺りがきゅうっとなった。

    クラスのみんなは今日も作業をしているだろうか。

    しているだろうな、と思う。

    あまり参加できないことを少し苦々しく思いながら、二年の下駄箱にローファーを突っ込み上靴に履き替える。

    そこで、ばったりと例の友人に出くわした。

    「あ!!!」

    「おっす」

    「奈緒来た!!!!!」

    彼女はそう叫んで、一目散に廊下を駆け戻って行ってしまった。

    そしてしばらくして、あたしの教室の方から「奈緒来たよ!!!」という声と、謎の歓声を聞いた。

    環境はかなり変わったけれど、今年の文化祭は今年の文化祭で楽しませてもらえるらしい。



    おわり



    引用元: 高校一年、文化祭実行委員長、神谷奈緒。

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