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    男「この夜は僕らのもの」

    1: HAM ◆HAM.ElLAGo 2018/04/07(土) 21:20:03 ID:8uyxuEAo

    カランコロン

    BARの扉を開けると、小気味いい音が響いた。

    何度となく聞いた音だ。

    僕は今日も、この音を聞いて気を引き締める。

    「やあ、隣いいかな?」

    僕は今日も、彼女に声をかける。



    2: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/07(土) 21:25:46 ID:8uyxuEAo

    「ちょっと飲みすぎじゃない?」

    「いーいーのーよー、今日くらいっ」

    彼女は酒が大好きなようだ。

    今日もすでにたくさん飲んだ後だった。

    「なにかあったの? 今日?」

    「部長に怒られたのー! 服装がなってないとかー! 言葉遣いが間違ってるとかー!」

    「へえ、それは大変だ」

    3: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/07(土) 21:34:10 ID:8uyxuEAo

    彼女はいつも愚痴を言う。

    日によって少しずつ違うようだけど、基本的には仕事がうまくいってないという内容だ。

    彼女の部長さんは彼女に期待しているのか単に嫌味なのか、よく彼女に当たるようだ。

    「なんかー、TKOだかPTAだかがナントカカントカってー」

    「TKO?」

    「TKOってなに?」

    「ボクシングの、なんかヤバめのノックアウトじゃない?」

    「へー、ボクシングとか詳しいんだ、なんか意外、うふふ」

    別に詳しくはないけどね。そう心の中でつぶやく。

    4: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/07(土) 21:41:46 ID:8uyxuEAo

    「TKOは関係ないと思うよ?」

    「じゃあPTAだったかな?」

    「それあれでしょ、小学校とかの保護者会でしょ」

    「服装それ関係ある?」

    「ないな」

    「ないのか」

    「あ、服装がオバサン臭かったとか?」

    「バカ!! 失礼!! セクハラ!!」



    5: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/07(土) 21:48:07 ID:8uyxuEAo

    「それはね、多分TPOに合ってない、って言いたかったんじゃないかな」

    「ああそれ! そんな感じのこと言われたの!」

    だろうね、と心の中でつぶやく。

    似たようなやりとりは、前にもあった気がする。

    「で、なんだっけ、TPOって」

    「時と場合と、場所? それに合ってない服装をしていたんじゃないかな」

    「今日の、この服、だめ?」

    「んー、ちょっと胸元開きすぎ?」

    「えろい?」

    「えろい」

    6: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/07(土) 21:59:21 ID:8uyxuEAo

    ふふーん、と言って、彼女は少し上機嫌になった。

    えろいと言われて嬉しいのか。

    取引先にこの服で行ってたんだとしたら、確かにTPOに合ってない。

    いつもはもう少しおとなしめの服装で来ているのに、今日はなんだか珍しい。

    だけど僕はどういう言葉をかければいいかわからなかった。

    だからちょっと誤魔化して言った。

    「いつもそんなセクシーな服を着ているの?」

    7: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/07(土) 22:07:00 ID:8uyxuEAo

    「んー、いつもってわけじゃないけど、今日はちょっとおしゃれしたい気分だったの」

    「取引先に行く予定なんて聞いてなかったし」

    「そんな予定聞いてたら、もうちょっとおとなしい服で行ってたし」

    「あーもう、だから部長の言うこともわかるんだけどさー」

    「なんかさー、腑に落ちないっていうかさー」

    「あー!! もう!!」

    そう言いながらまたお酒をあおった。

    8: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/07(土) 22:12:40 ID:8uyxuEAo

    「見返したいんだ? 部長さんのこと」

    「んーまあ、ねえ……」

    「部長さんっていえば、かなり偉い人でしょう?」

    「まあ、そりゃ」

    「そんな人が、末端の服装にまで気を配ってくれるのって、すごいことなんじゃない?」

    「末端……」

    「ね?」

    「むう、あんたわりと若造のくせして核心をついたことを言うわね」

    「若造……」



    9: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/07(土) 22:19:30 ID:8uyxuEAo

    「ねえ僕、何歳くらいに見える?」

    「キショイそれ言って許されんのは妙齢の女性だけだからね」

    「キ……」

    「あんたなんか、20そこそこでしょ、酒飲めるようになってすぐでしょ」

    「んー、ふふふ、ほんとは100くらいだよ」

    「なにそれ面白くない」

    でも、本当のことだった。

    11: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/08(日) 20:48:43 ID:V3W1cuJ.

    ―――
    ――――――
    ―――――――――

    「今日は僕のおごりです、だからあまり無茶な飲み方をしないように、ね」

    「えーまじ? やったー! タダ酒だー!」

    今日何杯目かわからない、きつめの酒をあおる。

    「ほらほら、もっと上品に、ゆっくり飲んで」

    「いいのいいの、タダ酒は遠慮せず、ってのが私のモットーなのでして、はい」

    知っている。

    「たまーにこう、あなたみたいな人がね、同情しておごってくれたりするしね」

    別に同情じゃないんだけどな。
    気分だよ、気分。

    12: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/08(日) 20:56:48 ID:V3W1cuJ.

    「ふんふふふ、ふんふんふんふ、ふんふふふん♪」

    突然、彼女は鼻歌を歌いだした。

    これもいつものことだ。

    いい感じに酔いが回ってくると、機嫌が良くなって歌いだす。
    結構な量を飲んでいたと思うんだけど、これでもまだ「ほろ酔い」なのか。

    その歌は僕も知っていた。
    大好きな曲だ。
    何年か前にはやった有名な曲だった。

    「ふふふふん、ふん、ふん、ふふふふん♪」

    彼女はとても上機嫌だった。



    13: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/08(日) 21:04:10 ID:V3W1cuJ.

    「あ、あなたはなに飲む? 私もう一回同じのね! おにーさん!」

    「じゃあ僕は……緑色のお酒をください、おにーさん」

    「緑色!? 色を指定するって珍しいわね、あなた」

    「ちょっとね、緑色が好きなもので」

    「ふうん」

    本当はあまりお酒に強くない。
    だけど、彼女となら、飲んでいて楽しい。
    たとえそれが愚痴だらけだとしても。

    「おしゃれな飲み方するのね」

    そう、呆れながらも褒めてくれることが、嬉しい。

    14: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/08(日) 21:14:49 ID:V3W1cuJ.

    味わうように、ちびりちびりと飲む。
    彼女の愚痴を聞きながら。

    「なーんで私の周りにはいい男がいないんだろー」

    今日は男運の話らしい。

    「そりゃ絶世のイケメンじゃなくったっていいよ? でもね? 年齢近い男すらほとんどいないのよ?」

    いないらしい。
    僕にどうすることもできないが。

    「あなたはどうなの? 彼女いないの? それとも奥さんか」

    「……いないよ」

    「……そーよねー、いたらこんな日にBARで一人で飲んでないわよねー」

    15: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/08(日) 21:25:49 ID:V3W1cuJ.

    彼女とか奥さんとか、僕には不要のものだ。

    歩む時が違いすぎる。
    仮初の関係に、なんの意味があるだろう。

    だから僕は、一人BARでさみしく飲みつつ、彼女の話に耳を傾ける。
    それが十分な幸せだった。

    「いつか、いい男と出会えるよ」

    僕は、形だけの気休めを言う。

    「……変なの」

    16: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/08(日) 21:36:40 ID:V3W1cuJ.

    「変って、なにが?」

    「ふつうこういう時はさ、大して気がなくてもさ、『僕がいるよ』くらい言わない?」

    「……僕、そんな気障なタイプに見えるかな」

    「口説くってまではいかなくてもさ、『君の周りは見る目がない男ばかりだね』とかさ」

    まあ、それは思うけど。
    実際、彼女は美人だ。
    酒を飲んでいる姿は決して上品ではないし、むしろ男が敬遠するタイプの飲み方だが。

    「こんな美人を放っておくなんて、君の周りの男たちはみんな甲斐性なしだね」

    「そうそう! そういうセリフ!」



    17: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/08(日) 21:45:36 ID:V3W1cuJ.

    「とりあえずリクエストにお答えして言ってみただけだよ」

    「わかってるわよう、どうせこんなBARで運命の出会いとか期待してないわよ」

    時折ふっと見せる憂鬱と諦めの中間のような表情が、とてもきれいだ。

    カウンターのおにーさんが、こちらをちらっと見た。

    「こんなBAR」はまずかったらしい。そりゃ気に障るよね。

    「おにーさん! おかわり!」

    そしてまた、居酒屋のように注文する。
    よく飲む人だ。

    「ほら、あなたも! もっと飲みなさい! また緑のでいいの?」

    「そうだね、緑で」

    20: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/10(火) 21:14:18 ID:tOwbD2fk

    ―――
    ――――――
    ―――――――――

    「どうして緑色が好きなの?」

    「……昔、好きだった人が弾いていたギターの色が、緑色をしていたから」

    僕はそう答えた。
    嘘はない。
    それがなぜお酒にも影響しているのかは、僕にもわからない。

    「あー、ギター、格好いいよね」

    じゃーん、と、彼女はギターを弾く真似をする。

    「音楽するの?」

    「いや、僕はしないよ」

    あれは真似できないな。
    僕には到底無理そうだ。
    どれだけ長く生きていても、無理そうだ。

    21: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/10(火) 21:20:36 ID:tOwbD2fk

    「僕っていうの、なんか似合わないね」

    「そう?」

    僕は僕だ。
    変かな。

    「まあ、自由だけどさ」

    「今日は優しいね」

    「私はいつでも優しいのよ!」

    「そっか」

    部長にも、周りの頼りない男どもにも、彼女は不必要に悪いことは言わない。
    愚痴は言っても、自分で反省することが多い。
    それは彼女の美点だと思う。



    22: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/10(火) 21:25:44 ID:tOwbD2fk

    「『今日は』って、私、普段は優しくないように見えた?」

    おっと危ない。
    なんだか変なことを口走らないように気をつけないと、

    「あいにく酔っぱらってない時を知らないので、わからないな」

    「あ、言ったな」

    僕たちは何度も一緒にお酒を飲んでいる。
    だけど、そのことを彼女は知らない。

    23: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/10(火) 21:34:57 ID:tOwbD2fk

    「ねえ、酔い覚ましに付き合ってくれない?」

    彼女が赤い顔でそう言いだした。
    いつものことだ。
    僕に異論はない。

    「ね、おにーさん、お会計」

    僕が財布を出そうとすると、彼女がそれを止めた。

    「いいからいいから、ここは私が出すから」

    珍しい。
    こんなことは初めてじゃないか?

    「あんたみたいな若い子に出させるほどお金に困ってないから」

    「……ごちそうさまです」

    24: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/10(火) 21:40:46 ID:tOwbD2fk

    「ごめんねー、愚痴ばっか聞いてもらっちゃって」

    「いえ」

    慣れてますから、とは言わないでおいた。

    「あんたもストレスあるだろうし、BARでさらにストレス溜めちゃってたら申し訳ないからね」

    「だからそのお礼に、ってことで」

    「……ごちそうさまです」

    素直におごってもらうことにした。
    相手によってさまざまに対応が変わる。
    その日の気分によって行動が変わる。
    やっぱり人間ってのは、面白い。

    25: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/10(火) 21:47:23 ID:tOwbD2fk

    だけど、僕もそういえばおごってあげたことがある。
    あれも、ただ単なる気分だった。
    気まぐれだった。
    あの日、なにかが特別ってこともなかった。

    僕も、人間らしくなっているのだろうか。
    100年も生きて、少し人間らしくなれただろうか。

    「僕、どう見える?」

    「突然なに?」

    「僕、あなたから見てどう見えている?」

    「んー? うふふ、可愛い」

    「可愛い?」

    「面白くて可愛い存在」



    26: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/10(火) 21:56:45 ID:tOwbD2fk

    風通しの良い、高台の公園で、酔いを醒ます。
    風に髪がなびいて、とてもきれいだ。

    夜景もすごくきれいな場所だが、それよりも彼女を見ていたい。

    「あー、酔っぱらっちゃった」

    「いつもこんな風に飲むの?」

    「まあ、お酒で仕事のストレスを忘れるってのが、私の日課でね」

    「そんなにストレスが溜まるもの?」

    「ま、私、要領がよくないからね」

    そんな風に自虐的に言って、笑う。

    27: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/10(火) 22:09:26 ID:tOwbD2fk

    「明日は、頑張れそう?」

    「そうね、たくさん愚痴聞いてもらっちゃったし、引きずっちゃだめよね」

    「そうそう、気分を入れ替えて、ね」

    「うん、ありがとう」

    いつも仕事で辛そうな彼女は、見ていて痛々しい。
    「よし、頑張ろう!」と前を向いていてほしい。

    「よし、明日も頑張ろう!」

    そうして、「おやすみ」を言って、僕たちは別れる。

    30: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/12(木) 21:36:01 ID:hqLvDnAE

    ―――
    ――――――
    ―――――――――

    いつも、ここで、お別れだ。

    酔いが醒めたら、彼女はまた自宅に戻ってゆく。

    そして、また明日の生活に向けて気分を入れ替えてゆく。

    それを僕は、巻き戻す。

    もう一度、今日を繰り返す。

    不幸な明日を迎えないために。

    今日もまた、そうなるはずだった。

    31: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/12(木) 21:40:03 ID:hqLvDnAE

    「ねえ、私たち、今日が本当に初めて?」

    別れのあいさつではなく、彼女はそんなことを言い出した。
    僕はびっくりしすぎて、一瞬時が止まってしまった。
    こんなことは初めてだ。

    「初めてだ……」

    「本当に?」

    「あ、いや、今の初めてってのは……」

    僕は言い淀む。
    口が滑ってしまった。
    口が滑ったついでに、言ってしまおうか。
    すべて、言ってしまおうか。

    これもまた、気分だ。



    32: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/12(木) 21:44:17 ID:hqLvDnAE

    「君が、『私たちは本当に初めて?』なんて聞くことが、初めてなんだ」

    「……どういうこと?」

    「つまり、今までの君は、それに気づきもしなかったってこと」

    「……」

    考え込んでいる。

    僕の存在を訝しんでいる。

    まあそりゃ、そうだよね。
    初めて飲んだ日に、なにか違和感があって言ったとしても、変な返しをされたんだから。

    33: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/12(木) 21:57:28 ID:hqLvDnAE

    「私、何度かあなたとお酒を飲んでいる?」

    「うん」

    「あのBARで?」

    「うん、いつもあのBARで」

    それにしても、どうして彼女は違和感を持ったのだろう。
    僕は失言をしただろうか?
    でも酔っぱらっていたのだから、少々の失言はスルーされるものと思っていた。

    いつもと違う雰囲気だっただろうか?
    変なしゃべり方をしただろうか。

    34: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/12(木) 22:03:56 ID:hqLvDnAE

    「どうして、僕たちは初めてか、なんて思ったの?」

    そこが気になる。

    「僕たち、本当は、世間的には、今日がはじめましてのはずなんだけど」

    BARの店員さんや、他のお客さんで、そこが気になった人はいないはずだ。

    「なんかね、怪しかったんだ」

    「するっと私の心に寄り添う感じが」

    「初めて会ったはずなのに、なんか、心地よくて。心地よすぎて」

    「あれ、これは私のことを知ってるぞ、とね、どこかで思ったんだ」

    35: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/12(木) 22:12:57 ID:hqLvDnAE

    積み重ねか。

    僕はいつの間にか、彼女のことを知りすぎていた。

    愚痴に対する相槌も、こなれてきていたのかもしれない。

    「あー、そうだよねーわかるー」みたいに。

    「あーあの部長ねー、だよねだよねー」みたいに。

    いやもちろんそんな言い方はしていないが。



    36: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/12(木) 22:22:04 ID:hqLvDnAE

    「なんか性欲に任せて若いねーちゃんを口説きに来てる感じでもなく」

    「常連って感じでもないのに、店のことをよくわかってる感じだったし」

    「他にも若くて可愛い子いるのに、私のところにまっすぐ来るし」

    見抜かれている。
    僕は少々、彼女に入れ込みすぎてしまったようだ。

    「あなたみたいなお爺さんが、どういう目的で私に話しかけにきているか、よくわからないんだけど」

    37: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/12(木) 22:28:03 ID:hqLvDnAE

    「信じてもらうのは、少々難しいかもしれないけど……」

    「僕は、実は神様でね」

    「……」

    「たまたま入ったBARで、君のことを見つけて、気になって」

    「それで話してみたら気のいい人で」

    「ああ、いいお酒だった、と思って別れるわけだよ」

    「明日も行ってみようかな、なんて思ってね」

    「そうしたら、明日、君はあのBARにいない」

    38: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/12(木) 22:34:42 ID:hqLvDnAE

    「そりゃ、別に毎日毎日行ってるわけじゃないし……」

    「そう、僕もそう思ってまた出直したんだ」

    あの頃、君を待つってことが、どんなに楽しみだったか。
    あの素敵な笑顔と一緒に、またお酒を飲むってことが、どれだけ僕の心を躍らせたか。

    「だけど、君は、来なかった」

    「ひと月経っても、来なかった」

    「さすがにBARの店員さんに怪しまれたよ、毎日君を待っている僕のことを」

    39: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/12(木) 22:45:56 ID:hqLvDnAE

    「だから、君にきっと不幸があったんだって、思った」

    「調べて、そして、それはやはり正しかった」

    「だから僕は、君に不幸が訪れる明日のことを、迎えたくないんだ」

    「だから僕は、今日、君とお別れしたら、また今日を繰り返すんだ」

    僕は一気にしゃべった。
    これは人間への過干渉かもしれないが、でも、まあ大目に見てくれるだろう。
    なんせ僕が神様なんだから。

    僕を罰する人は、いないんだから。

    40: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/12(木) 22:52:00 ID:hqLvDnAE

    「私には明日は来ないの?」

    「……来ないというか……僕が止めてしまったというか……」

    「だけど私にとっては不幸な明日だとしても、他の誰かの『幸せな明日』かもしれないのに?」

    「それは……考えなかったな……」

    「神様って、結構自分勝手なのね」

    「そりゃあ、そうさ」

    41: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/12(木) 22:59:49 ID:hqLvDnAE

    「あなた、いつもいつも同じことを言ってた?」

    「同じ格好で?」

    「同じお酒を?」

    違う。
    僕は時々気まぐれに、全然違う人間に化けて君の前に姿を現していた。

    「いや、いつも話す内容は君に合わせて変わってたよ」

    「僕の方は、青年のときもあれば、中年男性のときもあったし、女性のときもあったよ」

    「まあ、青年の姿のことが多いかな」



    42: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/12(木) 23:07:01 ID:hqLvDnAE

    「お酒は?」

    「ああ、それは、いつも大体同じだったよ」

    「緑のお酒?」

    「そう」

    「緑のお酒が好きっていうのは、本当なのね」

    かといって、店員さんがいつも同じものを出してくれたわけではなかった。
    炭酸がきついときもあれば、南国系の甘ったるい時もあった。
    僕の姿によって、店員さんも出すお酒を変えていたのかもしれない。

    そう思うと、色んな姿で同じ行動をするってことは、なかなか発見のある面白い試みだったかもしれないな。

    45: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/15(日) 19:52:29 ID:h016hzZA

    「ね、明日私は、どういう不幸を経験するの?」

    「それを回避する術はないの?」

    「だって、ずっとこのままじゃ、他の人に迷惑じゃない」

    回避する方法。
    あると言えばある。
    今まで彼女が僕にそんな風に聞いてくること自体がなかったから、忠告もできなかった。

    だけど、彼女が不幸を回避しようとしてくれるなら。

    僕の言葉をちゃんと信じてくれるなら。

    もしかしたら、彼女の不幸は霧散するかもしれない。

    46: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/15(日) 20:07:43 ID:h016hzZA

    「まず、ね、明日はヒールを履かないこと」

    「ヒール……うん、わかった」

    「それから、カバンに入れてある大事な書類は、ビニールに入れて保護すること」

    「……うん、帰ったらすぐやる」

    「あとマスクね。カバンに入れておいた方がいいと思うな」

    「マスク……ふつうの風邪のとき用のでいいの?」

    「うん、それで大丈夫」

    47: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/15(日) 20:18:24 ID:h016hzZA

    「え、それだけなの?」

    「うん、まあ、僕からできるアドバイスはそれくらいかな」

    「それを怠ると、私はどうなるの?」

    「聞きたい?」

    「……聞きたいよ」

    「本当に?」

    「……怖いけどね」

    「……まず、君は出勤途中に駅の階段で足を踏み外す」

    「……う」

    「高いヒールのせいだね」



    48: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/15(日) 20:26:32 ID:h016hzZA

    「そこで顔から落下し、前歯を折る」

    「……」

    「それから庭の水やりをしているおばさんに水をかけられ、カバンも含めてびしょぬれになる」

    「……」

    「持ち前のファイトで出勤するも、大事な商談にそのまま参加することになる」

    「……あるわ、明日商談あるわ」

    「大事な書類は濡れているし、笑顔は見事な歯抜けだしで、商談はパァ」

    「……」

    「怒り狂った上司によって厳しく叱責され、出勤する意欲を失い、絶望し……」

    「……」

    49: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/15(日) 20:40:14 ID:h016hzZA

    「BARで憂さ晴らしする気力もなくなり、実家に逃げ戻り、無職となる」

    「……」

    「……って感じ」

    「え、死なないの!?」

    「し、死なないよ!?」

    「え、死なないの!? 私!?」

    「死なないよ!? なんで死ぬと思ったの!?」

    「あなたが『不幸』とか紛らわしい言い方するからじゃん!!」

    50: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/15(日) 20:48:28 ID:h016hzZA

    「……わかった」

    「無理してヒールを履かなけりゃ、階段を踏み外す心配も減ると」

    「さらに書類を濡れないようにビニールで守っておくと」

    「万一歯を折っても、マスクがあれば少しは隠せると」

    「そういうことね?」

    すべてがうまくいくとは限らない。
    だけど、起こるらしい未来に対して防衛策を講じれば、少しはマシな未来になるかもしれない。

    「もしかしたら、また別の不幸が起こるかもしれない」

    「だけど、今言ったことは、防げるかもしれない」

    51: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/15(日) 21:05:39 ID:h016hzZA

    「……よっし、頑張ってみる」

    「私の不幸を、吹き飛ばしてみせる」

    「なにがなんでも、明日もBARで飲む」

    「だから……ふつうに、明日を迎えさせて?」

    酔いのさめたすっきりした目で、彼女は僕を見て言った。
    素敵だ。
    お酒を飲んでいない時の彼女も、きっととても素敵な女性なんだと思う。

    「……わかった」

    永遠なんて、どうせないってわかってた。
    何度今日を繰り返したところで、彼女の不幸を先延ばしにしていただけだ。
    歩みを止めていただけだ。



    52: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/15(日) 21:12:35 ID:h016hzZA

    「じゃあ、おやすみ」

    「面白かったよ」

    彼女はあっさりと別れを告げた。
    僕がまた性懲りもなく今日を繰り返しても、彼女は気づかない。
    今の会話はなかったことになる。
    でも、僕は繰り返しをやめてみようと思う。

    楽しみだった。

    久しぶりの明日が。

    53: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/15(日) 21:22:08 ID:h016hzZA

    ―――
    ――――――
    ―――――――――

    カランコロン

    BARの扉を開けると、小気味いい音が響いた。

    何度となく聞いた音だ。

    昨日と同じ音だ。

    だけど、いつもと違う気分になるのは不思議だ。

    「やあ、隣いいかな?」

    僕は今日も、彼女に声をかける。

    54: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/15(日) 21:30:09 ID:h016hzZA

    「あれ、今日は若造バージョンか」

    すぐに見抜かれた。

    「どうしてわかった?」

    「だって、しゃべり方が同じじゃん」

    そう笑って、僕のために「緑のお酒」を注文してくれた。
    店員さんは少し怪訝な表情。

    55: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/15(日) 21:39:42 ID:h016hzZA

    「今日こうしてお酒が一緒に飲めるってことは、大きな不幸はなかったのかな?」

    「まあね、あんたのアドバイスのおかげ」

    昨日は「あなた」だったのに、今日は「あんた」と呼ぶ。
    やっぱりこの姿はなめられやすいらしい。

    「ありがと」

    礼を言われるほどのことはしていない。

    僕は自分の都合で時間を巻き戻していただけだ。
    不幸になる君を見たくなかっただけだ。



    56: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/15(日) 21:47:40 ID:h016hzZA

    「さ、おいしいお酒を飲みましょ!」

    「今日は愚痴は?」

    「ないない! 部長も優しかったし!」

    けらけらと笑い、強いお酒をぐっと飲む。

    「で、明日は私、なにに気をつけたらいいの?」

    「知らない!」

    僕の知らない、今日が来た。
    それはなかなか、刺激的な経験だった。


    ★おしまい★

    57: HAM ◆HAM.ElLAGo 2018/04/15(日) 21:52:06 ID:h016hzZA
    めっちゃ久しぶりのSSです
    「ずっと明かりの消えた街で」に出てきた少年(青年?)再び、です

        ∧__∧
        ( ・ω・)   ありがとうございました
        ハ∨/^ヽ   またどこかで
       ノ::[三ノ :.、   http://hamham278.blog76.fc2.com/
       i)、_;|*く;  ノ
         |!: ::.".T~
         ハ、___|
    """~""""""~"""~"""~"

    58: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/15(日) 22:02:58 ID:6tzbNXdY

    59: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/15(日) 22:28:11 ID:gamym1oM
    おつ



    60: 以下、名無しが深夜にお送りします 2018/04/18(水) 09:52:11 ID:/hKWUlW.
    おつ
    貴方だったか
    良かった



    引用元: 男「この夜は僕らのもの」

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    コメント

    1. 以下、SS宝庫がry-

      この方のSS久々に読んだわ
      なかなかいい雰囲気だね

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